淫虐の檻 ― マ〇ト死ね ―
「ああ・・・いいなぁ・・」
若葉が見る先にあるもの、それは純白の白無垢。
日本式の婚礼衣装だ。
若葉との結婚は教会で行ったため、彼女が白無垢に袖を通したことはない。
しかし、結婚し伴侶を得た身とはいえ彼女も女。白無垢にも憧れがあるのは当然だ。
今彰と若葉がいるのはジョロウグモが店主をしている呉服店。
普段、日中一人で寂しい思いをしている若葉の為に彰は休日は可能な限りサービスすることにしている。
「ねぇねぇ彰くん!!これどうかな!!」
若葉の手にあるもの、それを見た瞬間彰の顔が引きつる。
― 赤色のクラシックパンツ ―
所謂、赤ふんどしが握られていた。
「ハァハァ!!褌一丁の彰くん・・・・!たまらんばい!!!」
〜 あ、これヤバイ奴だ 〜
おっとりとしたホルスタウロスだが、ミノタウロス程ではないにしろ原種同様に赤いモノに反応することがある。
このままでは暴走した若葉と公衆の面前で公開セクロスをしてしまう。
以前のようにアヌビスの婦警に長さ、硬さ、太さなどつぶさに調書を取られるのはどうしても避けねばならない。
彰は若葉の手から赤褌を引っ手繰ると、店主のジョロウグモに「赤色が透けないよう」に完全に包装するよう伝え代金を支払うと店を出た。
「ネッネッ!早く帰って試してみようよ!ねえったら!!」
既に若葉の肌は上気し、彼女のスカートの内側からは微かに麝香に似た匂いが漂っていた。
〜 こりゃ、また有給申請かな・・・ 〜
タクシーを使って直ぐに帰ろうと言う若葉を宥めながら、彰が若葉と一緒に家へと帰ろうとした時だ。
「お願いです!!入れてください!!!」
「だから此処はガキが来る場所じゃねーよ!!!」
二人の女性が言い争う声が響いていた。
場所はペイパームーンのある方角だ。
グランマには二人とも大恩がある。
若葉もピンク色の思考を押さえ込み彰を見る。
二人はペイパームーンへと足を向けた。
見慣れた「Barペイパームーン」。
その入口でワイバーンのクーラと見慣れない少女が言い争いをしている。
― ワイバーンのクーラ ―
普段はその飛行能力を生かして宅配業を営んでいるが、人手が足りない時や宅配の仕事が無い場合はこうしてペイパームーンの店員として働いている。
少女の方は艶やかな黒髪をしていて清楚な雰囲気を見るものに感じさせているが、クーラと言い合うその姿には鬼気迫るものがあった。
「あっ!若葉じゃねーか!頼む助けてくれよぉぉぉぉぉ!!!!」
クーラが涙目で若葉に救援を求める。
腕っぷしが強く店員兼用心棒として働いていても、少女と言ってもおかしくない年齢の少女を力づくで摘み出すには勇気がいる。
「大人をからかうにも大概にしなさい!」
若葉が少女を抱きかかえるようにクーラから引き剥がす。
「離して!!!離してください!!!!」
その若木のように細い腕を我武者羅に振り回す少女。
しかし魔物娘の腕力に抗えるわけがなく、しまいに疲れたのか抵抗が弱まっていく。
「私は・・・私は魔物娘にならなければいけないんです・・・じゃなかったら瀬界ちゃんに誠人くんが盗られちゃう・・・・・」
慟哭と共に絞り出すように呟く少女。
その瞬間、空気が変わった。
〜 あ、これアカンやつだ 〜
再び、彰の脳内に赤信号が灯る。
若葉は今でこそホルスタウロスという魔物娘だが、以前はれっきとした人間だった。
しかし魔界側の過激派が行った市販の牛乳を高純度のホルミルクに入れ替えるというテロにより、人間から無理矢理ホルスタウロスへと転化させられた。
故に、彼女の前で魔物娘になりたいなど間違っても言ってはいけなかったのだ。
「ねぇクーラ・・・ちょっとだけ店に入れてくれない?」
「オイオイ厄介事はごめんだぜ?」
「責任はあたしがとるから!」
クーラも若葉の雰囲気が変わったことに気付いていた。
しかし、彼女がオーガやアマゾネスのようにむやみに魔物娘の力を振るわないことは知っている。
実際、あのままでは埒が明かなかったのも事実。
「あたしが淹れるマズいコーヒーしか出せないけどいいか?」
「ええ」
クーラは観念すると三人をパイパームーンへと迎え入れた。
「適当に座ってくれよ。あ、グランマは死の国に新人連れて出張中だけどな。」
新人、恐らくは「ウィルオーウィスプ」の伽耶のことだろう。
若葉の心の奥がチクりと痛む。
「さあ話してくれないかしら。えっと・・・名前は?」
「私、琴羽と言います。私立榮学園の一年です・・・・」
ぽつりぽつりと少女「琴羽」が声を絞り出す。
「私は若葉、夫は隣の彰くんよ。で、なんで貴方は魔物娘になりたいって言っていたのかしら?」
「それは・・・」
琴羽が口ごもる。
「僕は少し席を外すよ。丁度トイレに行きたかったし・・・」
彰が店の奥に消えたのを横目に確認し少女が口を開く。
「私には瀬界ちゃんって友人がいて、私が誠人くんを好きだって言ったら応援してくれて・・・それで私と誠人くんが付き合うことになったんです。でも、誠人くんの気持ちはだんだんと瀬界ちゃんにうつって行って・・・」
「つまりはフラれたから魔物娘になって彼を奪い取りたいと?」
「違います!!」
少女が声を荒げる。
「どこが違うのよ!!」
普段は声をあげることのない若葉の怒声。
ビリビリとグラスが震える。
「貴方が思うより魔物娘になるというのは辛いことよ。身体が作り替えられ、頭の中も魔力で塗り替えられていく。いくら後悔しても元に戻すことなんてできやしない・・・・」
若葉の脳裏に泣いてばかりいた、転化したての自分の姿が浮かぶ。
〜 化け物女がきたぞ!!逃げろぉぉぉ!!! 〜
心無い友達の罵声
〜 若葉ちゃんごめんね。もうウチに来ないで欲しいんだ 〜
友達のお母さんの涙
〜 私共の祈祷でお嬢さんは元に戻れます!だから喜捨を・・・ 〜
汚い大人達
「戻れないのよ・・・どうしても・・・」
若葉の目を涙が伝う。
「私・・・そんなつもりじゃ・・」
少女「琴羽」は若葉の涙に動揺する。
彼女は確かに魔物化を簡単にとらえていた。
でも、女という武器しかない彼女が恋人である誠人の気持ちを得るにはその方法しか思いつかなかった。
コトッ
琴羽の目の前にコーヒーが置かれる。
「これ飲んだら帰んな。あんたが考えるほど魔物娘化ってのは簡単じゃない。家族や友人、大切にしているモノ全てを失っちまうこともある。あんたがあたし達を永遠に美しいままって幻想を持っているんならただのションベン臭いガキさ」
クーラがいつの間に口に咥えていたいたのだろう、爪先に灯した魔力の炎で両切りのたばこに点火する。
上質なヴァニラの匂いが立ち込める。
「今此処にあんたを魔物娘にできるヤツはいない。一日良く考えな。それでも考えが変わらなければ明日もう一度来なよ。もっとも、グランマが恋人を奪い返したいってだけで魔物娘になろうとしているあんたを魔物娘にするとは思えないがな」
「でも・・・私・・・」
「・・・・一度殴られなけりゃわからないのか?」
クーラの黄色い瞳が琴羽を貫く。
恐怖が彼女を支配する。
「・・・・帰ります。代金は・・・」
「金なんていい。さっさと帰れ」
魔物娘にとって愛するものと一緒にいることは絶対の命題だ。
彼女がなぜフラれたのか分からないが、魔物娘となって愛しあう二人を引き裂こうとする彼女の考えは到底許すことができない。
ギュッ
若葉の身体を何者かが抱きしめた。
「彰・・くん?」
彰は若葉が泣き止むまで彼女を抱きしめていた。
― どんなに変わっても若葉ちゃんは若葉ちゃんだから ―
かつて、彰が泣いていた若葉にかけてくれた言葉。
この言葉だけでどれだけ彼女が救われたか。
「ごめんなさい彰くん・・・ひどい姿を見せちゃって・・・・・」
「いいさ・・・・。あの娘もこれで多少は考えを変えてくれればいいけどね」
彰は切なそうに彼女が消えたドアを見つめていた。
琴羽はペイパームーンを出ると一人、街を彷徨っていた。
彼女もわかっている。
自分は瀬界のように社交的でもなければ頭のデキも良くもない。
だから捨てられた。
どうして?
どうして?
どうして?
何で瀬界ちゃんが誠人くんと一緒に誠人くんの家に入っていくの?
どうして誠人くんとキスしているの?
許せない!
許せない!
許せない!
許せない!
「ああそうだ・・・簡単なことだ。私が二人を・・・・」
今夜も瀬界は誠人くんの家に行くだろう。
なら私も行こう。
手に銀色のナイフを持って・・・・
「あらあら、物騒なことを考えているわね〜無理心中なんて」
琴羽がハッとした表情で声のした方向を見る。
そこには黒いローブに身を包んだ人物がタロットカードを広げていた。
「悩み事があるなら聞くわよ?私はあんな偽善者じゃないから〜」
ローブの向こう
黒と赤の瞳が琴羽を捕えていた。
17/10/09 19:07更新 / 法螺男
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