最初に
今日は仕事の予定も無く、ゆっくり過ごせそうだ。テレビを点けるとBBCのニュースがやっていた。このお天気キャスターの名前は何だっただろうか。
――よく来たな、俺が出資してるクラブだしくつろいで行けよ
もう1度iPhoneを取り出して予定を確認するが、ミュージック・ビデオの収録は明後日になっている。今日は、打ち合わせも仲間内での会合も収録も無い。何も無い休日という事だ。ソファに寝っ転がりながらぼんやりして過ごすか、それとも海に行くかは後で決めよう。昨晩は結構疲れた。
――おやおや、もう気になる女がいるのか? 俺の店だからいい女も自然と集まるんだろうな
――もちろん俺の曲も流れるぜ、前作は正直まずまずぐらいだったけど、今作は比べ物にならねぇ仕上がりだ
テレビを消して立ち上がり寝室に戻る。ドアを開けると望んだ通りの光景。当たり前の事なのにホッとしながらベッドに腰掛ける。俺の心は既に侵食され切っているのだろう。だがそれがいい。
――そう言えば、俺をディスってた奴らはどうなったんだっけ? 最近全然名前聞かねぇし、自殺してなけりゃいいんだけどな
――葬式になったら俺も一曲プレゼントしてやるさ、まだ生きてたら安物のブルーベリーでもくれてやる、せいぜい自宅で陰鬱なパーティでも開くんだな
ここ3年、あっと言う間に月日は過ぎ去っていった。自分で初ライブの映像を見返しても、我ながら堂々とした立ち振る舞いだと思うが、N-Dubsの前座をする事が決まったと連絡を受けた時は興奮の余り大勢のダチに電話をかけまくった。
努力を続けてきたんだし、その結果が報われた、ただそれだけだと思う。だからこれからも今まで通りやっていく。ガキの頃は到底味わえなかった充実感、地位に名声、有り余る金、そして温かみのある幸せ。
――俺とお前らの違いがわかったか? 何せ俺にはエンジェルの加護がかかってるからな、デビルフィッシュじゃなくてエンジェルフィッシュだぞ? 理解出来たか?
――俺には「本物」が巻き付いてくるが、お前らの場合は仲間の手かタコ足配線しか巻き付いてくれるものがねぇんだろうな、ご愁傷様
その調子で今年も話題をかっさらい続けている。何も不自然ではなく、当然の結果であり、誰も文句は挟めない。今年のMOBOはプロフェッサー・グリーンやタイニー・テンパーと並んで俺も名を連ねる事だろう。栄誉ある事だから、俺は最高のパフォーマンスで客を沸かせるとしよう。
こうして俺は外の世界で成功をし続ける。まるであの頃の地獄が嘘の様に。だが本当に欲しかったものは目の前にある。スヤスヤと眠るその横顔は完璧過ぎて非の打ちどころが無いし、波打つ少し赤みのある金髪と尖った耳が俺に安心感を与えてくれる。そしてここが俺の「家」だという実感も。
こうして見ていると再び昨夜感じたあの罪悪感が蘇ってきた。アレは何度やっても慣れない。確かに素敵な事だとは思うが、人として少々無責任というか、重荷を背負わせてしまう行為というか。だが彼女のあの切なく、それでいて嬉しそうな顔を見ているとああする他無かった。普段はむしろかっこいい女なのに、それがあんな…駄目だ、昨日の事を鮮明に思い出してしまう。あれはあまりにも可愛過ぎて、毒の様に俺を蝕む。
唐突に俺の視界が反転した様な気がした。気が付けば俺の体は既にグルグル巻きになってベッドに倒れていた。そしていつも通り引き寄せられる。
「…あ、ごめん、なさい」
毎度ながら彼女はこうして俺を引き寄せ、向き合ってから後悔する。甘えん坊な行動が恥ずかしいのだろう。だが実を言うと、毎朝この展開を迎えないと俺の1日は充実したものにはならない。
「…いや、別に問題ねぇよ」
「あの、ね。昨日の事は、忘れて欲しいの…」
そいつは不可能な話だろう、あれは中毒作用がある。とりあえず次の新作にはここボーンマスをリスペクトした曲を書いてみるか。さり気無くこのありえない程可愛いエンジェルフィッシュの事にも触れて…
「あんな可愛いモン見せられて忘れられるわけねぇだろ? …あ」
夜の話になると彼女はいつも茹でダコになる。ここまで恥ずかしそうな表情を見せてくるのに、愛しくないはずがなかろう? 恥ずかしそうに俯いた彼女の頭を優しく撫でる事で、俺の1日はまともなスタートを切れる。が、可愛過ぎるのもいささか問題かも知れない。しかしそれを俺の心が望んでいる以上は仕方ないな。
――よく来たな、俺が出資してるクラブだしくつろいで行けよ
もう1度iPhoneを取り出して予定を確認するが、ミュージック・ビデオの収録は明後日になっている。今日は、打ち合わせも仲間内での会合も収録も無い。何も無い休日という事だ。ソファに寝っ転がりながらぼんやりして過ごすか、それとも海に行くかは後で決めよう。昨晩は結構疲れた。
――おやおや、もう気になる女がいるのか? 俺の店だからいい女も自然と集まるんだろうな
――もちろん俺の曲も流れるぜ、前作は正直まずまずぐらいだったけど、今作は比べ物にならねぇ仕上がりだ
テレビを消して立ち上がり寝室に戻る。ドアを開けると望んだ通りの光景。当たり前の事なのにホッとしながらベッドに腰掛ける。俺の心は既に侵食され切っているのだろう。だがそれがいい。
――そう言えば、俺をディスってた奴らはどうなったんだっけ? 最近全然名前聞かねぇし、自殺してなけりゃいいんだけどな
――葬式になったら俺も一曲プレゼントしてやるさ、まだ生きてたら安物のブルーベリーでもくれてやる、せいぜい自宅で陰鬱なパーティでも開くんだな
ここ3年、あっと言う間に月日は過ぎ去っていった。自分で初ライブの映像を見返しても、我ながら堂々とした立ち振る舞いだと思うが、N-Dubsの前座をする事が決まったと連絡を受けた時は興奮の余り大勢のダチに電話をかけまくった。
努力を続けてきたんだし、その結果が報われた、ただそれだけだと思う。だからこれからも今まで通りやっていく。ガキの頃は到底味わえなかった充実感、地位に名声、有り余る金、そして温かみのある幸せ。
――俺とお前らの違いがわかったか? 何せ俺にはエンジェルの加護がかかってるからな、デビルフィッシュじゃなくてエンジェルフィッシュだぞ? 理解出来たか?
――俺には「本物」が巻き付いてくるが、お前らの場合は仲間の手かタコ足配線しか巻き付いてくれるものがねぇんだろうな、ご愁傷様
その調子で今年も話題をかっさらい続けている。何も不自然ではなく、当然の結果であり、誰も文句は挟めない。今年のMOBOはプロフェッサー・グリーンやタイニー・テンパーと並んで俺も名を連ねる事だろう。栄誉ある事だから、俺は最高のパフォーマンスで客を沸かせるとしよう。
こうして俺は外の世界で成功をし続ける。まるであの頃の地獄が嘘の様に。だが本当に欲しかったものは目の前にある。スヤスヤと眠るその横顔は完璧過ぎて非の打ちどころが無いし、波打つ少し赤みのある金髪と尖った耳が俺に安心感を与えてくれる。そしてここが俺の「家」だという実感も。
こうして見ていると再び昨夜感じたあの罪悪感が蘇ってきた。アレは何度やっても慣れない。確かに素敵な事だとは思うが、人として少々無責任というか、重荷を背負わせてしまう行為というか。だが彼女のあの切なく、それでいて嬉しそうな顔を見ているとああする他無かった。普段はむしろかっこいい女なのに、それがあんな…駄目だ、昨日の事を鮮明に思い出してしまう。あれはあまりにも可愛過ぎて、毒の様に俺を蝕む。
唐突に俺の視界が反転した様な気がした。気が付けば俺の体は既にグルグル巻きになってベッドに倒れていた。そしていつも通り引き寄せられる。
「…あ、ごめん、なさい」
毎度ながら彼女はこうして俺を引き寄せ、向き合ってから後悔する。甘えん坊な行動が恥ずかしいのだろう。だが実を言うと、毎朝この展開を迎えないと俺の1日は充実したものにはならない。
「…いや、別に問題ねぇよ」
「あの、ね。昨日の事は、忘れて欲しいの…」
そいつは不可能な話だろう、あれは中毒作用がある。とりあえず次の新作にはここボーンマスをリスペクトした曲を書いてみるか。さり気無くこのありえない程可愛いエンジェルフィッシュの事にも触れて…
「あんな可愛いモン見せられて忘れられるわけねぇだろ? …あ」
夜の話になると彼女はいつも茹でダコになる。ここまで恥ずかしそうな表情を見せてくるのに、愛しくないはずがなかろう? 恥ずかしそうに俯いた彼女の頭を優しく撫でる事で、俺の1日はまともなスタートを切れる。が、可愛過ぎるのもいささか問題かも知れない。しかしそれを俺の心が望んでいる以上は仕方ないな。
12/08/31 12:10更新 / しすてむずあらいあんす
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