フォーメルとジナンの一日
「はあ…」
フォーメルはパジャマ姿で食卓に着くや否や、大きなため息を一つ吐き、気怠そうにミルクが注がれていたコップに口を付けた。目にはうっすらと隈が出来ており、疲れが顔に出ていた。
「どうしたんだいフォー?」
「具合が悪いなら無理せずいうのだぞ?もう我慢しなくても大丈夫・・・じゃ」
異変に気が付いた両親は心配し、憔悴したフォーメルの様子を訊ねる。しかし、娘の変化には過敏に反応するのに、先日までは彼らも似たような顔をしていたことは忘れているらしい。
「違うのじゃ・・・実は、ジナンのしていた母上たちの仕事の手伝いも一段落したし、ここらでジナンへのアピールをもっと積極的にやっていこうと一晩中考えたのじゃが、いかんせん良い考えが浮かばないのじゃ」
そういってフォーメルは溜息とも欠伸とも取れる吐息をし、食前の祈りを手早く済ませパンをモソモソと口に詰め込んだ。彼女は自由奔放そうにみえるが、意外に周囲に気を遣う性格である。気の遣い方が適切かどうかは別だが。
実際、ジナンが罰として労働していた折は、ほぼ独学で魔法を研究しジナンの手がかからないようにしていた。
「恋の悩みだな。それならお母さんにバッチリ任せなさい!愛娘の恋路のためなら何でも協力する・・・のじゃ!」
「もちろん、僕も応援するよ」
バーメットもアーレトも、今まで頼ることに遠慮がちだったフォーメルがこうして自分たちに相談してくれるのが嬉しかったのだろう、やたらと張り切っている。
「おお!それじゃあ、ジナンの結界を破る手伝いをして欲しいのじゃ!」
フォーメルが見た所あれは、あらゆる感覚に作用する結界のようであった。いかに可愛らしい姿だろうが甘い声だろうが問答無用で魅力をシャットアウトし思慕欲情を防ぐ。このままでは取り付く島もないとの結論に達した。
「「 無 理 」」
「さすが父上母上即答なのじゃ!さっそくジナンのところに・・・・・・え?」
「残念だけど・・・」
「流石にそれは・・・」
静かに俯きテーブルを見つめる二人。その表情は、クリスマスに大幅な予算オーバーの物を要求された時と同じ顔であった。
「そんな・・・あ、そうじゃ!メイやリネと・・・いやもういっそ国のサバト全員で一緒にやるのは!?」
元勇者のリネットや実力のある魔女であるメイギスを含むサバトならば、例え要塞用の結界だとしても容易く敗れる。それにバフォメット二人とその夫が加われば、ジナンの結界も耐えられないかもしれない。その一縷の望みを口に出したが
「仮に集めたとしても無理だろうな、傷の一つ付けば上出来だ・・・じゃなかった、なのじゃ」
「ジナン様のことだから、予備の結界も何枚か用意しているだろうし・・・」
「なんじゃそりゃ・・・」
「魔法に関してはジナン様を人間と思わんほうがいい」
今度はバーメットとアーレトが大きなため息をついて、各々のコップに注がれたものを飲み乾した。窓から朝陽が差し込む食卓は、雨の降る深夜のよりも暗い雰囲気に包まれている。
「まさか人でなし判定されるほどとは・・・」
がっくりと力なくうな垂れ、そのまま動かなくなってしまった。
「・・・他の方法を探したほうがいいね。あ、でも前向きに考えれば、他の子たちになびくこともないってことだし安心かもしれないよ?」
閃いたとピンと人差し指を伸ばし、フォーメルに前向きな意見を伝えるアーレト。彼も実年齢はともかく、外見が少年のためこのような仕草を行うと外見相応の子供らしさが顔を出す。
「儂にもなびかなかったら意味がないのじゃ父上・・・」
うな垂れたまま、呻く様に返事を返す。
「だが、その結界も性的な魅力だけを感じないようにしているだけだろうし。他の方法で惚れさせることはできるはず・・・じゃな、多分」
独り言のようにぼそりとバーメットが呟く。
「・・・母上、どういうことなのじゃ?」
「つまり・・・そうだな、例えば家庭的な所をアピールされたり、趣味が一緒だったりするとグッとくる男性も多いということさ、「元」男の儂が言うんだから間違いないのじゃ」
旧時代から生きてきたバーメットならではの発想ではあるが、言ってることはかなり単純である。
「なるほど!その手があったのじゃ!家庭的な女アピールでジナンのハートはもう儂の物も同然なのじゃ!」
たわんだ竹を放したようにフォーメルが飛び上がった。
「包容力があって甘えさせてくれる女性に男性は弱いものさ。そして時たま、反対に自分に甘えられるともう骨抜きじゃな!いわゆるジパング撫子というやつじゃ!」
「ん?」
アーレトの眉がピクリと動いたのを、調子に乗って話し続けるバーメットは知る由もなかった。
「おおー!ジパング撫子!これは絶対いけそうな気がするのじゃ!!
さっそくジナンの家に行って実践してくるのじゃ!」バタン
慌ただしく何かをかき集めて外出の用意をすると、意気揚々とジナンの家へと駆けていった。
「その意気だフォーメル!頑張ってくるのじゃぞ〜
ふふっ、こうやってゆっくりと話せる時間は出来たが肝心の娘はジナン様に取られてしまったな。なあアーレト」
「ところで・・・さっきの言い方だと僕以外にも気になってた人がいたみたいな言い方だね・・・せっかくだから『ゆっくりと』話してほしいなあ?」
「・・・ア、アーレト・・・!!?」
雨が降り止み日が差したと思われたフォーメル宅であったが、とてつもなく大きな嵐が発生したようだ。
―――
――
―
「というわけで耳掃除して欲しいのじゃ」
ふわふわとした手で持ってきた耳かきをぽんとジナンの手のひらに耳かきを手渡す。
「は?」
イライラを隠そうともせず、怪訝な顔でフォーメルを睨んでいる。朝早くに叩き起こされた挙句、いきなり耳かきを渡されてはそういう反応も致し方ないだろう。
「家庭的で包容力アピールといったら耳かきが一番じゃろ」
「まあアリと言えばアリな発想だ」
ただし、ジパング撫子はドアを破りそうな勢いでノックもしないし、寝起きのターゲットに目論見を延々と述べたりはしない。
「だから、ほれ」ピョコピョコ
髪をかき上げ、ふんわりとした獣毛に包まれる耳を見せつける様に揺らしている様子は非常に可愛らしいが、寝起きで気が立っている彼には逆効果でしかない。
「・・・は?」
「だから、耳掃除してなのじゃ」
「・・・なんで?」
「家庭的で包容力のあるところをアピールするため」
「誰が?」
「儂が」
「耳掃除するのは?」
「ジナン」
「されるのは?」
「儂」
「家庭的で包容力をアピールするのは?」
「儂」
「されるのは?」
「ジナン」
「・・・論理的におかしいだろ」
「何を言うのじゃ、一緒に暮らすとなると汚い所も見せねばならぬときがある。
トイレの紙が切れてお尻を出したまま紙を取りに行ったり!
鼻からうどんが飛び出たり!
弾みでお尻から腸内のガスが漏れ出たり!
ガス以外も一緒に出たり!
くしゃみの拍子にちょっと漏らしたり!
吐瀉ったり!
それはもういろいろと汚い姿を見せるときがあるのじゃ!いちいち恥ずかしがっては「恥ずかしがれよ」まともに同棲できないのじゃ。じゃから、こうやって堂々と自分の汚れた部分を見せる!その潔さこそが、すなわち家庭的なアピールなのじゃ!!」
「お前の全身の穴緩すぎだろ」
「包容力もまた然り。どんな汚れたものでも包み込んで受け入れる儂の耳は包容力そのものなのじゃ!」
「ゴミ袋と同レベルか」
「じゃ、納得してもらったところでさっそく取り掛かって欲しいのじゃ」
「一分たりとも納得していないが・・・まあいい。そこまで言うならやってやろう」
「じゃあ、ジナンに膝枕を・・・」
「いや、治験用の診察台があるからそれを使う」
ジナンが指さす方を見ると可動式の背もたれが付いた診察台が設置されている。
「色気がないのじゃ」
「奥の方に落ちると面倒だし、横にした方が見やすいしな」
「そう言われればそうじゃけど・・・」
納得いかない様子ながらもフォーメルは言われたままに椅子に寝転がる。頭を背もたれに預けると、まだ短い角がくにゃりと形を変えた。椅子のクッションは程よく硬く僅かに体が沈み、始める前からすでにフォーメルはウトウト眠気に襲われている。彼女は自分が昨日寝ていなかったことを思い出した。
「そもそも、人間と同じように耳かきしていいのか?」
「父上がしてもらっているのを見た限りじゃと、多分変わりないのじゃ」
「そうか、じゃ、やるぞ」
そう言いながらジナンは、戸棚から綿棒と食卓から椅子を引きずって持ってきて診察台の横に座ると、魔法で小さな光源を脇に作った。それから中の様子が見やすいように耳を軽くつまみ、光を入れる。耳の中はフォーメルが言った通り、人間のそれと大差なく入口のモコモコとした毛が少し邪魔なだけで、他にこれといって問題はなかった。耳垢も多少付いてはいるが清潔といっていい状態だ。
「どうじゃ?」
目をつむり手を組んで胸に置いており、すでに寝る気充分の恰好となっている。
「思いのほか汚れていないな」
「定期的に母上にやってもらっているからそれもそうじゃろうな・・・ふぁぁ・・・」
「せっかく期待していたのだが、これではつまらんな」
「意外にノリノリだったんじゃな」
「仕方ない、さらっとだけやってしまうか」
ぶつくさと文句を言いながら、耳かきをそっと中にいれると、そのまま手近にあった耳垢をコリコリと掻き出し始めた。いつもは幼児といえども容赦なくバイオレンスなことをフォーメルにしているジナンであるが、流石に耳に関しては慎重になるようで、かなり優し目に耳を掻いている。
「オぉう・・・ぶっちゃけ母上よりも上手いのじゃ」
耳かきが耳壁を掻くたびに、フォーメルの頭にじんわりと快感が沁みだしていた。思いの外ジナンは手慣れている様子で、耳垢をカリカリとこそぎ落としていった。たまに耳かきの匙の裏で耳の中のツボらしき部分を押しているようで、押されるたびに痛気持ちいい刺激が起こり、フォーメルは眠りへと引きずり込まれていく。
「昔に兄貴や弟にしてやってたからな」
「なるほど・・・zzz」
「寝るなら寝ていいぞ」
フォーメルを気遣っているようなセリフだが実際はさっさと寝かせて二度寝したいだけである。
「お言葉に甘えるのじゃ・・・スピー・・・・・・zzz」
綿棒で最後の仕上げを行う頃にはフォーメルは完全に夢の世界に旅立っていた。
―――
――
―
「ん・・・?」
フォーメルが目を覚ますとベッドの上であった。部屋の中はすでに夕陽が差し込んでいる。そんなに寝てしまったのかと驚く彼女であるが、自分の置かれている状況に気が付くと更なる驚愕が待っていた。
「・・・zzz」
ジナンが自分を背中から抱きかかえて眠っている。いつもならば信じられない光景にフォーメルは目を疑うばかりである。起こさぬように体を反対側に回すと、ジナンの無防備な寝顔が表れた。
「・・・(これはもしや既成事実作成のチャンスなのでは!)」
少し顔を近づけるだけで唇と唇が触れ合う距離である。フォーメルが体をよじり僅かづつ近づいていく。
「zzzz」ギリギリギリギリ
丁度良い抱き枕となっていたフォーメルが動いたので、ジナンは無意識に抱き寄せようと絡めていた両手に力がこもる。魔導士といえども勇者の膂力は侮りがたく、万力のようにフォーメルを抱きしめ続けている。
「あぎぎぎ!ちょっと待った!タイムじゃ!ジナン!!タァァァァァァイム!!」
―――
――
―
「まあなんだ、すまんな」
「すまんで済んだらガードはいらないのじゃ」
ジナンはまだ眠そうに頭を掻きながら適当に謝っている。フォーメルの方はやっと解放された体を動かして労わっている。
話を聞いたところ、耳掃除が終わった後フォーメルをベッドに寝かせたのはいいが、自分も眠たいので別のところで寝ようかと思ったが、なかなか体に合って熟睡できる場所がなく、仕方ないのでフォーメルを端に追いやり自分も寝かせたベッドに入ったのだという。ズボラである。
「ソファーで寝るなど、実際やってみると中々出来るものじゃないな」
体をパキパキと鳴らしながら気怠そうに虚空を見つめている。
「だからといって乙女の寝ているベッドに入り込むなんて失礼極まりないのじゃ!」
「逆ならいいのか」
全裸で寝室に侵入した前科持ちである。その頃と比べると、同じベッドで寝るなどジナンの警戒心もだいぶ薄れてきているようだ。単に睡眠欲求に抗えなかったのかどうかは定かではない。
「いいのじゃ」
「ところで、もう夕方だが帰らなくていいのか」
「耳かきしてもらって昼寝だけして帰るってあんまりじゃから、今日は泊まっていくことにするのじゃ」
「別に構わんが寝床や着替えはどうすんだ。それに飯はないぞ」
「寝るところはさっきのベッドを使えば良いし、着替えも持ってきておいたのじゃ
ご飯は外食でいいのじゃないかのう?」
始めから泊まる気で遊びに来ていたようだ。
「図々しいやつだな」
「訓練場近くの店のハンバーグが味もそこそこでボリュームもあってオススメなのじゃ」
「『味もそこそこ』って7歳のくせに生意気な、もう少し舌が肥えてからいうんだな。
年寄臭いことは言いたくないが、俺がガキの頃は一日飯にありつければよかったほど飢えていた時代もあったんだ。食べれるだけありがたいと思え」
「ジャガイモ」
「・・・・・」
ジトッとした抗議の視線がジナンに送られている。多少のことでは動じないジナンであれど、今回は流石に目を逸らさずにはいられなかった。
「まあジナンの言いたいことはよくわかったのじゃ、
じゃが、実際食べてみれば儂の言っている事もよくわかると思うのじゃ」
「・・・仕方ない、そこまで言うのなら行ってみるか」
「ぬふふふ・・・今までにないそこそこ具合を体験するがよいのじゃ・・・」
ジナンは壁に掛けられたコートを羽織り、フォーメルに手を引かれながら城下町に向かっていった。
―――
――
―
「どうじゃった?」
フォーメルは台所でうがいを済ませ、そそくさと火炎魔術で暖炉に火を着けるとその前から動かず、手のひらをあぶっている。
「・・・そこそこだったな」
寒かったのはジナンも同じようで、フォーメルの横に座りこむとバサバサと服の中に暖気を取り込んでいる。
「じゃろ?」
「不味くもないし取り立てて美味いわけでもなく・・・まあ言う通り量はあったな」
得意げな表情でニヤつくフォーメルを、気にせずそのまま言葉を続けた。フォーメルが火を着ける際に何かしたらしく、いつもよりも早く部屋全体に熱が回り、窓に水滴が付き始めた。
「質より量が欲しい訓練終わりの兵士にそこそこ人気なのじゃ」
「だから、そこそこ繁盛しているわけか」
「そういうわけじゃ」
体の暖まったフォーメルは立ち上がって、自分のポーチから何やら探している様子だ。
「これから俺は適当に何かして過ごすが、お前はどうするんだ?」
「実はじゃな、耳かき以外にもいろいろ持ってきたんじゃ。
・・・あ、あったあった」
ポーチから長方形の箱を取り出して、中身を開けると細長い菓子を取り出した。
「・・・それってお前」
「ポッチィーじゃけど?」
「・・・何がとは言わんが・・・いいのかこれ・・・?」
「昔からの定番お菓子に良いも悪いもなかろう」
「・・・まあいいが。
で、それがどうなんだ?」
「もちろんこれでポッチィーゲームじゃ!!」
「あれか・・・
やってもいいがどうやって勝敗決めるんだ?」
「すんなりOKもらったのもびっくりじゃが、勝敗を気にすることに驚きなのじゃ・・・
確か、先に口を離したの負けじゃな」
「どちらも離さなかったらどうなるんだ。
より多くの部分のポッチィーを食べた奴の勝ちか?」
「まあ・・・いいんじゃないかの・・・それで」
「ふむ、わかった。一箱分やって勝利合計が多い方が勝ちでいいな?」
「これそんな回数やるようなゲームじゃ「早く咥えろ」・・・何かが違う気がするのじゃ」
ポッチィーの両端をそれぞれ咥えてお互いを見つめあっている。
「・・・(想像してた以上に恥ずかしいのじゃ)」
積極的にアプローチしているフォーメルであるが、実際それが報われることがなかったため、この様な状況には耐性がなかった。至近距離で見つめられるという今までにない経験に、顔を真っ赤にして恥かしがり目は泳ぐ。一方ジナンの方はいたって真剣な面持ちで待機している。
「合図はお前がしていいぞ」
「え?あ、ああ!合図じゃな・・・」
「やるからには容赦しないからな」
「そ、そう・・
じゃあ、よーいはじ・・・!んむぅ!!?」ムチュゥゥゥゥ
次の瞬間、唇同士が形を変えるほど触れ合い、お互いの顔が密着していた。
「ぷぁ・・・!ちょっと待!んーーんーー!!」
状況が理解できず混乱するフォーメルを尻目に、なおもジナンは深く舌を絡ませようとフォーメルの頭部に腕を回して拘束する。そして執拗に口内のポッチィーを奪い取ろうと舌を這わせ腔内を蹂躙する。
フォーメルの咥えてたポッチィーの欠片を回収するとようやく、涎で糸が引きぬらぬらと光る唇を離した。
「まずは俺の一本先取だな」
事もなげに口の中のポッチィーを咀嚼しながら、紙に得点表を書いて自分の欄に1つ丸を付けた。
「・・・・・・・」
フォーメルの方は目から光をなくし、ただ茫然と立ち尽くしているだけである。
「なるほど。初めに如何に多くの部分を取ることが出来るか、そしてそれを守りつつ相手のポッチィーを奪うかが肝か。初めに取りすぎると口の中で邪魔になるし、かと言って相手に取られすぎるとさっきの様に一方的に押し切られる可能性もあるな・・・思ったよりも奥の深い遊びだ」
ジナンは全く意に介さず、一人で得心して頷いている。
その後、ジナン主導の下箱の中身をすべて使い切るまでこのゲームは行われ、結果は・・・言うまでもないだろう。
―――
――
―
「もう怒っていいのか喜んでいいのか分からないのじゃ・・・」
「負けて喜ぶというの感心しないな」
「そういう問題じゃないのじゃ!
儂のぷるぷるリップを散々弄びおって!」
「ゲーム上の仕様に文句付けるなよ」
「こういうゲームじゃないから!!」
「まあ考えてみれば子供相手に本気になりすぎたな、次やるときは多少は手加減してやろう」
「はぁ、もういいのじゃ・・・」
抗議が意味をなさないことを悟ると大きくため息を吐いて肩を落とした。
「そうか」
「ところでじゃな・・・その・・・どうじゃった?」
少し間をおいて、もじもじとジナンに先ほどの感想を求める。過程や目的はどうあれキスを何度も交わしたのだ気にならないはずがない。唇をきゅっと結び潤んだ瞳で見つめ上げならジナンの言葉を待った。
「何がだ」
質問の意図を全く理解しておらず、首を傾げる。
「ほら、儂の唇の感触とか・・・密着した時の匂いとか・・・」
「特に何も?」
「おぉぉう・・・じゃが、お主がやったことの責任はしっかり取ってもらうからの!」
「?」
その後はフォーメルも深く引きずることなく、絵を描いたり本を読んだりと過ごし、夜が更けていった
―――
――
―
「風呂沸いたみたいだが、どうする?」
風呂場から戻ってきたジナンが、頭だけを出してフォーメルに訊ねる。
「おお、じゃあ入ろう・・・・・いや、やっぱり先にジナンが入っていいのじゃ」
「そうか、なら先に入ってくるぞ」
言いかけてから何かを察し、思わせぶりな含み笑いをしていたことにジナンは気が付かなかった。そのまま洗面所に引っ込むと、服を脱ぐ衣擦れの音が聞こえ、風呂場の戸がぴしゃっと閉まった。
「ぬふふ・・・さっきは逆にジナンにやられてしまったが、今回はこっちが攻める番じゃ
お約束の『お背中流しますわ♥』でジナンをドギマギさせてやるのじゃ!!」
その場で服を全て脱ぎ去ると、そのまま全裸で風呂場に突進していった。
「ぬおおおおお!ジナァァァアン!!背中を洗わせろぉぉぉぉぉぉ!!」
猛烈な勢いで風呂場に侵入すると、ジナンは髪を洗っている最中だった。フォーメルが風呂場に入って来ても特に動じる様子はなく、そのまま髪を泡立てている。
「ああ、助かる。そこにタオルと石鹸があるはずだからそれで頼む」
あっさり了承し、髪を泡立てていた手を止めて自分の横に置いてった石鹸とタオルを指さした。
「話が早くて助かるのう。
それでは、心行くまで楽しんでいってくださいなのじゃ♥」ぬっちぬっち
フォーメルは自分の胸や腹に石鹸を塗りたくると、ぴったりとジナンの背中にくっつき、懸命に肌を滑らせ始めた。
「タオルでやれ」
「肌はデリケートなものじゃから、こっちの方が良いと母上が言っていたのじゃ!
遠慮せずに儂のテクニックを味わうがよいのじゃ♥」
若くきめ細かい肌を存分に活かし、ジナンの背中を擦り上げる。時には全身を激しく擦り合わせ、時にはゆっくりと体をくねらせて膨らみのない胸の突起を当てるなど、魔物娘として生まれ持った天性の才能を遺憾なく発揮した渾身のアプローチであった。例え結界があろうとも、魔界のロリ代表、魔性の幼女であるバフォメットが本気を出したのだ。これでノックアウトされないロリコンはいないはずだと、フォーメルは密かに勝利を確信していた。
「ふう・・・ふう・・・これで儂の魅力がわかったかの・・・?」
「胸がないと怒っていいのか悲しんでいいのかわからんな」
「ギニャァァァァァァァァァァ!!!!」
結界を破壊し、ジナンをノックアウトしたのはフォーメル怒りの右ストレートだった。
フォーメルはパジャマ姿で食卓に着くや否や、大きなため息を一つ吐き、気怠そうにミルクが注がれていたコップに口を付けた。目にはうっすらと隈が出来ており、疲れが顔に出ていた。
「どうしたんだいフォー?」
「具合が悪いなら無理せずいうのだぞ?もう我慢しなくても大丈夫・・・じゃ」
異変に気が付いた両親は心配し、憔悴したフォーメルの様子を訊ねる。しかし、娘の変化には過敏に反応するのに、先日までは彼らも似たような顔をしていたことは忘れているらしい。
「違うのじゃ・・・実は、ジナンのしていた母上たちの仕事の手伝いも一段落したし、ここらでジナンへのアピールをもっと積極的にやっていこうと一晩中考えたのじゃが、いかんせん良い考えが浮かばないのじゃ」
そういってフォーメルは溜息とも欠伸とも取れる吐息をし、食前の祈りを手早く済ませパンをモソモソと口に詰め込んだ。彼女は自由奔放そうにみえるが、意外に周囲に気を遣う性格である。気の遣い方が適切かどうかは別だが。
実際、ジナンが罰として労働していた折は、ほぼ独学で魔法を研究しジナンの手がかからないようにしていた。
「恋の悩みだな。それならお母さんにバッチリ任せなさい!愛娘の恋路のためなら何でも協力する・・・のじゃ!」
「もちろん、僕も応援するよ」
バーメットもアーレトも、今まで頼ることに遠慮がちだったフォーメルがこうして自分たちに相談してくれるのが嬉しかったのだろう、やたらと張り切っている。
「おお!それじゃあ、ジナンの結界を破る手伝いをして欲しいのじゃ!」
フォーメルが見た所あれは、あらゆる感覚に作用する結界のようであった。いかに可愛らしい姿だろうが甘い声だろうが問答無用で魅力をシャットアウトし思慕欲情を防ぐ。このままでは取り付く島もないとの結論に達した。
「「 無 理 」」
「さすが父上母上即答なのじゃ!さっそくジナンのところに・・・・・・え?」
「残念だけど・・・」
「流石にそれは・・・」
静かに俯きテーブルを見つめる二人。その表情は、クリスマスに大幅な予算オーバーの物を要求された時と同じ顔であった。
「そんな・・・あ、そうじゃ!メイやリネと・・・いやもういっそ国のサバト全員で一緒にやるのは!?」
元勇者のリネットや実力のある魔女であるメイギスを含むサバトならば、例え要塞用の結界だとしても容易く敗れる。それにバフォメット二人とその夫が加われば、ジナンの結界も耐えられないかもしれない。その一縷の望みを口に出したが
「仮に集めたとしても無理だろうな、傷の一つ付けば上出来だ・・・じゃなかった、なのじゃ」
「ジナン様のことだから、予備の結界も何枚か用意しているだろうし・・・」
「なんじゃそりゃ・・・」
「魔法に関してはジナン様を人間と思わんほうがいい」
今度はバーメットとアーレトが大きなため息をついて、各々のコップに注がれたものを飲み乾した。窓から朝陽が差し込む食卓は、雨の降る深夜のよりも暗い雰囲気に包まれている。
「まさか人でなし判定されるほどとは・・・」
がっくりと力なくうな垂れ、そのまま動かなくなってしまった。
「・・・他の方法を探したほうがいいね。あ、でも前向きに考えれば、他の子たちになびくこともないってことだし安心かもしれないよ?」
閃いたとピンと人差し指を伸ばし、フォーメルに前向きな意見を伝えるアーレト。彼も実年齢はともかく、外見が少年のためこのような仕草を行うと外見相応の子供らしさが顔を出す。
「儂にもなびかなかったら意味がないのじゃ父上・・・」
うな垂れたまま、呻く様に返事を返す。
「だが、その結界も性的な魅力だけを感じないようにしているだけだろうし。他の方法で惚れさせることはできるはず・・・じゃな、多分」
独り言のようにぼそりとバーメットが呟く。
「・・・母上、どういうことなのじゃ?」
「つまり・・・そうだな、例えば家庭的な所をアピールされたり、趣味が一緒だったりするとグッとくる男性も多いということさ、「元」男の儂が言うんだから間違いないのじゃ」
旧時代から生きてきたバーメットならではの発想ではあるが、言ってることはかなり単純である。
「なるほど!その手があったのじゃ!家庭的な女アピールでジナンのハートはもう儂の物も同然なのじゃ!」
たわんだ竹を放したようにフォーメルが飛び上がった。
「包容力があって甘えさせてくれる女性に男性は弱いものさ。そして時たま、反対に自分に甘えられるともう骨抜きじゃな!いわゆるジパング撫子というやつじゃ!」
「ん?」
アーレトの眉がピクリと動いたのを、調子に乗って話し続けるバーメットは知る由もなかった。
「おおー!ジパング撫子!これは絶対いけそうな気がするのじゃ!!
さっそくジナンの家に行って実践してくるのじゃ!」バタン
慌ただしく何かをかき集めて外出の用意をすると、意気揚々とジナンの家へと駆けていった。
「その意気だフォーメル!頑張ってくるのじゃぞ〜
ふふっ、こうやってゆっくりと話せる時間は出来たが肝心の娘はジナン様に取られてしまったな。なあアーレト」
「ところで・・・さっきの言い方だと僕以外にも気になってた人がいたみたいな言い方だね・・・せっかくだから『ゆっくりと』話してほしいなあ?」
「・・・ア、アーレト・・・!!?」
雨が降り止み日が差したと思われたフォーメル宅であったが、とてつもなく大きな嵐が発生したようだ。
―――
――
―
「というわけで耳掃除して欲しいのじゃ」
ふわふわとした手で持ってきた耳かきをぽんとジナンの手のひらに耳かきを手渡す。
「は?」
イライラを隠そうともせず、怪訝な顔でフォーメルを睨んでいる。朝早くに叩き起こされた挙句、いきなり耳かきを渡されてはそういう反応も致し方ないだろう。
「家庭的で包容力アピールといったら耳かきが一番じゃろ」
「まあアリと言えばアリな発想だ」
ただし、ジパング撫子はドアを破りそうな勢いでノックもしないし、寝起きのターゲットに目論見を延々と述べたりはしない。
「だから、ほれ」ピョコピョコ
髪をかき上げ、ふんわりとした獣毛に包まれる耳を見せつける様に揺らしている様子は非常に可愛らしいが、寝起きで気が立っている彼には逆効果でしかない。
「・・・は?」
「だから、耳掃除してなのじゃ」
「・・・なんで?」
「家庭的で包容力のあるところをアピールするため」
「誰が?」
「儂が」
「耳掃除するのは?」
「ジナン」
「されるのは?」
「儂」
「家庭的で包容力をアピールするのは?」
「儂」
「されるのは?」
「ジナン」
「・・・論理的におかしいだろ」
「何を言うのじゃ、一緒に暮らすとなると汚い所も見せねばならぬときがある。
トイレの紙が切れてお尻を出したまま紙を取りに行ったり!
鼻からうどんが飛び出たり!
弾みでお尻から腸内のガスが漏れ出たり!
ガス以外も一緒に出たり!
くしゃみの拍子にちょっと漏らしたり!
吐瀉ったり!
それはもういろいろと汚い姿を見せるときがあるのじゃ!いちいち恥ずかしがっては「恥ずかしがれよ」まともに同棲できないのじゃ。じゃから、こうやって堂々と自分の汚れた部分を見せる!その潔さこそが、すなわち家庭的なアピールなのじゃ!!」
「お前の全身の穴緩すぎだろ」
「包容力もまた然り。どんな汚れたものでも包み込んで受け入れる儂の耳は包容力そのものなのじゃ!」
「ゴミ袋と同レベルか」
「じゃ、納得してもらったところでさっそく取り掛かって欲しいのじゃ」
「一分たりとも納得していないが・・・まあいい。そこまで言うならやってやろう」
「じゃあ、ジナンに膝枕を・・・」
「いや、治験用の診察台があるからそれを使う」
ジナンが指さす方を見ると可動式の背もたれが付いた診察台が設置されている。
「色気がないのじゃ」
「奥の方に落ちると面倒だし、横にした方が見やすいしな」
「そう言われればそうじゃけど・・・」
納得いかない様子ながらもフォーメルは言われたままに椅子に寝転がる。頭を背もたれに預けると、まだ短い角がくにゃりと形を変えた。椅子のクッションは程よく硬く僅かに体が沈み、始める前からすでにフォーメルはウトウト眠気に襲われている。彼女は自分が昨日寝ていなかったことを思い出した。
「そもそも、人間と同じように耳かきしていいのか?」
「父上がしてもらっているのを見た限りじゃと、多分変わりないのじゃ」
「そうか、じゃ、やるぞ」
そう言いながらジナンは、戸棚から綿棒と食卓から椅子を引きずって持ってきて診察台の横に座ると、魔法で小さな光源を脇に作った。それから中の様子が見やすいように耳を軽くつまみ、光を入れる。耳の中はフォーメルが言った通り、人間のそれと大差なく入口のモコモコとした毛が少し邪魔なだけで、他にこれといって問題はなかった。耳垢も多少付いてはいるが清潔といっていい状態だ。
「どうじゃ?」
目をつむり手を組んで胸に置いており、すでに寝る気充分の恰好となっている。
「思いのほか汚れていないな」
「定期的に母上にやってもらっているからそれもそうじゃろうな・・・ふぁぁ・・・」
「せっかく期待していたのだが、これではつまらんな」
「意外にノリノリだったんじゃな」
「仕方ない、さらっとだけやってしまうか」
ぶつくさと文句を言いながら、耳かきをそっと中にいれると、そのまま手近にあった耳垢をコリコリと掻き出し始めた。いつもは幼児といえども容赦なくバイオレンスなことをフォーメルにしているジナンであるが、流石に耳に関しては慎重になるようで、かなり優し目に耳を掻いている。
「オぉう・・・ぶっちゃけ母上よりも上手いのじゃ」
耳かきが耳壁を掻くたびに、フォーメルの頭にじんわりと快感が沁みだしていた。思いの外ジナンは手慣れている様子で、耳垢をカリカリとこそぎ落としていった。たまに耳かきの匙の裏で耳の中のツボらしき部分を押しているようで、押されるたびに痛気持ちいい刺激が起こり、フォーメルは眠りへと引きずり込まれていく。
「昔に兄貴や弟にしてやってたからな」
「なるほど・・・zzz」
「寝るなら寝ていいぞ」
フォーメルを気遣っているようなセリフだが実際はさっさと寝かせて二度寝したいだけである。
「お言葉に甘えるのじゃ・・・スピー・・・・・・zzz」
綿棒で最後の仕上げを行う頃にはフォーメルは完全に夢の世界に旅立っていた。
―――
――
―
「ん・・・?」
フォーメルが目を覚ますとベッドの上であった。部屋の中はすでに夕陽が差し込んでいる。そんなに寝てしまったのかと驚く彼女であるが、自分の置かれている状況に気が付くと更なる驚愕が待っていた。
「・・・zzz」
ジナンが自分を背中から抱きかかえて眠っている。いつもならば信じられない光景にフォーメルは目を疑うばかりである。起こさぬように体を反対側に回すと、ジナンの無防備な寝顔が表れた。
「・・・(これはもしや既成事実作成のチャンスなのでは!)」
少し顔を近づけるだけで唇と唇が触れ合う距離である。フォーメルが体をよじり僅かづつ近づいていく。
「zzzz」ギリギリギリギリ
丁度良い抱き枕となっていたフォーメルが動いたので、ジナンは無意識に抱き寄せようと絡めていた両手に力がこもる。魔導士といえども勇者の膂力は侮りがたく、万力のようにフォーメルを抱きしめ続けている。
「あぎぎぎ!ちょっと待った!タイムじゃ!ジナン!!タァァァァァァイム!!」
―――
――
―
「まあなんだ、すまんな」
「すまんで済んだらガードはいらないのじゃ」
ジナンはまだ眠そうに頭を掻きながら適当に謝っている。フォーメルの方はやっと解放された体を動かして労わっている。
話を聞いたところ、耳掃除が終わった後フォーメルをベッドに寝かせたのはいいが、自分も眠たいので別のところで寝ようかと思ったが、なかなか体に合って熟睡できる場所がなく、仕方ないのでフォーメルを端に追いやり自分も寝かせたベッドに入ったのだという。ズボラである。
「ソファーで寝るなど、実際やってみると中々出来るものじゃないな」
体をパキパキと鳴らしながら気怠そうに虚空を見つめている。
「だからといって乙女の寝ているベッドに入り込むなんて失礼極まりないのじゃ!」
「逆ならいいのか」
全裸で寝室に侵入した前科持ちである。その頃と比べると、同じベッドで寝るなどジナンの警戒心もだいぶ薄れてきているようだ。単に睡眠欲求に抗えなかったのかどうかは定かではない。
「いいのじゃ」
「ところで、もう夕方だが帰らなくていいのか」
「耳かきしてもらって昼寝だけして帰るってあんまりじゃから、今日は泊まっていくことにするのじゃ」
「別に構わんが寝床や着替えはどうすんだ。それに飯はないぞ」
「寝るところはさっきのベッドを使えば良いし、着替えも持ってきておいたのじゃ
ご飯は外食でいいのじゃないかのう?」
始めから泊まる気で遊びに来ていたようだ。
「図々しいやつだな」
「訓練場近くの店のハンバーグが味もそこそこでボリュームもあってオススメなのじゃ」
「『味もそこそこ』って7歳のくせに生意気な、もう少し舌が肥えてからいうんだな。
年寄臭いことは言いたくないが、俺がガキの頃は一日飯にありつければよかったほど飢えていた時代もあったんだ。食べれるだけありがたいと思え」
「ジャガイモ」
「・・・・・」
ジトッとした抗議の視線がジナンに送られている。多少のことでは動じないジナンであれど、今回は流石に目を逸らさずにはいられなかった。
「まあジナンの言いたいことはよくわかったのじゃ、
じゃが、実際食べてみれば儂の言っている事もよくわかると思うのじゃ」
「・・・仕方ない、そこまで言うのなら行ってみるか」
「ぬふふふ・・・今までにないそこそこ具合を体験するがよいのじゃ・・・」
ジナンは壁に掛けられたコートを羽織り、フォーメルに手を引かれながら城下町に向かっていった。
―――
――
―
「どうじゃった?」
フォーメルは台所でうがいを済ませ、そそくさと火炎魔術で暖炉に火を着けるとその前から動かず、手のひらをあぶっている。
「・・・そこそこだったな」
寒かったのはジナンも同じようで、フォーメルの横に座りこむとバサバサと服の中に暖気を取り込んでいる。
「じゃろ?」
「不味くもないし取り立てて美味いわけでもなく・・・まあ言う通り量はあったな」
得意げな表情でニヤつくフォーメルを、気にせずそのまま言葉を続けた。フォーメルが火を着ける際に何かしたらしく、いつもよりも早く部屋全体に熱が回り、窓に水滴が付き始めた。
「質より量が欲しい訓練終わりの兵士にそこそこ人気なのじゃ」
「だから、そこそこ繁盛しているわけか」
「そういうわけじゃ」
体の暖まったフォーメルは立ち上がって、自分のポーチから何やら探している様子だ。
「これから俺は適当に何かして過ごすが、お前はどうするんだ?」
「実はじゃな、耳かき以外にもいろいろ持ってきたんじゃ。
・・・あ、あったあった」
ポーチから長方形の箱を取り出して、中身を開けると細長い菓子を取り出した。
「・・・それってお前」
「ポッチィーじゃけど?」
「・・・何がとは言わんが・・・いいのかこれ・・・?」
「昔からの定番お菓子に良いも悪いもなかろう」
「・・・まあいいが。
で、それがどうなんだ?」
「もちろんこれでポッチィーゲームじゃ!!」
「あれか・・・
やってもいいがどうやって勝敗決めるんだ?」
「すんなりOKもらったのもびっくりじゃが、勝敗を気にすることに驚きなのじゃ・・・
確か、先に口を離したの負けじゃな」
「どちらも離さなかったらどうなるんだ。
より多くの部分のポッチィーを食べた奴の勝ちか?」
「まあ・・・いいんじゃないかの・・・それで」
「ふむ、わかった。一箱分やって勝利合計が多い方が勝ちでいいな?」
「これそんな回数やるようなゲームじゃ「早く咥えろ」・・・何かが違う気がするのじゃ」
ポッチィーの両端をそれぞれ咥えてお互いを見つめあっている。
「・・・(想像してた以上に恥ずかしいのじゃ)」
積極的にアプローチしているフォーメルであるが、実際それが報われることがなかったため、この様な状況には耐性がなかった。至近距離で見つめられるという今までにない経験に、顔を真っ赤にして恥かしがり目は泳ぐ。一方ジナンの方はいたって真剣な面持ちで待機している。
「合図はお前がしていいぞ」
「え?あ、ああ!合図じゃな・・・」
「やるからには容赦しないからな」
「そ、そう・・
じゃあ、よーいはじ・・・!んむぅ!!?」ムチュゥゥゥゥ
次の瞬間、唇同士が形を変えるほど触れ合い、お互いの顔が密着していた。
「ぷぁ・・・!ちょっと待!んーーんーー!!」
状況が理解できず混乱するフォーメルを尻目に、なおもジナンは深く舌を絡ませようとフォーメルの頭部に腕を回して拘束する。そして執拗に口内のポッチィーを奪い取ろうと舌を這わせ腔内を蹂躙する。
フォーメルの咥えてたポッチィーの欠片を回収するとようやく、涎で糸が引きぬらぬらと光る唇を離した。
「まずは俺の一本先取だな」
事もなげに口の中のポッチィーを咀嚼しながら、紙に得点表を書いて自分の欄に1つ丸を付けた。
「・・・・・・・」
フォーメルの方は目から光をなくし、ただ茫然と立ち尽くしているだけである。
「なるほど。初めに如何に多くの部分を取ることが出来るか、そしてそれを守りつつ相手のポッチィーを奪うかが肝か。初めに取りすぎると口の中で邪魔になるし、かと言って相手に取られすぎるとさっきの様に一方的に押し切られる可能性もあるな・・・思ったよりも奥の深い遊びだ」
ジナンは全く意に介さず、一人で得心して頷いている。
その後、ジナン主導の下箱の中身をすべて使い切るまでこのゲームは行われ、結果は・・・言うまでもないだろう。
―――
――
―
「もう怒っていいのか喜んでいいのか分からないのじゃ・・・」
「負けて喜ぶというの感心しないな」
「そういう問題じゃないのじゃ!
儂のぷるぷるリップを散々弄びおって!」
「ゲーム上の仕様に文句付けるなよ」
「こういうゲームじゃないから!!」
「まあ考えてみれば子供相手に本気になりすぎたな、次やるときは多少は手加減してやろう」
「はぁ、もういいのじゃ・・・」
抗議が意味をなさないことを悟ると大きくため息を吐いて肩を落とした。
「そうか」
「ところでじゃな・・・その・・・どうじゃった?」
少し間をおいて、もじもじとジナンに先ほどの感想を求める。過程や目的はどうあれキスを何度も交わしたのだ気にならないはずがない。唇をきゅっと結び潤んだ瞳で見つめ上げならジナンの言葉を待った。
「何がだ」
質問の意図を全く理解しておらず、首を傾げる。
「ほら、儂の唇の感触とか・・・密着した時の匂いとか・・・」
「特に何も?」
「おぉぉう・・・じゃが、お主がやったことの責任はしっかり取ってもらうからの!」
「?」
その後はフォーメルも深く引きずることなく、絵を描いたり本を読んだりと過ごし、夜が更けていった
―――
――
―
「風呂沸いたみたいだが、どうする?」
風呂場から戻ってきたジナンが、頭だけを出してフォーメルに訊ねる。
「おお、じゃあ入ろう・・・・・いや、やっぱり先にジナンが入っていいのじゃ」
「そうか、なら先に入ってくるぞ」
言いかけてから何かを察し、思わせぶりな含み笑いをしていたことにジナンは気が付かなかった。そのまま洗面所に引っ込むと、服を脱ぐ衣擦れの音が聞こえ、風呂場の戸がぴしゃっと閉まった。
「ぬふふ・・・さっきは逆にジナンにやられてしまったが、今回はこっちが攻める番じゃ
お約束の『お背中流しますわ♥』でジナンをドギマギさせてやるのじゃ!!」
その場で服を全て脱ぎ去ると、そのまま全裸で風呂場に突進していった。
「ぬおおおおお!ジナァァァアン!!背中を洗わせろぉぉぉぉぉぉ!!」
猛烈な勢いで風呂場に侵入すると、ジナンは髪を洗っている最中だった。フォーメルが風呂場に入って来ても特に動じる様子はなく、そのまま髪を泡立てている。
「ああ、助かる。そこにタオルと石鹸があるはずだからそれで頼む」
あっさり了承し、髪を泡立てていた手を止めて自分の横に置いてった石鹸とタオルを指さした。
「話が早くて助かるのう。
それでは、心行くまで楽しんでいってくださいなのじゃ♥」ぬっちぬっち
フォーメルは自分の胸や腹に石鹸を塗りたくると、ぴったりとジナンの背中にくっつき、懸命に肌を滑らせ始めた。
「タオルでやれ」
「肌はデリケートなものじゃから、こっちの方が良いと母上が言っていたのじゃ!
遠慮せずに儂のテクニックを味わうがよいのじゃ♥」
若くきめ細かい肌を存分に活かし、ジナンの背中を擦り上げる。時には全身を激しく擦り合わせ、時にはゆっくりと体をくねらせて膨らみのない胸の突起を当てるなど、魔物娘として生まれ持った天性の才能を遺憾なく発揮した渾身のアプローチであった。例え結界があろうとも、魔界のロリ代表、魔性の幼女であるバフォメットが本気を出したのだ。これでノックアウトされないロリコンはいないはずだと、フォーメルは密かに勝利を確信していた。
「ふう・・・ふう・・・これで儂の魅力がわかったかの・・・?」
「胸がないと怒っていいのか悲しんでいいのかわからんな」
「ギニャァァァァァァァァァァ!!!!」
結界を破壊し、ジナンをノックアウトしたのはフォーメル怒りの右ストレートだった。
14/12/22 14:01更新 / ヤルダケヤル
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