もうすでにさんさんと太陽が輝き、床に格子の影を作らせているが、俺は当分起きるつもりはない。昨日、家に帰ってからすぐに、あらかじめ立てておいた授業の予定を徹夜で変更
しなければならなかったからだ。フォーメルがまさかあそこまで順調に魔法を覚えるとは思っても見なかった。とりあえず、難度の高い魔法を多めに組み込んであいつに見合うレベルの授業にしなければならない。そうなると問題は一緒に習っているメイギスだが、仕方ない別の時間を作って教えることにしよう。今はそれよりも疲れた体を癒すのが先決である。

　ﾄﾞﾝﾄﾞﾝﾄﾞﾝ

　そんなことを考えながらまどろんでいると玄関から騒々しいノックの音が聞こえてきた。
この借家はバーメットが用意してくれたもので、まだバーメットやアーレト以外はこの場所に人が住んでいることすら知らないはずである。…そうなると、この五月蝿い来客の正体もすぐに付く。重いまぶたを指で解しながら玄関の戸を開けた。

「おはよう、朝っぱらから他人の家に遊びに来るのはマナー違反じゃないか?」

「朝っぱらって…もう正午はとっくの昔に過ぎておるのじゃ!!」

「正確な時間を言うとすれば、現在2時21分、おはようじゃなくてこんにちわですね」

　玄関の戸を開けると麦わら帽子に白いワンピース、袈裟がけに小さな虫取りかごを掛け、網目の柄の長い虫取り網もった自慢げに笑う山羊とその後ろに半そでで笑顔の魔女が立っていた。

「で、何の用だ」

「虫取りに行くのじゃ!」

「なんだと?」

「夏をエンジョイするために儂と一緒に山に虫取りじゃ!!」

「ん?　もう夏って言うより秋じゃないか…?」

「わ…儂が夏といったら夏なのじゃ!!」

「そんなむちゃくちゃな…」

「だってまだ儂、夏らしいこと全然してないんじゃもん!!」

「やったことと言えば暑さにばててナメクジ化してたり、夜中にびびって警報フェロモンちびったりしかしてませんでしたからね…」

「なんで寝たきりだったおぬしがそれを知っておるのじゃ…」

「魔法です♪」

「何でもありじゃな…」　

「だが確かに、夏らしいことはしなかったな…」

「皆で海に行って水着で盛り上がったり、お祭りに行って花火をみたり
　そうじゃ、肝試しなんかもやってみたかったのう…」

　生気のない、ハイライトが消えた目でどこか遠くを見ている。その目からは、つつと涙が流れており、凄まじい悲哀を感じさせる。

「まだ大丈夫だと高をくくってだらだらしていたらいつの間にか終わってました…」

「本当に後悔先に立たずだな…」

「てなわけで、身近ですぐに出来る虫取りで夏を満喫するのじゃ!!」

「ここって山と森しかないですからねぇ」

「待て、林と丘もあるぞ」

「だから何なんですか」

「とにかく! 早く準備するのじゃ!!」

「で、なんで俺も行かなきゃならないんだ?」

「母上が『ジナン様は休日は寝てばかりじゃろうし、ちょうどいいから連れて行くのじゃ』
って、それにお主を連れて行ったほうが何かと面白そうじゃし」

「……何がちょうどいいのか教えて欲しいものだな」

　人がどんな休日を過ごそうが勝手である。さっさとこいつらを追い出して寝なおそう。

「まぁ! ジナン様はか弱い幼女二人だけで山に行けと言うんですか?」

　メイギスが大げさに驚いたように口に手を当て、こちらを見る。その仕草自体なかなかの古臭さが滲み出ている。

「最上位の魔物と年齢不詳をか弱い幼女とは言わんな」

「そう言いましても、フォーメル様はこんなんだし、私は永遠の12歳ですし」

「確かにフォーメルはあんなんだが、お前は絶対、年齢詐「それ以上は私と殺しあう覚悟があったらおっしゃってください♪」

「………」

　魔物娘は人を殺さないらしいが、冗談には聞こえない。

「さ、ジナン様、保護者役お願いしますね♪」

「わかった…」

　上手く言いくるめられたというか、脅されたというか…

「ではでは出発〜♪」

「遅くなる前に帰るからな」
　
「ところで本人の目の前でこんなのあんなの呼ばわりするお主らって何なの?」


















　山の中

「フハハ!! 儂にかかればこれくらい朝飯前なのじゃ!!」

　山に着き、はしゃいで虫を取り始めたフォーメルは、あっという間に虫かごに色とりどりの虫をぎちぎちに詰めこんだ。魔界の近くに位置する山なだけあり、どの虫もかなり毒々しい色合いをしている。はっきりいって気持ちが悪い、気がつくと手に鳥肌が立っていた。

とっさに横に居たメイギスの表情を窺うといつもの笑顔が引きつっている。

「メイギス…言い忘れていたんだが…」

「えぇ…私も言い忘れていたことがありました…」

｢｢俺(私)虫苦手なん(です)だ｣｣

　泣き笑いの表情のままお互いの顔を見つめあう。ここに来て、事態が思ったよりも深刻である事を悟った。

「なんで苦手なのに山なんかにこいつを連れてきたんだ…?」

「私はジナンさんが大丈夫そうだから心配してなかったんですが…」

「俺もお前が平気だと思ってついて来たんだが…」

｢｢ははは…｣｣

　乾いた笑いしか出てこない。
　
「子供の頃はなんともなかったんだが…今見ると気持ち悪くてな…」

「あぁ〜…私も同じです…むしろよく子供の頃は普通に触れたものだと思いますよ」

「あのわしゃわしゃした手足や」

「良くみると気持ち悪い複眼とか…」

｢｢どうにも…｣｣


「むっ!! あんな所にマコチュー(魔界甲殻虫)が!!
　ムフフ…ジナン! メイギス!　ちょっと捕まえてくるのじゃ!!」


「魔法や術式で蟲使う時ありますよね? あぁいう時ってどうしてるんですか?」

「素手で触りたくないからムーブを使ってやっている…というよりもそっち系の魔法は、未だに必要にならない限りは手を出していないな…」

ﾌﾊﾊ! ﾄﾞｺﾆ ﾆｹﾞﾖｳﾄ ｲｳﾉｼﾞｬ!

「良かった…私も同じです。『魔術のためならそれくらいこと我慢する』なんて言われたらどうしようかと思いました」

「わざわざそっちに突っ込まなくてもやっていけるからな…それに魔法は幅広く覚えるよりも深く専門的にやったほうが効果的だ」

ｵﾄﾅｼｸﾂｶﾏﾙﾉｼﾞｬ!!

「本音を言うと?」

「蟲を使いたくないからやらない」

「ですよねぇ…」

　……ﾌﾊﾊ………

「どうにかならないものか…」

「苦手なものはそうそう簡単に治りませんよ…」

「同感だ…そうだ、話は変わるがこれからフォーメルとお前に魔法を教える時間を別々にしたいのだが」

「あら、私ではフォーメル様についていけないと言う事でしょうか?」

「そういう事だな」

「ふふっ、そんなにはっきり言われると女の子は傷ついちゃいますよ?」

「お前の才能がどうとかの問題ではなく、あいつの成長速度が異常なだけだ。落ち込むことはない。見た限りではお前は十分立派な魔女だ……と思う」

　まぁ、他に魔女なんて見たことないのだが。
　しかしお世辞ではなく、見て来た魔法使いの中では彼女は上位に位置する。魔女になる前から魔法をかなり学んでいたようなので、体に流れている魔力も上手くコントロール出来ており、洗練されている。

「ありがとうございます♪
　しかし、そうなるとあらすじに偽りありですね…ガンガン魔法覚えちゃってるじゃないですか」

「……何とかしよう、後、そういうことは大っぴらにいうことじゃないぞ」


「ところですっかり話し込んでて忘れてましたが、フォーメル様はどこに?」

「……あ゛」

















「はぁ…はぁ…ようやく追い詰めたのじゃ…」

　儂も魔物昆虫図鑑でしか見たことのない、魔界甲殻虫…あの蠍のような攻撃的なフォルム!それでいて黒くてプニプニの体!反して臆病というギャップもたまらないのう！かならず家に連れて行ってペットにするのじゃ!

　なにか他にも特徴があった気もするが気にしないじゃ

「ギチギチ…」

「そう怯えずとよい、儂のペットになれば三食昼寝付きの高待遇じゃぞ?」

「ギチ…ギチチ…」

「なんと!?三時のおやつじゃと!?贅沢な奴じゃのう…
しょうがない、二日に一回はおやつを出すのじゃ」

「ギッチギッチギ!!」

「な、なんじゃとメスも連れて来いじゃと!?
　…さすがに城の中で繁殖させるのは母上が許してくれないのじゃ…」

「…チッ」

「交渉決裂みたいじゃのう…ならば儂の力で無理やり従わせてやるのじゃ!!」

「ギチー!!」

　


「わふ? あなたこんな山の中で何をやってるの?」

　いざ、雌雄を決さん! という時に茂みの奥からワーウルフが現れたのじゃ。間の悪い奴じゃのう…

「ん?なんじゃ、今忙しいから後にして欲しいのじゃ」

「ギチギチ」

「つれないなぁ…て、わっ!魔甲虫なんてここらへんにいるんだね! 初めて見たよ!」

「そうなのじゃ!儂も何度も虫取りに来ているが今回が初めてなのじゃ!」

「へ〜、じゃあここも魔界化してきたってことかな…私とご主人様がイチャイチャしてたおかげだね!」

　えっへんと、腰に手を当て自慢げに鼻を鳴らしておる。
いい大人が何をやってるのじゃろうか…と思ったが儂も時々しているのじゃ…
でも、儂子供じゃしセーフセーフ。

「否定はせんのじゃ」

「でも、想像してたのよりもでっかいんだね…

　これなら食べれるかも…」ｼﾞｭﾙ…

「なぬ?」

　よだれを垂らし、マコチューを見つめている。目の瞳孔が開いていて怖いのじゃ…

「ギチ!?」

「わふ! 魔物娘は度胸!何でも試してみるのさ!うがぁぁぁぁ!!」

　全身の毛を逆立たせ、爪と牙を露わにしてマコチューに襲いかかる…ってそんな状況説明してる場合じゃないのじゃ!!

「マ、マコチュー!!」

　マコチューを庇おうと走り寄ろうとするも、成人のワーウルフの身体能力には敵わずワーウルフはマコチューの目の前まで迫っているのじゃ!

「食わせろぉぉぉぉ!!」

「ギチィ!!」

　ピシャ!

　マコチューに爪が届くと思われた刹那、マコチューの尻尾の先端から黒紫の液体が撒き散らされたのじゃ。

「あう!こしゃくな……ん?何だこれは、蟻の体液か?」

「酸………では無さそうなのじゃ」

「………」

　見るみる顔が紅潮し、先ほどまでの殺気に満ちた顔からだらしのない淫靡な表情に変化していったのじゃ…おまけにワーウルフの股からしずくが零れておる…

「い…いきなりどうしたのじゃ?」

「はふ…はふ…ご…こ主人さまぁぁぁぁ!!
　いまからぐちゃぐちゃに犯して上げるから待っててねぇぇぇ!!」

　マコチューを襲った時の三倍の速さで森の奥に走って行ったのじゃ。

「(理性が)クリームみたいに溶けた!?」

「ギチギチ!」

「そ…そんなことが出来たのかお主…
それにしても、あのワーウルフもおぬしを食べてみようなんて、正気の沙汰とは思えんのじゃ…」

「マジギチ…」

「全くじゃな、しかし、そんなものを城の中で吐きまくられたら大騒ぎじゃ…
　やっぱりお主をペットにするのは止しておくのじゃ」

「ギチィ…」

「それに、恋人、いや恋虫も出来ずに一生を終える虫生なんてあんまりじゃしな…」

「ギチギチィ…」

「そういう訳じゃ!
　追い掛け回してすまんかったのう、そろそろジナンたちの所に戻らないと怒られるから、ここでお別れなのじゃ!元気で暮らすのじゃぞ!」


「あぁ、過ぎた事は気にすんなお嬢ちゃん、縁があったらまた会おうぜ」

「？！」

■作者メッセージ
「わ…儂は何も聞いて無いのじゃ…」

一ヶ月近く書いてないとどんな感じだったか忘れそうになります

「そういえば、取った虫ってどうするんだ?」

「そうじゃのう…飼ったり…母上のサバトの研究材料にしたり…食べたり」

「食べたり!?」