読切小説
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セイレーンちゃんってなんか包容力ありそう
腰から羽が生え、角と尻尾がある化物。

蜘蛛の体に人間をくっつけたような化物。

下半身が蛇の化物。

青い羽を持った化物。

それぞれが何を思っているかわからないが座ったまま動かない。

「たかだか数匹のために2000人の捕虜を返すとは魔物というのも豪気なものだな」
「全くだ、豪気と言うよりも勘定もろくに出来ない馬鹿ばかりなんだろう」
「違いない」
「「ハハハッ」」

 何が可笑しいのか、こちらは2000人も虜となり、今も魔物の手によって残虐な仕打ちを受けているのだ。それに対してこちらの戦果といえば捕虜4名。絶望的な差である。

「お前ら、そのたかだか数匹が逃げ出してみろ
 我が軍の勇士二千の首が飛ぶことになるのだぞ?
 無論、私達の首も・・・な」

「「………」」

 兵士二人は、急に不機嫌そうな顔して黙りこくる。敗戦続きで気持ちが鬱屈しているのは分かるが、非常に腹が立つ。

「それにお前達は初めてでわからないだろうが、この仕事は戦場で戦うよりもずっと危険な仕事であることを自覚しろ」

「ただ見ている仕事が ですか?」

 片方の兵士が軽蔑を隠そうともせず問いかける。

 …こいつはもたないな。

「1ヶ月に10人」

「はぁ?」

「…行方不明になる看守の数だ」

「そんなわけ……」

「記録を調べればすぐに分かる」

「で…でもどんなふうに…?」

「ここを脱走するんだ、何も持たず忽然とな。故郷に帰ったんだと言うやつもいるが、脱走したやつがどこかで見つかったことなんて一度もない。これがどういう意味か分かるな?」

「ま…魔物に魅入られた……」

「そうだ、そいつらは今頃魔物の腹の中だろうな」



「あら、私達が食べるのは、貴方達が出す白い液体だけよ?」

 急にサキュバスが話しに割り込んできた。その声に一毛の失意などないように思えた。

「体に毒を流し込んでどろどろになった体液を啜るのか
 蜘蛛やヤゴなら聞いた事もあるが…魔物も同じだとはな…」

「虫なんかと一緒にするなんて酷いわねぇ…
 そんな怖いことしないわよ。もっと気持ちの良いモノを食べるの…♥」

 壁を向いて座っていた体をしなやかにこちら側に向ける。

 その一挙一動が男性の劣情を刺激し理性を失わせるに足るものだった。

 しかし、私はこの女の正体を知っているのだ。人間に陵辱の限り行い、人の尊厳を奪った後に食い殺す化物だ。私の友人が何人もそうやって襲われ帰って来なかった。

「…じゃ…じゃあ、町で噂になってることってホントなのか…?」

 兵士の片方がサキュバスの話しに食いついた。捕虜になって帰って来た兵士が町の中で流している悪質なデマだ。情けない限りである。あのような事を言いふらすならば死んでいればよかったのだ。

「あら、どんな噂かしら…?」

 艶美に微笑むサキュバス。その表情は獲物を捕らえる間際の鷹のような鋭さがあった。

「魔物の食料は精液で、そのために男を攫ってるんだって…」

「えぇ…そうよ、貴方も攫ってあげる?」

 およそ人間では出せそうもない色香が漂う
 立ち上がり、口の端を微かに上げながら我々に近づいてくる。
 



「くだらない話はそれまでにしろ!!!
 貴様もそれ以上近づけば不審行為と見做し殺す!」

 剣を抜き、剣先を突き付けサキュバスを威嚇する。この化物どもに少しでも気を許してはならないことを忘れていた。

「はいはい、こんなところで殺されちゃ堪らないわ」

 おどけて両手を上げながら2、3歩後ろに退いていった。

「でもそこのお兄さん、もし魔物に興味があるなら私が教えてあげるわ…♥」

「………」

 片方の馬鹿が気の抜け切った顔で淫魔を見ている。こいつはもうダメだ。

 もう片方はその様子を見て危機を察したのか顔を逸らしそちらを見ないようにしている。



 私は私の仕事を全うするだけにしよう。

「捕虜の交換は3日後の朝に行われる。それまでは我々三人で交替しながらこいつ等を見張る。分かったな?」

「わかりました」

「………」

 馬鹿はもう何も聞いていないらしい。

「貴様は今から朝までこいつ等を見張ってろ。朝になれば俺が交替に来る、いいな」

「…………はい」

 か細く聞き取れそうもない返事が辛うじて聞こえた。

「では、私達はこれで戻る。いくぞ」

「あ、はい…」

 棒立ちでサキュバスに見惚れ続ける馬鹿をおいてもう一人と共に部屋を出た。







「ふふっ、アナタだけ置いて行くなんて…気を遣ってくれたのかしら?
 さぁ、こっちに来て私と一緒にキモチイイことしましょ♥」

「あ、あぁ…」

 フラフラとサキュバスの元に向かって行く兵士。本来掛かっているはずの牢の鍵は掛かっていなかった。













「わかったな? 今みたいな奴が明日の夜には行方不明になるのだ」

「看守長の言っていた意味がよく分かりました…」

「一人はもうダメになったがお前にはいろいろと教えておこう。
 まず、魔物の姿は長く見るな、話も聞くな、鼻で息をするな、これが基本だ。
  そして、食べ物を与える時は棒が置いてあるからそれでトレイを押し出して与えろ、
 不用意に近づきすぎるとやられる。
  仲間の体調がおかしいと言い始めたら注意しろ、その時に絶対に牢の中には入るな、牢の外から医者を呼んで来ると言うだけでいい、それ以外はするな。
 これが守れない奴が魔物に食われるんだ」

「肝に銘じて起きます…」

「だと良いがな、後は自分の番になるまで隊に戻っていろ」

「ハッ!」

チッ

 私が去る間際に小さく舌打ちが聞こえた。何が誇り高き教団兵だ、訓練も教育も出来てない兵士が崇高な信念など持つはずもない。

「役立たずばかりを送ってきやがって…」

 上の奴らは私達を時間稼ぎくらいにしか思ってないのだろう。別の国ならもう少し待遇がよかったかもしれない。

「…私も人のことなど言えんか………」

 兵士として役立たずの口だけうるさい年寄りだ。

 長年戦場に立ち続けたが報われることもなく、今ではただの看守長、見張り番。勇者やそれに準ずる力を持っているわけもなく、それゆえに名を上げる事もなく、ひたすら消耗品として戦場で使われていた。そうして、もう年で前線に立てなくなった私は、お払い箱となり、暗い地下牢に押し込められたのだ。

 金もあるわけでもない。戦友も皆死んだ。恋人どころか女などこの醜面では近づきもしない。
せめて人格だけは清廉でいようと思ったが、それもとうの昔に諦めた。

 もはや生きている意味がないと思われるかもしれない。

 だが私はそれでも生きていたいのだ。

 魔物が蔓延るこの世で戦場に立ち、寿命が尽きるまで生き抜いたのだと、誰にではないが自慢したい。
 情けない女の様に魔物と成り理性を失った化物にならず、無様な男の様にその身を魔物に食われもせず、ベッドの上で人間として死にたいのだ。

 言うなれば、綺麗に死ぬために生きているのだ。
 
 意外にも、それは私の生きる原動力として最高の力を与えてくれている。


 そして私は意味も無さそうな報告書を書く為に自室に戻り、そのまま部屋から出る事もなくその日は就寝した。












「交替だ」

 口で息をしていても分かるほど行為の残り香がする

 しかし、それを発散した本人達がいなかった。

「あの子達ならもう行っちゃったよ」

 青い羽を持った鳥の化物が退屈そうに伸びをしながら言った。

「………」

 あの馬鹿、夜までもたないどころか逃がしやがったな…

「でも、二人とも相性良さそうだったな〜
 骨抜きにしてからビシバシ調教するんだってさ」

「………」

 聞くな。内容を理解するな。そのまま椅子に座ってじっとしているだけでいいのだ。

「あたしは〜若い男の人よりもおじさんみたいな人の方が頼りがいありそうで好きなんだよね〜♪」

「………」

「ねぇ?聞いてる?」

「………」

「あ〜そうやって無視するならあたしにも考えがあるんだからね!!」

 すぅ と息を吸い込み羽を胸の前に置き

「♪〜〜〜♪〜〜♪♪〜〜〜♪」

 歌を歌い始めた。透明感に溢れ風のように軽やかで、心が洗われるようだ。
 思わず聞き入ってしまいそうになる。この歌をずっと聴いていたい…

「!!?」

 私は今何を考えていた!?化物の歌を美しいなどと…

 不味いこいつは…!!

「あっ! 今ちょっと反応したよね!あたしの勝ち〜♪」

 うれしそうに羽をばたつかせぴょんぴょんとその場で跳ねている。

「お前…セイレーンか…?」

「そだよ〜♪ 歌で人を魅了する魔物……素敵でしょ?」

「クソッ!!」

 とんでもないのが紛れ込んでいた、しかし、ここは魔力が使えない結界が張ってある筈…なぜ歌に魔力が篭もっているのだ?

「…結界が故障したのか?」

「多分違うと思うよ〜あたし今魔力使えなかったし〜♪」

「あれがただの歌なはずがあるか!!」

「やだ〜♥そんなによかった〜? やっぱりあたし達って運命の糸で結ばれてる!?」

 嘘を吐いているとは思えない。本当にただ歌っただけなのだろう。

「じゃ、好評だったからもっと聴かせてあげるね♪」

 もう一度、息を吸い込み歌い直そうとしている。どうにか止めなくては!!

「ま、待て!! それよりも飯の時間だ!!」

 まだ飯の時間には30分ほどあるが仕方ない、給仕係は仕事を終えているはずだ、無理を言って貰ってくるようにしよう。少しでも時間を稼ぎ、対策を考えなければ。

「えっ!? ゴハン!? 食べる食べる♪
 歌うにはちゃんとゴハン食べなきゃね♪」

「………」

 本来は時間外に牢を離れることは禁止されているが、今回は緊急事態だ。

 私は急いでこの場を出ていった。











「ねぇねぇ! これって脈アリってやつだよね!?」

「そうね、あのままどんどんアナタの歌を聴かせてればすぐに堕ちちゃうわ」

 ラミアが蛇の半身をくねらせセイレーンの方を向く。

「ついに私もパートナーゲットか〜この役になってよかった〜♪」

「でも私は、残りのあの子の方が好みかな、もう服は出来そうだし♥」

 アラクネも話しに混ざり、こっそりと編んでいた服を二人に見せびらかす。

「わ〜キレイ…」

「ちょ、ちょっと! その子は私が目を付けてたのよ!?」

「貴方とはいい友人だけど…今回は早い者勝ちよ」

「こんにゃろ〜〜そっちがその気なら私も考えがあるからね!」

「いいわよ〜?貴方が私に勝てるかしら?」

「ムキーーー!!」


 人間のいなくなった牢は急に姦しくなり、魔物娘達による他愛のない話がくりひろげられた。











 カツ…カツ…カツ…カツ…






「戻って来たみたいね、もう少し時間潰してもよかったのに…案外真面目なやつね。
 じゃ、私は少し眠ることにするわ。ここってちょっと寒いから眠くてしょうがないの…
 ご飯は別にお腹へってないから要らないわ。二人で食べて良いわよ」

 そういうとラミアは元の位置に座りなおし、とぐろを巻いて眠り始めた。

「おやすみ〜♪」

「それじゃ、私はこの服を仕上げちゃおうかしら」

 部屋の隅で看守側から見えないように腰を下ろし、また編み物を始めた。普通なら見つかってしまいそうだが、看守は牢の中をまともに見ようとしないためこれに気づくことはない。


ガチャ







 どうにか頼みこんで飯を貰うことができた。食っている間は静かになるだろう。いろいろと対策を考えたがすぐに実行できるものはなかった。とりあえずこの半日を乗り切らなければ…

 少し扉を開けて、様子を伺う。私が出ていった時と変わったところもないのでそのまま入った。

「待ってました〜♪」

「………」

 壁に掛けてあった長棒を手に取り三人分の食べ物が入ったトレイを牢の中に押し出す。

「もう少し思いやりのあるやり方はないの?」

 アラクネが少し不快感を表す。そんなもの知ったことか。

「お前らに近づくと何をされるか分からんからな」

「ふふ、それもそうね。でも安心して、私が狙っているのは貴方じゃないから」

「そう! あたしがおじさん狙ってるんだよ〜♪」

「……止めておけ、明日には別の兵士も補充される。そいつにすればいい」

 こんな枯れ果てた人間のどこがいいのだろうか、食べるにしろもっと肉付きのいいやつにすればいい。

「やだ〜♪あたしはおじさんがいいの♥」

「そもそも、自分の代わりに仲間を身代わりにするってどうなのかしら?」

「ここにいるやつらを一度たりとも仲間だなんて思ったことはない。
 それに、あいつらも私のことなど仲間だと思っちゃいないさ」

「寂しい人間ね」

「まぁな」

「じゃあ! あたしがその寂しさを埋めてあげるよ!」

 目をきらきらと輝かせ鉄格子の中からにっこりとこちらに笑顔を送ってくる。

 …もし、こいつが人間であったならば、この笑顔と言葉に私はどれほど癒されたことだろうか。

「その甘い言葉で何人食ってきたんだ化物!!」

 だが所詮化物、こいつら魔物の人間を油断させる手練手管など戦場に立った時から今までずっと見てきた、こいつも私を食い殺そうとするための狂言に過ぎない。

「なっ!!あたしはまだ処女だよ!!
 ちゃんと好きな人に取って置きたい派なんだ〜♪」

「……言葉が通じるかと思っていたが…」

 意味が理解できない。こいつらとは同じ言語で話していたつもりであったが、どうやら違っていたようだ。

「ちゃんと通じてるよ?」

「………」

「あ〜また無視する〜!!
 それならあたしも歌っちゃうもんね〜」

「ぐっ!!」

 耳を塞ぎ歯を食いしばる。



「…と思ったけど、ラミアちゃん寝てるし…うるさくすると起こしちゃうから止めておこっと」



「あら? こんな馬鹿ヘビのことなんて気にせずに歌っちゃって良いわよ?」

「ん〜でも、気持ちよく寝てる時に起こされるのはあたしも嫌だからやらない」

「いい子ねぇ…貴方…

 こんな子をお嫁さんに出来るんだから貴方も運がいいわ」

「いっ!いきなりお嫁さんだなんて…ちょっとずつでいいよ…」

 顔を真っ赤にしながら手を胸の前に押し出して振っている。照れているように見えるが化物のことだ、何かの呪いの一種だろう。

「意外に初心なのね貴方…結構積極的だから勘違いしちゃってたわ」

「と…とりあえず目標は手を繋ぐところからかな…」

「………」






このままセイレーンが歌うこともなく、交替まで時間が過ぎていった。






「では、任せるぞ」

「はい」

「またね〜♪」

そして私は、明日を乗り切るために必要な道具を揃えるため久方ぶりに町に出ることにした。











「ちっ!あのオヤジ、戦場で使えねぇからここにいる癖に……上司ヅラすんじゃねぇよ!」

 兵士は乱暴に椅子に座り、どこからか持って来たかわからない酒を飲み始めた。

「確かにこれは、ああ言われても仕方ないかもね」

「あぁ!?あのオヤジが何つってたんだよ!?」

「仲間だと思った事などない ですって」

「そりゃそうだろうよ!こっちもあんな役立たず、仲間どころか人間だとも思ってねぇよ!」

「…でもあの人って、戦場にいたから看守長になれたんじゃないの?
 あの年まで生き残ってたんだから実力は確かなはずよ?」

「それがどうしたよ!? 今使えねぇんだから、いらねぇだろあんなクズ!!
 戦場で生き残ったっつってもどうせ逃げ回ってたんだろうよ!!」

「……そんなことない」

 ずっと項垂れていたセイレーンが兵士を睨みつける。
 
「あぁ゛!?」

「そんな事ない!!

 あの人はずっと前線で戦ってた!」

「なんで、んなことてめぇが知ってんだよ!?」

「あの人が戦っている姿を何度も何度も見たことある!!

 …あの人が必死に戦っている姿、とってもかっこよかった!!」
 
 決して、看守の戦う姿が勇壮であったり、優美なわけではなかった。
 しかし、ひたすら生に執着し槍を振るう彼の姿は、獣の様に純粋な美しさと魅力があった。

「はぁ?てめえ何歳だっつーの!! そんなナリしておばさんかよ!!」

「……っ!!」

 セイレーンは自分の事を馬鹿にされたことよりも、看守長が本当に勇敢であったことを伝えられないことが悔しかった。





「……いい加減キツイお仕置きが必要みたいね…」
「そうね、でもそういう子を素直にしていくのって私大好きなのよね…」
「あら…奇遇ね……じゃ、二人で一緒にしましょ」



 いつの間にか起きていたラミアとアラクネが爛々と目を輝かせている。

「ケッ、牢屋に入っててよく言えるなぁオイ!!」

『黙りなさい』

「!!?」

 彼は急に体が支配されたような感覚に陥り、ラミアの目を見ることしか出来なくなっている。

「ラミアの特徴くらいは貴方でも分かるわよね?」

 魔力の込められた声で相手を魅了する魔物…

「こ…ここは結界が張ってあるはずだ…」

「そうね、張ってあったけど…
 あれしきの結界破れないと思ってたの?」

 部屋の隅に置かれている結界を展開していた水晶がひび割れている。

「そんな…け……結界が破られるなんて…
 た…助けてくれぇ…」

「えぇ…助けてあげる……こんな戦場にいるからよくないのよ…
 ほら…私達と一緒に行きましょう…?」

 さらに魔力を込めた声で彼の脳を満たして行く。

「う…うぁ……」

 火の前の蛾のように兵士は牢の中に入って行った。

 そのまま彼はアラクネの糸に巻かれ、僅かに口が見えるだけの姿になった。

「私達はこれで行くことにするけど、頑張ってね
 長年の恋、応援してるわ」

 そういうと二人は、隠し持っていた転移魔法陣を開き何処かへ去って行った。


「そうだよね…せっかくここまで合いに来たんだから…
 絶対好きになってもらわなきゃ!」

 彼女の彼への恋慕はさらに強く熱いものになっていく…
















 安い給金を奮発し、あの化物の歌に対抗する道具を買ってきた。今日と明日の朝だけを乗り切れば私の勝ちだ。

 こんなことで死んでなるものかと自分を奮い立たせ、地下牢の扉を開けた


「交た……」

 兵士がいない!それどころかアラクネとラミアまで消えてしまっている…

「んふふ〜♪二人ともあの人が気に入ったから、すぐに連れて行くことにしたんだって〜(…嘘は言ってないよね?)」

 不敵に笑うセイレーン、お前もすぐにそうしてやると言われているようで、恐怖と怒りが沸く。

「畜生! どいつもこいつも…!!」

 怒りのあまり椅子を思い切り蹴っ飛ばす、椅子が鉄格子にぶつかり、鈍い金属音が牢に響く。

「きゃっ!!」

「はぁ…はぁ…」

 たかだかこれくらいのことで息が切れてしまう自分の老いたる体にすら腹が立ってくる。

「……怖がらなくても平気だよ…大丈夫、魔物に連れてかれた人は誰も死んでないよ…」

「戯言を抜かすな化物!!」

 もう1つ設置されている椅子を持ち上げ鉄格子に投げつける。そしてその椅子は粉々に砕け破片が飛び散る。

「嘘じゃないよ…誰も食べられてなんかないし、苦しい思いなんてしてない!!」

「黙れ!!何を言われようと貴様等化け物など信用するものか!!」

 私は、机を割れんばかりに叩きそのままずるずると壁に背を預けへたり込んだ。

「…何を言っても伝えられないなら…あたしは歌って伝える!!」

「♪〜〜♪♪〜〜〜♪♪〜〜♪〜〜」

 とても優しい音色だった、何かに包み込まれ、暖かく安心して身を任せられるような。
 この歌をずっと聴くことが出来ればどれほど幸せなことだろうか。


 しかし、これは魔物が歌っている歌だ。ウツボカズラが獲物を捕らえるために出す蜜であり、狩人が周到に作った罠である。

「…ふふふ……ふははははははっ!!!
 本性を現したな化物!!だがな!私が対策を取ってないと思ったのか!!」

 魔法によって防音を強化した耳栓を着け、魅了耐性ポーションを飲み干す。

 何年 戦場に! 地下牢に! いたと思っている!! お前らの事などお見通しだ!!

 絶対に…絶対に殺されてたまるか!!!
















「……無駄だよ…」

「………」

 壁に寄りかかり息を切らしながらも勝ち誇ったその顔は、哀れで物悲しさを感じさせる。
 
 この疲れ切った老人を癒してやりたい。怯える必要などないのだと教えたい。

 あたしが初めて彼を見つけた時もそうであった。何かに怯える様に槍を振るい、恐怖を打ち消すように叫んでいた。 

 それは純粋な生への欲求であり、ある種の美しさを感じずにいられなかった。

 しかし、それと同時にこの可愛そうな人間を救ってやりたいという気持ちで、あたしの胸はいっぱいになった。

 そう思い、あたしも戦場に立ち続けたが、結局彼を捕らえることは出来なかった。

 しかし、ようやくその機会が巡ってきたのだ。絶対に……絶対に逃がさない。

 あたしのセイレーンとしての魔力と技を使って彼を捕らえる!!












『♪〜〜〜〜♪〜〜♪♪〜〜〜♪♪♪〜〜〜〜』


 な…なぜ聞こえるんだ!!!結界は正常に作動しているは…ず…



 壊れている



 壊れている。魔力を封じ込めるはずの結界が全く作動している様子がない…

 この耳栓は音だけを遮る目的で作られているため、魔力には効果がない。

 保険として飲んでおいたポーションも耐性が付くだけで無力化は出来ない。

 目の前が真っ白になる。腰が抜ける。

 こうしているうちに、歌はスポンジに染み込む水のように着実に私を蝕んで行く。

「ぐ…ぐぐ…」

 この状況を心のどこかで歓迎する自分がいる。

 この歌を聴きながら彼女の胸の中で眠ることが出来たらどんなに幸せだろうか。
 
 例えそれが絶命の瞬間であろうが受け入れてしまってもいい。

 このまま、彼女に全てを委ねてしまおう…

 
 私はそのまま這いつくばって彼女の元へ向かっていった…




ザクッ



「痛っ!!」

 手の平から鋭い痛みが走る。先ほど砕いた椅子の破片が手に刺さったらしい。
 そうだ…食われる時はこんな痛みで済まされない…
 たかが歌に私は危うく全てを投げ出すところだった…
 まさか椅子の破片に救われるとはな…神は私を見捨ててはいない!!

 私は死ぬために生きている。だが、こんな死に方をするために生きているわけじゃない!!
 
「ここで死んで…死んでたまるかぁぁぁぁぁ!!」

 全身に力を込めて立ち上がる。頭に響く誘惑の歌を振りきり、地下牢の扉を跳ね開け、地上へと疾走した。

 










「捕虜だけ残して逃げてきただと!?
 馬鹿か貴様は!!」

「しかし…あのままでは私は魔物に食い殺さ「食い殺されろと言っているのだ!!」

「貴様のような役立たずにはちょうどいい仕事だ…
 今まで働かせてもらっただけでもありがたいと思え!!
 さっさと戻って、交替の時間になるまで地下牢から出てくるな!!」

 くすくすと周りから嘲笑の声が聞こえる。今一人の老人が魔物に食い殺されようとしているのだぞ。

「…………」

 もうどうすることも出来ない。私は魔物に殺されるのだ。いや、魔物に殺されるのではない、人間によって殺されるのだ。

 私は死ぬ事を望まれていたのだ。生きていることを否定された。


 もはや生きる気力などどこにも残ってなかった。





 足を引きずりながら、暗い地下牢に戻るしかなかった…











「あっ!!帰って来てくれたんだ!!」

 待っていてくれたのか…

 もうそれが逃がした獲物が帰ってきたという意味でもいい。

 牢の鍵を開け、彼女の元へ向かう。




「頼む…歌ってくれ…もう疲れた…」




「……そっか…もう頑張らなくてもいいよ…
 あんなにいっぱい頑張ってきたんだから…」


『♪〜〜♪〜〜〜〜♪〜〜〜〜〜♪♪〜〜〜』



「うぅ…ひぐっ…うっ…」

 ゆったりと慈しみに溢れた歌だ。どんな一流の聖歌隊が歌う賛美歌よりも私にとって神々しく、これほど救いとなる歌はなかった。
 
 彼女の羽の中で、泣いて泣いて泣いた。自分の居場所はここしかないと思えた。

 彼女の歌が終わるまで泣き続けた。

 歌い終わった後は、自分が今まで頭にきたこと、不快だった事をひたすら彼女に話した。

 その間、彼女は何も言わず優しく微笑み抱きしめていてくれた。

 全てを語った後は、自分の溜まっていた膿が全て出たような、清清しい気分だった。



「ありがとう…これで満足だ…後は好きにしてくれていい…」

 
 彼女の暖かな羽に包まれて、私は最期の眠りに着くことにした。

 彼女のおかげで良い人生だったと言える最後になった…


「それじゃあ…好きにさせてもらいますね…♥」

 先ほどまでの母のような笑みから、場慣れした娼婦のような妖艶な笑みに変わる。

 彼女もまた、隠し持っていた転移魔法の術式を展開し、愛しい彼を抱きながらその光の中に入っていった。























 潮騒の音によって目が覚める。窓から海から来る風が流れてくる。ここがあの世にしてはどっちつかずな場所だ。

「……なぜ、私は生きているのだ…?」

 
 ふと私が裸であることに気づく。


 そして隣に何か柔らかいものが密着していることにも気づいた。


 その何か柔らかいものが布団の中から顔を出す。



「それはね…

 私の歌を聴くためだよ〜♪」



 今、私は

 彼女の歌を聴き続けるために生きている















終わり




















 


 そしてオマケ

 \もし看守長がもっとメンタリティが強かったら/

 注意!!! 非常に酷いキャラ崩壊、ギャグテイストになります。あとちょっとパロと言うかなんというか…それっぽいのがあります。













「食い殺されろと言っているのだ!!」

 何だと…このクズ隊長が…!!
 お前の下手糞な指揮で味方が損害をこうむり続けていることくらい私だって知っているのだ。そんなアホにわざわざ頭を下げてやったと言うのに…!!

 周りのくすくすと笑っているやつらも精精今のうちに笑っておくことだな!
 次の戦争ではあの世往きだろうよ!

 お前らが笑っているおっさんよりもお前らは早く死ぬんだ。

 あのアホ隊長とバカ兵士どもより先に死んでたまるか!!

 絶対絶対ぜぇぇぇぇぇったい生きててやる…

 老害だろうが穀潰しだろうが関係ない!!

 お前らがその気ならこちらも迷惑掛け続けてでも生きてやる!!

 

 兵士と隊長に対する怒りにより弱気を打ち消した。もう少し頑張ってみよう。

 …ん? 打消し……? ふふふ…ふははははははは!!!!!

 なぜこんな簡単な方法を思いつかなかったのか…

 セイレーンめ…目にもの見せてやる…




バンッ!!


「お帰り〜帰ってこないかと思ってたよ…」

「………」

「さぁ…あたしの歌を聴いて楽になろう…」









「♪〜〜♪〜『ら゛ぁあぁぁぁぁぁあぁぁあぁあっぁらだったぁぁっぁあぁああぁぁらっだぁぁぁぁぁあぁぁぁぁらっだぁぁぁあぁぁあらだあぁぁぁぁぁぁああお!!』


「!?」

「……」ピタッ

「♪〜〜〜『らっだっだっだらーだららったらだぁぁぁぁぁあああああああ!!!』

「!!??」

「……」 ニヤッ

「そ…そんなことで…セイレーンに勝てるなんておもわないでよね…」


「♪♪〜〜〜『たちつたちつたたたーーーぁぁぁった!!』




「………」

「人類の勝利だな」

「……もう一度よ…」

「望むところだ…明日の朝まで歌いつくしてやる・・・!!!」






 地下牢で二人だけのカラオケ大会が開かれ、声が枯れるまで歌い続けた。

 
 彼女とは歌を通して何か通じ合えた気がする。そう!魔物も人間も歌の前では平等なのだ!


 私達は夜が明けるころには、古くからの友人であったように親しくなっていた。


 そして私は招かれるまま彼女の家に行き、酔った勢いで既成事実を作り、この年で結婚することになったのだ。


 生きてるってスバラシイ!!!


























本当に終わり
15/11/25 00:28更新 / ヤルダケヤル

■作者メッセージ
最初はオマケをオチにするつもりでしたが、なんかどんどん暗くなっていって出来なくなっちゃいました…

やっぱりギャグしか向いてないかなぁ。

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