連載小説
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その5 暗い洞窟にて二人、そして深淵VS魔法少女(?!)
「私の話・・・ですか?」
「うん、おじさんのおけがなおるまでひまだし。
チェルヴィしりたいな! しりたいな! おじさんのこといっぱいいっぱい。」

二人は逃亡後、気絶したエスクードが起きて現状をチェルヴィから聞き、
彼はその限界が来ていた体を休ませつつ、今後の方針を練るために考え事をしていた。
だが、お子様のチェルヴィにはその沈黙は退屈至極だった。
大きな病院で待たされてる子供のように、ジッとしていられないのだ。
好きな人の傍にいるドキドキを一人では消化できないというのもある。

「う〜〜〜〜〜。」
ゴロゴロゴロ

「ぬ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜。」
ゴロゴロゴロゴロゴロ 
 
ゴッ!! 

丸められたマットの様な細長い体を伸ばし、唸りながら転がりまわるチェルヴィ。
角が洞窟の一画にぶち当たり大きな音と振動を上げる。

「待ってくださいチェルヴィ。」
「なあに?」
「大きな音を立てては見つかってしまいます。」
「そっか・・・うん、判った。」

しかしその判ったも五分持たなかった。
彼女は今度はその長い体で器用にでんぐり返しをして転がり始める。
だが尻尾が壁面に叩きつけられ洞窟の壁に大きなヒビを入れる。

そんなこんなでエスクードは彼女の気を紛らわすため、
話相手を買って出た。そして冒頭の一コマと相成ったわけである。

「判りました。貴方には命を救われましたし。
聞きたいことがあれば何でも答えますよ。」
「なんでも?! じゃあじゃあおじさんはチェルヴィのことすき!!」
「ええ、好きですよ。貴方を見ていると、昔飼っていた愛犬の事を思い出します。」
「やったあ! うふふ、チェルヴィしってるよ。そーしそーあいってやつだよね。」

胸に顔をうずめ尻尾をめちゃくちゃフリフリしてるチェルヴィの頭を撫でながら、
エスクードは少ししまったという顔になる。
未婚の魔物にとって異性へのライクとラブは果てしなく近しいものだ。
以前にそう不死者の女王イールに教えてもらった事を思いだす。
とはいえ、今目の前で満面の笑みを浮かべる彼女を相手に、
その無垢な笑顔を曇らせる様な事を彼は言う気になれなかった。

「それだけですか? 他にも聞きたいことはありませんか。」
「おじさんふとっぱら! うーんとうーんとそれじゃあ。
おじさんのおはだはなんでいろがかわるの?」
「ああこれですか。それではウェンズの紹介もしておきましょうか。
チェルヴィ、私の肌は何色に見えます?」
「くろっぽいかんじ。」
「そうですね。普段は浅黒く見えます。
ですが私の本来の肌の色はかなり白いんです。
母親譲りでして、知らない人から見れば病的に白いんですよ。」
「でもいまはくろいよ・・・いっぱいひやけしちゃったの?」
「いえいえ、チェルヴィは刺青(タトゥー)を知っていますか。
体に文字や絵を彫る装飾の事です。」
「さきゅばすのおねーさんとかがからだにいれてるやつ?」
「そうですね。ルーンもタトゥーの一種です。
そして私の全身にはビッシリと細かい文字が彫り込まれているのです。
霧の大陸やジパングには米粒に細かい文字や絵を描くアートがあるそうですが、
それよりもっと細かい文字が全身に隈なく彫り込まれています。
余りにも細かくて肌の色が白と黒の部分に分かれてではなく、
全身が間の浅黒い色に見える程に細かい文字が書かれています。」

ペタペタとエスクードの頬に触れるチェルヴィが不思議そうに見上げる。
「おじさんはどうしてそんなことしたの?」
「力が欲しかったんです。誰かを守り誰も傷付けないように。
私とぶつかった時、とても硬かったでしょう?」
「うん、きとかおいわよりもずっとずっとカチカチだった。」
「私の体が異常に硬いのはこの全身に入れられた文字のおかげなんです。
この文字にはありとあらゆる防御呪文や耐性向上のルーン、
それに相当する効果が含まれています。」
「ふーん。あれ? じゃあまっくろくろになったのはどういうこと。」
「ええとですね。それは説明するより見てもらった方が早いですかね。」

そういうとエスクードは初歩の光魔法を唱え指先に光源を発生させる。
光る苔で薄暗い洞窟の一画が室内のように明るくなる。
そして彼の体表に変化が現れる。浅黒い色が移動していき集まっていく。

やあ こうしてかいわするのははじめてかな チェルヴィ

彼の右腕に集まった色素が形を変え、文字を形成しては変形し続け文章を形作った。

「ふしぎふしぎ! おじさんこれどういうこと?」
「このタトゥーはね・・・生きているんだ。独自の知性がある。
状況に応じて自在に形を変えることも出来るんだ。
君が見た黒い私は、気絶していた私に代わってこの彫り物が体を動かしていたんだ。
その時にはああいう風に、全身が活性化したこいつに覆われて真っ黒になってしまう。」

もっとも まりょくこうりつはとてもわるい あまりやりたくはないがな

「すぐにおなかぺこりーのになっちゃうってこと?」
「そうだね。だから今、私はほとんど魔力が無いガス欠状態なんだ。」
「ふーん、ええとこんにちわ・・・あれ? いまはまっくらだからこんばんわ?」

ここがくらいのはどうくつだからだが まあこんばんわでまちがってない
「おおお、ほんとうにおはなしできるんだね。」

むろんだおじょうさん ウェンズだ そうエスクードがなづけてくれた 
「どういういみ?」
「霧の大陸の言葉で文字を意味します。
力を求め世界を旅して彼を見つけたのが霧の大陸の山奥でした。
そこで彼と契約を結び力を得たのです。」
「け〜やく?」
「ええと力を貸してもらう代わりに、私もあるものを彼に与えるという約束です。」
「あるものってからだをかすってこと?」
「いいえ、それはあくまで契約の結果としてそうなるものですから、
私が彼に渡したのは別のものです。いわゆる性的な快楽です。
彼と魂から結びつくには何らかの感覚や能力を譲渡する必要があったんですが、
勇者として戦うならむしろ好都合と考え、性的な快楽を彼に渡しました。」

そんなことだから かれはもてるくせにいまだにどうていでね 
わたしとのけいやくいらい いちどもたっしたことがない
じょせいとのつきあいも にんむだからとことわりつづけてきた

それを読んだチェルヴィはオメメとオクチを真ん丸にした。
そしてガクガクブルブルと震えると目じりから滝の様な涙を流してエスクードに詰め寄る。

「びょういんだよゥッッ!! いますぐ。」
「うおおっ。ちぇ・・・チェルヴィ?!」
泣きながらエスクードの首根っこを掴んでグラングラン揺らすチェルヴィ。

どうしたおじょうさん

「でてけ! いますぐおじさんからでてけ!!」
涙と鼻水まみれの顔で文字をがるるるrと睨み付けるチェルヴィ。

性的な快楽を渡す。それは魔物娘にしてみれば、
食いしん坊のグルメが味覚と嗅覚を手放すがごとき暴挙、
悪魔も裸足で逃げだす地獄の契約に他ならない。
デルエラが彼の肉体を呪われてると評するのも無理からぬ事である。
ましてチェルヴィはその体質から、今まで不幸な目にあってきた経緯もある。

「おじさ〜〜〜〜〜ん。」
とうとう彼女は声を上げて泣き出してしまった。
そんなチェルヴィを見て、エスクードはその頭を抱いてポンポン撫でてあげた。

「心配してくれて有難う。でも全て覚悟の上で彼と契約しました。
あまり彼を恨まないで上げてください。」
「でも`` どうじでおじざんが・・・そごまでずるの``・・・」
「どうして・・・か。私は強くあらねばならなかったんです。
その成行きは・・・あまり愉快な話ではありませんよ。
それでも聞きたいですか?」

チェルヴィはコクリと頷くと、
充血した目で真っすぐにエスクードの瞳を見つめ返した。
その曇りのない目を見て彼は思った。

(何時追っ手が踏み込んできて、二人の命が絶たれてもおかしくはないこの状況。
この子はあの怪物から命懸けで私を救い、私のために二心なく泣いてくれた。
真実を持ってこの子に応えるのが、私が出来る唯一のこの子への誠意ですかね。)

エスクードは目を閉じてゆっくりと思い出す。
両親と過ごした彼の昔の記憶を、
そしてポツリポツリと愛すべき愚者に語り始めた。


※※※


海辺から神殿の前の広場まで、
ヒッポリトに案内されて歩いて辿りついたデルエラ一行。
彼女達はその神殿を覆う禍々しい魔力に足を止める。

「陰気でかび臭い魔力だこと。」
「油断なされませんよう各々方。」
「そうねー、あまり他国の建物を悪く言いたくはないけれどエレガントさに欠けるわ。」
「ふ・・・フン。こ・・・交渉を有利に進めるための演出。見え見えなのですね。」

各々勝手な事を言い合っていた。
そんな皆を振り返りながらヒッポリトが近づいてくる。

「さて、此処まで案内したわけですが神殿内に入る前に、
不肖私めからプレゼントを一つ・・・」
彼は懐にごそごそと手を入れつつミアの前で膝を折る。
体を屈めて目線を合わせると、その懐から取り出したものを彼女の目の前にかざした。

「こ・・・これは?!」
「どうでしょうか? 中々に良く出来ていると自負しているのですが。
魔王の娘の中でもっとも年若いにも関わらず。
このような場へと来られた貴方様への私からのプレゼントです。」

それは手のリサイズの銅像であった。
そのモデルは見間違いようもない。彼女達の愛する弟のそれである。
彫刻家を自称するだけあって、
その出来は小さいながらも息遣いまで聞こえてきそうな見事なものであった。
「よ・・・良く出来てるのですね。添い寝してあげてるミアが太鼓判を押すのですよ。」

そっけない口調を装いながらも広がる瞳孔と輝く瞳を隠せないミア。
喉から手が出そうな勢いでその像を欲しがっているのがバレバレだ。
「恐悦至極。喜んでいただけて何よりでございます。
さあ、御納めくださいミア王女殿下。」

手だけ残し、その身を更に低く下げるヒッポリト。
その態度は何処までも丁寧で慇懃無礼を地で行く。

「ほほう、殊勝な心掛けなのです。
ですがミアはプレゼントを贈っておけばちょろい、
などと思っているならお・・・大間違いなのです。」

言いつつも頬を紅潮させてその銅像を掴もうとするミア。
キンッ その瞬間高くて短い金属音がミアの眼前で響いた。
そして彼女の手は空をにぎにぎしていた。
銅像の上半身が一瞬にして消え去っていた。

「ギャース!」
「あらら、何処へ行かれたのでしょうか。」
「デルエラ様?!」

消えた上半身の行方を目で追えたのはバフォメット一人だけだった。
そしてそれを持ち去った犯人は彼女の後方のデルエラその人だ。
その右手の爪が鋭く長く伸び、銅像の上半身を切り飛ばすと同時に爪先に乗せ持ち去っていた。

「デルエラ姉さま。酷いのです。あんまりなのです。
幾ら羨ましいからってそんな半分こは頂けないのです。」
「もう駄目ですよデルエラ様。お姉ちゃんなのですからこのくらいは譲りませんと。」
「デルエラ様それは?!」

鈍い二人は気づいていないが、デルエラの表情が少し歪んでいる。
バフォメットは瞬時に状況を察するとその身を翻した。
何時の間にかその両腕にはその体躯よりも巨大な黒鎌が握られており、
長く伸ばしたデルエラの爪がそれにより切り飛ばされた。
銅像ごと転がったその爪は、硬い金属音を立てながら舗装された地面に落下した。
其処で初めて残りの二人も異常に気付く。

「お姉さま・・・爪が。」
「像と同じに・・・」
「何のつもりだ下郎!」

爪が像に触れた先から浸食され像と同じ材質へと変化していった。
それが指に這い上がる前に、彼女の腹心が大鎌で絶妙な爪切りを披露したのだ。

「触れた瞬間。痛覚のない爪にもかかわらず激痛ですぐには動けなかった。
プレイで色々試してる関係上ちょっとやそっとの痛みには動じないのだけれど。
成程ね、これじゃあ第三者がいないと術に掛かった瞬間のたうち回って、
解呪するどころではないわね。良く出来てる。」

「でしょう? ですが残念至極。ばれてしまいましたか。
青銅芸術(ヒッポリトタール)という我が禁呪の一つでして、
我が主の力を人の身で取り扱えるように、
その一端を元にして産んだ私の傑作のひとつです。
愛する弟の像を握りしめる見目麗しい少女、その顔が恐怖と苦悶に歪む。
幸福と絶望の二律背反、そのアンバランスこそが肝。
不合理で不条理なるその一瞬を永劫に閉じ込め愛でる。
な・・・何と・・・芸術的(アーティスティック)な。」

その声を聴き、デルエラ以外の三人はぞっとした。
マスクで覆われて顔こそ見えないが、
彼女達魔物の耳は快楽に敏感だ。そのうっとりした声色だけで、
彼が心酔し蕩けそうな顔をしている事が手に取るように判ってしまう。

「言いたいことは言ったかしら? もう・・・・・・十分。」

ン という言い切りの振動、それが相手に届く前に先に届いたのは。
驚くほど柔軟に曲がる全身をしならせて放たれた蹴り上げだった。
体の軸をわざと外しての一撃はヒッポリトの体を折り曲げ、
ブーメランの様に回転させながらその体を天上へと打ち上げた。

(・・・ひか・・・り・・・雲・・・上まで・・・)
回る景色が曇天を突き破り陽光の元にある事を認識した頃には、
その体は成層圏付近まで上昇していた。
そして彼は自身の更に上、其処に大きな翼を広げて待ち構えるデルエラの姿を認める。

「存外に・・・激情なのですね。」

アイススケートのように片足を限界まで上げ、彼女は真上に伸ばした両腕につま先を付ける。
そして翼を畳むと、踵と頭を前に倒して一回転。
その加速を載せた踵、それが絶妙なタイミングで打ちあがってきたヒッポリト、
そのマスクへと噛みあう二つの逆回転する歯車の様に突き刺さる。

彼の体は燃えながらも真っすぐ正確に神殿前広場へと墜落していく。
勿論その際に爆発の様な衝撃が周囲を襲う。
心得ていたバフォメットは他二人を自分に後ろにつけ、
魔法障壁でその影響を遮断していた。

「お・・・オオオオ。お姉さま・・・おっかないのですね。」
「あらあら、生きてらっしゃるかしらあの方。」
「油断なさらぬよう。生きていますよまだ。」

黒毛のバフォメット、彼女はデルエラに仕えて久しい。
そしてそんな彼女が久しぶりに主の本気で怒った所を目撃していた。
冷静沈着で抜け目ない彼女が、交渉に出向く立場にもかかわらずの大立ち回り。

(自分が死に掛けた事などは毛ほども気にしていまい。
だが妹君に毒牙を向けた事、そして何より溺愛する弟君の似姿。
それを壊させてくれたことで完全に怒り狂ってますね。)

何時の間にか彼女達の傍らに降りてきて翼を広げ静止するデルエラ。
「お帰りなさいませ。」
「ふう、カッとしちゃったから少し上で頭を冷やしてきたわ。
いけないわね。こちらから頭を下げてものを頼む立場だというのに。」

「い・・・いいえ。お気になさらず。」
地面に刻まれたクレバスの中から、ふわりとヒッポリトが浮かび上がる。
仮面はひび割れその体に纏うローブはボロボロ、肩で息をしている。
(これが・・・デルエラか。流石というべきか・・・)
「さて、先ほどの演目ではご不満のご様子。
ゲストにご満足していただけるよう。もう一つの演目の開演と参りましょう。」

彼のローブの袖や襟、像の鼻の様なマスクなど末端全てから白い煙が凄まじい勢いで吹き出す。
それは乳白の霧となってその辺一帯の視界を著しく悪くした。
「それでは第二演目です。禁呪、幻霧巨人(イルーニュ)。」

突如地上に出現した入道雲の様に、その濃密な霧は辺りを包んでいく。

「皆様がた御下がりを、先ほどの像の件もあります。
この霧には御触れにならないように。」
「いえ、その心配はなさそうよ。少なくとも有害ではない。」

皆を下げるバフォメットに対し、黒い球に口だけ付いた様な擬似生命を生み出し。
それに霧を吸わせて性質の解析を行うデルエラ。

「二度も続いて同じネタをやるのは芸が無いというものでしょう。」
彼女達の頭上から拡声器の様に反響する声が響く。
皆が頭上を仰ぐと霧からあの奇怪なマスクが飛び出す。
それは一瞬自分の目の前に飛び出したものかと思えた。
しかしすぐに違うと気付く、余りにも突然サイズが変わったため距離感が狂ったのだ。

「あらまあ、すごく・・・大きい。」
「ぬぬう、お・・・大きければいいってもんでもないのですね。」
「全くですミア様。大は小を兼ねるだとか大きい事は良い事だなどと戯けた妄言が流布さ・・・」
「貴方のそれは長くなるから其処までにしておきなさい。」
「申し訳ございませんデルエラ様。」

彼女達は滞空したまま霧からジリジリと距離を取る。
もはや神殿よりも高く広く広がった濃霧から、
ヒッポリトが全身を現す。その姿は衣服が元通りになっているほかは元のままだ。
ただし縮尺だけがおかしい。彼女達はだまし絵の住人にでもなった気分だった。
その体躯は巨人と呼べるサイズになっていた。
彼女達を人形遊びに興じる子供の様にして振り回せる大きさだ。

「巨大化魔法? 一部を一時的に大きくするものがポピュラーです。
プレイでもアソコに使うように調整されたものが民間に降りてますが。」
「全身を長時間大きくして腕力や質量、体の頑健さを上げる呪文でしょうか。」
「こいつがそんな在り来たりを使うわけがないわね。」
「ふん・・・墓穴を掘るとはこの事です。巨大化は負けフラグ! 
常識なのですね。しねぇえ〜〜〜〜〜〜〜〜い。」
ビョインっと跳びかかるミア。

「いけませんミア様!! その台詞と飛び方も死亡フラグです。」
ミアはバフォメットの静止も聞かず。
等身大の火球を拳に載せると、それで思いきりヒッポリトの指を殴ろうとした。
だが、直撃したと思ったその一撃はものの見事に透かされる。

「れれ?! 透けた。」
「あら・・・霧に投影された幻影?」
「ふん。こんな事だと思ってたのですね。こけおどしの目くらまし。
ミアは最初から判っていたのですね。あいつは今頃姉さまやミアに恐れをなして、
ガクブルしながら泣いて帰っている最中に違いなっ?!」

言い終わる前にその巨大な手が横合いから素早くミアを捉える。
「ゲストを置いて舞台を降りるなどと無礼な真似は致しませんよ。」
「あれ・・・しっかり掴んでる。 あれ〜〜〜?」
「良いリアクションです王女殿下。」
「攻撃の時に一部だけ実体化出来るのかしら?」

ミアが掴まれると同時、間髪入れずにイールがその掴んでいる手に跳んで攻撃を仕掛ける。
だが手首に放った手刀も空ぶって空を切る。
そして彼女の背後から延びたもう一本の手がイールを捉えた。

「残念賞、ハズレです。」
「そう、でも別に構いませんわ。どちらにせよ私に触れた以上。
貴方には暫く大人しくしてもらいます。」
「ほう。」

イールの体から薄いピンク色の靄の様なものが生き物の様に急速に広がっていく。
それは巨人になったヒッポリトの全身を瞬く間に包み込む。

「対軍吸収(エヘルシト・アモル)。」
「ワイトお得意のドレインですか。しかも広範囲な。」
「戦場に散らばる敵軍全てを吸える私の力、高々数十mの貴方様を覆うなどわけありません。
このサイズなら砂漠にこぼれたコップの水の様に一瞬で干上がらせることも可能。
私としては別の案内を待つ時間も惜しいのです。降伏して頂けませんか?」

「何とも御優しい。」
そう言うとヒッポリトはその大きな掌に苛烈な力を込める。

「残念です。」
イールはミアを避け、その覆われた巨人全域から生命力を吸い始める。

「これは?!」
「一方的に外から攻撃され続けてもそのドレインは継続可能でしょうかね?
まあ上級アンデットともなれば殺しても死なないのでしょうが。」

込めた力ごと吸い取り反撃を許さない。
彼女の直接ドレインは普通食らいながら反撃出来るほど甘いものではない。
だがヒッポリトは涼しい顔で彼女を締め付け続けていた。
自身の全身のパーツが悲鳴を上げるのを理解しつつ、
痛みをシャットアウトしているイールは気づいていた。
その巨人から何も吸えていない事を。

「どうです? 我が幻霧巨人(イルーニュ)は。
こちらから攻撃は出来る。だが敵からの攻撃は一切受けつけない。
それが例えドレインの様な物理的なものでなくてもね。」
「ずっこいのです。反則です。チート乙なのです。」
「お褒めの言葉。恐悦至極でごさいます王女殿下。」

「成程、中々良く出来た御人形劇だったわ。」
デルエラが空からヒッポリトを見下ろしていた。
その眼は巨人ではなくある一点を見据えている。
広大な霧の中のある一点を・・・その視線に対しヒッポリトは押し黙る。

「優秀な索敵タイプか広域殲滅タイプがいないと詰みかねない能力ね。
でも残念、霧で上手く誤魔化していても私の眼から逃れることは出来ないわ。
魔力の流れ、毛一本程でも辿って貴方の位置を特定する。」

彼女の全身に散らばった眼を模した紅い宝玉が光っていた。
そして彼女の虹色に輝く視線の先には・・・光学的にも魔力的にも位置を誤魔化す霧に隠れた。
ヒッポリトの本体が結晶の中で自身を投影し巨人を操っているのであった。

「やれやれ、もう気づかれてしまいましたか。
先ほどの件といい、聞きしに勝る観察力と洞察力です。」
「誰を敵にしたのか。精々後悔しろ外道。」
デルエラの視線から敵の位置を特定したバフォメットが何時の間にか彼の背後を取っている。
そしてその大鎌を一閃させた。結晶ごと彼の体を横一文字に両断する。

「ガアッ!」
象の鼻の様なマスクから勢いよく血煙が吹き上がる。

幻霧巨人とは強力なジャミング作用のある大量の霧に本体は隠れたまま、
投影用の結晶の中から当たり判定は無いが攻撃は可能な霧の巨人を操る術である。
例え魔力を見ることに優れたダークマターであっても、
彼の位置をすぐに正確に特定することは困難である。

だが、デルエラの全身の装備で強化された彼女の魔眼は、
魔王軍内でも屈指の索敵力と解析力を持った代物である。
魔力を構成する粒子、それに込められた性質や思念の一つに至るまで、
その気になれば彼女は看破することが可能である。

破壊された結晶は融ける様に消え、
乳白色の霧も夢から覚める様に消え失せて行った。
そして地面には胸から上と下に別れた男が転がっている。

「参りました・・・たす・・・けて。」
震える腕を伸ばし、覗き込む彼女達に懇願するヒッポリト。
それにイールが迷わず手を伸ばす。

「危ないのですね。またミアの時みたいに。」
「いいのですわミア様。例えどのような罪であろうと、
許してその手を取りたいのです私は。だってそれが・・・」

そう言って手を取り、回復魔法を掛けようとするイール。
だが、その腕をあっという間に青銅色が駆け上る。
黒いつむじ風が吹く、イールは肩から先を切り飛ばされていた。
直後に切り口は固まり断面は鋭利な金属になる。

「イール殿、もう少し自身の身をご自愛ください。」
黒毛のバフォメットが口を引き結んで言う。
そしてその眼をギラリとヒッポリトへと向ける。

「何処まで・・・腐っている。」
「いいのです。この体は頭以外なら替えが効きますし。
しばらくすれば馴染んで元のプロポーションにも戻れますもの。
折角この様な死に難い体を授かったのですから、
何度裏切られようと、騙されようと、私は信じて手を伸ばすことを辞めたくないのです。
我儘なのは自覚しておりますし、妹のイルネスにも散々言われておりますのでご容赦を。」
「カハハ・・・何とも、愚かだがその折れぬ気高さは一周回って美しくすらある。
貴方も私のアトリエを飾る美の一つにしたいものでっ!!」

全てを言う前にその体は炎に包まれた。外縁部は黒く内側はほの白く青い。
バフォメットが生み出した地獄の業火だ。
それは苦痛を感じる間もなく、対象が一枚の紙切れであるかのような速度で燃やし尽くした。

「御目汚し申し訳ありませんデルエラ様。ですがアレはもう人とは・・・呼べません。
であるならば、すでに汚れている私の手で葬るのが最良と愚行した次第です。」
「頭を上げなさい。確かに血に濡れた手であの子を抱きしめたくはないものね。
その気づかいには感謝するわ。でも多分・・・貴方のその苦悩や決断は無意味だわ。
まったく気に病む必要なんてないわよ。」
「ですが。」
「死んでないわよアレ。」
「え?」
「方法までは知らないけど、燃える時その最後の一瞬までアレは死ぬことを恐れていなかった。
枯れてたり生きることに頓着してない者、恐れを狂信で塗りつぶす者。
色々いるけどアレはそのどれにも当たらない。
欲望の塊、まだまだやりたい事が山の様にあるってタイプだった。
だというのに消えることに何の感情を抱かない者なんていない。」
「では・・・」
「そのうちひょっこり帰ってくるかもしれないわね。」


※※※


神殿内地下の薄暗い部屋の中、
サウナの様に蒸気で蒸しかえるその一室にそれはあった。
その周囲にのみ灯りがともりボコリボコリと波打つそれを照らしている。
それは一言で言うなら新鮮な融けた肉の塊であった。
それが火山の様に内側からの気泡で時折弾けているのだ。
プールの様な円形の窪みに溜まったそれには、
文字が彫られた石版が幾つか取り込まれている。
それが沈まない事でその肉の粘度の高さが伺える。

そんな噴火していない活火山の様な肉のプールに変化が現れる。
表面がグネグネと波打ち、気泡の数も加速度的に増していく。
濃厚なシチューがグツグツに煮えたぎる様に、
室内にはその粘体が弾ける音が木霊していく。
そしてそんな状態がしばらく続くと、プールの中から何かが姿を現す。
びちゃりと淵に現れたそれは人の腕であった。
手は何度か床を引っ掻くと、力を入れて腕の付け根から先を引き上げる。
中から現れたのは裸の成人男性であった。

「ふう、苦痛を感じる暇も無くか。随分と優しく殺す。」
「あらおかえり、でどうだった? デルエラは。」
「これはこれはハイドラ様、わざわざ待っておられたので?」
「だって退屈なんだもん。」
「まあ流石でしたよ。初見殺しに近い術が二つとも看破されて形も無いです。」
「きゃははは、ざまあないったら。それが聞きたかったのよ。」
「嫌味を言うためだけに此処に? どういう力の持ち主かとかは聞かなくても。」
「何で? 必要ないじゃん。まともな戦力はデルエラ一人だけでしょ。
それとね、自覚はあると思うけど私も兄様も姉さまも、
他の将もみんなみんな貴方の事が大嫌いよ。
人間風情のクセにデカい顔してるし陰険だし、
術者として優秀で御父様の後見が無きゃ、とっくに誰かが殺してるわ。」

完全に見下した口調で裸身の男を見下ろすのは、
小学校低学年くらいの背丈の少女だ。
だがその姿はただの人間ではない。
その体色は青白く、水掻きの付いた体に比して大きな手足、
頭部や体の各所には立派なヒレが付いている。
ネレイスとサハギンを足して二で割ったような容姿。
それに更に立派なヒレを足したような姿だ。

その彼女の腰から下には巨大な金魚鉢の様な形に固定された大きな水がある。
そこで立ち泳ぎをして浮かびながら彼女は裸男を見下ろしていた。
「それにしても、久しぶりに貴方の素顔を見た気がするわね。」
「まあ、この原初回帰(ウボサスラ)を使うのもだいぶ久しいですしね。」
「便利よねそれ、残機制何でしょ? まあ私達には必要ないけどさ。」
「死んだら魂が冥界に落ちる前に、この石板に彫られた術式で魂を引っ張り、
予めこの肉で新しく作った新鮮な自分に再び入れる。
依頼されていた不死の法の研究で生まれた副産物です。
これのおかげで自分を実験台にもできますし研究が飛躍的に進みましたよ。
まあもっとも不死の法としては失敗作もいいとこですがね。」
「御父様の庇護下にないと使えないもんねえ。」
「我が神の恩寵がなければ、
復活しても冥王やその配下の死神が私の不正を許しませんからね。」
「お前みたいな信用出来ない奴、そうやって鎖つけてなきゃ将を任せる何て出来るわけない。」
「酷いお言葉です。この妖将ヒッポリト、皆様のために粉骨砕身務めているというのに。」
「ハンッ、自分大好きで他はどうでもいい。
御父様でさえ貴方にとっては利用するかされるかだけ。
尊敬の念何てこれっぽっちも無いくせによく言うわ。」
「それに何か問題でも?」
「ないわ。寒いおためごかしは耳障りと言ってるだけ。」
「御意に。それでは引き続き来賓の皆様方の案内をして参りますのでこれで。」

そう言うと、復活したヒッポリトはヒタヒタと歩いてその室内から出て行った。


※※※


昔々、仲のいい3人家族がいました。家族はとある村に引っ越してきたのです。

ふ〜〜ん。それがおじさんとおじさんのパパとママ?

そう、私が産まれたことで母の住んでた貧しい北国の村に別れを告げ。
もう少し暖かくてすごしやすい場所にお引越しをしたんだ。
母親は雪の様に白い肌と透ける様な銀の瞳を持っており、
その姿を村人から怖がられていました。

わかる〜〜、チェルヴィもむこういけ〜っておっきなスプーンみたいのでイシぶつけられたなあ。
ポコンてぶつけたとこはいたくないけど、こころがいたいんだ。

そうですか、泣きませんでしたか?

うん、ほんとにかなしいときはなくといい、
でもなきすぎるとしあわせがピューッてにげちゃうんだって。
だからチェルヴィはじぶんのことではなかないんだ。パパにおしえてもらったの。

えらいですね。

えへへ、もっとなでなでしてもいいんだよ?

ではおかわりを。

きゃ〜〜〜♥

それでは続けますね。その母親は最初のころ魔女じゃないか。
などとあらぬ疑いをかけられ村八分にされそうでした。

むらはちぶ?

ええと、村の人から嫌がらせを色々されたんだ。

わるいことしてないのに? おじさんのママかわいそう。

うん。そうだね。でも仕方ない所もあるんだ。
当時、その村からほど近いセイラームという村で、
大規模な魔女狩りがあったばかりだったからね。

まじょがり・・・まじょのおよめさんがほしいロリコンさん?

それなら良かったんだけどね。
実態は酷い物だった。教団の中でも狂信派の抱える特務機関。
魔女狩り専門部隊のマレウス機関っていうのが村に居座り。
悪い魔女を捕まえて次々裁判にかけていったらしい。

ふーん、じゃあだいじょうぶだね。

どうしてだい?

だってチェルヴィ、なんどかまじょさんとかばふぉちゃんとかにあったけど、
わるいこなんていっちどもあったことないもん。
メってされるようなこなんてそうそういないよ〜〜。

・・・・・・そうだね。悪い子何てそうそういるもんじゃない。
なのにその村では一度に多くの女性が悪い魔女として捕まったんだ。

いないわるいこをいっぱいつかまえるの? むむむ、ミステリーだねおじさん。

本当に・・・ね。まあそういう事があったものだから。
他所から来たうちの母を、村人はセイラームから逃げ延びてきた魔女じゃないかって疑ったんだ。
何処から来たか何て口では何とでも言えるしね。
もし魔女を追ってマレウス機関が来たら、村人はそれを恐れてた。

だからあっちいけ〜っていぢわるしたの?

そう、でもね。そんな村の人に対し父も母も辛抱強く付き合った。
特に父は故郷で傭兵の仕事をしてたんだ。
その経験を活かして猛獣や夜盗、山賊を撃退して信頼を得、
遂には村で男手を集めて自警団を作って其処のリーダーになったんだ。

なかよしこよしだね。

うん。僕は・・・そんな父が誇らしくて大好きだった。
僕にとっては憧れのヒーローだったんだ。

うふふ、おじさんもおじさんのパパがだいすきなんだね。
チェルヴィもそうだよ。パパだ〜いすき♥
おお?! なでなでいただきました〜〜♥

ははは、そうやって3人家族は幸せに暮らしましたとさ。

めでたしめでたしだね。

そう、そこで終わってれば良かったんだけどね。
そうやって村での生活が軌道に乗ったころ、
また村に他所から引っ越してきた人がいた。
歳の離れた二人連れの親子だった。
母のフィーリアと娘のメーテル。
二人は村にある空家に暫く住まわせてほしいと頼んできた。
住む場所を探して旅の途中だが、
旅の途中で父親は山賊に襲われ亡くなってしまった。
旅を続けたいがフィーリアも病気を患ってしまい。
治るまでは旅を続けることもままならない。
どうか暫くでいいので村に置いて欲しいと頼んできた。

ぐす・・・かわいそうだよ〜〜〜〜。

一部の村人は旅の女の二人連れということで、
また魔女かもしれないと断ろうとしたんだ。
でも父は証拠もないのに疑う何ておかしいと抗議した。
とはいえ何の証拠もなく疑ってる人を否定も出来ない。
そこで病気してるフィーリアの体を村の女性で検める。
ということで決着がついたんだ。
魔女は所属するサバトの紋章を体の何処かに刻んでいる。
という話が伝わっていたからね。
結果は何もなし。二人は無事村に落ち着くことが出来た。

よかったあ。

それから庇ってくれた父と母はその二人と仲よくなった。
僕も村には子供が少ないからメーテルと一緒に遊んだりした。
二人は薬草とか薬に詳しくて、僕が質の悪い風邪をひいて寝込んだ時も、
緑でドロドロ苦いのを飲ませて貰ったら一晩で治ってしまったんだ。
村には年寄も多かったから、彼女達の薬に皆世話になってた。

にがーいおくすりきらーい。あまーいおくすりすきー。
チェルヴィもね、かぜひいちゃったときにね。
ばふぉちゃんにあまーいおくすりもらってなおしてもらったんだあ。
なんでか〜からだもすこしのあいだちぢんじゃったけど。

はは、そうですか。苦くて粉っぽい薬は僕も苦手でしたよ。
そうやって二人も僕らの家族同様、次第に村に馴染んできた。
それと同時に、病気がちのフィーリアも体調がしだいに治って来た。
村では父と母を主導に、彼女達に住んでもらい医者代わりになってもらう。
という案も出て、それが皆に好意的に受け入れられ始めていました。

よかったね〜〜、みんなみんななかよしだ。やっぱりめでたし?

いえ、残念ながら。そんな時に奴らはやってきました。

やつら?

マレウス機関です。
セイラームの件からすでに何度か冬を越しているというのに、
猟犬の様にしつこく、彼らはセイラームから逃げた魔女を追っていたのです。

ん? でもふたりはまじょじゃなかったんでしょ?

いえ、確かに病気をしているフィーリアは魔女ではありませんでした。
しかしもう一人のメーテルが魔女だったのです。

ママじゃなくてむすめのほうがまじょだったんだ。

それも違います。魔女だったのは間違いなく母親の方でした。
でもその時僕たちは知りませんでした。
魔女は容姿が極端に幼くなるという事を、
娘だと思っていたメーテルが母親で、病気で寝込んでいるフィーリアが娘だったのです。
魔女裁判で捕まった多くは大人の女性だったという事と、
こんな小さい子が魔女とのうのうと一緒にいるはずがないという思いこみから、
僕たちは魔女を見過ごしてしまったのです。

でもわるーいまじょさんじゃないんだからへいきだよね。
おじさんもいっしょにあそんでもらったんでしょ?

ええメーテルは本当に善人でした。
元々は教団の中でも上層の人間の娘だったのですが、
夫とは死別し、残った最愛の娘がその時の教団の医療では治らない病に掛かってしまい、
それで父親や周囲の反対を押し切り、彼女はサバトの門を叩いて魔女になったそうです。
サバトは魔術や医療に関して偏りは若干あるものの、教団よりも随分と進んでいましたから。
そして娘よりも若い姿になり、魔女たちから色々学んで直そうというその時、
彼女の住んでいたセイラームがマレウス機関に襲撃されました。

どうして? そのひとなにもわるいことしてないよ。

夫や無関係な村の住人を巻き込まぬよう。
また捕えられた罪のない女性を助けるために、
セイラームを拠点としていたサバトは奔走したそうです。
だがそれ故に、その二人までには手が回らず。
二人は命からがら逃げだすことになったんだそうです。
そうして所属するサバトに連絡も取れないまま、
病身の娘を抱え逃げ続けた魔女がたどり着いたのがその村だったのです。

どうなったの? おじさんのパパとママはたすけてあげたんだよね?

勿論です。父と母は二人の境遇に同情して二人を逃がそうとしました。
のらりくらりとマレウス機関の質問をかわして時間を稼ぎ、
その間に村の者だけが知っている目立たない山道から、
二人は逃げる手はずになっていました。
作戦は成功し、村から彼女達は逃げることに成功しました。

やった〜〜〜。せいぎはかつんだね。

ですが、彼女達が村に住んでいた痕跡までは消す暇がありませんでした。
彼らは二人を逃した苛立ちから、魔女を匿った者も死罪だと豪語しました。
自分たちには現場の判断で貴様らを殺す権限がある。
嘘偽りを言えばそれだけで魔女に堕落した異教徒だからと。

いきょうと・・・ジパングのエライひとがすんでるとこ?

・・・変に博識ですよねチェルヴィ。それは京都ですが。
教団とは別の神様を信じてる人の事ですよ。
そしてそんな彼らの剣幕を恐れた村人の一人が口を滑らせました。
父と母があの二人を匿っていた・・・と。
実際それは嘘ではありませんでしたので、
すぐには誰も父と母を庇う嘘がつけませんでした。
そうしているうちに、次第に一部の村人はこう考えてしまったのです。
よそ者の父と母に全ての罪をかぶせてしまえと。
仲の良かったものもマレウス機関を恐れて、
そんな流れを率先して止める動きは出来ませんでした。
下手な事を言えば自分も処刑される側になりかねませんからね。

ひどい! ひどすぎるよ。そんなのってないよぉ!!
なかよしこよしだったのに、なんにもわるくないのに。

ええ、ええ、その通りですチェルヴィ。
こんな酷い事はありません。
父は時間稼ぎしたという直に庇った罪状から、
その場でマレウス機関所属の勇者に斬り捨てられ、
食って掛かった母も魔女の仲間として捕えられました。
私もそうして聖都に一緒に移送されることとなったのです。

おじさん・・・泣いてるの?
いいよ、いっばい``・・・ないでいぃよおう。
う・・・うわ〜〜〜〜〜ん。

泣いてくれてありがとう。チェルヴィ。
聖都における裁判で、口添えをして私と母を助けてくれたのが、
今私の親代わりをしてくれているルザイ司教という方です。

おじさんの・・・いまのパパ?

ええ、司教は・・・父が助けた魔女メーテルの父親でした。
娘と孫を助けてくれてありがとう。
だがこんな事になって本当にすまないと頭を下げていました。
もっとも、当時の私はそんな司教に父を返せと殴りかかってしまいましたが。
後で聞いたところ、穏健派のルザイ司教は狂信派から煙たがられており、
その彼を追い落とすために、娘を魔女として裁判で裁く必要があったそうです。
だからマレウス機関は全て承知の上でセイラームに行った娘を見逃し、
魔女に堕落したのを確認後、セイラームに攻め入ったそうです。
そして執拗に司教の娘たちを追い続けていたのです。

ぷんすかっ! ファッキューマレウス!!
わるいやつだねマレウスさんって。

いえ人の名前では・・・まあいいか、あとファックユーの意味知ってます?

うんとね。きらいなひとにいなくなれ〜〜っていみだよね。

・・・・・・魔物には使わない方が良いですよ。
そっちの趣味がある娘がいるのかは知りませんが。

??・・・わかんないけどわかった。

良い子です。

えへへへ。やっぱりおじさんのなでなではなんかいしてもらってもいいなあ。

そうですか? 私もチェルヴィの頭を撫でるのがクセになってきたかもしれません。
ゴツゴツした角からサラリとした髪への手触りの変化、
中々ギャップがあって乙な感触ですよ。

お・・・おじさん。

どうしました?

かみとつのをほめられたの、パパとママいがいだとはじめて。
やっぱりだいすき! おじさ〜〜〜〜〜ん♥

うおお! どうどう、そんな勢いで迫られては頭をぶつけてしまいます。

あっ・・・ごめんちゃい。

それで私と母はルザイ司教の庇護により、
刑に服する事無く村へと戻されました。
村に戻った私達を待っていたのは村八分でした。

なんでなんで?! ぶじにもどってきたよ、やったね!
ってよろこぶところだとおもうんだけどなあ。

復讐されるかもとか、
見捨てた事を思い出してバツが悪いんですよ。
だからいないものとして無視しようとしたのです。
そんな環境下で、私は村人を恨みグレてしまいました。
母以外には心を許さず。当時の私は荒れていました。

おじさんワルだったんだ。ちょいワル?

うーん、恥ずかしい話ですが。
ちょいではなかったと思います。
父を殺された怒りを私は村人にぶつけよく喧嘩したり、
物を壊して困らせたりしました。
そんな私でしたから、
村人も父親が魔女を村に引き入れた疫病神だとか、
父を慕っていた自警団の者達まで悪口を言って、
またそれに腹を立てた私が皆に怒りをぶつける。
という堂々巡りをずっとやっていたんです。
馬鹿ですよね。

そんなことないよ! だいすきなパパをわるくいわれたら、
チェルヴィだってむががぁああ! っておこるもん。
おじさんはわるくないよ。とうぜんのはんのうだよ。

チェルヴィ・・・そうやって年月を浪費していたある日、
父を失い村人からは遠巻きにされる。
安住とは言い難い環境で心労が祟り母が病に倒れました。
ですがただの少年だった私には、どうすることも出来ませんでした。
私は悩みましたが結局背に腹は代えられない。
殴られたりなじられたり、それくらいは覚悟して助けてくれと頭を下げました。
しかし村人との関係は決定的に悪化しており、
今更頭を下げても誰も助けてはくれませんでした。

いっぱいいっぱいおせわになったのに。
となりのひとがこまったらたすけてあげる。
ママやパパからおそわらなかったのかなあ。

私からしてみれば裏切って父を奪った村人。
村人からしてみれば自分たちの罪の証そのものであり、
理由があるとはいえ暴行したり村の物を壊していた私。
互いに憎み合うには十分でした。
仕方ない事とはいえ、小さかった私の心は途方に暮れ、
ついに一線を越えようとしました。
このまま母が死んだら村中に火をつけて燃やす。
邪魔する奴は殺してでも、そんな物騒な事まで考えていました。

ワルおじさんだ! ちょいじゃないワルだね。ゴクワルだね!

ええ、私は復讐という動機があるとはいえ、
あと少しで極悪人になってしまう所でした。
ですが、そんな私の元にある人物が現れて救ってくれたのです。

おお〜〜、せいぎのみかたとうじょうだ! パチパチパチッ

拍手には早いですよ。夜中、寝静まろうとした村はずれの我が家。
其処をある人物が訪れました。
眠い目をこすりながら私が扉を開けると、
其処に立っていたのはメーテルと自身も魔女になり縮んだ姿のフィーリアでした。

・・・ねえ。

はい? 何でしょうかチェルヴィ。

チェルヴィはおじさんのむかしがきけてワクワクだけどさ。
まだもじもじはとうじょうしないの?

まて、もじもじとはわれのことか? そのセンスはちょっと・・・

プッ、良いじゃないですかもじもじ、かわいいですよ。
あと少しだけ待ってください。もう少しでこいつも登場しますから。

よかったねえもじもじ!

きけ! というかよめ!! わざわざきさまにもよめるよう。
じをひらいてやってるのだ。 そのなまえにはだんここうぎする。

おおう、きゅうにおしゃべりさんだねもじもじ。
ハッ?! もしかしてさびしかった・・・ごめんねもじもじ。
かまってあげられなくって・・・でもでも、もうチェルヴィおこってないよ。
イジワルじゃないからそんなにおちこまないで、もじもじ。

・・・・・・・・・もういい。
すきによべい。もじもじでも、もじゃもじゃでも・・・


※※※


「今の私の気持ちが判るか? このクソ外道め。」
「さあ? イライラしてるのは声だけで明白ですが、
理由までは察しかねますな。私は貴方の仕える御方ほど頭が切れませんから。」
「よく言うわ。少なくともその程度の理由が判らない程蒙昧な男ではないでしょ。
他人を不快にさせたり嫌がらせをする。その一点に掛けては天才的だと思うわよ。
わざわざ私達魔物に人間である自分を殺させようとする。
知っててやるんだから本当に趣味が悪い。」
「いやあ、それ程でも。」
「貴様! やっぱりわざとかぁ!!」
「おやおや、また殺しますか? それとも憂さ晴らしに拷問にでもかけますか?
あんなに優しく殺してくれた貴方にそれは出来ませんよねえ。
それにそんな事をしても時間の無駄でしかない。
私はまた蘇るし、帰ってくるまでにはまた少し時間がいりますよ。
貴女方にそんな悠長な時間は無いはずだ。」

ヒッポリトを倒したデルエラ達の前に、
またシレッと神殿内から同じ衣装で姿を現したヒッポリトは、
今度こそ彼女達をキチンと神殿内へと案内した。

飄々と何食わぬ顔で彼女達を先導するヒッポリトに対し、
バフォメットがイライラしながら食って掛かっていた。
主の手を汚させぬために断腸の思いで決行した行為。
それを嘲笑われたにも等しいからだ。

「ふう、確かに私達は時間が惜しい立場、
それに率先して人を殺す事は絶対にしない。
でもね、そうやって私達の善意や愛情を知ってて踏みにじる。
そういう外道は私一番嫌いなの。さっきの件にしても許すつもりはないわ。」
「存じておりますデルエラ王女。まさかあれ程激昂されるとは、
本当に弟君の事が愛しいのですね。」
「当然よ。」
「どうです? 貴方様と弟君、二人が仲睦まじく抱き合う形で永遠となりませんか。
それはそれはもう、私のアートの中でも珠玉の一品になる事請け合いです。」
「誰に・・・何をするって?」

場の空気が一気に重く凍り付く。
彼女の発する言葉が、呼吸さえ忘れさせる程の怒気を静かにはらむ。

「二度は言わない。貴方の汚い口から二度とあの子の事を囀るな。
近づくなんてもってのほか、もし破ったら。
神さえ融かすそんな天上の快楽をあげる。一日ともたず貴方の全てを溶かして奪う。
そうして融けきった貴方を待つのはただの虚無。
極上の快楽を貪る事しか出来なくなった貴方にとって、
刺激のない一時間は砂漠で1000年彷徨うより飢え渇く地獄の時間。
そんな永劫の渇望を貴方にプレゼントするわ。」
「ほほ・・・何とも興味深いお誘いではありますが、
私もまだまだやりたい事は有りますのでね。
ご遠慮願うと致しましょう。それに私もこれで中々忙しい身です。
色恋に入れ込んで仕事を疎かにしては、我が神に誅されてしまうでしょう。」

「オオオオ・・・おっかない会話ですね。」
「無理もないわあ。私もイルネスちゃんに置き換えたらオコですもの。
それにしても、片腕が無いと少し歩きづらいですわね。」
「怖がることを恥じることはありませんよミア様。
あれ程怒られているデルエラ様は、私の知る限りでも片手で数える程です。
というかあのデルエラ様の前でも何時もと変わらぬイール様の胆力も大概というか。」
「そうかしらあ? 別にデルエラ様は私にオコなわけではないしい。」
「まあ理屈はそうなのですが。それと腕は申し訳ない。
今の状態だと再生させても青銅化の汚染がまた始まってしまいますので。」
「何なら私めが解除いたしましょうか?」
「もう金輪際貴様の手は取らん。冥府で魂を洗濯してもらって生まれ変わって出直すがいい。」

そんな会話をしている一行の前に大扉が姿を現す。
「さてさて、タイプ様々な見目麗しい美女や美少女に囲まれてのハーレム。
大変役得で楽しゅうございましたが、案内もいよいよ終わりそうです。」

先頭のヒッポリトが扉脇にある円柱の石の台座、斜めになっているその上部に手を置く。
すると掌の下側から、何本かの緑色の光が円柱を伝い降りて扉の表面を駆ける。
その線が文字らしき模様を形成すると、大きな扉が音もなく開く。

「古語ね。あたしにも読めない。解るかしら?」
「ええと・・・単純に開錠というだけのようですデルエラ様。」
「おや・・・博識ですね黒山羊さん。
他国の者でゾスの言語を解するものはいないと思っていましたが。」
「長生きだからそれなりにな。思い出したくもないいらん知識だと思っていたが、
まさかまた脳内の箪笥から引っ張り出す日がこようとわ。」

あいた扉の先には空間をいじっているのか、
神殿の外側からは不自然なまでの広大な空間が広がっている。
中はガランとしておりほとんど何もない。
入口から少し進んだ先に数段の階段と王座がありそれで部屋の半分。
その後ろ残り半分には、不必要なまでの空間と、
どこまで続いているのか見当もつかない深く大きな穴がある。
王座を叩けばその奈落の底に落下しそうな危なっかしい間取りだ。
そんな奇妙な玉座の間にデルエラ一行は通された。

其処には四人の人影が立つ。
玉座に座る男が一人、それを囲むように立って彼女達を見下ろすのが他三人。

「あちらが我らが神、直系の御子息方で在らせられます。」
ヒッポリトはそう言うと膝をつき首を垂れた。

玉座に座っていたリーダーらしき男が口を開く。
「このような辺境にまでよくお越しくださいましたデルエラ王女。」
「4人の直系・・・貴方たちが噂に聞く暗闇の子供達かしら?」
「ええ、その様に呼ばれているらしいですね。」

将が神の血を半分持った半神半人であるのに対し、
彼らはこの国の長である神自らが血肉を分けて作った者達。
人の血が混じらぬ純粋な神の子である。

「そちらの事は調べて存じでおりますが、
そちらは田舎者である我らの事を知らぬでしょう。
何なら自己紹介させて頂きますが、どうですデルエラ王女。」
「お願いするわ。」
「では私が長兄デュケルハイト、次がこの隣にいる長女のシェリダン、
この大きいのが次男のダラムス、そしてこの一番小さいのが次女のハイドラ。
まあ産まれた順番で一番のこの私が、一応この4人のまとめ役をやらせてもらってます。」

デュケルハイトは漆黒の鎧に銀のラインが走った鎧に全身を包んだ男。
シェリダンは灰に金のラインが走ったローブ、蝙蝠を思わせるティアラを頭に載せた長髪の女性。
ダラムスは銀と赤の入り混じった大柄な甲冑に上半身を包み腰蓑を付けた偉丈夫だ。

「ハンッ、あたしはあんたの事なんて認めてないけどねデュケルハイト。」
「ハイドラ、謝りなさい。お兄様に・・・虐められたいの?」
「腰ぎんちゃくが・・・誰をいじめるって?」
「貴方をよハイドラ、何時までも御人形遊びでままごとが大好きなね。」
「ままごと・・・あたしのヴァハを馬鹿にしたな・・・潰すぞこのブラコン。」

来客を無視して姉妹でギャイのギャイのと口げんかを始める姉妹。
そんな二人を他所にデルエラに念話を飛ばすバフォメット。

{まあ予想はしてましたが、力づくでどうこうは無理そうですね。}
{ええ、判りやすく言うなら、私とお姉さま方3人が並んでるのに近い状況ね。}
{大変判りやすい。迂闊な発言は全滅を招きかねませんか。}

一触即発の雰囲気を醸す二人の間に壁の様な体が割って入る。
「マイシスターズ・・・仲ヨク・・・喧嘩・・・良クナイ。」
「ダラムスの言う通りだお前達、御客人の前で恥を知れ。
御無礼をお詫び致します。どうにもうちの姉妹達は血の気が多くて。」
「申し訳ありませんお兄様。」
「チッ、ダラムス兄(に)ぃに免じて収めてやるよ。」

(タダで無駄な情報は与えるな・・・か。やはりあの中だと長兄が一番食えないタイプみたいね。)
(困ったものだ。洞察に優れる者の前でペラペラと・・・さて・・・手並み拝見といくか。)

「いいえ、喧嘩する程仲がいいとも言いますし。
大変仲が良くて微笑ましいと思いますわ。
特に貴方・・・シェリダンと言ったかしら、実の兄に懸想してるだなんて良い趣味ね。
他人とは思えませんわ。今度じっくり兄弟愛についてお茶でもしながら語らいませんこと?」
「・・・私のお兄様への想いを、貴様如き売女のそれといっしょにするな。不愉快だ。」
「あらあらつれない御返事。でも貴方みたいなタイプ、私は嫌いじゃないわ。」
「きゃははは、いいんじゃない。二人で兄弟を想って寝床でナニをどうするか話せばいいわ。」
ハイドラの言動に対しシェリダンが殺気を込めて視線を突き刺すが、当人は気にもしない。
 
右手を上げいい加減にしろと黙らせるデュケルハイト。
「確かこの前、主神一派とやりあい勝って産まれた弟君でしたか。
大したものです。我らでも結局引き分けたあの主神に対し、
和解という形とはいえ勝利したのですから。
私は貴方たち魔王や魔物に対し尊敬の念を覚えてさえいます。」
「世辞でしょうけれど受け取っておきます。
では尊敬ついでに頼みたい事がありますデュケルハイト様。」
「虹の魔境に迷い込んだ者の処遇・・・ですか?」
「耳がお早いのね。」
「勢力としては弱小故、領土の侵犯に対しては神経質でして。」
「ただの迷子ですわ。そんな物騒なお話ではありません。
侵略者と幼い迷子の違い、貴方ほど聡明な方ならわざわざ語るまでもないでしょう。
だから今すぐに、あの子に掛けてる追っ手を止めて頂きたいのです。
我らに貴方方と争う気は毛頭ありません。ですからどうか何卒。」

デルエラは普段の享楽的な雰囲気を潜め、
一人の外交官として頭を下げキッチリとした儀礼を尽くす。
そんな彼女の頭上に対し、玉座の男はあっさりと返答をした。

「嫌です。」
「・・・何故ですか?」
「逆に聞きます。貴女方の要請を聞いて我々にどのようなメリットが?」
「私は魔王の代行としてこの場にいます。その申し出を蹴ると?」
「下手な脅迫だ。高々一匹の少女の為に我らと事を構える度胸がそちらにあるので?
今や貴女方の勢力は飛ぶ鳥を落とす勢いだ。それは認めましょう。
ですが、貴女方魔物には余分な贅肉が付きすぎている。」

「失礼なのです。ミアはスレンダーだし姉さまもデブ何かじゃないのですね。」
「ミア様、今は少々御口にチャックを・・・」
「ハハハ、随分と面白い妹君ですねデルエラ王女。」
「一応聞いておきます。余分な贅肉とは?」
「貴女方の抱える戦力は大変素晴らしい。
貴女方がその気にさえなれば、世界の趨勢はもう1000年は早く決定していたでしょう。
しかし、貴女方は、魔物の思想やメンタリティは唾棄すべき甘さです。
先ほど尊敬しているといいましたが、
それは貴女方の体、ハードに対する評価です。中身も追加して評するなら、
貴女方は蜂蜜をぶちまけた上等な料理と言ったところになりますか。
神に創造されついには創造主を追い落とすまでの力をつけながら、
同朋の命を失う事を必要以上に厭い、
あまつさえ人間などと言う下等な元食料との統合を目指すなどと。
狂気の沙汰としか思えませんね。存在の格を自ら落としていくその思想。」

それを聞きデルエラの顔に取り繕った外交官の色が消える。
「人と交わる事で私達は退化した。そうおっしゃりたいのかしら?」
「そうでしょう? 前魔王の時代なら只の子供一匹の犠牲の為に、
第4王女をこんな分の悪い危険な場に寄越すなどと言う愚は絶対に犯さない。」
「随分と人間を低く評価するのね。第三帝国などと恐れられて天狗になっているのかしら。」
「ああ、その呼び名ですか? あれは奴らが勝手に呼んでいるだけです。」
「訂正しないのならその呼び名を受け入れたも同義だと思うけれど。」
「面白い事をおっしゃる。歩いて踏みつぶした蟻が自分をどう呼びどう思っているのか。
貴方は一々気にして蟻に釈明されるのか? ああ、現魔王はそう言う博愛主義でしたね。」
「随分と視野狭窄というか・・・人間を侮りすぎではなくて?」
「ふむ、まあ貴方の御父上の様に規格外の例外は確かに存在しますね。
ですが、それはあくまで特例に過ぎません。
ほとんどは数が多いだけの歯車や部品が精々の存在でしょう。
種として統合を果たすべき相手とは到底思えません。」

デュケルハイトの言葉を聞き、デルエラは息を吐き出して肩をすくめるジェスチャーをした。
そうして彼女が次の言葉を吐き出す前に、イールがポツリポツリと語り出した。

「確かに、私の主人は情けない人です。朝はベッドから中々出てきません。
時々約束を忘れたりもします。結婚記念日をうっかり忘れられた時は泣きそうでした。
度胸もあまりなくて、大人しい魔獣でも体が大きい子の前だと私の後ろに隠れたり。
我が身可愛さに、生前の私を裏切って売ったこともあります。
その結果がこの体ですわ。斯様に弱く過ちも多い主人ですけど・・・
でもね、こんなつもりじゃなかったって、
掘り起こした私の亡骸に縋ってずっとずっと泣いてくれたんです。
死んだ私の指に指輪をはめてくれて、もう腐臭がするであろう私の唇を・・・
あと魔獣の件を気にして、大きな犬を飼って練習している事を私は知っています。
次こそ私にかっこつけたいって意気込んでる主人を知っています。
結婚記念日を忘れた翌年のそれは、国を挙げてのサプライズパーティーで、
私は泣いてしまいました。ベッドでは夢現になって私の名前を呼びながら、
すまないって涙を時々こぼします。そんな主人はとてもとても可愛くて。
とっても愛しい私の自慢の旦那様ですわ。例え腕相撲で小指一本の私に勝てなくても、
国の予算も考えずサプライズパーティに大金をつぎ込んで四苦八苦してしまっても、
私にとってあの人の代わりはいない。愛しい愛しいご主人様なんです。」

その声の声量はけして大きくはなく、強く張ったものでもなかったが、
大地にしっかり根付いた柳の様な不思議な強さがのせられた声だった。

誰も何も言わなかった。その独白に対しパチリパチリと散発的な拍手が上がる。
「ナイス惚気なのですね、イール。ラブ&ピースなのです。」
「良いお話でした。今度の御茶会でより詳しく聞きたいですねイール殿。」
「どうかしら、私が言いたい事はイールが全て言ってくれたけれど・・・
貴方たちなら理解できるのではなくて?」

デルエラの視線が四人のうちの二人にとぶ。
「フンッ。」
「はあ?! 意味不明。」
シェリダンは顔を逸らし、ハイドラはがんを飛ばす。

「フム・・・良い話だな。だが無意味だ。」
「あーあ、御堅い頭です事・・・
あの年代物の堅物である主神ですら、自分の気持ちに素直に為り掛けてるというのに。
未だに力で征服したのされたの、滅ぼしたの滅ぼされたのと。
太古の遺物の様な物差しでしか世界を見れない。
そんな貴方たちには本当にウンザリだわ。
そんな事だから骨董品(アルトアイン)などと揶揄される。」
「・・・グレースアルトアイン(旧支配者)と呼んで頂きたいですね。
我が父を指して呼称するのであれば・・・デルエラ王女。」
「御断りよ。」

頭を振るデルエラに対しハイドラがクスクスと笑う。
「アハハ、もういいじゃんデュケルハイト。
どうせタダで返す気ないんでしょ? 
御父様への愚弄、対外的な理由としては十分じゃん。」
「そうだな・・・殺すまではせんでいいが。
王女一行には伊達になってお帰り頂こう。」

ククッとダラムスがデュケルハイトを見る。
それに対し顎で頷いて返すデュケルハイト。
それを合図にダラムスが拳を振り上げ地面に打ち付けた。

直後の事象に対し、反応出来たのはデルエラと黒毛のバフォメットだけだった。
{デルエラ様?!}
{ミアを。}
{御意!!}

ダラムスの拳からエネルギーの波が波紋の様に高速で地面に広がる。
跳び退って空中で回避するデルエラ。
バフォメットは気づいてさえいないミアを宙に放り投げた。
だが一手遅く、自らはその波紋に触れてしまう。
地面が溶け流砂の様にイールとバフォメットを一気に呑み込んでいく。
そして頭だけ出した状態で二人の下降は止まった。

「あらあら。」
「グググ、これは・・・いったい?!」
それは何とも奇妙な感触であった。
ぎっちり固定されてるはずなのに手足を踏ん張ることが出来ない。

見下ろすデルエラが歯噛みする。
「只地面に埋まってるわけじゃない・・・位相そのものをずらされてる。」
「そんな?! あの一瞬で詠唱もなくそんな真似を。」
「パワータイプと思いきや、小技も達者なようね。」
「アハハ、ほらほらダラムス兄ぃにばかり気を取られてていいのかな?」

ハイドラが一瞬で間合いを詰める。
下半身に水を付けたまま空中を水中の様に華麗に泳ぎ舞う。
ヒレの付いた掌でノコギリのように空中を薙いだ。
それをデルエラは柔軟に体を逸らして回避するが額に切れ込みが入る。

「速すぎる?! デルエラ様に初撃で掠るなんて・・・」
「へえ、今のかわす・・・噂通り良い目持ってんじゃん。
でもさあ、あたしずっと気になってたんだあ。」
「何かしら?」
「第一は魔王城で魔王の予備、第二はジパングで地獄の管理。
第三は異界に引きこもり。魔王代理としてあんたが来るのは道理よね。
腹心で古語にも達者なあの山羊ちゃんもまあ判る。
そんであの死体ちゃんは迷子の身元引受・・・じゃあさ。
ちっこいあんたは何で此処にいんのさあ。」

ギュンッと一気に方向を転換し、
デルエラの前からミアの眼前に逆さに現れるハイドラ。
「ギョエア〜〜〜?! お・・・脅かすなバカヤローです。
み・・・ミアは・・・切り札なのですね。
ジョーカーなのです。いざという時の為の。
それとちっこいのはお互い様なのです。」
「・・・・・・プハッ、アッハハハハ! 面白いねあんた。
そういう冗談あたしは嫌いじゃないよ。
じゃあさ、見せてみなよその切り札とやらをさ。」
「ふ・・・フン、後で吠えずら掻かせてやるのですね。」
「へぇ〜〜〜、いいよ。掻かせてもらおうじゃん」

見ててやるからさっさとしろ。
そう言わんばかりにハイドラが腕組みしてその泳ぎを止める。

「姉さま・・・」
「仕方がないわ。ミア・・・」
「分かったのです。震え慄き後悔しやがれデス。」

ミアは腰に差さっていたロッドを取り出す。
先が黒いハート型のキューティクルな見た目の短い杖だ。
彼女はそれを掲げ、呪文を唱えながらクルクル回転し、
頭上に大きなハートの光る線を描く。
「パラレルマヤコン シュガシュガマハリタ
 リリリリム〜〜〜 マサミガキト レナーニ!!」

「隙だらけなのだけど。死にたいのかしら?」
シェリダンが彼女の隙だらけの首筋を狙う。
だがその一撃をよんでいたデルエラが割り込んで受け流す。
「無粋よ。変身シーンに割り込むなんて。」
「・・・理解できる言葉で喋れ売女。」
「シシシシ、ホント興ってもんが理解できないのシェリダンはさ。
でもまあ、あんたにまで攻撃しないとは言ってないしねぇ!」

挟み込むようにハイドラが背後から迫りデルエラに攻撃を加える。
シェリダンとハイドラ、二人の連撃を避ける躱す見切る止める。
回避に徹したデルエラは二人分の攻撃を間一髪の所で捌き続ける。
だが、其処に岩石の様な肉体を唸らせダラムスが迫る。
躱せない。咄嗟に判断したデルエラは攻撃の瞬間、
その場でもっとも軽い一撃を選択しそれをワザと受け、
ダラムスとは反対方向に体を飛ばさせる。
それで突進の勢いそのものは多少殺す。
だが、関係ないとばかりに突っ込んできたダラムスはそのまま、
ショルダーチャージでデルエラを神殿の外壁に押し込む。
どんな素材なのか、それはシルバを上回るダラムスの怪力を受け止めきる。
そしてその圧倒的な物理エネルギーはデルエラの肉体を駆け巡り破壊する。

「カハァッ!!」
内側から空気が絞り出され其処には大量の血も混じる。
骨が何本も逝ったのが判るが数えている場合ではない。

そうしているうちにミアの描いた魔方陣は光り輝く。
頭上の光る大きなハートから流星群のように光がミアに降り注いだ。
それを彼女は手足に纏っていく。明らかに大人サイズのそれに合わせ、
ミアの幼児体型が成長して大きくなっていく。
全身を覆う白く輝く甲冑、そこから長い尻尾と大きな黒い翼が広がる。
大きくなった体と比べると、少し小振りなロッドをバトンの様にクルクル回し、
ミアはビシリと極めポーズをする。

「装着融合、マジ☆カル@ミーア なのです。」

その姿に場が静まりかえる。
暗闇の子供達は白けた視線を向ける。
そして魔物側も困惑した顔で首を回して視線を交す。

(魔法・・・少女? どうみても聖○士では・・・)
(あらあら、顔まで隠れていますもの、魔戒○士ですわよきっと。)
(いえ、最近は虫ではなくてもいいしバイクも不用とのこと。
仮面のアイツでしょうきっと。)
「ま・・・魔法少女なのです。誰が何と言おうと、
ま・ほ・う・しょ・う・じょ〜〜〜〜  なのです。」

一流のスポーツ選手が体感するという一瞬のアイコンタクトでの高度の意思疎通。
それに外から地団駄を踏みつつ突っ込みを入れるミア。

「魔法少女だが魔王少女だか知りませんが。
これでチェック・・・と言ったところでしょうか。」
ヒタヒタと動けぬデルエラに近づくヒッポリト。
そしてデルエラの太ももをいやらしく摩る。

「吸い付くような素晴らしい手触り、永劫に撫で摩っていたくなりますね。
ですが残念です。この感触も今日限りで触り納めですか・・・」
太ももから全身へと青銅化が這い上がる。

「たの・・・んだ・・わよ。あ・・・とは。」
ミアの方を見ながら全身が固まるデルエラ。

「「で・・・デルエラ様ァアア?!」」
バフォメットとイールの悲痛な叫びが、
巨大な空洞に残響を残して落下していった。

「そんじゃ、あんたで最後。」
再び瞬間移動のような速度でハイドラが舞う。
一気に正面に詰め、其処から死角へと身を躍らせる。
そして鋭い斬撃を打ち下ろした。
それは紙切れのようにミアの持っていたロッドを両断し、
その体に切り傷を刻む。だが・・・

「切れて・・・無い。」
自分のヒレを不思議そうに見直すハイドラ。
その鎧には彼女の一撃でも傷一つついていない。

事態を静観していたデュケルハイトの眉根が初めて寄る。
(ハイドラのあれでも切れない鎧・・・アレは一体?)

「ボゥッとしてるならどきなさい。邪魔よ。」
「ゴオオゥ!!」
シェリダンとダラムスがミアに迫る。

「いかん?! 待て二人とも!」
戦闘が始まって初めて、デュケルハイトの声が空洞に木霊した。
だが、言葉での伝達では余りにも遅すぎた。
ミアに接近していた三神、彼らは皆一瞬の差異もなく。
何かの力によって吹き飛ばされた。

(あたしが・・・見えない・・・あたしよりも速いって?!)
(重イ・・・力・・・俺二・・・比肩?!)
(4・・・いえ5? 全く見えなかった。 こいつ?!)

彼らは壁面に叩きつけられて静止するが、
その心の中は軽くパニックだった。
デルエラ一行の中で明らかに一番力が劣るミア。
どれだけ強力な道具を使ったとて素体が貧弱では意味が無い。
だからこそ侮りがあったのは確かだが、
その侮りを抜いてさえ、彼らが体験した力は彼らの想像を遥かに超えるものだった。

「一体・・・貴様は何者だ。魔力の質も量も全然別人だぞ。」
「だから〜、魔法少女、マジ☆カル@ミーア でっす♥
真打(ヒロイン)は何時でも最後に現れるものなのです。
闇の悪の悪者め! ミーアが成敗してくれるですね。」

ビシィィィッ とでも聞こえんばかりの歌舞伎の様な大見得を切る。
その輝く鎧は、空洞を煌めき明るく照らしていた。
「体が軽い、力が溢れる。もう何も怖くない!!」
「いけませんミア様! それもガッツリ死亡フラグです。」

首だけ地面から生えたバフォメットの突込みが大空洞に響き渡る。



15/09/07 00:54更新 / 430
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■作者メッセージ
漸くお届け出来ました。第5話です。

言葉を交わすも交わらぬ価値観、そして開戦するデルエラ一行VS暗闇の子供達
そんな中デルエラはついに銅像に姿を変えてしまう。
更にバフォメットとイールも埋まって動けないままだ。
この窮地を脱せるのは君しかいない。
響け、物理という名の魔法拳! 話を聞かない奴らはキルゼムオールだ!!

次回 マジ☆カル@ミーア 第6話
「誕生?! ブラックドラゴンナイト。そして現れる大いなる闇」に・・・
リリカ〜〜ル マジカ〜〜ル ティンクルスタ〜〜☆☆





コレンナンダ〜

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