連載小説
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その6 誕生?! ブラックドラゴンナイト。 そして現れる大いなる闇
白く白く白く。どこまでも果て無く白い
音も光も白く塗りつぶされて消えてしまったかのようだ。
自身の心音が響き、耳鳴りさえしそうな虚無という無限。

寄る辺の無いそんな場所にただ一つ。
ポツリと佇むドアと、傍らにむき出しの歯車を組み合わせた様な大時計が浮かぶ。
そんな時計の傍で胡坐をかく、全身を鎧で包んだ人物が一人いた。

集中、全身の感覚を紙縒りのように捩って縮める感覚。
そうして捻りだしたものを全身に行き渡らせる。
見る者が見れば、彼の体をとてつもない量の魔力が覆っているのが解る。

(さて、だいぶスムーズに出せるようにはなった。問題は此処から・・・)
集中、更なる集中、自分という海の更なる深みへと潜るように・・・
彼はそうして自身を覆っていたものを、徐々に徐々に変形させる。
さながらそれは、足の先からスタートしたナメクジが指先に到達するまで、
一度も呼吸と瞬きを出来ぬような歯がゆさだ。
そうして全身を覆っていたそれを、指先だけに纏わせることに成功する。

やった! そう心の中で思った。その瞬間。
その揺らぎが水面に投げ入れられた小石の起こす波紋の様に、
彼の集中を僅かに乱す。そしてそれはてき面に指先に現れる。
「おおっ?!」

まとまっていたそれは、ボワンッ とシャボン玉のように膨れて弾けた。
それを見た男は、止めていた息を深く吐き出して肩を落とした。
(好きな形に固定する事がこれ程難しいとは・・・
あの男はこの状態を維持しつつ、同時に超音速の戦闘もこなしていたというのか。)

男は自分を負かした相手が、改めて遥か上の存在であった事を噛み締める。
その時、男の傍にあったドアがガチャリと開く。
薄っぺらく立っているだけのそのドアだが、
開いた枠の中には別の風景が広がり別の場所に通じているようだった。
そして其処から豪奢なサラリとした金髪が顔を出す。
海の様な碧い瞳のキリリとした印象の女性だ。

「やはり此処におられましたかラウム様。」
「ん? おおヴィエルか、どうした?」
「修行中の所まことに恐縮では御座いますが、レヒト様が御呼びで御座います。」
「そうか・・・今行く。それにしても・・・辛くはないかヴィエル。」
「少々は・・・ですがこれも務めなれば苦にはなりません。」
「下級神族の身で大したものだ。やはりお前を御付にして正解だったな。」
「お褒め頂き恐悦です。」

胡坐をかいて修行に高じていた男、彼は主神の子で上級神のラウムだ。
主神と魔王が和解した先の大戦において、
魔王とその夫を暗殺するために創造された闘神の一人である。

そしてヴィエル、今は鎧を抜いでいるため判別しづらいが、彼女はヴァルキリーだ。
天界ではその役目によって様々な種類や階級の天使がいるが、
彼女達ヴァルキリーの役目は魔物との戦闘、
そして勇者の発見と育成に特化されている。
しかし主神が魔王と和解したことにより、
地上での勇者余りと同様に、天界でもヴァルキリー余りが起きていた。

そんな中、彼女はラウムの世話係や秘書の様な役を任命されていた。
その最たる理由の一つが彼女の肉体の強さだ。
戦闘に特化したヴァルキリーの中でも、どちらかと言えば肉体派の彼女。
その体には女性らしい丸みは少なく、
アスリートか格闘家の様な締まった体をしている。
彼女に求められたのは、様々な過負荷が掛かるラウムの修行場に出入りして、
彼を呼びに行けるという事であった。

「最初は立つのも辛かったですが、
最近では気を張っていれば、少しは動きまわれるようにもなりました。」
「うむ、素晴らしい。最初に御付にした軟弱なエンジェルなどは、
扉を開けようとしたまま動けなくなって失神していたからな。
あれではお使い一つ任せられん。かといってあまり上位の天使は仕事で忙しいからな。
お前辺りが適任というわけだ。今後も精進して怠る事のないようにな。」
「はい! 今後もラウム様の御付として恥ずかしくないよう。
日々健勝にありたいと存じます。
しかし心配なさらずとも、こうして貴方様を御呼びする。
この行為だけでかなりの修行になっておりますので。」

ヴィエルは気丈に振る舞っているが、その額にはすでに滝の様な汗が見えた。

「ふむ、まあそうだな。このメンタルとタイムのルームは、
上級神である私用に調整されている。
軽い出入りだけでも天使には大変な負担だろう。
前任のエンジェルは高重力で胸が垂れるだの潰れるだのと五月蠅かったが、
少々悪い事をしたと思わんでもない。」
「ええ、本当に・・・私もただでさえ薄い胸が減って。
ほぼ筋肉になってしまいました。」
「良いではないか、健康的で禁欲的なその肢体、
慎ましやかな方が良いという男もおるだろうさ。」
「そ・・・そうですか。因みに・・・ラウム様は・・・」
「ん? 私がどうかしたか。」
「い、いえ。レヒト様がお待ちです。此処までにいたしましょう。」
「・・・そうだな。お前が普通にしているので失念していたが、
余り長居してはお前の体が辛いのだった。どうにも気が利かなくてすまんな。」
「め、滅相も御座いません。下級である私などの身を案じて頂く必要など。」
「あるのだ。」
「え!? そ・・・それは・・・どういう。」
「上級だのなんだのと踏ん反り返っていたから、私はあの男に敗北した。
そういう意識は強くあるためには余分なものなのだ。
立場や生まれが下の者でも、言う事には耳を傾けその身を軽んじない。
其処に私が更なる力を手にする道がある。」
「・・・・・・そうですか・・・」
「ん? 何故残念そうなのだ。私は良い事を言ったつもりだったのだが。」
「いえ・・・何でもありません。本当に。」
「そうか。」

そうして二人はメンタルとタイムのルームを後にした。
そしてヴィエルと別れたラウムは、
空間を裂いて上級神しか入れぬ高位の神域に跳んだ。
其処には彼の兄にして三闘神(トリニティ)のリーダーである、
レヒトの姿があった。

「待たせたか?」
「いや、雑事から帰ったばかりでな。
天界の近況を軽く聞きに来ただけだ。」
「・・・何故わざわざ私なのだ?」
「天界で一番の暇人が貴様だからだ。修行修行修行・・・
一体何と戦うつもり・・・というのは聞くまでもないか。」
「貴様は仕事で出払っておるし、ツァイトの奴も最近は何時もはおらん。
天界の護りとして、私が此処で修行に明け暮れるのは理に適っていようが。」
「まあな。母上も此処の所は天界にいない事が多い。
上級神が一柱もおらんのでは、敗北した母上の後釜を狙おうなどと言う、
不貞の神々が現れた時への対処が心許ないからな。
で、母上はまだ戻られぬのか?」
「入れ違いだ。一度はジパング秘湯巡りから戻ったのだがな、
ほれ、天界入り口にペナントが沢山飾ってあったろ?
やっと落ち着いたかと思ったのだがな、
何があったか知らんが急にボスビオスの絶景が見たくなった。
などと嘯いて行ってしまわれた。」
「確か火山だったか? という事はまた温泉か・・・」
「人の視点で世界を見直す。などと世界巡りをしたはいいが、
教団の聖都では、大衆浴場(テルマエ)で母上を崇める女神像の前で、
そっくりさん扱いされて以後不貞腐れてしまったからな。
その後に行った人のいない秘湯で温泉にはまったらしい。
あの女に負けた傷心には旅が必要なのです。とかなんとか言っていたがな。」
「母上ェ・・・・・・まあいい。ツァイトの奴はどうしてる。」

そういったレヒトの問いに対し、ラウムは少し歯切れの悪い言葉を返す。

「うむ・・・それなんだがな。レヒト、お前あいつに何か相談されたりしたか?」
「意味が判らん。持って回った言い方は貴様らしくないぞ。」
「知らんのなら言うべきか少し悩むところだ。」
「言え、何だというのだ。」
「じょ・・・女装趣味に・・・目覚めたようなのだ。」
「は?! 我らは鎧だけの身の上だぞ。何を馬鹿な。」
「知っての通り、この体は兜が本体でそれ以外は換装のきく付属品だ。」
「ああ・・・それで?」
「オレイカルコスのこの体、パーツの生産にも馬鹿にならぬ予算が掛かる。
今御付をしてくれているヴァルキリーが中々に熱心でな、
ツァイトの奴が我らに内緒で予算を使いこんでいるが、大丈夫かと聞いてきたのだ。
修行に熱心でもない上に、私と違って時間の逆行で再生可能なあいつが、
何をそんな余剰パーツを用意しているのかと確認したのだ。」
「それで・・・作られていたパーツが・・・女物だったと?」
「その通りだ。全体的に多少細見のフォルムだが、
胸部と腰回りの造形が明らかに丸みを帯びてふくよかな作りだ。」
「それで、まさかあいつは・・・」
「ああ、完成したそれに体を換装し、場所までは知らんが出掛けたらしい。」


二人の脳内に内股でしなをつくりながらギャル言葉で喋る兄弟の姿が浮かぶ。
「もぅマヂ無理。彼女(スライム)が別れた。

どんどん分裂してぃまゎ8体になってる。

(性的に)ぅちに勝ち目ゎなぃんだって。

完全にかこまれて る。っょぃ。勝てなぃ 」

「「・・・・・・おお・・・神よ。」」
それは上級の神々であっても祈らずにはおれぬ惨事であった。


※※※


一方その頃、兄弟達に絶望のため息を吐かせたツァイトは。
下界で魔法少女(のパーツ)になっていた。

「装着融合、マジ☆カル@ミーア なのです。」
(帰りたい・・・・・・ああ! 見ないで。そんな目で僕を見ないでぇ〜〜〜。)
都合四つの氷の様な視線と、困惑混じりの三つの視線。
そのクロスファイアに晒されて、ツァイトのグラスハートはクラッシュ寸前だ。

彼の脳裏に忘れられぬ光景がフラッシュバックする。
この体の注文を受けた子(天使)、
彼女の隠そうとも隠し切れない汚物を見る様な瞳が忘れられない。

(違うんだ。僕には別にそんな趣味は無いんだ。
それにしても受け取り窓口の子、
彼女は何で御尻に穴が開いてるんですか?! てやたら食いついてたな。
レヒトとラウムのどっちが相手って・・・どういう意味だろう。
どっちでもないって否定したらまさかの先代様!! とか驚いてたし。)

そんな思索に溺れていると体が内側から動かされる。
中に入っているミアの急成長は彼の時間操作によるものだ。
そんな彼女が地団太を踏んで抗議している。

(だから言ったのに、この姿で魔法少女何て無茶だって。
隠された方が魅力が増すだとか、ミアの魅力なら道理が引っ込むだとか、
結局無茶を通しちゃうんだから・・・はあ・・・どうしてこうなった。
お詫びに何でもいう事を聞くだなんて、安請け合いしちゃったかなあ。)

この合体は以前から温めてあったミアのアイデアだが。
まさか本当にその姿をお披露目する日が来ようとは、ツァイトも思っていなかった。
確かにこの姿なら、姉妹喧嘩でもミアに勝てる者はいないだろう。
だが、上級神たる自分の力を披露する機会などそうそう無い。
少女の中二的黒歴史として、ひっそりと記憶のはてにいずれは追いやられる。
そんな風に思っていたのだが、存外に早くお呼びが掛かってしまったのだった。
危なくなったら呼ぶから待機してろ。そう簡易ポータルの上でまたされること数時間。
このまま何事もなく今日が過ぎてくれ、そう願う彼の願いは見事に打ち砕かれた。

(場所も状況も全く判らないけど、とんだ修羅場じゃないか。)
「たの・・・んだ・・わよ。あ・・・とは。」
彼の目の前でデルエラが銅像になっていった。
(こっち見てるけど、あれって僕に言ってるんだよね。
確かミアちゃんのお姉さんのデルエラさんだっけ?)

「「で・・・デルエラ様ァアア?!」」
(ああやっぱり、それにしてもあの二人は何で埋まってるのだろう?)

「そんじゃ、あんたで最後。」
眼にも止まらぬ速度でハイドラがフェイント混じりの攻撃を仕掛けてくる。
だが、ただ速いだけの攻撃などどれだけ早くても彼の前では無意味だ。
手持ちのロッドを敢えて切断させ、それで大まかな切れ味を測る。

(これなら避ける必要すらないかな。)
そう判断し、そのオレイカルコスの体でハイドラの斬撃を受ける。
そして更にハイドラの後ろから迫るシェリダンとダラムス。
彼らがまとめて近づいてきた所で、世界はその動きを静止した。
ツァイト、彼は時を司る神で自在に時間を操作する力を持つ。

そして止まった世界の中でやっと中の人が喋りかけてくる。
「何やってるですね。リリカルミーアステッキが真っ二つなのです。」
「あとで時間逆行させて直すからさ、勘弁してよ。
というか此処は何処で何でこんな事になってんのさ。」
「ここは・・・ええと・・・大工さん警告とかいう国なのですね。」
「安全帯はキチンとつけましょうってイヤイヤイヤそれ絶対違うよね。」
「兎に角、悪い奴らなのです。成敗なのです。」
「都合5人か、下級クラス上位が1、中級クラスが4・・・
随分と物騒なメンツに喧嘩を売ったもんだね。」
「ミア達は悪くないのです。向うが人間と仲良くする何て馬鹿だって、
因縁吹っ掛けてきたのです。母様と父様を愚弄したのですね。」
「成程、そういう連中か。大体理解した。」

それを聞いてツァイトは心の中で嘆息する。
(何処の神々か知らないけど、冗談や説得の類がきかない、
バリバリのアンシャンレジーム(旧体制)信奉派じゃないか。
どうする? 適当な所で逃げるのが正解か?)

考え事をしてるとミアが腕を動かし頭をペしぺしと叩いてきた。
「こら、サボるなです。早くこいつらをパパッとぶっ飛ばすですね。」
「・・・了解だ。マイプリンセス。」

ツァイトはキュッと腰を落とすと、
流れる様に掌底を周囲の神々4・5発ずつ打ち込んで元の場所に戻る。
「こらっ! 激しく動くときはちゃんと言うのですね。
またミアが筋肉痛になってしまうのです。」
「わ・・・判ったよう。これでもだいぶ手加減してるんだけどねえ。」

放たれた掌打から、体内へと浸透し打撃として炸裂する。
そんな性質を与えられた魔力が流される。
それは彼らの体表に留まり地雷の様に爆発の時を待つ。
「そして時は動き出す・・・なんちゃって。」

静止した時間が再び流れ始めると同時に、彼らの体表に敷設された魔力。
それが一斉に体内へと流れ込み炸裂していく。
体内で時間差でさく裂する強力な衝撃波、
それにより彼らは加速するように壁面に吹っ飛ばされていった。

「一体・・・貴様は何者だ。魔力の質も量も全然別人だぞ。」
「だから〜、魔法少女、マジ☆カル@ミーア でっす♥
真打(ヒロイン)は何時でも最後に現れるものなのです。
闇の悪の悪者め! ミーアが成敗してくれるですね。」

(悪の悪者・・・いやいいか、今更この程度は些細な事だし。)
「体が軽い、力が溢れる。もう何も怖くない!!」
「いけませんミア様! それもガッツリ死亡フラグです。」
(首だけの体勢で突っ込み御苦労さまです。
いい加減みんなを元に戻してあげるとしますかね。)

ツァイトは左右の手のひらをそれぞれデルエラとバフォメット達に向ける。
(彼女達を取りあえず元に戻す。)
(オーケーなのですね。)
「マジカルミーア! プリプリでキュアキュア〜〜☆」
動きと掛け声の別撮り感が半端ない。

だが効果はてき面だ。
デルエラもバフォメット達も、
まるでビデオの巻き戻しの様に状態異常から解放される。

「ふう・・・すっきりしたわ。有難う。マジカルミーア。」
「あらあら〜、本当にすごいのねミーアちゃん。」
「目の前にしても信じられませんが・・・本当にミア様?」
「フフフ、もっと褒めちぎるがいいのですね。」
(調子に乗ってるなあ。デルエラさんのあの顔は絶対気づいてるよねえ。)

和気あいあいとし始める魔物陣営に対し、
暗闇の子供達は皆押し黙っていた。
その顔から皆余裕が消えている。
「フム・・・これは面妖な。」
「ああ、今あいつは貴様とダラムスの起こした全く異なる事象を、
一つのアクションで同時に無効化した。あり得るのかそんな事が。」
「・・・一つお聞きしたいのですがデュケルハイト様。
私には力に差が有りすぎて推し量れぬのですが、
あのご息女の魔力はいか程まで上がっているのですか?」
「見ての通りだ。我らが束になってこれなのだ。
動きは稚拙だが魔力だけならどうみても上級神の域だぞ。」
「それならあのデタラメさにも納得はいきますが。
解せませんな。もしあの鎧が下級以下のレベルを上級まで上げる。
そんなデタラメな装備だとしても、なら最初からそれをデルエラに着せるのが筋。」
「あれは装備者の力を引き上げる類のものではなく。鎧自身にあの力が備わっていて。
誰が着ても同じ力にしかならない。もしくはあのミアという娘にしか着れない訳がある。」
「そんなところでしょうな。それにあの質感と硬度。
あれはおそらくオレイカルコスの鎧です。」
「強力な力を持ったオレイカルコスの鎧、
それにあの解除の仕方・・・まさか。」

デュケルハイトは皆に念話で指示を飛ばす。
{確かめたい事がある。シェリダンはデルエラを抑えろ。
ダラムスとハイドラはあの鎧にもう一度攻撃を仕掛けろ。
ヒッポリト、残りは貴様がどうにかしろ。}
{判りましたお兄様。}
{オーケーブラザー。}
{やるじゃんアイツ。オッケー興味出てきた。}
{御意。}

「来るわよ。イール達は入口の近くに引いてなさい。」
「ハッ。」
デルエラとミア達が矢面に立ち、バフォメットとイールは後退する。

「砕けなさい。」
青白い閃光が舞う。眼にも止まらぬ速度と軌道でそれが空を薙いだ。
「私の相手は貴方というわけね。」
だが、デルエラは閃光そのものには目もくれず。
それを振るうシェリダンの挙動から軌道を読んで躱す。

青い光の鞭の様なそれが柱を叩くと、柱は一瞬で凍り付きそして砕ける。
「凍らせて粉々に・・・無かったことにする。
貴方の心の在り様そのものねそれ。」
「やっぱり・・・癇に障る女。」

シェリダンの鞭捌きを躱すも間合いを詰められないデルエラ、二人は膠着状態に陥る。

そしてダラムスとハイドラのコンビはミアとツァイトに迫る。
「ダラムス兄ぃ!」
「オーケーシスター。」

ダラムスが両腕を振り上げ地面に振り下ろす。
するとまるで地面は水面の様にぐにゃりとたわみ波打つ。
そしてハイドラはまるで地面が水面であるかのように飛び込んだ。
すると彼女は一瞬でミアの股下から顔を出す。
その脚先がまだダラムスの傍らに見えているのにだ。

「にゃにゃにゃ?!」
(あっちの大柄なのは空間に干渉するのか。)

「随分と硬い鎧じゃないのさ。でも中身はどうかな?」
ハイドラはそのまま脚を掴むと一気に地面に引きずり込む。
「沈むのです。ミア泳げないのって・・・あら?」
沈んだと思った直後には、ミア達は逆さまになって宙に浮いていた。
ハイドラが引きずり込んで自分が潜った位置から引き上げたのだ。
そして其処にはダラムスが立っている。
彼はハイドラが引き上げたミアの脇の下に手を通すと、
そのまま全力で地面に叩きつける。
「ヘッドクラッシュ!」

余りにも鮮やかな一連の流れに、ミアは完全に置いてけぼりで反応できていない。
ツァイトもその手際に舌を巻きながら考える。
(不味いな・・・この勢いのまま時間を止めても。
鎧の中のミアちゃんは制動が掛かって兜に頭を強く打ち付ける。
なら止めるべきは外じゃなくて・・・)

杭の様に地面に撃ち込まれ。部屋全体を揺るがす轟音を発するミア達。
それを見てバフォメット達が声を上げる。
「ミア様!」
「がんばれがんばれミーアちゃん。」
「おやおや、凄い音だ。流石にあれでは中も無事ではすまないでしょう。」

しれっとイールの隣で一緒に観戦してるヒッポリト。
それを見てバフォメットが食いつく。
「何隣で和んどるんだ貴様!!」
「いえ、この場においては我々は役者不足ですしね。
でしたら無駄な争いはせず、一緒に観戦していましょうと。
こちらの女王様に進言し、受け入れてもらった次第でして。」
「そういうことなら、いいかな〜〜〜何て。」
イールはてへぺろしながらバフォメットに向き直る。
それを見て、バフォメットは痛むストマックを押さえていじけた。
「いいです。もう、はいはい、私が悪い私が悪い。
ああ、兄様の膝が恋しい。兄様、皆が私を鬼姑みたいに扱うんです。」

ダラムスは地面に食い込んだそれを片手で引き抜くと、
斜に構えて目の前に掲げる。
そして引いた片腕の方が赤く光を帯びる。
全身から集めた魔力を拳で圧縮しているのだ。
そして彼は躊躇なくそれを頭部に振り抜いた。
「パワーパンチ!」

激突の瞬間火花が飛び散り、
オレイカルコスの兜が拳の形に歪む。
ミア達はぶっ飛んで壁に激突した。

「とんだとんだ。どうかな? 流石に今のは効いたんじゃない。」
「手応エ十分。会心ノ一発。」
(いちち、凄いパワーだ。中級とは思えない腕力だね。)
ツァイトは頭を振りながら立ち上がる。
その兜はだいぶひしゃげてしまっている。
だが内側にいるミアの体は全くの無傷だ。

咄嗟にツァイトが静止したのは外の時間ではなく。
鎧の中のミアの時間だ。完全静止した時間により、
この世の事象と切り離された彼女は。
現状いかなる物理的な力もその身に受け付けなくなっていた。
そしてツァイトはミアの凍った時を解除する。

(さて・・・解除っと。)
「んん?! 暗いですね狭いですね。
此処は何処ですね?! さては敵の必殺技なのですね。」
歪んだ兜から前が見えないらしく、
ジュワッと彼女は当てずっぽうに壁に向いて構えた。

本来であれば隙だらけなのだが、
渾身の一撃を叩きこんだダラムスはピンピンしてる彼女の反応に眉を潜めていた。
「あんにゃろ。ダラムス兄ぃのパンチが効いてない? 不死身か。」
「ホワーイ?」

(そっちじゃないよ。今視界を元に戻すから。)
(早くするですね。見えなくておしっこちびりそうだとか、
そんな事全然まったく別に特にはないですが。)
(はいはい。僕もそう言うプレイの趣味はないよ。)
ツァイトは自身に時間の逆行現象を起こして鎧を完全に修復した。
それによって歪んでいた兜の視界も確保される。
「こっちかこんにゃろです。」

くるりと向き直るミア。
その前に今まで動かなかったデュケルハイトが降り立つ。
「三闘神(トリニティ)のツァイトだな。御初お目に掛かる。」

突如眼前から発せられたその言葉に、ピタリとミア達の動きが止まる。
「・・・な・・・何を言ってですんますん。」
「ば・・・答える奴があるかなのです。ばれてしまうのです。」
思わず動揺から噛み噛みで受け答えしてしまうツァイト。
突然発せられた男の声とそれに被せられるミアの声。
デュケルハイトの言葉を肯定したも同然であった。

それを脇にデルエラは溜息をつく。
「やっぱり、あの男の眼は誤魔化せなかったか。」
「流石です。お兄様。」
シェリダンはうっとりとデュケルハイトを見ていた。

ダラムスとハイドラも困惑顔だ。
「トリニティって・・・あの? ちょっと前に殺し合いした仲じゃん。」
「トリニティ?! トリニティナンデ?!」

「何と?! 何時の間にそんな仲に。」
「あらあら・・・魔法少女じゃなかったのね。神様はじめちゃったのね。」
「成程、主神の子にして決選兵器の。ならあの力も道理か。」
すっかり仲良し(?)観戦三人組もそれぞれ勝手な事を口走る。

そんな周囲の喧騒を他所にネタバレしてしまった二人は慌てる。
「ど・・・どうしよっか。」
「くう、折角お前の力を使ってこいつらをぶっちめて、
華麗なるミアの活躍譚をあの子に自慢する計画ががが。
姉の威厳復活大作戦ががが、だいだいだい無しなのです。」

デュケルハイトは、犯行がばれた容疑者の前の刑事の様に始める。
「まず気づいた理由は三つ、まず修復の仕方だ。
鎧、青銅化、位相ずらしと全て完全な逆回しで回復していったこと。
そして三人を吹っ飛ばした時の状況。
誰の眼にも止まらず一瞬で、少しの時間差も無く彼らは皆数発の攻撃を食らっていた。
そしてオレイカルコスの鎧と上級神クラスの力。
魔王の娘とタッグを組むという発想が、
想像の埒外で少々結論にたどり着くのを邪魔したがな。」

それを聞きハイドラが肩をすくめる。
「な〜んだ。凄いのはその鎧だけじゃん。
あんた自身は虎の威を刈る狐、いやさ鼠、うんんミジンコかな?」
「み・・・ミジンコ?! ミアがミジンコ。」
鎧の中で顔を真っ赤にしつつ、しかし反論できないミアは地団太を踏む。

「どうする? ばれちゃったんなら君が僕を着て戦う理由もなくなっちゃったけど。」
「お、お前までミアを要らない子扱いするのですか!!」
「い、いやそうじゃないけど危ないでしょ。」
「もう怒ったのです。全員のしイカにしてやるのです。
そんでツァイト、お前の冒涜的角度から放たれる時空チョップ。
それでこいつらの頭から、今日の記憶をぶっ飛ばすのです。
魔法少女の正体は、誰も知らない知られちゃいけないのです。」
「あ・・・悪魔だ。」
「悪魔型で夢魔なのですね。間違ってないのです。」
夫婦漫才(?)を始める一人の様な二人。
そのギャグ時空を前にしてもデュケルハイトはペースを乱さない。

「お荷物を連れているとはいえ。魔王暗殺用に主神が自らの力を削って創った貴方と、
我らでは神としての格が違う。まともにやっては4対1+ハンデ戦でも我らの負けでしょう。」
「だったら降参してくれるかな。経緯も君たちが誰かも知らないけれど。
僕はただの用心棒だし別に戦いを楽しむ趣味もないんだ。」
「そうはいかない。父の名を汚さぬためにも、
此処でただ尻尾を巻くわけにはいかないのだ。」
「そう・・・ならこっちも役割を果たさせてもらう。」
「お荷物とは・・・ミアのことか。ミアのことかーーーーー。」
翼と尻尾がピーンとなって思いっきり気を吐くミア。

「おおっ?! 穏やかな(?)心を持ちながら激しい怒りによってミア様の魔力が覚醒した。」
「ふむ・・・1万とんで1くらいが1万とんで10くらいにはなったんですかね?」
「焼石にスペルマってかんじ〜〜〜?」
突込みと解説に余念がない観戦三人組。


せめぎ合う各々の魂(ギャグとシリアス)が、
火花を散らして空間を揺らす。
デュケルハイトは片手を空に掲げ叫ぶ。
「貰うぞ貴様らの力!」
「お使い下さいお兄様。」
「オーケー。」
「チッ、もってけ。」

他の暗闇の子供達、彼らから膨大な黒い魔力がデュケルハイトの腕に集まり。
漆黒の光となってその全身を覆った。
「暗黒魔装(ダークグリッド)、私達の奥の手だ。」
「魔力が飛躍的に上がったね。厄介そうだ。だから刹那も掛けず終わらせる。」

デュケルハイトが攻撃に移る前に、世界の時間が静止した。
その中を悠々とツァイトが相手の懐まで歩む。
「全力の一撃で終わらせる。君の奥の手が何であれ、それは不発に終わる。」
「ミアを愚弄した罪、許されないのです。
筋肉痛も構わんのですね。フルパワーマックスなのです。」

そして彼らはデュケルハイトの前で構える。
そのまま動かぬ標的に全霊の正拳を見舞う。
それが直撃する瞬間世界は動き出すはずであった。
だが、放たれたそれを手前で相手は受け流す。
そしてカウンター気味に掌を打ち込んできた。

「とべ。」
全身を覆う漆黒の光と同じ光が掌から放出され、ツァイトを弾き飛ばした。
咄嗟にツァイトは、時間の静止を解除してミアの時間を止める。

その場の他全員からして見れば、いきなりツァイトが吹き飛ばされていた状況だ。
「流石ですお兄様。」
「ナイスブラザー。」
「ハイハイ凄い凄い。」
暗闇の子供達がデュケルハイトの雄姿を褒める。

「へえ、やるわねあの男。」
「あらあら、ミーアちゃん大丈夫かしら。」
「ほう、私もあの力は初めて見ました。とても興味深い。」
「もうお前あっち帰れ。帰ってくださいお願いします。」
「貴方が面白いのでお断りします。」
魔物+1は相変わらず緊迫感に欠けるノリだった。

ツァイトはまた一瞬で傷を修復するとデュケルハイトの前に立つ。
「驚いた。中級上限クラスとはいえ・・・静止時間に介入出来る何て。」
「タネが時間操作と判っていれば、
この全身を覆う黒光(ダークシールド)にそれを無効化する力を付与できる。」
「へえ、簡易版の神衣(ドレス)みたいなものかな。」

神衣(ドレス)とは、自分に都合のいい法則が支配する異界を鎧の様に纏う。
その莫大な消費魔力故に、上級神クラスにのみ使用を許された技術である。

「そうだ。あれ程万能ではないが、貴様の相手位は出来る。
それにしても、ただでさえ堅牢なオレイカルコスに無限修復か。
一撃で吹き飛ばす以外にないようだな。」
「出来るかな?」
「出来る。この纏ったエネルギーを大部分削り、
攻撃に転換して打ち込む一撃。神技・黒死(ゼラデス)。
これならオレイカルコスの体とて一片も残さん。
残念だったな。お荷物を抱えていなければ、
貴様自身の時間を何百倍にも加速して、一方的に私を嬲れただろうに。
それとも中のお嬢さんを見捨てるか? そうすれば私を倒せるだろう。
だが主神と魔王の和解は崩れ去るぞ。それはそれで我々の勝利と言える。」
「そうだね。僕主導で加速して動けばミアちゃんの体が持たないし、
ミアちゃん主導では加速しても、君のその全身のシールドを貫けないだろう。
だからと言ってミアちゃんを見捨てる。そんな選択肢も当然ありえない。」
「ツァイト・・・ミアは・・・」
「そんな声出さないで。君は傍若無人にふんぞってるくらいがかわいいんだから。」
「やはり無用、やはり惰弱。
魔物が獲得した性質(もの)は闘争にとって不純物。
そしてそれにほだされた貴様も闘神失格だ。
御覚悟頂こう。若輩とはいえ、
主神の子にして闘神の貴方を討てるのはこの上ない誉れ。」

漆黒の流星が墜ち、輝く一等星と交差した。


※※※


眠い目をこすりながらも、少し警戒混じりで僕は家のドアを開けた。
村人達がついに業を煮やして、夜襲をかけてきたかもしれない。
などと思ったからだった。それだけの事をしてきた自覚はあった。
だがその行為は杞憂に終わる。
其処に立っていたのは、今では懐かしくさえ感じる顔であった。

魔女のメーテルと、フィーリアの面影を残した幼女だ。
「・・・フィーリアさん? 貴方も、魔女になったんですか。」
「ええ、久しぶりねクー。会えてうれしいわ。」
 
ああ、間違いない。メーテルと両親以外で、僕をその名で呼ぶのはフィーリアだけだ。
そうだ。彼女達なら、薬に詳しい彼女達なら母の体を治せるかもしれない。
だからお願いしよう頭を下げよう。村人たちにやったように。
簡単だ。あいつらに比べればずっと仲もよくて気心も知れた相手で・・・

でも、僕はそんな頭の中の理性を全てかなぐり捨てて。
吹き上がる衝動のままに目の前の彼女を押し倒した。
どうして どうして! どうして!!
噛み殺すようなかすれ声で僕は繰り返し、
そしてマグマの様にドロドロとした。
湧き上がる怒りを拳にしてぶつけた。
彼女達は動かなかった。避けすらもしなかった。
ただ僕の両こぶしが赤を通り越し、青く血を滲ませ始めると、
其処でようやくフィーリアが僕の手を握り止めた。

「ごめんなさい。」
「本当にごめんなさい。」
彼女達が何に対して謝っているのか。
全てだろう。全てに対し謝っているのだ。

自分達に出会ってしまった事、
自分達を庇って父が死んだ事、
下らない政争に巻き込んでしまった事、
村人との関係に亀裂を入れてしまった事、
その所為で母が病に臥せってしまった事、
こんなになるまで会いにこれなかった事、
非力で幼い僕の拳では、傷ついてあげることさえ出来ない自身の体の事。

僕より小柄なメーテルに馬乗りになってがむしゃらに振るった拳、
それが傷付けたのは結局、地面と僕の拳そのものだけだった。
散々殴られたはずの彼女の顔は、傷一つ痣一つ出来てはいない。
魔女は魔物の中でもけして肉体が強い方ではない、
しかしただの少年が適当に振るった拳程度では、
少し痛がらせるのが関の山であった。

「魔女め・・・ちくしょう。」
呪詛の言葉をぶつけ、それでも僕は構うものかと腕を振るおうとする。
フィーリアに掴まれてはいない方の腕を、憑かれたように振るおうとする。

そんな僕を見上げる二人の瞳は、直視しがたい痛ましい者を見る憐憫の眼だ。
やめろ、そんな目で僕を見るな。それは村人が僕に向けてくる。
恐怖や後ろめたさ、憎しみの瞳よりもずっと僕に刺さる。
そんな顔をするな。僕を泣かせているのはそっちだろう。
まるでこれじゃ、僕がそっちを泣かせているみたいではないか。
冗談ではない。大好きだった二人。父と母の次くらいに好きだった二人。
だからこそ許せない。騙して大切な者を奪った二人。
吹き上がる怒りを載せるもう片方の腕は、メーテルが優しく包んで止めた。

「これ以上。自分を傷つけないで。お願いだから。」
そう言ってメーテルは、難なく上体を起こし僕の下から抜け出ると、
立ち上がって膝立ちの僕の頭をその胸に抱いた。
その輪にフィーリアも加わる。温かい・・・そう言えば母が臥せってから、
人の温もりを感じたのは久しい。心臓の音がゆっくりと染み入って、
グラグラと煮立っていたはずの心を落ちつかせていった。
思い出す。一緒に遊んだこと、薬をもらって看病してもらったこと。
その思い出もその時の気持ちも、まだこんなに鮮明で確かだ。
こんなにも好きで、でもこんなにも許せない。
ぐちゃぐちゃだった僕の心の虫たちは、
彼女達の温もりと僕の流す洪水の様な涙が押し流していった。

その日、彼女達は何も言わず母の看病をしてくれた。
そして僕たちは一緒の床で川の字になって寝たのだ。
後になって聞いたところ、既婚のメーテルは兎も角、
フィーリアはかなり我慢してくれていたらしい。
彼女なりに空気を読んだということなのだろう。
そして僕は、父が殺されていらい初めて気持ちよく熟睡することが出来た。

それから2・3日、村人に気づかれぬよう。
彼女達や夜にまぎれて薬草や栄養のあるものを取ってくると、
瞬く間に母の容体は完治していった。
その間に二人とは色々話した。この後の事についても色々。

この村を離れて二人と一緒にサバトへ行く。
その選択肢が一番無難だと二人は言った。
「魔女が怖い? 私達魔物が怖い?」
「・・・ううん。ごめんね。魔女めっ、何て言い方して。」
「いいの、貴方の怒りはとても当たり前で正しいものだわ。
私達は罰せられて当然の立場なのだから。」
「それで、どうするのクー?
私達と一緒に来れば衣食住に困る事はないわ。
友達もいっぱいできるわよ。それ以上も・・・
貴方ならより取り見取りだと思うわ。」
「それ以上? メーテル、フィーリアは何を言ってるの。」
「今はそういうのはいいのフィーリア。クーも気にしないでね。」
「ふーん。まあいいや、誘ってくれるのはうれしいけれど二人とは一緒に行かない。」

それを聞かされて、二人はちょっと悲しそうな顔をした。
「どうして? やっぱり魔物は怖い?」
「そうじゃないよ。だってメーテルは一緒に遊んでくれた時には、
すでに魔女だったんでしょ? でもちっとも怖く何てなかったし。」
「ウフフ、一緒にフィーリアの為に薬草集めとかしてくれたわよね。」
「だから、魔物が人間を食べる何て嘘っぱちだって。
二人のいう事も信じるよ。魔女が災いを運ぶ悪い奴だなんて嘘だ。」
「信じてくれて有難う。でもじゃあどうして?」
「マレウス機関の奴らは憎いよ。一生恨むし許せないと思う。
村の人や二人の事も許せなかったけど、
昨日二人のおかげで少し楽になったんだ。」

後で思えば、その憎しみは不器用な僕の甘えだった。
僕がマレウス機関を除けば、一番許せなかったのは自分自身だ。
弱くて何もできなかった自分自身だ。
だから衝突したのだ。他人を傷つけてその反撃で自分を罰しようとしたのだ。
自傷行為に皆を巻き込むような、子どもの駄々だったのだ。
でも、傷つく僕の拳を愛しく包んでくれた。
頭を抱いて愛で包んでくれた二人のおかげで、
もういい、あなたが傷つく必要はないと言ってくれた二人のおかげで、
不思議とそんな自分を少しでも許せたのかもしれない。

「教団には憎しみもあるのに何で。」
「処刑されそうだった僕とお母さんを助けてくれた人。
ルザイ司教も教団の人だからだよ。
メーテルだってフィーリアだって元は教団の人でしょ?」
「そうね、私達も数年前までは教団の一員だった。」
「今僕たちは教団の監視下にあるはずなんだ。
魔女に味方した疑いでさ。
定期的に見張って報告してるってルザイ司教が言ってた。」
「そう、父さんが。」
「そんな僕たちが村から突然姿を消したりしたら、
また二人に追っ手が掛かるだろうし、ルザイ司教の立場も悪くなるよ。
だから僕は二人とは一緒に行けないんだ。」

ずっと考えていたことだった。
母の病気が重なってそれどころではなくなってしまったが、
その道はすでにずっと考えていたことだった。
すぐにでも言い出せなかったのは、
僕の自分への憎しみの裏返しが、ルザイ司教にも及んでいたからだった。
あの人に頭を下げて素直に頼み込むことが出来なかったからだった。

でも今は違う、そんな気持ちがやわらぎ、
周囲を冷静に深呼吸してみることが出来る今なら、
僕はその道を迷わずに選ぶことが出来た。

「僕聖都に行くよ、そして勇者かそれが無理なら教団の偉い人になるんだ。」
「戦うの? 私達と。」
「そうじゃないよ。きっと、中にいなくちゃ出来ないことだってあるはずなんだ。」
「それは凄く大変よ。父さんの様に立派な方も沢山おられるけど、
そうでない者も決して少なくないのだから。」
「うん、ねえメーテル。父さんは馬鹿かな? 間違ってたかな?」
「・・・・・・いいえ、失敗したけれど、彼のしたことは間違いではないわ。
そうね、貴方はあの人の息子なのですものね。
我が身可愛さに、すべきことを投げ出す事はしないわね。」
「そうさ、父さんは絶対間違ってなんかない。やり方や立場が悪かっただけだ。
だから、僕は違うやり方で、父さんのやろうとしたことを成し遂げる。」

燻っていた憎しみの火種が、吹き抜けた爽やかな風によって。
熱い情熱の火となって僕の体を巡っていた。
泥の中で足掻くだけの無為な日々は終わりを告げ、
僕は夜空に輝く星の様に、定まった目標に向け走り出した。

そして僕はルザイ司教に手紙を書き、
正式に司教の養子となり母も聖都に住まわせてもらう事となった。
その際の生活費は全て司教が出すと言ってくれた。
母は恐縮していたようだったが、その必要もすぐになくなった。
僕に勇者としての才能があったからだ。
勇者の家族は無償で住居を提供され、各種税金も免除される。
僕は母を養いつつ、ルザイ司教の元様々な教育を受けた。

その教育の中には魔物の本当の生態や、
教団のつく嘘に関するものも含まれていた。
聖都であれば検閲されたり発禁とされるような書物を、
司教は元々本の虫でありコレクターでもあったので、
驚くほど沢山所蔵していた。勿論秘密裏にであったが。

司教にとってもそれは与太話の域を出ない面白ゴシップ的な代物で、
ただのコレクションでしかなかったものだったそうだ。
だが、飛び出した娘が孫の為に魔女となってから、
それらを真面目に読み漁って勉強したのだそうだ。

「ルザイ司教、それではまるで我々が悪人ではありませんか?」
「かもしれん。だが我々では魔物が男児を産めるようになる。
というこの本の言葉を証明する術がない。
万が一、そうでなければ人類は滅ぶ。
その可能性がゼロでない以上、完全に向う側に立つわけにもいかん。
だから我々は、我々自身の眼で見て耳で聞いて、
柔軟にその時正しいと思った行動を選択するしかないのだよ。」
「そしてそう振る舞うにも力はいる。」
「そうだ。君は勇者となったが、
所詮は出自が卑しく嫌疑を掛けられたものとして、
一部の教団関係者からは見下されておる。
もっとも半分は私に対する妬み嫉みからだがね。
だから君は力をつけ功績を上げねばならん。
下らぬ者達の些末な感情など、
一顧だにせぬ位の地位を確たるものとするために。」

そうして私はルザイ司教に頼み世界中を旅しました。
味方も魔物も誰も傷付けずに勝つ、
そんな力を追い求めて世界中を旅したのです。
そうして得た一つの解が、霧の大陸の山奥で出会ったこのウェンズです。

彼と契約し、私は強靭な肉体と強力な各種耐性。
防御や結界に関しては、随一と言っていいほどの知見と能力を得ました。

彼は宿主を守り、宿主が交わる事で自身を複製して、
交配者や子に自らを移して増えていく。
そんな性質を持った生きたルーン文字でした。
彼自身、何故自分がこうあるのか、
どうやって生まれたのかは知らないとのことでした。
だが、その過剰なまでの防御に特化した性能は、
私が求めていた力そのものでした。
故に私達はパートナーとなったのです。

そうやって得た力で私は魔物達と戦いました。

「あれだけやって傷一つないか。恐ろしい強度だな、完敗だ。」
「勝負は私の勝ち。悪いですが此処から立ち退いてもらいますよ。
何処か遠くの、人目の付かぬ場所か魔界の奥深くにでも逃げなさい。」
「・・・捕えたり殺したりしないのか?
まだ私は何も釈明してないはずだが。」
「貴方たちは何か悪事を行いましたか?
私の村での聞き取り調査では、
貴方たちはむしろ迷い子を野盗から守ったとのことですが。」
「お・・・あの坊主、無事に家に帰れたんだな。
魔物に助けられた何てあらぬ噂で、虐められたりしてないか?」
「私の見たところ大丈夫のようでしたよ。
親が徹底して口止めしていましたから。
この情報をあの子から聞き出すのもかなり骨でしたし。」
「ふーん、なああんた。かなり話せるじゃないか。
何でまだ勇者何てやってるか知らないが、こっち側に来ないか?
私はもう旦那がいるからあれだが、お前さんなら引く手あまただぞ。」
「・・・それ以上もより取り見取りか・・・
そういう事だったんですねフィーリア。」
「ん? それは思い人か。」
「いえ、古い友人です。同じことを魔女の友人にも言われたなと。」
「むう・・・すでに知己の魔物がいるのか、
訳があるってことだな。いいさ、縁が有ったらまた逢おうぜ。」
「ええ、知り合いには私の名前を広めてくれると、
今後もやりやすくなって助かります。」
「了解した。マウロの勇者、エスクード=フーザだな。確かに覚えたぜ。」

そう言うと、仲間を逃がすための殿を務めていたワーウルフの女性は、
四つん這いになって地面をスンスン嗅ぎ、
耳をピンと立ててまっしぐらに森の中へと駆けて行きました。

そんなこんなで、私は魔物を退治したり追い払ったり。
一人の勇者としては異例の事件解決数を叩きだして、
ルザイ司教他の推薦状も頂いて聖騎士となりました。
まあ魔物の方からどうせなら私に来てほしい。
などという打診が秘密裏に来るようになっていたので、
点数が多く稼げたのも当然だったのですが。

人に隠れて人と共に住んでいる魔物の場合、
居場所がばれた以上、何時どんな戦力が攻めてくるか判らない。
敵の規模によっては、戦いになれば無用な死傷者を出す可能性もある。
なら最初から私に来てもらい、穏便に夜逃げや引っ越しを済まそう。
という狂言のためのピエロ役でした。
因みに魔物達と私の仲介役をしたのが、
その後も秘密裏に連絡を取り続けていた。
ルザイ司教とメーテル達でした。


−−−−−−−−−−−


「とまあ、大体こんな所ですね。
私の過去の話は。そうして力も実績も磨き、
私は先の大戦において、第二次遠征軍の一人に選ばれました。
選ばれた自身の力を誇る気持ちが無かったと言えば嘘になります。
もっとも、其処では自身の至らなさを痛感させられました。
だというのに、懲りずに自分の力を過信してこの様です。
助けられず本当に申し訳ありませんチェルヴィ。」

「いいよ〜〜、おじさんわるくないよ〜〜〜。
ぐず・・・ブビ〜〜〜〜〜。」
チェルヴィはゴツゴツした岩をもぎ取ると、
それを握りしめてサラサラの砂にまでして、
その砂で涙や鼻水を処理していた。

体内から出た色々な水で、ミイラになってしまうのではなかろうか。
チェルヴィを見るとエスクードはそんな事を考えてしまう。
彼女は大人しくはなったが、状況は好転してない。
敵の能力を考えれば、何時までも隠れていられるわけがない。

だが、仮に全快の状態で二人掛かりでも、
あの銀髪の獣の様な男に勝てる可能性は皆無だ。
地力が違い過ぎて小細工や技の入る隙間すらない状態。

だとして、あの手記に書かれていたような連中との交渉が、
無難かつ早急にまとまるなどあり得ない話だ。
そっち方面からの援護は当分期待できない。
そう考えるのが妥当であろう。

つまり・・・

(万策尽きたかなあ。)
(いや、そうとも言えぬぞ。)

ずっとだんまりを決め込んでいたウェンズが、
エスクードの頭の中に声を響かせる。
彼らは同じ体を共有しているので、会話に言葉はいらない。

(・・・余り期待しないでおくけど、どんな策が?)
(まだまだ思考の発想が固いな。言われただろう。
ダイヤの様に硬さだけでなく、鋼の様な強さも持てと。)
(フェザーのエウネリオスか、いや確かにアレとやりあうなら、
彼に習った技術が必須だろうけどね。
それだけで埋まる程、あの怪物との溝は浅くないわけで。)
(そこで止まってしまうから固いというのだよ。
結論から伝えよう。チェルヴィと契れ。)
(ちぎる・・・ってあの契るかい?)
(そう、性交、セックス、子作り、何でもいいが。
♂と♀がくんずほぐれつするあれだ。)
(・・・・・・いやいやいや、
私とお前なら確かにチェルヴィと致すことも出来るでしょうが、
見つかりますよね100%。あのチェルヴィと此処でプロレスしたら・・・)
(そうだな。綱渡りであることは否定しない。
もしそこを越えたとしても、勝率は決して高くないだろうしな。
だが、目のある掛け筋があるとしたらこれだけだ。)
(ちょっと待ってください。確かに魔物とセックスすると互いの精と魔力が循環し、
二人とも回復できるという事は知っています。ですが・・・例え全快しても・・・)
(やれやれ、童貞はこれだから。)
(私のDTはこの際関係ないでしょう。)
(冷静に考えろ。私達と彼女がまぐわって、起きる現象は本当にそれだけか?)

そう言われ、エスクードは軽く深呼吸してもう一度考え直す。
私達とチェルヴィが・・・私達と・・・私達。

(あっ?!)
(気づいたか。)
(ええ・・・そうか・・・確かに。これなら・・・いけるかも。
しかし・・・こんな理由で仕方なくするなど。)
(ええい、やはりDTを拗らせおってめんどくさい。)
(何ですかこじらせてませんよ。
大切な事です。家族になるという事なんですよ?)
(では逆に聞こう。貴様はあのおバカ娘が嫌いか?)
(いえ・・・確かに足りない所はありますが、
優しくて真っすぐで、むしろ好意的に思っています。)
(そしてむこうはやる気満々だ。一体何の不都合がある?)
(それは・・・その。)

「どしたのおじさん? みけんがしわしわだよ。」
何時の間にか泣き止み、
目の前でじっと覗き込まれていたようだ。

急な事にエスクードは驚き、思わず顔を離す。
すると幼さを残した童顔とは、
不釣り合いに熟した肉付きの良い体が目に飛び込む。
それに対し、エスクードはえもいわれぬ感情が湧き上がり、
下がりそうになる唇を意識的に引き結んだ。

(今まで、散々見たし触れてたはずでしょう。なのにどうして・・・今更。)
(意識してお前は避けていたからな。他者を異性としてみるという事を。
だが、動揺からそれが上手くいっていないのだよ。
更に言えば、私が意図的に魔物が自然に発する異性を誘惑する力、
それに対する耐性を無くしているという事も原因の一つだ。)
(ちょっ?! それズルくないですか。)
(お前が私に性的な快楽を譲渡などするから、
お前は人間の女が与える快楽程度ではまったく不感症になってしまった。
デルエラとやった時に判ったろうが、
一定値を超えた快楽は譲渡しきれずお前に届くがな。
かといって、聖騎士という立場上は魔物の伴侶もNGだった。
だからお前はこれまで、人生でそういう相手を諦めていただろう。
だがな、私はパートナーとしてお前の立場を尊重するが、
自分の自己複製を作るという。存在理由を忘れたわけではない。
条件は整った。貴様の国も今や魔界と交流を始めているし、
国の代表的立場である貴様が、
率先して国民に行くべき未来を体で示すのだ。
義父殿も母君も天国の父君も、誰も文句は言うまい。
さあ・・・ハリアップ!!)
(ちょちょちょ?! まくし立てて丸め込もうとしてもですね。)

などと頭の中で喧々囂々と言い争いをしている最中、
エスクードの体には変化が現れていた。
彼の胸から腹にかけての部分に、
議論に集中するエスクードに気づかれぬよう文字が浮かび上がる。

チェルヴィよ、こいつがおまえさんとセックスしたいそうだ。
「ぇっ!!」

余りに突然の事にチェルヴィも固まる。
だがウェンズはその硬直を見逃さず畳みかける。

おまえさんにムラムラしてるぞ。
だがな、こいつはピュアだしけいけんもない。
どういいだせばいいかわからんのだ。
しょうこに↓をみるのだ。

チェルヴィが視線を文字から下げると、
確かに聖騎士の魂が奮起しそうになっており、
その先から芳しい香りが漂い始めていた。

すって〜〜〜はいて〜〜〜すって〜〜〜はいて〜〜〜

指示された深呼吸と共にチェルヴィの肺に満たされる。
至高のグッスメル。それは彼女の本能を呼び覚ますには十分すぎる代物だった。
彼女はがぶりよると、赤い布を振られた闘牛のように鼻息を荒くした。

「おじさ〜〜〜ん! SEXしよ!!」
「うわおっ、どどど・・・どうしたんですチェルヴィ。」
「もうがまんできないっ。」
「待ってください。」
「待てない。」
「わ・・・私とするとこのウェンズがそっちにも入ってしまうのです。だからもうすこ。」
気にするなこいつとおそろいになるってことだぞ。

「おそろ? おじさんとおそろ・・・
おそろおそろおそろ、ふおおおおおおおおおっ!!」
何か心の琴線に触れたのか、むふーーっと興奮すると。
彼女はもう言葉など不用とばかりに、下半身をエスクードにまきまきして襲い掛かった。


※※※


「おい・・・どうだ?」
「・・・・・・何がだ。」
「何って・・・ナニだよ。」
「言わずとも響いてくるだろ。
それとも何だ。詳細に実況してほしいのか?」
「・・・すまねえ。」
「判ればいい。」

ギーガーとロルシド、二人のコンビが胡坐をかいて座っている。
傷を癒した彼らがいるのは、エスクード達が逃げ込んだ洞窟。
その入口の真ん前になる。エスクードの予期した通り、
ロルシドの土中も見通す千里眼の力、それから逃げ切るのは不可能であった。

だが彼らは突入しない。というより出来ないのだ。
洞窟の中、いや地の底から時折大地を揺らす様に地響きが鳴っていた。

「あ〜〜暇だ。早く終わんねえかな。もう半日以上だぞ。
どんだけスタミナお化けだよあのガキ。」
「貴様はまだいい、延々と他人の情事をでばがめさせられる俺の身にもなれ。」
「はあ〜〜、なあゴルド将軍に見つかったら。俺達殺されるよな此れ。」
「任務を放棄してやってるのが、乳臭いガキのポルノ鑑賞だからな。」
「シルバ将軍にバラバラにされるのと、
ゴルド将軍に千切り殺されるのと、
どっちがマシだろうなホント。ゴルド将軍の方が苦しそうではあるが。」
「どっちもいやに決まっている。
だが前者は今踏み込めば100%不可避の事象だが、
後者は展開次第では防げるのだ。選択の余地などあるまい。」

彼らとてこうして待機しているのは不本意の極みである。
だが、彼らの突入を許さない男がいた。
ブバッ〜〜〜〜 下手くそな角笛の様な音が二人の後ろから響いた。

「ウウ・・・まだ終わんねえべか。グスッ・・・」
「ええ、まだまだズッコンバッコンしてますね。」
「将軍、いい加減にしないと兄君にまたねじられますよ。」
「判ってる。でも決めたことだでな。あいづらの今生のわがれ。
そっが終わるまでは、手出ししねえでやるっでなあ。」

その小さな白い目の目元は真っ赤っかだ。
シルバ将軍は手の中にある、
平べったいボロボロの紙の様な物を後ろに捨てる。
見ると同じような物が小山の様になっていた。

「将軍、また鼻が出てますよ。」
「んあ? まいっだべな、おのれ花粉症。」

シルバは手近な木から枝を折ると、その枝を両手で挟み込んだ。
ボフッと鈍い破裂音が響き、両手の中にはペラペラになった元木の枝がある。
そんな自家製の紙もどきでごしごしと鼻をこするシルバ。
さっきから同様の事を続けているため、
彼の通ってきた後だけ木が無くなっている有様だ

「何が花粉症だか、敵の話を盗み聞きしてほだされただけではないか。」
「( ;∀;)イイハナシダナー。などと大泣きされてどうしようかと思ったな。」
「聞こえてんぞおめら。まあごの件にづいちゃおめらが正しい。
でもな、おらあの娘っ子の事も結構気に入ってんだよ。
あんおどごも話さ聞いて同情すぢまったがんな。
見逃すことは出来ねえけど、せめてこんくらいの塩は送ってもいいべさ。」
「まったく、将軍はほんと邪神の血族とは思えん。」
「こういう手心、露骨な負けフラグの様な気も・・・」
「おらが負ける? ありえね、あん二人が同時に5組くらい出てきても負ける気がしね。
そんで出てきたら出来るだげ苦しまねよう。さっさとぶっ殺す。」

シルバが見据える洞窟の中から、どちらのモノとも知れぬ。
獣の様な吠え声が響くと、突き上げるような地震じみた震動が三人を揺らした。

「おお、揺れが止まった。どうだ?」
「ふむ、どうやらようやく一区切りついたようです。」
「そが、うんじゃ失礼すっか。」

シルバは片膝をつくと、軽くドアをノックする要領で地面を叩く。
まるで工事現場のボーリングの様に重い音が地面に浸透する。

「こちらの意図に気づいたようです。身支度を整えてますよ。」

そして待つこと十数分、洞窟から二人の人影が姿を現す。

「別れの挨拶は済んだが?」
「あ、つののおっちゃんだ〜。まっててくれてありがとね〜〜〜。」
ブンブンとシルバに手を振る無邪気なチェルヴィ。

「いいべ、おめばおらの強敵(とも)だがんな・・・って。
おめ・・・なんが・・・黒ぐねが?」
「フフフ、ニューチェルヴィばくたんだよ! にーづまモードなのだ。」

フンスと胸をそらすチェルヴィの全身は、
エスクードと同様に浅黒い色に染まっていた。
それを見てひそひそと眉を潜めるギーガーとロルシド。

「やだ、皮膚病? うつるの? ねえうつるの?」
「これは異な・・・」
「さてお待たせしたことと思う。
だが、伊達に黒くはなってない事をお見せしよう。」

エスクードはするりとチェルヴィの背中に乗る。
「マウロ聖堂騎士団長、聖騎士エスクード=フーザ。
改め竜騎士エスクード&チェルヴィ・・・推して参る。」
「・・・おもしれ、どんだけましになったが見てやるとすっが。」
ボキリゴキリと組んだ両手を鳴らしながら、シルバも向き合う。

黒き竜騎士と銀の凶獣が睨み合い殺気を絡ませ合う。


※※※


「灰塵と帰せ。」
交差する黒と白、最大の一撃を持って襲い掛かったデュケルハイト。
彼の今の身体能力は、ミアというストッパーのある現状では、
ツァイトのそれを凌駕していた。そして彼には時間の操作も通用しない。
その一撃は余さずツァイトへと直撃した。
かのように見えた。しかし・・・

「貴様! どうやって?」

その一撃はまるで凍り付いたかのように皮一枚の距離で静止していた。
そしてその静止した黒い閃光の塊りは逆方向に加速を始めると、
ツァイトはそれをデュケルハイトにそのまま打ち返した。
全身を覆うダークシールドと、それを攻撃に転化したもの。
二つが相殺しあい、デュケルハイトの全身を覆っていた黒い光が消し飛んだ。

「剥がれたね、終わりだ。」
「ミーアラブラブファイナルスーパーデンジャラスファンタスティックマーベラ。」
長すぎる口上が終わる前に鋭い回転蹴りがデュケルハイトの胸に刺さる。

「グゥウッ!」
「お兄様!!」
吹き飛ぶデュケルハイトをシェリダンが受け止める。
荒い息を吐きながら、胸を抑えて立ち上がるデュケルハイト。

「貴様・・・何を・・・した。」
「僕の事を知ってるなら、僕たちがある男に負けたことも知ってるだろう?」
「ああ・・・魔王の夫に、三人掛かりでも歯が立たなかったと。」
「僕の弟、ラウムは僕と違って正に闘神っていう性格でね。
負けたら負けっぱなしで済ませられる質じゃないんだ。
だから彼は毎日天界で修行をしてる。
あの人と同じ土俵に立つために、ずっと神衣(ドレス)の練習をしてるんだ。
そして僕もそれに付き合わされる事もあってね。
少しは使えるようになってるんだよ。」

ツァイトはその全身を輝くオーラの様な薄膜で覆って見せる。

「では・・・」
「君のダークシールドとそれを転化した攻撃は、
時間の支配を受け付けない性質を与えられていた。
だからその特性をドレスで無理やり上書きして無くしたんだ。
後は時で止めて、逆転させて撃ち返したってわけさ。」
「ぐぐ・・・流石というべきか。上級の壁は厚いか。」
「いいや、そうでもないよ。あの人に負ける前の僕だったら。
今の攻撃をどう捌いてたか判んない。
君は間違いなく強敵だったよ。」
「フフフ、ともあれマジカルミーア大勝利なのですね。」

Vサインして腰に手を当てて小躍りするミア。
それを見て呆れたようにハイドラが呟く。
「たはは、あんたの力これぽっちも絡んでないのに、
此処まで天狗になれるなんて、いい性格してるわあんた。」
「ツァイトはミアの友兼家臣なのですね。
つまり、こいつの手柄はミアの手柄、ミアの手柄はミアの手柄なのですね。」
「オーリトルシスター。気ガ合イソウダナ。」
「シシシ、ほんっといい性格だわ。マジに気に入っちゃった。」
「おお! これが死闘を交えた者同士で敵味方を越えて育まれる友情なのですね。
熱い展開なのです。同じ末妹としてミアもお・・・お友達になってやってもいいのです。」

そう言うと、ミアはガシャリと腕を上げてハイドラに握手を差し出す。
それをじっと見ていたハイドラは、目を細め嘆息すると踵を返す。
「今は遠慮させてもらうわその握手。」
「ぬ? ツンツンデレツンという奴です?」
「ちっげえわよ。誰がツンデレか! 次合う時に取っておくってだけよ。
まあもっとも、生きて此処を出られたらの話だけどさあ。」

ガシャリとミアが・・・いやツァイトが下がる。
「ちょちょ?! どうしたです。勝手に動くんじゃねえです。」
「君達・・・一体誰に喧嘩売ったの。」
「心外ね、会談を持ちかけたのはこちらだけど、
徹頭徹尾、喧嘩を売ってきたのは向う側よ。
でも流石に引き時かしらね。ちょっと不味い。」
「ちょっと? デルエラさん。出来る限りはしますので、速やかに撤退を。」
「・・・そうね。」

その直後、何時の間に忍び寄っていたのか、
部屋の半分を占める大穴より、
底の無き深淵から吹き上がる黒い何かが無音で部屋を満たす。

「何だあの黒煙は? 何と・・・禍々しい。」
「クッ!」
バフォメットは見ているだけで心の臓を握られるような圧迫感に晒される
イールに至っては傷口から青銅化がジワリと再開していた。

「いいえ、あれは違う。煙とは大量の細かい液体を含んだ気体。
故に人の目にも見えるし、魔物の視力なら粒子をよりはっきり視認できる。
でもあれは・・・私の眼でも見通せない。形も性質も何も・・・」
あ・・・アア・・・嗚呼ああアアあゝ?!!??!?!

ガクガクと体を揺らしながら鎧の中から悲鳴が上がる。
「いけない?! あてられてる。」
ツァイトは自身をドレスで覆い周囲からの影響を遮断すると、
ミアの体に掛けた成長の時間を戻し、
股の部分に乗っている彼女を、上半身を分離して急いで取り出す。
だがミアは白目をむいたまま痙攣して気絶している。

まるで和紙に落とした墨の様な黒さで、煙の様に広がるそれに変化が現れる。
中ほど、二つの血の様に赤い光が星の様に灯る。
そしてその光の上に、上りゆく上弦の月がパクリと出現する。
その月が発する大量のヒキガエルとクジラをすり潰した悲鳴の様な音、
それが辛うじて、それがその黒き者の口なのだという事を推察させる。
位置関係が常とは逆さだがすると二つの赤星は目であろうか。

「・・・逆貌たる神・・・まずったな。
こんな大物が控えてるなら皆も連れてくるんだったかな。
君のお父さんとどっちが怖いかねえ。」
「ツァイト・・・御免なさい。
正直急ぎとはいえ、今回の件は色々見込みが甘かったわ。」
デルエラは謝った。彼女が真摯に誰かに謝罪するのは実に久しぶりの事である。

「謝罪はいい。早く引いて、庇う余裕が一ミリも無いからさ。」
コクリと頷くとデルエラは全力で撤退した。
ミアを小脇に抱え、残り二人は創った触手で強引に引っ張って全速力で飛ぶ。
柔らかい全身の筋肉と尻尾と翼、触手に至るまで全てを駆使し、
まるで獲物を狙うチーターの様に疾走する。
そしてタイムアタックに挑むトップレーサーの様なストイックさで、
彼女は神殿内を駆け抜けていく。程なくして入口の扉が視界に入る。

(見えた。)
構造を把握してる建物を抜けるだけ、
どれだけ広かろうと、入り組んで居ようと、荷物を抱えていようとも、
成層まで一瞬で飛翔する彼女が脱出にようした時間は、
多く見積もっても数回またたく時間に満たぬ。

そんな彼女が最後の一蹴りをしようとしたその刹那、
彼女の脇を紫の閃光が迸る。
その先に白い影を括ったまま、閃光は彼女を追い越していく。

神殿の壁面を貫いたその閃光、それに押し出され貫かれていたのは・・・
今さっき殿を務めたツァイトその人であった。すでに片腕を失っている。

「に・・・げ・・・」
全てを言い終わる前にその神々しい鎧の姿は、
貫かれ空いた胸の部分から広がっていく石化により色褪せていく。
元々そこにあったオブジェの様に、石像となったツァイトはピクリとも動かなくなった。

「くっ・・・時間切れかしらね。」
煙の様に柔軟でありながら、信じられぬ程の高速で広がる闇が彼女の行く手を阻む。
地面も壁も、ドアさえも・・・周囲全てが黒に塗りつぶされていった。


15/02/03 11:28更新 / 430
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■作者メッセージ
次回、いよいよそれぞれの局面のクライマックス・・・と行きたいところですが、
その前に入りきらなかった濡れ場で短く1話。
マン・オブ・スティール特別篇Saga[性]
6.5話 魔物娘ウォッチ 新妻誕生の秘密 をお送りいたします。

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