連載小説
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その4 男と女と昔の話
昔々、というほど昔ではない少し前の話。
あるところにワームと娘とインキュバスの三人家族がいました。

その少女は健やかにすくすくと育ちました。
両親は彼女が一人前の年齢に成長すると、
彼女の元を離れて長い長い旅行へと出かけました。

ドラゴンやワームなど、生まれつき強い肉体を持った魔物は、
親の庇護を赤ん坊の時くらいにしか必要としません。
家庭ごとに違いはあるものの、番いを見つけられる年齢になれば、
後は独り立ちさせる所も少なくありません。

彼女の家庭もそうでした。
でも一人になった彼女は心配していません。
何故なら、彼女は良くも悪くもバカだったからです。
明るく健やかなバカだったからです。

何とかなるさ、ケセラセラ。
そんな感じで意味もなく、
自信をもって彼女は旅を続けます。無計画に続けます。

時には道に迷い。時には食料がなくなりつつも、
彼女のお婿さん探しは続きます。

彼女はとってもおバカでしたが、途中でリタイヤすることはありません。
ノーテンキな彼女にとって世界は概ね優しかったからです。

どこぞの紳士的なテンタクルブレインが、
道に迷った彼女をこっそり触手を使って誘導したり、
空腹で目を回す彼女の口に、アルラウネとハニービーがこっそり蜜を飲ませたり、
そんなこんなでまた元気に先を行く彼女を、
陰ながら見守りつつ、道行く彼女に皆手を振って見送ります。

そうやって彼女は色々な親切と愛を貰いながら、
ずんずんずんずん進みます。何も考えずに進みます。

そして国境に差し掛かろうかという荒野で、
彼女は最初の相手を見つけます。
自分より少し年下の男の子でした。
休憩しているキャラバンにいたその子を見初め、
彼女は良く判らないながらも犬の様にじゃれつき、
そのまま本能に従って相手を押し倒したのです。

しかし世界が彼女に優しかったのは此処まででした。
彼女はその子に怪我を負わせてしまいます。
愛しくて抱きしめただけなのに、
大きな怪我をさせてしまいます。

彼女は怪我を直す魔法など使えません。
何故なら彼女はおバカだからです。
彼女は一心に謝りました。
そしてその少年を助けてあげてと仲間の元へと返すと、
攻撃されたので逃げ出しました。

彼女は彼女なりに考えます。
何がいけなかったのだろうと、
取りあえずヒトがとっても壊れやすいということは判りました。
とっても丁寧に扱わないといけないなと彼女は考えます。

次こそはと彼女は考えました。
きっと小さい子だったから駄目だったのだ。
お父さん位の人なら・・・と今度は年上の男性に突撃です。
今度も駄目でした。ぽきん といとも簡単に彼女は相手に怪我をさせてしまいます。
そしてその男性を助けてあげてと仲間の元へと返すと、
攻撃されたのでまた逃げ出しました。

歳は関係無いんだなと彼女は気づきます。
ギューってすると駄目っぽい。
おバカな彼女も失敗から学ぶのです。
今度は中間くらいの青年が相手です。
青年は魔物に対しそれ程敵意を持っていませんでした。
彼女の事を純粋に可愛いと言ってくれました。

犬の様に尻尾を左右にふりふりしつつ、
彼女は頑張って気持ちを抑えてハグは禁止、
今度は口だけで頑張ってみました。
青年はとても喜んでくれました。
白い喜びを彼女の口内に出してくれました。

それを食べた彼女はその余りのおいしさに我を忘れました。
気づいたらまた青年に怪我をさせてしまっていました。
彼女は精一杯謝り、青年を医者のいる街へと連れて行きました。
其処でも攻撃されたのでまたまた逃げ出しました。

何時の間にか、彼女はその一帯では有名になっていました。
被害者が皆死んでおらず。仲間の元へと返されたため、
皮肉にも被害届が全て上に届けられてしまい、、
彼女は周辺の人々から狂暴な魔物だと思われてしまいました。

彼女を捕えるため、勇者を中心とした部隊が組まれました。
そんな大事になっているなどつゆとも知らぬ彼女は、
また相手を探そうとねぐらから出てきた所を、
すぐに包囲されてしまいました。

彼女は単純な力ではその勇者に勝っていましたが、
敵意が殆ど無いこと、あと彼女がおバカだったことから、
彼女は勇者に負けて捕えられてしまいました。

しかしその勇者も根は良く話せば判る奴でした。
何で彼女が追われていたかの話をして、
彼女が怪我をさせてしまった人々について謝る姿を見て、
彼女が悪意を持ってそうしたのではない事を理解してくれました。

何より、彼女がうそをついたり企みが出来るほど、
おつむがよろしくないことは話していれば判りました。
そしてそんな勇者は彼女にとっても、
自分を打ち負かした強い♂としてとても魅力的に映ります。

この人なら、とっても強いこの人ならきっと大丈夫。
ぶきぶきぶきっちょのあたしでもきっとチョメチョメ出来る。
彼女はそんなふうに目を輝かせました。

事実彼は今までの人達とは違いました。
彼女がギューってしても少し痛がっていましたが、
簡単には壊れたりはしませんでした。
彼女は嬉しくって嬉しくって一生懸命奉仕しました。
勇者も初めてだったらしく、とってもとっても喜んでくれました。

でも結局駄目でした。
我を失い、互いに無防備なままで本能に任せてまぐわうと、
その人でも結局怪我をさせてしまいました。
今までの人達よりは軽傷でしたが、
勇者を持ってしても気を構えて張っていないと、
彼女のバカぢからを耐えることは出来ませんでした。
しかし行為の最中に、快楽で達するさなかに、
常に気を張り詰めているなど物理的に出来るわけがありません。

お気楽な彼女もこの時ばかりは落ち込みました。
どうすればいいのか全く分からなくなってしまったからです。

彼女は近辺で勇者すら倒した凶悪な魔物、
という風に触れ込まれていました。

そんな彼女に対し、現在の教団は追加の強力な勇者を手配する程の余力が無く、
彼女は暫く放っておかれることになりました。
そんな彼女の噂は国境を越え、隣接した死者の国の女王姉妹の耳に入ります。

そうして彼女の元に、陶器の様に白い肌の美しい姉妹が訪ねてきます。
姉が言いました。何故貴方は人を傷つけるの・・・と
彼女は答えます。私がチョメチョメしようとするとブキブキでポキポキなの・・・と。
妹が言います。あり得ない。私達はチョメチョメしてる時はアリだって殺せない・・・と。

なら実践してみよう、とその日はお開きになりました。
そして後日、姉妹は自国民の男性を調達し、
さあどうぞと彼女の前に差し出します。
彼女はおっかなびっくりでしたが、
其処は未婚の魔物の性、用意された据え膳には抗えないのです。

実験結果はすぐに出ました。
やっぱり相手に大きな怪我をさせてしまいました。
幸い、妹の方は回復魔法を使えたので男性はすぐに回復しましたが、
痛かったとぶーたれながら姉からお金を受け取って帰っていきました。

彼女はしょんぼりしました。
妹は彼女を驚きの目で見ていました。
魔物は自分よりか弱い相手とでも思いきりねんねできるよう。
対外に出た魔力が相手を守る様にできています。
ですが、彼女にはその機能が欠落してるというのです。

彼女がスライムやおおなめくじであったなら、
この事は大して問題にならなかったでしょう。
ですが彼女はワームです。とってもとっても力持ち。
妹は伝えます。貴方が不器用なのではない、貴方は病気なのだと。
おねえちゃんなら直せますか? そう彼女は問いかけます。

ですがこれは難しい問題です。
病気というより生まれながらの体質、
例えるなら生まれつき目が見えなかったり、
手足を欠落して生まれてきたのと同じことで、
元が異常なので直すという行為が出来ないからです。

妹は考えます。
ドラゴン属にはジャバウォックという不思議の国固有種がいます。
彼女達は絶大な魔力を持つハートの女王によって、
昔ドラゴンから誕生させられた種族です。
元々リリムは一部例外を除けば人間を好きな魔物に生まれ変わらせるなど、
そういう事に長けた存在だったりします。
彼女達の力を借りて、そのワームを生まれ変わらせればあるいは・・・と。

ですから二人は彼女を説得しました。
別の存在に生まれ変わる事になるが、
そうすれば多分その病気も直せるだろうと・・・
彼女はおバカなので、話の半分も理解できませんでしたが、
判らないなりに何か大変な事をするんだな、
ということは二人の話し方から感じでいました。

彼女は少し怖くはありましたが、
心配してくれる二人の姉妹の顔を見て、
いいよと身を任せる気になりました。

飲み物食べ物いっぱい積んで、
檻に入って梱包万全、
彼女は馬車に、揺られ揺られて一路死都を目指します。

ですが彼女は不安でいっぱい。
また駄目だったらどうしよう、
生まれ変わるって痛いのかなあ?
まるで歯医者に連れて行かれる幼い子供のようでした。

基本おバカでノーテンキ、そんな彼女も今回ばかりは色々参ってしまいます。
笑顔も曇り不安に駆られ、彼女は逃げてしまいます。怖くなってしまいます。

ですが偶然か運命か、彼女は出会ってしまうのです。
自分が思いきり頭突きをしたのにケロリとしている青年に、
いっぱいいっぱいの人に怪我をさせ、
凶暴な魔物だと怖がられていた彼女を、
ただの女の子として助け起こせるタフな男に出会うのです。

胸の奥の熱い何かが告げています。
この人ならきっと大丈夫だと、
この人ならぶきっちょな自分の思いきりでも受け止めてくれると・・・

胸の深い所から響くそんな声におバカな彼女は気づきません。
でも、不安に駆られていた自分をただ案じて手を差し伸べてくれた。
それだけで十分なのです。彼女の中で燻っていた好き好き大好き。
そういう気持ちをぶつけられる先を彼女は見つけました。

何時の間にか胸の中は彼でいっぱい。
空っぽな彼女の頭にはその人への思いが詰め込めるだけ詰められました。
曇っていた顔が晴れ、彼女は再び笑うことが出来ました。

彼は世界の全てです。彼が好き、好き好き大好き。だから彼女は思います。
こんな自分を、怪我や怖い思いをしてまで助けようとしてくれた。
その人のためなら自分は何だってすると、
怖いものなんて何にも無いんだと。
おバカでノーテンキな彼女が戻ってきていました。

自分を子供扱いする青年が、あっという間に気絶させられる相手・・・
それがあげる勝利の雄叫びを聞きながら、
それでも彼女は怯みません。怖いものなしです。
良くも悪くも彼女はおバカだからです。

(おじさん・・・だいじょぶだよ。いっぱいいっぱいたすけてもらったもん。
いっぱいいっぱいすきってきもちをもらったもん。
こんどはあたしがおじさんをたすけてあげるからね。)

好きな人を守るため、かわいいドンキホーテが凶暴な風車と対峙します。


※※※


「真の中立国家ですか?」
「そう。我々は主神様の元で信仰と人々をまとめ、
規律と善意を持って世界を治めている。
そんな我々に対するのが魔王とその配下の魔物達。
ジパングなど一部例外は有るが、
世界はこの二大勢力に分かれているのが現状。
そんな中、一部にはどちらにも与せぬ中立国というものが存在する。」

「しかし呼び名は同じでもスタンスはある程度バラつきが有りますね。
率先して魔界に侵攻しないが、侵入すれば対処する基本的には教団よりの国。
人間も魔物も同様の法で裁くが、法に触れなければ魔物が入国しても看過しない国。
表面上では中立とうたいながら、その実裏で魔物と繋がっている国。」
「そう、中立国と呼ばれるものの多くは、
魔界に隣接するなどの地理的要因からそんなどっちつかずが許されているか、
実はただの親魔物国というなんちゃって中立国が殆どだ。
だが、中には本当の意味でどっちにも加担しない真の中立国というものが存在する。」

「・・・そんな事が可能なのですか? 
教団と魔王、この二つの勢力圏を足せば世界中の地図が塗られてしまいましょう。
隣接する以上、隣国との付き合いは必要不可欠です。
完全に自国で自給自足が出来ぬのであれば、貿易は必須でしょう?」
「うむ、魔物達ならいざ知らず。人間にはそんな芸当は出来んからな。
だが例外が有る。武力をもって互いに不可侵の条約を結んでいる場合だ。
経済的なやり取りはする。だが内政や領土への手出しは一切許さない、
という取り決めを両者合意でしてある場合。」

「それは・・・勇者の力を借りずに魔物を撃退し、
魔物の力を借りずに勇者や天使様達を退ける。
そういう事になりますが、不可能でしょうそんな事は・・・。
如何に精強な軍を育て地の利を生かし知略を巡らしても、
勇者という一騎当千の超人を複数抱えた同数以上の敵を相手取る。
ましてや籠城するための物資の補充すらままならないはず。
そんな戦が成り立つとは思えませんが・・・
聖棋士と謳われるルアハル殿でも匙を投げられるでしょう。」
「ハハハ、ルアハル君か、彼なら面白いと言って闘志を燃やしそうな状況だがね。
まあ普通の兵や人間だけでそれは不可能だろう。
だが、もし勇者の代役が存在する国があればどうかね?
君を含めた教団きっての強力な勇者達、
それに勝るとも劣らぬ怪物を複数抱える国があったとしたら・・・」

「聞いたこともありませんルザイ司教。
そのような物騒な国があるなら我らマウロ聖堂騎士団が知らぬ道理がありません。」
「第三帝国、この名前を聞いたことは?」
「・・・いえ。」
「この事は教団内でも一定の地位にある一部の者しか知らぬからな。これを・・・」
「真っ黒ですね。皮の装丁の四つ折り本。
またぞろどこかから仕入れてきた禁書ですか? バレれば司教を降ろされますよ。」
「バカを言いたまえ、教団の人手不足は深刻だ。
私や君の代わりがそうそう見つかるものかね。
ばれるような下手は打たんが、仮にばれても降ろされたりはせんよ。
それに禁書の一冊や数百冊、中央の連中がやってる事に比べれば可愛いものだ。」

「ちっとも可愛くありませんよこのビブリオマニア、
国民に敬虔な信徒と慕われ賢人(ワイズマン)と敬われる司教の本性が、
ただの本の虫だったなんて絶対に言えませんね。」
「智は力也だよエスクード、私は君の様に体には恵まれなかった。
そして昔の私は智慧すらない愚か者だった。それが元で無二の恩人を失った。
同じ過ちを二度は繰り返したくないからな。
その為に必要なら、多少の教義は曲げても許されると信じているよ。」

「それでこの黒い書物は一体?」
「ふむ、これは名もなき黒の書、その写本の一つだ。
まあ端的に言えば昔の調査書の写しだよ。これを見てみたまえ。」
「世界地図ですね・・・ですが随分と古い、もはや存在しない国名や地名がちらほら。」
「そう、古の世界地図だ。そしてこの地図で斜線が引かれた地域。
これが件の中立国だ。海沿いや海上に多いが実に世界中に散らばっているだろう。」
「・・・この領土、散り散りになってはいますが、けして小さくありませんね。」
「そうだ。この国はとある邪神を頂く邪教国家だ。
大昔、まだ魔王が今の代になる前。
教団と魔王どちらとも大きな戦をしていた国なのだそうだ。
この一国としては多く散らばった領土は、
その際に我々教団が治めていた領土をいくつか取られ、
このようなことになったらしい。」

「邪教ですか・・・珍しいですね。
この世界にある信仰は我々教団のものだけではありませんが、
異教という言い方はしても、邪教などと吐き捨てた言い方は貴方らしくない。」
「事実だ。彼らの教えは共感しがたく受け入れがたい。
理解してもらうには説明するよりもこれを見てもらった方が早いだろう。」

「また別の書が、これは日付と出来事・・・日記ですか?」
「ある領土承認士団の記録係、彼の最後の記録だ。」
「領土承認士団? 何ですそれは。」
「うむ、各国におもむき教団が領土を保証することを告げる者達だ。
まあそれは建前で、そうして欲しければ教団の傘下に入れという事を言う者達だな。」
「過去に教団が人の世界を取りまとめるための仕事をしていた者達ですか。
さぞひんしゅくをかう役目だったでしょうね。」
「無論だ。説得、籠絡、毒殺、呪殺、武力と方法は様々だが、
半数近くの教団の支配を受け入れなかった各国は、領土承認士団に対し抵抗したらしい。」

「現状の世界をかんがみれば、相当に優秀な方々だったのでしょうね。」
「その通りだ。まあこの資料も領土承認士団という存在も、
我々からしてみれば数千年前の古き歴史でしかないからして、
その全てを詳しく知ることは難しい。
ただ、個人の伝手でその記録に登場するメンバーに関してはそれなりに調べた。」

「・・・司教のコネって何気に凄いですよね。
卑しい生まれの私が聖騎士を拝命できたのも、司教の後ろ盾あってのことですし。」
「力を持つ者がそれに相応しい役職に就いた。それだけのことだよ。
まあこれ以上は面映ゆいだろうから勘弁してやるとして、
読む前にメンバーの説明をしておこう。
まずリーダーのウィルマース、
武と智を兼ね備えた男で優れた勇者であると同時に経済や政治に明るく。
二つ名は剣王、的確な政治的判断でこの難しい各国との交渉を取りまとめていった傑物だ。
次に大魔導と謳われたディオゲネス、古今東西の魔法や呪術に通じ、
彼が執筆した論文や開発した理論、術式の応用は今でも使われているものが多い。」

「ディオゲネスなら知っています。教団の歴史の教科書で習う偉人の一人ですね。」
「そう、そのディオゲネスだ。そして夜刀(やとう)、勇者でありジパングの出身の忍びとのことだ。
毒殺や暗殺に通じており、彼のおかげで一行は何度も命拾いをしている。
それに記録には残っていないが、同盟を結ぶ上で邪魔な為政者を排除していた可能性は高い。
そして最後にその記録の書き手のエイクリィ、彼は世界中の言語や風習などに通じる学者だ。
戦闘能力はなかったようだが、数十か国で通訳や風習を教えるなどして交渉時に活躍した。
移動図書館(マン・ライブラリー)などと呼ばれていたらしい。」

「勇者を抱えないであろう一国を相手取るには十分すぎるメンツですね。」
「そうだ。現に彼らはこの最後の手記を書くまでに、
大小合わせて数十か国を教団の傘下に収めることに成功している。」
「そんな彼らに一体何が・・・」
「ええと・・・あったあった。此処から読むといい。」


神暦545年 10月1日

目的の国に無事入国、馬車に揺られて我々は寂れた港町に着いた。
此処で一夜を過ごした後、船に乗って目的の場所へと向かう。
現在は宿の一室で筆を執っている。
ディオゲネス様の開発した音声を自動で紙に記してくれる魔法道具。
これは非常に画期的な発明だ。あの方の名は後世に末永く残るであろう。

それはそうと、馬車の御者といいこの町の住人と言い。
遠回しにひそひそとこちらを観察するように見てくる。
そのくせこちらが話しかけるとだんまりを決め込んで向こうに行ってしまう。
何とも辛気臭い町だ。この辺りの遺伝なのだろうが顔も平たく、
正直醜い者が多い、女性はまだましな者がいるようだが・・・
結局協力的とは言い難いのは同じだ。

まあ異教の神を信奉する者達にとって、
我らは異教徒であり宗教的侵略者だ。
疎まれることこそあれ歓迎されることはまずない。
主神様の威光と教えに理解を示す国とは軽い手紙のやり取りをすれば、
向うから首を垂れて親善大使を送ってくるもので、
我々が出向く必要がそもそもないのだから。



新暦545年 10月2日

やはりこの町はいけ好かない。昨晩闇にまぎれて襲撃を受けた。
私は夜刀殿に叩き起こされると、急いで宿を後にすることになった。
彼とウィルマース殿が中心になって散開し襲撃者を蹴散らしていく。
私はディオゲネス様と一緒に結界の中に引きこもる。
荒事は私の専門外だからだ。
だが、暫くすると夜刀殿がディオゲネス様の協力を仰ぎに来た。
何でも強力な魔物が出たとのことだ。

傍を離れるとかえって危ないので、私も渋々付いていくこととなった。
だが正直私は後悔した。偶然か賊が捕えていたモノを我々に放ったのかは知らないが、
相手は人を何十人も溶かして固めた肉のスープとでも形容すべきものだった。
大きさは兎も角スライムの一種なのだろうが、
この様に禍々しく気持ちの悪い種は見たことが無い。
腐敗したスープの様に内部から立ち上がる気泡、
そして弾けた肉の中にあった数個の目と目が合ってしまった。
その眼は一様に笑った様に細められ、
傍にあった人の歯の列が歪みくずれていく様を見た。
ぽっかり空いた穴から鳴き声が聞こえ呼ばれた気がした。
私は情けない話だが思わず嘔吐してしまっていた。

物理的な力では中々倒せないようで、
ディオゲネス様の魔法の火力が必要なのだそうだ。
前衛の御二方が時間を稼ぐと、
暗雲が立ち込め空から神の顕現ともいうべき雷が降り注ぎ、
邪悪な魔物を何度も何度も打ち据えて焼き払った。
流石は大魔導の名を冠したお方だ。
悪夢の様なその肉の塊りを只の黒焦げに焼き払うまで、
実に数十発の雷撃が町に降り注ぎ夜を照らした。
何とも強力なスライムであった。

その魔物と対峙している間に、
賊の死体は回収されてしまったらしい。
翌朝町の者達を問い詰めても知らぬ存ぜぬだ。
近くに住む山賊か海賊がよそ者を狙ったのだろうとのことだ。
ふざけた話だ。夜刀殿に探らせれば、
逃れようのない証拠の一つや二つは出るであろう。
だがこの程度の事態はけして初めてではない。
今までにも幾度かあったし、
このような廃れた町に時間をさける程我らは暇でもない。
納得は行かないが、我らは予定通り船に乗ることにした。



新暦545年 10月5日

平和な船旅も終わり、いよいよ我々は目的の地に到着した。
海沿いに建てられた宮殿とも神殿ともつかない建物。
其処に通された我らを出迎えたのは流暢な母国語を話す。
奇抜な格好をした男であった。
人の骨を模したような原色の赤い鎧と、緑のローブを組み合わせた様な出で立ち。
目元は青い蝶マスクのような物で覆い、口元は象の鼻を思わせる赤いマスクをしている。

まるでサーカス団の見世物のような色彩と装いだ。
だがその珍妙な見た目とは裏腹に、
通訳などまるで必要とせぬ流暢な言葉で我々に挨拶をしてきた。
何でも今はこの国に世話になっているそうだが、元は我々の国の出身なのだそうだ。
しがない魔法学者兼彫刻家、などと嘯いていた。
我らを迎えるに辺り、詳しい自分が持て成しさせて頂くよう進言したらしい。
そうなると私はこの交渉ではお役御免ということになる。
言葉が通じるならそれに越したことはない。
ウィルマース殿は弁論も立つお方だ。その口調や間の取り方。
細かいニュアンスの翻訳はいつも苦労するところだからして、
今回は少し楽をさせてもらうとしよう。

だが、応接室であろう場所で待つ間。
ディオゲネス様の様子がおかしい事に気づく。
私が話しかけても上の空のようで何度か呼ぶ必要があった。
まさか・・・そんなはずは・・・C・A・スミス・・・奴は。
などとうわ言のように呟いているのを聞いた。
C・A・スミス・・・その名前には覚えがある。
何処で聞いた名前であったか。


「ディオゲネス所縁の人物でC・A・スミス、教科書では読んだことが無い名前ですね。」
「ふむ、禁書込みで少し調べればすぐ出てくるが、まあ教科書ではその名は教えぬであろうな。
C・A・スミスとはディオゲネスの師の名前だよ。もっとも君は彼を知っているはずだよ。」

「・・・どういう意味です?」
「地獄の妖術師(ヘルズソーサラー)、狂える彫刻家、
ヒッポリトの名前は君も聞いたことがあるだろう。スミスは彼の本名だ。
そしてヒッポリトというのは彼の彫刻家としてのアーティストネーム。」

「多くの死者を出して処刑された歴史的犯罪者じゃないですか。
彼がディオゲネスの師? そんな話は聞いたこともありません。」
「まあそれも教団にとって都合の悪い真実ということだよ。
スミス、彼は非凡な才を持った魔法学者だった。
そして彼の研究テーマの一つに不老不死の研究があったそうだ。
勿論人の領分を越え、神にはむかう様なその研究は秘密裏に進められた。
そんな彼の研究に、当時の一部教団上層部や貴族達は多額の資金を出資していた。」

「この世の贅を楽しみ支配する側の欲の終着点の一つですね。」
「だが彼らは見誤っていた。スミスの内に秘められた狂気と悪意を・・・
実験と称して助かる目のない人間や重犯罪者、親に売られた子供達。
老若男女を問わず様々な者達が彼の元には送られてきた。
だが、誰一人として彼の研究室兼アトリエから帰ってきた者はいなかった。
そしてある日、業を煮やした教団幹部の一人が彼のアトリエを訪ねた。
其処には悪夢が広がっていた。皆一様にこの世のものとも思えぬような、
苦悶と恐怖に歪む顔で固まっていた。みな銅像にされていたのだ。」

「只のイカレタ殺人鬼ではないんですかそれは?」
「それならまだ良かった。ただの狂人の凶行で事は済んだのだからな。
だが、恐るべきことにその像は皆生きていた。
全身の肉が固められているにもかかわらず、
心臓だけはしっかりと脈を打っていたのだそうだ。
老いもせず死ぬことも出来ず。不老不死の研究はある意味進んでいたとも言える。」

「・・・狂っている。そんな研究を教団は許したのですか!!」
「勿論、自らの欲のために弱者を人体実験に捧げることを厭わぬ。
そんなクズどもですらスミスの狂気は到底許容できるものではなかった。
彼らはスミスと自らの繋がりが露見することを恐れ、彼を亡き者にしようとした。
だが・・・彼らの動向を掴むとスミスは姿をあっという間にくらましたのだ。」

「では・・・彼が当時多くの貴族や教団幹部を殺したというのは。」
「はっきりとした記録はもう残っていないが、
十中八九彼に出資していた者達だろう。
消そうとして返り討ちにあったのだ。一人残らずな。
彼の非凡な研究はその弟子であったディオゲネスが引き継いだ。
彼に優れた素養があったことは疑いが無いが、
彼の論文や魔法理論の半分以上は、
スミスのそれを盗用したものではないかとも言われている。」

「彼は死んではいなかったのですね?」
「教団の教える歴史では、捕えられ処刑されたことになっているが、
大方処刑されたのは、他の犯罪で掴った身代わりのスケープゴートだろう。
この手記を読む限り、教団の手が届かない異教の地に逃げていたわけだ。」



神歴545年 10月6日

まんじりともしない夜を過ごした。
あの寂れた町での襲撃でナーバスになっているのだろうか?
確かに時折、どこからか祈りとも呪文ともつかぬ声が聞こえてくる。
それが耳障りであったのは確かだが、
この仕事に於いて向うの宗教的な儀式や風習にケチをつけるのは絶対にNGだ。
ちょっとした失言がまとまるはずだった話を戦争にまで発展させる。
それが信仰に対する侮辱の重さである。

多少の事は我慢あるのみである。
とはいえ、あまり下手に出て舐められても仕方ない。
まあそこら辺の飴と鞭のバランス感覚は、
ウィルマース殿に任せておけば万事解決だ。
私は寝ぼけた顔を水で洗って頭の霧を払いつつ、
朝食に招かれて故郷の海産料理に舌鼓をうった。

流石に同じ国の出身者が持て成しを担当しているだけあって味付けも完璧だった。
異国の地で味わう母国の料理というのは何とも郷愁を誘い良いものだ。
ああ、早くこの案件を片付けて馴染みの酒屋で一杯ひっかけたり、
我が家に残してきた犬のブラウンと戯れてやりたいものだ。

そういえば夜刀殿の姿が見えない。
彼は一足先に朝食を済ませ、求められたので建物の中を案内しているとのことだ。
彼は時折そうやっていなくなる。一人で何をやっているのかは知らぬ。
だが、彼のそういった下調べや準備に救われたことは一度や二度ではない。
無口で一見取っつきにくい男だが、
仕事に対する姿勢と時折見せる細やかな気づかいは尊敬に値する。

そして朝食後、我々はスミス殿に案内されて書庫に着いた。
其処でこの国の教義について判りやすく書いた本があるという話であった。
話し合いの前に少しでも相手を理解しておくのは重要である。
会談は明日となっているため、我々はそれまでこの国の神や教えについて学ぶこととした。
ウィルマース殿はスミス殿に礼を言ったが、
ディオゲネス様は相変わらずスミス殿に対し反応が鈍い。
目を合わせようとすらしない。何処か恐れてさえいるように感じる素振りだ。

それにしても先ほどチラリと見えたのは手術室であろうか?
何故このような場所に医療設備が完備されているのだろうか。
此処はこの国の来賓を招いたり、宗教的な儀式に使用される建物だ。
まともな神経ならあのような景観を損ねる部屋は、
別の建物を併設するなどが当たり前なはずであるが・・・
言いたくは無いがあの町の住人といい、
この国の連中は持て成しのイロハを知らぬ蛮族ではなかろうか。


神歴545年 10月6日

我らは寝食を忘れるように各々が貪るように本を読んでいた。
夕暮れが近づいていた。日が没するように我々の心もじわりと暗闇に落ちて行った。
何なのだ。何だというのだ。この国の教義はおかしい。
幾つもの異教徒達と話を付けてきた。その中には野蛮な教えを是とする者達もいた。
だが、これ程に異質で相容れぬ教義と出会ったことは無い。
いや、これは教義とすらいえぬ。ただただこれは我々を貶め冒涜している。

我々人間を貶めている。
これが魔物達の崇める神だというならいい。
邪悪な彼らが人を貶めるモノを神と崇めるのも仕方がないことだ。
だが、これを崇めているのは我々と同じ人間なのだ。
毛ほども理解出来ぬ、主の似姿を授かり祝福され創造されたのが我々人間であるはずだ。
だというのに、此処の狂った連中はその我々を取るに足らぬ虫けらだという。

一文を朗読させてもらおう。

我々は感謝せねばならない、我々の様な矮小な存在に時と滅びの概念が付随していることを、
死という終焉が、救いが用意されていることを感謝せねばならない。
この世界の淵から我々が覗ける底見えぬ奈落、その果ては我々には想像もつかず、
見ても理解など叶わぬのだ。奈落に手を、耳を、魂を引かれし他者達にとって、
死とは解放であり救済。三度言おう。我々は感謝せねばならない。

この矮小な身が大いなるものに使役され、
偉大なる種族の礎となること、
それが今の私の希望であり信仰だ。
我々の主が偉大なる深き深淵より門を通り顕現する日、
その日を私は待ち望みそれだけを糧として生きている。

我らは皆神に奉仕する奴隷である。それもいいだろう。
信仰する神を希望とする。それもいいだろう。
だが死こそ解放であり救済? それ以外に我々には虫けら程の価値も無い?!
受け入れがたい冒涜的思想だ。誰も何も言わなかったが、
ハラワタが煮えくり返っていることはピリピリした空気から判る。

魔法なのかスミス殿の声が頭の中に響いた。
見せたいものがあるので、
入口を出て右手の奥にある部屋まで来てほしいということだ。
黙ったままウィルマース殿がズンズンと先陣を切る。
一刻も早くこの国の邪教について問いただし、
事と次第によってはそのまま切り捨てんばかりの剣幕だ。

そして大きな音を立て、開いた扉の先はガランとした広い部屋であった。
相変わらずの珍妙な格好をしたスミス殿と、
その隣に座り込み何やら描いている男。
その男の周囲と壁には、その男が書いたらしき絵が大量かつ無造作に貼ってある。

自分の弟子だ。
というスミス殿のその紹介に対しても、
男は何も答えずただ俯いてひたすらに筆を走らせている。
その不遜な態度を口火にウィルマース殿の怒りが口を突いて出た。

だが、そのウィルマース殿の詰問に対しても、
スミス殿は何処か、マスクの下で哄笑しているかのような印象を受けた。
彼は落ち着いてまずは私の弟子の作品をご覧くださいなどと大仰に腕を広げる。
タイトルはホームスイートホームだと・・・何処までもふざけた男だ。

何だというのだろう。
白い紙に黒い筆記用具で書かれた写実的な風景画や人物画。
それは何の変哲もないものだ。
しいて言うなら、我々の母国の風景であろうか。
だが、何処か様子がおかしい。
ウィルマース殿もディオゲネス様もその顔が一様に真っ青になっていた。
一体なんだというのだろう。

そして私は気づく、風景画の一つに私の行きつけの酒場があることに。
私の暮らす家の絵がある事に、特徴的な耳の傷痕がある私の愛犬ブラウンの絵がある事に。
私の親、親戚、親しい知人、行きつけの店、場所・・・見覚えのない絵は、
恐らく他の二人にとっての私と同じような内容の絵なのだろう。
この膨大な量は一晩や二晩で描けるものではない。
私達が入国した時から・・・いや下手すればその前から書き続けなければ・・・

喜んでいただけたでしょうか?
慇懃無礼、露骨に悪意を隠さぬ口調でスミスは言った。
それに対し、ウィルマース殿が吠えた。
描くのをやめろ! と吠えてその画家を向き直らせた。
だがすぐに彼はギョッとして動きを一瞬止めた。

顔を上げた画家の眼は潰されていた。口も良く見ると細い糸で縫い付けてある。
恐らく耳も・・・だというのに彼の手はまるで機械の様に正確に絵を描き続ける。
その描いている絵は・・・ああ、私も知っている方だ。
ウィルマース殿とご婚約なされている。さるご令嬢の・・・
それを見てウィルマース殿の中で何かがキレたらしい。
彼は目にも留まらぬ速度で抜剣すると、一瞬でその異形の画家の首を跳ねた。

人の首が落ちたというのにその瞬間、
我々は心の何処かでホッとしていた。
張りつめた緊張から解放されたような気になっていた。
だがそれは間違いだった。
ああ・・・その画家は・・・その画家は・・・・・・
首を失って尚その手を止めぬのだ。
しかも首の断面からは血が噴き出すことはなかった。

ただ虚(うろ)があった。 只の虚無があった。
淡いピンクの肉も脈打つ赤い血潮も、灰色の骨も其処には見えない。
漆黒の闇からまるで遠くより響く風の音の様な、
くぐもった音が僅かにする、その虚がこちらを向いた気がした。
何なのだ。一体これは何なのだ!!

私は叫んでいた。ディオゲネス様が見開いた目を向け無言でその異形を焼いた。
部屋の絨毯も壁紙も全てもろともに、
悪夢の残滓のようなその絵も全て焼き払った。

それが開戦の合図だった。
剣王と大魔導、教団の誇る二枚の切り札が躊躇なくスミスに牙をむいた。
私はただただ巻き込まれぬように其処から逃げることしか出来なかった。
戦闘となれば私は足手まといだ。

ともあれ夜刀殿を探さねば、この国は危険だ。
早く合流して一刻も早く退却するか制圧するかせねば。
何処をどう走ったのか・・・私は動転していたのか身の危険も顧みず、
夜刀殿を呼んで其処を走り回った。
そして各々が寝泊まりしている薄暗くなっていた寝室で、
私は遂に夜刀殿を見つけた。

私は切らしていた息を整えつつ、
整理のつかぬグルグルとした頭の中から適切な言葉を何とか絞り出す。
此処は危険だ。御二人ともすでに戦っています。
逃げるにせよ戦うにせよ、早く合流して体勢を立て直しましょう。

だが夜刀殿は応えない。
慌てていた私は、
近づいて彼に掴みかかるようにもう一度同じことを言おうとした。
しかし触ってみて初めて分かった。
彼の全身は冷たく硬くなっていることが・・・
暗さに次第に目が慣れてくる。
その顔は・・・手は・・・何かの金属にされてしまっていた。
どんな状況でもけして顔色を変えぬその眼差しが、
見開かれて歪められていた。そして周辺の様子を見て私は察した。
起きて準備をした跡が無いのだ。
此処の異常な空気をいち早く感じ取ったので先に消されたのか。
彼は、我々が朝食を取るころには既にこと切れていたのだ。

私の開け放たれた口からはヒューヒューと空気だけが漏れている。
言葉など出てこない。頭の中は原始的な恐怖という沁みで真っ黒だ。
背後で足音がした。スミスを倒して彼らが戻ってきたのか?

ああ・・・どれだけそう願ったことだろう。
だが一つなのだ。足音は一人分。一人分だった。

振り返った私にそれは言った。
探し物はこれでしょうか・・・と。
放られたそれは二人の剣と杖であった。
私は・・・私は・・・・・・・・・



「・・・悪魔か・・・この男。そしてこの手記の後半は・・・」
「気づいたかね、途中まではきちんと休憩中に書いているが、
後半の手記は後で無理やり書かされたものだろうな。
我らに手を出せばこうなると、暗に告げるためだけに態々書かされたのだ。
彼らの銅像は教団に丁寧に梱包されて送り返されたそうだ。
当然、関係者は恐れおののいただろう。
だがこうまでされて黙っていては沽券に関わる。
この邪教の国と教団は戦争になった。
急増の連合軍、悪く言えば烏合の衆と言ってもいい当時の教団だったが、
その規模は相手を遥かに上回り、また勇者や天使様もいた。
それでも教団は結局この国を屈服させることが出来なかった。」
「天界を巻き込んでなおですか?」
「そうだ、天地が鳴動し、山脈が消し飛び、大陸が沈む。
そんな神々の戦いが行われたとのことだ。
当時の魔王軍もこの国を攻めたが滅ぼすには至っていない。」

「そして国力に劣る彼らが、
主神様の御力の顕現である勇者や天使様と互角以上に戦えた理由がこれだ。」
「また黒の書ですか、何ですこの挿絵は? 角の生えた男・・・旧時代のオーガですか。」
「いや、それは魔物ではない。邪神の子だ。正確には邪神が人を孕ませて産ませた子。
半神半人と呼ばれるものだ。もっとも教団では魔物まがいのおぞましい邪神の子に、
神という字を当てるを良しとせず、ただ半人(ハーフ)などと呼んだらしいがね。」
「邪神とその異形の子らか・・・それで、最終的にはどうなったのです?」

「主神様とその邪神の方で互いに不干渉を決め込むということで手打ちとなったようだ。
もっともその経緯を鑑みれば、教団は実質敗北したも同然だ。
だから彼らの事は歴史から抹消され、
今ではその領内への立ち入りは堅く禁止されている。
まともな資料も殆ど残っていないのだ。第三帝国という呼び名も、
領土を奪われたことへの意趣返しで付けられたただの皮肉だそうだ。
正式な国名、宗教名は不明だ。この黒の書にしてもだいぶ検閲を受けた写本だしな。
ただこの黒の写本によれば・・・神の名だけは記されていた。
古い文字故、正式な読みは判らぬが、ゾアとかトアと呼ばれていたらしい。」

「何故今・・・この話を私に?」
「心配だからだよ。エスクード、君は強い。教団全体で見ても指折りだろう。
だからこそ、無茶な任務を言い渡されるのではないかとそれが心配なのだ。
知っておいて欲しかったのだ。
この世には触れぬ方が良いものもあるということを・・・
もし今後君が聖騎士として彼らと事を構える可能性が出たら私に言いたまえ、
私の権限全てを使って君を彼らから遠ざけよう。」
「ご安心をルザイ司教、私は貴方の元から消えたりしませんから。」
「そうだな。そうだ・・・年を取ると弱気になっていかんな。」


・・・・・・・・・・・・
(夢・・・懐かしい夢を見た。司教、貴方のいう事は何時だって正しい。
私は・・・この件に手を出すべきではなかったのかもしれない。
それにしても暗い・・・私は・・・どうなったのだ。
体は・・・まさか死んでしまったのか。此処は・・・)

私は茫洋とした頭のまま、体に意志というパルスを微弱に走らせる。
(よくよく考えれば夢を見ていたなら・・・生きてるってことだ。
あの状況から・・・理由は判らんが捕えられたのか?
そんな事をする連中だとも思えんのだが・・・そういえば、彼女は何処だ?)

ゆっくりと首を巡らせて慣れぬ目を慣らす。
眼に魔力を集中し、闇夜でも一時的に猫の様に目が効くようにする。
周りはどうやらごつごつとした岩場で、天井も地面とそう変わらない。
今は外が夜なのかそれでなくばどこかの洞窟の奥にいるようだ。
日の光は全くと言っていいほど射さない。
視界がかろうじて効くのは微弱に光る、
苔やキノコがポツリポツリと生えているからだ

「あ?! おじさん!! おきた〜〜。」
「チェルヴィ・・・無事ですか? 此処はいったい。」
「うん、おなかはペコリーノだけどだいじょ〜〜ぶ。
でもおかし〜の、ここにつれてきてくれたのおじさんだよ?」
「私が?」
「うん・・・まっくろくろすけになったおじさんが、
ここまでわたしをビョーンッてしてくれたの。」
「そうですか・・・ウェンズが。出来るだけでいいですから。
あの後何があったのかもう一度教えてくれませんか?」
「うん、おじさん! えっとねチェルヴィとってもがんばったよ。」


※※※


大陸を割らんばかりの凶獣の鉄槌が、周囲の木々と地面を吹き飛ばす。
その爆心地からチェルヴィは衝撃で遠くへ吹き飛ばされていた。
彼女が無傷だったのは気絶している間にエスクードが、
その体に持続性の守備増強魔法を掛けておいてくれた結果だった。

彼女は走って元の場所へと戻る。
だが其処にいたのは勝利の雄叫びを上げるものと、
クレーターの中心から上半身をだし、
かろうじて息をしている彼女の愛すべき騎士の無残な姿だった。

戻ってきた彼女を見て、剛将シルバは雄叫びを止めた。
「んん? 何だ、戻ってきただか。次はおめえの番だべ・・・覚悟すんだな。」
「よくもおじさんをやったな! かくごおおぉぉぉお。」

彼女はグルグル腕を回して目をつぶって突進した。
「・・・・・・ふんっ。」
「いや〜〜〜〜〜〜。」

ぐるぐるぐるぐる。

「どうだ〜〜〜〜〜〜。」

ぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐる。

「フウフウッ・・・まいったか!」
「・・・いんや? 別に。」

体格で劣る彼女は頭を抑えられ届かぬ腕を扇風機にしていただけだった。

「さ・・・さすがにおじさんをたおしただけはあるな。
うーんうーん。どうしよう・・・いまのがつうじないとなると。」

彼女は父の言葉を思い出す。
いいかいチェルヴィ、誰にだって得意と不得意があるんだ。
パパはママみたいに力持ちじゃない。
でもパパはママより家事が得意だし、
お前にこうやって少しだが勉強も教えてやれる。
何か出来ない事や不得意な事があっても、
それに落ち込まず自分の得意な事で勝負しなさい。

(そ・・・そうだ!)

ピコンッと彼女の頭の中である考えが閃いた。

「つののおっちゃん。すっごいちからもちだね。」
「ふふふ、当然だべ。おらは帝国でも上から数えられるくらいの力持ち。
おらに腕相撲で勝てるのなんてダラムス様か、我らが偉大なる父ご本人くらいだべ。」

そして其処にロルシドとギーガーが合流してくる。
彼ら二人は空を飛ぶ生物に掴れ運ばれてきた。
その生き物は毛髪のような触手を生やした多数の眼を備えた奇怪な姿だ。

「将軍御無事で?!」
「もう終わっているようですね。」
「おう・・・おめえらか。まあ見ての通りだ。
おらのマックスで生きてるあたり中々根性がある奴だったが、
まあ所詮おらの敵じゃねえべな。あとはこの娘っ子ともどもぶっ殺して終わりだ。」

「げっ・・・うにょうにょのおっさんとみつめのおっさんだ。」
「手えだすんじゃねえぞおめえら。」
「了解。」
「まあ必要ないでしょう。」

「でね、つののおっちゃん。」
「何だ?」
「おっちゃんはすっごいちからもちみたいだけど、あたまのほうはどうかな?」
「頭だと? ふっふっふ。苦し紛れに何を言い出すかと思えば。
力じゃ勝てねえから頭の勝負か、残念だったな。
おらは帝国の脳キングと呼ばれる程の頭脳を持ってるんだぞ。」
「ノーキング? ノウとしかいわないおおさま? なんかいやなひとだねそれ。」
「ちっが〜〜〜う。すっごく頭が良いってことだ。」
「ふーん。じゃあどっちがあたまがいいかでしょうぶだ。」
「いいだろう。腕っぷしと頭、どっちでもへこませてやるだよ。」

そんな二人のやり取りを離れたところで見ているギーガーとロルシド。
「いいのか? あんな茶番をやらせておいて。」
「構わないでしょう。将軍に頭脳勝負を挑むなんてある意味愚の骨頂です。」

「いっくぞ〜〜〜。 62+10=72(暗算)。どうだ!」
「ほう・・・自分から頭脳勝負を持ちだすだけあるべ、二ケタの足し算を暗算でこなすとは。
だがあめえ、くいちがく くにじゅうはち〜(以下略)〜くくはちじゅういち!」

チェルヴィはごくりと唾をのんだ。
「か・・・かけざんをいっぱい。す・・・すごい。」
「ふっふっふ。もう終わりか?」
「ま・・・まだまだあ。きのきいたことをする。これを○○なことという?」
「ぬ・・・こ、国語の問題か。ええーーーたしかーーーそう。
これだ! 鯖(さば)なことだべ?」
「ぶぶ〜〜。せいかいは鯵(あじ)なことでした。」
「ぐぐ・・・こ・・・国語の先生かおめえっ。」
「エッヘン。」

「鯵じゃねえ味ぐべぇ!!」
「ギーガー!」

余計な口出しをしたギーガーに石が投げつけられた。
「口も出すんじゃねっ。今良いとこだかんな。」

「大丈夫ですかギーガー。」
「くっそ怪我人にも容赦ねえ。」
「・・・とんだ誤算でした。」
「ああ、まさかだぜ。」
「まさかあの小娘が将軍とタメを張れる程の・・・・・・バカだったとは。
何時もなら将軍が相手の言動を理解出来ず逆切れしてお終い何ですがね。」
「大体お前が悪いんだぞ。何が脳キングだ。」
「貴方が脳筋などと陰口を叩くのが悪い。
私がフォローしてなければ二人とも生きていたかどうか。」
「ぐぐぐ、違いない。しかしどうする。」
「どうしようもありません。運を天に任せるしか。」

十分が経過・・・

「おめっ・・・中々やんな。
おらと此処まで頭脳で張り合ったのはおめえが初めてだ。」
「ふふふ、おっちゃんもさすがはおうさまだね。てんさいかも。」
「おめえ・・・いいやつだな。そんな風に褒められたの初めてだべ。」
「よくいわれる(キリッ)。」

何か互いに十年来のライバルのような雰囲気を醸す二人に、
めっさ疲れた顔でギーガーとロルシドは突っ込んでいた。
「おかしい、将軍が負けてないのにすでにギャグ要員に。」
「何を今更、将軍はうちでも数少ないギャグと萌えの担当要員ですよ。」
「そうなのかよ。」
「御存じなかったので?」

ドンッ 軽い爆発音のような音を響かせ何かが宙に舞った。
クレーターの中心部から飛び出した真っ黒い塊りが、
チェルヴィとシルバの間に降り立つ。

「おじさん!」
「ん? おめえそんなに黒かったっけ?」
「チェルヴィ・・・思いきり・・・我に・・・跳びつけ。」
「えっ?!」

思いきり跳びつけ→君は何て魅力的なんだ。素敵、抱いて!!
という魔物娘としては至極まっとうな脳内変換をするチェルヴィ。

顔を真っ赤にして尻尾の先を高速でフリフリしつつ視線を逸らす。
そして瞳を閉じるとえいやっと思いきり黒いエスクードに跳びついた。
ワームの怪力で思いきり跳びつかれ、更に黒いエスクードは地面から軽く脚を離した。
二人は水平にぶっ飛んでいく。
そんな二人の進行方向に傾斜のついたジャンプ用の魔方陣が展開。
チェルヴィという生体ロケットの推力を更に強化して二人を遥か彼方にぶっ飛ばした。

それをあんぐりした顔で見送るシルバ。
ふと我に返ると慌てて二人に向き直る
「ギーガー何で止めなかった。おめえさの結界なら網張る位できたべ?」
「手出ししたらまた石投げられますし。」
「にゅにゅにゅにゅ・・・ロルシド、追跡を。」
「いえ、見ての通り目を負傷していまして能力が使えません。
此処には回復できる者もいませんし。」
「・・・・・・ってことは。」
「逃しましたね・・・完全に。」

「ほう・・・揃いも揃って・・・命が惜しくないと見える。」

中空より声がした。空には何時の間にか虹が掛かっている。
「この声は。」
「虹が・・・出てるってことは。」
「はわわわ、兄者が来た。」

その虹は空間が歪みその屈折によって発生する。
それはとある者が時空を歪め移動する際の副産物だ。
オーロラの様な幕が突如出現し、その向う側から人影が現れる。

裸身を金色の鎖帷子の様な物で覆い、金髪の頭に三日月の様な角を二本生やした男だ。


「愚弟よ、遅いからと来てみれば。随分と私を失望させる。」
「す・・・すまねえ兄者、今から追っかけて絶対始末すっから。」
「当たり前だ。そしてギーガーにロルシド。貴様らが付いていながらこの様は何だ。」
「も・・・申し訳御座いません。」
「シルバ様の不足を補うという使命、忘れてはおりませぬ。」
「口でなら何とでも言えよう。もし取り逃せば、みな解っていような。」
「「「ははっ。」」」

三人とも平身低頭する。この男はシルバの実兄にして超将ゴルド。
この国に於いては一部例外を除けば、
将の位を賜ることが出来るのは神の血をその身に半分宿した眷属のみだ。
その将の中でも最強と目される男がこのゴルドである。
時空間を捻じ曲げ世界中を移動し、各将が治める領地の視察を行うのが主な仕事である。

「シルバ、おつむの出来はどうあれ、この場の責任者は貴様だ。責は負ってもらうぞ。」
「あ・・・兄者・・・か、勘弁してくれ。ガギギギャアアアア。」

ゴルドの瞳と角が光るとシルバは宙に持ち上げられ、
その自慢の肉体をメキメキと捩られる。
関節が折れぬギリギリまで曲げられ締め付け、痛めつけられる。

「追っ手を逃がしても何だからな、今日は短めで勘弁してやる。
だがもし失敗したら、貴様らの首を胴体からゆっくりとゆっくりと、
時間を掛けて丁寧にねじり飛ばしてやる。」
「ぐう・・・判ってるよ兄者。もう遊ばねえから、見つけてちゃんと殺すから。」
「この地を任された将として責務を果たせ、朗報を待つ。」

それだけ言うと、ゴルドはまた時空間を捻じ曲げて彼方へと消えた。


※※※


海辺に建てられた宮殿とも神殿ともつかない建物。
其処には実に数千年ぶりに他国からの使者が訪れていた。

「辛気臭い所ね、潮臭いのは良いとしても何か全体的にヌメッとした空気。」
「全くです姉さま。ミアもう帰りたくなってきたのよ。」
「危険だと仰ったのに弟君に姉の威厳を示すって聞かなかったのはミア様でしょう。」
「む・・・・・・そうね。あの子に示さなきゃいけないわ。姉としての威厳を。」
「デルエラ様、私が言うのも何ですが、ミア様は此処に来るにはまだ早いのでは?」
「イール、あの子にも引けぬ事情というものがあるのよ。姉のプライドって奴かしらね。
私としては理解できるし、奥の手もあるみたいだからまあ大丈夫だと思うわ。」
「はあ・・・そうですか。」

エスクードが時間を稼いでいる間に、
魔王側からチェルヴィ達を回収させてもらえる様に交渉するため、
4人の特使がこの国に派遣されていた。
メンバーは魔王代理としてデルエラ、彼女の右腕である黒毛のバフォメット、
チェルヴィの身元引受国の女王イール、そして何故か魔王の末妹であるミアの4人である。

その見目麗しい4人を迎えたのは、
原色の赤青緑という毒々しい色彩の奇怪な格好をした男一人であった。

「貴方が案内して下さるのかしら? それにしても急な事とはいえ、
他国の国賓を迎えるにあたって出迎えが一人ってのはどうなのかしらね。
歓迎されてるとは思ってないけれど、社交辞令くらいは示しても罰は当たらないと思うわ。」
「ははは、手厳しいですね。ですがご勘弁をデルエラ王女、
うちは教団や貴方様の所程の大所帯ではありません。
おまけに此処にいらっしゃるのは何れも劣らぬ傾国の美女ばかり、
力無き信徒達なら数はいますが、彼らの目に貴女方の艶姿は毒に過ぎますれば。」
「まあお上手ですわね。傾国の美女だなんて。デルエラ様に並び称される何て恐れ多いですわ。」
「お前、結構見る目のある奴なのですね。見た目はあれですがミアは気に入りました。」
「御二人とも・・・もう少し何というかその・・・行間というか言葉の裏というかですね。」
「いいのよ二人はこれで、其処が可愛いし魅力何だから。
それにこういう手合いにはこの愚直さが逆に相性が良かったりするのよ。」
「・・・全くで、言葉の繰り甲斐が無い方々のようだ。」


相手の言葉を素直に受け取るイールとミアに対し、
黒毛のバフォメットは呆れ混じりに突っ込むがデルエラがそれを諌める。

「それにしても随分と珍妙な格好なのよ。この国の道化師か何か?」
「いえいえ、本業はしがない魔法学者兼彫刻家でして。
今はこの国で食客ながら妖将という地位を賜っているヒッポリトと申します。
どうぞよろしくお願いいたします。」

何処か癇に障る丁寧さで、男は4人の賓客に深々と首を垂れるのだった。


14/10/08 07:56更新 / 430
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■作者メッセージ
チェルヴィが絡むところとそれ以外の温度差が酷い。

無事逃げ延びたものの今だピンチを脱していない二人。
そしてたった4人で邪神の本拠に潜り込んで交渉しようとするデルエラ一行。
彼らを待ち受けるものとは・・・

次回、その5 暗い洞窟にて二人、そして深淵VS魔法少女(?!)
にご期待ください。

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