連載小説
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その3 再開は閃光のように!

とある学者の未公開手記。
第13聖都所蔵の押収品、閲覧禁止文献より・・・


かつて世界はおおらか且つ苛烈で混沌としていた。
神と悪魔、鬼と妖、それらの境は非常に曖昧模糊。
秩序などというものは、
極狭いコミュニティの中でそれぞれが独自に築いているだけ。

一山も越えれば言葉も文化も法律も、
種族すら違う者達が日々を過ごし、
時に奪い合い、滅ぼしあってはまた生まれる。

強力な力を擁した神々を中心とした集団が、
それぞれに台頭し拮抗しあう世界。
そんなドロドロの流動するマントルの様な時代があった。

其処に勝利して確たる秩序をもたらしたのが現在主神と呼ばれる存在、
その初代ともいうべき神とその眷属、そしてその信徒達であった。

彼らが勝利した要因、それはとある生物兵器とその管理システムの創造による。
現在魔物と呼ばれるそれと、下した他所の神々をも魔物としてシステムに取り込み、
魔王という管理者によって操るその戦術によるところが大きい。
下した神々の中で彼らのメガネに叶う者は同朋として迎え入れられたが、
主に容姿が純粋な人型でない神々や醜い者は悪魔や魔物として、
そのシステムに取り込まれ主神の先兵とさせられた。
サイクロプスなどの元巨人神族は一部の例外を除けばほぼこうなっている。

また主神は取り込んだ異教の神々をベースとし、
敵対者に対抗するために独自の魔物を新たに創造もした。
太陽神とその代理たるファラオを中心とする砂漠地方に栄えていた古代文明は、
太陽神と敵対していたとある神をベースに創まれたアポピスの投入により、
大量のファラオの死がもたらされ各地は王の不在により弱体化を招き、
結局教団の侵略を防げなくなり滅びた。
魔物としてシステムに取り込まれながらも、
一部の王達は王を守護する墓や部下達と共に、
太陽神の与えた力により、再起を図り深く長い眠りにつくこととなる。

そうして主たる文明や神々を平定、
または取り込み教団は世界を牛耳る存在になっていった。
この神々が闊歩していた神話の時代と、
魔王時代と呼ばれる世界が新たな秩序に突き動かされる時代、
その厳密な移り変わりの時期と様相は、当事者たちのみぞ知るところだ。
教団にとっては古き混沌の時代など必要なく。
勝者によって歴史は書かれるものだからして、
その頃の詳細な情報はもう世界にはほぼ存在していないのだ。

古代文明の残された文献や、その時代から生きる神々に聞けば断片的情報は得られるだろうが、
それらのパズルピースを組み合わせて全体像を描き出したり、
また真偽を検証するのは膨大にして難し過ぎる作業である。
そのような意思と力を両方持ち合わせた奇特な存在は今の所おらず。
そこら辺はふわふわと曖昧なままだ。

ただこの経緯から判るように魔物にも色々な出自のものがいる。
最初から人間管理に作られた敵対的種族、
異教の神や種族が取り込まれたもの、
他の神々との戦いのために創り出されたもの、
魔力の影響で意図せず自然発生したものなど様々だ。

考えてもみれば、
ただの人間を殺しその数と繁栄を管理するためだけならば、
一部の魔物は明らかにオーバースペックであると言える。
そのオーバースペックな魔物達を管理する魔王と、
逆に魔物が栄えすぎて寝首を掻かれぬよう魔王の対としてうまれた勇者、
この二者がただの世界秩序を守るために作られた存在、
滅亡と繁栄の調整役である滅びの振子としては、
明らかに強すぎたのもこの経緯あったればこそであろう。

二対一とはいえ仮にも世界の管理者たる主神が遅れをとる程彼らが強いのは、
彼らの成り立ちを考えればある意味当然ともいえるのだ。

主神は結局のところ魔王と魔物というシステムによって、
神々を総べ世界を治めることに成功したが、
そのシステムによって足元をすくわれたともいえる。
正に塞翁が馬、禍福は糾える縄の如しである。

さて、教団は世界そのほとんどを掌握したが、
それでも世界は広い、主神の秩序は世界の全てではない。

旧魔王時代もジパングの妖怪達は、
魔王の影響を受けつつも人を殺すだけの存在には身を落とさず。
怪異や災害、時に神として人と独自の共生路線を取ることに成功していたし、

砂漠地帯の魔物達もそれは同様だ。
今に比べれば遥かに狂暴で過激ではあったが、
スフィンクスは謎々の正解者を殺しはしなかったり、
必ずしも魔物としての本分を果たしてはいなかった。
彼らが人を襲う理由の大半は、
眠りにつく王とその所有物の宝を守るためであった。

精霊信仰や蛇神信仰などを始め、
マイナーな土着信仰は依然として残っていたり、
エルフやドワーフなどの種族は、
依然として自分達のコミュニティを維持していた。

それをもって教団が存外に寛容だ。などと結論付けるものはいないだろう。
かように教団の世界統治は、ガバガバでいい加減なものだったといえる。
まあぶっちゃけていえば、世界規模の戦争や統治は楽じゃないということだ。
自分たちにとって脅威になりえない存在や、
攻め落としてもその犠牲に見合わない存在は見逃したり、
互いに不可侵の条約を結ぶなどして放置したのだ。

当然、そういった教団にとって外聞の悪い話は、
一部の上層部や権力者を除けば秘匿された。
割に合わないから邪教や異教を見逃しました・・・ではあまりに格好が悪い。
魔王が代替わりした後の魔物娘の実態を隠したように、
教団が今の形になってより隠された情報、
一般の人間が知らない知識や世界はとても多い。

そんな国の一つに第三帝国がある。だがその呼び名は正式なものではない。
教団が世界を総べてより、この世界に帝国というものは存在していないからだ。
教団の教義は人間同士での必要以上の奪い合い殺し合いを禁止している。
各国には各国の経済的、地理的事情や政治的思惑があり、
小さな小競り合いや民族間の紛争は絶えないものの、
大っぴらに他国に攻め入り、侵略し植民地として領土と私服を肥やす。
そんな国家が存在することを教団は許さなかった。

時にその影響力で、時に傘下の周辺国による経済封鎖で、
勇者や天使という武力で、魔物による突然の侵攻で・・・
残っていたそんな大国はしだいに弱体化し、
ついには解体され縮小の後、教団により統治されていった。

それ故に今現在、この世界に帝国というものは存在していない。
だが、一部では皮肉屋が言い始めたのだ。
絶大な権力と武力で世界中を手中に収める、
教団こそこの世に残った唯一の帝国・・・唯一帝国(アレスライヒ)であると・・・

そのジョークを受けてまたまた一部の皮肉屋がいった。
いやいや、そんな教団の国々を侵略して魔界という領土を広げる、
魔王と魔物達もそれなら帝国と言えよう、
差し詰め第二帝国(ツヴァイトライヒ)だと。

そして第三帝国(ドリットライヒ)という国は・・・
本来は数多ある異教徒の国の一つに過ぎなかったという、
だが・・・その国と教団の接触は・・・・・・・・・・・・



























ページは此処で破かれている。


※※※


{12時、距離863、45度だ。}
{了解。}

樹海に響く、大樹が粉砕されて倒れ落ちる音。
木々の合間を縫う様に、三本の長い物が高速で這って追いかけっこをしていた。

「うわ〜〜〜ん。なんでおいかけてくるの〜〜〜〜。」

シュルシュルシュルッ! ドンッ!!

ワームのチェルヴィ、彼女の眼前を大の男の腕程の太さが持つ何かが通りすぎ、
右手にある木の幹をマッチ棒の様に容易く粉砕する。

「ひ〜〜〜〜ん。こわいよ〜〜〜、きもいよ〜〜〜。」

まるで巨大なミミズの様な何かが二本、地面の下から正確に彼女にめがけて伸びてくる。
それらは時に鞭の様に打ち据え、時に槍の様に突いてくる。
此処が遮蔽物の多い樹海でなければ、
彼女はとっくにその二本の触手の餌食になっていたことだろう。

{3時、距離922、38度。予定通り追い込む}
{あとわずか。}

柵を轢き潰し、壁を破り進んでいた彼女が迷い込んだ樹海。
其処は地元ではよく雨もないのに虹が掛かるので虹の魔境と呼ばれる土地で、
隣接する村々にも教団から危険区域だから侵入禁止であるという御触れが出ていた。
昔の魔王が魔法実験に使っていた土地で、人に有害な残留魔力で満ちた土地だ。
そう村の宣教師や教団の関係者は嘯くが、
村人の中でも古参の者達は彼らの態度と行動から何となく察していた。
その先には教団が持て余す何かがいるのだということを・・・・・・

そんな樹海でチェルヴィと追いかけっこしている二人組、
彼らはこの国境を任された警備兵である。
地面の下から攻撃しているのがギーガー、
彼は両腕に付けた巨大な爪のついたガントレットの手のひらより、
長く鋭い鞭を射出することが出来る。
爪に彫りこまれたルーンにより地面を豆腐のように掘り進み、
鞭による遠距離攻撃で一方的に敵を叩く戦法を得意とする。

そして樹海を見下ろせる峰から、獲物の位置を彼に教えているのがもう一人の男。
三つ目のカマキリ顔ロルシドである。彼は額の第三の目により、
千里眼の様に遠方の者や地面の下のギーガーの位置を見ることが出来た。
そして念話でギーガーの目として攻撃方向や進行方向を指示している。

{1時、距離319、65度・・・・・・
蜥蜴は予定通り袋に入った。後詰には私も入る。これで逃がす心配はなくなった。}
{さあて、いい加減吸わせてもらうとしますかね}

「うぇ〜〜ん、パパ〜〜、ママ〜〜、おじさ〜〜〜ん。
うぇ! ありゃりゃんぱあ〜〜 いきどまりだよおぅ。」

何時の間にかチェルヴィのサイドは切り立った断崖で、
彼女の前にも崖が立ちふさがっていた。
ロルシドの指示で攻撃する方向をわざと偏らせ、
彼らは彼女をこの袋小路まで誘導していたのだ。

地面からギーガーが姿を現した。
ロルシドは万一に備え、彼の後方で待機している。
「ご対〜面、何だまだ乳臭いガキじゃねえか。本当の迷子かよ。」
{軽口はいい、サッサと殺して事後の報告だけ将軍にあげるとしよう。}

「ヴェ!! じめんからはげでウニョウニョのおっさんが。きもい!!」
「スキンヘッドだ殺すぞ、それに角が生えてんだろ!!」

地面を掘り進むたびに髪が土まみれになるため、
洗いやすさ優先で彼は自ら毛を刈っているが、
その見た目を多少気にしていた。

「すきペット? よくわかんないけどおこってるのはわかるよ。はげのおっさん。」
「・・・・・・ブッコロ!!」

彼が怒りに任せて両腕を振るうと、鞭が後を追う軌道で周囲を薙ぐ。
崖に切り傷のような亀裂を刻み、それが次第に狭まるようにチェルヴィに迫る。

「うううう。」
チェルヴィは思い出していた。彼女の父親の言葉を・・・

いいかいチェルヴィ、お前たちワームは生まれついてに強い力を持っている。
物心がつく頃には並の魔物か勇者位は適当にあしらえる程強い。
だからこそ、逆にその分優しくなきゃいけないんだ。
優しくない力はただの暴力だからね。力は大事な人を守るために取っておきなさい。
でも、本当に自分の身が危ない時は別だ。
自分を大事に出来ない人は人も大事に出来ないもんだからね。
何より、チェルヴィに何かあったらパパもママも泣いちゃう・・・

(だいじょうぶ、チェルヴィ、パパもママもだいすきだから・・・なかせたりしないもん。)

「へん〜〜〜しん!」 彼女の体が発光する。
それと同時に空気が弾けるような音が響き、山肌を容易く刻むギーガーの鞭が彼女を捉えた。

(ぬうっ、この手応え・・・かてぇ。)

鞭は彼女の体を覆う鱗にはじかれ傷一つ負わせることは出来ていなかった。
ギーガーの眼前には袋小路の崖いっぱいにうずまく巨体。
旧魔王時代のワームに戻った彼女の雄々しい姿があった。

「ほう・・・まだガキなのに回帰出来るとはな。侮ったか?」
{どうします? 手助けがいりますか。}
{ぬかせ、笑えん冗談だ。この手合いは貴様より俺の鴨だろうが。}
{まあそうですが・・・お急ぎ下さい。余り派手に暴れられても面倒です。
どうせ片付けも我々がやることになるのですから。}
{確かに、それもそうだな。}

小さな山小屋程度なら一飲みにする大蛇、
それだけのサイズがある今のチェルヴィは大きな口を開けてギーガーを威嚇する。

「うおおおおおお〜〜〜〜、たべちゃうぞ〜〜〜。
おいしくなさそうだけどバリバリしちゃうぞ〜〜〜うお〜〜〜。
どっかいっちゃえはげ〜〜〜がお〜〜〜〜〜。」

変身しても声は高いままで舌足らずなため、
いまいち迫力に欠け、ギャップが妙な可愛さすら生んでいる。
とはいえ龍の頭で大きな口腔と牙を剥き出している姿は、
ミュートにして映像だけ見れば流石に迫力満点だ。

「わざとやってんのかこのガキャ。」
(うーんうーん、いなくならないよう。
どうしよう? まだおどかしかたがたりないのかなあ。
ちょっとだけ・・・ほんとうにちょっとだけ・・・えいっ!!)

その姿に慣れてないチェルヴィはちょっとと思いつつ、
ほぼ全力に近い力でギーガーに向けて突進していった。

そのデタラメな怪力に加え質量も加わった一撃を前にしても、
ギーガーは避けるそぶりを見せない。

「甘い。」
彼の額から生えたくの字の角が光る。
するとチェルヴィの長い体の節々に、
光る薄ガラスのようなものが何十枚と出現し差し込まれる。

「んぐぎっ・・・う・・・うごけないよう。」
それは彼女を空中に磔にしたかのように固定していた。

「流石の馬鹿力だな。固定するのに局所結界を数十枚連ねる必要があるとは。
だが、デカいってのはその分堅いしパワフルにもなるわけだが、
的もデカくなる、結界師の俺にしてみりゃお前みたいなのはただの鴨だ。
それに堅ければ手が出せない、何て思ってるなら大間違いだ。
こいつの機能は何も突いたり打ったりに留まらねえ。」

ギーガーは手のひらから再び大鞭を出して、
それを動けないチェルヴィの全身に巻き付けた。
「さあ、食事の時間だ。」

ドクンドクンッ、まるで心臓のような音を響かせ、鞭がポンプのように脈動していく。
(れれれ・・・ち・・・ちからが・・・はいらない・・・よう。)

ギーガーはその鞭を通してチェルヴィの魔力と生命力を吸い始める。
この鞭の真価は物理的な攻撃ではなく、
敵の動きを封じると共にドレインで堅い外殻などを無視して攻撃出来る点にある。
勿論、大人で魔力の扱いに長けたドラゴンなどなら鱗に己の魔力を付加することで、
こういった力に対抗することは可能だが、
チェルヴィはまだ子供で変身できるだけで上出来な年齢である。
抗う術は存在しなかった。力が抜け、意識の連続性が断たれ始める。

「腐ってもドラゴン属だな、中々に美味。
とはいえそろそろ出涸らしになりそうだな。
名残惜しいがさよならだクソガキ。」

(ぱぱ・・・ま・・・ま・・・お・・・じ・・・・・・)

鞭の脈動がしだいに弱まっていきついに止まる。
ギーガーは満腹とばかりにゲップをした。
「ごちそうさまでした。」

巨大なガントレットと爪で器用に手を合わせるとギーガーは一礼する。

{・・・まだですギーガー、よく見て。}
「ん?」

吸い殺したと気を抜いていたギーガーにロルシドの忠告が飛ぶ。
変身後の巨体が消え、その中心部には頬のこけたチェルヴィが蹲っている。
だが、一見死んでいるように見えるその体に僅かな魔力の流れが残っていることを、
ロルシドの第三の目は見逃さなかった。

「吸い損ねた? いや・・・ああ、成程・・・」

エネルギーを吸い過ぎてチェルヴィは変身を維持出来なくなったのだ。
そして体が元のサイズに縮むことで巨体を縛っていた鞭が緩み、
接触が無くなることでギリギリ吸い殺される前に解放されたのだ。
もっとも、もはや虫の息であることには変わらず。
ギーガーも一見では死んでいると誤認した程に彼女は衰弱していた。

「さあ、止めをギーガー。」
状況はもう終わった。そう判断して後方に待機していたロルシドも合流してきた。

「結局スパイでも何でもないただの迷子だったようだな。」
「ええ、こうならぬよう将軍が散々警告と防壁を設置していたというのに・・・
無知とは時に何とも罪なもの。仕方のないことですが楽にして差し上げましょう。」
「せめてもの情けだ。気絶したこのままに一瞬で首を落としてやろう。」


大爪を振り上げるギーガー、冷徹な貌でそれを見下ろすロルシド。
そして突如ロルシドの第三の目が点滅する。
彼らに近づく小さな落下物を捉えたからだ。

サクッと地面に刺さったそれは、太陽光をキラリと反射する。
「銀色? 十字架・・・いやロザリオ・・・か・・・?」
「?! ギーガー! 11時 80度だ!!」
「くぅ?!」

突如頭上で膨れ上がる大きな魔力反応に驚愕する二人。
ギーガーは頭だけ向けて何かを目視する前に、
支持された方向へ角から赤い雷撃の様なものを放ち攻撃する。

だが、落下してきたそれは空中で魔術障壁を作成してそれを蹴ることで、
捻り込むように回転して雷撃をスレスレで回避しそのままギーガーに肉薄する。
一閃・・・高所からの位置エネルギーと重力の加速を足した斬撃がギーガーの片腕を切り飛ばす。
全身を黒マントで包み、黒白の鳥とピエロを足した様な仮面を被った人物が其処にはいた。

「引けっ! ギーガー!!」
「くっそがぁああぁああ!」

残った腕を振るい鞭で牽制しつつ間合いを取ろうとするギーガー。
だが、相手もそのままピタリとギーガーの懐に詰める。
そしてもう片方の腕を剣で崖に縫い留める。

そしてギーガーを盾にしたまま半身で黒マントの下から取り出した、
ショットガンのような五連クロスボウをロルシドに向けて放つ。

至近距離から放たれた五連の弓矢、
それに対しロルシドは第三の目を光らせ超人的な反応で全て回避する。
まるで全てが事前に見えているかのような反応速度だ。

(ギーガーを殺さず盾に、場慣れしている。)
ロルシドは人の腕だった前腕を一瞬で甲殻類のようなそれに変じさせた。
カニの甲羅に大バサミが付いたような攻防一体の形状だ。

五連クロスボウは計十五発、3発まで連射のきく構造で相手は残弾を連発してくる。
矢の羽にしてある細工で意図的に弾道がブレるその十発の矢は、
先ほどのような逃げ道を完全に塞いでロルシドに迫る。

だが、再び第三の目を光らせたロルシドは一瞬の迷いもなく相手に突っ込む。
相対的に速度も上がる距離の短い矢の散弾に対し、
腕の甲の最小限の動作によって全ての矢を逸らして弾く。

「許せよ。」
そのまま距離を詰めたロルシドは大バサミを振るい攻撃をする。
飛び退る黒マント、だが攻撃の狙いはそもそも別だ。
ロルシドは岸壁に縫い付けられたギーガーの腕を根元から断ち切り自由にする。

「ギギッ! すまねえ。」
(ほう・・・迷いのない上に良い判断だ。出来る・・・)

侵入者は一足飛びに彼らを飛び越す。
気絶したチェルヴィを体に何周かグルグル巻きにして、
持ちずらそうに上半身をお姫様抱っこすると、
空中に一枚の魔法障壁を展開する。
その上に大きく跳んで乗ると、それはゴムの様に大きく下に伸びる。
そしてトランポリンの様に反発し大きく彼らを崖の向こう側へと飛ばした。

歯を食いしばり角からの雷撃で傷口を焼くことで、一時的な止血を済ますギーガー。
「グググッ・・・俺は此処までだ。追え!」
「ああ、鳥は俺が放つ。将軍が来たら事態の説明を、俺はこのまま追撃に入る。」
「貴様の目なら見失うことは無いだろうが・・・手強いぞ・・・狩られるなよ。」
「それはそうとさっきのロザリオ、あれは恐らくタリスマン。
どこぞの元勇者があの魔物を助けに来たのか?
一体何者だ・・・ワームに気を取られたとはいえ、
俺の目がギリギリまで気づかなかったのは、
あれで魔力をそこらの獣位まで抑え込んでいたからだ。」
「ありえん・・・それなら一般人に毛が生えた程度の力しか使えんはず。
この辺りは俺の結界で覆われている。それを破らず入るには公式な通商用のルートか、
あのワームの様に迷い人避けの、ミスリル合金壁を破壊するしかないはずだ。」
「だがあれは空から来た、お前の結界に破れ目はあるか?」
「あれば戦闘中であろうと気づかないはずがない。」
「理屈はわからんが・・・難敵であることは間違いないか。」

それだけ言い残すとロルシドは両目を閉じ、
額の第三の目を光らすと、すぐさま逃亡者を捕捉してその後を追っていった。


※※※


視界がある線を境に二色に割れている。
上を無の漆黒、下を宝石のような蒼。

そしてその境を海原を悠々と行くヨットの様に滑り進む歪な十字。
それは羽ばたかずに大気圏上を滑空する飛竜。
旧魔王時代の姿に戻ったワイバーンのそれだ。

彼女は海抜高度約100km程の上空、
大気の層が物理的な力を持ち始める境を進んでいた。
一般的には宇宙と大気圏の区切りとされるライン。

其処は気圧はとっくにゼロで、一般的な体温37度で水が沸騰する。
片や温度の方は低いと思いきや、太陽からの電磁波の影響で所によっては2000度にも達する。
もっとも気温を伝える大気自体が極薄のため肌が焼かれることはないそうだが・・・
どっちにせよ一般人には呼吸も出来ない酷く過酷な環境であることに違いは無い。
そんな世界を無音で羽ばたかずに飛ぶ彼女の背には幾人かの影が見える。

「協力感謝する。風の騎士殿。」
「ノンノン、風の竜騎士と呼んでくれ。そっちは昔の名だ。」
「そうそう・・・あたしをのけ者にしないで欲しいな。」

風の騎士と呼ばれた男の背後には、
まだ人型になっていないシルフが蛍のように発光して付き従っている。
普通の会話が呑気に出来るのも、
彼らの精霊魔法によって大気が操作されているから出来る芸当である。

彼は昔、某国で風の騎士として名をはせた勇者であったが・・・
とある縁ではぐれワイバーンと出会い、今は何でも屋で生計を立てている。
現在は空に浮かぶ島々を国土とする空中国家に身を寄せており、
其処では人とワイバーンやハーピー種などが共生して暮らしている。

当然親魔国であるその国に、伝手のあったデルエラの口利きで、
今回彼は運び屋として呼び出されていた。
運ぶ荷物は人と魔物を一人ずつ。

内訳は聖騎士エスクード一人、ケンタウロスのスースが一人となっている。
もっとも、エスクードの方は正体を隠すため、
黒マントと鳥道化の白黒マスクを付けているが。

「まさかの王女様から直々のご指名とあらば、馳せ参じざるを得ないしな。
迅速に可及的速やかに仕事をさせてもらう。そら・・・もう指定された座標の上だぞ。」

彼は手元に幾つか空図と呼ばれる紙を広げながら言った。
空を行くための地図とも呼べるものである。

「どうですかスースさん。チェルヴィの居場所は感じますか?」
「・・・・・・うむ、確かにこの下にいるな。
だが時間がたってマーキングが切れかかってる上に、
結界の中にいるらしく反応が感じにくいな。」
「なら急ぎましょう。」
「ああ。」

「それじゃあ傾けるよお。」
ワイバーンの声が響くと制止したまま極力体をぶれさせぬように角度が傾けられる。

スースは軽く深呼吸をすると目を閉じたままスッと愛用の大弓を引く。
そしてつがわれた矢に魔力を込めて、マーキングしたチェルヴィに矢を当てるイメージを固める。
吸った息を吐いて自分の中の波風を沈める。心臓の音さえ五月蠅い程の静寂と・・・
しだいに其れさえ聞こえなくなっていく集中の極地。
今、彼女は弓であり弓は彼女となる。 プンッ 間を置かず弦が空気を弾く音が響き渡る。

矢は星に吸い込まれるようにまっすぐに落ちていった。
そしてその矢には紐が結んで有り、それはエスクードの手首に巻かれている。
見る見るとぐろを巻いていた余りの紐が伸びていく、
それが伸びきって張る前にエスクードもワイバーンの背から自身を蹴りだす。

数秒、宙をさまようがすぐに手応えを感じ。
彼は矢の方向へと引っ張られ軌道修正されて落ちる。
大気圏への再突入、それにより生じる熱の壁を素材とルーンの力で高い断熱性を持つ装備、
そして彼自身の張る魔術障壁、そして自身のデタラメに堅牢な体躯によって乗り切るエスクード。

煙を上げながら雲の海を突っ切ったその先は海と陸だ。
彼はその陸の一画、大きな樹海へと矢に導かれていった。
体が大気で冷やされると共にグングン大きくなる青と緑。

(そろそろこれは不用だな。)
彼はその手首に巻かれていた紐をマントの下から出したナイフで切断した。
そうこうしているうちに迫る樹海、だが矢は木々に突っ込む前に空中で何かに激突し弾かれる。
その矢はあくまで目標に届かせるために放ったもので威力は度外視したものだ。
矢は結界に阻まれその役目を終えた。
着弾点を見据えガラスのように砕けやすい結界を幾重にも張り。
それらを砕きながら減速していき、矢と同じ個所に墜落するエスクード。

エスクードは張られた結界に対し、その上に着地すると掌を結界に押し付けた。
デルエラの必殺技を受けた時のように、彼の皮膚の色素が片手に集中して蠢く。

(これだけ広大な土地に常時張りっぱなしでこの強度、優秀な術者がいるらしい。
それにしても驚いた。見たこともない術式だな。魔物側、教団側、どちらの術式とも異なる。
だが・・・出自が別でも目的が同じなら、結局最適化していけば理は似通っていくのが道理。
・・・うん・・・そうか・・・よし・・・・・・掴んだ。)

彼が防御術式のスペシャリストと呼ばれるのは伊達ではない。
彼は自らが結界等を張るのみならず。
他者の張った結界や障壁を解析して無力化する術にも長けていた。

「潜行(レイド)・・・結界の術式をほんの一部、ほんの一瞬改竄し大気のように素通りする。」

彼は結界の中へと潜るその一瞬の隙に、
タリスマンを巻いて自身の魔力を極限まで低く抑えた。

(結界を張る者の心理として、それに自信のある術者程それを過信する傾向にある。
これ程の規模と耐久性を持つ結界を常時張っているものなら。
それに異常が無ければ細かな違和感には逆に気づきにくい。
仲間もその結界師を信用しているなら恐らく結界周囲への警戒は薄くなるはず。)

そうした彼の読みはズバリ的中することとなる。
結界を抜け眼下に目を向けた彼はチェルヴィを発見し一瞬で状況を把握する。

(間一髪間に合ったが、話し合うタイミングは無いか。)
彼は幾つか考えていた案の中でもっとも過激な物を選択する。

チェルヴィと自身の命を最優先し、
それを邪魔する相手に対しての容赦ない攻撃を加えるという案を。
それに一目見て彼は理解した。彼女に止めを刺そうとしている二人組。
彼らはけして侮っていい相手ではない。

(恐らくどちらかが結界師、そしてもう一人も恐らく生粋の戦闘員ではあるまい。
精々が監視員だろう。それであの魔力量・・・何とか逃げ切って応援が来る前に脱出を。)

彼は考えを鉄のように固めると、
タリスマンを外して投げ同時に腰の剣を引き抜いた。


※※※


体が定期的に震え、その振動が心音のように少しずつ意識を覚醒させていく。
その震え、それが自身の気道を何かが塞ぎ体がむせている。
そのことによるものだと、次第に脳が理解していく。

じんわりと体の節々に感覚が戻っていく。
すると口から吐いているものが、酷く甘美で芳醇な何かだと鼻腔と口内が告げる。

(あんまぁあ〜〜〜い。おいし・・・もっと・・・もっと。)
けぽけぽっとまだ多少残るむせを噛み殺して、
彼女は体が求めるままにその甘露な液体を嚥下した。

それが体の隅々まで染み入り、彼女はやっと目を開けた。

「目が覚めました? 衰弱死する寸前でしたが、ある程度の補給は出来たようですね。」
「・・・もっと・・・ほしいな。」
「ああ、どんどん飲んで、魔界の果実を色々裏ごしして作ったミックスジュース。
魔力の吸収力は抜群で手っ取り早く回復できるはずですから。」
「んぐんぐっ・・・ぷぁ〜〜〜。もういっぱい。」
「は・・・早い。飲み口に吸引力でヒビが・・・
でも残念、ジュースはこれで終わり。」
「ええ〜〜。」
「そう言わないで、すぐに口に出来る飲料は今ので終わりですが、
一応もう少し食べ物は持ってきてる。でも今はゆっくり食べてる暇はないんですよ。
それと、私が誰だが聞かないんですか?」
「え? だっておじさんでしょ。においとかでわかるよぉ〜〜。
そのおめんはへんてこりんだけど、なかみがおじさんだとかっこいい?! ふしぎ!」

チェルヴィは主人の前の子犬のように首に腕を回すと、
白黒の鳥道化の面にスリスリと頬を擦り付ける。

「ちょっ?! 動きづらいので自重して下さいチェルヴィ。
正直あなたの体はただでさえ持ちづらいんですから。」
「じちょ〜〜ってなに? えらいひとかなにか? 」
「違います。スリスリ禁止ってことです。」
「え〜〜〜〜?! どして・・・おじさん。
はっ! ・・・・・・はげっていって・・・ごめんなさい。」

別れ際に苦し紛れで言った暴言を思い出し。
チェルヴィは打って変わってしおしおと謝罪する。

「ん? ああっ、気にしてませんよ。顔を上げてください。
貴方は向日葵のように笑っていた方が似合います。
単に今は敵から逃げていますから。動かないで欲しいというだけですよ。
落ち着いたら禁止も解きますから・・・ね。」
「きらいじゃない?」
「だったらこんな所まで助けに来ませんよ。」

(よくおぼえてないけど、あのにょろにょろからおじさんがたすけてくれたんだ。
それに・・・いまこうしてだっこして・・・・・・あっ?!)

「どうしました?」

エスクードは急に黙り込んだチェルヴィに横目を向ける。
すると目は下に逸らしたまま頬はトマトの様に火照っていた。

チェルヴィは今まで自分の体勢を意識していなかったが、
改めて自分がエスクードに持ち運ばれている状況に気づく。
蛇状の下半身を肩や腰に回して固定し、
上半身をお姫様抱っこの形で彼らは移動していた。

(事態を把握してきて気が抜けてしまったのかな? ワームとはいえ子供ですしね。
仕方のないこと、此処は暫く放っておくとしましょう。)
エスクードは少々的のずれた気づかいをすると、そのまま前を見て移動速度を戻す。

そんなエスクードの胸元で、チェルヴィは嬉し恥かしといった表情で目をぎゅっと閉じた。
(パパ・・・ママ・・・チェルヴィね。かなっちゃったよ・・・
ちっちゃいころからのゆめが・・・ふたつもいっきに・・・)

彼女は小さい頃の両親との会話を思い出す。

「おひめさまだっこ?」
「そうさ、あんたにも何時かあんたを抱きかかえてくれる、
王子様か騎士様がきっと見つかる。」
「ははは、俺がこいつをそう出来るまではだいぶ掛かったけどなあ。」
「おうじさま・・・きしさま・・・みつかるかなあ。」
「大丈夫、世の中上手く出来てるもんさ。あたしもこの人に出会えたんだから。」
「出会ったというか・・・襲われたというか・・・」
「おそう? ママがパパを?」

「ああ、パパは貧しい村の生まれでな、都市に村で作った作物を売りに行く役目だった。
でも急な大雨で川が溢れて山の道も土砂崩れで通れない。
魔物が出るって判ってるけど何時もとは違う道を使ったんだ。
作物をすぐ稼ぎに変えなきゃ生活に必要なあれこれが買えない、
そんなギリギリの生活だったからな。
いつもの道が使えるのを待つことは出来なかったんだ。」
「其処でパパの乗った馬車をママが襲ったんだよ。
そしたらさあ・・・ママの前にパパが降ってきたのさ。」
「おっこちたの?」

「・・・いや・・・馬車の脚じゃ絶対に逃げきれないって判ってたからな。
ジャンケンして・・・パパが負けたんだ。あいつら本気で蹴りやがって。」
「一目見てピンときたね。この人が運命の人だって。」
「嘘着けw 誰でもいいから男・チンポ・男・チンポって両目に書いてあったぞ。」
「あっはははは。まあ最初はそんなもんさ。でも今はあんたじゃなきゃ絶対やだよ。」
「ばーか、俺もそうに決まってんだろ。
まあ、今となってはお前が産まれた時に村の連中のとこにも便りを出してな。
逆にリア充氏ねとか返信で言われる関係よ。」
「りあじゅう・・・つよそう!」
「おう、世の中幸せなもん勝ちってことからすりゃある意味最強よ。」
「でもお姫様だっこが出来るまでは結構掛かったのさ。」
「どして?」

「ほら、パパ別に戦士でも勇者でもない普通の村人Aだったから・・・
ママは別にワームとして特別太ってるわけじゃないけど、
只の人間からすりゃ結構な重量なんだよ。」
「式を上げるときはあたしが逆にこの人を抱きかかえてたんだけどさ。
この人はそれがちょっと負い目になってたみたいなんだよ。
で、あんたが産まれる前、二十回目の結婚記念日だったかな。」
「こいつに頼み込んでプレゼントを買いたいからって
バイトをさせてもらったんだ。
でもそれは嘘で実は貯め込んだヘソクリで鍛えてもらってた。」
「お金の勘定何て面倒くさいからあたしゃ今も昔もノータッチだしね。」
「まあ一般的な大蛇でも大きいのだと数百キロ、魔物のママは言うに及ばずだから。
パパ頑張った。すっごいすっごい頑張った。」
「パパえらいえらい〜〜。」

「そんで記念日当日、これが君への今回のプレゼントだ!
そう言ってこの人はあたしを体に巻くとヒョイッとお姫様抱っこしてくれたんだ。
必死になって耳まで真っ赤で、十秒ぐらいで仰向けにひっくり返っちゃったけどねえ。
でも、そのまま二人で顔を見合わせてどちらからともなく大笑い。
あたしは凄く凄く嬉しくってさ、そのまま絞殺さんばかりに巻き付いて、
その後この人が気絶するまで離さなかったもんさ。」
「すごい・・・おひめさまだっこかあ〜〜。すごいな〜〜あこがれちゃうな〜〜〜。」

そんな回想を思い出し、改めてチェルヴィは自分が憧れの人に、
憧れのお姫様抱っこをしてもらってる事実を噛み締める。

(うれしい・・・こんなにしあわせでいいのかあ・・・パパ・・・ママ。)
おめめがじんわりと湿ってくる。熱くてしょっぱい涙が赤い頬を流れ落ちた。

(怖かったのか・・・無理もない。)
相変わらずボケた思考の騎士様。

エスクードが深く広い樹海を駆ける。
入ってきた上は高すぎて届かない。
魔術障壁を階段状に展開すれば届かなくはないだろうが、
それでは位置がもろばれの上、届く前に邪魔されるは必定。
ひたすら広大な結界の端、其処から潜行(レイド)で再び出る。
それが確実かつ安全な方法であった。

とはいえ、此処は向う側のホームグラウンドであり、
自分はチェルヴィという余剰の重量を抱えている。
いずれ追いつかれるのであろうという予測はしていた。

「チェルヴィ・・・敵が近い。もう自分で歩けますね?」
「えっ?! ええと・・・まだむりかも〜〜ってあららららら?!」

エスクードは有無を言わさず。
体表面から巻かれた彼女を剥がすと、地面に置いた。
余りの早業にチェルヴィは抵抗する暇すらなかった。
しかもうっかり地面にしっかりと立ってしまっている。

「よし・・・其処でじっとしていてください・・・っね!!」
振り向きざまに抜剣、音も無く首に伸びてきた大バサミ。
その刃から身を逸らしつつ、彼は忍び寄っていた影に一撃を加える。
だがその一撃も敵のもう一方の腕の甲殻に阻まれる。

何時の間にか先回りしていたロルシド、その奇襲にエスクードはきっちり対応していた。
一合の斬り合いを終えて間合いを少し取る両者。

「良い反応。奇襲とはいえギーガーをすぐさまダルマにしたのは。
やはりまぐれではないらしいですね。その力、どこぞの名のある勇者でしょうが・・・
別に名乗る必要はありません。骨と皮として装丁の材料にすればどうせ変わりませんし。」

マントの下から二本の投げナイフを投擲しつつ、
かわされつつも敵に間合いを詰めるエスクード。
(あの時の矢を避けた超反応、あれが何に由来するものか・・・確かめる。)

間合いを詰めたエスクードは、敵との間に障壁を展開する。
そして地面を思い切り蹴り上げた。
勇者の脚力による砂かけというには豪快な地面の掘り起し。
その跳んだ大量の土は障壁に張り付き、一瞬で薄い土壁となる。

そしてすぐさま障壁を消したエスクードは、
薄い壁という目くらましの後ろから、
全力で抉るような突きを放つ。

壁を抜けた其処には、突きを紙一重で回避するロルシドがいた。
全力の突きに対し、一切の躊躇のない全力のカウンター。
その一撃は先ほど同様彼の首をしっかりと狙っていた。

金属音と火花が宙に飛び散る。

「ぐっ?!」
「っちぃ・・・感づいていましたか。」

首へのカウンターに対し、エスクードは篭手をハサミに差し出してギリギリ凌ぐ。
だがハサミが止まったのは数秒、圧力をしだいにあげ篭手の金属部位が悲鳴を上げた。
バツッ 鈍い音と共に掌から上が指ごと跳んだように見えた。
だが、すんでのところでエスクードは剣を離し、篭手を解いて腕を引き抜いていた。

「今の感触、魔界の合金ですか。
私のハサミを少しとはいえ止めるとは、
中々の装備ですが・・・次は逃がしません。」
今の一撃で防具が一つお釈迦になった。同様の逃げを再び許す程敵は甘くないだろう。

(それにしても・・・目を塞いだ状態であの見切り、
しかも防御を一切捨てたカウンターという選択。
完全にこちらの動きを向うから把握してなければ出来ない。
透視でこちらを・・・いや、あの矢への対応はそれだけでは・・・そうか?!)

「ごく短い時間ではあるが、貴方は未来が見える。そうでしょう?」
「ふむ・・・この短い間に其処まで、戦闘経験も豊富なようだ。
ええ、我が額の第三の目は千里眼と透視と未来視を併せ持つ。神より賜りし神眼。」

(戦闘に使えるレベルの未来予知・・・そりゃ攻撃が当たらないはずだ。
どうする? 身体能力で圧倒してるなら兎も角、
互角の攻防をする相手がこの能力を持ってるとなると・・・
いや・・・待てよ・・・だとしたら何故私は今生きてる?)

「理解出来ましたか? 何をしようが絶対に貴方では私に勝てない。
私を倒したければ、来ることが解っていても絶対に避けられない攻撃か。
二人の力量に天地の差が無い限りは不可能だということを。」
「・・・試してみればいい。私の考えが正しければ。全ては次の一撃で決まる。」
「お・・・おじさん。」
「大丈夫・・・おじさんはこんな奴に絶対負けない。」

怯えた声を上げるチェルヴィに対し、エスクードはおどけたピエロのように返す。
そんな二人を見て眉を潜めるロルシド。

(空元気? 自暴自棄? それとも策でもあると・・・いや、この眼の予知は絶対。
外れたことなど一度も無い。あるというなら見せてみなさい。)

ジリジリと間を詰める両者、
そして互いに必殺の間合いへと歩を進める。
武器を伸ばせば互いの急所を刺せる距離。
止まる両者そして・・・一瞬の間を置いてエスクードは地面を足先のみで払い小石を跳ね上げた。

しかし、やはりロルシドはその小石を正確に見切り、
本来なら有るが無しかの一瞬の硬直をジャストに突いてくる。

(その悪あがきが策?! 血迷ったか。それとも覚悟を決めたか・・・どちらにせよ死ね。)

ロルシドの第三の目、そのビジョンには確かに一瞬の攻防の末に、
自身のハサミがエスクードの首に食い込む瞬間が見えていた。

そして現実の光景も確かにそれの後を追う様に展開していく。
エスクードの小石からの追撃を鮮やかに避けるロルシド、
そして防御を捨てて攻撃してくるエスクード。
だが、そんなエスクードの足掻きより一瞬早くロルシドのハサミは彼の首を捉えた。

(攻撃する瞬間の硬直を狙って捨て身の同士討ち・・・破れかぶれの下策ですね。)

捨て身の攻撃すら余裕で掻い潜り、ロルシドはそのまま挟んだ首に力を掛ける。

「終わりです。」
「ええ、だが見えてますか? この先の結末が、私には見えてる。」

ガキッ
「なっ?!」
確かにハサミはエスクードの首に食い込んだ。
だが、その皮膚を押し下げるのみで切断には至らない。

「捕まえた。」
エスクードはロルシドのこめかみを両側から掴んで固定すると。
全力でその額の目にめがけて仮面のままに頭突きを喰らわせた。
瀬戸物が割れたような音が響き、エスクードの鳥道化の面がはじけ飛んだ。

「ぶぎゃっ!!」
能力の中枢であり弱点でもある目を潰され悲鳴を上げるロルシド。
捉えていた首も思わず離してしまう。

「め・・・めが・・・めがぁああああ!」
「痛いですか? まあその力なら今まで痛みを味わうのも数える程でしょうしね。」

たまらずに腕を人型に戻し、額を抑えるロルシド。
「ぐぐぐg?! 馬鹿な・・・神に賜りし・・・絶対予測が・・・こんな奴に。」

絶対未来予測、ロルシドの第三の力、それが持つアドバンテージは非常に強力だ。
こと接近戦に於いては、両者の速度差が人とナメクジ位に離れていなければ、
この力を持つ者の回避は絶対回避に、攻撃は必中になるのが道理。

だが、現実の結果を見ればそれにそぐわぬ状況が起きていた。
例えば土壁を挟んだ攻防でロルシドの攻撃は結局防がれているし、
遡れば奇襲も防がれている。更にはエスクードを逃がしたことも解せない。

其処から逆算してエスクードはその能力の持つ欠点を推理した。
未来視は本当に短い時間しか出来ない。
おまけに連続使用は出来ず、リキャストするには一拍の時間がいるというものだ。
それ故に、彼は未来視の能力を主に回避に使わざるを得ないのだというのが結論。
攻撃に使えば必中は確約されるが、当てた直後に致命的な反撃を食らうかもしれない。
その懸念故に彼の戦法は主にその力で攻撃を回避しつつ、
接近戦では回避直後に無理なく当てられる一撃を、堅実に当てていくというものなのだ。

彼はその特性を見抜き、その上で誘ったのだ。
小石の牽制で能力を使わせ、わざと能力の切れ目に攻撃を当てれるが、
其処でギリギリ能力がキレるように・・・当てるという結果のみを見せ、
当てた後の結果を見せないことによって敵を掴める間合いまで深入りさせた。
その能力の効力時間は、矢を避けてからの攻防、奇襲の攻防、土壁を挟んだ攻防。
この三つのやり取りからほぼ正確に割り出していた。
そしてハサミの攻撃力は篭手を切り裂かれた時に見ている。
自分の鋼鉄の肉体なら全力を出せば、首を落されることは無いことも計算づくだった。

(どうにか上手くいったあ・・・でも、こんなだまし討ちは二度と通じないだろう。
互いに初見で、こっちの方が一瞬早く相手の能力を掴んでいたが故の勝利だ。)

エスクードは拘束封印(シール)を使い、ロルシドの両手両足を拘束し転がす。
これでもう封印が破れるまで追ってはこれまい。
封印が切れる頃には自分もチェルヴィも結界の外だ。


「先ほど切った角付きが結界師ですね。貴方はその眼を使ってこの一帯を監視する者でしょう。」
「クッ・・・相違無い。貴様、一体全体何故このような事をする。」
「深い意図などありませんよ。ただの迷子案内です。」

エスクードに顔を向けられ、何だが良く判らないながらも笑顔で手をブンブン振るチェルヴィ。
「おじさ〜〜〜ん、かっこいい〜〜。つよ〜〜い↑」

「・・・正気か?」
「命懸けなのは承知しています。
ですが、眼前に救いえる命があるなら全力を賭すのが信条でして。」
「理解出来ませんね。あんな小娘のために。」
「理解も賛同も必要ないですよ。これは私の魂の羅針盤なのですから。
それにしても、男性なのにその異形、その力・・・伝聞通りの存在ですねハーフとは・・・」
「・・・・・・ハーフ・・・成程、貴方方は眷属、上位スポーンの事をそう呼ぶのか。
ハハハ・・・ハーフか何とも安易な呼び名だな。
だが、だとしたら勘違いだ。私は貴方が言う所のハーフではない。」
「なん・・・だと?!」
「私とギーガーは落とし子、下位スポーンです。
まあ貴方の呼び方に倣うならクォーターといったところでしょうか。
それよりいいのですか? こんな所でベラベラと・・・勝ちを拾い緩んでおられるのでは?」
「クォーター・・・だとすると・・・」
「ほら、感じませんか? 森が戦闘前に比べ静かすぎる・・・何ででしょうねえ。」

血まみれの額を晒し、拘束され地面に転がされながらも・・・
ロルシドは不敵な笑顔でエスクードを見上げる。

「チェルヴィ!」
「おじさん? おかおがこわいよ・・・どこかけがしちゃったの?」
「いえ、心配はいりません。ですが急ぎましょう。また巻き付いてください。」
「うん!」

チェルヴィは笑顔でグルグルと巻き付くと自分からエスクードの胸に飛び込んだ。
そしてゴロゴロと甘える猫の様にご満悦そうに目を細める。

対照的にエスクードの顔からは余裕や安堵が消えている。
ロルシドの言う通りだ。
彼の人間離れした聴覚が後方の樹海が次第に静まっていくのを捉えている。
まるで、移動する何かに怯えるように・・・その沈黙は広がっていく。
そしてその中心に意識を向けると・・・

「飛ばしますよしっかり掴って下さい。」
「ギューって・・・していいの?」
「ええ・・・私は頑丈ですから思いっきりでいいですよ。」
「♥♥」

嬉しそうにピコピコと尻尾の先を揺らすチェルヴィ。
言われたようにヒシとその歳の割に発育した体を押し付け、
また下半身はミシミシと鎧が言う程に締めあげた。

(このおようふく・・・かたいしじゃまだなあ。でも・・・うれしいなあ。)

全く逆のテンションのまま、両者は再びお姫様抱っこで樹海を疾駆する。
周囲への注意を払うのとチェルヴィを怖がらせぬよう。
今まで彼は逃げる際にも出せる速度に余力を残していた。
だが、今はそれらのデメリットを負ってでも彼は全力で逃げていた。
何故なら今度追いつかれれば・・・この任務は恐らく失敗する。
そんな確信が彼にはあった。 何としてもその前に結界の端にたどり着く。
そして目指す場所は目前だった。

(よし・・・何とか・・・間に合った。)

彼は最後の跳躍をし、結界に軽くぶつかる形でゴールにたどり着いた。
「着きましたよ。もう安心です。」
「ほんと? やったーー。ありがとうおじさん。」

その時、二人を大きな揺れが襲う。次いで大きな轟音が遠くより響いてくる。
「むう。」
「おろろ・・・じしん?」

だがその直後、上空から何かが降ってくる。
それは彼ら以上に豪快に結界に突っ込んで地面を抉り彼らの近くに停止する。

「・・・・・・見つけた。」

男は立ち上がる。額には菱形の短い角、こめかみからは羊の様な巻角が左右一本ずつ生え。
髪は銀色の中央に黒いラインの入ったハリネズミの様な尖った長髪を背中に垂らす。
上半身は筋肉質な半裸で、下半身は赤いラインの入った銀のレッグアーマー。
そして特徴的なのはサメのような小さな、だが黒い瞳のない白だけの眼だ。

それは例えるなら、森で数m先にいきなり大きな熊が現れ。
じっくりこちらを見られている時の様な。
エスクードがそれを見た時に感じた感覚は限りなくそれに近い。
そんな背骨につららを突っ込まれたような感覚。

(先ほどのは揺れは跳躍? 音が遅れて届く程の距離から・・・
いや、落ち着け。もうゴールラインは割っている。)

エスクードは手のひらに集中し、再び潜行(レイド)でチェルヴィごと結界をまたぐ。
相手も驚いているのか、その小さな眼を少し見開いているようだ。

(結界師とは距離があるし、千里眼の使い手は暫く力を使えない。
となれば、この結界さえ超えてしまえばこのカゴ自体が我々を守ってくれる。
この強固な結界、少なくとも国境まで逃げる時間位は・・・)

「こう・・・か・・・」

ペタリ その現れた男もエスクード同様に結界に掌をつける。

(さ・・・猿まねだ・・・私のこの力は特異なもの、
使い手などこの広い世界でも数える程しかいないはず。)

そう言い聞かせるが、彼の心の警鐘は止まない。

「おじさん。」
彼の緊張がついに隠しきれず伝わったのか、
チェルヴィも不安そうにエスクードを見上げている。

「どっっっっっせい!!

凄まじい火花と閃光を上げ、その男は結界にヒビを入れて砕き割る。
その光景にエスクードは逃げることを忘れてポカンと見入る。

(やはり・・・猿まね・・・だが、同じ技を使われた方が余程マシな?!)

その光景の意味は解る。
術もへったくれもなく、その男はただ己が剛力のみで結界を粉砕したのだ。
だがこの結界の解析を終えているエスクードには判ってしまう。
それを行うのに如何にデタラメで馬鹿げた力がいるのかということが・・・

「離れろチェルヴィ!!」
「う・・・うん。」
エスクードの剣幕に気圧されチェルヴィも素直に従う。

だが、その間に両者の間にあった間合いは潰される。
跳びかかり振り下ろされる銀獣の一撃。
剣と残った篭手でがっちり守り、
更に幾重にも障壁を張り巡らし敵の攻撃の軌道上に配置する。

だが、そんなもの無いかのように敵は拳を振りぬいてくる。
其れの前では彼の防壁もまるで縁日の型抜きのような脆さだ。
剣が折れ、篭手もつぶれ弾ける。その下の堅牢な彼の肉体ですら。
その剛力を止めきれずエスクードは顔に良いのを一発貰ってしまう。

「ぐぐっ?!」
口内に血の味がした。久しく嗅ぎ忘れていた鉄の香りだ。
更に異常事態がエスクードを襲う。

(あ・・・脚に力が・・・入ってしまったのか?
今の一撃が・・・頭の・・・良い所に・・・不味い?!)

「お? 今のを耐えっか。そんなら・・・」
ぐりんっ 敵の眼前で背を向けるような極端な上半身の捻り。
それは限界まで捻じられた硬いゴムのような力の溜め、
脚から始まったベクトルに腰と肩と上半身の捻りを加速し。
全体重の乗った渾身の一撃がエスクードに解放される。

その瞬間、樹海のある大陸を衛星軌道から見下ろせば観察することができたであろう。
その大陸を震源として海の波とは別に陸から広がる波紋の様子が。


※※※


一方、後方で転がされていたロルシドの元に腕に包帯を巻いたギーガーが合流してくる。
「良い格好だな相棒。」
「人の事言えませんよギーガー・・・この振動は・・・」
「言うまでもあるまい。将軍だ。」
「剛将シルバ、我らが上官ながら相も変わらぬデタラメさだ。」
「もう終わっているだろうが・・・急ぐぞ。
将軍の開けた穴からまたぞろ虫が入ってこられても困る。」
「了解です。ですがどうしましょう。」
「その格好では歩けんか。しかし俺も腕がこんなだからな。」
「気は進みませんが、鳥(ツァール)に掴んで飛んでもらいますか。」


※※※


そして・・・震源地では核でも使われたかと見まごう光景が広がっていた。
エスクードとチェルヴィがぶつかって出来たそれより、
幾重にも大きなクレーターが現出し、
周囲の木々は地面から引っこ抜けて軒並み吹き飛んでいた。
あっという間に結界外に広がる樹海の一画に大きな更地のスポットが出来上がる。

そのクレーターの中心にエスクードはいた。
かろうじて息をしているものの、
彼の意識は完全に断たれていた。
局所的な地震と津波を起こす。
そんな人の身で受けるには余りに巨大な暴力、
それが彼のプライドも肉体も余さずにへし折った。

「うそ・・・おじさん・・・へんじ・・・へんじしてっ!!
お・・・おじさ〜〜〜ん?!」

だがそれに応えるのは銀色の凶獣の雄叫びと、
ゴリラのように己が胸をドラミングして響く勝利宣言の音のみであった。

森は知っている。彼こそこの樹海の主であるのだと・・・
14/09/09 13:03更新 / 430
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■作者メッセージ
さておまたせの第三話です。
繁忙期ゆえ8月は投稿できませんでしたが・・・
まあその間に色々お勉強してネタも仕込んできました。

その二人の追ってを退けるものの、
土地の守護者である将に敗北したエスクード。
二人の運命や如何に?!

次回、その4 男と女と昔の話 に御期待下さい。

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まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33