連載小説
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刺客(しきゃく)その3
東と南への旅路を行く八百乃と正信、彼らが道中で襲撃を受ける時より多少時間は遡る。

南龍は予てからの計画通り、八百乃に同行した。
目の前に居る自分にまるで気づかない周囲の上士や門番の足軽達。
それは自分がこの世界から消えて生霊にでもなった気分を彼に味あわせた。

キョロキョロと落ち着かない様子の南龍に対し、八百乃はそっと耳打ちした。

「改めて言いますが、余り大きな音は立てられませぬよう気をつけてください。
あくまで視覚的に誤魔化してるに過ぎませんので。目立つ足跡なども付けぬようお願いします。」

南龍は彼女に対し解っていますと頷いて返す。
そうして無事、南龍は城の門を越え城下を後にした。
そしてあるところまで来たところで、八百乃は一団に厠へ行きたいと言って待たせ。
その間に南龍は途中の茂みに身を隠し、そこで八百乃や上士をやり過ごして分かれた。

其処から程近くにある宿場まで足を伸ばし、
南龍は貴人や大名などが乗る引き戸のついた駕籠(かご)を捕まえた。
南龍はそれに乗り込み、乗り継ぎで将軍の元まで行ける最初の船着場を目指した。

南龍は籠の中で一息付き、竹筒の水筒から水を喉に流し込んだ。
彼は自分の息の荒さを見て軽くため息をつく。
(年はとりたくないものだな。)

移動のほとんどが駕籠と船を使うとはいえ、この長旅は老齢の南龍にはけして易くはない。
杖を付いてここまで歩いてきただけでこのざまである。
それなりに若い頃は鍛えてきた南龍だからこそ、この程度で済んでいるともいえるが。

正直適材適所とは言えない。定国もそれは重々承知しているが、
この件は彼らにとって生命線である。失敗は許されない。
だが残念なことに信の置ける部下で、道行きを熟知しているのは彼だけだった。

しかし南龍はうれしかった。若様はこんな老いた自分でもまだこのような大役を任せてくださると。
南龍は籠に揺られながら考える。若様とその友といってよい家臣達のこと。

正信殿、彼は若様が気に入られているだけあって将来が楽しみな若人だ。
どうやら八百乃殿に恋慕の情を募らせているようだが、
若様も八百乃殿のことは気に入っている御様子。
果てさてどうなることか、結果がどうなるにせよ、末永く若様の傍らで支えて欲しいものよ。

八百乃殿、彼女が妖怪であると知ったときはだいぶ驚いた。
だが彼女の考えや行動を知るうちに、かように人の世に溶け込み、
その営みに敬意を払う妖怪もおるのかと感心したものである。
少々見た目は幼いが、どうやら種族的にそういうものらしい。
中身は三国一の器量良しといっても言いすぎではあるまい。
彼女もこれから末永く若様に仕えて欲しい逸材である。

そして我が君主の定国様。私の命の恩人であり、私に生きる意味をくれた御方。

南龍は思い出す。もうこの世にはいない我が子の事を・・・

北辰(ほくしん)、お前が鬼籍に入りもう幾星霜。だが父は立派に勤めを果している。
お前は文武両道で情も介す、手前味噌ながら自慢の息子であった。
私の希望、私の夢であった。家をお前に継いでもらうことが私の生きる甲斐であった。
私が大殿に仕えたように、若様の隣で右腕として仕えるお前を見ることが私の・・・

だが、お前は・・・あの悪鬼、五郎左衛門の魔手によって明日を断たれた。
絶望という言葉の意味をあれ程噛み締めた時は後にも先にもない。
若様が今のように飄々とされ始めたのは北辰が死んでから。
あの時を境にあの方は怒りや悲しみの感情を表に出すをやめられた。

失意に沈み、見る見る老けていった私はある日若様に呼び出された。
養子を取る気はないか? と言ってきたあの方の申し出に私は首を振った。
誰であろうと、先の息子北辰と見比べれば見劣りしてしまうであろう。
それに私はあれ以外に家督を譲るつもりは無かった。

跡取りの居ない私の家は私の代で終わるであろう。
それもいい、もはや成すべきことも無く。
ただ漫然と死期が己に訪れるを待つ、
こんな老骨には死して全てが無くなるという末路こそ相応しい。

そんな風に達観してしまった私であったが、それを許さぬ者が居た。
ある日より、若様は私を呼んで色々と我侭を吹っ掛けはじめた。
やれ鷹狩りに行くからお供しろ、やれ風呂に入りたくなったので沸かせ。
他にも一々私などに頼まずとも、他の者にやらせればよい用事まで私にやらせた。
そんな事が続き、流石に私も苛立ち混じりに苦言を呈したある日。
あの方はそんな私を見てうれしそうにお笑いに成られた。

「その意気よ。余はな、何も諦めてはおらぬ。
北辰の仇討ちも、この藩を余の手に取り戻すことも。何もな・・・」

だから全て終わったような顔をするな・・・
お前の務めは何も終わってはいない。
末永く余に仕え、この藩を北辰の成せなかった分まで良くするように務めよ。
あの方はそう私におっしゃった。

私にとって北辰の代わりは居ない。
だが、若様は私の胸に空いた空虚を埋めるべく心を砕いてくれた。
元服すらされていない若者、しかも使えるべき主君にこれ程つくされるなど・・・

何時しか、私は新たな夢を見るようになっていた。
この聡明で優しき若様に仕え、この藩の未来を供に築いていくという夢を。
見る目の無い家臣達はこの方をうつけなどと揶揄するが、
とんでもないことだ。この方程大きな器を持った為政者は数えるほどしかいまい。

そしてこの間の話である。突然妖怪を公式に領民として認める初めての藩をつくるなどと・・・
流石の私もあれには開いた口が塞がらなかった。
だが血沸く、荒唐無稽とすら思えるその突飛さと雄大さに・・・
この方なら成してしまうのではと思えるその器に・・・

八百乃殿のような者達を手始めとし、
少しずつ互いの生活をすり合わせるようにしていけば出来るであろうか。
そして私は見届けたい。この国でまだ誰も見たことの無い景色を・・・
あの方の隣で、そしてその景色はあの方や、
その隣にいるであろう正信や八百乃が広げていくのだ。
何とも胸の躍る話ではないか、北辰を失ってより冷めていたこの体に熱き血潮が滾る。

そのためには、誰にも死んで欲しくない。
八百乃殿は兎も角、正信殿は無事に帰ってこれるであろうか・・・

南龍は首を振って頭から益体も無い考えを振り払う。
こんな事を考えても無駄だ。自分の務めに集中せねば。
この駕籠が通る場所は街道としても大きく往来も多い。
賊に襲撃される心配はないし、五郎左衛門がこちらの企みに気づき放った刺客がいたとして、
どの駕籠に私がいるかなど分かるまい。追跡は不可能。

後は船に乗り継いでしまえば海の上、陸を眺めながら船着場を乗り継いでただ行くのみ。
海は広く、海上で網を張るのは難しい。陸から船上に攻撃を仕掛けるのも距離を取れば安全だ。
となれば・・・あと警戒するのは・・・

思案を続けるうちに駕籠の揺れが止まる。

「着きましたぜ旦那。」
「これはどうも。」

南龍は駕籠者達に多めに駄賃をはずむ。
「御忍びですので、出来れば私が乗ったことは内密にして頂きたく。」
「やぁ、こんなに?! わるいねえ旦那、任せときなよ。
金を受け取った以上筋は通すぜ。安い駕籠担いでる雲助連中とは違い。
うちあ先祖代々乗物を担いでる。由緒正しき駕籠者家系よ。
ご先祖様達に誓って約束は守るぜぇ。」
「かたじけのうございます。」

南龍は駕籠屋から出ると、小さな船着場に赴いた。
ちょうど一つの船が係留してあり、客を待っているようであった。
正に渡りに船と南龍は船頭に話しかける。

「武蔵の方へ向かうので間違いありませぬか?」
「おう、流石に直通ってわけにゃいかねえが、間違いなくそっちには行くぜ。」
「急いでおります。もう出られますかな?」
「かまわねえが、ちょいと待ってくれ。
もう一人、いやさ二人乗せることになってる・・・おう、来た来た。」

まだ鼻をたらしたような子供を連れた女性がこちらに歩いてくる。
彼女はこちらに軽く会釈をすると、船に乗り込んだ。

「それじゃあいくぜ、知ってるだろうが、代金はあちらについてから記帳後に払ってくんな。」

船頭は繋いであった縄を解いて船を漕ぎ出す。
河岸からゆっくりと離れ始め、川の流れに乗って海を目指す小さな船。

船頭はゆるりと櫂を動かして船の進路を変えており、
一緒に乗った女性は静かに対岸の景色を眺めている。
子供はその年頃にしては静かに女性に寄り添っている。

「どちらまで? 失礼でなければ。」

南龍は女性にその優しそうな風貌をいかしてやんわりと聞いた。
女性は南龍を見ると少し悲しそうに笑顔を見せ語りだした。

「親戚の住む上方へと、飢饉で現れた賊に襲われ夫を亡くしました。
食うに食えず恥を忍んで夫の実家を頼ろうと思いまして。」
「それはそれは、難儀でございました。
立ち入ったことを聞いて申し訳ありませぬ。」
「いえいえ、良いのです。」

それぞれの位置は船首に船頭、そして船尾に女性と子供。
南龍はその中間に座る形であった。
南龍は女性と話ている間、船頭に背を向けていた。

船頭はゆっくりと首を巡らしそれを確認すると、
懐から短刀を取り出しゆるりと踵を返した。
それと南龍が振り向き動いたのは同時であった。

確かに放った短刀の一撃、しかしその手応えが男の手元には無い。
代わりに重いものが落ちた音が船底から響く。
短刀を握った手、手・・・手・・・?!

男の手首から先が何時の間にか落とされていた。
(何時の間に? 振り向いてこちらに動いて・・・だが武器は・・・)

「お粗末極まりない。下の下ですな。殺気も武器も隠せておりませんでしたよ。」
南龍の手に握られた杖から刃が覗いていた。仕込み杖である。
居合い、抜く動作と斬る動作が一体となった技。
あまりにも自然に放たれたそれは、
逆手に持って抜く動作と切り落とす動作が渾然一体となったそれは、
素人目には一瞬抜いてまた戻す。そんな動作にしか見えなかった。

だがしっかりと突如に襲い来た凶刃を手首ごと叩き斬っていた。
重さではなく、あくまで刃の切れ味と使い手の技量による芸当である。

(急ごしらえにしてはまあまあか、しかし解せぬ。
このようなただの無頼漢に金を掴ませて私を殺せるなどと・・・っ!)

ちくりと背中に痛みを感じる南龍、
慌てて振り向くとそこには明るい笑顔をした女性と、
無邪気に手にした筒を吹く子供の姿が在った。

南龍は一瞬自身に何が起きたのか解らなかった。
だが、膝が自分の意に反して弛緩して景色が引っくり返るのを見て理解する。

(殺気が無いわけだ。殺す意味すら知らぬ子供に、毒矢を・・・鬼畜め・・・)

動けなくなった南龍に女性は立ち上がり語り始める。
「これで食い詰めなくて済む。誰かは知らないけどありがとよ。」

(やはり・・・老いたか、何故女子供だからと警戒を緩めた。
何故残心を怠った。 若様・・・申し訳・・・ござい・・・)


※※※


ここは組合の統括所、ウロブサはおおいに慌てていた。
人員は割けぬ、そうはいったが心配でウロブサは城を部下に見張らせていた。
何か動きがあったら自分とヤオノに報せて欲しいと。
そして部下からもたらされた報はめったなことでは動じない彼女の顔を青くさせた。

「まずい、地理的にこの報せはヤオノの方に先に届いておるはず。
そして報せが確かなら実にまずい。
このままではヤオノが・・・あの子が・・・くそっ。」

ウロブサは様々な手を頭では案じて打ち消す。
本音を言えば今すぐ自分が城に駆けつけたかった。
だがそれは出来ない。自分が今此処を離れれば、万人単位で餓死者が出てしまう。

「だからといってそこらの狸を行かせたところで・・・
早まってくれるなよヤオノ・・・誰か・・・誰か・・・」

悲嘆に暮れるウロブサの耳に足音が聞こえる。
遠慮の無い足音だ。何度もここを訪れ勝手知ったると言わんばかりの。
ウロブサはその足音の主に当然覚えがある。
彼女の耳には、その足音は万の援軍が奏でる足音にも勝って聞こえた。




12/08/08 00:12更新 / 430
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■作者メッセージ
キャラの割合的に人が多いので仕方ないとはいえ、
妖怪がまったく出てこねえ。

これは流石にいかんですよ。
というわけで次回は箸休めとして幕間の4、
山中を行く物部さんの話をやる予定。
本編がシリアス&人死に展開なので少しはゆるい内容の話でもやれればと・・・

本編の方は後一・二話は人間無双な話になってしまいますので。

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