連載小説
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おきつねさま、だらける。

妖怪。妖怪とは?
そんなふうに調べると、妖怪とはなんなのかがよぉ〜くわかる。
人知では理解できないような摩訶不思議な出来事、現象……特に、化物を指す言葉。
まあ、そういうモノの総称である。
といっても俺は妖怪なんてものは実在しないと思ってるし、仮に居たとしても「だから?」くらいにしか考えなかったであろう……そう、言ってしまえばどうでもいいモノに過ぎなかったに違いない。

ならば何故、そんな男が妖怪について語るのか?
それは簡単だ。実際に体験、遭遇、ついでに取り憑かれたからだ。
あー……いや、取り憑かれたってのはく言葉のアヤなんだが。
兎に角、だ。ある日、俺は道端でとんでもないコスプレ美女に出会って、なんやかんやあって抱い……まあ、うん。流れでな……。
言い訳をするなら、あのとき俺は酔ってたんだ。べろんべろんに。
そんな状態で、あんなコスプレ美人に会えば誰だって欲情するだろうさ。んでお持ち帰りだ。
気付けば布団の中で二人して横になってて、まあ……うん。そこで正気になって見てみれば、どうもその女はコスプレしてたって訳ではなかったワケで。
そりゃ当時は困惑した。人では有り得ない動物の耳と、尻尾。それが直に生えてるんだから当然だ。
だがしかし。しかし、だ。
そんな些細な事はどうだってよく思える程に、綺麗で。美しかった。
素直に言ってしまえば一目惚れだったのかもしれない。本当に綺麗で、可憐で、声なんか鈴の音みたいに澄んでいて……だから、だろうか。
帰る場所がないなんていう彼女を、怪しさ満点なのに……言っちまった。

「大丈夫だ。ずっとここに居ればいい。人じゃなくても、その。アレだ、まあ、かまわんから」

居場所がない。帰る場所がない。迷惑をお掛けしました、ごめんなさい。そんなふうに泣く女を……得体の知れない女でも。ましてや抱いちまった後に放り出すなんて事は出来なかった。
惚れた弱みってヤツだろうか。わからんけど。
ただ、俺はそれでよかったと思ってるし、彼女が居てくれるだけでも多分に生活は華やかになったし後悔はしていない。……していなかった。
彼女は働き者で、炊事洗濯も完璧で。
人ではなく、妖怪であると言ってたわりには人の世に詳しくて、話してると楽しいし、何より今までのつまらない生活が、本当に楽しくて、幸せで。
だからつい、つい、な?
甘やかしすぎた。甘えすぎた。
彼女との衝撃的(?)な出会いから、一年。
可憐で、可愛くて、優しくて、働き者。
そんな素敵で、誰よりも愛しいおきつね様は、見事にだらけていましたとさ。


「いや、なんでさ」

思い返すだけでも涙が出てくる。
炊事洗濯も完璧にこなし、仕事で疲れた俺を労いながら柔らかい笑みでなでなでしてくれていた完璧狐っ娘の彼女はもういない。
あの頃の純粋無垢な彼女は死んだのだ。ここにいるおきつね様はだらけている。
掃除は適当! ご飯は余り飯! 洗濯物は忘れる事、多数!
しかし夜の方はする時間が日に日に増えている。甘く、淫靡に、誘ってくるから仕方ない。
……おかげで朝、遅刻する事も……いやこれは自制出来ない俺が悪いんだが。悪いんだが…!!
けどちゃうねん。なにかがおかしい。
最近なんか家事を頼む、って言うと「うちは稲荷とちゃうんやし、あんま期待せんとってな……旦那はん……頑張るけど、頑張るけど……多目に見て? な、な? 旦那はん…旦那はんすきぃ…すき…愛しとうよ……♥」と甘く、ひたすら甘い声で言ってきやがる。
可愛いんだが、頼むからその私は絶対働きませんよみたいなだらけた姿勢でプレステ弄りながらにっこり笑うのやめれ。かわいい。
可愛いから強く言えないのは最近の悩みの種だ。
もはや完全に憑かれていると言っても過言ではない。奴は寄生虫だ。世界一可愛い寄生虫だ。
だから俺も、心を鬼にせねばなるまいと。そう誓ったのだ。
このままでは俺の愛しい愛しいおきつね様は堕落しすぎて何もしなくなってしまう。
積極的にする事がゲームとセックス。これはダメだ。もはや手遅れに近い。
なのでお仕置きをしようと思う。
子供を持つ親もこんな気持ちなのかな、と思いつつ。
今日、俺が彼女にするお仕置きは単純かつ効果的な、とーっても簡単な事。そう、それは。


「ちょっとプレステ売ってくるわ」

一言。その一言で、まるでこの世の終わりのような顔をする女が一人。
我が家が誇る駄目狐、おきつね様である。
その手には一日中握っていたであろうコントローラーが今もがっちりと握りこまれており、彼女が喜ぶなぁと思い奮発して買った4K対応テレビには某有名ロボットのゲーム最新作……の、体験版か何かが映っていた。
「毎週二回、一時間しかプレイできへんのやけれどな? 凄く綺麗で、あんな、あんな! かっこええんよ、月光蝶とか!!」とか言ってたのは記憶に新しい。
だがあえて言わせてもらおう。知らんがな、と!
今の俺は鬼である。駄目狐の言葉に耳を貸す程優しくはない。
その事が彼女にもわかるのか、次第に顔を青くしていくおきつね様。んむ、その顔も実にイイ。だが駄目だ。どんな顔をしようがこれは売る。
それが彼女の為。これ以上堕落させてなるものか。

「……う、売ってまうん……? 嘘は、嘘は、あかんよ? 旦那はん、旦那はんが、うちに、うちにいつも助かっとるよ、って。ご褒美やって、娯楽もないんじゃ疲れるやろ、って、優しく言うてくれたあの日の事……うち、忘れとらんよ……? 旦那はんが、いつもの男前な顔でな、うちに笑いかけてくれてな……愛しとるよ、って。愛しとるよって! やから、やからこれは……この子は、うちに旦那はんがはじめてくれた宝物なんよ……? あの綺麗な思い出と一緒に、いままでずぅっと大事に大事にしてきたうちの宝物なんよ……旦那はん……旦那はん、嘘、嘘やって言うてな? いけずせんといて……? だ、旦那はん……旦那はんぅ…うぅ……」

おきつね様、涙目である。
彼女の泣き顔は想像異常に心を抉るが、だが。だが、駄目だ。諦めてはいけない。
ゲームごときにこの有り様。間違いなく手遅れになるのは近い。
これは彼女の為。彼女が、かつての働き者に返り咲く為の第一歩。だから妥協は許されない。

「……じゃあ、聞くけど。今日はどれくらいこれで遊んでたの?」

……。

「い、一時間もやっとらんよぅ……うちな、旦那はんには嘘つかへんよ……?」

それは知っている。俺の嫁さんは正直者で嘘なんか吐かないと。よぉく知ってる。
だから。

「……この、ゲーム以外は?」

……。
おきつね様、だんまりである。
まあまず間違いなく俺の勤務時間よりやってる。断言する。この子は駄目狐だからな。

「……うぅ……ば、バーサスはな……一時間も、やっとらんよ……? 制限がな、あるんよ……ちょっとしか遊べへんの。うちな、今日のずぅっと楽しみにしとってな。やから、ちょっとだけ長く遊んでもうたんは謝るから……やから、やからぁ……うぅ……」

「週二、一時間だけの体験」。そう言って嬉しそうに遊んでいたおきつね様の顔が脳裏に浮かぶ。ちょっと悪いことをしたかな、なんて。
……だが。
彼女は悪い狐だ。話を誤魔化そうとしている。これはいけない。俺が聞いたのは、「このゲーム以外」についてだ。

「……このゲーム以外は?」

我ながらよくこんな冷えた声が出せたな、と感心するほど感情の籠っていない声。
これは流石に効いたのか、びくり、と尻尾を跳ねさせるおきつね様。
彼女は最近駄目狐だが、根は悪い狐ではない。正直な狐さんである。正直に話なさい。話した上で、売り払うけどな。

「ほ、ホライゾンと……あの、VRでバイオしてました……」

もはや似非関西弁…似非京言葉? すら鳴りを潜めている。
悪い狐だ……やはり遊び呆けているではないか。

「そっかぁ。……楽しかった?」

にっこり。今度は満面の笑みで。
これはお仕置きなのに、なんだか楽しくなってくる。
だがこれはお仕置き。ただのお仕置き。いじめているワケではなく、彼女の為を思って行動する、優しくて頼りになるかっこいい旦那の、最近だらしない妻に対するお仕置きである。
けれど、この笑顔を勘違いしたのか、おきつね様は太陽のように眩しい笑顔を俺に向けていた。
いや許してないからな駄目狐さんめ。

「た、楽しかったよ! 旦那はんがうちの為に買ってくれた娯楽やもん。全部楽しくて楽しくて、つい……あの。遊びすぎて、もうてな……あかんよって、思うてはおるんやけどな……うぅ…」

しかしそれも一瞬。
気付けば彼女の瞳にはまた涙が浮かんでいた。
その声音は随分と沈んでいる。ああ、だが。だが、俺はとまらんぞ。
これも全て君の為。愛しい我がおきつね様よ。

「そっか。じゃあやっぱ売っちゃえば解決だな」

悪魔の笑みである。

「だ、旦那はん!? い、いまのはうちのしおらしい姿に感銘を受けて「しょうがないなぁ……遊びすぎちゃ駄目だよマイハニー。売るのは冗談だよ。いつも愛してる」て言うて優しくキスする場面とちゃうん……? だ、旦那はん…? 旦那はん…!!」

おきつね様、必死である。
そんなに好きか。このゲーム機が。
そんなに愛しているのか、このゲーム機を。
ていうかさっきの反省したみたいな態度は演技だったんだろうか。抜け目のない駄目狐だ…。

「そうかぁ。プレステ、好き?」

「大好きやよ!」

即答である。満面の笑み。自慢のお耳もピクピクしている。
……ちょっとだけ心に響いた。だが俺は鬼。慈悲はない。

「そうか……だが、気の毒だが。こいつはもうこの家に居たくないそうでな…」

「だ、旦那はん! プレステはまだうちと遊びたいって言うとるよ!」

プレステが喋るわけないだろ! いいかげんにしろ!
駄目だ……うちの駄目狐、もう手遅れかもしれない。
すまない……俺がもっとはやく気付いていれば、うぅ。
まあ、それはそれとして。これを彼女に与えて、堕落させてしまったのは俺以外の誰でもないのだから、しっかりと責任は取ろうと思う。
具体的には今すぐ売る。売り払う。別に彼女に「大好き」と即答されたこいつが憎いとかそういうわけではなく、純粋に当初の目的を果たすために。
断じて機械に嫉妬とかしてない。してないったらしてない。
だから早く箱に入れこの無駄に高性能なゲーム機よ。お前なんぞ捨て値で売ってやるわ。
そして二度と我が家に入れると思うな。うちはバリバリの2世代だ。4は要らん。

「だ、旦那はん……乱暴せんといて……? こ、壊れてまうよぅ……うちの、うちの、プレステ……うちの……」

あーあー聞こえん聞こえんぞ。
俺は今日修羅となる。何も聞こえんぞ。何もな。
全ては我が愛しのおきつね様の為。全ては我が家の癒しの為。
売られた先で幸せにな、プレステよ……。

「旦那はんぅ……旦那はんぅう……やめて……うぅ、あかんよ……あかんよぅ……」

狭い部屋に悲痛な声が響いていく。
だが、俺の決意は揺るがない。俺の意思は揺るがない。
さようなら我が家のプレステよ。君の事は忘れない。


……こうして。
我が家から、諸悪の根元たる4は一掃される事となった。

……そして。
4を失ったおきつね様が、次の日には2にドハマりしたのは、言うまでもない事である。
17/06/22 02:30更新 / 日照雨
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■作者メッセージ

旦那はん。
男。29歳。割と厳つい顔をした筋肉質の男。
雨の降るとある日、ずぶ濡れでたたずむおきつね様をお持ち帰りし、なし崩し的に肉体関係を結んだクズ。酔っていなければ比較的まともではある。
ただし思考回路に難アリ。今回も、実のところは働かないおきつね様については別にどうとも思っておらず、最近ゲームばかりであまり好きと言って貰えずに(それでもかなりの数、言われてはいるが)いたため、なんだかんだと理由をつけておきつね様からゲーム機を強奪、売却した。
実は掃除洗濯炊事に至る全てにおいておきつね様よりスペックは上。
ただ何も出来ないふうに装い、おきつね様に世話してもらう事に幸せを感じるという厄介な性癖を持つ。

おきつね様。
女。年齢不詳。妖狐。月明かりのような眩しい金の髪、整った顔、長い睫毛、琥珀色の瞳…身長156cmと割と小柄ながら、出るところは出たわがままボディの持ち主。
長いこと処女を貫いてきた乙女ではあったが、偶然出会った旦那はんに散らされる。
不器用ながらも自分を愛し、優しくし、贅沢をさせてくれて、自分だけを見てくれる彼の事は心から愛している。……が、やはりプレステの事で多少揉めはした。ゲーム大好きだから、仕方ないね! なお仲直りも一瞬である模様。
基本的にだらだらするのが好き。けれど家事等はしっかりやる真面目な娘なのだが、あの旦那にこの嫁である。
わざとだらけて、叱ってもらう事が真の望みである。極度のM。
だが旦那はんは嫉妬はしても怒りはしない。ぶったりしない。拘束プレイもなければ、辱しめを強要されたりもしない。
本当はして欲しいけれど、なんだか恥ずかしくて言えないだけである。
意地悪してもらえるようになれば、真面目になるかも……?
あくまで可能性に過ぎないが。

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