読切小説
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The Sword Desires the Love
大陸南南西部に位置する中立派の領、ワンマイド。教会も魔物も適度に受け入れ、どちらにも偏らず適度に血の出ない衝突をさせていたこの領では、数十年に一回、武闘会が開催される。
主催者はこの街の権力者の一人であるジョージ=ウェリッシュ。由緒正しきウェリッシュ家の第二七代目当主にして、領主一族であるワンマイド家の懐刀である。見てくれこそ先祖譲りの粗野な醜男であったがその実、義侠心と自律心に溢れ、武器を手に腕を振るう代わりにペンを執り、外交官として各地の交渉を取りまとめてきたのみならず、自身も内政者として民を取りまとめてきた。
人々は言う。かの一族は姿を犠牲にして万能を得た、と。
その彼が執務室で今現在保持している物は、歴代のウェリッシュ家当主が取りまとめてきた武闘会の実施要項と、一振りの剣。
その剣は、ある二点を除けば普通の幅広のトゥーハンデッドソードである。変わっている点の一つは、刃の色が全体的に赤く、さながら血を纏っているような色合いであること。そしてもう一つは、柄の部分が旧魔王世代のドラゴンの手を思わせるような形状をしていることだ。
この剣が、武闘会における優勝者への景品である。一年ほど前にハーピー夜間便によって届けられたことから、ジョージは先祖代々のお達しの通り、武闘会を開催する計画を立案した。
会場の設営、案内ビラや情報の伝播、教会勢力に対する対策などを、生来のものであり経験によって磨き上げてきた外交力と内政能力で迅速且つ丁寧に行った。
彼らに伝えられているものは二つ。
一つは、大会開催日について。必ずワンマイド家祝誕祭に合わせること。これはワンマイド家側の都合が大きい。一生のうち一度見られるか分からない、大規模な武闘大会である。当然それ目当ての客も見込めるわけで、領の臨時収入に貢献させるために日付を定めているのだ。
もう一つは、出場資格について。大会に出ることが出来るのは、未婚の男性か、息子のいる父親に限定されている。年齢は関係ない。思想信条は関係しているかもしれないが、未だかつてそれが破られたことは……一度だけだ。
当時優勝し、剣を授与された者は女性の権利を声高に叫ぶ、女性の力を証明する為に性を偽り参加した女戦士であった。彼女はその剣と共に、数々の戦績を収めた後、ある時を境にしてその行方を眩ませることになった。しきたりを破った呪いを受けた事を知った領主は、以降万が一女性が紛れたときのために渡す銘剣"征天"を用意するようになったという。無論幸いなことに、受賞者はまだ存在しない。
そして今年も受賞者は現れなかったことに……ジョージは安堵の溜め息を漏らすのであった。

――――――

「――では、第十二回ウィリッシュ大武闘会の優勝者、リュウ=エクリア。前へ」
「はっ」
司会の声に立ち上がった男――リュウは、他の大会参加者と比べると、何処か頼りなさげな風体を持つ男であった。筋骨隆々としているわけでもなく、かといってもやしというわけでもない至って普通の体に、都会ではまず一般人Aとして認知されそうなぱっとしない顔。どうしてこの男が勝ち残れたのか、不思議に思った者も大会初めのうちは居た。
だが彼は勝ち残り、そうした声も消えていった。彼の戦術、それはまるで柳のように相手の力を受け流し、そのまま無駄のない動作で剣を振るう、というものであった。その流れるような動きは、見る側を興奮とは程遠い、まるで宮廷での舞踏会を眺めるような心地にさせた。観客は舞踏会の終了と共に、友に語ったという。
「素晴らしかったよ。血沸き肉踊る剛の戦いを期待していたが、あの様な華麗な柔の剣を用いた戦いもまた、それはそれで良いものだなと気付かされたさ」
ともあれ、リュウは全ての戦いで勝利を収め、こうして表彰台の上に自らの足で立った。面を上げよ、との指示に顔をあげると、其処にはジョージ=ウェリッシュその人が、剣を手に彼の前に立っていた。……恐らくリュウが立ち上がれば、彼を見下ろす事になるであろう身長ではあったが、それを気にする観客は何処にもいない。誰もがかの一家の業績を知っているからだ。
緊張の面持ちで見つめるリュウに、ジョージは人を不快にしない程度の笑顔を浮かべ、三位入賞者、準優勝者に賞金を渡していく。そしてリュウの前に立つと――柄だけを外に出した剣を、金貨が入った袋と共に手渡した。
「――唯一無二の業物であり、この大武闘会を制した貴殿の実力の象徴だ。貴殿がこれを用い、数々の武勲を立てる未来を……我等は願っているぞ」
思いを込めた一言にリュウは肯き、剣を手にする。会場に響く喚声。それらを突き抜けて――ジョージは閉会の言葉を――叫んだ。

「――これにて、第十二回ウィリッシュ大武闘会を閉会する!力を見せ勝ち抜いた者、力及ばずも健闘した者、全ての参加者に――今一度の盛大な拍手を!」

――――――

優勝した後、リュウは各地でその剣と共にその勇名を轟かせた。
大陸北部の城塞都市では、アマゾネスの都市襲撃を単身食い止め、族長と市長の和平を取り持った。
大陸西部の海洋都市では、都市転覆を狙うクーデター実行者を捕らえ、都市の抱える問題点とその改善案を市長に提案した。
大陸南部では、義賊の用心棒として剣を振るい、一人の犠牲者も出さずに贅を尽くした領主を改心させた。
大陸東部では"赫目の蠍"が頭目の盗賊組織を単身壊滅させた。その他大小様々な盗賊団も同時に捕縛ないし討滅させている。
他にも彼の武勇伝は各地に轟き、彼の預かり知らぬところで詩人が歌うほどに有名になった。偽物も数多く出現したが、彼の名を騙った者には尽く不運が訪れた。まるで彼の名を辱めることを快く思わない神が、天罰を下したかのように……。

――だが、彼は満たされなかった。
剣を振るい、名声を上げるほどに、彼の内側で沸々とするものがこみ上げてくる。それも、年を経るごとに強く、激しくなっていく。
それに従い、彼に異変が起こるようになった。
まず一つは、性欲。
一人で居るとき、時折獣のような衝動に襲われるようになった。犯したい、蹂躙したい。自らの手で雌を屈服させたい、と。
だが、その衝動は他者に相対すると急激に萎んでいく。屈服させるべきは彼女ではない、男など論外だ、本能は彼に叫び、体はそれに応えていた。
一つは、夢。
眠りに落ちると、彼はいつも同じ夢を見るようになった。
剣を振るう相手は、剣と同じ色の鱗を持つドラゴン。口から吐き出される炎や紫電を裂き、尻尾をいなし、迫り来る前足を踏ん張って耐え凌ぎ、剣を突き出して鱗に傷を付けていく。
初めのうちは、手も足も出ず気絶させられ、そこで目を覚ますだけであったが、各地に赴き自身の力が強くなる度に、そのドラゴンの動きにも次第に対応できるようになっていったのだ。
この日、夢の中でリュウは、異様な興ぶりを覚えていた。それは幾月も幾年も充足できていない性欲を巻き込んで、眼前のドラゴンを、力の象徴たる存在と対等に渡り合っていることに尋常でない精神の高揚を感じていたのだ。
一歩、一撃、また一歩、また一撃。ドラゴンに傷を与える度、大武闘会での死闘の時を上回るテンポで心臓は早鐘を打ち、近付く度に目は血走り、血液が沸騰したかのように体を巡る。

そして――ついに、彼の剣は、ドラゴンの片羽を、根元から斬り裂いた。
興奮は醒めない。だが彼の体は限界を迎えたのか、斬り裂いた後はピクリとも動きはしなかった。
それだけではない。興奮が、精神から切り離され、体が伝える疲労感が、彼に睡眠を要求するようになった。切り離された興奮は、そのまま彼の精神の沼の奥深く、紅玉のような光を蓄えながら沈んでいく。
瞼が……落ちていく。

『……見事だ……リュウよ……我に見初められし者よ……。
……マントラグーンへ来い……そこで我は……待つ……』

意識を失う瞬間響く、何処かノイズがかった、しかし凛とした芯の通る女性の声は……夢から覚めてなお、リュウの耳に残っていた。

――――――

――そして一ヶ月の旅の末、彼はマントラグーンに足を踏み入れた。
マントラグーン……情報屋によると、"剣岳"との別名があり、幾多の剣豪がこの山を修行の地に選び、修練の場としたという。自然が与える過酷な試練に耐え生き残った僅かな者は……歴史書に名を刻まれるような大剣豪となったという。
果たして体温が奪われるような極寒の吹雪に熱気あふれる溶岩の川、唐突に現れる地割れに間欠泉、桟橋を揺らす突風。地水風火の様々な天災がリュウを襲う。それに耐え、リュウは進む。夢の中に残された言葉を信じて。
マントラグーン登山前と比べ、彼の体つきはより頑強になり、それでいてより一層、無駄が削ぎ落とされていた。さながら、清めの儀を執り行うにあたり、身を内外から清められた巫女のように……。

幾度目かの吹雪を、溶岩を嵐を越え、本能を頼りに岩肌に手をかけ登った先。

――そこに、"彼女"は居た。

――――――

「――この日を待ち焦がれ、幾月、いや幾年待ったことか……」
常人ではまずたどり着けない地に、それは居た。
体を覆う、紅玉を思わせるような色をした鱗は、ところにより雲母を思わせる黒色が混ざる。腹部は鱗は生えて居らず褐色の地肌が見えているが、鱗が描く独特の曲線と瑞々しさ溢れる肌の色艶が、艶めかしさを演出している。
「幾度、歯がゆい思いをしたか……幾度、思いを焦がす我が炎を恨めしく思ったか……」
射抜いた存在を炎に埋めさせてしまいそうなほどに濃い深赫の光彩を持つ切れ長の瞳は、ともすれば歓喜に緩みそうな中で緊張を保っている。
三日月を描く口は若々しさと内に秘めた"女"を両立させ、見る者に力強さと美しさを印象づける。皺一つ無い褐色の肌には所々、頬や眦の辺りに紋章らしき模様が描かれ、何処かエキゾチックな雰囲気を醸し出している。
「だが……手は抜けぬ……抜けば我は、我自身を裏切ることになる……磨かぬまま放り出すなど、我が一族の矜持にかけて、絶対にできぬ事……」
焔のような色をした髪からは、人を貫き殺せる程に鋭い角が一対、突き出ている。一見すると無骨に見えるそれは、しかしその実、彼女という存在の魅力を引き上げる絶妙なバランスで存在していた。
両足はまるで魔剣士の鎧の如く重厚な鱗で被われ、五つに分かたれた先端には岩を抉るような鋭い爪が存在している。そして両手はさながら爬虫類の顎のようであり……どこか、リュウの持つ剣の柄に似ていた。
――ドラゴン。伝承に語られる権力と名誉の象徴であり、リュウを呼び寄せた張本人である彼女は……既に興奮のあまり荒くなった息を隠そうとせず、自らにも言い聞かせるように告げた。

「故に待った。そして、そして――ようやくこの日だ……」

「……そうか……」
リュウは大武闘会で得た愛剣を握り締めつつ、一歩、また一歩と進んでいく。その瞳は、あの夢の如く血走っていた。
幾度夢で繰り返した激闘。眼前の相手にそれを重ねているのか……いや、重ねているのではない。本能で確信していた。
眼前にいる、紅玉のドラゴンこそが――彼を求め、幾度と夢で剣を交わし、呼んでいたのだと。
「あぁ……いいぞ……いいぞ……!我も、我ももう我慢など出来ぬ……!」
これからの出来事を想像し、恍惚の笑みをリュウの眼前で浮かべる女。その体の輪郭が、みしりと音を立てて歪む。歪んだ場所から溢れた光は、彼女を被う鱗を磨き上げ宝石へと変えたような綺麗な赤色をしていた。
光の中で、彼女の輪郭は変化していく。より巨大に、より逞しく、より――人間とはかけ離れた姿に。
光を引き裂くように、一対の爛々とした赤い光がリュウを射抜く。それに構わずリュウは進むと……唐突に、辺りの壁が光り、空気が変化した。どうやら隔離結界を使用したらしい。思う存分暴れ、戦う。眼前に立ちはだかる彼女の意志が、彼にありありと伝わった。
応えるように、リュウは剣を向ける。

『――さぁ、夢の続きを始めようぞ!我を――アドライグを打ち倒してみせよ!さすれば全ては汝のモノだ!』

けたたましい叫び声を合図に、赫きドラゴンと赤き刃を持つ人間(……)の決闘が、再び始まった。

――――――

風を纏って振り下ろされる前足を、リュウは剣で受け流しつつ横に身を捩る。そのままジャンプして前足を蹴ると、風切り音を伴いながら迫る尻尾に剣を振り下ろした。ガリガリと、金属が削れるような嫌な音が響く。未だ嘗て一度として刃こぼれ一つ見せたことのない剣が、鱗の壁に阻まれ悲鳴を上げていた。
「――ォオオリャッ!」
尻尾を弾きつつ、再び間合いを取るリュウ。その眼前に、巨大な火球が迫っている。轟々と燃える、彼を呑み込むほどの大きさを誇る火球は、手にする剣によって一文字に切り裂かれた。
火球の放つ熱波が、彼の頬を灼く。チリチリする痛みを堪えつつ、そのまま前進し、眼前に迫るドラゴンの首。巨体を生かした体当たりだけでも、実力の足りない者は意識ごと体を吹き飛ばされるそれを、リュウは柳が風を受け流すようにいなした。その流れで縦に振り下ろされた刃は、アドライグの鱗の隙間をなぞるような軌道を描き、表皮を切り裂いた。
浅い。判断ざますぐに間合いを取り、側面に回るリュウ。首筋に走らせた傷、それは血管こそ切り裂かなかったとはいえ、眼前のドラゴンに痛手を負わせたことには違いがなかった。
憎悪とは違う、狂おしいほどの闘志と欲求を瞳に浮かべ、アドライグはリュウを見つめていた。もっと、もっと興ぶりたい。明確な意志をリュウは受け、再び首に向かって駆けた――かと思うと、そのまま右に跳ぶ。予備動作もなしに振るわれた、岩を穿つような鋭い爪が、彼の居た場所で空を切る。
跳んだ先で待ち受けるのは、根元の直径が彼の身長ほどもある尻尾。受けが殆ど出来ないタイミングでの襲撃に、リュウはただ剣を手に耐えていくだけだった。
「――ぐっっ……!」
鉛で出来た成人男性の体ほどもある棒をフルスイングでぶつけられたような痛打がリュウを襲う。通常の人間ならばまず間違いなく全身の骨が粉砕され、肋骨が臓腑を貫きかねないそれを、しかしリュウは耐えていた。彼の体は、既に人間を超越していた。
勢いを殺しきれず、吹き飛ばされるリュウの体に、容赦なく咬み付きをくれてやろうとするアドライグ。その顎に、痛みに耐えながらリュウは剣を振るい、傷を負わせようとする。
ガキィン、と鱗に阻まれ、弾き返されるリュウ。だがアドライグもまた咬み付きを阻止される形となった。宙で無防備になるリュウに、アドライグは容赦なく炎を吹き付けると、そのまま翼を広げ、宙に躍り出た。
剣をさらに赫に染める焔を防ぐために、リュウは正眼に剣を構え――その体に突如として、ウシオニのぶちかましを受けたような衝撃が加えられた!為す術もなく吹き飛ばされ――地面に叩きつけられる!
「――がはぁっ!」
常人であれば墜落死が免れないそれでさえ、筋肉繊維が切れ、背骨が逝きかける程度の傷で済んでいた。それだけではない。どんな無茶をしても、剣を握っていれば、何度でも……何度でも立ち上がれる!

「――ぅぉぉぉぉおおおおおおおおおっ!」

ドラゴンの雄叫びにも似た絶叫をあげ、再び立ち上がるリュウの目には、自らの体の何倍も巨大な翼を広げ、烈風を彼に吹き付けるアドライグの姿があった。
そしてアドライグの目には、彼女と同じ色に染まるリュウの瞳が映っていた。歓喜に唇を歪ませ、空高く飛翔し、距離を取るアドライグ。それは彼にこう告げているようでもあった。
決着をつけようぞ、と。
彼女が舞い上がるのを見て、リュウは正眼の構えから、刃を利き腕とは逆側の地面に向けた。彼の誇る、必殺の剣技。それを行うのに必要な構えであった。
瞳を閉じるリュウ。その神経は、風の気配一つすら逃さないほどに研ぎ澄まされていた。静寂、無光。時の経過を報せるものなど無く、己の立つ地平すら考慮に入らない。ただ明鏡の極地に彼は居た。

――波紋。

「――!」
彼の足が、自然と前に進む。地をする剣の音、自らの足音、そして息遣いだけが彼を今取り巻いている。
波紋が、大きくなっていく。まだだ。まだその時ではない。水面はまだ先――今だ!

「――せぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇいっ!」

――ドラゴンの身体能力を生かした、急降下のスピードを保ったままの突進。それは先程吹き付けた以上の烈風を伴って、リュウの体に迫る。
正面から視認した瞬間、体そのものが吹き飛ばされるであろう速度で、彼女はリュウに向けて一気に滑空した。
「(さぁ……さぁリュウよ……我が……我が最大の愛を!)」
声にならぬ声のまま、アドライグは呟き――二つの影が、交差した。

「……」

首から胸元にかけて、目にも留まらぬ速度で斬りつける、動きに一分の隙も見られない剣技――清流剣。対単体戦では無類の強さを誇るリュウの用いる剣術の奥義である。
「……はぁ……はぁ……」
集中が切れ、息が上がり始めるリュウ。その背後で……けたたましい音を立て、アドライグの龍身は地面に激突し、朦々と土煙を上げながら、突進した勢いのままずるずると擦られていった。
彼女の羽は、片方が根元から斬り落とされている。その直線上にある腕も、鱗に深く裂傷が走っていた。
そして、彼女の胸には――首まで届かなかったものの、胸の辺りに袈裟に傷が出来ていた。

それは、彼女の愛をそのまま表したかのように、何処までも真っ直ぐな傷であった。

――――――

立ちこめる土煙の向こう、影が徐々に縮んでいく。旧時代のドラゴンのそれから、何処か人間のフォルムを持ったそれに。
何かに憑かれたように、リュウは剣を手にアドライグへと近付いていく。影が変化した先に向けて、一歩一歩歩みを進めていく。
「……っぁ……ぁ……はぁ……っ……」
土煙の中、リュウの眼前で大の字で倒れているアドライグ。先程の激戦の影響か、翼の根本や肩に傷を負い、丹田の辺りから乳房に至る場所には、先程龍身に付けた傷がしっかりと残っていた。
既に起き上がる力もない彼女の瞳に、最早戦意は見られない。だが……疲労からあげる息にしては……刺々しさの消えた荒さが目立つ。何より……山を超えて始めて見た表情よりも、何処か眦も垂れ、口も緩み、褐色の肌でも分かるほどに頬――顔が紅潮している。
「……ぁぁ……ぁっ……ぁあ……♪」
誘っている――彼女の様子を、彼の男としての本能はそう捉えた。その本能が現実の光景となるのに、そうも時間は掛からなかった。
――ぐ……ぱぁ……
彼の目の前で、彼女の龍鱗に覆われたごつい手の指先が器用に動き、自身の股間をそっと押し開いていく。先程の戦いですら一度として傷つく事がなかったその場所は、彼に服従の意を示すが如く、何人をも受け入れた事のない神々しい輝きを放っていた。その輝きが、彼に勝者であることを示し、そして誘いかけるのだ。この輝きは、汝のものである、と。
まるで熟れた桃の如くぐじゅぐじゅに濡れたその部位は、長い間彼を待ちわびていたかのように歓喜の液を垂らし、求めるかのようにふるふると震える。既に前戯など必要としていない、いや、元から二人に前儀など必要ないのだ。これまで、ずっと共に、このときを迎えるまで我慢を続けていたのだから。
アドライグが秘所をしとどに濡らしているのと同じように、リュウもまた、己の“剣”を持て余していた。己の潜在意識に刻み込まれた『雄』としての本能が、眼前にある己が打ち負かし、屈服させた強大なる存在が自ら股開き誘う様によって鎌首をもたげ、一気に隆起させていった。今までどのような相手と同衾したとしても立つことがなかったそれが、彼自身も知らない硬度と長さを持って股間に顕現していたのだ。長く、剣を抱いて暫しの時が流れてから本当に長く解消することが出来なかった性欲が、氷が溶け出すようにじわりじわりと股間から染み出し、腰周り、胸、肩――そして頭へと侵食を続けている。
手にした剣を、リュウはアドライグの側に横たえた。ドラゴンスレイヤーの立場は、今やこの股間に聳えるやや黒光りした剣なのだ。
次第に息を荒げていくリュウ。ドラゴンの汗や愛液と共に放たれる噎せ返るような雌の香りが、次第に彼の思考を“雄”そのものにしていく。彼の手がアドライグの体に添えられ、一物が彼女の秘所に宛がわれる。幾度と女に抱かれ、その度に萎えてきたその一物は、挿入直前になってより硬さを増した。くちゅり、くちゅり。秘所から溢れる香油を、彼は“己”の全身に塗りつけていく。切なそうに顔を歪ませるアドライグ。既に彼の一物は瑞々しい輝きの淫肉に触れ、外身の堅固さからは考えられない、貪欲なまでの柔軟さを感じていた。例えるなら沼。どこまでも引きずりこみ、捕らえて離さない。財宝を求め収集するドラゴンの習性を表しているようだ。
その彼女が誇る宝物庫への道に――リュウは、己が剣をつき立てた。

――ずりゅ、ぷ、ずずっっっっっ!
「「――!!!!!!!!!!!!!!!!!」」

その瞬間、リュウは理解した。既に自分の体は、アドライグに見初められ、開発されていた事に。処女膜も貫き、愛液と血を纏いながら奥へと突き進んでいく己の一物に、アドライグの膣壁はぴっしりと密着していた。自らの一物を鍵とするならば、彼女の膣肉は適合した錠前。彼の一物の形状や固さを知り尽くしているかのように、ぴったりと嵌り、柔らかさの中にドラゴンの筋肉が生み出す弾力が感じられる膣肉は、肥大化したそれを余すことなく抱擁し、愛撫した。長らくお預けを喰らっていたかのように溜め込まれた愛液が、ぬっとりと肉槍に絡み付き、ローションのようにぬらぬらとした感触を伝えてくる。その上を滑るように、無数の肉襞が舌と化し、カリ首や鈴口、亀頭、裏筋、竿、血管の隆起した皮やそこに隠された部分といったあらゆる部位を這い、舐め擽っていく。また、抜き取ろうとするときゅう、と圧迫され襞が蔦の如く絡みつきながら握り締めるように一物を引き止め、また挿し込む瞬間には口をすぼめるように中で輪を作り、輪郭をなぞるように吸い付いていく。
同時にアドライグも理解した。既に自分の体は、リュウ無くして存在を保てない体となっている事に。リュウに挿し貫かれた瞬間、アドライグの心の奥底に秘められ、決闘において漏れ出始めていた愛しきものに対する本能が一気にあふれ出した。それは体の各場所に仕掛けられていた発情の爆弾の導火線に一気に火をつけ、小規模の爆発を起こしていく。火照るなどという生易しいレベルではなく、まるで彼女の炎にそのまま自分が焼かれたような激烈な熱が彼女の中に発生し、彼女の持つ自意識を一気に吹き飛ばした!
「――ぁぁぁあああああっ♪」
組み敷いていたアドライグの両腕が、リュウの腕を払いながら背中へと回される!重心を崩されたリュウはそのままアドライグの体へと一気に引き寄せられ――同時にアドライグの腕が自分の方へとリュウの体を引き寄せ――っぱぁんっ!
「!!!」
奥、リュウの一物が、今のアドライグの強烈な抱擁によってさらに奥へと招かれていく。先程よりも明らかに熱を持ったアドライグの膣肉は、リュウの一物にもその熱を分け与え、その熱は瞬く間にリュウの全身へと広がっていく。発情の伝播である。
リュウの亀頭に、先程とは違う感触の物体が触れる。プルプルプニプニとしていながら、全てを受け入れる柔らかさを持った部位が、リュウのそれに熱いヴェーゼを交わしていく。子宮だ、とリュウは認識した。子宮が、彼女の中から降りてきている……!発情したリュウの思考は、その事実だけで一気に思考を展開させそして自らの欲望の終着点を彼の体に命令した。

――子宮に、思うままに吐き出せ!剣を得て溜め込まれたものを、思うままに――!

「――ん、んあぁぁぁぁぁぁあああっ♪」
アドライグもまた、本能が叫んでいた。

――汝が、心の底から愛している伴侶の精液を、子宮に望むままに受け入れよ――!

互いの本能がぶつかる様を表現しているかのように、二人は互いに腰をぶつけ合い、抽送を繰り返した。数少ない明かりの役目を担う燭台の炎が、彼等の体の動きが巻き起こす風によってゆらゆらと揺らめく。
ばつんっ!ばつんっ!互いの引き締まった肉体は、まるで小太鼓が奏でるような甲高く澄んだ音を立てて、洞窟の中を複雑に反響していく。最早留めるものがなくなった精臭と魔力が互いの体から汗と共に立ち昇り、二人の感情をさらに本能的なものへと移行させていく……!
ずぬっ!ずちゅっ!リュウの一物はさらに逞しさを増しながら、今先程龍生で初めて受け入れたばかりの肉畑を耕すように抉っていく。アドライグの腹が一物の形に浮き出てしまうのではないかと思えるほど激しいその行為にも、彼女はさしたる痛みを覚えず、寧ろ従来得る筈だった焼き鏝を押されるような激しい痛みを全て身を焼き尽くす快感として捉え、徐々に柔らかくなっていく肉襞を一物に絡ませていく。そして精を強請るように、ぎゅぅぅぅっと搾乳を思わせるような力強さで捕らえていく……!
数年溜め込んでなお、リュウの陰嚢は精を作り出していた。それも従来よりもかなり高速のペースで生産されている。それに比例するかのように高まる性欲に突き動かされ、彼は獣のような雄叫びをあげながら焦がれる雛の如く口を開けている秘所へと幾度目かのダイブを試みる。アドライグの子宮もまた、その時の訪れを待望してか、徐々にその体を下に下ろしていった。
「「――!!!」」
リュウの一物が、アドライグの子宮口に何度も口付けする。先程までよりも濃厚に、仮に一物に舌があるとすればそのまま子宮の中に割り入れてしまうであろう程に彼等の性は隙間を埋め、密着していた。あと少し、もう少し。既に絶頂間近にまで押し上げられた互いの精神は、解放の時を見計らっていた。互いの距離が、ゼロよりもさらに近くなる瞬間、その時の到来を。

そして、何度目かの激しいキスを交わしたあと、一際高い音を体で奏でながら――リュウの一物は、アドライグの子宮の中へと招き入れられた。

「――」
リュウに、声はない。その空間は、さながら旅の終着点を祝う女神が存在する聖域の如く、緊張感と安らぎと、不思議な温もりに満たされていた。この場所で永劫の時を過ごす事を義務付けられたとして、自分はそれを後悔することは無いという喜び、それが彼の全身から湧き出ている……。
「――」
アドライグに、声はない。その瞬間は、アドライグという存在の中に、リュウ=エクリアという人間を生涯愛するという誓約を刻み付けるものだった。だが、それは同時に、自らに欠けたパーツが、自らに最も適合するパーツが、再び自分の中に戻ってきたという証でもあった。

――びゅるるるるるるるるるるるるるるるるるぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ………

互いに声はなく、ただ体を震わせたまま、リュウは精を放ち、アドライグは受け入れていた。幾年も溜め込まれた精は、万が一子宮から逃そうものなら熟成された濃厚な香りと共に剣の魔力を超えて全ての魔物娘を魅了しえたであろう。それが剣の魔力によってドラゴン、それもアドライグを心の底から虜にする魅惑の甘露となっているのだ。
受け入れたアドライグに、魔力と体力が戻ってくるのが分かる。絶頂しながらも彼女は、その余剰分を魔力へと変え、リュウに接吻しながらそれを分け与える。依然繋がったままの下半身は精の移譲が行なわれ続けている。リュウの体は、全ての精をアドライグに捧げようとしているかのように一物を脈打たせ続け、陰嚢をフル稼働させていた。それがアドライグからの魔力の提供によって、さらに加速する。
今や戦闘前よりも体力がある状態となった二人。しかしその瞳に理性はない。有るとすれば――互いを犯し、犯される欲望のみ。理性も何もかも捨てた獣の如く、声にならない声をあげながら二人は再び腰を乱暴に打ちつけていく。
互いに絶頂すれば、リュウは精を、アドライグは魔力を分け与え、そしてまた激しく腰を打ち付けあう。そして絶頂したら回復し、また性交、絶頂、回復、性交……。
長き時を経てようやく満たされた二人の交わりは、互いの意識が途切れるまで、何十回も何百回も続いたのであった……。

――――――

……意識が水面より上にのぼり、リュウがゆっくりと瞳を開けると、そこには剣を交わし、愛を交わし合った愛しき人の顔があった。痛みにも似た温もりが唇に残る辺り、気を失ってからも唇を彼女に押し付けていたらしい。もう離さないようにと互いの背に回しあった腕が、それをまた証明している。
「……んん……」
少し遅れて、アドライグの意識も地上にある体へと戻ってくる。彼の姿を瞳に捉えた彼女の口は、ゆっくりと微笑みのカーブを描く。そのままキスを強請るように顔を近付ける彼女を……リュウは押し留めた。
「んむぅ……良いではないか……我らは先程契りを交わした身であろう……♪接吻の一つくらい、減るものではあるまい♪」
不満げなアドライグに対し、リュウは夫婦だからいつでも出来るだろ。それよりも、とこの地に招かれる前に体に出た異常について尋ねる事にした。秘密は無しだ、と釘も刺して。
「むぅ、種を明かすのは無粋なのだがな……」
「そもそも俺が既に人間ではなく、インキュバスと呼ばれる存在であることは、俺自身がよく理解している。その原因が、あの大武闘会で貰った剣であることもな。
知りたいことは、まず一つ。アドライグ……君がこの剣を作ったのか、ということ。二つ。ワンマイド領は中立派の筈だが、どうして君と交流があるのか。その二点を教えてくれないか?」
彼は知りたかった。自らの身に起きた異変の裏側を。今更離れられる物ではないが、掌で踊り続けるのも癪だ、という男性特有の意地も若干混じってはいたが。
その思いすらも見透かしたように、アドライグはくっくっ、と意地悪く笑う。だが老練しているはずのその態度も、しかし何処か可愛く見えてしまうリュウであった。何と表現するべきか、頬をむにむにしたくなると言うか。
そこまでの思いは見抜けなかったのか、泰然とした態度でアドライグはリュウに告げた。

「――よかろう、我が生涯の伴侶よ。その疑問は我らも将来関わる故、いずれは話さねばならぬことだ。この場で、すべて打ち明けようぞ」

「――まず一つ目の質問だが、その剣を打ったのは我ではないが、打たせたのは我だ。いや、正確には我が母――ひいては我が一族だな。
この山には我が一族御用達の、鍛冶屋を営むサイクロプスがおる。そこに我が魔力と幼少期の鱗を幾つか携え、我が母が彼女に依頼したのだ。その剣――『リーガス(LIGAS)』の製作を、な」
アドライグの指さした先には、彼の愛剣――大武闘会で手にした真赫のそれがあった。今は地面に突き刺してあるそれは、今まで見てきたどの時よりも美しく輝いている。
彼女の元に"戻ってきた"事を喜んでいる。リュウは剣の変化をそう理解した。思えば、夢の中でのアドライグとの戦いの時も、今のように赫々と輝いていたような。
成る程、と頷き、リュウは次の質問の回答を促そうとすると、アドライグはそれを手で制した。慌てないでくれ、という意思表示か。焦らされるのは好きではないが、仕方ない。リュウは一度目を閉じ、アドライグの瞳を見つめた。
「……二つ。何故にワンマイド領との関わりを我らが持っているか、それについては双方の利害が一致したからだな。ワンマイド側の利害についてはその長い歴史を紐解かねばならぬが、簡潔に纏めるならば『地の平定及び領の名誉向上』と言ったところか。我が祖先の時代にはあの領地は戦乱の最中であったと聞く。力を求め、我らと力の契約を交わすことを臨むのも容易に想像は付く」
尤も、契約者が筋肉馬鹿であったならば、中立の領としてここまでの付き合いとはならなかったであろうがな、とアドライグは微笑む。リュウは、この領主の“懐刀”の舌鋒が生み出す切れ味を思い出し、さもありなん、と理解した。確かに、彼なくして、魔界と教会、双方の標的とする“中立領”としての発展は在り得ないだろう。
「そして我らが契りを結んだ理由は……リュウ、貴殿も理解は出来よう。魔王が作り出し、さらに推し進めようとしている世界の在り様、その和から逃れられぬ我々が何を欲しているか、何を求めるか。我らが契るのは、それをより確実に手中に入れられるようにするためだ……と言ったら怒るだろうか」
その発言は、武闘会優勝者の与り知らぬ所で勝手に許婚を決めた、と言っているのも同然である。あの武闘会は言うならば彼女ら一族にとっての婿選抜試験であり、勝者にはこの先暫くの名誉と共に、ドラゴンの婿となる権利が付いて回るという話なのだ。未来を決められる事を良しとしない自由人からすれば溜まったものではないだろう。
だが、リュウは怒る事をしなかった。彼は理解していた。ドラゴン族の持つプライドの高さからすれば、自らの嫁探し如きに人の子と契約を結ぶなどと言う事は到底考えられない。ならば、そうせざるをえない理由が存在するのでは……?
故に彼は続きをそのまま促し、アドライグはそれに応えた。
「知っての通り、魔王が現代の世界を作り出してから、我らドラゴンもその在り様を変化させた。人々と共に暮らす同属も、そう珍しくはない。ある者は町の守り神として教会勢の侵略を食い止め、ある者は探検家として未開の洞窟や遺跡に挑み、またある者はそれらもせず、ただ愛しき伴侶との日常を送る事に強い喜びを覚えていると聞く。
……しかしな、こうした常人の身では到底来れぬ地に蟄居を構える同族もまだ多い。ドラゴンは強者を求める。強くなくては愛を受ける資格がない……そう考えているからだ。
人の身からすれば高望みではあろう。だが仕方ないのだ。大蜥蜴と散々に揶揄された前魔王の治世下に於いてさえ、我らの力や知に並ぶものなどほぼ無い。魔王によって変化した今世ですら、常人にあの契りは耐えられぬだろう」
尤も、独占欲が過剰である同族は人を攫い、宝物を磨くが如く永劫大切にすると聞くがな、と彼女は遠い目をする。
確かに、あの命を削る激戦、その後の欲の赴くままに本能的に腰を打ち付けたまぐわい。それを常人の体で耐えろというのは、流石に無茶もいいところだろう。前者は言うに及ばず、後者は既に人を止めたリュウですら気をやる程の快楽だ。常人では脳が焼け付いて壊れてしまいかねない。
リュウが頷くのを受け、アドライグは続ける。その瞳は、何処までも真っ直ぐリュウを見つめている。
「故に我らは勇者を、強者を待つ。我らの誇りに釣り合う云々以前に、我らと共に暮らすに価するものは強者でなくてはならぬ。いや、強者でなければ、我らと共には到底暮らせまい。分相応、という奴だ」
「実力が伴わない高望みをした者は、大概がその命を落とし、脱落し、落伍していく。俺もそんな冒険者を数多く目にしてきたから、それは理解できる」
だが、とリュウはアドライグの瞳を見据える。まだ完全には理解できていない。世に伝わるドラゴンの習性から考えて、まだ繋がらないことがあった。
それが、剣。
「自らの魔力と、鱗すら込めた剣を作り、天の気紛れで配置された七難八苦の中で自らを打ち倒せる戦士を作り上げるドラゴンなど、寡聞にして聞いたことがない。
俺の知る限り、ドラゴンとは高台にて宝物を護り、覚悟もなく手を出す物には恐怖を、力が足りぬ者には敗北を、どちらも足りる者には栄光を与える魔物だと耳にしていたが……何れも受動的だ。自ら能動的に動くなど想像できなかったのだが」

「……伴侶を得られず、一人朽ちたドラゴンがどうなるか、リュウは知っているか?」

「……知らない。自然に還るのではないか?」
首を横に振るドラゴン。その瞳は何処か悲しげに伏せられている。何かあったのだろうかと邪推する前に、彼女は恐れを吐き出すように、内実を口にした。心なしか、幽かに体が震えている。
「……孤独に死したドラゴンは、魔王の力により肉体は腐らぬ。だが愛を知らず、しかし無意識下に押し込めた精神で愛を求めていたが故に――ドラゴンがドラゴンたる誇りも気高さも、我らが我らである証しの一切を愛の枷として腐り落とし、ただ男を貪る事しか考えられぬ存在――ドラゴンゾンビと化すのだ……。
リュウよ。想像付くか……?昨日まで憎まれ口を叩きつつも良き好敵手であり、高潔な精神を持っていた我らが同族が、命尽きた途端に叫びをあげ、肉体は愚か肉欲に囚われ、あられもない姿で痴態を繰り広げる様を目にする、その悲しみを。誇りも何もなく、自らが認めたものであるかどうかも関係なく股を開き、我らが先程繰り返してきたような理性をかなぐり捨てた饗宴を誰彼構わず演じるという悪寒を、あの様が我らの未来の道の一つだという、明日は我が身になりかねない恐怖を……!」
アドライグの瞳。そこにはありありとした悲しみと、そして根元からくる恐怖が見て取れた。人が思考し疑うが故に人であるように、ドラゴンは誇りがあるが故にドラゴンである、少なくとも彼女がそう考えていることを、彼は理解した。同時に、それが根刮ぎ奪われ、或いは失われることを何より恐れていることも。
「……我が同胞が朽ち、幾匹も屍と化し、誇りを腐らせ、有らん限りの痴態を晒す様を目にし、我が祖先は危機感に襲われたのだ。このまま過去の暴虐を当てにして、いつ訪れるか解らぬ勇者を待つのが果たして、我らにとって最善であるのか……と、な。
故に……」
この先は言わずとも解る。故にリュウは言葉を継いだ。
「――ならば、誇りを得るに相応しい強さ、或いは素質を持つ男を、自らの魔力を持つ剣によって育て上げ、君達の元に婿入りさせに行かせよう……となったわけか」
「御明察だ。さすがは我が夫よ」
その物言い……と言うよりは話していた一連の内実に、リュウはこれまでの出来事が腑に落ちると同時に、しかしこれまでの業績が全てアドライグの力で為した物であったのでは?といぶかしむ。その思いをアドライグは見抜き、釘を刺すような口調で告げた。
「……だが勘違いしないで欲しい。我が一族の剣は持つ物の素質を極限にまで引き出すだけだ。ロクに素質の持たん若僧が我が剣を手にしたところで、ただドラゴンに好かれるようになる、通常の剣より良く斬れる剣にしかならぬ。そんな者、そこらの低級ドラゴンにくれてやるわ。
故に、我が伴侶リュウよ。汝が打ち立てた功績は、全て汝の力で打ち立てたものだ。自身を持つがよい。我が剣は汝の歳が開花するのを、ほんの少し早めたに過ぎんのだよ」
愛する伴侶の自信を奪いたくないという意識が表に出たアドライグの言葉に、彼らは互いに気恥ずかしさを覚えた。リュウは伴侶にその言葉を言わせた自分自身に、アドライグは自分のらしくなさに。暫く沈黙が続いたのは、気恥ずかしさから互いに何を言っていいか分からなかったからだろう。
洞窟の向こうで、雲が流れていく。この場所がいくら俗世から離れていたとして、時は過ぎていく。リュウとしても、この時を無為に過ごしたいとは思わなかったし、アドライグにしてみても、既に目的は達成したようなものだ。塒で盗掘者を待とうにも、こんな辺鄙な場所に来るような命知らずは半世紀も居ないことは先祖代々の共通認識。つまり、ここにいても暇をもてあますだけ……ならば。
二人は、互いに顔を見合わせた。その瞳に宿るのは、同じ光。

「……さぁ、リュウ、いや、我が愛しの伴侶よ。我と共に――愛に満ちた輝かしき未来を描こうぞ」

差し出された、鱗で覆われたごつい手、それをリュウは……。

「……よろしく頼む。アドライグ――俺の妻よ」

――何の躊躇いもなく、握り返したのだった。

――その後。
吟遊詩人が語るには、リュウ=エクリアの伝説は今も続いているという。決して足取りは掴めず、しかし戦跡と成果は残していく彼。その側にいつも、生きた溶岩の輝きを長髪に移したような美しい伴侶を連れていたことが、ある時期から語られるようになった。市井は『アドライグ=エクリア』と名乗る伴侶の正体を喧々囂々予測しあったが、真相はリュウのみぞ知る、といった具合である。

――そしてまたワンマイド領では、ウィリッシュ大武闘会ウィリッシュ大武闘会が始まる。彼の伴侶に似た、しかし瑞々しい赤色をした剣を求め、男達は剣を交わす――。

Fin.
12/06/19 17:14更新 / 初ヶ瀬マキナ

■作者メッセージ
ドラゴンゾンビになることを、きっとドラゴンは恐れている気がする。

でも待っているだけでは来ない可能性もある。

ならばこちらに招いてしまえばいい。魔力も豊富だから、唾をつけるレベルでの改造も可能だろう!

という発想で書いてみました。

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