読切小説
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好き、嫌い。
いつかは知られてしまう秘密なら、いっその事言ってしまえば良い。
彼の理想として生きて来た私の人生にとってそれは、一種の目標でもあった。
いくら騙し通しても、それはきっと…付け焼き刃にしかならない。
だけれど、臆病者の私には…そんな事、出来なくて。
頭で考えるだけ。考えた事柄を、「そんな風に言えたらな」としか、思えない。
何故ならそれは、“ニセモノ”である私にとっての、唯一の…。
「…ん? どうかしたか?」
悩みの種。その本人は、のほほんとしながらもいつも私を気遣ってくれる。
そんな優しい彼に、嫌われてしまうんじゃないだろうか?
そう考えるだけで、震えが止まらなくなる程怖かった。
だけど、もしかしたら…もしかして…。
想像して、その数パーセントの希望に縋りたくもあるのが、現状でもあって。
だけれど、どうしても頭からは、心からは恐怖が消えなかった。
もし、伝えた先にあったモノが、彼の悲しみなら?
私に騙されていたと知って、悲しくて、失望しないだろうか。嫌われないだろうか?
…きっと。いや、たぶん、絶対。
嫌われてしまうんだろう。
でも、だけど、私の“好き”という気持ちはホンモノだから、思う。
例え嫌われるとしても、それでも私は…もう、自分を偽りたくはないのだ、と。
仮初めの理想像ではなく、本当の私を好きになって貰いたいから。
ホンモノの私をさらけ出せるかどうかは、明日に掛かっている。
何故なら、明日は一緒に、二人だけで遊べるから。
…つまり、デートなんだけれど。
「………〜〜〜っ」
さっきまでの決意は何処へ? そんな声が聞こえた気がしたけれど、聞こえないふりをして、布団に潜り込んだ。
色々な意味での、勝負の日。
「頑張れ、私…大丈夫、大丈夫…」
そう言い聞かせて、眠りに落ちた。







朝起きて、朝食もろくにとらずに出掛ける。
勿論、めいっぱいのお洒落を着込んでいる。
褒めてくれるかな、という淡い期待があったから。
だけど、いつの間にか心に掛かっていた靄は消えてはくれない。
「いくらお洒落にしても、それは貴方じゃないでしょう?」
クスクス、と、頭に小さな笑い声が木霊する。
…分かってる。そんな事は。だから、私はそれを伝えにー…。

本当に? 貴方に、伝えられるの?

私の中で、怖がりな私が言葉を発する。
…出来るハズだ。昨日、あれだけ決意したんだから。
そう思えば、声は聞こえなくなっていた。
残るのは、ほんの少しの恐怖だけだ。
そう思っていた。乗り越えられると、期待していた。でも。
「それじゃ、行こうか」
いつの間にか合流していた彼に、声が掛けられないのだ。
可愛いと褒めて貰いたくて着込んだ服を褒めて貰っても、返事が出来ない。
「クレープ。お前、好きだっただろ? 食べような」
「…ホラー映画、見る?」
そんな声を掛けてくれているのに、まともに返事が出来ない。
「…? もしかして、調子悪いか…? 休む?」
心配そうに覗き込む顔。その顔も、直視出来ない。
気付けば、数時間もの時間を無駄に費やしていた。
天気予報では、一日中快晴と言われていた空は灰色の雲に覆われていて。
…嗚呼、まるで…私の心の中みたい。真っ黒…。
ふ、と、心の靄が膨れ上がる。
「私って、どうかな…?」
違う。こんな事を言いに来た訳じゃないのに…。
「ん? 可愛いと、思う、ぞ…?」
可愛い? そうだよね。貴方の理想なんだから。
黒い私が、嘲笑うかのように心の中を汚していく。
大好きな彼の温もりも、“私”に向けられたものじゃないんだ。
私のベースになった、彼の好きだった人に向けられた…。
「でも…だって…それは…嘘、だよ…!」
厚い雲に覆われた空からは、ぽつり、ぽつりと雫が落ちてくる。
いつも弱気で、恥ずかしがり屋な私がどうしてこんなに強気になれたのかは、不思議だけど分からない。
だから、知ろうとはしなかった。
小雨が土砂降りになってゆく。
「ホントは分からないくせに! 何も! 知らないくせに!」
声を張り上げた。叫んだ。
会った事も、見たこともない私のベースに、嫉妬してしまっていた。
分かっていた。私は、我が儘だ。臆病だ。それに、卑怯者だ。
目の前で押し黙っている彼の想いを踏みにじった最低な生き物だ。
彼の好きな人になりきって、彼を好きになって、愛して。
分かってた。それは、嘘だ。彼を愛した私の気持ちは本物だった。でも。
私を…いや、“他人の姿形に真似て作った、彼の理想の女性”を愛していた彼の愛は嘘だ。
だって、彼は私を好きなんじゃない。彼が好きなのは、彼が本当に好きだった人だから。
だから、寂しかった。彼の気持ちは私に向いていないと思うと、悲しかった。
羨ましいかった。彼に好かれたヒトが。
私も、ううん、私を好きになって欲しいのに…。
彼の知らない事実を、ホントの私を知って欲しい。
でも、私の中の臆病者が、卑怯者がそれを許さない。

「教えてしまえば、嫌われるよ?」

頭の中に響く自分の声。
「教えてしまわなければ、ずっと一緒にいられる」
「彼の理想を、気持ちを裏切っていいの?」
ぐるぐるぐるぐる。
頭の中を駆け巡る、自分が傷つきたくないための屁理屈。
怖い。自分の考えも、彼に嫌われてしまうのも。
目の前には彼が、何故私が叫んだのか分からないといった顔で立っている。

「今ならまだ間に合うよ? 自分を、好きでいて貰えるよ?」

そんな声が響いて、私が選んだのは、臆病で卑怯な私自身。
不思議そうな顔をした彼に、手を伸ばして言葉を紡ぐ。
「んん、なんでもないや…ちょっと、ホントにちょっとだけ…」
言いかけて、言い止まる。それは、私の手を握った彼が…。
「…言いたい事は、我慢しなくて良いんだ。俺が、聞いてやるから。な?」
真剣な顔で、私を思って言ってくれた言葉だった。
暖かかった。だから、そんな優しい彼を私はこれ以上騙せなかった。
握られた手を強く握り返して言葉を、ホントのコトを吐き出した。
自分が何なのか。
偽って来た日々を、彼への想いも、全部。
自分の頭の中を駆け巡った言葉も、全部。
降り注ぐ雨の勢いに任せて、叫んだ。
きっと、嫌われてしまうだろう。
楽しかった日々も、悲しかった日も。
全部思い出す。
いや、覚えていた。
初めて会った日も、全部。
もう、こわくはない。
ホントは怖いのかもしれないけど、それでも私は正しい事をしたはずだ。
だから、私は彼にちゃんと謝って。
「…謝って…謝っ、…て…。あれ…可笑しいな…あはは、どうして…」
彼は無言のままだ。でも、そんな彼を直視出来ない。
熱い雫が、頬を伝って、流れて…。
「…ごめんね…。私、ウソツキだったんだ…」
耐えて居られなかった。彼が無言のまま佇んで、私が独りで言葉を紡いでいく。
急に怖くなった。怖くて、怖くて、怖くて怖くて怖くて。
「………ごめんなさい
握っていた手を振りほどいて、逃げた。
前も見ないで、走って、走って、走って、走った。
「ほら、ね? 嫌われたでしょう?」
「ずっとこのまま、いつも通りに過ごせば良かったのに」
響く、声。
聞きたくない。うるさい。うるさい、うるさいっ
自分を振り払うように、頭を振る。
でも、止まらない声。
走って走って疲れて、へたり込む。
違う、違う、私は私はただ、嫌われたく無くてー
「ぁ…あ゛ぁぁぁ…っ 違、違うよ…私…私ただ、ただ…うぅ゛、違う…こんなハズじゃ…あ゛ぁぁあ゛ぁ゛…っ」
頭を抱えて、泣き叫ぶ。
ざあぁぁあぁぁああぁぁ、と耳につく雨粒の音。
私は、ただ、ホントのコトを言っただけ、で…。
もう、渦巻く声は聞こえない。
でも、怖い。
独りぼっちで、隣に彼が居ないだけで、こんなに怖i…
「違、そん、な事、考えちゃ…ぅぅ…」
優しい彼のそばに私なんかがいたら、彼が汚れてしまう。この暗い気持ちで。
私なんかが彼のコト考えちゃいけないんだよと、声がする。
怖くて、自分で自分を抱きしめて、ふと地面の水溜まりに映る“自分”が雨粒で歪むのを見る。
歪んで、弛んで、波紋が広がって、消えて。
まるで、私なんかが居てはいけないと言われている気分だった。
怖い…独りぼっちは…ウソツキは…私は…私は……
「ごめんな、さい……ずっとずっと、私…わた、私…ごめんなさい…ごめんなさい…」
謝って謝って、謝って謝って謝って。
謝罪の言葉で自分を補おうとして。
違…う? 違う、そうじゃなくて、私は…
「ごめんなさい…、ごめんなさい、私…嫌われたく…なかった、よ…ぅあ゛ぁぁぁぁぁ…っ」
ふと、頭に暖かいものが置かれている事に気がついた。
もしかして…でも、私なんか…
「…なあ、嫌われたと思ってんの?」
嗚呼、やっぱり、彼だ。
分かってから、尚更怖くなって…声も、出ない。
怖くて、嫌われているのが怖くて、何も聞こえなかった。
「嫌ってたらわざわざ追っかけねぇよ? な? 大丈夫だから」
頭を、髪を梳かす彼の手は優しいけれど。
きっと励ましてくれているだけ。こんな得体の知れない私なんか…
「雨降ってるしさ、帰ろ? 大丈夫だから。嫌ってないから。むしろ、好きだぞ? それは変わんない」
……違うよ、そんな事言っても、ホントは嫌いなんでしょう?
「違う…違う違う違う…っ そんな、違、私なんか…っ」
違わねぇ!
いきなり張り上げられた声にビクッとして顔を上げる。
すると、彼が真っ直ぐに私の方を見ていて。
「何も違わねぇ! 俺と一緒に居てくれたのはお前だろう!? 何弱気になってんだ! お前がいくら“アイツ”を真似てたとしてもさ、俺の側で俺を支えてたのはお前なんだろ!?」
なおも続く、彼の声。
「だったら簡単じゃねぇか! そんぐらい、俺でもわかんだよ!」
見た目の問題じゃない。俺が好きなのは、お前自身だ。お前の中身だ。だから、安心しろよ。
彼は続けた。
でも、怖かった。
それは、本当なのか?
分からない。ホントは嫌われてるんじゃないだろうか。
「でも…」
でも。その先を、言おうとして、言えなかった。
簡単だったんだよ! 俺が! 好きだったのは、アイツじゃなくて!


お前って事だろうが!!


何をされているのか、理解するまで数十秒の時間を必要とした。
彼の顔が、間近にある。
すぐ、そこに。顔の前に。
そして、触れているのは、唇で。
数十、数分。長い…長い時間。
気付けば、長いキスは終わっていて…。
「…な? 分かったか? 俺が好きなのは、お前なんだよ」
彼の身長が、いつもより高く思える。
「……ホントのお前は、そんなんだったんだな」
はははっ、と、彼の笑いが聞こえて、私自身、気がついた。
彼が好きだったヒトの姿形の私が、水溜まりに映っていない。
そこにいたのは、黒い服に身を包んだ、“私自身”で。
つまり、それは……。








「…また泣いてんのか? ほら、帰るぞ? 風邪引いちまうしな」
ぽん、ぽんと私の頭をなでながら、彼は立ち上がった。
そのまま、さり気なく手を繋ぐ。

気付けば空は、晴れていた。





12/06/09 07:23更新 / 紅柳 紅葉

■作者メッセージ
佐藤 敏夫さんにありがたい御指摘をして頂き、少しは読みやすくなったと思います(あくまで自分的にはorz
ですが、 佐藤 敏夫さんに教えて頂いた事を50パーセントも引き出せてない気もします。
もっと読みやすくしなくてはいけませんね(^_^;)すみませんorz
また改稿するかも(というか必ずやります)しれませんw
佐藤 敏夫さん、ありがとうございました!!


しばらくは、こんな感じな練習をして自分の感覚を取り戻しますねorz
では、ここまで読んでくださりありがとうございましたっ!!

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