読切小説
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愛に満ちて
うーん、と背伸びをしていつも通りの時間に起きる。
今日は非番なのだが、生活習慣のせいか決まった時間に起きてしまった。
とは言っても休日にやることもほとんど決まっている。

まずは私服に着替え、教会へと向かう。
愛に満ちた生活への感謝とこれからもそうであるようにとエロス様へのお祈り。
「ったく、朝早くからお祈りとは真面目だねぇ」
この教会を任されている司祭に声をかけられた。
「父さん、エロス様に仕える司祭がその発言はどうかと思うぞ」
「良いんだよ、俺は仕事だからやってるだけで、お祈りなんかしなくてもエロス様は見ていてくださるさ」
「まぁ、俺も暇だからやってるだけだよ。母さんは?」
「母さんは堕落神様の教え通り熟睡中。用があるなら起こして来るぞ」
「いや、なんとなく聞いただけだから。それにしてもダークプリーストとエロス神の司祭がよく結婚できたよな」
「そりゃあれだ。愛の前に宗教なんて関係ないってこった。所でビートはどうしてる?兵士試験に受かったって喜んでたけどよ」

やはり親として弟の事も気になるのであろう。

「ビートなら新婚寮に送っといた。近いうちに彼女を連れてくるんじゃない?」

そう言えば、最近ビートは彼女と一緒に寝不足みたいだか……それは言わなくても良いか。

「ほう、めでたいな。それで、お前はどうなんだよ」
「いや、さっぱり。運命の出会いってのがまだ来ないみたい」
「まぁ、焦ることはないさ。なんせ」

父さんが次の言葉を言う前に、俺は先に言って見せる。

「世界は愛に満ちている。だろ?分かってるよ。っとそろそろ行くわ」
「もう行くのか?メシは?」
「散歩した後でクドの所で食ってくる」
「ヴラドさんの所か。また顔見せに来いよ」
「はいはい」

そう言って俺は教会から出て行く。
そして、少し散歩をしているとこの国では中々見かけない魔物娘が困っているのを見かけて声をかけてみることにした。
薄紫色の髪の毛に青い鳥の翼、特徴的にはセイレーンだろうか?

「お困りでしたら力になりますよ?」
「えっあの……ボクはこの国の勇者様に助けられて、それでシレンさんと言う人に手紙を渡して欲しいと頼まれて、兵士の詰め寄り所を探していたんです」
突然声をかけられたことに驚いたのか、彼女は少し周りをキョロキョロと見てから自分に話しかけられているのを確認してから言った。
心を奪われた、出会ったばかりだというのに俺は彼女から目が離せなくなっていた。これが運命の出会いだと確信するほどにすでに俺は彼女の虜になってしまっていた。
「あの、大丈夫ですか?」
自分の顔を見つめたまま動かない俺に不安になったのか彼女は声をかける。
その言葉に俺はようやく意識を取り戻す。
「あ、あぁごめん。キミみたいに綺麗な人を初めて見たものだからつい見惚れちゃって。シレンは俺だね、一応証明できる物も持ってるけど」
そう言って俺は名前入りの兵士階級証を見せる。
ってか俺は何言ってんだよ。これじゃあまるでナンパしてるみたいじゃないか。
「そんな綺麗だなんて、照れちゃいます……っとそうじゃなくて、えっと、はい。これを」
あれ?意外と好印象?
俺は渡された手紙を早速読んでみる。

――――――

シレン、キミがこの手紙を読んでいるという事は彼女は無事にたどり着けたようだね。
恋人はできたかい?まだ、いないままだったら彼女はパートナーを探して旅をしていたらしいし誘ってみたらどうだろう。それと、もしも彼女に行く当てがなかったらボクの家を紹介してあげて欲しい。
キミの親友、勇者の相棒。クド・K・ヴラドより。
追伸、ダンの馬鹿がボクの好意に一切気付かないのだけど、これはもう襲っても良いよね?

――――――

勇者本人からの手紙じゃなく、勇者の相棒からの手紙だった。
あいつ等大丈夫なのか?追伸の方でとんでもない事が書かれてたけど。
と言うか、ダンのやつは二人旅でもクドの好意に気づかないとは……どんだけ鈍感なんだよあいつ。
そもそも俺がダンと一緒に勇者候補に選ばれた後に辞退した理由だって、勇者として世界を回るよりも兵士としてこの国を守りたかったって言うのもあるが、一番の理由はダンとクドの新婚旅行として丁度良いと思ったからだぞ。

「あの、どうかなされました?」
「ちょっとね、勇者の鈍感さ加減に悩んでただけだから気にしないで。それと行く当てが無ければ紹介するように書かれていたんだけど必要かな?」
「ご迷惑じゃないですか?」
「いや、俺も丁度行くところだったから大丈夫だよ。えーと……そういえば名前を聞いてなかったね」
「ボクはセイレーンのレンです。これからよろしくお願いしますね」

彼女の屈託のない笑顔は本当に綺麗でまるで女神様みたいで、俺はますます彼女に惚れてしまっていた。



「あら、シレンちゃん。いらっしゃい。お隣のかわいい子は彼女さんかしら?」

料理店兼酒場であるクドの実家を訪れると、クドの母であるヴァンパイアのドラクさんが笑顔で出迎えてくれた。

「いや、俺は朝飯を食べにきただけですよ。それで彼女はレン、見たとおりのセイレーンで、クドとダンに助けられて行く当てが無かったらここに働かせてもらえって」
「シレンちゃんのはいつものでいいわよね?忙しいときは二人だと手が足りないし、部屋も空いてるし、この子のかわいさならお客さんも呼び込めそうね。と言うわけで私はいいと思うのだけどアナタはどう思う?」
「ん?お前が良いんならいいと思うぞ」

ドラクさんの夫であるスニクさんは俺にサンドイッチとスープを出した後テキパキと料理の仕込をしながらそっけなく答えた。

「それじゃあ決まりね。住み込みだからお賃金はあんまり出せないかもしれないけどよろしく頼むわね、レンちゃん」
「はい、がんばります」
「それじゃあシレンちゃん、ご飯の代金はサービスにしておくから食べ終わったらレンちゃんにこの国の案内でもしてあげてくれるかしら?私はレンちゃんの制服の用意しなくちゃいけないから」
「あーはいはい、わかりました」

俺はサンドイッチを口に入れながら適当に返事をする。まぁ元々案内はするつもりだったし。

「それと、レンちゃんみたいにかわいい子はすぐに他の男が寄ってきちゃうわよ。だから、告白するなら早めにしておきなさい。惚れちゃっているんでしょう?」

と、ドラクさんは俺に耳打ちをした。
内心を見透かされて驚き、俺はむせて咳き込んでしまった。

「な、なんで分かったんですか!?」
「あら、それで隠してるつもりならまだまだよ。シレンちゃんは顔に出やすいわね」

ドラクさんはクスクスと笑い、制服を作るために二階へと上がっていってしまう。

「あの、さっき咳をしていましたけど大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫。急いで食べようとしたらむせただけだから」
「ボクのことは気にせず、ゆっくり食べてくださいね」

もう好きになってしまっているから気にせずなんて無理なんだよな。
そう思いながら俺は食事を終えた。



この国はそこまで大きい国じゃあ無い。だから案内といっても本当に一緒に散歩をするぐらいだ。

「ごめんね、身近で便利な所ぐらいしか紹介できなくて」
「そんなことないですよ、ボクはシレンさんと一緒に歩いてるだけでも楽しかったです。それにこの国って皆が笑顔で本当に幸せそうで素敵だと思います」
「確かにね、この国は愛に満ちてるから。それだけは他のどの国にも負けないと思ってるよ」

大体の案内が終わり、今は公園のベンチに一緒に腰をかけて休憩中。
周りでは子供たちが遊びまわっている。時折、知った顔の子供が俺に『遊べ』と手を引っ張ってくるが今は忙しいからと追い払うと素直に帰っていく。

「シレンさんって有名なんですね」
「いや、そういう訳じゃないよ。この国だと子供たちと遊んであげるのも兵士の仕事の一つだからね、自然に顔を覚えられちゃうんだよ」
「そうなんですか?それでも、こうやって慕ってくれてるのはシレンさんが良い人だからだとボクは思いますよ」
「そう言われると悪い気はしないなぁ」
「シレンさんは運命の出会いって信じてますか?」
「まぁ信じてはいるかな。俺は一応エロス神の教徒だからね」

レンちゃんに出会ったのも運命だと思うしね。というキザったらしい台詞も浮かんだがそれは胸に秘めておく。

「あの、出会って数時間でこんなこと言うのは変かもしれませんけど……ボク、シレンさんが好きになっちゃいました。誰にでもこんな事言ってる訳じゃなくて、本当にシレンさんが初めてなんですよ。一緒に居てこんなに楽しいなぁとかもっと一緒に居たいなぁなんて思える人って」

突然の告白に俺は少し驚くが、彼女も勇気を出して言ってくれたんだここは俺もしっかりと答えなければ。

「実は俺のほうもさ、レンちゃんに一目惚れしちゃってたんだ。だから俺のほうからも言わせてもらうよ。好きです、付き合ってほしい」
「はい、これからもよろしくお願いしますね」

パチパチと周りから拍手が聞こえてくる。
さっきの告白を見ていた子供たちやその親御さんたちが祝ってくれているようで、今のを見られていたと思うと少し恥ずかしい。それでも俺たちは祝ってくれた人たちに答えるようにキスをした。

世界は愛に満ちている。この言葉をこんなにも実感した日は初めてだった。
16/02/05 23:51更新 / アンノウン

■作者メッセージ
愛の国お勧めスポット紹介

世界一のチーズ屋
店名であり、世界一おいしいかは分からないが、少なくともこの国で一番おいしいチーズ屋である。
大口をたたく店主と呆れながらも彼を支えるラージマウスの奥さんの掛け合いは見ていてほっこりすると評判。

恋愛成就公園
とある兵士とその恋人が告白して付き合った事からここで告白すれば必ず付き合えるとの評判の公園。すでに付き合っている方も愛の確認のためにここでもう一度告白するのも人気です。
まだ片思い中のあなたもここで告白してみては?

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