読切小説
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Trick or Treat
明日のために、お菓子を買い漁り過ぎたのか、部屋に足の踏み場が全く無い‥。眺め、そして‥自分の無計画さに呆れて、溜め息を出し尽くし、仕方なく居間のソファーで横になり、目を閉じて……

正直、あれでも買い足りないかと不安もある。仮に切らせた場合、児童から悪戯を受け…運が悪く(?)事が進んでしまえば、保護者公認で将来の婿に確定されてしまう場合もあるとか‥。
新任で独身の教師は特に集中して狙われやすいと聞いたこともある。それに‥小学生に性的に手を出したとすれば、親戚や知人から不名誉(?)な称号をつけられてしまうのは目に見えている。
不安が‥考えだけが頭の中を巡り‥簡単には寝付けずに、結果…。財布を持って近くのコンビニ行くも、お菓子だけが品切れ。更に次に近いコンビニにはしごするも‥ここも品切れ。3件目も……。いったい誰が買い占めているのか?と問い質したくなる。
確実に売っている筈のスーパーに行こうとするも、家からは距離がある。でも‥将来を天秤に掛ければ‥結果は考えるまでもなかった。家に戻ることをせずに、そのままスーパーに向かい、入るとすぐにお菓子コーナーまで一直線で向かい‥そこで、僕と同じ新任で隣のクラスを受け持っている、ゆかり先生を見掛けた。児童はさる事ながら、教師陣も魔物娘率が非常に高い学校の中、数少ない人間の女性。気さくで話しやすく、新任同士で歳も近いことから、あれこれと相談し合っている内に、密かに想いを抱くようになった女性(ひと)。
意外な所で見掛けた嬉しさと、初めて見た私服姿に、ここまで来たことに心の底から喜び、感謝をして、声を掛けた後に続けて挨拶を交わして…カートの上に、その大きさから異彩な存在感を放っているカボチャに目を奪われ、次いでカゴ一杯に溢れるほどたくさん入ったお菓子を見てしまい……一瞬、僕の知らない男と夜にパーティーを?と見知らぬ相手に嫉妬心を抱いたと同時に、お菓子の量からすれば2人というのは考え難い。だから‥受け持つクラスの子供達と盛大なパーティーをすると結論付けて…安心感と直ぐに離れる名残惜しさを‥僕は僕の将来のためにお菓子売り場へ急ごうとした矢先の事、
「ゆう先生。あの‥よろしければ、一緒に見て歩きませんか?」
断る。この選択肢は最初から無く、僕は二つ返事をかえして、彼女の代わりにカートを押して歩いていた。
本来の目的は既に頭から離れて、夫婦‥もとい、恋人のように並んで歩きながら、話を交わして‥時折、長い髪が靡くとシャンプーのいい香りが鼻腔を刺激する。視線を移せば‥間近で見える横顔。時々視線に気付いて、目を合わせて笑みを返してくれる。彼女のその魅力的な美貌に見惚れてしまい、陳列棚や柱にぶつかりかけた事も何度かあったり‥。

レジに着き、改めてカートを見ると‥いつの間にか大量のケチャップとトマトジュースが入っている。これだけは用途が分からない‥。だからといって、プライベートに踏み込むのは強い抵抗がある。

会計を済ませた後‥。
「あの‥。よろしければ、家まで荷物を運びましょうか?」
こんな夜遅くに女性を1人で歩かせる事と、大量の荷物を持たせる訳にはいかない。
「いいんですか?ありがとうございます!!」
大喜び。更に今日の中でも、一際眩しい笑顔を見せて、心の底から喜んだのも束の間。彼女はあの大きいカボチャを難なく持ち上げ‥胸からお腹にかけて密着させて、子供を抱くように持っている。
前に合同で体育をした時の事。彼女は跳び箱の数段分を1人で持ち上げていた所を、遠くで目の当たりにしていたから、見かけ以上に力持ちなのは知っている。でも…
カボチャと代わって欲しい。喜びは瞬時に羨望に姿を変え、心情を悟られないように、トマトジュース、トマトケチャップ。お菓子の順に袋に詰めると、手に下げて‥電灯が照らす道の中、話はお互いに尽きることなく続き……


「ここが家です」
彼女は足を止めると、カボチャを地面に置いて、鍵を開けて玄関を開けて‥
玄関先から見える、夢にまで見た彼女の家の中。
「あの‥。今その‥。お札を‥その…。お返しができなくて……」
彼女は頬を紅く染めて、視線を合わせては外してを繰り返している。
「お札を期待して、運んだ訳じゃないですから、いいですよ」
愛らしい仕草に慌てて、荷物を玄関先に下ろして、踵を返そうとして‥
「今日は本当にありがとうございます」
頭を深く下げた後に言葉は続き
「このお札は‥お札は必ず、必ずします!!」
誓いを立てるかのように、胸に手を当てている。
「お札はいいですから‥。その……。明後日、また学校で‥」
気の利いた言葉は口から出せずに、彼女と家に背を向けて、自宅を目指して歩き、その道すがら‥。
今日初めて知ることが出来た新たな一面や、きっと縮んだと思う距離。この2つが本当のお札なんだと思う。
家を出るときにあった不安な気持ちは既に霧散していた。家に着くと歩き疲れから、そのままソファーの上でゆっくりと目を閉じて……

そして‥しつこくも鳴り響く呼び鈴に起こされて、玄関を開けると目の前には、クラスで受け持っているワーキャットのあきら。
「先生♪おかしちょうだい〜♪くれないとイタズラしちゃうよ♪」
リボンの付いた細い尻尾をゆらゆらと振って、愛らしい笑顔で言われると、つい好奇心から、本当にそっちの気はないとしても、「渡さなかったら、どんな悪戯をするの?」と聞き返したくなってしまう。
でも‥ここは大人の対応。部屋に戻り見渡して、後の事を考えて無計画に渡すよりも、本人が納得しそうな量を袋に詰めると玄関へ戻った。あきらは期待を込めた視線を袋に集めると、尻尾が意思を持っているかように激しく揺れ動き、
「先生♪ありがとう♪♪」
無邪気な笑顔に黄色の声。本当に喜んでくれて、渡せて良かったと思えてくる。
「先生♪またあした学校でね♪♪」
愛らしい笑顔で手を振って、袋を口に咥えて、その場で家の屋根まで飛び跳ねて、屋根づたいに走って帰っていった。

あきらを皮切りに時間を追う毎に来るクラスの子供達、純粋にハロウィンを楽しむ児童から、中には‥本当に悪戯が目的とも受け取れる事を普通に言っている児童まで様々。皆に共通しているのが、お菓子を渡した後は必ず無邪気な笑顔を見せる事。そして、僕も自然と笑みがこぼれる。児童と教師。お互いに与えて、与えられる関係と改めて気付かされる。


夕暮れを過ぎて、もう来ないだろうと高を括り、残ったお菓子を頑張って食べようと決心していた頃。呼び鈴が鳴り響き出ると、年齢不詳と噂をされている保健室の担当している魔女のめぐみ先生が立っていた。確か未婚との話を聞いた事がある‥。
児童が怪我をした時に保健室まで付き添いで行くと、児童よりも何故か僕をよく見たり、怪しい色の薬を飲まされかけたりと、ある意味で注意をしている人だ。
「お兄ちゃん♪♪お菓子ちょうだい♪でも‥貰っても、貰わなくてもイタズラしちゃうよ♪♪」
「好きなだけお菓子を差し上げますから、悪戯はしないで下さい」
きっとこの人の悪戯は想像に難しくない。一言だけ告げて、部屋へ戻り、部屋に残っている全てのお菓子を詰めて手渡すと、不服だったのか口を尖らせている。
「お兄ちゃんの白くて、粘りのある液体が欲しい!!」
「小麦粉を水で溶いたのを用意しますので、少し待っていて下さい」
妙な問答を何回か繰り返して、なんとか帰ってもらえた‥。
めぐみ先生は僕よりも歳が上なのは間違いない。でも‥性的な意味で手を出したとすれば、見た目からもやはり………

夜も既に遅く、明日は学校があるから、誰も来ないだろうと思っていた矢先の呼び鈴。次は誰?と思いながらも出たら‥大きいカボチャを被り、身体を隠せる大きさの黒いマントに身を包んだ‥誰?が立っていて‥それも所々、出っ張りがあって‥より怪しさを醸し出しているから、本当に悪戯とも思えてくる。
「トリック オア トリート」
聞き間違える事のない声に、胸が高鳴っていくと同時に心が踊っていく。でも‥その人は何も動かないまま、暫くの沈黙が流れ、そして‥
「あ、あの‥。カボチャが外せないので……その‥」
僕は近付いて、両手でカボチャを持ち上げていくと、その下からは彼女の顔が覗かせていく。
「ありがとうございます。昨日のお札にカボチャの料理とカボチャプリンを作って持って来ました。ですが‥その‥。カボチャを被った後に料理とプリンを持ってしまいましたので……その‥外せなくなってしまい……」
頬を紅に染めて、今にも泣き出しそうな顔で説明を始めて、マントから出ている手にはカボチャの料理とプリンを持っている。

「あの‥その…。ご飯‥食べてしまいました?」
様子を窺うような表情。そして‥小さな声。
思い出せば‥今日一日は朝から何も食べていない。僕は首を横に振り、夕食を食べていない事を伝えると、彼女の顔は一気に眩しい笑顔で溢れていき、僕は見惚れつつも家に招き入れて、日頃から掃除をしていた毎に心から喜んでいる間にも、テーブルの上に次々と並べられていくカボチャ料理。
並べ終わり、彼女はマントを脱いで壁に掛けて、僕と向かい合うようにテーブルに着いて、今日あったことをお互いに談笑を交えて話しながら、料理に箸を付けて、味付けに舌鼓を打っていった。
話を纏めると彼女も僕と同じように、クラスの児童を集めてハロウィンパーティーを開いて、その後で昨日の大きなカボチャを被り物して、その中身は今食べている料理。昨晩の嫉妬心は、やはりただの杞憂になる訳で………

「「ごちそうさまでした」」
ご飯を食べ終わり、挨拶を交わして‥彼女は何もしないでただ僕を見詰めている。急激に高鳴っていく胸。そして‥
「食器は僕が洗いますから‥」
こうして一緒に家に居る事。そして、夢にまで見た手料理を食べることが出来て、見詰められる度に高鳴っていく胸。恋慕の想いから、理性を失いそうになる恐怖。それに‥早まった行動で関係を修復不可能まで壊してしまいそうな恐怖。だから‥
自分を落ち着かせようとするために、食器を持って、その場から逃げるように流し台に向かい、蛇口を捻り、冷たい水が手と心を冷やしていく‥。このまま頭から水を被ろうとも思い、そして‥僕が1人なら本当にしたかも知れない。でも‥

水が湯に変わろうと、温かさを持ち始めた頃。不意に、彼女らしき人影が視界に微かに映り、僕のすぐ横に立っているような気がする‥。そして‥細い指が頬に触れて、僕は顔と目で指を追った。指先は頬に付いていたご飯粒を掬い、彼女自身の唇に触れて、次に指が動いた時にはご飯粒はなかった。
「た‥食べ残しがあったから…。だから‥」
真っ赤な顔の彼女。仕草と今の出来事への驚きで僕の心臓は一気に高鳴り、持っていたコップは手から落ちて、盛大な音を立てて流し台の中でバラバラに砕けていた。
慌てて破片を拾い集めるも、指を切ってしまうと彼女は僕の手首を掴み、指を水で軽く濯ぐとそのまま唇に近付け‥
初めて触れた彼女の唇。柔らかさが指の皮膚を通して伝わり、息が指を‥手を擽る。次いで唇は開き、舌先が傷口を触れていく……
彼女の顔はみるみる紅潮し、次第に息が荒くなり、いつもとは違う彼女の様子に僕の理性は切れかけていた。
「ごちそうさま。私のお札‥。受け取って下さい‥」
いつもと違い艶のある声。開いた目は蕩けきって、彼女は身体と首を伸ばし……不意に彼女の唇が僕の唇に触れた。

蛇口から水が流れ続ける音の中。突然すぎた出来事に、処理が追い付かず、頭の中は理解できずに真っ白になっていた。間抜けにも開けたままになって口に‥彼女の舌が入り込み、歯茎から歯。そして‥舌に舌を絡めていく。
彼女の目を閉じて紅潮した顔。時折聞こえる吐息の音。背中に回される手。僕は出しっぱなしの水を止めて、目を閉じて舌先に全神経を集中させて、彼女の感触を確かめるように貪った。


彼女の潤んだ瞳が僕を見ている。
「ゆうさん。私‥ずっとゆうさんと、こうしたかったんです。初めて見かけた日からずっと‥。校長先生から住所を聞いて、何度も行こうと思いました。でも‥ゆうさんに恋人がいたらって思うと怖くて行けなかったんです。だから‥今日、ハロウィンだから‥仮装して……遠くから見て、恋人が居たら諦めようと思っていました……」
彼女も僕と同じ。だから‥僕も僕の気持ちを伝えて……ゆかりさんの目から涙が流れ‥
「良かった‥。ずっと‥。ずっと‥前から私も想われて……良かったです‥。
あ‥あの……お願いがあるんです‥。その‥その……」
紅潮した顔をもっと赤くした顔や恥じらう仕草に、その先‥ゆかりさんも望んでいる事を理解すると、言わせないために口で口を塞ぎ‥奥のベッドがある部屋までゆかりさんを抱えて歩いて、ベッドの上にゆっくりと寝かせるとすぐに縁に座り、僕を見ている。
「私はダンピールで‥ずっとゆうさんに……」
ゆかりさんの唇に指を当てて、頭を軽く横に振った後に、唇を重ねて…
「ゆかりさんが誰であっても、僕がゆかりさんを好きな気持ちは変わりません」
鼻先がお互いに触れ合う距離で告げた後、ゆかりさんは満面の笑みを浮かべて、僕に向かって飛び込み、そして‥
「ゆうさんの血を飲んでから、その……もう我慢が‥」
「僕はこれからもずっと、ゆかりさんを幸せにする事を誓う。だから、ゆかりさんは僕の‥いや、ゆかりさんと僕の子供を産んで欲しい」
鼻先が再び触れ合う近さで宣言。
「はい。私もゆうさんと同じくらい幸せにする事を誓います」
自然と求め合うようにキスをした後………




そして朝…。
ゆかりさんの声で起こされて、軽いキスを交わした後に、ベッドの上に脱ぎ散らかされた衣服を着て‥
昨日、一緒に夕食を食べたテーブルには朝食が並び、違う点を挙げるなら‥向かい合っているのではなく、横に隣同士で座り、時折、食べさせ合っている事。
朝食も食べ終わり、ゆかりさんは通勤の準備で家を出る前に、僕からの少しの間の別れを惜しむように長いキス。

「また‥学校で会いましょう」
「はい」
12/10/08 23:30更新 / ジョワイユーズ

■作者メッセージ
ゆかりさんは漢字が書くと『縁』です。
ゆうさんは『結』
2人合わせて『縁結び』です。
あきらさんは『晶』で、めぐみさんは『愛』‥となりまして‥合わせると『愛の結晶』になったり‥。

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