読切小説
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恋桜。
暗い空の下。
冷え込んだ空の下で、君を待つ。
雪の降る丘で、君を待つ。
いつだって、そうだった。
現れる事のない君を。
居るはずのない、君を。
記憶に残るあの笑顔を。
いつも暖かく包んでくれた、あの体を。
ただただ優しい、大きな手を。
そして、幸せだった時間を思い出して、君を待つ。
君との思い出の育つ、この丘で。
名前も顔も匂いも優しさも。
全部、全部がおぼろげな記憶。
でも、忘れてはいない。
だから待つ。
愛しい君を。
愛した君を。
愛してくれた、君だけを。
いつまでも待ち続ける。
伝えたい事が、沢山あるから。
やってみたい事が、沢山あるから。
君と、寄り添いたいから。
愛して、欲しいから。
だから、君と初めて出会ったこの丘で、君を待っている。







「君も、一人なのか?」
顔も名前も、今の私には分からない。
だけれど、君の言葉、声だけは覚えている。
暖かい日差しの中、君が私にかけた言葉は、これだったね。
そして、その言葉に返した私の言葉は。
「黙っていろ。私は寝ていたいのだ」
今なら分かるが、本当に、
「無愛想だな、お前」
ああ、無愛想だったよ、私は。
君の声が被さる。私の、記憶と。
でも、君の声が優しいから。
温もりを感じたから。
敵意が、感じられないから。
とても、安心したんだっけな。
そして、その日から君は。
「また寝てんの?」
「私が寝てようが貴様には関係ないだろうが」
毎日。
「んー、握り飯食う? 梅干し入ってっけど」
「気安く話かけるな。……因みに、鮭しか認めんから、私は」
本当に毎日。
「晴天快調だなー、今日は。お前もそう思わない?」
「知らん。早く帰れ」
雨の日も。
「ほれ、傘。濡れてんぞ?」
「知らん。それに、私は妖だ。濡れたところで……、くちゅんっ……」
「くしゃみしてる奴が言うなって。ほら」
毎日、毎月、途切れる事なく、君は来た。
最初は煩わしかった。
五月蝿いな、と、思っていた。
今まで孤独しか知らなかった心の壁が、君を拒んでいた。
だけれど、いつ頃からだろうか?
心の壁の内側に、君がいた。
「ほれ、鮭握り。好きなんだろ、アンタ」
「ん、好きだ。…それと、私はアンタではなく、名前はある」
「じゃ、教えてくれる?」
「ふっ、嫌だ」
「即答かよ」
他愛もない会話。
ああ、でも。
こんな毎日も、悪くはない。
そう思っていた。
思えて、いた。







君が私の前に現れてから、季節が2つ過ぎた。
若葉は緑葉となり、今は紅葉となっている。
少し肌寒くなったこの丘。
緑が少なくなって、赤が増えた丘。
少し寒いから、君の手を握る。
「貴様は、暖かいな」
「そりゃどうも」
過ぎた時間。
自らの時を削って、失っていく命の時間。
だけれど、この数ヶ月分、私は失っていった時間よりも大切なものを手に入れた。
それは、恋心。
君が愛おしい。
君が欲しい。
君に好かれたい。
君と、繋がりたい。
感情は溢れている。
でも、いざ伝えようとすると、口が開かない。
顔が、熱くなる。
気持ちが、高ぶる。
心の臓が、弾む、弾む。
嗚呼、嗚呼。
無理だ、私には無理だ。
恥ずかしい。
君を見ているだけで、身体が熱く火照る。
自らの気持ちなど、どうすれば伝わるのだ。
そんな初々しい気持ちが、私の中に溢れていたのを覚えている。
君の顔を見つめる。
それだけで、なんだか満たされてゆく。
「…どうかしたのか?」
「っ…。…何でもない」
どき、どき。
弾む音が、聞こえる。
何故だろうか。
恥ずかしい。
どうしてだろうか。
君から目が離せない。
そんな感情の中、もどかしい感情の中。
君がいきなりに提案する。
「なぁ、コレ植えてもいい?」
「なんだその木。小さくてみすぼらしいではないか」
枯れ枝のような木を、君が差し出して告げる。
「みすぼらしいて。桜だぜ? これ、桜だぜ?」
笑い声。鮮明に、鮮烈に覚えている声。
「桜とは、何なのだ?」
桜。その花木を、その頃の私はまだ知らなかった。
だから訊ねる。
「桜知らねーの?」
「知らんから訊いているのだろうが」
「桜ってのは、なんか桃色の花びらが綺麗な花…つーか木だな」
この時の疑問は、ただ一つ。
「花びらなど、無いではないか。下手な嘘だ」
「いや、本当だぜ? 成長したら咲くんだ。スゲェ綺麗なんだぞ?」
嘘だ嘘だと言っていた自分が、今になれば恥ずかしく思える。
だって、結局植えた桜は、育ち続けて花を咲かせたのだから。
……満開になった桜を、君と見る事はなかったけれどね。
桜を植えた君は、その翌日から現れなくなった。
病でもこじらせたのかな?
最初はそう思った。
病ならば、早く治りますように。
二日目は、そう祈った。
大丈夫だろうか?
三日目は、少し心配した。
日が落ち、巡り、また空へと輝く。
それでも君は、現れない。
月光が綺麗な夜。
肌寒くて、何もなくて、淋しい夜。
そんな日でも、君は現れてはくれなかった。
また、1日。
日は連なり、一週間。
時は巡り、寂しいままの1ヶ月。
それでも、待ち続ける。
きっと、君にも事情があるんだろう。
少しくらい、我慢しよう。
肌を刺す冬風のなか、待ち続ける。
嗚呼、だけれど。
君はもう来ないのかな。
私を喜ばしてはくれないのかな。
また、一緒に笑えないのかな。
半端、諦めている私もいた。
でも、また会えるかもしれない。
笑えるかもしれない。
だから、待ち続ける。ずっと、待ち続けてみせる。
そう決意した翌日。
空から、白い華が降った。
柔らかく、儚く溶けてしまう雪という名の華が。
ふっ、と、指先に触れた雪が、音も立てずに溶けてしまう。
そこで、不意に気がつく。
何故、私の瞳からは水が流れている?
どうしてだろう。
何故、私の胸はこんなにも苦しい?
どうしてだろう。
悲しい。寂しい。早く、会いたい。
自分の気持ちなのだから、それくらいわかっていた。
でも。
何故、私は。
「まだ貴様には伝えていない事が沢山あるのだぞ……。それなのに、貴様は…っ 貴様は、何故現れてはくれないのだっ! 貴様…名前すら聞けていないではないかっ……! 苦しくて、堪らない、ではっ、ないか……っ」
誰もいない空に向かって、胸の内をさらけ出していた。
そして、泣いた。
ただ、会えないだけなのに、泣いた。
苦しくて、寂しくて。
みっともないし、はしたない。でも、止まらなかった。
しゃっくりを上げて、声を上げて、泣いた。
泣き喚いた。
君と私のこの丘で。








それから、一年。
君を、待ち続ける。
もう泣かない。
だから、会いたい。
空に祈った。

さらに、十年。
きっと、君の容姿は変わってしまっている。
それでも良い。
君と、また話せるなら。
「早く現れんか、馬鹿者」
だいぶ大きくなった桜に、君を重ねて語りかける。

あれから何年経ったのだろうか。
気づけば、[今]になっていた。
自分でも分からない程、待ち続けている。
でも、これだけは分かる。
[人の寿命では、生きてはいられない程の時間]
でも、私の容姿は変わらない。
私の気持ちも変わらない。
だからまだ待っている。
現れるはずのない君を。
いるはずのない君を。
今日も桜に手を当てて、おぼろげな笑顔を思い出す。
そして、一言。
「……そういえば、名前、教えてなかったな。私は、四季という。貴様はなんという名なのだろうな」
瞳から、涙が溢れていた。
嗚呼、泣いてしまった。
でも、私ももう、疲れたよ。
瞳を閉じて、桜にもたれかかる。
せめて、もう一度会いたかったな。
そう思い。
記憶の断片から、君の笑顔を思い出して、笑う。
そして―――――――。













「俺は、桜華って名前だよ、四季。待たせたな」
暖かい、声。
「いつまで待たせるつもりだ、馬鹿者」
そんな一時を感じて、私は空に向かって左腕を上げて、告げた。







「私は、幸せ者だな、桜華。貴様にまた会えるなんて」



反応はない。
ただ、そこにあるのは。
満開の桜の下で。
安らかに眠る狐と。
その狐の上に舞い落ちた、一枚の花びらだけだった。
11/12/13 08:20更新 / 紅柳 紅葉

■作者メッセージ
あい・あむ・ひーろーを書いていたハズなのに、何故かこの電波を受信しました。
だいぶ悲しい物語かもしれませんが、書いてみて後悔はしていません。
ただ、一言。
下手な文章なので、読みにくいと思います。
そして、相変わらず短文です。
スイマセン。

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