連載小説
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猫の願い
 ぽふぽふと優しい手つきで背中を撫でられて目を覚ます、もうちょっと寝たい気分だけど、抱かれてやたら明るい声で話しかけられたら、嫌でも目が覚める。

「おはようクロちゃん今日も良い毛並みですねぇ〜」

 私はクロ、黒猫だからクロ、11年前に生まれたらしい私に主人が簡単に付けた名前、もちっとおしゃれな名前がよかったが、この名前も悪くないと思う今日この頃。

「あっ! こんな所に糸くずがっ!」

 朝なのに主人は元気なもんだ、とりあえず降ろせの意を込めた肩パンを3発ほど。

「ん? ああ、用意するから少しの間、待っててよ」

 うむ、違う意味に取られたけどこれでいい。しかし主人、腰にテントを張りながらうろつくのはやめて欲しい、飛びつきたくなるから。



 朝ご飯を食べてお勤めに行く主人を見送ると、日課である近所のお散歩の始まりだ、最近この町は魔物娘という種族をちらほら見かける。私の家の近所には、エキドナとキキーモラって奴が住んでいる、初めて見た時は下半身が蛇だったり、羽が生えてたりして驚いたけど今は慣れた。
 家に妙なちっこい女が来たりもした、主人にサバトとかいう教団に入ってお兄ちゃんになってと、言って迫ったから、私は全力で暴れて追い出した、主人は私の主人だ、他の雌になんか譲らない、
まぁその後叱られたけども。

「あらまぁ、可愛い子猫ちゃん」

「この子たしか……クロちゃんだね、隣の家の」

「へぇ、クロちゃんって言うの」

 主人に怒られてへこんだあと優しく撫でられた記憶を思い出して、いい気分になっていると、下半身が蛇の雌と人の雄に出会った、確かに他の猫に比べたら背は小柄だが、子猫じゃないと声を大にして伝えたい。だけど伝える術を持たないのでただじいっと雌の目を見つめる


「ほらほらおいで〜」

 何やら手を広げて受け入れる体勢を作る雌、ほぅ、私にそこに飛び込めと言うのかこの雌は、残念だが私はほいほいと飛び込む尻軽な雌ではないのだよ。と考えていたらいつの間にか雌の腕の中にいた。何が起きた、解せぬ。

「ふふふ、来ないから来ちゃった、可愛いわぁ」

 ふん、まぁいい、いつもなら何が何でも逃げ出す所だけど、今日は気分が良いからこのままでいてやる大いに感謝しろって、あ、やめて、喉は気持ち良すぎるからダメ……。

「ゴロ……ゴロ……」

「ここが気持ち良いのねぇ、ずっとやってたら眠りそう」

「そうだなぁ、ああ時間だよ、そろそろ行こう」

「ん、そうね、じゃあねクロちゃん」

 や、やっと解放された、弱点を撫で続けるとは卑怯だ、次はお前の弱点を突いてやる。



 途中、弱点責めに会いながらも公園にたどり着く、木陰のベンチに陣取って公園を見渡す、今日も子供は元気だな。
 きゃっきゃっと駆け回る子供達の中に私と同じ耳を持つ雌の子供を見つける、子供の魔物娘を見るのは初めてだが、私と同じ耳を持つ種族を見るのも初めてだ。
 珍しくてその子をずっと見ていると、その子は誰かを見つけて一直線にそっちへ走り、大人の、これまた私と同じ耳を持つ雌の胸にはしゃぎながら飛び込んだ。

「お父さん! お母さんあのね! あのね!」

「はいはい、どうしたの?」

「落ち着いて、ゆっくり話すんだぞ?」

 その一生懸命何かを伝えようとする子を微笑んで見守る夫婦。
 私はその光景に叶う事の無い夢を重ねてしまった。主人が夫で、私がその妻で、子がいる、そんな夢を。
 私は今日、ここに来たことを後悔した、背を丸めてベンチに額を擦る、胸が苦しくてたまらない、なぜ私は猫なのか、何で主人は人なのか、猫は人より先に逝く、主人の寝顔を明日見れるのか? 主人の優しい手つきで明日起きる事はできるのか? 神でも悪魔でも何でも良い、徐々に衰えておくこの体が完全に朽ちる前に、せめてこの気持ちを伝える声が欲しい、私は貴方が好きだと叫びたい、耳元で甘い言葉を囁きたい、そして共に最後の時を迎えたい。

「グルゥゥゥゥ…………」

 いくら絞っても人の声が出ない喉に苛立って、私はベンチから飛び降りて家へ駆ける、悲鳴をあげる体を無理矢理動かしてやっと見えた家の扉に飛び込んだ。
 主人のベッドに飛び乗って横になる、この苦しみを主人の匂いで和らげる為に。



 黒猫は主人のベッドで横になり眠った頃、どこかの世界の神は笑う。

「さぁてさて、迷える子猫ちゃんを導きましょうか?」
15/03/27 00:13更新 / ミノスキー
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