読切小説
[TOP]
傍らに佇むもの
「(力が…安定しない…まったく困ったもんだね)」

闇の中で"彼女"は一人胸中で毒づく。
闇を纏い、夜を支配するはずの彼女は、今は闇の中で己の存在を固定することが精一杯だった。
気を抜けば、纏う闇に取り込まれ、その存在自体が闇へ消えてしまいそうな程、儚く朧げな状態。
焦ってはいけない、そう思えば思うほどに心の中に焦りは生まれる。
焦りの原因はわかっていた。
闇の中で見えた一筋の光に、彼女の心は撃ち抜かれていたから。
その思いはやがて彼女の口から言葉として、そして彼女の意思として紡がれる。

「…会いたい。彼に…」

小さく呟いた言葉は、波紋の様に闇の中へと広がっていく。
その波紋はやがて彼女の強い意志を纏い、闇を従える。
不完全、されど今の彼女の胸中を満たす思いはもはや止めること叶わぬ程強く焦がれていた。
にぃっと、闇の中で彼女は笑みを浮かべる。
そして、誰に言うわけでもなく、一人呟く。

「にひひ…さぁて、往こうかね」

…………………………………………

「お疲れ様です、お先失礼しまーす…」

時刻は21時を過ぎた頃、ようやくその日の業務に一区切りが付き、帰路に着く。
今日は早めに帰れる、そう思うのは彼がもうこの環境に毒されてしまったからか。
いつまでも明かりの消えないビルを背に、重く感じる身体に鞭打ちながら歩みを進める。
帰路の途中、コンビニに寄ると、自然と足は酒類の販売コーナーへと向かう。

「(1本…いや、2本でいいか)」

350mlのビールを2本手に、レジへと向かう。
普段からそんなに飲むわけではない彼だが、1本では"足りない"と直感が示す。
愛想のない店員に特段苛つくこともなく、淡々と金を払い、モノを受け取る。
ありがとうございました、の原型も無い、感情の全くこもっていない礼を受け取りながら店を出る。
日に日に暑さを増していく今、早く帰らなければビールが温くなる。
独り身のつまらない、ルーチンワークの様な毎日の中で、唯一の癒やしの時間を無駄にしないよう、
薄いビニール袋に入ったビールができるだけ揺れないように、彼は駆け足で自宅へと向かった。
カンカンカンと鳴り響く、安い作りの階段を登り、自宅のドアに鍵を差し込み回す。

「(……あれ?閉め忘れか?)」

今朝家を出る時は確か鍵を閉めたはずだが、今一はっきりと記憶にない。
泥棒にでも入られていたら…と彼は一瞬思ったが、そもそも盗む価値があるものなど彼の家にはなく、それに気がつくと胸中で苦笑する。
もう一度解錠側へ回すも手応えはなく、やはり閉め忘れだと思うことにした。
さっさとシャワーでも浴びて、ビールを飲んだら寝てしまおう。
そう思い直すと、ドアに手をかけ開く。
その瞬間、一瞬だけ世界が揺らぐ、そんな感覚を味わう。
しかしそれは、彼自身が知覚するよりも早く霧散し、気が付かぬまま玄関を跨ぐ。

「おや、おかえり龍樹。今日はちょいと遅かったじゃないか」
「………あぁごめん、連絡してなかったな。ただいま、神楽」
「ふふ、何も謝ることでもないさ。ご飯は?」
「いや、食べてない。…酒しか買ってないな」
「んふふ、あたしの分もちゃんと買ってきてるじゃないか、偉い偉い」
「…汗臭いの、手に移るぞ」

ドアを開けた彼を迎えてくれたのは、薄めの浴衣に身を包んだ銀髪の女性。
白地に淡いピンクの花々がうっすらと描かれた、素朴ながらも人を引きつける浴衣だった。
しかし、纏うその浴衣は両肩を晒し、今にも脱げそうで脱げないギリギリのところで留めている。
胸元も大きく開き、零れ落ちそうな豊満で柔らかな胸が、その存在感を強く主張していた。

一瞬何かの違和感を感じた彼――龍樹だが、何事も無かったかのように彼女――神楽と話す。

「んふふ、今日も一日お疲れさん。すぐにご飯準備するから待ってな」
「あぁ、お願い」
「ほらほら、さっさとスーツ脱いで掛けときな」
「はいはい」

1Kの小さな部屋だからか、キッチンを抜けても晩飯のいい匂いが彼の鼻孔をくすぐる。
お気に入りのクッションにボフンと座り込むと、彼女が晩飯をいそいそと並べていく。
ご飯、焼き魚に味噌汁、ひじきの煮物に豆腐。
素朴ながらもしっかりとした純和風な晩御飯に、一瞬また違和感が浮かぶもすぐに消え去る。

「うまそうだな…」
「当たり前だろ?誰が作ったと思ってるんだい?」
「はは、ごめんごめん。…いただきます」
「はい、召し上がれ」

いつの間にか持ってきてくれた、キンキンに冷えたグラスに、トクトクとビールが注がれる。
お返しにと、彼女が持ってきたもう1つのグラスに、同じようにビールを注ぎ返せば準備は万端。

「「乾杯」」

冷えたビールが、疲れた身体に染み渡っていくのを感じた。
そして隣で嬉しそうに同じようにビールを飲み、笑みを浮かべる彼女につられ笑顔が溢れる。
冷めないうちに、という彼女の言葉を封切りに、腹ペコ状態の胃袋に彼女の手料理はどんどん吸い込まれていく。
気がつけば酒も料理も全て平らげ、胃も心も満足感で満たされていた。

「ご馳走様、美味しかったよ」
「お粗末様、いい食いっぷりだったよ、ひひ」

彼女のが嬉しそうに微笑むと、空になった食器、缶ビールを纏めて流し台へと持っていく。
ほんのりと赤らめた顔に、どことなく艶めかしさを感じた。

「あぁそうだ、お風呂入っちゃいなよ、沸かしてあるからさ」
「…ん、分かった」

バスタオルを片手に、洗い物をする彼女の後ろを通り風呂場へと向かう。
なんだか随分と久しぶりに入るような感覚を覚えながらも、"いつものように"風呂へと浸かる。
ゆっくりと浸かり1日の疲れを癒やす。
普段は口ずさまない鼻歌を口にしながら、上機嫌のまま湯に浸かっていた。
ひとしきり堪能したあと、風呂場の扉を開けたその瞬間だった。
世界が反転するようは、一瞬の揺らめきの後再び感じる違和感。
シンと静まる自宅が、先程までとまるで違う世界の様な、不思議な感覚。

「(なんで俺…風呂なんか入ったんだろ…シャワーじゃなくて…)」

身体を拭き終え、キョロキョロと風呂場以外の灯りが消えた自宅を見る。
食器の水切りには、何時使ったのか記憶にもない食器が並べられていた。
中身の開いたビール缶は、水で軽く洗われたあと逆さまの状態で流しの中に置いてある。

「(酒飲んで…その間に風呂を沸かしてた?ダメだ記憶に無い…)」

たかが"2本"程度しか飲んでいないのに、記憶が曖昧になる程に酔ってしまったのか。
よく分からないが、多分疲れたせいだろうと判断した彼は、寝間着を着込むとそのままベッドに倒れた。
薄暗い部屋の中、部屋の真ん中に置いた背の低い小さなテーブルをぼーっと見ていた。
一瞬、誰かと食事をしていた様な、幸せな何かが浮かんだが、やがて重くなった瞼と眠気が全てを押し潰した。


…………………………………………………………………………………………………………………


荒々しい目覚ましの音に無理矢理叩き起こされる。
寝ぼけた頭では何処に目覚ましがあるのかも分からず、もたもたと音のなる方向へ手を伸ばす。
漸く目覚ましを止めると、まだ眠り足りないと叫ぶ身勝手な頭に必死に鞭打ち、彼は出社の準備をする。
会社へ着けば、またいつもと同じルーチンワークが始まる。
資料を作って、提出して、怒られて、修正しての繰り返し。
そんな気が狂いそうな中、やっと訪れた昼休憩は先輩に誘われて近くの定食屋へと向かう。

「そいえばお前さー、彼女とかつくらねーの?」
「作ろうとは思うんですけどね―、ハハ」
「作ったらまじですぐ教えろよなー。あ、そう言えばうちのカミさんがさー…」

下らない、他愛のない会話、そして何の興味もわかない惚気話に付き合わされるも、
仕事から離れられるこの瞬間は癒やしだった。
新婚の先輩の惚気は、最近留まることを知らず業務中も惚気てくる。

「ハハ…ソウデスネー」

そんな先輩に付き合いながら、気がつけば今日も21時目前になっていた。
ちらほらと帰り始めている他の社員に従うように、今日の業務を切り上げ帰宅することにした。
欠片も愛想の無い店員の声を後に、今日もまたビールを"2本"買って買える。
たまに不安になる階段の音を耳に入れながらふと、感じた違和感に記憶を巡らせる。。

「(そう言えば前も…家に入る前?後?…何かあったような?)」

もやもやとした何かが頭の中で渦を巻くが、その"何か"が思い出せない。
必死に思い出そうとしても、モヤの中に消えた記憶のカケラは見つからず。
結局思い出すことを諦めた彼は、"いつもの様に"ドアに手をかけると、ぐっと力を込め開く。
ガチャリ、と音をたてて開いたドアの向こうには、やはり"いつもの様に"彼女がいた。
"相も変わらず"薄手の浴衣で肩をはだけさせ、胸も半分以上見えてしまっている。
触れば直ぐにでも零れ落ちそうなその浴衣に思わず手が伸びかけるも、理性が必死に抑える。

「おかえり、龍樹。今日もお勤めお疲れさん」
「…ん、ただいま……神楽」
「んふふ…♥」
「なんだよ、急に笑って…」
「いんや、なんでもないさね。さっ、いつまでも玄関でぼさっとしてなさんな、旦那様」
「はいはい…」

"いつも"彼女はどこか掴み処が無い、だけれども不思議な魅力で惹きつけてくる。
スーツを脱いで部屋着に着替えると、彼女が晩御飯を持ってきてくれた。
また"いつも通り"彼女と共に晩酌し、彼女の作ってくれた晩御飯に舌鼓を打つ。
あっという間に平らげ、買ってきたビールも終わりを告げる頃、食器を片付ける彼女が肩越しに言葉を投げる。

「ほら、お風呂湧いてるから入っちゃいな」
「あぁ……」

ふとその瞬間、何かが彼の頭の中を通り過ぎる。
ほんの一瞬違和感とは異なる、だけれども漠然とした何か。
ここで頷き一人で風呂に入ること、彼女と離れる事が禁忌に思えるような、そんな予感がした。
どこかすがるように、食器を運ぶ彼女の右肩に己の右手を掛ける。
ん?と疑問符を浮かべながら彼女が肩越しに振り返る。

「……どうしたんだい?」
「いや、あのさ…その、もしよかったら…」
「よかったら?」
「あーいや、その"たまには"一緒に入らないか?」

自分の口から出た言葉が、自分の意思では出ていないような不思議な感覚。
きょとん、とする彼女の顔を見て、若干の後悔が浮かぶ。

「いや、すまん。なんでも……」
「ふふ…いいよ。"久しぶりに"一緒に入ろうじゃないか、ね」

カチャリと、優しく流し台へと食器を置くと、彼女は嬉しそうに笑みを浮かべて振り返る。
ちょいちょい、と彼を誘うように手を動かすと、彼女はそのまま風呂場前の小さな脱衣所へ消える。
脱衣所へ消えた彼女を慌てて追いかけると、彼女は手を広げたまま彼を待っていた。
ニィっとした、どこか意地悪そうな、それでいてとても機嫌の良さそうな笑みを浮かべて。

「ほれほれ、"いつもみたく"さっさと脱がしておくれよ」
「え…あ、れ?そ、そうだっけ?」
「何言ってるのさ、好きなくせに…ひひ」

彼女の着ている薄手の浴衣は、それこそ迷う必要など無い程にシンプルだった。
腰帯を緩め外せば容易くはだける、それは分かっていた。
だが腰帯を外そうとすれば、視線は自然と彼女のはだけた胸へと向けられる。
"いつものように"不慣れな手つきで、出来る限り"いつも通り"平静を保ちながら、彼女の腰帯を解く。
ハラリと解かれた浴衣は、そのまま彼女の足元へと音もなく落ちていく。
そして露わになる彼女の裸体。

「ぁ……きれ、いだな」
「ひひ、なんだい?お世辞が上手くなったじゃないか」
「いや、その……はじめ…じゃなくて」

"見慣れた"彼女の裸体。
ふるふると揺れるその胸は柔らかそうでありながらもツンとした張りがある。
細く無駄な贅肉のないそのくびれは、グラビアモデルにもそうそう居ないほどに。
胸に比べ少し控えめなお尻は、物柔らかな女性らしさが溢れる質感が手に取るようにわかる。
そして生まれたての赤ん坊のような、何一つ生い茂ることのない彼女のワレメ。
思わず彼の口から零れた言葉は、お世辞ではない、彼の本心から出た言葉だった。
美しい"何度も見た"彼女の身体に視線は釘付けになるが、彼女の冷やかしがそれを遮る。

「くすくす…この助兵衛♥」
「ち、ちがっ」
「ひひ…ほらほらさっさと龍樹も脱ぎな。それともあたしに脱がしてほしいのかい?」
「じ、自分で脱げるから!」

いそいそと彼も服を脱いでいくも、パンツに手を掛けた時にふと気がつく。
彼女の身体に見とれていたせいで、意識すらしなかったことだったが。

「お、お前なんでパンツ穿いてないんだよ!」
「浴衣なのに下着なんて着けるわけないじゃないか。"いつもそう"だろう?」
「……あ、れ?…そうか。そうだな」

何処か無理やり納得させられてしまうも、これ以上問うのは意味が無いと思い、彼はパンツに手をかける。
だが彼女の裸を見たせいか、それとも微かに香る彼女の甘い匂いのせいか、あるいは両方か。
半勃ち状態になっている自分のペニスを彼女の見せるのが、たまらなく恥ずかしく思えてしまう。
一旦手を止め彼女の顔を見ると、ニヤニヤと意地悪に笑っている。
明らかに彼の考えていることを見透かしている、そんな顔だった。

「ほれほれ、さっさとしないと風呂も冷めるしあたしも風邪引いちまうよ」
「う、うるさい。今脱ぐ…よ」

意を決して一気に自分のパンツを下ろすと、露わになる半勃ちよりも更に固くなっている己のペニス。
"何故か"顔から火が出るほど恥ずかしく、手で隠そうとするがその手を彼女が引っ張る。

「ほらほら、さっさと入ろうじゃないか」
「わ、バカっ、引っ張るな!」
「ひひひ♥」

狭い浴槽には2人で並んで入るには少し狭い。
先に彼女が身体を洗い、その間彼は湯船に浸かることにした。
湯船に浸かりながら、横目で髪を洗う彼女の姿をジッと見つめる。
腕が動く度にプルプルと震える彼女のたわわな胸にどうしても視線が集中してしまう。
そして少し視線をずらせば整った彼女の横顔、そしてうなじが彼の劣情を更に増大させる。、
思わず手が伸びかけるも慌てて浴槽の中へと戻すが、気がつけば手を彼女へと向けてしまう。
もうちょっと、もうちょっとで届く、そんなときだった。
泡を流し終えた彼女が彼へと顔を向けると、ひひひ、と意地悪に笑い、そして一言。

「ど助兵衛め」

だがその顔はとても嬉しそうな笑みが広がっていた。
一方で彼は全て彼女にバレていたと分かるや否や、バツが悪そうに赤らんだ顔を背け、顔を半分湯船に沈める。
そんな彼の率直な反応に機嫌を良くしたのか、彼女はにんまりと笑みを零す。
そして、彼へと"いつもの様に"言葉を投げる。

「そっぽ向いてないでさ。次は身体洗うよ」
「せ、宣言しなくても洗えばいいだろ…」
「何言ってるのさ。せっかく久しぶりに一緒に入ったんだ。"いつもみたく"洗いっこしようじゃないか」
「は、はぁ!?なに…言って……ぅ…ん?」

ぐるぐると頭の中が周るような感覚は、単純にのぼせ気味だからかそれとも別の何かか。
だが彼女の言葉は何一つ間違っていない、間違っているのは自分だった。
一緒に入った時は"いつも必ず"そうしていていたじゃないかと、自分を納得させる。

「(洗い合い…そう、だよな。うん、そう"いつもよく"していたじゃないか…)」

ザバリと浴槽から上がりながら、彼女の提案に賛同する。

「そ、そうだな…うん。"いつもみたく"そうしよう…か」
「ひひひ♥そうこなくっちゃ。それじゃ"いつも通り"優しく…ね」

そう言うと彼女はボディソープを手に取ると、もう片方の手、そして自分の胸へと広げ泡立てる。
彼女のそのどこかいやらしさ感じる手つきによって、むにゅり、むにゅと形を変える豊満な胸。
彼女の両手が、ぷるんとした胸を何度も撫でる内に手は、胸は泡に包まれていく。
やがて胸は泡に包まれ、まるで泡のブラを着けているような状態になっていた。
その様子を彼はただただ見ることしか出来ない。
"いつもよくしていた"はずの行為は、彼にとってあまりに新鮮で、あまりに衝撃的だった。
もはや隠すことも忘れた己のペニスは、固く限界まで反り勃っていた。

「か…神楽?その…"いつも通り"…だよ、な?」
「そうさ、"いつも通り"あたしに任せておくれよ…龍樹の大好きな洗いっこをね…ひひ」

棒立ちの彼に、膝立ちの彼女がぎゅっと彼の腹部に抱きつく。
泡のせいでヌルヌルと滑る胸と手を、彼の身体に這わせながらゆっくりと上へと動かす。
柔らかな胸は押し付けられ形を変え、だけれどもその柔らかさは消えることはない。
柔らかな乳房の感触の中に、少しだけ感じる硬さは、興奮した彼女の乳首だった。
ゆっくりと彼の胸まで身体を上げた彼女のは、そのまま何も出来ずにいる彼の唇に自分の唇を重ねる。

「んっ…ぁむ…ちゅ、れぅ…ぁん、むぅ…ぇぉ…♥」

唇に感じる"何度も味わった"彼女の唇の感触、そして味。
柔らかなしっとりとした唇は、何度も彼の唇に重なり、その度に甘い快感を生み出す。
棒立ちになっていた彼から上目遣いのままゆっくりと離れると、つぅっと二人の間に涎の橋が掛かる。
ウブな反応を見せる彼に、彼女は再びにんまりと笑みを浮かべ、再び唇が触れる程に近づく。

「ひひ…どうしたんだい?龍樹。"随分と"大人しいじゃないか」

触れるか触れないかの距離で、何も出来ずにいる彼を煽るように彼女が口を開く。
だが彼女の吐息すらも、今の彼にはあまりに刺激的で、官能的だった。
にんまりと笑いながらも、ジッと目を合わせ続ける彼女の瞳に吸い込まれるような感覚。
目を逸らすこともできず、動くとも出来ない彼に、彼女はくすくすと笑いながら再び唇を重ねる。

「んむ…ちゅ♥ぁぷ…ぁ…んぅ、ぁふ…ぢゅ……ふふ♥随分とまぁ…にひひ♥」
「んぅっ…!ぅ…んむぅ…ぷぁっ!ま、まて神楽そこは…っ!」

唇を重ねながら彼の背を何度も撫でていた彼女の手は、いつしか彼のそそり勃つペニスへと移っていた。
キスだけではなく、身体が密着したせいでより鮮明に感じる彼女の身体。
魅力的で淫らで、男を貶めるその身体にあてられて反応しないはずがなかった。
優しく握られると、手についた泡のせいか、それとも玉袋まで垂れている先走り汁のせいか。
にゅるり、にゅく、と彼女の手が艶めかしく動き、彼のペニスに纏わりつく。

「ま…てっ!神楽…そこはもういいからっ!」
「ひひひ♥何言ってるんだい。ここは"いつも"しっかりと洗ってあげているだろう?」
「そ、う…だけどっ!」
「おやおや♥旦那様や?綺麗にしてるんだから涎を垂らすのは止めておくれ、くふふ♥」
「お、まっ…!くぅ…ぅぁ…かぐ、ら…あぁぁっ」
「ひひ…♥」

くちゅ、ぢゅ、ぬちゅ、と彼女の手が行き交う度に水音が、そして彼の喘ぎが響き渡る。
握る手の力に強弱をつけながら、指の1本1本が獲物を絡め取る蛇の様に蠢く。
泡と水と、そして先走りが混ざり合い、粘りのある白濁へと変わり、それが更に快感を生み出す潤滑油になる。
自分で慰める時と比べ物に為らないほどの快感に溺れ、もはや限界に達するその時だった。
彼女の手が急に彼のペニスから離れる。

「ほれ、旦那様。そろそろ一旦泡を流そうかね」
「あ…ぇ?」
「くひひ♥見事な呆け顔をしているじゃないか。眼福眼福、くくく♥」

そう言うと彼女はシャワーで彼と、そして自分に付いた泡を流していく。
呆然としている彼を他所に、彼女は嬉しそうに笑みを浮かべていた。
寸止めされた彼のペニスは、シャワーのお湯にすら反応するほどに敏感になっていた。
泡が流れ終わっても、ビクンビクンと脈動する彼のペニスを見て、彼女は再びにんまりと笑う。
再び唇が触れるほどに顔を近づけた彼女が優しく彼のペニスに指を這わせながら、彼に言葉をかける。

「さて。ど助兵衛な旦那様や、随分とここが苦しそうじゃないか」
「うる…さいっ。もう洗い終わった…だろ」
「くひひ♥少し意地悪しすぎたかな?拗ねる顔も可愛いもんじゃないか」
「……うるせ」
「…"いつもみたくして"欲しいって言えばいいじゃないか、何我慢してるんだい?」
「ぅ…」

そう言われた瞬間、視線は一度彼女の目から離れ胸へと向かい、そして再び彼女の瞳に吸い込まれる。
にぃっと嬉しそうに笑みを浮かべる彼女には、もはや全てお見通しなのだろう。
何度か声に出そうとして出なかった音は、やがて意を決した彼の口から、言葉として放たれる。

「い、"いつもみたく"胸で…その、最後まで…」
「最後まで…なんだい?」
「神楽っ!たのむ、その胸で最後まで…してほし…い!」
「……くひひ♥」

今日一番の笑みを浮かべた彼女はそのまま彼にキスをした後、耳元で艶めかしい声で甘い吐息とともに囁く。

「畏まりました…だ・ん・な・さ・ま♥」

浴槽の縁に彼を座らせると、彼女は彼と向き合う形でその場に座り込む。
その顔を、今にも暴発しそうなほど脈動を繰り返す彼のペニスに近づけると、軽く唇を重ねる。

「んふふ…いい感じに限界が見えてるじゃないか」
「ぅ…るさい…はぁっ…はぁっ!」
「ひひ…慌てなさんなって」

そういうと、彼女は両手で自分の胸を寄せ上げると、その谷間に向けて涎を垂らす。
上目遣いで彼を見ながら、舌から涎を零れ落とす彼女は、それだけで官能的な雰囲気を醸し出す。
とろりとろりと谷間に落ちていく涎は、彼女の手が動く度に胸の谷間に刷り込まれ、くちゅくちゅと音をたてている。
もはやその光景を見ていることが限界になった彼の、その気持を察したかのように彼女が顔を上げる。
涎が十分に広がった谷間をわざと開き、汗と涎、そして熱気でぬるぬると化したその谷間を見せつける。

「ほれほれ…ひひ、準備できたよ」
「あ…は、はやく、神楽っ!もう限界だって…!」
「くひひ♥わかってるよ…今挟んでやるさ…だから」

ぐっと身体を彼に近づけると、寄せ上げた谷間の下側に彼のペニスの先端部を触れさせる。
後は彼女が身体を沈めれば、たちまちに谷間に吸い込まれてる、そんな状態で彼女は一度身体を止める。
そして、もう一度彼を見上げると、彼女はにぃっと嬉しそうに笑いながら告げる

「情けない蕩けた顔を、声を聞かせておくれ♥」

瞬間、ぬちゅりと音を立てて、彼女の谷間に彼のペニスが吸い込まれる。
ぎゅっと両手で圧迫しているとは言えど、それ以上にみっちりとした感覚に思わず声が漏れてしまう。
弾力のある彼女の胸の感触は、先程まで見てた柔らかそうなイメージとは裏腹に、
彼のペニス全体に対して強く密着するようにぎゅっと締め付けてくる。
寂しさを紛らわせる為に幾度となく買っては捨てた、オナホールなどとは比べ物にならないほど、
温かく柔らかな感触は、今までの行為の全てを忘れさせるほどだった。

「ぁぐ…ぅあ、なん、だ…これ…すご、ぐぅっ」
「ひひひ♥まだ挿れただけじゃないか…ほらほら、ちゃんとこっちを見ておくれ」

あまりの快感に思わず仰け反っていた身体を何とか戻し、視線を彼女へと向ける。
ひひ、と満足そうな笑みを浮かべた彼女がゆっくりと両手を持ち上げると、
根本まで包まれていた彼のペニスがゆっくりと谷間から抜けていく。
視線を向けた彼に見せつけるかのように、ゆっくりとした動きで責め立てる。
ゾワゾワとした寒気に似た快感と、そして抜いてほしくないと思う寂しさが同時に襲ってくる。
――抜かないで
そんな言葉が彼の口から出ようとした瞬間だった。
たぽん、と音とともに、彼のペニスが再び根本まで彼女の谷間に包まれる。
突如彼のペニスを襲う途方もない快感に、言葉は霧散し、口からはただただ喘ぎだけが漏れる。

「ぁっ…かは…ぐ…」
「んふふ…いい声じゃないか…ほらもっと聞かせておくれよ」

そう彼女は告げると、今まで焦らしていた反動とでも言うように動きを激しくする。
たぽん、ちゅぷん、たぷ、たぽん、ちゃぷ、ちぷ。
たわわな胸が上下に揺れる度に、柔らかな音が風呂場中に響き渡る。
ただ挟んで揺らすだけではなく、左右の手の力を絶妙に加減しながら、1度として同じ快感を与えない。
滑らかく吸い付いてくる彼女の両胸に擦られ、彼の射精感はどんどん大きくなっていく。
そして彼女の魔術めいたその妙技に彼の限界はあっけなく迎えることとなる。

「あっひっ、ぐぅぅっ!か、神楽っ!まっ、そんなやる、と…っ!限界っ!」
「くひひ♥耐えれるわけなかろうに。いつでも…好きな時に出しなよ、旦那様♪」
「あ…っ!い、く…あああぁぁっ!」
「っ♥♥」

彼の限界に合わせてギュッと胸を彼のペニスに押し付けた瞬間、谷間からペニスの先端部が覗く。
その胸の圧力に押し出されたかのように、勢い良く出た彼の精子が彼女の顔を白く染め上げる。

「ぁぷ♥…んふ♪こんな溜め込んで…くひひ♥」
「あぐぅっ…ごめ、神楽…とまんなっ!」

ぎゅっ、ぎゅっとペニスの脈動に合わせて小さめに胸を動かす度に、勢い良く彼の精子が飛び出る。
びゅぐ、びちゃりと彼女の前髪まで精子まみれにするほどに。
全身が震えるほどの快感に打ちひしがれ、その快感が治まる頃、漸く彼は彼女を見ることになる。
普段からは考えられないほどの量の精子によって白濁と化した彼女の顔と胸。
ぽたり、ぺちゃりと彼女の顔から、髪から垂れ落ちた精子は、彼女の豊満な胸を更に白く染め上げる。
上気し、艶めかしい笑みを浮かべながら己の顔に付いた精子を舐めとる彼女に、治まったはずの興奮が再び再燃する。
だが、敏感になっている今のペニスを責められるのはある種の拷問にも似たものだった。
一度離れようとするも、彼女はニヤニヤと意地悪に笑みを浮かべると彼に告げる。

「んふふ♥まだ出し足りないって顔だね」
「い、いや。もう出し切ったから…ああぁっまてやめてほんと」
「くひひ♥ほれほれ、もっと出せ、全部出せ♥あたしを前にして逃げれると思うな♥」
「あああぁぁぁっ!!」

硬さを失わない彼のペニスに、再び彼女が容赦なく責め立てる。
くすぐったいと感じるほどに敏感になったペニスに彼女のパイズリはあまりに暴力的だった。

「やめ、ほんともういいから、神楽ゆるしひあぁぁっ!」
「ひひひひ♥ほ〜れほれ…こうがいいのかい?それともこうかい?くひひ♥」

その後彼は2度無理やり搾り取られ、半分意識は飛んだまま風呂場を後にすることになった。


………………


「おやおや、おつかれかい?旦那様や」
「誰の…せいだと…」

ぐったりとした顔でベッドに横たわる彼と、つやつやとした顔で満面の笑みで彼を抱き寄せる彼女。
シングルサイズのベッドは二人で寝るには、ぎゅっと身体を密着する他になかった。
寝間着に着替えた後、半ば誘われるようにベッドへと入り込むと、先程の詫びと言わんばかりに彼女が甘やかす。
ぎゅっと胸に抱き寄せられ、優しく頭を撫でられる感触は、どこか遠い昔を思い出すような安らぎを感じた。
柔らかな胸の感触は、先程までの様に劣情ではなく、どこか甘い眠気を誘う優しい感覚を彼に与える。

「神楽…」
「ん?何だい?ど助兵衛な旦那様」
「そりゃもういい…」
「んふふ♥」

何気ない会話とも言えない会話が、ただただ心地よかった。
"ずっと昔から"こうだったかのような、不思議と落ち着く、大きな何かに守られているような感覚。
だけど、風が吹けば消えてしまう程度の、どこか儚く脆い偽りの一時。
そんな感覚が胸の奥底の片隅から消えることはなかった。

「なぁ…神楽」
「…なんだい?」
「おやすみ…」
「ふふ…おねむかい?なら寝るまでずっとこうしてあげるさね」
「うん…うん…」
「……龍樹?」
「なぁ…神楽」
「…なんだい?」
「朝起きたら…ちゃんとおはようって言ってくれるよな?」
「……当たり前じゃないか、どうしたんだい?急にさ」

心の内にある消えない不安。
言葉にできない不安のせいで、何を彼女に言えばよいのか分からず、よくわからないことを口走る。
彼女を困らせるつもりはないはずなのに、と彼は胸中で一人呟く。

「……やれやれ、助兵衛な旦那様の次は甘えん坊の旦那様かい?くひひ」
「うっせ…」
「…安心しな、側にいるさね…どんなときだって、"ずっと側に"ね」
「…うん」
「おやすみ、龍樹。大好きだよ」
「おやすみ、神楽。俺も…大好きだよ」

力を抜くと、瞼はまるで見えない重りを乗せられたかのように、すっと閉じてしまう。
そして、彼女の甘い匂いの中で、やがて思考は徐々に薄れゆき、夢か現か、それすらも曖昧に変わっていく。
やがて世界は、ゆっくりと渦を巻き、そして黒く塗りつぶされていく。

目が覚めた切っ掛けは、けたたましく鳴り響く目覚ましの音。
いつもの様に働かない頭で必死に止めると、彼はぼーっと虚空を見上げる。
眠いわけではなかった。
ただ……幸せな、とても幸せな夢を見ていたような、気がした。
大きなアクビをした彼は、いつものように会社へと向かうために一人黙々と準備をすすめる。
目から零れ落ちる、一筋の涙の意味すら分からぬまま。


…………………………………………………………………………………………………………………


「あれ?先輩今日は弁当ですか?珍しいですね」

死んだ魚のような目で過ごしていた午前中とは打って変わり、その目には生命の息吹を感じる。
いつもの様に外に食べに行こうと先輩に声を掛けるが、様子がいつもと異なることに気がつく。
花模様の赤い布に包まれたそれは2段構えの弁当箱。
1段目はふりかけのかかったご飯が敷き詰められ、2段めには色合いの良いおかずが詰め込まれている。

「すまんな、今日は愛妻弁当なんだわ」

仕事中には見せることのない笑みを浮かべ、先輩は嬉しそうに彼へと告げる。
もはや何も言うまいと、彼は適当な返事を返し席を離れようとした時だった。
一瞬世界から色が消えたような、世界が変わってしまったかのような感覚。
だが、けたたましく鳴り響く電話のベルが、一瞬の違和感を吹き飛ばす。
そして昼時に掛かってくる電話に、どこか嫌な未来を連想させる。。
ちらりと目配せした先輩は、我存じぬと言わんばかりに愛妻弁当をほうばる。
内心で毒づきながらも、彼は嫌そうな表情を浮かべながら受話器を取る。

「はい、○○社、○○課です」
「お疲れ様です。受付の○○ですが、鍵谷さんはご在席ですか?」
「あー…自分ですが…」
「お客様がお見えになられております、至急受付までお願いします」
「……分かりました」

そう告げると彼は受話器を置きつつ、再び先輩へと目配せする。
ご飯をほうばりながら無表情で手だけを振る先輩を睨みつけながら、受付へと小走りで向かう。

「(今日は特に予定は無かったはずなんだけどな…)」

不格好な姿でお客に会うことは出来ないと、出来る限り身だしなみを整えてから受付へと向かう。
正直、昼時にやってくる客などその場で追い返したい処だったが、そんなことをすればその後は考えるまでもない。
精々嫌な顔を浮かべないように、と思いながら受付と着くとそこには"見慣れた"顔があった。
"見慣れたはずの顔"なのに、何故かすぐに名前が出てこなかったのは、驚きの所為かそれとも。

「……ぇっと…ぁ……神楽?」
「おー、ちゃんと仕事してるみたいだねぇ、くふふ」
「おま…なんて格好して来てんだ」

着物に身を包んだ彼女、と言えば聞こえは良いのだが、傍から見れば花魁そのものである。
白を基調とした生地に紫系の桜の花が描かれた着物だが、相変わらず肩を大きく露出している。
零れ落ちそうなその胸を、まさかこんな場所で見ることになるとは思いもしない。
もはや警察だけでなく、色々な方面から声を掛けられそうな姿でここまで来たのだと思うと、
彼は一瞬めまいに似た何かを感じるしかなかった。
そんな彼を他所にケラケラと笑いながら近づいてくる彼女の右手には、何やら包が見える。

「その格好…いや、それより何しに…」
「おやおや、つれないねぇ。せっかく龍樹の昼ご飯持ってきたってのに」
「え…?昼飯…?」
「ほれ」

手渡されたのは緑の唐草模様の布に包まれた大きめの弁当箱だった。
突然のことに、受け取った弁当箱と彼女の勝ち誇った顔を何度も見比べてしまう。

「これ…」
「ひひ、愛情たっぷりさね。有難がって食べな」
「ばっ…恥ずかしから下手なこというなって!」

顔を赤らめながら辺りを見渡すと、生暖かい笑みを向ける人、氷よりも冷たい視線を向ける人と様々だった。
にひひと笑う彼女と対称に、もはやこの場から消え去りたい気持ちで一杯だった彼は早口に彼女へと告げる。

「あ、ありがと…とりあえず後で覚えてろよお前…」
「くひひ♥そんな面白い顔、忘れないさね、ひひ」
「あーもうっ!」

敵わないことを悟り、そそくさと踵を返してその場から去ろうとする彼の背に、彼女の言葉が投げられる。

「龍樹っ!」
「なんだよ…」
「仕事、がんばんな。ちゅ♥」

にひひ、と再び嬉しそうに笑うと、彼女は投げキッスを彼へと投げる。
瞬間、その場から全力で逃げ出す彼の足音と、彼女の上機嫌な笑い声が受付に響き渡った。
そして彼女はいつの間にか、まるで霞のように消え去る。
見たものを視線で射殺せるような、冷たい凍りついた視線の受付嬢をその場に残して。

………………

「あれ?お前も弁当かよ」
「えぇ。なんか持ってきてくれたみたいで…」
「羨ましいねぇ。俺のカミさんには負けるけどお前の彼女も綺麗だよなー」
「褒めたって…なにも…」
「あん?どした?」
「いえ、なんでもないっす。褒めてもおかずあげないっすよ」

そんなやり取りをしながら自分の席へと座るが、ふと彼の頭の中に浮かび上がる小さな疑問。

「(先輩に…紹介したっけ…?いや…知ってるってことはしたんだよな?うん…そうだな)」

何か腑に落ちない様な、一瞬の違和感が浮かぶものの、気にするほどでもないと一人納得する。
それよりも、と視線は先程受け取った弁当箱へと移る。
まさかわざわざ作って持ってきてくれるとは思わず、その顔には隠しきれない笑みが浮かぶ。
唐草模様の包を開くと、黒の重箱が顔を出す。
まだ温かみを感じるそれに手を伸ばし、蓋を開けた瞬間、彼の表情は凍りつき、再び蓋を戻す。
キョロキョロと周囲を見渡し、中身を見られなかったかを確認する。
幸いにも見られてはいなかったものの、彼のその行動が隣にいた先輩の目を引く形となってしまう。

「どうしたんだ?食わねぇのか?」
「あ、いや、その、ちょっと」
「…ははーん、さては俺の愛妻弁当に比べてしょぼかったのか?」
「その…いや、そうです。うん。なのでちょっとあっちで…」
「まてまて。笑わんから見せてみろって」
「いや!ほんとに見せる価値ないっすから!」
「いいから見せてみろって!」
「あっ…」

先輩の手によって無理やり開けられて蓋は、その中身を隠すことはもはや望めず。
先輩によって晒された弁当は、決して店で売られているお弁当にも劣るものではなかった。
煮物、炒め物、焼き魚に漬物、卵焼き、サラダとバランスの良いおかずの配置。
問題が在ったとすれば、ご飯にご丁寧にも大きく海苔で「LOVE」と書かれた文字があったことだろう。

「おまえ愛されてんなぁ!うひゃひゃひゃ!」

許されるなら眼の前で爆笑している先輩の顔面を殴りつけたかったが、許されるはずもなく。
結局、彼が食べ終わった後も、昼休憩が終わるまで先輩は笑い続けていた。
そんな先輩をもはや意識の外へと追い出した彼は、元の包布で重箱を包むと卓上の書類トレーの上に放り投げる。
とても美味しい昼飯だったことに感謝はするものの、何らかの形でこの胸中を満たす感情を少しでも発散せておきたかった。
ぞんざいに扱われる弁当箱に罪は無いが、今はこれが精一杯耐えた結果だった。
しかし午後からは会議もあり、気持ちを切り替えていかなければならない。
今の荒れ放題の胸中を必死になだめながら、彼は再び死んだ魚の眼の様な顔つきへと変わっていく。

………………

珍しく会議もスムーズに終わり、厄介な問い合わせの電話も無い一日だった。
時計を見るとまだ7時前だが、たまには早めに帰るのも悪くない。
隣の先輩も帰り支度をしているのを見て、彼もまた早めの帰宅をすることにした。
その時、ふと隣の先輩から声がかかる。

「おい、お前忘れてんぞ」
「え?」
「べんとーばこ。カビ生えちまうぞ」
「へ?……あぁすいません…?」
「珍しく自分で作ってきたんだろ?気まぐれか知らんけどさ、置いてったら明日作れねぇだろ?」
「……そう…すね。」

腑に落ちない、良く分からない"何かが"彼の頭の中をよぎる。
朝が弱い自分がわざわざ早起きしてなんで弁当を作ったのだろうか?
そもそも今日の弁当箱の中身をいまいち思い出せないのは何故?
胸中で浮かび上がる疑問は、だけれどもすぐに霧散して"気まぐれで"という言葉で"納得"する。
弁当箱を鞄の中へと仕舞うと、未だ帰宅の気配を見せない他の部署の社員を後に帰宅することにした。
帰宅路にあるコンビニには今日は寄らず、まっすぐに自宅を目指す。
たまに不安になるような音を鳴らす階段を登りながら、自宅のドアに手をかける。

「…ただいま」

真っ暗な部屋に、彼の声に返答するものなど居るはずもない。
特に思うこともなく、靴を脱ぐと鞄の中にある弁当箱を流し台へと置く。
帰宅するまでの間にかいたベットリとする汗をさっさと流すために、乱暴にスーツを脱ぐと、
そのまま風呂場へと直行する。
ぬるめのシャワーは、先程までの不快感を飛ばすには最適だった。
頭の泡を流し終えた瞬間、一瞬立ちくらみにも似た何かを感じるも、
一瞬シャワーの温度が極端に低くなったせいで、その感覚も記憶の中からたちまちに消え去る。
風呂場から出て身体を拭いていると、流し台の方から水を流す音が聞こえる。
身体を拭き終わり、半乾きの頭のまま、脱衣所とキッチンを仕切る扉を開くと、そこには彼女が居た。
嬉しそうに鼻歌を口ずさみながら、昼間彼が顔を真っ赤にしながら平らげた弁当箱を洗っていた。
彼の気配に気がついたのか、彼女が振り返る。

「おや、さっぱりしたかい?」
「あぁ…それより、やってくれたなお前…」
「くひひ、さぁて何のことかね」

何のことか存じぬと、ケラケラと彼女が笑う。

「あたしの弁当、うまかったろう?」
「あぁ美味しかったさ。美味しすぎてみんなの注目の的だったよ」
「にひひ、そいつぁ僥倖。また作ってやるさね」
「頼むから普通にしてくれ…格好も」

せめてものお返しと彼が皮肉を言うも、彼女はそれものらりくらり受け流す。
結局彼女には敵わないことを再度痛感するだけになってしまった。
その後、彼女にありあわせで晩御飯を作ってもらい、それを食べ終わるころにふと時計を見上げる。
まだ9時を過ぎたばかりのこの時間、いつもどう過ごしていたのかをふと思い出してみる。
しかし中々思い出せず、難しい顔を浮かべていると、ふと彼女が声をかけてくる。

「難しい顔してるね…なんか悩みでもあるのかい?」
「いや、そんな大層なもんでもないよ。ただ…時間を持て余すというか…」
「ふぅん…」
「寝るまでには時間があるけど…それまで何をしてようかなってさ」
「ひひ、なんだい。随分なことを言うじゃないか」

そう彼女は言うと、すっと立ち上がるとそのまままベッドへと歩みをすすめる。
そしてベッドの縁に座ると、笑顔を浮かべながらぽんぽんとベッドを叩く。

「ほらほら、おいで龍樹」
「な、なんだよ…」
「にひひ、二度は言わないさね。」
「…」

優しい笑みを浮かべながら、彼女はぽんぽんとベッドを優しく叩く。
最初は恥ずかしさから拒絶していたものの、彼女の笑みに引き込まれるかのように、その思いは変わっていく。
やがて耐えきれなくなった彼は無言のまま彼は立ち上がると、彼女の隣に座るも顔はそっぽを向いてしまう。
そんなウブな反応が嬉しかったのか、彼女は満面の笑みを浮かべながら彼の腕に抱きつく。

「きゅ、急に抱きつくなよ」
「ひひ、嬉しいくせに。顔が猿より真っ赤なのはどこのどなた様だい?」
「……うっせ」

顔どころか耳まで真っ赤にしながら、それでもそっぽを向いたままなのは理由があった。
彼女の優しい甘い匂いがふんわりと漂い、そして嬉しそうな笑みを浮かべる顔が近い。
腕にはわざと当てている胸の柔らかな感触が、嫌でも彼の劣情を呼び覚ましてしまう。
振り向いて彼女を見てしまえば、もう理性に歯止めが利かなくなってしまう程だった。
そんな彼の心の内を見据えたかのように、彼女はにんまりとした笑いを浮かべると、片手で浴衣の腰帯を解いていく。

「…目の前で美女が脱ごうとしているのに知らんぷりかい?」
「じ、自分で美女って言うなよ…」
「にひひ、嘘じゃないさね」

徐々に徐々に、ゆっくりと解けていく腰帯と、それに合わせて徐々にはだけていく彼女の肩。
しゅるり、しゅるりと、腰帯が解けていく音に、遂に我慢の限界に着たのか、彼が彼女の方へと向き直る。
そして彼女をぎゅっと抱きしめ、顔と顔が接するほどに近づける。

「…神楽っ」
「ひひ、ようやくこっち向いてくれたね♥いい表情してるじゃないか」
「…もう知らないからな。もう…抑えられないから…な」
「にひひ、どうぞご堪能下さいませ旦那様…んっ♥」

そう彼女が言い切ると同時に、彼女の唇を奪う。
"何度も体験したはずの"彼女の瑞々しい唇の感触。
重ねる度に、甘い快感が生まれ、このままずっと唇を重ねていたい、離したくないと思うほどだった。

「んっ♥ちゅ…んちゅ…ぁぷ…ぢゅ♥…んふ…んぅ♥」

勢いに任せた荒々しい口づけ。
彼女がいつか風呂場でしてくれた蕩けるような口づけとは違う、"不慣れでウブな"彼の口づけ。
自分でも不慣れなのはわかっていたが、離れたくない一心で必死に彼女の唇に己の唇を重ねる。

「ん…んんぅ…ぁふ…ちゅ♥…たつ…き♥ちゅ…ぁむ、んっ♥」

次第次第に口づけは深く甘く、互いの唾液を混ぜ合いながら2人だけの甘い蜜を生み出し、より濃厚になっていく。
どちらかともなく出した舌は、いつの間にか重なり合い、絡み合う。
くちゅ、くちゅりと響く音は耳を犯し、そして昂る思いは更に濃厚な口づけへと変わっていく。
荒い吐息を肌で受け止め、互いの存在がこんなにも近しいことを認識させ、更に近づこうという欲望へと変わっていく。
何度目かの口づけを終えた後、互いに上気した顔で見つめ合う。
吸い込まれそうな感覚から逃れるために移した視線には、いつのまにかはだけた格好の彼女の姿が映る。
"何度も見た"女性らしさがあふれる彼女の柔らかそうな身体つき。
そのたわわな胸をみて思わずゴクリと唾を飲み込むと、ふとデジャヴを感じる。
慌てて彼女の顔へと視線を戻すと、意地悪に笑う彼女の顔がそこにはあった。

「このど助兵衛め♥」

ただ、その言葉すらも今は彼を興奮させる一言にしかすぎながった。
そのまま彼女をベッドへ押し倒すと、再び彼女の唇を奪う。

「んんぅ…ちゅ…れぅ♥…ぢゅる…ちゅ…んっ、龍樹…はげしっ♥ぁぷ…ちゅ♥」
「んんっ…!ぁぷ…ちゅ…はぁっ!はぁっ!…神楽…神楽っ」

彼女の口づけをしながら、開いている手は彼女の胸へとそっと忍ばせる。
指先が彼女の柔らかな乳房に触れた瞬間、思わず重ねていた唇を離してしまう。
つぅっと垂れる、彼と彼女を繋ぐ甘い蜜。
彼女は何も言うこともなく、優しい笑みを浮かべると、コクリと頷く。
ゴクリと唾を飲み込むと、彼は震える手を彼女の胸に重ねる。
その瞬間、対して力も挿れてないにも関わらず、ふにゅりと形を変え、指が彼女の胸に沈んでいく。

「(柔らかっ…何だこれ…この前挟まれた時と…違う…柔らかくて暖かくて…すご…)」

ふにゅり、ぷにゅりと、揉みしだく度に容易く形を変える彼女の胸に"思わず"夢中になる。
"触り慣れているはずの"彼女の胸に己の手が止まらない。

「んっ…あっんっ♥龍樹ぃ…優しく…だよ」
「す、すまんっ。痛かった…か?」
「にひひ、そんなこと、ないさね。気持ちいいんだ、凄くね。続けて…」
「う、ん…」
「んっ…ふっ…あぁ♥ん、くふぅ…んぁっ…ぅんっ♥」

揉みしだいているのは彼の方なのに、まるで手が性感帯になったかのような感覚だった。
気がつけば彼の唇は彼女の唇から、彼女の乳首へと移っていた。
舌先に感じる固くなった乳首は、そのまま彼女の興奮と、快感を表している。
赤ん坊になったかのような感覚を覚えながらも、彼女の乳首に吸い付く。

「ぁっんっ…んくぅっ…ふぁっ、あっんっ♥」

吸い付く度に、彼女の口から甘い喘ぎが聞こえる。
いつもの何処か掴み様のない笑みを浮かべ彼をおちょくる彼女とは、まるで別人のように思える程に。
もっと、もっと彼女の喘ぐ声が聞きたい。
そんな欲望が彼の頭に浮かんだ時、彼女の乳房を揉みしだいていた彼の手は、
つつっと指先を彼女の身体に滑らせながら、彼女の腹部を越え、下腹部へと伸びていく。
心臓の鼓動が、彼女にも聞こえてしまうのではないかと思うほどに脈打つ中、彼の手が彼女の秘所に触れる。
その瞬間だった。
くちゅり、ともはや見るまでもなく、溢れ出るほどに濡れぼそった彼女の秘所。
思わず驚き彼女の顔を見ると、笑みを浮かべながらも顔を赤くしている彼女が居た。

「バレちったね…にひひ♥」
「はぁっ!はぁっ!か、神楽っ!」
「んっ……きて、龍樹」

寝間着を乱暴に脱ぎ捨てると、痛いくらいに固くそそり勃った彼のペニスが顔を出す。
ビクンッビクンッと脈打つそれは、先端部から先走り汁を溢れ出し、濃厚な雄の匂いを醸し出していた。
彼女の秘所にあてがうと、彼女の秘所から溢れ出る愛液をペニスに塗りたくるように何度も擦り付ける。
ぬちゃ、ぬちゅ、くちゅ、と擦り付ける度に生み出される水音が更に興奮を加速させる。
裏筋に感じる彼女の柔らかなワレメの感触と、固くなったクリトリスの感触。
先端部から溢れ出る先走り汁と彼女の愛液が混ざり、唾液よりも濃厚な蜜を作り出す。
十分すぎるほどペニスに塗りたくられた蜜だが、それでも彼は彼女の膣内へと挿れようとはしなかった。
それどころか、彼の動きが次第にゆっくりとなり、やがて止まってしまう。
そんな彼の反応に、思わず彼女も不安になり声を掛ける。

「龍樹…?どうしたんだい?」
「ごめんっ…ごめん」

うつむきながら謝罪の言葉を投げる彼の肩は震えていた。

「なんで…謝るんだい…?」
「…"何度もした"はずなのにっ。神楽と"ずっとこうしていた"はずなのに、分かんないんだ…!」
「……」
「"ずっと前から何度も"してたのに、頭の中が真っ白でっ…よくわかんなくなって…ごめん…っ!」
「龍樹…」
「よくわかんないんだ…"初めてするみたい"で…頭の中がぐるぐるしちゃって…焦っちゃって…っ!」

"何度もした"感覚はあるのに、"当たり前のように"出来る感覚なのに、身体が上手く動いてくれない。
頭ではわかっている"はず"なのに、身体はその通りに動いてくれなくて焦りが浮かんでくる。
焦りはやがて彼自身が感じていた違和感を増大させ、やがてその身を縛り付ける鎖へと変わっていく。

「ごめん、神楽…ごめん…っ」
「…龍樹、大丈夫だよ。…そんなに謝りなさんなってね」

彼女はゆっくりと起き上がると、俯いている彼のことを優しく抱き締める。
ぎゅっと己の胸に、彼の顔を押し当てるようにして、優しく彼の頭を撫でる。

「……聞こえるかい?あたしの鼓動」
「……うん」
「恥ずかしいもんだね、あたしも生娘みたいな感覚さね」

そういうと彼女は自嘲気味に笑う。
どこか余裕のあるように見えた彼女も、その心臓は彼に負けないほどに高鳴っていた。
それでも彼の頭を撫でる手は止めずに、優しく言葉を紡ぐ。

「大丈夫さね…焦ることなんか無いさ…あたしは逃げも隠れも…ましてや消えもしないよ」
「……」
「分かるだろう?今お前さんを抱きしめてるのは誰だい」
「…神楽」
「そうさ、お前さんの…ずっと…昔から一緒にいる神楽だよ」
「…うん……うん」
「……あたしのこと、好きかい?」
「…うん」
「うん、じゃ分からないさね…言葉でちゃんと言っておくれ」
「好き、だよ」
「もう1回…」
「好きだ…大好きだよ、神楽」
「にひひ…あたしもおんなじさ…大好きで…愛してるよ、龍樹」

その言葉で、彼女の胸の中でうつむいていた彼が、そっと顔を上げる。
彼が見たのは、今までの中で一番優しく、温かで、愛おしい笑みを浮かべた彼女の顔だった。

「神楽…俺…っ」
「にひひ…情けない顔だよ。でも…」

そこで彼女は一旦言葉を区切る。

「でも…それでも大好きな、龍樹の顔だよ。ずぅっと見てた、愛しい顔」
「あ…あぁ…ごめん……ごめん。…ありがとう」
「くひひ、どういたしまして。旦那様」

そういうと彼女はゆっくりと彼を抱きしめたまま、ベッドへと倒れ込む。
優しく彼の頭を撫でながら、もう片方の手で彼のペニスを優しく握る。
多少柔らかくなっているものの、完全には萎えていない彼のペニスをゆっくりとしごき始める。

「まだ…やる気はあるみたいじゃないか。僥倖僥倖、ひひ」
「神楽…その…」
「大丈夫さ…焦らないでいいからさ。ゆっくりでいいから…龍樹の愛をおくれ」

優しく彼女にゆっくりとしごかれ、再び硬さを取り戻した彼のペニスは、先程よりも強く脈打つ。
身体を離し、再び彼女の秘所へとペニスをあてがう。
彼女も、自分の秘所を両手で広げると、彼を優しく導く。

「ほら…見えるかい?…ひひ、まじまじと見られると恥ずかしいもんだね」
「…こ、こか」
「んっ…そう…そのままだよ…ゆっくりと、ね」
「はぁっはぁっ!挿れる…ぞ」
「おいで、龍樹………ぁっ♥」

くぢゅり、ぬちゅ…とゆっくりと彼のペニスが彼女の膣内へと入っていく。
ゆっくりと挿入されるペニスが彼女の膣肉を押し分けて進んでいく度に、結合部からは愛液が溢れ出る。
ぎゅうっと彼女の脈動に合わせるように何度も何度も締め付けてくる彼女の膣壁。
幾重もの肉襞が彼のペニスを優しく迎え入れ、しかし強い激しい快感を生み出す。
互いの身体が密着し、彼のペニスもこれ以上進めない場所にまで辿り着く。

「あぁぁっ…!神楽…入っ…た!」
「んぁっ…ふっ…♥ちゃんと挿れれたじゃない、か。ひひ」
「あぐ…っ、神楽…締め付け…すぎて…」
「ふっ、んぅ…すまん、ね…あたしも、感じすぎて加減…できなくてね、にひひ♥」

ぎゅうぎゅうと締め付けてくるだけでなく、ぐちゅり、ぐにゅと膣内が彼女の荒い呼吸に連動して蠢く。
それだけで激しい快感が生まれ、動かないままでも達してしまいそうなほどだった。
快感に耐えるため、彼女にぎゅっと抱きつくと、下半身に力を入れ何とか射精を我慢する。
彼女と頬を重ね、互いの吐息が耳に掛かるような状態で、荒れ狂う快感の波に何とか耐える。

「はぁっ!はぁっ…神楽…すご…気持ちよすぎて…」
「あっん…♥ひひ、我慢なんて…身体に毒さね。もっと好きなように…んっ♥動いておくれ」

ぎゅっと抱きついたまま、彼女の言葉に従うかのように、ゆっくりと腰を動かす。
ペニスが彼女の膣内から抜けるに従って、寒気のようなゾクゾクとした快感が彼の背筋を走る。
挿れる時とは全く異なる感触で、彼女の幾多もの襞がカリ首へと絶え間なく快感を与え続ける。
ペニスの先端部が彼女の膣内から出るまでに、どれほどの時間を掛けたか判らなくなる程、
それほどに彼女の膣が生み出す快感は強く、甘美なものだった。
一息つく間もなく、彼女の足が彼の腰に絡みつくと、彼の腰をぎゅっと引き寄せる。
半ば強制的に最奥まで戻され、思わず彼の口からも喘ぐ声が漏れる。

「なっ…ぐく…か、ぐら…急に動かすと…っ!」
「にひひ…んぅ♥焦らされるのは…苦手なもんでね」
「ふっ…くぅ…!」
「おやおや…ひひ♥旦那様や、渋い顔をしてどうしなさった?くひひ♥」
「…もう、知らないからな…!」
「っ!…んむぅ♥んっ…ちゅ…れぅ…ぁん…れぅ…ちゅ♥」

彼女の口上に乗るように、彼ももはや理性で抑えていた最後の部分を捨て去る。
彼女の唇を塞ぐと、そのまま腰を激しく打ち付ける。
ぱんっ、ぱちゅ、ぱぢゅ、ぢゅと、彼の腰が彼女へと打ち付けられる度に響き渡る心地よい音。
全身を貫く快感に意識すらも染め上げられそうにながら、それでも必死に相手の名前を口にする。

「神楽っ!神楽っ!!」
「あっんっ♥ひゃ、くふぅ♥龍樹ぃ、龍樹っ!もっと、もっと呼んで!あたしの名前っ!」
「神楽!好きだ!神楽ぁ!」
「ひぅっ、んっ、あっ、あぁぁっ♥龍樹、あたしも、あたしも好きだよっ!」

互いの名を呼びながら、それでも身体の動きは止まらない。
彼女の名前を呼ぶ度に、彼女の膣内は激しく蠢き、吸い付き、締め付けてくる。
繰り返す度に快感は膨れ、やがて互いの限界が訪れる。
彼のペニスは、限界まで怒張し、奥底からこみ上げる快感は、やがて射精という形で吐き出される。

「神楽っ!もう限界…出す、からなっ」
「うん、うんっ!いいよ龍樹、全部!全部受け止めるから…っ!」

「神楽っ!」「龍樹ぃ!」

互いにぎゅっと抱きしめ合いながら、互いの名を呼び合いながら、互いに絶頂へと至る。
弾けるように脈動するペニスからは、今までにないほどの量の白濁が解き放たれる。
びゅぐ、びゅるる、びゅぐんと彼女の膣内で吐き出される彼の白濁。
ぎゅっと腕と足で彼を抱きしめたまま、うっとりとした、快感に蕩けきった顔をして受け止める彼女。
何度も何度も彼のペニスが脈動する度に、彼女も全身を震わせながら彼の愛を受け止める。
一滴足りとも零さないようにぎゅぅっと締めつける膣壁が、最後の一滴を出すまで絶え間なく快感を与え続けていた。
やがて震える身体が、ようやく落ち着きを取り戻す頃、互いの荒い吐息の音だけが部屋に響いていた。
じっと互いの瞳を見つめ合いながら、そっと互いの唇を重ねる。
互いの愛を確かめあった後の、甘く蕩けるような温かい口づけ。
短いその口づけが終わり、互いの顔が離れる頃、漸く吐息以外の音が口から生まれる。

「神楽…」
「にひひ♥随分と沢山…出してくれたじゃないか…」
「ご、ごめ…その、凄い気持ちよくて…身体だけじゃなくてその…心もというか…よくわかんないけど」
「くひひ、龍樹の言いたいことは分かるさね。あたしもおんなじさ。…それにしても」

そういいながら、彼女は嬉しそうに、そして穏やかな笑みを浮かべながら自分の下腹部を撫でる。

「あったかい…龍樹の愛が…今ここに沢山あるのがはっきり分かるよ♥」
「…そんなに出てたか?」
「くく、気持ちよすぎて気が付かなかったかい?これじゃ妊娠しちまうかもね、ひひひ」

ほんの冗談のつもりから出た言葉だった。
いつものように彼をおちょくるような、そんな軽い言葉のはずだった。
だけれども、彼は一度彼女の撫でる下腹部を見た後、キッと真面目な顔を浮かべると、その口を開く。

「神楽…」
「ひひ、冗談さね、じょうだ…」
「大切にするよ…神楽も………俺達の子供も」
「………え?」
「帰りは遅いかもしれない、中々こんな時間取れないかもしれない、でも」

それでも、と彼は言葉を紡ぐ。

「神楽のこと、一生大切にするよ…約束する。子供が生まれたら…子供も同じくらい大切にするよ」
「龍樹…」
「ずっと…ずっと一緒に居て欲しい…ずっと側に…神楽が側にいて欲しい」
「……」
「だからその…神楽…」

その時になって、ようやく彼は気がつく。
優しい笑みを浮かべていた彼女の両目から大粒の涙が溢れ出ていることに。

「馬鹿。女を泣かせるんじゃないよ…この色男」
「神楽…」

"見慣れた"彼女の顔の中で、間違いなく彼女が初めて浮かべる顔だった。
大粒の涙がぽろりぽろりと零れ落ちながらも、満面の笑みを浮かべる彼女。

「んっ…ぐす……ひひ、かっこいいこと言えるじゃないか、惚れ直したよ」
「た、たまには…な」
「にひひ♥」

そう嬉しそうに笑うと、彼女は涙を拭きながら彼の思いへと応える。

「不束者ですが、末永く宜しくお願い致します…旦那様♥」
「うん…こちらこそ…な、神楽」

そういうと、彼は再び彼女の唇に、己の唇を重ねる。
何度も交わした口づけの中で、最も甘く蕩ける、そして二度はない誓いの味。
ゆっくりと味わったあと、そっとその顔を離すと、どちらともなく笑みが溢れる。

「ひひひ、なんだかこっ恥ずかしいもんだね。どうにも性に合わないもんさね」
「…お淑やかな神楽も、悪くないと思うがな」
「にひひ、たまーにならね……それにしても」

そういうと、彼女は再び下腹部を撫でると、先程までとは違う、いつもの笑みを浮かべる。

「散々かっこいいこと言ってた間も、こっちは随分元気だったじゃないか」
「おま…っ!ここまでいい雰囲気だったのにっ」
「くひひ♥いったろう?こっ恥ずかしくて性に合わないってね」
「……台無しだよ」
「にひひ♥それはそうと」

そういうと、彼女はぎゅっと彼を抱きしめる。

「こんだけ元気なままなんだ、まだまだあたしへの愛を出し切ってない証拠さね」
「明日も会社なんだが…」
「くひひ♥そんな言い訳が通じるとでも?」
「…いいよ、付き合ってやるさ!腰抜けても知らねぇからな!」
「ひひ、そうこなくっちゃ!まだまだ夜はこれからさね!」

そうして再び、彼らは互いの愛を確かめ合う。
どこか朧げで、儚く揺らめいていた彼女という存在は、今この瞬間に彼の中に深く刻まれる。
永い長い夜の中で、互いの愛はより深く、より大きく育まれる。


…………………………………………………………………………………………………………………


けたたましく鳴り響く目覚まし時計が、穏やかな眠りの終わりを告げる。
寝ぼけた頭では、どこで鳴っているのかを把握することが出来ず、振り下ろす手は空を切る。
もう5分だけ寝かせてくれと、そう願いながら必死に目覚ましを探し当てようとする。
その時だった。
けたたましい目覚ましのベルは鳴り響くことを止め、部屋の中はシンと静まり返る。
そして感じるのは、温かく甘い香りと、安らぎを感じる体温だった。

「…おはよう、寝坊助な旦那様や」
「ぅぁ…うー…神楽ぁ?」
「にひひ、他に誰が居るってんだい?ほれほれ、会社に遅れるよ」

そう彼女は言うと、ベッドから起き上がり、んーっと声を出しながら身体を伸ばす。
一糸まとわぬその姿も、眠たげな目をする彼の前には意味を為さない。
どこかまだ夢の中に居るような感覚で、頭がはっきりしない彼を彼女が優しくあやす。

「おやおや、旦那様はおはようのキスが必要かな?」
「……ん」
「くひひ♥朝は甘えん坊かい?しょうがない旦那様だね、んふふ♥」

そういうと彼女は優しく彼の唇に、自分の唇を重ねる。
柔らかく甘い彼女の唇を感じ、漸く彼の目が覚める。

「ん…おはよ、神楽」
「おはようさん。ほれほれ、朝だってのにそんな辛そうな顔しなさんな」
「辛いのは昨日お前が寝かせてくれなかったからだろうが…」
「おやぁ?その割には随分と乗り気だったじゃないか、くひひ♥」
「…うっせ」
「にひひ。さてさて、あんまりゆっくりしてるとほんとに遅刻になっちまうよ」
「誰のせいだと…」

そうぼやきながらも、彼もゆっくりと身体を起こす。
いつの間にか"いつもの"浴衣に着替えた彼女が、キッチンへと移るといそいそと朝食の準備を始める。
最初はぼーっと眺めていた彼だが、彼女にどやされるともたもたとしながらもスーツへと着替える。

「「いただきます」」

手を合わせ、朝のニュースに耳を傾けながら彼女の作ってくれた朝食を平らげる。
にひひ、と笑う彼女の笑みに、思わず彼も笑みが溢れる。

「それじゃあ、行ってくるよ」
「はいよ、行ってらっしゃい」

なんだかとても新鮮な感覚を覚えながらも、彼女に見送られ家をでる。
だがドアを開き、外への1歩を踏み出したときだった。
急に彼女が「あっ!」と叫ぶものだから、思わず彼も振り返る。
何かあったのかと問いだすと、彼女は嬉しそうに、満面の笑みを浮かべながら彼に近づく。

「にひひ、忘れ物さね…ちゅ♥」
「っ!…おま」
「くふふ、頑張ってこい!旦那様!」

そういうと彼女は嬉しそうに手を振る。
そんな彼女にもう一度、行ってきますといい、彼はいつもの様に会社へと向かう。


もう世界が変わることはない。
もう彼女が彼の世界から消えることはない。
もう彼女の居ない世界は存在しない。
揺らめき、あやふやだったはずの世界は、こうして彼女の望む形を成すことになる。


ゆっくりと彼が見えなくなるまで見送った彼女は小さく呟く。
「にひひ、愛してるよ…愛しの…愛しの旦那様や。今までも、今も、そしてこれからも…ねっ!」
17/06/20 22:53更新 / クヴァロス

■作者メッセージ
さて、今回のお話は如何でしたでしょうか?

少し難解な内容になってしまったので、補足を。
図鑑の説明にもあるように彼女は「家のものには違和感を感じることが出来ない」とあります。
この物語では、少しその部分を拡大解釈した内容になっています。
彼女の力が発揮されている=世界が一変する感覚となっています。
彼女の力が発揮されている以上、彼は彼女に対して違和感を感じず、ずっと昔から一緒にいるように認識する。
周囲の人はその認識に矛盾を生じないように、昔からずっと彼と一緒にいると認識し、彼含め彼女に対し違和感を感じない、と言った形になります。
最初は上手く力を発揮できなかった彼女も、彼と一緒に過ごし交わることで徐々に力を得ていく。
やがて彼女の力は常に発揮され常に彼の側にいられるようになる…
そんなお話です。


補足がないとちんぷんかんぷんですね。
それでも楽しんで頂ければ幸いです。

TOP | 感想 | RSS | メール登録

まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33