連載小説
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俺は戦うわけで・・・彼女は強敵でしたね、と
地面に亀裂が入る。
クロネはその華奢な体から思いもしないような腕力で地面を殴り付けたのだ。
ヒビが入りへこむ地面。あれはまずい。非常にまずい。

「・・・。
はははッ!やるかァッ!試験開始だっ!」

彼女は人が変わったかのように獰猛に笑った。声質はまっったく変わらないのに口調がいきなり豪快になる。
恐ろしいまでのギャップだ。
ドッペルゲンガーは知識にあるが、こんなものだったろうか。
俺は彼女から距離をとりながら思索する。
いや、違うな。確かに別人みたいになれるはずだが、姿まで別人になるはずだ。
そして、今の彼女は・・・

「どおりゃっ!」

唯一変わったところと言えば、頭に角が二本生えてきたくらい。
それ以外はなんら変わっていない。
肩までの長さの黒髪、黒いシャツ、だぼっとした長ズボン。同じく大きめで手が隠れるか隠れないか、というくらいのコート。
白磁のような肌に見ていて吸い込まれそうな赤色の瞳。
ほとんどさっきの姿のままだ。

俺は恐ろしい速度で文字通り飛んできたクロネの前蹴りを受け流す。
出来る限り力の正面衝突を避けたはずだが、腕がしびれる。
本当に馬鹿にならない筋力だ。もろにくらったらしばらく病院の天井を見ながら過ごすはめになるのだろうか。
俺はぞっとしながら再び拳を構える。
人は見かけによらないと言うが、これはよってなさすぎるだろうっ!
俺は心の中で叫んだ。

そしてそんな俺の心を露知らず、襲いかかってくる容赦のない拳撃の嵐。
さっきまでの大人しい彼女はどこに行ったのか。
そう思いながら俺は彼女の様子をうかがった。
防戦一方。相手の攻撃を受け流すことしばらく、どうも彼女は近接攻撃しかしてこないようだ。ならば、少し離れて体勢を整えるか。
と俺は距離をとろうとしたが、一旦離れようとしても無駄だった。クロネはぐっ、と足に力を入れ一気に跳躍し、俺に突っ込んで間合いを詰めてくる。
こちらの有利な間合いで戦う気は全く無さそうだ。
ああ、もう。インファイトは苦手だっての。
無数に飛び交う蹴りや拳。かわすことで精一杯になってしまう。しかも、相手の攻撃の威力が高く、おそらくオワタ式。

と、とにかく、遠距離攻撃をしてこないことと、彼女が豹変する前に『ファイター』と呟いたことから俺は情報を整理する。
まあ、整理するのは彼女を見ていてすぐに分かるような情報しかないだろうが、これは重要なことだと思う。
一撃でももらえば沈んでしまいそうならなおさらだ。ほんの少しの情報でもまとめればそれなりに威力を発揮するはず。
と、俺は情報を頭の中で手繰り寄せ、仮説をたてた。



1、『ファイター』というだけあって接近戦がメインだ。
2、これからどんなことがあろうと、見た目に騙されてはいけない。
3、強い。全力でいかないとすぐにやられてしまうだろう。



思ったより情報量が少なく、断定できる事が少なかった。加えて相手の攻撃が激しく、有効な手を考えるまで至らない。くそっ、こんなことならまだ回避に集中していたほうがましだったか。
俺はがむしゃらにクロネの攻撃をかわしたり受け流したりしてやり過ごす。
相変わらず彼女は猛烈な勢いで殴りかかってくる。しっかりと様子をうかがわなければ無能勇者である自分にはとてもかわせそうにない。


地面をえぐるような足払い。跳んでかわす。
その回転を利用して襲いかかってくる裏拳。下から腕を当てて上方に受け流す。
今ので体勢が崩れたかと思いきや、片方の腕が上に弾かれた勢いを利用したアッパーが飛んでくる。
俺はとっさに首を後ろに反らしてよけた。

風を切る音を残して拳は過ぎ去る。
とにかく、焦った俺は距離をとらねば、と後ろに下がった。
が、後退と前進、どちらが速いか、というと間違いなく後者の方だ。
反射的にとった俺の行動はかえってクロネに攻撃をしやすい瞬間を与えてしまったわけで・・・。

「甘い!下がれば安全とでも思ったのか?」

クロネは右手を大きく振りかぶり、左手を地面につけ、歪んだクラウチングスタートのような体勢になった。とても嫌な予感しかしない。
下がれば安全?いやいや、この場所全てが危険地帯だろうが。

「『石火掌』!」

彼女の右の腕に蒼白い炎が灯った。
ついでに同時に血の気が引いて俺の顔も蒼白くなったんじゃないか?
そして間髪いれず、爆発音じみた激しい地面を蹴る音とともにクロネが飛び出してくる。

「これが噂のロケットパンチってやつだぁぁぁっ!!」

一直線に俺に向かい飛んできながらクロネが叫んだ。

・・・おい待て、なんか違うだろ!

って、つっこむ暇はないな。
俺はあれはかわせない、と判断し、覚悟を決めた。

「『ヴェール』」

まずは障壁を目の前に多重展開する。
無論、覚悟とは死ぬ覚悟ではない。
まあ、こんなもの、防御面では気休めぐらいにしかならないだろう。
半透明のカーテンのような防護障壁は物理攻撃を防ぐには心もとない。

だからこれに防御効果は求めていない。

これに求めるのは、ただ、目眩まし。

『ミラージュ』

同時に俺は無言で魔法を発動した。
すうっと俺の目の前、障壁の後ろに俺の姿の幻影が現れる。

そう、この障壁は半透明。それもこれだけ重ねたなら、こんなちゃちな幻影でも本物だと勘違いしてくれるはずだ。
磨りガラスを数枚重ねた向こうの影が何かはっきりと分かるか?分からんだろう。
かわせる気がしない。ならば全力で外させるだけだ。

『アイシクル』

俺は氷の円錐を生成してそれを掴む。
冷たい。
俺は体を震わせた。
いや、寒いわけではない。
俺は目の前の光の壁を見つめる。
あいつは確実にこの防壁を破ってくるだろう。だとしたら、この案が上手くいかないと次の瞬間に地に伏せているのは俺だ。
そう考えると、柄にもなく武者震いが止まらない。

さて、いけるか?

バギャン。

クロネによって光の壁は有無を言わせず瞬時に割られた。
ガラス片のような障壁の残滓は淡い光の粒となって溶けていく。
悔しいが予想通りだ。そして、計画通りだ。

しまった、という顔をしながら俺の幻影の映された虚空に向かって掌底を放つ。
凄まじいエネルギーが放出されるのを感じた。空気が震える。
そして一拍おいて拳圧と火炎の爆発が収まりかけてきたところで俺は足に力を込めた。

今だ!

俺は炎が完全に消えて彼女の視界が確保される前にクロネに突撃した。
俺は基礎体力だけは高い。だから反応される前に喉元に尖った氷を突きつけることができた。火事場の馬鹿力とはまさしくこのことだろう。

「・・・」

「俺の勝ちだ。試験には合格か?」

無言のクロネに向かって言い放つ。
かっこよくきめようと言った台詞は思ったより震えていた。
ああ、勇者リヴェルよ、なんとなく情けない。

「ふふっ、そうだねぇ、あたしは合格をくれてやろうじゃないか」

クロネはにっ、と笑うとそう告げる。

・・・よかった、と俺は力を抜いた。

「まあ、でも試験はあと二回戦続くけどさ。『シューター』」

へ?

俺が不意をつくようなその言葉に停止している間にクロネは大きく後ろに跳躍した。
俺は脱力しきっていたので、それに素早く反応することができない。
彼女はしなやかに地面に着地すると、どこからともなく弓を取り出した。

「いくぞ、覚悟しろ」

クロネの声とともに俺の頬を何かが掠める。

ずとっ。

重いような鋭いような中途半端な音をたてたその何かとは、間違いようもなく矢だった。
というかクロネさん?また口調変わってません?

「油断していると蜂の巣だぞ」

ずだっ。だだだだだっ!

続けざまにさらに矢が飛んでくる。しかも恐ろしいことに相手が用いているのは連弩の類いではなく、なんの変哲もないコンポジット・ボウだ。

くそっ、これに無手はきつい。
基本的にかわす事より受け流す事が多い俺にとって無手での対武器は致命的だ。
まあ、受け流せないわけではないが、気を抜くとザックリといく以上、格上相手には辛い。そしてクロネは間違いなく俺より格上だ。
ならば、とるべき行動はひとつ。
ざっ、と俺はクロネに背を向け、走った。

「逃げる気か」

彼女は失望をあらわにした声で言う。
だが、逃げる(逃げられる)気はない(しない)。
ただ、開戦の前にするべきだったことを済ませるだけだ。
俺は激化した矢の雨をギリギリでかわしつつ入り口に向かう。

そこにあるのは、クロネとぶつかりった時に地面にぶちまけられた武器の数々だ。

俺は迷わずその中から盾ではなくショートソードを拾う。驚いたことに、訓練や、こうしたことによく使われる模造刀だと思っていたが、しっかりと刃が付いていた。
ついでに、何で出来ているのだろうか、鉄にしては軽く、艶やかで、よく手に馴染む。

ぶんっ。

俺はそいつを横凪ぎに振り、俺の背中を貫きそうだった矢を打ち落とした。

「さて、『防御』手段は整った。ようやく反撃開始か」

振り返ってクロネを見つめた。
よく見ると、先ほどあった角が消えて代わりに草で編んだような冠や腕輪を身に付けている。
口調もそういえば変わった気がするな。どういうことだ・・・

「うおっ!?」

俺は眼前に迫る矢を剣で受け流した。
どうやら考える暇はないようだ。さっきの格闘タイプのクロネよりこちらの向こうへの集中が薄い瞬間を的確に狙ってくる。
『シューター』というより『スナイパー』の方が正しいのかもしれない。

俺は、きんっ、かんっ、と小気味いい音と火花を散らしながら飛んでくる矢弾を弾く。
近寄れる気がしない。
だが近寄る気もない。

なぜなら俺はどちらかというと得意な距離は『中〜遠距離』だからだ。
俺はまともに剣術を教えて貰えなかったため、剣で攻めるとボロが出る。
だから俺にとって剣は―――

ぎぃん、がっ、かんっ。

―――単に身を守る手段だ。

そして攻撃手段は―――

ぼうっ。

―――主に魔法だ。

俺は片手で剣を振るい矢を払い、片手に炎を生成する。

これが意味するものは、遠距離型同士の撃ち合い。
お互いにお互いのテリトリーが重なるだけあり、長引きそうだ。があくまで『試験』とクロネは言っているため、ある程度経てば『評価』という形で方がつくだろう。
思い出したくないがもう一回戦あるらしいしなっ。

俺は矢をかわす合間に火の玉を投げつける。そこまではいいのだが、やはり彼女も狙撃主。俺の狙っている場所やら軌跡やらを把握するのが上手く、簡単にかわされてしまう。

「『ファイア』」

「甘い」

一直線に飛ばせば間違いなくかわされ、少しカーブさせるなどの変化を付けても当たることはない。
結果俺は無駄撃ちに見えるような魔法を撃ち続けることになる。

でも、それは計算の内だったりする。
今度は上手く勝たせてもらおう。

俺はくいっ、と手を回した。

かわされた火炎弾は壁にぶつかって消えたわけではない。
俺の唯一の取り柄は『魔法制御』だ。

まさかあいつもかわした弾が後ろから襲いかかってくるなんて思いもしないだろう。

かわされた弾を融合させて巨大になった火の玉を操作してクロネを狙う。
これで決着をつけるとしよう。

太陽のミニチュアのようにまで膨れ上がったそれを彼女の頭上から落とす。
クロネはぶち当たる前に気づいたようだか、遅い。
30発分の『ファイア』の塊だ。
そう簡単に打ち消せるはずが―――

「『フルス・アザガイ』」

撃ち上げられたのは赤を飲み込む青。
透き通った水の奔流。
渦を巻き、尖った先端が炎を穿ち、絡めとり、後はそのまま蹂躙し、火の玉を消し去った。

俺は唖然とした。
格上だとは思っていたが、これほどとは。
思わず剣を取り落とし、石造りの床に転がる。
急いで拾おうとしたらいつの間にか近くに来たクロネが拾った。
ああ、終わりか、と俺は斬られることを覚悟した。

「合格。あまり文句はないな。最近の入団者よりはましだろう」

が、クロネは何故か剣をこちらに手渡そうとしてきた。

「はい?合格?」

「ああ、一回戦につき私に1つそこそこ強力な攻撃をさせれは終了だ。」

「はあ、そういうシステムなのか」

俺は納得したような無駄に緊張して損したような感情を覚えた。
てっきり極限までやりあうのかとおもっていたところだ。
俺は剣を受け取る。はあ、とため息をつくとクロネは弓を空中に消失させたかのように片付けた。

「さて、最終戦だ。『ナイト』」

クロネがそう言うと『シューター』と言った時点からかぶっていた草冠が消え、代わりに首に少しごついチョーカーが現れた。

「では、騎士道精神にのっとり、正々堂々と勝負をしましょうか。剣を構えてください」
彼女はまた変わった口調で俺に話しかける。どうやら彼女は『多重人格』というやつらしい。
『ナイト』と言っていたし、騎士道とか言っていたから騎士の人格なんだろうな。
彼女が空中からうにょ〜んと剣を取り出す姿を見ながらそう思った。
しかし、物質転送か異空間倉庫か知らないが、あまりにも高い所に『裂け目』を作った彼女は思いっきりつま先立ちをしていて全く騎士らしくない。微笑ましくて笑えてしまう。
そして俺は耐えきれなくなり言ってしまう。

「その身長で騎士・・・か」






空気が変わった。




「成る程。手加減は無用ということですか」

クロネは剣を空中から引き抜き、切っ先をこちらに向け、腰を落として構えた。
彼女の赤い目が爛々と光る。
怪しく光る大剣はクロネに構えられて初めてその全長を露にした。
真っ白で鏡のような大剣は、彼女の身長と同じくらいの長さ。目算1メートル40弱。
それは恐ろしいまでに重厚で、まるで分厚い鉄の扉にそのまま刃を付けたかのようだ。
だが、あの一振りの鋼は間違いなく剣だった。鉄の扉に足の小指をぶつけた衝撃の何倍もの威力を予想できる。
一瞬で怖じ気づいた俺は挙動不審になりながら弁明しようとした。

「あ、と、その。可愛らしくていいなぁと」
「それと・・・私を、ちび、と笑ったなぁぁっ!」

無理でした。

殺意の塊と化した金属の塊を持った彼女がその危なっかしい剣を振るのが見えた。

「『一刀千断』」

あちらこちらからの衝撃が俺の体に加わる。痛みを感じることなく、俺の意識は切り落とされた。

―――――――――

――――

――



ああ、彼かい?
無傷で帰る、はダメだったよ。
彼女は(怒ると)人の話を聞かないからな。
◇◆◇◆◇◆

DEAD END

◆◇◆◇◆◇



「って終わらせるんじゃねぇっ!!」

俺は叫びながら目を開けた。
体からは酷い量の汗が流れているのを感じる。間違いなくさっきの夢のせいだろうか。やんわりと覚えているラストシーンにはなんか大丈夫だ、問題ない、と言いたくなる男性が出てきた気がする。

俺は鮮やかすぎる夢から現実に帰ってくるため、目を凝らす。
目の前には真っ白い天井。
ここは違和感を感じるほど清潔に固執した部屋だった。
すぐに記憶からついさっきアルティの手により運びこまれた病院を引っ張り出した。

病室にいる、ということはさっきのは全部夢か?色々と訳がわからなくなってきた俺は情報を集めようとしだす。

俺は体を起こして現状を確めようとしたが体が動かなかった。体が果てしなく重たい。
思うように動かない俺の体に苛立ちを感じ目だけを動かし、辺りを確認する。

壁、天井、と視線を這わせ、最後に俺の毛布を被った体に視線を持っていった。
そして俺の胴体に異変を発見した。

アルティが頭を俺の腹の上に乗せ、気持ち良さそうに寝て(?)いたのだ。

・・・

「こっるるるぁぁァァッ!なにナチュラルに人の体を勝手に金縛ってやがんだぁっ!」

俺は体が動かせず辛い俺の上で幸せそうな顔をしている彼女に叫んだ。
さすがにふわふわしているアルティといえどもこれには起きて顔を俺の体から離した。
少し体が軽くなった気がする。

と俺は安堵の息を漏らした。

「ふん、せっ、よっ。
・・・あれ?」

しかし体は動かなかった。

「当たり前だよ」

アルティが目を擦りながら言った。

「全身打撲だらけで筋肉とかボロボロなんだから」

毛布をめくられる。そこには、包帯にラッピングされまくった俺の体があった。

ああ、あれ夢じゃなかったのか。
そう思ったと同時に詰まっていた記憶が走馬灯のように吹き出してきた。

そうだよ、あれだ。クロネにやられたのか。

急に疲れが俺を襲ってきた気がした。
うん、しばらく休もう。これくらい許してくれ。

それから次の日俺はアルティというアンデッドから『まるで死んだように安らかに寝ていた』とお墨付きをもらった。
全く嬉しくない。
13/08/07 01:40更新 / 夜想剣
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■作者メッセージ
えと、どうでしたか?
クロネは多重人格のドッベルさんです。
今まで変身してきた魔物の人格が定着してしまった、という感じの設定です。
詳しくはクロネを主人公とした小説で明かします。

この設定は絶対に先を越されたく無かったので無理矢理ねじ込む形で登場させてしまいました。
書いている途中であまりにも難産なため、なぜ無理矢理ねじ込んだのかと泣きたくなりました。

あと、バトル、長くなりすぎたので5分の1にカット。
あまりに長いとだれるのですよ。
それにくどかったのであっさりカロリーオフ仕上げにしました。

しかし難産のわりにたいしてぐっとこない文に・・・
焦りは禁物、ですかね。

あと、最近、皆さん連載の更新速いですね。特にタイミングが悪いのか私が新しい話をあげるとあっという間に下の方に・・・。
まあ、色々と読める!というワクワクの方が大きいですが。
後、最近私のような新人さんが増えてナカマ、ナカマと妙にテンションが上がっております。

さて、続き頑張りましょうか。
今のはメ〇ではないメ〇ゾーマだ!
とテンプレの逆を突っ走りたくなる私なのですが、どうかこれからもよろしくお願いします

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