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第7話「Mr.スマイリーが見てるB」
Mr.スマイリーは低い呻き声を上げ、肩に担いだ少年を殆ど振り落とすような形で砂の上に降ろした。

「コレール、まさか本当にーー」

「もしそうだったら辻褄が合うと思って、鎌をかけたんだ。……思い違いであってほしかったけど」

クリスとコレールが話している間にも、Mr.スマイリーの体に起きた異変が収まることはなかった。

肉体のみならず骨格そのものが変形していくその姿は、怪人の体内から巨大で大量のミミズの様な生き物が皮膚を突き破って外界に脱出しようとしているかのようだった。それだけではなく、身に纏っていた漆黒のコートと帽子が煮えたぎっているかのように泡立っている。

やがて激しく息を吐きながらその場で跪くと、一瞬だけ体全体が真っ黒な影に包まれる。次の瞬間には影は消え失せ、蝋化した死体の様な白い肌は血色の良い肌色へと変わり、コートと帽子も何処かに溶けて流れていったかの様に無くなっていた。

コレール達は目の前で起こった異形の怪人から顔見知りの青年ーードミノ=ティッツアーノへの変貌の一部始終を、愕然とした表情で見届けたのだった。



ーーーーーーーーー

ドミノ=ティッツアーノはウィルザードの一領地の貧民街(スラム)で商売をしていた、一人の娼婦の子供として生を受けた。

ドミノの母親はどこの種とも分からない子供に愛情を感じることはなく、仕事の邪魔でしかないと考え、息子に対して日常的に虐待を行っていた。

ドミノは他の虐待を受けた子供の多くがそう考えるのと同様に、暴力を振るうことこそが強い人間であることの証明であると考えるようになった。


自分の考えが及ぶ範囲内で、最も確実に暴力の使い方を学ぶことが出来る組織とは、軍隊である。12歳になる頃、ドミノは日々の汚い仕事の中でコツコツ貯めた金を投げ打って軍学校に入学した。

軍での訓練は過酷であったが、それに輪を掛けて過酷だったのは先輩兵士からの「歓迎」という名の暴力だった。

それらは新人の兵士に対して毎年のように行われていたものであり、特にドミノだけが標的とされたものではなかった。しかし、ここに来てドミノが物心ついた時から溜めてきた、弱者に対する理不尽な暴力への鬱憤が爆発した。ドミノは日常的に新人虐めに対して真っ向から反抗し、同期の兵士が標的になったときは身を挺して庇うようになった。ドミノの体の傷は、増えていく一方だった。

その夜は豪雨だった。ドミノは四人の年上の兵士によって、カビ臭い武器庫の中に追い立てられていた。
きっかけは、目の前で給食にゴキブリの死骸を投入されたドミノが、そのゴキブリ入りの皿を張本人である先輩兵士の顔面に投げつけたことだった。

今回ばかりは助かりそうに無いと悟ったとき、少年の頭の中から、滲み出てくるようにして声が聞こえてきた。

(『大丈夫だドミノ……ここは私に任せて休むんだ……』)

最初は極限の恐怖の中でとうとう気が触れたのではないかと考えたが、何者かの囁き声は、幻聴にしては意味を成しており、何より安心できるものだった。

(「アンタは誰なんだ。何処から俺に話しかけていんだ」)

(『私は、君だ……。詳しいことはすべてが終わってから説明しよう……。今はとにかく体を休めるんだ……』)

頭の中の声が途切れた瞬間、ドミノは強烈な眠気に襲われ、そのまま糸の切れた操り人形の様にその場に倒れ伏すと、彼の意識は心地よい暗闇の中へと沈んでいった。




どれくらいの時間が経ったのだろうか。鼻腔を突き刺す血と排泄物の臭いによって、ドミノの意識は覚醒した。慌てて自分の体の状態を確かめるが、臭いの発生源は自分ではなかった。

いつの間にか置かれていた火のついた蝋燭に、ぼんやりと照らされている物体があった。微かに動いて、雨音にかき消されそうな程の小さな呻き声を発している。目を凝らしてそれが何なのか確かめた瞬間、ドミノは言葉を失った。


ついさっきまで武器庫の扉をこじ開けようとしていた先輩兵士の、無惨な死体がそこにあった。正確に言うとまだ息はあるのだが、この状態では大した違いはないだろう。

髪の毛は頭皮ごとむしり取られ、手足の爪は殆ど剥がされている。身体中が何かに食い千切られたような傷跡に覆われており、眼球や 睾丸など、人体において潰れそうなものは大体潰されているようだった。残りの三人も似たり寄ったりの惨状であり、こちらは既に息絶えていた。

(『良い眺めだろう? 君のためにやってみたんだ』)

頭の中に、再びあの正体不明の声が響く。

(「やりすぎじゃないか……?」)

(『やりすぎ? まだ息のあるこいつの声を聞いてみろ』)

ドミノは言われた通りに、まだかろうじて命を繋ぎ止めている先輩兵士
の口元に耳を近付けた。

「……ごめんなざい……助けで……死にだくない……」

(『笑えるだろう? 人に散々理不尽な暴力を奮っておいて、いざ自分が虐げられる側に回るとこれだ。屑の見本の様な存在だな。そいつの上着のポケットを調べてみろ』)

ドミノが言われた通りにすると、中から一枚の女の子が移った写真が出てきた。

『可愛らしい娘だな』

その声は確かにドミノ自身の口から発せられたものであったが、ドミノの意思によるものではなかった。それはかなり奇妙な感覚だった。

「やめで……いもうどだげは……おねがいじまず……」

『良い値がつきそうだ。この国から出るには十分だな』

『……や…………』


恐怖と絶望に塗り潰された表情のまま、兵士は息耐えた。ドミノはその哀れな最期を見届けると、何かに導かれているような確かな足取りで、武器庫を後にした。


外の豪雨は弱まるどころか、激しさを増していた。顔面を叩きつける雨水を気にもせず、ドミノは黙々と歩みを進めていった。

(「俺の復讐は終わる」)

(『だが、それだけでは満たされない。満たされるはずがない』)

(「世界は理不尽な悪意に満ちている。さながら罪の無い人々の肉体を食い荒らす寄生虫(パラサイト)だ」)

(『個人が寄生虫に対抗する免疫を手に入れたところで、奴らは笑いながら別の宿主を探すだけだろう』)

(「取り除かなければならない。ウィルザードを醜く蠢く寄生虫に覆われた肉塊にするわけにはいかない」)

(『私の名はオニモッド。安心しろ、君は独りではない。私がついている。私は君なのだから』)


空を覆う暗雲の中から闇を切り裂くように、一筋の稲光が閃く。

雷光によって一瞬だけ照らされたドミノの顔は死体のように白く、その口は耳まで裂けていた。


ーーーーーーーーーーーーー

「ーーその後俺はオニモッドの顔を借りて奴の妹を奴隷商人に売りさばき、証拠を細工して母親が犯人として疑われるように仕向けた。母親はウィルザード皇帝が定めた掟に逆らったとして慣習に倣い、油の入った水筒だけ持たされて砂漠の真ん中に置き去りにされた。奴隷商人自身も間もなく、ドミノ=ティッツアーノの『勇気ある告発』によって、同じ運命を辿った。その金を元手にして国を出た後、俺はいわゆる復讐屋を始めたんだ」


ニレンバーグの宿屋の一室で、ドミノはコレール達を相手にした昔語りを終えた。

話が終わった後の長い沈黙を破ったのはコレールでも、クリスでもなく、蒼い宝玉に封じ込められた、古代の偉大な魔術師の魂だった。

「秘められた才能の解放……強烈なストレスによって精神に過負荷がかかり、体内で闇属性の魔力が生成されるようになったのでしょウ。しかし、そのエネルギーによって精神そのものが不安定な状態に陥り、防衛機構としての人格の分裂に至っタ……」

「本当なのか、ベント?」

コレールが尋ねる。

「いや、あくまで推測ですヨ。こういうのは私は専門外ですかラ。しかし恐ろしいのは、こういった要因での外見の変化は、擬装魔法(カモフラージュ)と違って、見破るのが難しいんですヨ。コインの裏表が引っくり返るみたいに、魔力の性質そのものが、ガラリと変わってしまうものなのでス」

「どっちでもいいわ。要するに、ドミノとオニモッドは同一人物なんでしょ」

クリスはそう言うとベッドに腰かけるドミノの肩を掴み、彼の顔を真正面から見つめて口を開いた。

「ドミノ。オニモッドに復讐屋を辞めるように、貴方の方から伝えて。こんなことしてても、世界は平和にならないわ」

ドミノは顔を背け、クリスの視線を受け止めようとはしなかった。

「言いたいことはわかるけど、アンタが口を出せるようなことじゃない」

「口を出さないわけにはいかないでしょ! 人が死んでるのよ! オニモッドは貴方の体を使って殺しを続けている……彼は殺人鬼なのよ!」

ドミノは素早くクリスの腕を掴むと、そのまま握りつぶすと言わんばかりの形相で彼女を睨み付けた。


「オニモッドをコケにするな! あいつはウィルザードの人々の平穏の為に、俺と一緒に戦っているんだ!それにあいつは俺の命の恩人で……俺の、半身だ」

食い縛った歯の隙間から荒い呼吸音が漏れだし、目は充血している。しかしそれでもクリスは怯まず、隣に座っていたコレールにしがみつくようにして話を聞いていたエミリアを指差した。

「同じことをエミリアの前で胸を張って言えるっていうの!? 『自分達はウィルザードの人々の平穏の為に、法律に寄らない殺しをやってます』って!」

「てめぇ……!」

ドミノは痛いところを突かれた、といった表情をした。オニモッドや彼の召喚したネズミですらエミリアを傷つけようとすらしなかった辺り、クリスはエミリアの存在が、思っていた以上にドミノの心の奥に入り込んでいると踏んだのだろう。

「ドミノさん……」

だが、エミリアの言葉はクリスの望んでいた内容ではなかった。

「私は……どんなに悪い人でも、一人や二人の判断で苦しめて殺すのは、間違ってると思います……でも、そう言うことは誰かに虐げられた記憶が無いからそう言えるのかも知れなくて……それに、あの時オニモッドさんがあの娘さんを殺していなかったら、代わりに私が死んでて……ごめんなさい、自分でも何が正しいのか……」

コレールは顔を覆ってしまったエミリアの肩に自分のコートを掛けて、「無理して話さなくていい」と囁いた。

「ドミノ。私の方から一つ提案があるんだ。聞いてくれるか」



ーーーーーーーーーーーーーーー

「良い天気だ。砂嵐に巻き込まれなければ、明後日の昼にはサンリスタルには着けるな」

翌日の朝、魔界獣の手綱を握ったコレールは、上機嫌で空を仰ぎながら呟く。彼女が振り向くと、旅路に必要な食糧を調達してきたエミリアが、神妙な面持ちで立ち尽くしているのが目に入った。

「どうしたエミリア。体調が悪いなら少し出発を遅らせてーー」

「あ、いやっ、大丈夫です! すぐにでも出ちゃいましょう!」

エミリアは慌てて笑顔を作ったが、その笑顔は無理やり表情を変えたせいで、丸っこくて可愛らしい顔にはそぐわない、引きつったものになってしまった。

エミリアは、食糧を購入する時に、側を歩いていた衛兵達の世間話を聞いてしまったのだった。

(「例のバズル家の娘の件、結局解決してないんだってな」)

(「ああ。旦那の方も捜索を諦めているらしい。跡継ぎには既に長男が居るからな」)

(「娘の取り巻きも今じゃめっきり大人しくなってるさ。次は自分かもしれないってな」)

(「何にせよ、当分の間は厄介ごとには悩まされそうにないな」)

(「ははっ、違いない」)



結局、彼女には最初から味方など一人もいなかったのだ。エミリアはその事も知らずに孤独に死んでいった少女に対して、同情の念を禁じ得なかった。

「荷物が重くてしんどかったんだろ、エミリア。ほら、そのまま降ろしてーーうぉっ!?」

荷車の上からエミリアの背負っていた荷物に手をかけようとして、予想外の重さに耐えきれずそのまま荷車から落下するドミノ。


コレールがドミノに提案したのは、実にシンプルな条件だった。

自分達の旅路に同行すること。そして、その間は復讐屋を休業すること。

現状、Mr.スマイリーの行動を監視するには、それが一番妥当な策だった。意外にもドミノだけではなく、彼の中に潜むオニモッドの人格もこの条件に乗ることには積極的だった。ドミノが言うには、オニモッド自身も二人が同一人物であるという事実を知ったコレール達を野放しにするつもりは無いらしい。要するにこれは、相互監視だった。



「全員乗ったな? それじゃあ出発するぞ」

荷車の上に腰かけるクリスは、鼻唄を歌うドミノに警戒した目線を向けていたが、どうしようもなかった。彼女にも慣れて貰うしかない。

魔界豚に発破をかけるための鞭を振り上げたと同時に、コレールの首筋に氷を押し付けられたような冷たさが走り、昨日散々耳に入り込んできた低いトーンの囁きが、脳内に語りかけてきた。



(『君とドミノはコインの表と裏だ。だから私は君と行動を共にするんだよ』)




コレールはすかさず後ろを振り向いたが、そこにオニモッドの姿はない。彼女の不可解な仕草にギョッとしているクリスらが居るだけだった。




そう遠くはない後に、彼女はこの言葉の意味を思い知ることになる。だが、今のコレールにそのようなことなど知る由もなかった。



ーー続く。
17/03/07 00:33更新 / SHARP
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■作者メッセージ
SHARPです。予告通り、次回の更新はバフォ様のエロを書こうと思っています。









「次回予告」


サンリスタルへの旅を続けるコレール達。順調なものに思えたその旅路を岩場の影から見つめる、一人の少年と一人の魔物娘の姿があった。

次回、「幻肢痛の少年」

奪い続けろ。さもなければ、奪われるだけだ。

ナレーション:大塚○夫

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