連載小説
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EX.TAKE BAD POLICE'S LAST DAY
 電脳魔法KANZAKI内部に形成された南国ビーチ風の異空間にて不良警官一味との"聖戦"を制した"怪物俳優 得刃リン"こと志賀雄喜と"乳牛女優"ことホルスタウロスの小田井真希奈。

 予期せぬ展開から図らずも愛欲のままに激しく交わった二人は、精液と母乳で白く染まりながら互いの童貞と処女を捧げ合い、実質的に"結ばれた"状態で異空間を脱し――衣類や所持品などは異空間を脱する直前の時点で返却され着替えることができた――無事善会町への帰還を果たした。

 帰還の後、二人は古坂や柳沼夫妻といった面々への事情説明を済ませ、仕切り直しとばかりに善会町でのデートを再開、駒木根カイト青年の知人であるダークメイジの仁熊レイアが経営する『マジック&ファンジンストア-マルベリィ-』や、同じく駒木根青年と親しい間柄にある掃除と旅行を愛する大男、三重段吉が店主を務める書店『トドロキ書房』といった名所での観光を存分に堪能したのであった。


 では一方、そんな二人に敗れ去った不良警官たちはその後どうなったのであろうか?
 まず大前提として、当然乍らあの連中とて如何に腐りきった外道とは言え一応それでも魔物娘の分類群に属す生命体ではある。
 即ち、魔王の代替わりにより古来の呪われた宿命から解放され、如何に道を違え堕落しようとも最終的にはなんだかんだとりあえず一応ハッピーエンドと定義できる末路が約束されているらしい区分であるからして、反省と贖罪、改心と救済の機会が与えられるのは必然なわけである。
 そしてその必然に則る形で、かの八名にもそれぞれ更正の機会が与えられることとなった。

 今エピソードでは、果たしてかの不良警官一味が如何なる末路を辿ったのか、またそもそも連中は如何なる経緯から市井の民へ狼藉を働く悪徳公務員となったのかについて述べさせて頂きたく思う。


●不良警官一味のその後

 乳牛女優と怪物俳優の二人に敗れ去り異空間の海中へ没した八人の魔物娘。
 電脳魔法KANZAKIによって再現・構築された魔界ならぬ"魔海"に囚われた彼女らは、そこに住まう魔物娘や魔界獣による手厚い"歓迎"を受けることとなる。
 その内容とは……


「ぐあああああああ! 脱がせろおおおおおっ!
 こんなフリルだらけの服なぞ着ていられるかああああっ!」

 ヴァンパイアのルージュ……紫外ライトだらけの部屋に囚われ、ネレイスらの"生きた着せ替え人形"に。

「ぁっ♥ ぁああぁぁっ♥ わラ、わたヒの、けっホんせーかトゥのりそーはっんあぁぁぁあああっ♥」
「んっふんぐううううううっ♥」

 オートマトンのセレーネ……キャンサー、シー・スライム、トリトニアなどから成る白衣姿の集団に捕まり、全裸に剥かれ電撃を受けながら色恋に関する質問を受け続ける拷問の餌食に。

「ぁおおおおおおおおんっ♥ わふおおおおおおっ♥」

 ヘルハウンドのケンジョー……体内の様々な毒を淫毒に変換されたことで無事生存するもののその快感に悶絶。

「ぐんぬうおおおおおおおおっ! いい加減にしろぉおおおっ!
 叩き潰して汁物(スープ)の具材にしてくれるわこのマゾ亀があああああっ!」

 オーガのパッション……他者に"自分を殴って貰う"べく煽りや挑発の技術を身に着けた末期のマゾヒストである海和尚と同じ部屋に閉じ込められ、ストレスと肉体疲労にて限界寸前。

「ぅぐ、っぷ……ぁべぇ、の、飲み過ぎた……」

 ワイバーンのエース……迷い込んだバーにて店主のメロウ――コートアルフがネーヴィア島を代表する"情熱"の歌姫ユースティーヌ差乍らの男前な人格者――に勧められるまま自棄酒に及び二日酔いに。

「ぉお゛んんっ! あ゛ぁーッ! やめッ! ケツが、ケツがああああっ!」

 ミノタウロスのミューズ……パズルを解きながら進んでいくダンジョン風アトラクションのトラップで乳首や菊座等を執拗に責められとんでもないことに。

「わひゃひゃひゃひゃひゃひゃっ!
 ひゃっ、ひゃめっ、これ以上はっ、内臓っ、捩れちゃいますってコレぃひひひひひひひひひっ!」

 ケプリのマーレス……有無を言わさず拘束され、休みないくすぐり地獄にて発狂寸前に。

「な、なんということだ……こんなことが……お前ほどの男が、どうしてっっ……!」

 ドラゴンのエール……薬により眠らされ『理想の男と共に幸福な生活を送る夢』を見せられるも、途中から相手の男が理不尽な目に遭う等の悲劇的な展開が相次ぎ精神的に追い詰められる。


 ……このように、程度の差こそあれ各々それなりの地獄を味わった八人はそのまま丸二日ほど放置された後、ベン・タラーによって魔王軍魔術部隊こと本家"サバト"の筆頭である姓名不詳の通称"バフォ様"が所有する豪邸の各所――特に"汚れては困る高級品"が多かったり"悪臭厳禁"である場所――へ転送される。
 しかも彼女らの身体には様々な"サバトを侮辱するような文言"が油性マーカーででかでかと書かれており、その上キビヤックやホンオフェといった強烈な悪臭を放つ食品が無数に括り付けられていた。
 有り体に言えばその瞬間、"バフォ様"の豪邸は紛れもなく地獄と化したのである。

 ともすれば必然"バフォ様"が烈火の如く怒り狂ったのは言うまでもない。

 本来、幼児体型でない女が縄張りに不法侵入ものなら適当に魔法で撃退しつつ幼く無垢な肉体の魅力や背徳といった"幼体主義"の思想を教え込んだ上で幼化の魔法をかけ幼児体型にして身内として引き込むのがサバト構成員のセオリーではあるが、
 相手の身体に侮辱的かつ冒涜的な文章が書かれていた挙句、更に強烈な悪臭までセットでついてきたとあってはそんな余裕も怒りの炎に焼き尽くされて当然であろう。

「ぬんぎょわらぁぁぁぁぁ!
 ンヴェ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛ッ!」

 激昂し我を忘れた"バフォ様"は、傍らの夫や部下たち、友人知人の制止も振り切って大規模攻撃魔法を乱発……結果、天文学的な資産価値を誇る豪邸は跡形もなく残骸と化してしまった。
 程なくして冷静さを取り戻した"バフォ様"は八人の不良警官らを一連の騒ぎの元凶と断定、自身の権力を以て魔王軍の憲兵隊に引き渡す。
 当の憲兵らは『いや別にこいつらも怪しいだけで犯人かどうかわからんやんけ……』と思いもしたが、魔王軍でも屈指の地位と権力を誇る"バフォ様"を前にしては大人しく平伏する他なかった。

 その後『もうこいつら逮捕してもうたけどどないすんねん』『無実やったら自分らが誤認逮捕やらかしたことになってまうで』『そもそもバフォ様から有罪にできんかったら許さんとか脅されてんで』『どうにかして罪人にしとかんと』『何より汚職憲兵とか婚活で絶対不利やんけそんなん死活問題やで』との考えに至った憲兵らは八人の身元を徹底的に調べ上げ、彼女らが地球にて魔物娘にあるまじき蛮行に手を染める外道であると突き止める。
 これを知ったある憲兵は安堵し、またある憲兵は喜びに踊ったという。

 かくして逮捕された不良警官らの蛮行は明るみに出ることとなる。裁判によって出た判決は当然ながら有罪。
 魔物娘としての基礎理念に背き蛮行を繰り返した罪は重いとして、長寿な魔物娘からしても決して短からざる期間の懲役刑を言い渡されたのであった。


 その後、取り調べや調査の結果この八名が如何にして外道へ堕ちたのか、その経緯が明らかとなる。
 なんとエールら八名の魔物娘たちはそれぞれ凄惨な過去の持ち主であり、そこに付け込んだ"黒幕"に誑かされ、利用されていたに過ぎなかったのである。
 黒幕の名は大山田圭五郎。警視庁副総監にして警視庁音楽隊の長も兼任するこの一見何の変哲もない中年男は、その実自身以外の全てを資源程度にしか思わない畜生であり、その認識は魔物娘に対しても変わらなかった。
 そんな外道なものだから、大山田を夫として娶りその精を頂いてやろうなどという素っ頓狂な魔物娘が居よう筈もない。
 一方の大山田にしても魔物娘と愛し合う気などは毛頭なく、あくまで自身の欲望を満たす為の手駒としての価値しか見出していなかった。

 手駒にすべく調査を重ね策を弄した大山田は、熟考の末『過去に凄惨な経験を経て精神に歪みの生じた魔物娘にすり寄り適度な距離感で手懐ければ支配下に置くことは容易である』との結論に至り、選び抜いた八名の"歪んだ魔物娘"に莫大な報酬と警官としての地位を与えた。

(魔物娘(やつら)は欲望に忠実だが有能な分決してバカではない……
 如何に精神的な歪みがあろうと本格的に堕落させ支配下に置くには時間がかかる……
 長い目で見てじっくりと計画を練らねばなあ……!)

 大山田は八名を徹底的に甘やかし続けた。不正や非礼があっても容認し、危機が及べば自身の権力を以て力の限り守り抜き、徐々に堕落させていったのである。
 それは彼にとってある種の実験であった。『魔物娘を支配下に置き、自身の手足となって動く駒として使役する方法』を追求するための、数十年がかりの壮大な計画……大山田圭五郎の権力に対する執着は最早常軌を逸していた。

 無論、そんな彼の計画は逮捕されたエールらに暴露されたことで水泡に帰す。
 更にその他の悪事に関しても芋蔓式に次々と暴かれ、遂には地位も財産も全て喪った大山田が零落・破滅するのにそう時間はかからなかった。



 さて、"未来"については粗方語り尽くしたため、ここからは逆に"過去"の話である。

 先に述べた通り、大山田の陰謀に巻き込まれた"元"不良警官の魔物娘らは、殆どが過去の悲惨な経験から精神的な歪みを抱えており、そこに様々な要因――大山田による洗脳紛いの甘言や、魔物娘を"甘やかし過ぎる"社会的風潮、果ては男を知らぬまま年を重ねてしまったことによる精神的な脆弱性など――が絡み、魔物娘にあるまじき蛮行に及んでしまっていた。
 では彼女らが道を踏み外すそもそもの切っ掛けとなった"過去の悲惨な経験"とは一体何なのであろうか……その実態について述べさせて頂きたい。


 CASE1 ワイバーンのエース

 エース。
 "一番"を意味するその名は、勿論彼女の両親が『全ての頂点に立つ女傑たれ』との願いを込めて名付けたものである。
 そもそも彼女の両親は揃って富や権力に異常なほど固執する野心家であり、夫婦で竜皇国ドラゴニアの頂点に立つべく奔走しながらも、結局思うように結果を残せぬまま表舞台を去った過去を持つ。
 そしてそんな夫妻の間に生まれたエースは幼少よりドラゴニアの頂点に立つ夢に取り憑かれた両親によって徹底して厳しく育てられた。
 彼女がもし一般的なワイバーンであれば厳しい環境に耐え抜き強く成長するか、或いは両親に反発し家を飛び出して自分なりの生き方を見出すなど、幾らか魔物娘らしい"幸福で充実した真っ当な生涯"を歩めていた筈であった。
 然しエースは元来"気弱で他人に依存しがち"というワイバーンらしからぬ気性の持ち主であり、厳しい環境からくる重圧に耐え抜くことも、逆に反発し家を飛び出すこともできず、ただ両親を始めとする強者に媚び諂い付き従う、傀儡の如き生き方しかできなくなってしまっていた。
 ともすれば当時精神を病み思考や判断の鈍っていた両親共々大山田の口車に乗せられ操られてしまったのは言うまでもなく……"頂点に立つ一番"たるべく育てられた筈の飛竜が"他者に付き従うだけの永遠の二番手"になってしまったのは本末転倒と言わざるを得ない。

 逮捕の後懲役刑に処されたエールは獄中で今までの己の在り方を悔い、変わりたい、本当の一番になりたいと強く願った。
 そして娘の逮捕、並びに諸々の真実を知った彼女の両親も自分たちの犯していた罪を自覚……狂気より解き放たれた夫妻は己を省み、苦しめてしまった娘への贖罪に向けて密やかに動き出す。
 やがて親子は和解し、絆を取り戻した家族は一つとなり、飛び立つであろう――追い求めていた頂点の上に広がる、自由な快晴の大空へ向かって――。


 CASE2 ミノタウロスのミューズ

 ミューズは後天性のミノタウロスであり、元は人間の少女であった。
 現在でこそ種族特有の恵まれた体格と野性味溢れる卓越した美貌を誇る彼女だが……人間であった頃は年齢を考慮しても異常なほどに小柄かつ、健康状態を心配せずにいられないほど貧相な体つきであり、顔立ちとて世辞にも美しいとは言い難かった。
 その上彼女の生まれは当時"魔物娘も手出しを躊躇う荒みよう"で知られたアフリカのさる途上国……その中でも特に治安の悪い最悪の地区であった。
 親を知らず、家族を知らず、愛を知らず、明日も知れぬ中を、ただ生命を維持する為だけに、文字通り"なんでも"しながら……彼女は必至で生き抜いた。
 周囲の人間……特に同じ女から醜い容姿をバカにされ、能力の無さ故見下され……凄絶な差別と迫害に曝されながら尚も苦境を耐え抜いた彼女は、やがて図らずも魔物化を果たす。
 荒々しい性格と強烈な向上心、過酷な環境によって歪んだ形に鍛えられた心身の故にミノタウロスと化した貧民の女……後にミューズと名を変える彼女の精神は魔物化により多少軟化こそしたものの根本的には改善されず、かえって優れた存在になった反動からより凶暴かつ傲慢な性格となってしまっていた。
 貧民時代からの『誰にもバカにされたくない。誰にも自分を見下させない』との思いを大山田に付け込まれたミューズは、彼の傀儡として長らく泳がされることとなる。

 懲役刑に処されたミューズは、獄中で過ごす内己の今までの生き様がひどく哀れで虚しいものだったと自覚するようになった。
 同じく懲役刑となり獄中で過ごす他の面々が出所に向けて精力的に活動する中、雌牛は抜け殻かのように無気力な日々を過ごすばかり……明らかに魔物娘として不健全な状態にあった彼女に救いをもたらしたのは、囚人たちのメンタルケアや人生相談を請け負う愛女神(エロス)教会に所属するガンダルヴァの楽師であった。
 然したる意味のない単なる気まぐれから楽師の元を訪れたミューズ。最初は然して何を期待しているわけでもない彼女であったが、知らぬ間にその弾き語りに魅了されていく。そして気付けば日々の自由時間を楽師の元で過ごすようになったミューズは、やがて刑務所の中の誰より彼女と親しい間柄になり、音楽やエロス女神の教えに興味を持つようになっていく。
 その後、楽器の練習に励み、愛女神教に入信した彼女は出所と共に親友である楽師の元に弟子入りし、やがて楽師率いる楽団の花形として活躍していくこととなるのであるが、それはまた別の話……。


 CASE3 ヴァンパイアのルージュ 並びに オートマトンのセレーネ

 古くは旧魔王時代より権力や支配権に縁が深く、優れた指揮官や為政者を数多く輩出する種として知られるヴァンパイア。
 その権能は種としての格や他の種族の追随を許さぬ優れた形質、及び各個体の確かな実力やカリスマ性によるものである。
 即ち、本質的には所詮小物・俗物に過ぎないにも関わらず、あたかも権威ある支配者然として傲慢に振る舞う有象無象どもとは一線を画す……或いは根幹的に別次元に属すと言ってよい(勿論例外たる個体も存在するわけであり、一概に断言もできないのであるが)。

 そして、後に善会町を蝕む不良警官にまで成り下がってしまうルージュもまた紛れもなく、権力や支配権に縁の深い"典型的なヴァンパイア"の一人であった。
 生来多種多様な才能を有し、恵まれた環境で家族の愛を一身に受け育った彼女は、生来の上流階級、高貴なる上位者としての確たる矜持と信念を持ち合わせ、遂には慢心というヴァンパイアの本能さえも理性によって抑え込むに至るほどの類稀なる傑物であった。

 そんなルージュには、幼くして両親にも匹敵し得るほど絶対の信頼を置く相手が居た。
 世話係として宛がわれたオートマトンのセレーネである。
 高潔にして瀟洒(しょうしゃ)、才色兼備かつ文武両道にして魔物娘らしからぬ程に清楚な、まさに理想の忠臣たるこの自動人形は主君である吸血鬼を唯一無二の主君として慕っており、彼女に対し絶対的に忠実である一方決して単なる傀儡ではなく、ルージュが過ちを犯せば全力で矯正しにかかるなど、正義感に溢れた人格者でもあったのだ。

 ではそんな二者が何故市井の民を苦しめ血税を不正に食い潰す不良警官にまで零落れたのかと言えば、その元凶は何とも理不尽極まりない不幸な出来事の連鎖にあった。
 ある時は懇意にしていた企業が原因不明の経営難に陥り倒産し、またある時はファンだった著名人が不祥事で業界を追われた挙句精神を病み自ら命を絶ち、果ては惚れた男に想いを伝えるも玉砕……などといった不幸な出来事が、何時かの時期を境に頻発し始めたのである。
 それらの出来事……特に惚れた男からの拒絶はルージュにとって大変辛いものであった。しかも彼女を振った男たちは皆、彼女への嫌悪感を隠しもせず『自分には好きな相手がいる』等と宣っては彼女を口汚く扱き下ろし、比較する形で各々の"好きな相手"とやらについて聞いてもいない自慢話を冗長に垂れ流していく始末。
 男たちの狼藉三昧はルージュの心を悉く傷付けたが、彼女は己が上位者としての信念故に惚れた男の幸福をこそ最優先に考え、一切の報復を行わず、如何なる罵声をもあくまで穏便に受け流し続けた。
 『彼らの言うこともまた彼らにしてみれば正論であり、私自身完璧などではない』『指摘された欠点を修正し次の恋に活かせばよい』『独り身での幸福を追い求められればそれでいい』……ルージュは忍耐し続けた。それが生来の上流階級、高貴なる上位者たる己自身の宿命にして使命であると確信していたからである。
 そして忠臣セレーネは、そんなルージュの身を案じつつも彼女の意思を尊重し、傍らで主君を支え続けた。

 だが結果的に、ルージュは堕落の道を突き進むこととなる。
 その発端はある年の夏……セレーネが初恋を知ったとの報せを受けたのが全ての始まりであった。
 相手はさる小学校で教員を務める若き青年……素朴で温厚、かつ紳士的で努力家な彼の人柄に、セレーネは図らずも惹かれていった。
 当初こそ『自分が尽くすのは主君のみ』と考え身を退こうとしていた自動人形であったが、当の主君自身から『魔物娘たるもの己の心に素直であれ』『臣下の幸福は主君の幸福』と諭されたのを切っ掛けに想いを伝える決意をし、覚悟を決め行動を起こした……までは良かったのだが、ここで彼女を不幸が襲う。
 なんとその教員は既に魔物娘の女子児童複数人と肉体関係を持つに至っており『女子児童ら以外の女を愛するつもりは毛頭ない。成熟した女に好かれていると想像するだけで寒気がして吐き気を催す。仮にお前が幼児体型に化けようと、そんな不純物塗れの紛い物の女児など到底愛せる訳がなく、かえって何より嫌悪するだろう』とまで、徹底的に拒絶されてしまったのである。

 予想外の展開に深く絶望したセレーネだったが、主に倣い己を拒んだその教員を怨んだり報復を試みようとはせず、ただ己の過ちを認め悔い改めんと決意するに留めたのであるが……一方の主君ルージュはこの件に激しく怒り狂い、激情に任せ半日近く暴れ回った挙句、どうにもならぬ虚無感と絶望感に苛まれる。
 程なくして『己のみならず我が最愛の臣下さえ幸福を得られぬこんな世で、上位者としての信念を貫徹し生きるなど馬鹿げている』との考えに囚われるようになる。更にそこへセレーネ以上に慕っていた両親が旅行中敵対勢力の襲撃を受け重傷を負い、一名こそ取り留めたものの揃って植物状態に陥ったとの報せを受けたのが決め手となり、遂に彼女は嘗て持ち合わせていた信念や正義感、そしてそれまで守り続けて来た全てをかなぐり捨ててしまう。

 ともすれば忠臣セレーネが止めに入りそうなものであり、実際周囲もその展開に期待していたが……当の自動人形は『正義や法規は重んじられて然るべき。されど時としてそれらに敢えて背かねばならぬ時もある。私にとってその時とはまさに今である』等と宣い、忠臣は主君の後を追う形で堕落の道を選び取ってしまった(後に当人が明かした所によると、その言葉は初恋の相手である小学校教諭っからの受け売りであり、自らを否定した彼を否定し返す意図があったのだという)。

 吸血鬼と自動人形の主従……精神的に追い詰められ、世界に失望していた二者が大山田の傀儡へと成り下がるのに、そう時間はかからなかった。

 ただ、彼女らは元来真っ当な人格者であっただけに"反省"と"改心"も八人の内では誰より早く、逮捕以前……電脳魔法KANZAKIにより再現された魔界ならぬ魔海での生活を経て己らの罪を悔い、取り調べや裁判に於いても素直に容疑を認め犯した罪を償う意思を見せた。
 二者の態度は投獄後も変わらず、刑務所内では模範囚として周囲から認められ、所内の治安回復や環境改善にも少なからず影響を及ぼしたと言われる。
 そしてそんな彼女らに天が味方でもした為なのか、ルージュの両親は長きにわたる植物状態から目覚め、社会復帰を果たすこととなる。
 ルージュの両親は目覚めたばかりにもかかわらず落ち着き払っており、我が子とその臣下が罪を犯し投獄された事実をもすんなりと受け入れ、二者の出所に際しては真っ先に娘らを出迎えに赴いた程であった。

 斯くして紆余曲折を経て両親と再会した気高き吸血鬼とその忠臣たる自動人形は、改めて己の罪を償うとともに、自らと同じく過ちを犯さんとする者たちを踏み止まらせ、また既に過ちを犯してしまった者たちの更生を手助けすべく立ち上がる。
 闇を闇なりに明るく照らす、淡く鮮やかな光となるべく……。


22/08/28 20:51更新 / 蠱毒成長中
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