読切小説
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思い出の樹〜the memorys girl〜
木々が生い茂る深い森の中。
その中の一本の樹に凭れかかる、一人の青年が居た。
彼はこの辺りで森林浴を日課としている「マット・ヒーリン」
その幼げな面立ちに良く似合う、おっとりとした性格の男性だ。

「今日も来たよ・・?」
彼はまるで日課にでもしているかのように慣れた手つきで樹の幹を撫でて、誰もいない筈の場所を見つめながら囁いていた。
彼はこの樹に対して特別な愛着がある。
良く見ればその樹の幹には、少しづつ切れ込みが施されている。
樹の再生能力で塞がれかけてはいるが、それは紛れも無く子供の身長を測る為に掘られたものだ。
その傷の隣にはうっすらと「matt」と刻まれている。
そう、彼とこの樹はいつも一緒に生きて来たのだ。
彼が大人になった今でも、マットは暇を見つけては此処へ来て寛いでいる。

「それにしても・・・僕もこんなに大きくなったんだなぁ・・・」
起き上がって樹の切れ込みを撫でながら呟いたマット。
自分のへそほどまでしか無い切れ込みを撫でながら、昔の自分を懐かしんでいた。

――――――――――――――――――――――――――

時はマットが7歳の時までさかのぼる。
彼はここに越して来たばかりの小さな普通の少年だ。

「・・・ひっく・・・・っく・・・」
彼の寂しい時や悲しい時の拠り所は、仕事でほとんど家に居ない様な両親でも、慰めるつもりも無い友人でも無く、此処に静かに佇んでいる一本の樹だった。
この樹の傍に居ると、マットは不思議と落ち着けるのだ。
それは、静かに聞こえる森の囁きが自分を優しく慰めてくれているからだとも、この樹が自分を落ち着かせようとしてくれている、等の思い込みによる物。
しかし、彼の心はこの樹ばかりを好きになっている物である。
しかし、最近になってマットは不思議な女性と出会う。

「・・・また、悲しみに暮れているのね?」
「・・・・うん・・・」
彼女は、名乗りもしないがいつもこの樹の上に座っている。
母親っぽいその表情は、マットの母親よりも何倍も母親っぽい。
若葉色の長い髪は風になびいて美しさすら感じられる。
おっとりした性格のマットと同じ位おっとりした彼女だが、マットが泣いている時はいつも懸命に慰めてくれている。
それが嬉しいマットは、彼女に無垢な笑顔を向けて、いつも泣き止んでいるのだった。

「来週まで・・・母さん帰って来ないんだって・・・」
「・・・・帰ってきたら、お母さんを叱りつけてあげなさい?」
「うん・・・」
マットから聞いた話で少し表情を険しくした彼女だったが、すぐにいつもの優しい表情に戻ってマットの肩を掴む。
そして、まるで子供に言い聞かせるように目と目で見つめ合って話した二人は、いつしか心の強さを確立していっていた。

「いつもありがとう・・・・え〜と・・」
「前にも言ったでしょ?私には名前が無いんだって・・」
「だったら!リーアなんてどう?!」
「リーア・・・・・素敵な名前ね。」
マットの提案した名前を案外気に入ったのか、彼女は心の中で自分の名前にしようと思って微かに笑う。
その表情は、いつもとあまりかわらず、笑顔が自然と湧いてくる表情だった。
優しさに満ちた温かな表情。
それを心にギュッと焼き付けて、マットは勇気を胸に家への帰路に付く。

―――――――――――――――――――

「今思えば、いつも勇気をもらってたね・・・・リーア・・・」
しかし、マットがいくら呼びかけても返事はない。
ここ数年で大きくなったマットは、大人になるにつれてリーアに会いに行く回数も減っていた。
軍属適正試験、医師試験、博士号取得試験、強化合宿、試験薬実験。
因みにどれもこれも、親が推し進めてきた事だ。
しかも、元々スペックの高かったマットは、難なくその全てをこなしてしまっている。
近所の住人から化け物扱いされるほどに。

「また・・・・会いたいな・・・」
頭のどこかでは分かっていた。
彼女は妖精で、子供の前にしか姿を現さないのだと。
しかし、それと同じように心の中では会いたいと願う思いも多量にあった。
会ったら伝えたい事がある。
会ったら一緒に行きたい所がある。
会ったらその笑顔をまた見せて欲しい。
そんな願いが、マットの頭の中を埋め尽くして行く。

「・・・・また、悲しみに暮れているの・・?」
「っ?!」
不意に樹に凭れかかるのをやめて、その場で身体を倒して空を見上げる。
すると、いつもは見慣れない、肌色の何かが見えた。
それは紛れも無く、女性の秘部だった。
足の間から覗くそれを、無意識に視界にとらえてしまう。

「リーア・・・・なのか・・?」
「えぇ。お久しぶりですね、マット。」
樹からフワリと飛び降りたリーアは、改めてマットの前に立つ。
その姿は、子供の頃に会ったときと何一つ変わりない。
若葉色の髪も、その美しさを全く失ってはいない。

「会いたかった・・・・リーア・・」
「えぇ、私もですよ、マット・・・」
思わず抱きしめあった二人は、その場で再会できた嬉しさに浸っていた。
マットの腕も、今ではリーアを抱擁出来るほどに大きくなっている。
小さい頃は、リーアに抱きつこうとしても、腕が回り切らなかったものだ。
そんな成長も、リーアは嬉しく感じてしまう。
その感情は、母親その物に変わりない。

「リーア・・・会えてよかった・・・・」
「マット?少し此方を向いてもらえますか?」
「えっ?」
泣き崩れそうになっていたマットを気遣ったリーアは、抱きついているマットに優しく囁いた。
その指示通りにリーアの目線とまっすぐ向き合う位置まで顔を起こしたマット。
その瞬間に、リーアはマットの唇にキスをした。
舌を絡ませるような濃厚なキスではないが、それが愛している照明に他ならない。
そっと唇を離した二人は、一瞬だけ沈黙の時を過ごす。
その一瞬が、二人にとっては永遠に近く感じていた。

「えと・・・・なんで・・」
「私も、貴方にとても会いたかったんです。それが叶って、思いも伝えられた・・・」
驚きから嬉し泣きが一時中断されたマットは、驚きながらもリーアに話す。
顔を真っ赤にしてそれに答えるリーアの表情は、嬉しさと喜びとで舞い上がっている。

「マット・・・・今度は私たち、お友達では無く、恋人になりませんか・・?」
「リーア・・・・僕なんかで良いのか?」
「っ!?マットじゃなきゃだめなんですっ!!」
マットにプロポーズをしたリーアは、マットの快い返答を顔を真っ赤にしながら待った。
それから答えが出るまでそう時間は掛からなかったが、リーアにとってはその一瞬に全てを賭けている。
しかし、帰って来た言葉は思っていたよりも消極的で、まるでマット自身がダメ人間であるかのような口ぶり。
それに多少の嫌悪感を抱き、リーアはついつい怒鳴るような口調でマットに思いのたけを伝えてしまう。

「僕じゃなきゃダメ、か・・・・分かったよ、リーア。」
「そう答えてくれると信じてましたよ、マット・・・」
お互いに恋人同士になると誓った二人は、その場でもう一度キスを交わした。
今度は軽く唇をくっつけるような愛情表現では無く、互いの舌を絡ませ合う濃厚なキスである。
時折、唾液が跳ねるようにピチャッと言う音が聞こえて、なんとも淫猥な雰囲気を漂わせて行く。

「・・・・プハッ・・・」
「・・・マット、気持ち良かったですか?」
「あぁ、リーアのキス、とっても気持ち良かったよ・・・」
愛を確かめ合った二人は、そこから暫くの間は急に恥ずかしくなってお互いに顔を真っ赤にして逸らしてしまう。
しかし、その手は互いの手をしっかりと握っていて、二人がこれからも離れる事無く幸せに生きて行く事を表していた。

――――――――――――――――

それから暫く時間を置いて、もうそろそろ夕暮れ時に差し掛かっていた頃、マットは悩んでいた。

「どうしようか・・・・」
「そうですね・・・・このままだと通い妻ならぬ通い婿になってしまう・・」
マットとリーアが悩んでいた事。
それは、リーアのこの後の事だった。
リーアは、ドリアードと言う種族上、この場から離れられない。
無理に離れてしまえば、直ぐに魔力の影響が薄れて消えてしまうだろう。
その問題が、二人を裂こうとしているのだ。

「この樹を家まで・・・大き過ぎて無理だ。」
「私が無理矢理此処を出て・・・・消えてしまう・・」
「苗を家に置いて・・・・本体は此処だから無理か。」
「マットがここに家を建てて・・・・・っ?!」
色々と案を言い合っては自分で否定していた二人だったが、不意にリーアが何かを閃いたらしい。
頭の上に光球が光っているのが見えそうだ。

「マットがここで住めばいいんですよっ!?」
「なっ!?ここには何もないじゃないか・・」
「ありますよっ♪」
リーアが上機嫌な笑顔を向けると、マットの足に何かが巻き付くような感じがした。
見ればそこには、樹の根がマットの足に絡みついていて動けなくなっている。
それを見て驚いたマットだが、いくらもがいても離れられない。

「私はドリアード。樹に住む精霊なんです。」
「あぁ、知ってる。」
「住むって言うだけの事はあって、家も樹なんですよ。」
「住めるスペースなんて・・むぐっ?!」
説明に口を挟もうとしたマットは、根っこに口を塞がれてしまう。

「結構居心地良いんですよ?中も快適ですし。」
「いや、そうじゃなくて・・」
「出ようと思えばいつでも出して上げれますしね♪」
「・・・・なら大丈夫だ・・・」
「お仕事の事考えてました・・?」
「うん。この樹にその内、肥料をたっぷり買ってこようと思ってたしね。」
よくよく見れば、リーアの樹は仮にも瑞々しいとは言えず、所々は樹の皮が剥がれて樹液もそんなに出ていない。
何より、子供の時に来ていた時よりも若干葉っぱの枚数が少ない気がする。
その分、根まで太陽光は当たるのだろうが、しかし成長は止められないのだ。
そこまで考えてくれていたマットを想ったリーアは、少々涙がこぼれそうになっている。
まぁ、笑みで隠れていて殆んど見えはしないのだが、感動の再会を果たしたマットにだけは分かってしまう。

「・・・・・」
「いらっしゃい、マット・・・」
樹に吸収されたマットは、何の抵抗もせずに樹に取り込まれる。
その感覚は、身体の輪郭の隙間が薄れて身体がどうかして行く様な、そんな感じ。
しかし、マットは悪い気はしなかった。
好きになったリーアと共に過ごせるのだから。

―――――――――――――――――――

それから数日後、マットは樹の中で優雅な暮らしを送っていた。
最初はボロっちいアパートと同程度しか無かった空間も、リーアの提案の元で「子作り」「部屋の拡張」「愛し合う」それぞれを満たす為に交わっている内に、豪邸内の様な広い空間が出来あがったと言う次第。

「今日は風が少し強くないか?」
「そうですね。何だか、遠くの方から遊びに来た方も――」
「おね〜ちゃ〜ん!」
樹の屋根にテラスを形成して、そこに出たマットはリーアと共に椅子に座ってくつろいでいた。
いつもはリーアの神を靡かせて綺麗に映えさせてくれる風も、今日は狂気に満ちた荒れ方をしていた。
リーアが何かを話そうとしてたその時、枝の影から一人の少女が飛び出してリーアに抱きつく。
その容姿は何処かリーアと似ている。
まるで親子かの様にじゃれている二人の隣で、マットは飲み物を啜っていた。

「・・申し訳ありません。お嬢様がどうしてもと言う事でして・・」
「っ?!いつからそこにっ?!」
微笑ましい光景を見ながらカップを傾けていたマットの背後から、聞き慣れない男性の声が聞こえた。
振り返ると、そこにはマットよりもいくらか身長の高い青年が申し訳なさそうに頭を下げてる。
執事の格好をしていることから考えても、きっとこの少女の執事か夫なのだろう。
または両方か。

「サイ〜♪おね〜ちゃんに麦茶いれたげて〜?」
「かしこまりました。」
リーアに抱きついて懐いていた少女は、サイと呼んだ先程の青年にそう言い放つと、またリーアの身体にスリスリし始める。
その願いとも命令とも取れるソレを、笑顔で返事したサイはそのまま下に降りて麦茶のパックでも持ってくる事だろう。
因みに、マットはつい最近までリーアが麦茶好きだとは知らなかった。
リーア曰く「味の刺激が身体に良いんです」なそうな。

「ねぇねぇ、おね〜ちゃんもあの人とけっこんするんでしょ〜?」
「違いますよ。「する」じゃなくて、「した」んですよっ♪」
「リーア、何だかとっても楽しそうだなぁ・・・」
「リーア様は、リリーナ様の事が昔から大好きでしたからね。」
顔を笑顔で埋め尽くして賑やかに話す二人の少し後ろからその様子を見ていたマット。
その内心にジジ臭さを漂わせ始めた頃、背後からまたサイが現れた。
しかも、家に置いてあるマグカップやティーセットでは無く、もっと高級そうな物をその手に持っている。
トレーだけでも、かなりの値段がしそうだ。

「さぁ、お茶が入りましたよ?」
「わぁい♪サイありがと〜♪」
「いつもありがとうございます。サイ様。」
「いえいえ、私はお嬢様方の笑顔が見れれば、それでお腹いっぱいですよ♪」
サイまで二人の賑やかムードに自然と溶け込み、外に1人取りのこされてしまったマットは、なんだか自分の無力さに落ち込みそうになっていた。

「マットさ〜ん?何してるんですか〜?一緒に飲まないんですか〜?」
「・・えっ?」
「アタシの分、おね〜ちゃんの分、サイの分、それにおに〜ちゃんの分あるよ〜?」
少し離れた場所で、樹をサークルテーブル状に変形させたリーアが、そこに座り込んでマットを呼んだ。
少し戸惑いそうになったマットだったが、此方を見ているサイが微かにウィンクした事で、「大丈夫ですよ」と言う言葉が自然と入ってきた気がした。
そしてマットは、その場から立ち上がってリーア達のいる場所へ行く。

こんな生活が、まだまだ続いて欲しいと心の奥から願うマットであった。

fin
11/06/18 21:16更新 / 兎と兎

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