連載小説
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ポトフ
そろそろ一月も末ごろになるだろうかという時期、しんしんと雪が降っている、街の人々でさえ寒くてあまり外に出ないような日に、やっぱり誰も来ない暇なこの店に一組のお客さんが来店した。
とりあえず、入り口に近かった美核が対応する。

「いらっしゃいませ」
「あの、三人なんですが……」
「三名様ですね?カウンター席とテーブル席がありますがいかがいたしますか?」
「二人はどっちがいい?」
「うーん、雪が綺麗だし、テーブルかな?」
「私もテーブルがいいです」
「じゃあ、テーブル席でお願いします」
「テーブル席はあちらにございます、お好きな席をどうぞ」

そういいながら、美核はテーブル席のところまで案内して、水を運んでから、では、ごゆっくりどうぞ、とその場から離れる。
お客さんは、男一人に女二人。女に関しては、二人ともちっちゃい女の子であった。
男の人は、身なりは高位の職についている人のようなものであるが、その風貌からは優しく、気さくそうな雰囲気を出していた。
女の人は双子なのか、はたまた姉妹なのか、とてもよく似ている。さっきの会話から喋り方が違うのはわかったけど、喋らなければどっちがどっちだかわからないだろう。
そして、とんがり帽子に軽装の魔道服、その格好から、彼女たちが魔女であることがわかった。
……しかし、深い青色の髪といい、顔の細かい部分といい、二人だけでなく男性の方にも少々似ている部分がある。もしかしたら、兄妹だったり……いや、ないか。似てるだけだし、魔女だし。夫婦だろ、きっと。

「さて、なにを頼もうか……」
「私はなにか暖かいものがいいですね」
「私も!外すっごい寒かったからね!」
「うん、そうだね……暖かいものか……あ、ポトフがある。これにしよう」
「じゃあ私もそれっ!」
「そうですね、ちょうどいいですし、私もそうします」

楽しそうに話しながら注文が決まったようなので、僕は彼らのところへ注文を聞きにいく。

「ご注文はお決まりでしょうか?」
「あ、ポトフを三つお願いします」
「かしこまりました、少々お待ちください」

ポトフ三つっと……
厨房に伝えようとしたけど、手のあいていた美核が注文を聞いてすでにマスターに伝えたようで、言っておいたわよ、と厨房の方から顔を出して言い、また厨房の方へ戻って行った。
いや暇なのはわかるけど、仕事取らないでよ……仕方がない、どうせ暇だし、ちょっとサービスに淹れてあるジンジャーティーでも奢ってあげますか……
と、そんなことを考えて、僕はカウンターで温めておいたポットからジンジャーティーを三つ注いで、三人のテーブルへ運ぶ。

「寒い中のご来店ありがとうございます。これ、僕からのサービスです」
「え?あ、ありがとうございます」
「えーっと、これってなにかな?」
「あ、ジンジャーティーです。暖まるかなってチョイスしました」
「たしかに、暖まりそうですね。あ、いただきます」
「どうぞどうぞ」

どちらかというとおとなしい方の口調の子がそう言って、三人ともジンジャーティーを飲み始める。

「……おいしい……」
「そうだね。それに、気持ちの問題なんだろうけど、少しずつ暖かくなってくるように感じるよ」
「お口にあったようでなによりです」

少し癖のあるものだったんだけど、喜んでくれたようでなによりだ。
……さて、きっかけを作ったところで、ポトフができるまでの間話し相手になってもらおうかな……?

「それにしても、よくこんな寒い時にお店にいらっしゃいましたね」
「いやぁ、実はさっきこの街についたところなんですよ……」
「突然雪が降ってきて、急いでこの街に入ったんだよねぇ」
「宿は取ったんですけど、お昼はまだだったんで宿の人におすすめのお店を聞いて……」
「で、ここに来たと?」
「そういうことです」

まぁ、宿のオススメって言っても、ほとんど唯一外食できる店はここくらいのものだから、ほぼ消去法でここを紹介されたんだろうな……
あと僕が知ってるのは……パンを店で食べられるファミリエと、ライカがたまにやってる夜の屋台くらいのものだ。
別段、嬉しくない……どころか、若干なんで他に外食のお店がないのだろうと疑問に思った。

「お客様方は、どちらからお越しで?」
「えっと、遠い場所なんですけど……」

“自由都市アネット”という場所から来ました。
その一言を聞いて、僕の体はビクリッと反応する。
自由都市……“アネット”
それは、この店に来たあの傭兵団の名前でもあり、そのリーダーをつとめていた、あの人間の女性、自由で好戦的だと占われた、冒険者の名前である。
名前を聞いた瞬間、僕は思考を加速させる。
自由都市アネット、そこの物語の中で、魔女二人を妻にとった人物……心当たりはあるが、確証はもてない。言い方は悪いが、サバトには魔女なんて腐る程いる。魔物相手だと、重婚も起こることもあるわけだからな……となると、やっぱり名前を聞いておくべきか……

「あの……お客様のお名前を、お伺いしてもよろしいでしょうか?」
「え?あ、はい。僕の名前はパスカルです」
「私はイレーネだよ!」
「私はイリーナです」
「パスカル、イリーナ、イレーネ……」

その、名前は……

「あの、どうかしたんですか?」
「え……?」
「お兄さん、なんか目が……」
「泣いているように見えるんですが……」

目元を触って見ると、たしかに、少し涙で濡れていた。
やっぱり、わかったからだろうか。どうしようもない運命が変わらなかったことを知ったから、それで……
やっぱりあの人たちは……

「っと、すみません、どうしたんでしょうね、こんな突然……そ、そういえば、お客様方はどうしてこの街に?」
「あ、えと……まぁなんていうか、新天地を目指して旅をしてる、と言った感じですね」
「そうなんですかぁ……」
「ねぇねぇお兄さん、なんで私たちの名前を聞いたの?」
「それに、私たちが自由都市アネットから来たと聞いて、反応したようにも見えたんですけど……」
「あ、えと……」

少し言葉に詰まったが、別段隠すようなことではなく、むしろ話して話題を共有した方がいい、と感じたため、僕は三人にアネットさんたちのことを話すことにした。

「実は、その自由都市の立役者様たちが、この店に訪れたことがあるんですよ」
「立役者……?」
「なんの因果でしょうね、まさか幼馴染の貴方までここを訪れるなんて……」
「幼馴染って、もしかして……」
「アネットお姉ちゃんのこと……?」

姉妹の言葉に、僕は首肯する。
彼女がこの店に来たことがあるという事実に、三人は驚いていた。

「正確には、アネット傭兵団の皆さん……アネットさん、ドロテアさん、レナータさん、フェデリカさん……皆さんが、いらっしゃいました」
「アネットにフェデリカ様たち……みんな、来ていたのか……」
「……アネットでのお話は、伺っています。大変でしたね」
「そうですね……まぁ、親魔物領でなくなったことは残念ですが、昔のような酷いことにはならないと、信頼できそうな人が約束してくれましたから、きっとあそこも平和になるでしょう」
「……そうですか……」
「そういえば、アネットお姉ちゃんたちはなにを食べたのかな?」
「えーっと、何だっけかなぁ……あ、そうだ、カステラと飲み物と、あと、アップルパイですね」
「そしたら、それもあとで食べてみたいですね」
「……そうだね、じゃあそれもお願いしよっか」
「わかりました。少々お待ちください」

マスターに追加注文を伝えにいくと、入れ替わりに美核がポトフ三つをトレーに乗せて三人のもとへ運んだ。ちょうどよく出来上がったらしい。
とりあえず、マスターに追加注文を伝えたあとで、僕はまた三人のもとへ戻る。と、そこでは美核とパスカルさんたちが談笑をしていた。

「なにを話してるのかな?」
「ん?あー、ポトフの感想とか聞いてたのよ」
「なるほど。ああ、そういえばお飲み物はどうしますか?」
「飲み物か、どうしようかな……」
「私はココアがいいな」
「私はミルクティーがいいです」
「僕は……うん、またジンジャーティーをもらおうかな」
「かしこまりました」

とくに時間がかかるというわけでもないので、急がずに余裕を持って仕事に入る。
それにしても、すごい因果だよなぁ……まさか、アネットさんたちが来てから“一ヶ月も経たないうちに”彼らが来るなんてね……
たしか、あいつ曰くここは歪んだ世界の街、だっけか……まったく、奇妙すぎる場所だよ……
でも、それでも、ここは先輩の望んだ……
そこまで考えて、僕は、全然吹っ切れてないなぁと苦笑をする。女々しいというか、なんというか……
ともかく、飲み物が準備できた僕は、カップを三つトレーに乗せて、ついでにマスターからパイとカステラを受け取り三人に渡しに……
……あれ?どっちがどっちだ?
ジンジャーティーがパスカルさんなのはわかる。うん、ここはわかりやすい。
でも、ココアとミルクティーは……どうしよう……
と、とりあえず、運んでしまおうか。

「お待たせしました、カステラとアップルパイ、ジンジャーティーに……えっと……」
「さぁお兄さん」
「どっちがどっちか」
「当ててみなさい!」
「…………お三方、なにをやっておいでで?」

アップルパイを中央に、カステラをそれぞれに、ジンジャーティーをパスカルさんのところに置いて、さぁあとはイリーナちゃんイレーネちゃんだといったところで、彼女たちと美核がそんなことを言ってきたので、僕は苦笑いをしながらなにをしてるのか聞く。

「いやさ、せっかくイリーナちゃんとイレーネちゃん似てるからさ、どっちがどっちだ的ななにかをしてみようと」
「ちなみに兄さんにも目隠しをして当ててもらうようにしています」
「あ、ほんとだ……」

たしかになんか目隠しされてる……
というか美核、なに遊んでんだ……

「はいじゃパスカルさん、とりますね。……まぁさすがにパスカルさんはどっちがどっちだかわかるわよね……」
「さすがにね。ずっと一緒にいますから」
「さぁあとはお兄さんだけです!」
「どちらがどちらだか、わかりますか?」
「えっと……」

さて、どうしたものか……
たしか、違いは喋り方だったはずだけど、どっちがどっちだっけか……
控えめなのと、活発なの、正反対だけど、姉なのは……

「控えめなのがイリーナちゃん、元気なのがイレーネちゃん、で、どうだ!」
「さて、どうかな?パスカルさん、お答えをどうぞ〜」
「……僕も彼と同じだね、どうかな、イリーナ、イレーネ?」
「えへへ〜あってるよぉ〜!」
「さすがは兄さんです」
「ふぃ〜、あってたようで何よりです」
「よくわかったわね空理。私じゃ事前に知ってなきゃ答えられなかったわよ。……あ、私もジンジャーティー欲しいかも」
「……一応、いま仕事中じゃないかな?」
「いいじゃない、空理だってたまにやるんだから」
「まったく、仕方がないな……あ、パスカルさんたちはご一緒してもいいですか?」
「僕は大丈夫ですよ」
「私も気にしません」
「私も〜」

三人から許可をもらったところで、僕は美核にジンジャーティーを淹れる。ついでに僕も休憩するとしよう。マスターに休むことを告げてから四人のもとへ戻った。

「ありがと」
「はいはい……」
「……なんとなく思ったんですが、美核さんと、えと……」
「そういえばまだ名乗ってなかったね。僕は星村空理。よろしくね」
「よろしく〜」
「よろしくお願いします。……で、星村さんたちは、付き合ってるんですか?」
「えっ?」
「……なんかそれよく聞かれるんだけど、なんでだろうね?」

イリーナちゃんの言葉に、美核はやっぱり嬉しそうな顔を、僕はやや苦笑をした。

「違うんですか?」
「いや、合ってるよ。ただ、付き合う前から聞かれてたからね……」
「そうなんだ〜?」
「えへへへ……」
「美核、どうしたの?」
「いや、なんか空理が認めてくれたのがちょっと嬉しくて……」
「惚気なら余所でやってくれ」
「それは流れ的には僕たちが言うような……」
「そうだよ空理。というか、空理のいないとこならやってもいいの?」
「土下座するんで勘弁してください」
「土下座って……」
「……仲いいんだね、美核ちゃんたち」
「まぁね〜」

そんな感じに、僕たちは1、2時間ほど談笑するのであった。


××××××××××××××××××××××××××××××


「では、ごちそうさまでした」
「ありがとうございました、またお越しくださいね」
「また来れたら来たいですね」
「またね美核ちゃん!」
「うん、また来てね」

たっぷり話したあとで、パスカルさんたちはお会計を済ませ、また宿に戻った。明日の準備なんかがあるらしい。

「さて、そしたら片付けでもしますか」
「そうね」

そう言って、食器類をまとめていると、珍しくもまたお客さんがやってきた。

「いらっしゃいま……って、ライカか。なんか用?」
「酷いな、一応今回はお客で来てるんだけど……」
「そうか、そしたら、テーブル席とカウンター席、どっちがいい?」
「そうだね……リッツ君、君はどっちがいい?」
「そうだな……カウンターがいいな」
「だってさ」
「ん、了解。空いてる場所へどうぞ」
「まったく、君は僕相手になると扱いがぞんざいだね」
「ならない理由がないからね」

やってきたのは、ライカと、見慣れない一人の男性。
特徴は……うん、顔だね。怖い、すっごい怖い顔だ。子供なら見た瞬間泣きそうだ。顔を合わせたくないくらいだよ、まぁとりあえずは平気だけど。
顔おっかねぇなぁと思いながら案内し、僕は、先ほどのお客さんの影響か、妙に名前に引っかかる感じがした。たしか、ライカはリッツ、と言ってたよな、彼のこと。
もしかして……

「ねぇライカ、もしかして彼はさっきの人たちの……」
「あ、彼らはもう帰っちゃったのかい?うーん、タイミングが悪かったなぁ……ま、その通りだよ。彼は……」
「十字軍第二軍隊所属、帝国親衛隊大隊長、リッツ・フォン・シュタットハルトだ」
「十字軍の、リッツさん……」
「どうだ、すごいだろ?」

まったく、ライカ、君という奴は性格の悪い……
しかし、パスカル夫妻に続いてリッツ将軍か……

「ぷっ、アハハハハハハ!」
「なにかおかしいことでもあったのか?」
「あ、いやすみません、そうじゃなくて、もう少し早くきてたらすごいことになったなぁと思いまして」
「すごいこと?」
「知らない方がいいですよ。こいつの性格の悪さを知るだけですから」
「別に性格は悪くないだろう?」

十分悪いから安心しろ、とは言わずに、僕はとりあえず注文をとっておくことにする。

「まぁいいや。ご注文はありますか?」
「ちょっと待て、今決める。……ふむ、そしたら俺はポト……」
「あ、肉じゃが二つお願い」
「かしこまりました、少々お待ちください」
「……おい、ライカ殿」
「まぁまぁ、とりあえず僕のオススメを食べてみなよ。きっと驚くから」

僕が注文を伝えに行く間に、なにか二人が口論になりかけていたような気がするが、気にしないことにする。ライカだし。

「……で、リッツさんはどうしてここに?」

マスターに伝えてから、僕は暇つぶしに二人と話すことにする。リッツさんのことが気になるし。

「なんかね、変な穴に呑まれて落ちたらしいよ。たぶん、次元の割れ目かなんかだと思う。んで、僕は彼を返すために案内……する前に面白いことが起きそうだからここにってわけ。お腹も減ってたみたいだしね」
「できれば、早く戻って任務を続けたい。でないとカーター様が……」
「あー、あのドS将軍かぁ、たしかにあの人リッツさんより怖そうだもんねぇ……」
「……知ってるのか?」
「まぁ話には聞いてますね、いろいろと」
「有名どころは、やっぱりエルクハルト君かなぁ。性別不詳だし」
「……本人は男だと言ってるし、事実としても男だと言わせてもらう」
「わかってますよ」
「他には、やっぱりエンジェルのユリア君とか、ファーリル君、カーター君ってところか」
「なるほど、やはり指揮官クラスは有名か……」
「お待たせしました、肉じゃがになり……ます……」

話の途中で、美核が肉じゃがを運んできて、そしてリッツさんの顔を見て若干動きを鈍らせながらも仕事をこなし、すぐに僕を引っ張った。

「ちょっと空理、あの人誰よ?」
「え、リッツさん?彼は……まぁ、軍人かな?やっぱり、怖い?」
「だ、誰が怖いなんて……」
「いや、仕方がないよ。僕も思うもん怖い顔だって。まぁ、とりあえずはだいじだけど」
「なんで平気なのよ……」
「……人間、見た目じゃないからね……」

自分で言って遠い目をしていると、あ、そうそう星村、ちょっといいかい?とライカが呼んだので話を聞きにいく。

「なにさ、追加注文でもあるの?」
「いやそうじゃないけど、面白いことついでにちょっと誘ってみようかと思ってね」
「なににさ」
「温泉」
「温泉!?」

ライカの言葉に、美核が大きく反応した。
そしてなぜか、リッツさんも温泉という言葉に反応する。

「温泉か……俺の住んでいるところでは風呂の文化があるが、ここにもあるのか?」
「まぁね。と言っても、銭湯みたいな施設はないんだけどね。ただしユニットバス、個人的にあれは好かないからなるべく風呂とトイレは別にするよう推奨してるよ」
「うん、その意見には激しく同意」
「よ、よくはわからんがそうなのか……」
「で、で、温泉ってどこの温泉なんですか!?」

ジパングの魔物ゆえか、異様に興奮している美核。目がキラキラしてるよ……

「うん?やっぱり、温泉と言ったらジパングだろうから、そこにしようと思ってるよ」
「ジパングか、また遠いね。仕事の方はいいの?」
「大丈夫だよ。他の人に任せるから」
「そ、ならいっか」
「それより、食べてもいいだろうか?ライカ殿のオススメ、なんだろう?」
「あうん、どうぞ」
「では、いただこう」
「……僕もいただこうか」

会話の途中ではあるけど、まぁ暖かいうちに食べた方がいいなと僕は話しかけずに二人が食べ終わるのを待つ。
まず、リッツさんが一口……

「……!!これは……!」
「どうかしましたか?」
「あ、いやなんというか……たしかに、ライカ殿の言うとおり、驚いたな。不思議な味だ……食べたことがないのに、どこか懐かしさを感じるような……」
「ふっふっふ、これこそがお袋の味筆頭、肉じゃがだ!」
「お前が自慢することじゃないだろって、そういえば、リッツさん、ご両親がいないんでしたっけね」
「……なぜそんなことまで知ってる……?」
「いやぁ、風の噂じゃないかな?」
「……どうやら、この街には優秀な情報屋がいるようだな。まったく、油断ならない……」
「別に、攻撃さえしなければこちらからは貿易以外特になにもする気はないよ」
「……肝に命じておこう」

言外に攻撃したらやっちゃうよという言葉を感じたのか、若干緊張しながらリッツさんは答えた。
いやいや、そんなに緊張しなくていいから、とあくまでマイペースなライカに、とりあえず僕は先ほどの温泉の話の続きをする。

「それにしてもさ、なんでいきなり温泉なわけ?」
「いやほら、年始のレースでさ、僕と神奈で賭けをしたじゃないか」
「あー、あの休み一週間をどうするかね。あれって結局どっちが勝ったことになったの?」
「一応解説だったんだからわかるだろ、僕の勝ちだ。じゃなきゃ今頃行方不明になってるよ」
「あ、ははは……」

なぜかリッツさんは肉じゃがに割と夢中になっていたのを苦笑いをしながら確認したため、僕は話を続けることにする。

「と、言うことは、休みの一週間は旅行に行くことになったわけだね」
「そういうこと。で、だ。それでもやっぱり干からびる可能性が大なわけで、僕としては少しでもその可能性を下げたい」
「そのための温泉、そして僕たちを誘ってさらに確率を下げようって魂胆か」
「まぁ、そういうこと。で、どうする、来てくれるかい?」
「うーん、僕は構わないけど、美核とマスターはどうだろ……」
「私は大丈夫よ!というか行きたいわ!!」
「乗り気だね、美核……」
「だって温泉よ!?ジパングなのに一度も行ってないなんて……ないわよね!」
「テンションおかしいね」
「自覚はしてるけどどうしても楽しみになっちゃうのよ!」
「まぁ、とりあえずはオッケーってことでいいね。あとはマスターだけか」
「じゃあ聞いてくるわ!」
「はいいってら〜」

なんというか、元気だなぁ……
そう思いながら美核のことを目で追ったあと、ライカに視線を移すと、ニヤニヤしながらこちらを見ていた。

「なんだよ」
「いやぁ、仲よくてなによりってことかな?」
「あんたら夫婦とは比べられないけどね」
「……うん、峠を越えたようでなにより」
「一回壊れたようだけどね」
「ま、そこまでしないとみんなわからないようだったから、あえて止めなかったんだけどね」
「いなくなってたかもしれないのにか?」
「そこは“視てる”から大丈夫だってわかってた」
「さいですか」
「……?いったい、なんの話をしてたんだ?」
「いや、なんでもありませんよ」
「そうか、しかし、妙に美味かったな、あの肉じゃがというものは……」
「ふむ、そしたら面白そうだから帰り際にレシピでも渡しておくよ。向こうで肉じゃがが広まる……うん、考えただけで面白そうだ」
「よっしゃぁ!OKもらってきたわ!」
「お、そしたらアーネンエルベは全員OKだね」
「ライカライカ、方丈君忘れてる」
「いや、彼は方丈君側って別口に入ってるから。あ、ご馳走様」

なるほど、たしかにそうか。
あ、じゃあ私が片付けるわ。と空になった器を二つとも回収して美核はまた奥に引っ込む。

「さて、あとはどこを誘うか……別にこの街じゃなくてもいいから、さて……」
「温泉……任務がなければ、行きたいものだな」
「ま、そっちは今は戦時中だもんね。まぁ、とりあえずは屋敷に戻るか。星村、会計お願い」
「はいよー」

もう用事もないし、リッツさんはカーターさんにどやされないように早く返してあげたいからか、ライカは珍しくそんなに長居せずに会計に入る。

「あ、そういえばいつ行くつもりなの?」
「なるべく早く行きたいところだけど……まぁとりあえず月が変わるまでは行かないかな?……」
「月が変わるまでって、もうそんなにないよ」
「そうだね。2月始めに行くって感じかな?準備しておいてよ」
「はいはい……」

んじゃ、ご馳走様でしたー、と言って、ライカはリッツさんと一緒に店を出て行った。
……さて、2月始めか……今日はもうお客さんくる気配ないし、マスターに言って準備始めちゃいますか……
そう思いながら、僕はジンジャーティーを一杯入れて飲むのであった。
12/03/10 22:09更新 / 星村 空理
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■作者メッセージ
いかがだったでしょうか?
楽しんでいただけたら幸いです。
今回は、バーソロミュ様の作品、「英雄の羽」「ミゼラブルフェイト」より、パスカルさん、イリーナちゃんイレーネちゃん、そしてリッツさんの計四名様にご来店いただきましたー。
バーソロミュ様、いかがだったでしょうか?
ご期待に添えていればいいのですが……
ダメでもそこは不肖駄作者たる僕ですので、ご容赦いただきたいです……
ご夫婦は新天地を目指して、軍曹様は次元の狭間に巻き込まれて、この街にいらっしゃいましたー

<次元の狭間を彷徨うがいい!

……余計なのが乱入しましたね……
さて、これでリクエストはすべて消化してしまいました。
そして次回はこの作品、喫茶店アーネンエルベの日常の一つの区切りとさせていただきます。
次回はあまりお店の関わらない温泉でのお話。星村と美核のゴール、といったところでしょうか?
ちなみにエロありにするつもりです。
なお、リクエストの方はまだ受け付けておりますので、出してやってもいいぜ!という方はメールか感想欄によろしくお願いします。
では、今回はここで。
次回も楽しみにしていただけたら嬉しいです。
星村でした。

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