読切小説
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夢幻の漂泊者達
 リヨンは、剣を杖にして立っていた。目の前には、彼が首を切り裂いた敵の槍兵が倒れている。首からあふれている血が、泥と混ざり合っている。
 リヨンは、荒い息を突きながら辺りを見回す。彼の馬はいない。落馬した際に逃げ出し、何処へ行ったのか分からないのだ。リヨンの従騎士もいない。乱戦の最中にはぐれたらしい。
 リヨンの喉に痛みが走る。槍兵に槍で突かれたのだ。鎧で防ぐ事は出来たが、喉を傷める事までは防げなかった。体中に落馬した際の痛みが走る。骨折をした様子がない事がせめてもの救いだ。
 リヨンは、剣を手に歩き出す。この状態で戦う事は命取りだ。敵から逃げなくてはならない。リヨンは、田舎領主の土地争いで命を捨てる気は無かった。
 彼は、よろめき歩きながら、吟遊詩人として旅した日々の事を思い出していた。そして共に旅をし、愛し合った魔物セイレーンの事を思い浮かべていた。

 リヨンは騎士の家に生まれ、騎士として育てられた。だがリヨンは、騎士としての生活よりも、歌や音楽、物語の世界を愛している。彼は家督を弟に譲り、出奔して吟遊詩人となった。町から町へ、村から村へと旅しながら物語を歌った。
 吟遊詩人としての生活は、苦しみが多い。リュートの演奏や歌が下手だと見なされれば、激しい野次を浴びせられて追い払われる。物語がつまらないと見なされれば、見向きもされない。リヨンは、伝手があったため音楽と詩学の教育を受ける事が出来たが、実践するとなると話は別だ。
 そして、貧しく不安定な生活をしなくてはならない。吟遊詩人として得られる報酬は、一部の人気者を除けば微々たるものだ。わずかなパンを口にし、野に眠り、薄汚れながら放浪した挙句、野垂れ死にする者も珍しくない。リヨンは、かろうじて生きて来た。
 だがリヨンは、騎士としての生活よりも吟遊詩人としての生活を送り続けた。騎士として殺し合いをしたくは無かった。騎士道物語と現実は違う。下らない理由で戦場に引き出され、無意味な殺し合いをする事が現実の騎士だ。それに、音楽と物語はリヨンを魅了し続けた。
 この苦痛と歓喜が交差する生活の中で、リヨンは独りのセイレーンと出会った。
 セイレーンと出会った場所は、大陸南部にある港町だ。潮と魚の臭いが漂い、船乗りと漁師が行きかう町だ。リヨンは、この港町の一角にある広場の片隅で船乗りや沖仲士を相手に、船乗りと海賊のドタバタ騒ぎの物語を歌っていた。
 観客の中に一人の魔物娘がいた。腕の代わりに青い翼を持ち、紫色がかった黒髪の魔物娘だ。この港町のある国は中立国で、人の行きかう港町では魔物娘の姿を見る事が出来る。
 リヨンは歌い終わり、観客の投げる硬貨を拾い集め終わる。すると、その魔物娘は前に出てきて、リヨンに硬貨を手渡す。そして歌を歌い始めた。
 青い翼を持つ魔物娘は、船乗りの冒険物語を歌い始めた。船乗りは、冒険の最中に故郷に残した妻の事を思い出す。そして冒険を終わらせて妻の元へ帰り、物語は終わる。
 歌を聴いていた者達は、呆けたような顔をしていた。一拍置くと、激しい歓声が魔物娘に浴びせられた。魔物娘は、微笑みながら一礼する。魔物娘には、次々と硬貨が投げ与えられた。
 リヨンは、感嘆しながら魔物娘を見ていた。その魔物娘の歌声は高く澄んでおり、聞く者に活力を与えそうな声だ。彼女の声量は、人間女の歌い手よりもある。そして、歌の技術もなかなかのものだ。
 硬貨を拾い終わった魔物娘は、自分を凝視するリヨンの元へ近づいてきた。彼女は、硬貨を差し出すリヨンに、微笑みながら話しかけてきた。彼女の名はエウメリアと言い、歌声で人を魅了する鳥の魔物娘セイレーンだ。リヨンと同様に、物語を歌いながら旅をして生活しているそうだ。
 リヨンは彼女の話を聞き、そして自己紹介をした。そうしながら彼女の事を見る。良く動く緑色の目が印象的な可愛らしい顔に、人懐っこい明るい表情を浮かべている。日の光に映える青い羽根の翼が、小柄な体と合っている。胸と下腹部をわずかに隠す黒色と淡い紫色の衣装は、娼婦かと思うほど露出度の高いものだ。
 二人は、自分達が旅して来た所について情報を交換する。そして、歌と物語について話し始める。リヨンは、初めは慎重に話をした。吟遊詩人は、歌や物語についてこだわりがある。その為に、意見が対立して乱闘になる事もあるのだ。だが、エウメリアは屈託のない様子で話す。それでいて、リヨンの話を尊重しながら聞いている。
 二人は意気投合し、共に旅をする事にした。二人組んで物語を歌えば、客の受けは良いだろうと考えたのだ。二人は、海沿いの町や村を共に旅する事にした。

 リヨンは、泥にまみれた姿で安全な場所を探した。負傷と疲労が体を蝕む。どこかで体を休めなくてはならない。
 だが、戦場で安全な場所は少ない。短い休息を取る事さえ難しいのだ。木や草、岩に隠れて移動するリヨンの目には、血みどろの戦いを続ける騎士や槍兵達が見える。弓兵もいるらしく、矢が飛ぶ音がする。
 リヨンは、軽装用の鎧を装着してきた事を感謝する。重装用の鎧を装着してきたら、落馬した後に移動する事は難しかっただろう。だが、軽装用の鎧でも、徒歩での移動は疲労する。
 疲労で意識がもうろうとする中で、リヨンはエウメリアとの旅の事を思い浮かべていた。

 リヨンとエウメリアは、共に物語を歌いながら旅を続けた。二人の歌は、行く先々で観客に好意的に迎えられた。リヨンは、エウメリアのおかげで懐が少し豊かになった。
 エウメリアの高音の歌に合わせて、リヨンはリュートを演奏し低音で歌う。リヨンは、初めはエウメリアの声を消さないように抑えて歌った。だがエウメリアは、小柄な体に似合わない豊かな声量を持っている。リヨンが抑えて歌う必要は無かった。
 歌う物語は、二人が自分の知っている物語に手を加えて歌った。エウメリアは、様々の国と地域の神話や民話について知っていた。エウメリアの父母は吟遊詩人であり、様々な国と地域を旅していたそうだ。彼らは、訪れた場所に伝えられる物語を貪欲に求めたそうだ。エウメリアは、父母から物語を教えられた。そして独り立ちすると、自分でも訪れた場所に伝わる物語を求めたそうだ。
 エウメリアは、伝えられている物語を歌うだけでは無く、自分でも物語を創った。彼女は物語に触れているうちに、物語の創り方が分かるようになったそうだ。
 リヨンは、エウメリアの物語創りの能力に舌を巻いた。彼女は、リヨンの様に詩学を学んだ訳では無い。にもかかわらず、物語を創る事が出来たのだ。ただ考えてみれば、エウメリアが物語を創る事が出来るのはあり得る事だ。物語には型がある。物語を求める過程で物語の型を複数覚えて行けば、物語の組み立て方が分かるようになるだろう。
 リヨンは、エウメリアと物語について語り合う事を望んだ。野宿しなくてはならなくなった時など、よく語り合った。ある時、悲劇について語り合った。楽しい物語を喜ぶ人が多いのに、何故か悲しい物語が数多くある。それは何故だろうかという、エウメリアの疑問から始まった。
「悲劇は、心の浄化のためにあるんだ。恐れや憐れみという感情を起こす事によって、人の心を浄化するんだ」
 リヨンは、エウメリアに説明する。
「確かに、恐れや憐れみは感じるだろうね。でも、恐れは不快な感情だよ。それで心を浄化する事が出来るのかな?」
 エウメリアは首を傾げる。
「人の心の中で、恐れは大きな要素だ。恐れを感じるから、残酷な事を止める場合もあるだろ」
 リヨンの説明に、エウメリアは首を傾げながら唸っている
 エウメリアは、恐ろしい場面や悲しい場面を歌う事はあるが、物語の最後は明るい場面にする。物語は人を楽しませなくてはならない。だったら、明るい結末にするべきだと、エウメリアは考えているのだ。こういう点は、詩学を学ぶ事で悲劇の機能と構造を知っているリヨンと考え方は違う。
 こういう考え方の違いはあるが、二人は共に物語を歌いながら旅をした。リヨンにしても、その場の状況や観客の望みに合わせて明るい物語を歌う。一緒に歌えないほどの対立は無いのだ。
 それに、二人が意気投合する事は多い。例えば、吟遊詩人を邪険に扱う領主を嗤う物語は、二人とも喜んで歌った。吟遊詩人を冷遇する領主もおり、二人はろくに稼げない事がある。そういう領主の領土から隣の領土に移ると、二人は領主を嘲る物語を勢いよく歌った。
 こうして、二人は楽しみながら旅を続けた。

 リヨンは、泥の中に倒れた。既に体力の限界を迎えようとしている。最後の力を振り絞って、くぼ地へ転がり落ちる。そうして身を隠しながら、よだれを垂れ流しながら荒い息をつく。冷たい泥が、リヨンの体中を汚している。
 リヨンは、自分の下半身の反応を知り、思わず笑う。リヨンのペニスは硬くなっていた。心身が限界を迎えようとして、ペニスが反応したようだ。
 彼は、自分が愛した魔物娘の事を思い浮かべた。

 二人が初めて交わり合ったのは、共に旅をしてから三月目の事だ。町外れの木立の間で野宿をしている時だ。リヨンは、訪れた町で高額の場所代を要求するごろつき相手に剣を振り回した。その為に、その町にいられなくなったのだ。
 焚火にあたりながら、二人はささやかな夕食を取る。そして、マントに包まりながら炎を見つめた。
 リヨンが顔を上げると、エウメリアが自分を見つめている。エウメリアの目は、炎とリヨンが映っている。二人は、無言のまま見つめ合う。
 どちらから先に近づいたのかは分からない。気が付くと、リヨンはエウメリアを抱きしめていた。リヨンは、その華奢な感触に驚く。小柄な見た目から想像していた以上だ。だが、心地よさを感じる感触だ。なめらかな羽根が、リヨンの頬を愛撫する。
 リヨンは、エウメリアの口を自分の口でふさぐ。エウメリアは、小さくて柔らかい舌でリヨンの唇を舐める。リヨンは、彼女の舌に自分の舌を絡ませる。リヨンは、エウメリアの感触と甘い匂いに耐えられず、彼女を地に押し倒す。
 マントをまくり上げれば、エウメリアは体をわずかに覆う服をまとっているだけだ。リヨンは胸を覆う黒い服を引き上げて、わずかに膨らんだ胸をさらけ出させる。リヨンが愛撫すると、桃色の突起は固くなっていく。リヨンは胸に顔を押し付け、頬を擦り付ける。エウメリアの匂いを堪能する。
 リヨンは、エウメリアの体を慎重に扱う。これほど華奢な体に獣欲をぶつければ、壊れそうな気がする。だが、エウメリアは積極的に応えようとする。リヨンの体を翼で愛撫し、口づけを繰り返す。リヨンは耐えられずに、エウメリアの体に自分の体を重ね、埋め込んでいく。
 エウメリアは魔物だった。リヨンは、彼女と体を重ねる事でその事を思い知る。華奢な体からは考えられないほどの力を発揮して、リヨンと体を交えた。元騎士として頑丈な体を持つリヨンの獣欲を受け止めた。それどころか、リヨンを翻弄する事もあるのだ。
 リヨンは、繰り返しエウメリアの中で弾けた。欲情に満ちた精を、魔物娘の体内に注ぎ込んだ。魔性の鳥である女は、リヨンの欲情を煽り、精を搾り取った。
 精を出し切った時、リヨンはエウメリアの目をのぞき込む。エウメリアの目は、リヨンの顔を映している。リヨンは、自分の口でエウメリアの口をふさぐ。そのまま抱きしめ、愛撫する。エウメリアは、愛おしげに応える。
 この日、二人の体は結ばれた。そして、この日から繰り返し体を交え続けて来た。

 リヨンは、愛した女の体を戦場で思い出す。その感触、その匂い、その味、その温かさ。
 あれは何時の事だったのだろうか。リヨンは、もうろうとした意識で思う。何年も前の事に思える。この苦痛に満ちた汚い戦場から遠く隔たった事だ。もしかしたら、あれは夢だったのかもしれない。リヨンは、苦く笑う。
 リヨンは、この汚れた戦場へ叩きこまれた顛末を思い返した。

 エウメリアと港町を渡り歩いていた時、リヨンは一人の男から手紙を渡された。手紙の差出人は、リヨンの父だ。その手紙によると、リヨンの母が死に瀕しており、リヨンと会いたがっているそうだ。手紙には、リヨンの家の紋章が印で押されている。男は、リヨンの父に依頼された「便利屋」だそうだ。
 手紙を読んでいる最中に、リヨンは吹き出してしまった。「母危篤、すぐ帰れ」とは陳腐な手で呼びつけるものだ。もう少しマシな手を考える事は出来ないのか?そう、リヨンは嗤った。
 だが、結局のところ、リヨンは家に帰る事にした。万が一という可能性を捨てられなかったのだ。人間は、自分が馬鹿な事をしていると分かりながら馬鹿な事をするものだ。リヨンは、ある芝居の台詞を思い返していた。リヨンは、エウメリアを港町に残して家へと向かった。
 リヨンが予想した通りに、母は死にかけてなどいなかった。リヨン一家は、リヨンを無理やり父の後継者に仕立て上げ、領主の起こした戦争に放り込もうとしていたのだ。家督を継ぐはずだった弟は、その戦争で死んでいた。領主はリヨンの家と再契約を望み、リヨンの家は領主の提供する金を欲したのだ。
 監禁されたリヨンは、リヨンの一族と領主の臣下の者から戦争に出る事を強要された。リヨンを取り囲んだ者達は、騎士の誇りだの、家名のために働く事の尊さだの、領主に忠誠を誓う事の崇高さだのを、ふんぞり返りながらまくし立てた。
 リヨンは、条件付きで承諾すると答えた。条件とは、エウメリアを自分の妻として認める事だ。
 リヨンの一族は、白けた顔でリヨンを見つめた。そして、戦で功名を上げれば認めてやっても良いと、薄ら笑いを浮かべながら答えた。それに対してリヨンは、法の手続きにのっとりエウメリアを妻と認めなければ、戦には出ないと答える。
 たちまち、リヨンを取り囲む者達は激高する。家のために尽くす事が当然なのに、つけ上がるな。出来そこないの若造の分際で、我らに要求する事が出来ると思うのか。お前は家の恥だ。我らの命令に従い、家のために死ね。彼らは、そう喚きたてた。戦争を拒んだ者として、お前を処刑しても良いのだぞ。領主の臣下は、冷笑しながら言った。
 リヨンは、一枚の書類を突き出した。その書類には、国内でも有力者である魔物の印が押してある。リヨンの国は中立国であり、魔物も住んでいる。その書類には、有力者である魔物が、リヨンとエウメリアの後援者である事を示していた。エウメリアのおかげで、リヨンは有力者と結びつく事が出来た。これがリヨンの切り札だ。
 取り囲んでいた者達は、すぐさまリヨンに襲いかかって叩きのめし、書類を奪い取った。だが、リヨンは血を流しながら笑う。書類の写しは後援者の元にあると、笑いながら言ったのだ。
 こうして、リヨンの一家は、リヨンの望み通りにエウメリアをリヨンの妻として認めた。その事を、法の手続きに従って誓約した。その代わりに、領主の起こした領地争いにリヨンは参戦する事となった。

 私は、こうして死のうとしている訳だ。家の連中は喜ぶだろうな。奴らは、私に「名誉の戦死」をして欲しいのだ。後継者は、親戚の誰かを養子として迎えるのだろう。目障りな私よりも養子に継がせた方が、都合が良いだろう。リヨンは、くぼ地に横たわりながら泥で汚れた顔で笑う。
 リヨンは、家のために戦う気はいくらかあった。自分を育て上げてくれた事に、少しは感謝していたのだ。だが、つまらぬ策略と恫喝をされたのでは、家のために尽くす気は消える。
 まあ、少しばかり憂さを晴らしてやったが。リヨンは、悪意を込めて笑う。一つは、母を叩きのめしたことだ。家に帰ったリヨンに対して、母は悪びれる事は無かった。父の後ろに立ち、薄ら笑いを浮かべながらリヨンを見ていた。リヨンが一族と取引に成功すると、塵を見る様な目でリヨンを一瞥し、後はわざとらしくそっぽを向いた。この母を、一族の者の隙を見て半殺しにしたのだ。
 二つ目は、一族の者に犬として仕える者を屠殺した事だ。一族の者は、リヨンが戦場から逃亡する事を防ぐために、監視の者を従騎士と従者として付けた。従騎士は乱戦の最中にはぐれたが、従者はしつこくリヨンにくっついてきた。従者はリヨンを警戒しており、なかなか隙を見せない。だが、敵の突撃により陣形が崩れた際に隙を見せた。リヨンは、その番犬を後ろから剣で刺して屠殺した。
 私の人生における最後の楽しみは、犬を屠殺した事か。下らないな。リヨンは苦く笑う。リヨンには、もはや力は湧き上がらない。敵兵に見つかり、殺される事は時間の問題だ。それでも動く事は出来ない。
 リヨンは混濁する意識の中で、青い羽根を持つ妻の歌声を思い出していた。

 リヨンは、霞む目で見えるものを訝しんだ。青い羽根を持つ女が、自分を抱いている。私は夢を見ているのか?リヨンは掠れた声でつぶやく。
 女の唇がリヨンの唇をふさぐ。リヨンの唇に爽やかな味の液体が注ぎ込まれる。リヨンは、女の促すとおりにゆっくりと飲み込んでいく。喉を通る時に痛みを感じる。だが、体を責め苛んでいた苦痛と疲労が和らいでいく。
 リヨンは、目を見開いて女を見つめる。エウメリアが泣きそうな顔で微笑んでいる。
「薬の入った酒だよ。これで少しは楽になったはずだよ」
 懐かしい声でリヨンに話しかける。リヨンは、声を出そうとする。だが、掠れた音が出るばかりだ。
 エウメリアは、再び口移しで薬酒を飲ませる。そしてリヨンの鎧を脱がせて体に薬を塗り、布を巻いて応急処置をする。それが終わると、リヨンを鳥の足でつかむ。
「さあ、ここから逃げよう。戦場はリヨンには似合わないよ」
 飛び立とうとするエウメリアに、リヨンは呻き声を上げる。
「戦場には弓兵もいる。私を抱えて飛ぶ事は無理だ」
 エウメリアは、リヨンに微笑む。
「大丈夫、まかせて」
 エウメリアは、リヨンを持ち上げて羽ばたき始める。小柄な体が少しふらつくが、リヨンを持ち上げて空へと舞い上がる。リヨンの目からは、自分達が地面から離れていく事が見える。
 空気を切る音がした。エウメリアが呻き声を上げる。弓兵が放った矢が、エウメリアの左肩をかすめたのだ。エウメリアは、風に自分を乗せる事で保っているが、それでもふらついてしまう。むき出しの左肩は、血で染まっている。
 再び風を切る音がした。矢は、エウメリアの頭上少し上を飛びすぎる。エウメリアのふらつきは激しくなる。リヨンは、空中で揺さぶられる事に恐怖を感じるが、かろうじて声を抑える。
 二人の体に巨大な影が落ちた。リヨンは頭上を見上げる。緑色のドラゴンが、二人の頭上を飛んでいる。絵画などで残っている旧時代の姿のドラゴンだ。ドラゴンは、その足でエウメリアとリヨンをつかむ。爪が刺さらないように慎重に持ち直すと、二人を持って上空へ上がっていく。また風を切る音がしたが、ドラゴンが無造作に翼を振ると、矢は見当外れの方向へ飛んでいく。
「まったく無茶をする。念のために我が来て正解だった」
 ドラゴンは、笑いながら言う。ドラゴンは、彼らの後援者だ。わざわざ戦場まで助けに来てくれたらしい。
 リヨンは、空を飛ぶ事に恐怖を感じながらも、助けられた事に安堵する。エウメリアと顔を見合わせて、笑いあった。

 リヨンは、寝台の上で半身を起こしていた。後援者であるドラゴンの所有する館で、二人は匿われている。リヨンは治療を受け、現在では歩き回る事が出来る。だが、歌う事は出来ない。
 リヨンは、首に巻かれている布に手を当てる。槍で喉を突かれたため、喉に障害が残ったのだ。話をする事は出来るが歌う事は難しいと、医者はリヨンに告げた。
 リヨンは目を閉じる。私から、歌は奪われたのか。もう、物語を歌う事は出来ないのか。リヨンは、声を出さずに言う。リヨンの心は、衝撃を受けていた。だが、それよりも空虚さが耐え難かった。
 リヨンは目を見開き、自分の腕を見つめる。腕はまだ大丈夫だ。剣を握る事は出来る。リヨンは苦く笑う。私は、騎士として生きるしかないのだ。リヨンは、剣の感触を思い出す。思い出さねば空虚さに耐えられない。
 リヨンの肩を、柔らかい羽根が撫でた。エウメリアは、なだめるようにリヨンを愛撫する。彼女の左肩の傷には、布が巻き付けられている。エウメリアは、ゆっくりと口を開く。
「リヨンはリュートを弾けるし、物語を創る事は出来るよね。僕が、リヨンの創った物語を歌うよ」
 リヨンは何も言わず、エウメリアを見る。
「僕達二人で、物語を伝えて行こうよ。二人で、吟遊詩人として生きて行こうよ」
 エウメリアは、リヨンに微笑む。
 私は、物語を失ってはいないのか。リヨンは、声に出さずに問う。エウメリアがいれば、物語を人々に伝える事が出来るのか。リヨンは、失われつつあった力が回復していくような気がした。だが、それでも言わなくてはならない事がある。
「私が騎士になり、エウメリアが私の妻となれば、エウメリアの生活は約束される。私の家族がエウメリアを嫌っても、法がエウメリアの権利を守る。それに、私達の後援者であるドラゴンが後ろ盾になってくれるから、下手な手を出せないはずだ」
 リヨンは諭すように言う。
「生まれてくる子供の事を考えろ。旅の辛さは、体で知っているはずだ。子供にまで苦労させるつもりか」
 エウメリアは、リヨンの顔を見ながら言葉を聞く。その顔には少し陰りがあった。
「そうだね。旅の辛さは僕も知っているよ。でも、リヨンが殺し合いをするのは嫌だよ。リヨンが戦場で死んだ後、僕と子供が二人で生きていく事がいいと、リヨンは思っているの?」
 エウメリアは、噛みしめるように話す。
「それにリヨンは、音楽と物語を捨てる事が出来るの?物語に酔いしれた思い出は残っているはずだよ」
 エウメリアは微笑む。
 リヨンは、エウメリアに反論出来ない。リヨンの中には、物語に陶酔した思い出が残っている。夢幻に酔った記憶が残っている。
 エウメリアは、これ以上何も言おうとしない。ただ、微笑みながら羽根でリヨンを愛撫する。
 リヨンは目を閉じる。そして、エウメリアの愛撫に身を任せた。

 リヨンとエウメリアは、口づけを交わし合う。初めはついばむように、やがて舌を絡ませながら口づけを交わす。リヨンは、エウメリアの吐息と匂いを感じる。
 エウメリアは、悪戯っぽく微笑みながらリヨンの服を脱がす。リヨンのズボンを脱がすと、上目づかいに見上げる。そして微笑みながらペニスに口づけをする。ゆっくりと舌を使い、リヨンを愛する。リヨンの弱点を知り尽くした巧みな舌使いだ。リヨンは呻き声を上げる。エウメリアは、リヨンに口に出す事を促す。
 リヨンは、堪えることが出来ずに果てる。リヨンの精が、エウメリアの口内に放たれる。エウメリアは、翼で丁寧にペニスをさすりながら精を飲み下していく。飲み干すと、エウメリアは顔を上げて微笑む。
 リヨンは、エウメリアの頭を撫でる。そしてエウメリアの体を愛撫していく。腕を、羽根を手で愛する。エウメリアの胸を愛撫しながら服をずらす。さらけ出された小さなふくらみの先端は、硬くなってリヨンに応えている。
 欲望に駆られた男は、セイレーンの腹の下に顔を埋める。服をまくり上げて奥へと顔を進め、薄い茂みに覆われた中心へ舌を這わせる。中心にある泉からは、穏やかな匂いのする液があふれていた。リヨンは、舌で愛しながら味わう。
 エウメリアは、リヨンの顔を羽根で包んで上げさせた。そして、リヨンを寝台に横たえさせる。リヨンの上にまたがり、既に回復しているペニスを自分の中に飲み込む。リヨンに負担をかけないように気を使いながら、リヨンの上で腰を動かし始める。
 セイレーンに乗られた男は、魔物娘の腰使いに、中の締め付けに陶然とする。そして、魔物娘の中の温かさを堪能する。男は、自分の腰と魔物娘の腰が溶け合い、境界が無くなったような錯覚に落ちていく。魔物娘の性技に耐えられず、人間男は登り詰めようとする。
 男は、セイレーンの中へ精を放った。鳥と人が合わさった女の中へ、精を放ち続ける。セイレーンは声を上げる。多くの人々を魅了する声を放つ口から、性の歓喜の声がこぼれる。汗で濡れた小柄な体が、窓から差し込む日の光に輝く。
 エウメリアは、リヨンの体の上に自分を横たえた。二人は、汗に濡れた体を抱きしめあう。リヨンは、エウメリアの体の柔らかさ、温かさを感じる。エウメリアの甘い匂いが、リヨンを包み込む。
 人間と魔物は、伴侶である相手の体を愛撫し合いながら、お互いを確かめ合っていた。

 二人は港町を歩いていた。リヨンの体は癒え、もう旅が出来る。だが、歌う事は出来ない。だから、リヨンが創った物語を彼のリュートに合わせて、エウメリアが歌う。二人は、吟遊詩人として共に旅を続けている。
 リヨンは騎士を辞めた。家には帰らずに旅を続けている。ドラゴンが後援者だから、領主も下手に手を出す事は出来ない。領主は、戦に負けて領土の一部を失ったが、懲りずに領土争いをやっている。リヨンの家は、親戚の者を養子にして戦場へ叩きこんだそうだ。
 リヨンは軽く肩をすくめる。リヨンにとって、家の事など既にどうでもよい事だ。
 リヨンは、物語を人々に伝えながら、自分のやっている事を考える事がある。物語は、実体のない夢幻の珠の様なものだ。その夢幻の珠は、必要とする者もいれば必要としない者もいる。必要とするにしても、いつまでも必要とする訳では無い。
 リヨンは笑う。今さら言うまでもない、分かり切った事だ。
 だが、夢幻の珠を必要とする人がいる。それは一時の事にしろ、必要とされるのだ。夢幻とはいえども、無意味なものでは無いだろう。そう、リヨンは思う。
 リヨンは、表情を微かに陰らせてうつむく。私は、すでに物語に酔う事は出来ない。物語の創り手、歌い手は醒めていなくてはならない。物語に酔った記憶を抱えながら、醒め続けなくてはならないのだ。
 エウメリアは、リヨンの背を羽根で撫でた。顔を上げるリヨンに、エウメリアは微笑みかける。
 リヨンも笑みを浮かべる。それでも、私は物語を伝え続けよう。エウメリアと漂泊しながら生きよう。
 人間とセイレーンの吟遊詩人は、風に吹かれながら蒼穹と海の境を見て歩き続けた。
16/02/11 21:41更新 / 鬼畜軍曹

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