連載小説
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最初にあった時は確か、丁寧な奴だったよ。
俺の名前は橘冬樹(たちばな とうじゅ)
今日からこの地元の大学に通う事になった男だ。
朝は早く起きたし、入学式だってちゃんと座っていた。
HRも自己紹介もつつがなく終わり帰路についていた。
一人は嫌では無かったし、むしろ静かでいい。
個人的に好きな図書館には明日行こうと決めていた。
ここまでは一般的な生活の域を出なかった筈だ。

「付き合って下さい!」
校門、俺の真正面から聞こえる透き通った声。
入学式早々恋をした青春真っ直中の奴でもいるのだろう。
素晴らしきかな青春。
そんな風に考えて通り過ぎようとしたそのとき、
「おい、貴様・・せめて返事ぐらいしたらどうだ。」
ギョッとするような低い声をかけられ、思わず振り返ると、
生徒指導部のドラゴン、ガナ先生がこちらを睨み付けて来ていた。
隣には告白をしていたのだろう女子も居る。
何故、告白をしていたと分かったかというと、
今も「お願いします!」と頭を下げているからだ。
それも、どう見たって俺に向かって。

「・・え?」
状況を整理しつつ俺はフリーズした。
目の前の女子は、とても綺麗で可愛い。
対して俺はとてもじゃないが自信はない。
まさかそんなことはあるまいと、確認のため俺は彼女に声をかけた。
「え、と・・その、俺と付き合ってほしいってこと?」
恐る恐る、訊く。
彼女は恥ずかしそうに顔を上げると、俺の顔を見てキリリと表情を引き締めた。
もしかして人違いだろうか、きっとそうに違いない。
というか釣り合わないって。
自分を色々なものから守るために作った予防線。

「はい!恋人になって欲しいんです、橘冬樹さん!」
そしてそれは、彼女のはっきりとした言葉に引きちぎられた。
なにこれギャルゲ・・?
「おい・・橘、返事はせんのか。」
戸惑っていると、再びガナ先生が声をかけてくる。
隣の女子はまた頭を下げていた。
確かにこのままにしておくのは気が引ける。
「え、と・・あの、まずは友達から始めないか?
その、俺はあんたのことを良く知らないし、
はっきり言って嬉しいけど、急ぎ過ぎも良くないと思うからさ。」
とはいえ、その勢いのままに流されるのは危険だとも思えた。
なので俺は友達という形に持ち込もうと言葉を選んでみた。
俺が答えてからまもなく女子は顔を上げる。
整った目鼻立ちにこちらを見つめる真っ直ぐで澄んだ綺麗な瞳。
短い金髪とそれらが相まって、俺の心臓は早鐘を打ち始めていた。
「それは、遠回しなOKと取って良いんですか・・?」
期待と不安が窺える声音。
それと軽く潤んだ瞳のコンビネーションに勝てる男子はそうは居ないだろう。
少なくとも俺は勝てない側の人間だ。
「え、あ、ああ、まあ、そうなるかな。
少なくとも俺はさっき言ったように嬉しい。
だけどほら、あんたは俺以外の人が好きになるかも・・」
「そんなこと有り得ないです!!」
言葉の途中で目の前の女子は詰め寄ってきた。
「え、や、ちょ・・」
綺麗な女子が近づいているという事に免疫のない俺は
それだけでしどろもどろになってしまう。
対して彼女は、はっきりとした意志を目から迸らせ続ける。
「私、これまで恋なんてしたこと無かったんです。
ううん、したいと思ったこともあんまり無かった。
でも、あなたの事を見た瞬間、こう、キタんです!!」
「キタって・・」
途中までの本気っぷりがその一言で台無しである。
言われる側の俺がいうのもなんだが、
もっと良い表現は思いつかなかったのだろうか。
「いやでも、やっぱり危ないって。
俺はあんたの名前すら知らないんだし・・。」
「へ?ああ、私はネェル・シャレンって言います。
・・じゃあ、恋人を前提とした友達付き合いでお願いします!」
「う・・?まあそれなら、良い、のかぁ・・?」
一応友達って言ってるわけだし・・
というか何だよ、恋人前提の友達って。
俺達は話しながら次第に迷走し始めていた。
「・・おい橘、シャレン。
話は帰りながらでもできるぞ。
お前達の家は同じ方向で、場所も近いだろうが。」
それに痺れを切らしたガナ先生は、俺達を早く帰そうとして声を上げる。
このまま行けばなし崩し的に付き合うことになりそうで、
正直言って先生の口から止めて欲しかった。
「あ、はい!それではガナ先生、さようなら!」
話を中断させられたのに上機嫌なところをみると、
どうやらこの女子生徒にとってはむしろ好都合であったらしく、
勢い良く頭を下げている。
「ああ、また明日だ。
・・橘、そこまで熱烈に思われているのだから、少々は汲めよ。」
そう言って先生は他の生徒へ視線を移す。
対して俺は、「・・はい」と答えたものの、
内心でため息をつかずにはいられなかった。



「橘さん・・やっぱり迷惑でしたか?」
校門を離れて五分程歩いたところで、
やっと女子・・ネェル・シャレンは言葉を発した。
「なんでそう思うんだ?」
そう聞き返したのは本心からだ。
確かに驚きはしたものの、迷惑だとは思っていない。
むしろ、予想外の幸せに舞い上がらぬようにするのが精一杯だった。
「だって、校門を出てから一言も喋ってないじゃないですか。
私が何か話しかけても、ああ、うん、くらいしか言ってませんし。」
「・・そんなにぶっきらぼうにしてたか?」
驚いたように言うと、ネェルは怒ったような声を上げる。
「してました!
目の間に皺を寄せて、目なんて私の方に一回も向いてませんし!」
まくし立てるネェルに俺はたじろいでしまう。
「わ、悪かったよ。」
「ほんとに悪いと思ってます?」
向けられるのは怒ったようないじけたような横向きの視線。
「思ってる、思ってるよ。」
その視線を前にしては、謝る以外の手段を知らない。
「だったら、私の言うことを何でも一つだけ聞いてください。」
怒ってたにしては随分と軽い要求。
「あ、ああ・・良いけど・・。」
そう思ってここでそう答えてしまったのが運の尽き。
「じゃあ!私と付き合ってください!!」
彼女が満面の笑みでそう言ったときに、俺は心からそう思った。
「え、う、えぇえ!!?いや、それは、その」
そんなことを全く考えていなかった俺は狼狽するが、
彼女は気にせず追い込んでくる。
「さっき、何でもって言いましたよね?
まさか、予想してなかったから駄目、な〜んて言いませんよねぇ?」
ドヤ顔またはウザ顔、そう表現するのがピッタリな表情で彼女は顔を近づけてきた。
というか急にキャラ変わったな、おい。
「う・・確かに・・そう言ったが・・」
渋々認めるようなことを言ってしまった。
後悔の念が襲ってくる中、ネェルは舞い上がっていく。
「イヤッホォーイ!!やりました、やりましたよ、私!
いや〜猫被ってみるもんですね〜!」
「猫被りって・・ネェル・・っ!!」
怒っていることを表そうとして彼女を睨むが、
彼女は睨まれたことなどお構いなしに話し続ける。
「おおっ、いきなり名前呼びですか!!
いや〜、大好きな人から名前で呼ばれるって良いもんですなぁ!」
「んぁ〜もう!!アンタはいったい何なんだ!
猫被ってるって自分で言ったり、人の話を聞かなかったりさあ!」
ついに大声を出してしまった。
「?」
そのせいで周りの人達が一斉にこちらを見てくる。
集まる視線に俺は固まりかけるが・・
「すいません皆さん、私の彼・・っ!?」
そこからの俺の行動は、速かった。
ペコペコと頭を下げつつ、ネェルの手を引き全力疾走。
幸いながら道も視界も開けていたので、
俺は真っ直ぐに自分の家を目指して走った。
通常の3倍のスピードは出ていたんじゃないだろうか。


「はぁ・・はぁ・・」
家のドアを閉めて荒い呼吸を整える。
・・よくよく考えれば何も走ることは無かったんじゃないだろうか。
「これぞ愛の逃避行ってやつですね、橘さん!」
ちなみにネェルは息切れするどころか、
呼吸を乱すことすらせずピンピンしている。
口が回って体力もあるとは、
これはいよいよもって俺は駄目かもわからんね。
「お前が、やらせたんだろうが・・っ!!」
息を切らせつつ何とか突っ込むが、ネェルは動じない。
「え〜?いくらやらされたとはいえ、
意思の確認もせず女の子を自宅に連れ込みますか、普通?」
「っ・・!?」
言われて顔が赤くなるのを俺は感じた。
そうだ、そうなのだ。
いかに状況に流されたとはいえ・・
必死で考えが巡らなかったとはいえ・・
俺は、ネェルを自宅に、無理矢理、連れ込んだのだ。
「あ・・いや・・それは悪かった・・」
それしか言えない。
だが彼女はそれに逆に戸惑ったようだ。
「えぇ!?普通に謝っちゃいますか・・。
え、いや、その、別に、からかっただけですから!
連れ込まれても全然問題ないですから!
むしろ、お泊まりしちゃおっかなーって思ってるくらいですから、ね!?」
その忙しく本音が漏れる様子を見ていると、
彼女という人間がそこまで悪くないのかもと思えてくる。
・・ん?
「いやいや泊まりは流石にまずいだろ。
親とか心配するぞ?」
気になったポイントを質問してみる。
泊まられて迷惑な訳じゃないが、後々問題になったらそれは困る。
校則はまだ覚えきってないが、それに関する記述もあるだろうし。
そんな不安を考える俺に彼女は遠くを見るような目になり上を向いた。
その口元は歪んでいる。
「・・まぁ、大丈夫なんじゃないすかね多分。
つーか、うちの親はどっちとも優しいんですけど、
夜はいっつも寝室で運動会しやがるんですよ。
私が部屋で寝てても聞こえるくらいの大音量で。
延々と聞かされて眠れないこっちの身にも・・ってどうしました?」
夜、寝室、運動会・・それはつまり、そういうことだ。
そこまで思考が至って顔が赤くなった俺を見て、彼女はまた笑った。
「どうしてお顔が赤くなるんですかねぇ・・?
別に運動会って名前のゲームしててもおかしくないのにぃ?
どうしてそこまで顔が赤くなってるんですかぁ〜?
ねえねえ、教えて下さいよぉ〜。」
「ば、お前が紛らわしい言い方をしたからだろうが!
全く、ゲームなんだったらそうと言ってくれれば・・」
顔を逸らしながら言う俺に、彼女は平然と言い放つ。
「へ、ゲーム?何言ってんですか、
寝室で運動って言えばセックスに決まってるじゃないですか。」
「・・ネェル・・ッ!!」
本気で女子を殴れたのは初めてかも知れない。

その後、流石に放置はまずいだろうと思い、氷で冷まそうと
冷蔵庫で準備をして戻った訳だが。
「うう・・頭がじんじんしますぅ・・。
ギャグ補正ついてなかったら即死モンですよ・・。
ダディアナサン、オンドゥルオコッタンディスカー?」
当のこいつは、早速煽って来やがった。
というかよくそんな元気あるな、まったく。
イラっと来たので頭ではなく綺麗な首筋に氷を当ててやる。
「うひょひゃあ!?何をするんですか、私は負傷人ですよ?!」
「うるせえよこいつめ。
さっきのでお前に遠慮なんかいらねえってのが分かったからな。
氷を直に当てられなかっただけマシだと思え。」
そう言ってタオルを取り、外部との壁が
薄い袋だけになった氷をもっと強く押し当ててやる。
ネェルが震えているが知ったこっちゃない。
「橘さん、ちょ、やめ、ひぃあ!
いや、あの、ちょほぉ!?冷たあぁああ!!」
それにしても、こいつの反応は見ていておもしろい。
「へへ、どうだ、参ったか。
俺はお前におちょくられ続けて参ってたからな、もっとしてやる!」
「うひゃ、ちょ、冷てぇです、参りましたゆるひて下さい!
何でもしますから!」
しつこくせめてやると、ネェルは降参の意を示してくる。
だが俺はやめたくなかったので、ネタの釣り糸を垂らしてやった。
「ん?今何でもするっていったよな!?」
「はっ!?私に乱暴するつもりでしょう!?エロ同人みたいに!」
予想通り食いついてくるネェル。
食いつけるということは、まだ余力ありってことだから・・!
「やっぱり余裕しゃくしゃくじゃねえか、この野郎!」
「は!?しまった、このネェル・シャレン一生の不覚・・!」
一生の不覚軽いなおい!
「ふははは、冷たかろう!
しかもタオルを使ってコントロールできる!」
「ネタが無理矢理過ぎますよ、ってか冷たい、冷たいですって!」



「・・で、マジでどうする気なんだ?」
しばらくネェルで遊んだ後。
俺とネェルはやっとシリアスに話をしていた。
「どうするって、何をです?」
「帰るか泊まってくかって事。」
そう言うとまたこいつはにやりと笑う。
「会って初日の女を連れ込んだあげくに、泊まりか訊きますか・・
いやぁ、橘さんがそこまでの男だとは思いませんでしたよ。」
その言い様に怒りそうになるが、こればかりは彼女が正しい。
そう判断して俺は次のように返した。
「そうだよな・・俺までおかしくなってたか。
・・ネェル、お前の家って何処だ?
連れ込んだのは俺だし、送ってって謝るぐらいはするぞ。」
すると、ネェルはきょとんとした表情になる。
「へ、送る?・・ああ、そう言うことですか。
別に問題ないですよ、泊まっちゃっても。
実はさっき橘さんが氷取りに行ってる間、
ちょっくら電話したんですけど、運動会始める前だったらしくて
不機嫌そうに、お前が選んだならそれで良いって言われました。
その後プッツリと切られましたけど。」
「・・お前の家、それで良いのか・・
娘が何処の馬の骨とも知らぬ男と一緒に居るって、
親的には結構まずいんじゃないのか?」
「大丈夫ですって。
もし襲われたとしても、相手が好きな人だったら魔物娘的には、万々歳。
むしろ襲って欲しくてその状況に持って行く人もいるくらいですから。
つーわけで、私は泊まる許可を得たってわけですよ。」
「はぁ・」
そうとしか答える事ができない。
ん、魔物娘・・?

「そう言えば、ネェルの種族って何なんだ?
どう見ても普通の女の子にしか見えないんだが・・。」
頭の中身以外は。
「いやいや、魔物娘、普通と変わらない。
これだけで大体分かりそうなもんですけどねー・・」
「分からないから訊いてんだっての。」
素直に告げると、ネェルは苦笑いしつつ口を開けた。
「ほら見て下さい、私の口の中。
一際鋭い歯が生えてるのが見えますよね?」
鋭い歯・・そうか!
「ああ!ワーウルフか・・」
「違いますよ!何でですか!
私そんなにもふもふしてないし犬耳だって生えてないでしょ!」
「・・・・」
その返しに俺は正直驚いた。
「ネェルお前・・ツッコミも出来たんだな・・。」
「わざわざボケるあなたもあなたですよ!」
「悪かったって。
ダンピールだろ、気性だって人懐っこいし。」
今度は予想したとおりに答える。
ネェルも予想通り頷いた。
「ええ、そうです。
・・流石にヴァンパイアとは言いませんでしたか。
まあ、それは良いとして・・」
そして、少しだけ真面目な顔になる。
「迷惑なふざけた奴だと思うかもしれませんけど・・
橘さんが好きって言うのは嘘でも冗談でもないんです。
それだけは分かって下さい。」
そんなことを言われたのでは、俺も真面目にならざるを得ない。
「・・ああ、それは分かってるつもりだ。
一応俺を傷つける事はないし・・
それにその、なんというか、何だ?好き好きオーラって奴?
それが俺の方に鬱陶しいくらいに来てるからな。
お前みたいな奴に好きだって言われてそっぽ向ける程枯れてないし・・
その、あれだ、今までそういう関係になったこと無いから
正直言って恥ずかしいっていうか・・」
ならざるを得ないのだが、
勢いだけの言葉は着地点を見つけられず空中分解してしまう。
しょうがないので俺は短くまとめた。
「要するに、こっちこそ頼むって事だ。
お前と居るのは、嫌な気分じゃないし・・っていうより楽しいからな。」
言い切った後で俺は顔が赤くなるのを感じていた。
またネェルに煽られるという考えが頭をよぎるが、
「あ・・はい!ありがとうございます!
橘さんに認めてもらえて嬉しいです!
嫌がってるのに無理矢理なんて、
それこそ恋人のやる事じゃないですからね!」
彼女は満面の笑みで返してきてくれる。
改めて見る彼女の笑顔は、とても可愛らしかった。
「そう言う割には随分と押しが強かったけどな。
あれで無理矢理じゃないって思う辺りが何とも言えねえわ。
まあ、今は押されて良かったと思わんでもないけどさ。」
それに照れてしまうのを感じて、俺は変な言い方になってしまう。
流石に今回は見逃さなかったらしく、
ネェルはにやにやしながら煽りにかかって来た。
「ふふ、なーに照れてんですか全く。
格好良いと思ったらすーぐこれなんですから。
まあ、そんなところも大好きなんですけどね。」
しかもこいつ自身はこういうことを言う時、
恥ずかしがらないもんだから性質が悪い。
「お前はもうちょっと照れろよ。」
「嫌ですよ、素直に好意をぶつけて何が悪いってんですか。」
つくづく、こう言うことに関しては俺に勝ち目は無いようだ。

その後、俺は沸かした風呂で一息ついていた。
ネェルは居間でのんびりとしているはずだ。
「ふう・・初日から随分と濃い一日だったな。
流石に、毎日って事は・・」
体を伸ばしつつそこまで言って、ネェルの顔を思い浮かべる。
綺麗だが、その性格のおかげで意識せずにすむあの顔。
「・・あるかもなぁ・・あいつだしなぁ・・。」
それを思い浮かべつつため息。
あれが毎日となると、楽しそうだが疲れそうだ。
「でもまぁ・・寂しく一人で過ごす時間が減ったのは素直に喜ぶか。」
いわゆるリア充とやらになれたわけだしな。
そう結論付けて風呂から上がり横開きのドアを開けようとした瞬間。
それは独りでにスライドしていき、一人の女性が姿を現す。
「橘さん!お背中を流しに来ました!」
それは満面の笑みを浮かべる全裸のネェルだった。
普通ならばここで慌てふためき彼女のペースに乗せられるのだろうが・・!
「ああはいはい、お約束お約束。
どうせするだろうと思ってたから、もう体洗った後だ。
というか、俺これから風呂上がるところだぞ。」
生憎と俺はそんなことを予想できない程、頭の鈍い奴じゃない!
「いや、橘さんなら予想してるとは思ってましたけど。
・・というか、フルチンで女子の目の前に立つってどうなんです?」
方向性を変えてくるが、俺は努めて照れぬようにした。
「そう思うんなら、ドアから退いてくれないか?
俺は湯冷めしない内に服を着たいんだけど。」
考えうる限り完全かつ冷静な答えを返してやると、
ネェルはやっと負けを認めたようで、
「むぅ・・からかっても耐性がつきますか。
はい、分かりましたよ、ほらどうぞ・・」
そう言って体をずらし隙間を開けてくる。
静かな満足感とともに俺がその隙間を通り、服を取ろうとしたその時。

むにゅっ。

漫画とかならそう表現されそうな感触が俺の剥き出しの背中に当てられた。
生の・・いや、違う、ネェルの事だ。
どうせ妙なものを押し当てているだけだろう。
そう思ってネェルの方に首を向けつつ、文句を言った。
「ネェル、からかうのも大概に・・っ!?」
が、俺は言葉の途中で固まった、というか固まらざるを得なかった。
「えへへ・・こっちなら効くみたいですね。」
妙なものだと思っていたその感触は、
柔らかくて暖かくて気持ちが良い・・詰まるところ、男の夢だったからだ。
流石に恥ずかしいのか、ネェルの顔も赤い。
その赤い顔のままで上目遣いに見上げて来るもんだから、
こっちはたまったものではなかった。
そんな俺を見てネェルはさらに強く押しつけてくる。
大きすぎず、かといって貧というほどではない。
そんな程良い大きさの綺麗な、ストライクゾーンど真ん中のそれから、
俺は目が離せず、体すら動かせずにいた。
「あれぇ・・橘さん、固まっちゃってますねぇ・・?
どうしたんですかぁ?ふふ・・可愛いなぁ・・」
俺がそんな様子なのを良いことに、ネェルは俺の首筋に指を這わせてくる。
俺の下顎の辺りに指を這わせつつ、ついには耳元に口を寄せてきた。
「ふふ・・橘さん、顔真っ赤ですよ・・?」
そう言ってそっと息を吹きかけてきた。
なま暖かい風が俺の耳を擽ってきて、俺はつい身震いをしてしまう。
ネェルがそれに気を良くしたのが表情で分かった。
「あはっ・・ビクってしました。
耳、弱いんですか・・?」
言葉が近づいてくる。
それと同時に段々とネェルの息遣いすら感じるようになっていく。
これはまさか・・!!
「だったら、舐めちゃったらどうなるんでしょうね・・?
楽しみですねぇー・・?」
もはやからかいの度を越えようとしたその時・・。

「すいませーん!宅急便でーす!」
幸か不幸か、救世主は現れた。
玄関からの男性の声が、火照った俺の頭を急激に冷ましていく。
「は、はーい!今行きます!」
そう言ってネェルをふりほどき服を着ようとした時には、
もうネェルは俺から離れて服を着て玄関へと向かっていた。
そのあっさりとした引き際からして、俺はまたからかわれていたのだろう。


「はい、ではありがとうございました!」
そう言って男性が出ていった後、ネェルは笑顔で耳元に囁いてきた。
「・・運が良かったですね、橘さん?」
明らかにからかってきているのは分かるのだが、
あんなことがあった直後であったが為に、
「ああ、全くだ・・いい加減に、しろよ・・。」
赤くなった顔でそう返すのが俺には精一杯だった。
「・・はい、気をつけますね。」
彼女は意外にも素直にそう言う。
その顔は、少々満足げだ。
やはり、魔物娘としては、ああいう反応は嬉しかったりするのだろうか。
訊こうと思ったが、やめることにした。
もしまた何かの拍子でああなったら、今度こそ俺は耐えられないからだ。

それから無事に時は過ぎて、時刻は午後11時30分。
眠るにはちょうど良い時間になったわけだが。
「嫌ですよ、私はこっちで寝たいです!」
俺たちは眠る場所で揉めていた。
それぞれが寝たいところが違うからだ。
とは言っても、それを押しつけ合っているわけではない。
「だったら俺はあっちで寝る。」
「うぇえ!?じゃ、じゃあ私もソファで寝ます!」
この様に彼女俺に方についてこようとするのである。
「だーから!仮にも連れ込んだのはこっちだ、
ネェルは寝室で寝ててくれて良いんだ!」
正直、年頃の異性と近くで寝る事が恥ずかしくてたまらないのだ。
「でもでも、それをさせたのは私です!
だったら私は責任を取って一緒に寝ます!」
だが彼女としては俺と寝たくてたまらないらしく屁理屈を
重ねてくる。
「そんなこと言って、本当は俺をいじりたいんでしょうが!」
「そうでもあるがあぁぁぁ!!」
その癖にネタを振るときっちり返してくるんだから困る。
とはいえ、このままでは埒が明かない。
「分かったよ・・そこまで言うなら妥協してやる。
お前はベッドで寝て、俺はお前が寝るまで近くに居る。
・・これで良いか?」
だから軽い妥協点を示す事にした。
この方法なら、どっちの欲求もそれなりに満たせる筈だ。
「むぅ・・分かりました。
本当に私が寝るまで近くに居て下さいよ?
もう良いだろ、なんて言うのは無しですからね?」
ネェルも渋々ではあるが納得してくれたようだ。
「分かってる。
そんな事したら罰として一緒に寝ろ、なんて言われそうだからな。」
「・・・・」
黙ってしまうネェル。
これは何かまた変なことを考えてるっぽいか・・?
「言っておくが寝た振りなんてするなよ。
そんな事したら、氷当てるからな。」
「・・や、やだなーしませんよそんな事・・。」
一応釘を刺しておく。
・・またああなったらもうどうなるか分かんないからな。


「・・橘さんって、何だかんだ凄いですよね。
あんな告白の仕方だったのに、逃げずに付き合ってくれて。」
布団にくるまりながらそう言うネェルに、俺は素直な答えを返した。
「それだけで凄いのか?
あの時は、ただ、そこまで考えずに言ってただけだ。」
「猫被ってましたって言っても、付き合い止めなかったり。」
「被ってないときの性格も悪くなかっただけだ。」
「どれだけ変なこと言っても怒らなかったり。」
「対応できるネタだったからな。」
「はしたない女だ、なんて言わなかったし。」
「良く知らねえけど、魔物娘ってそういうものなんだろ?」
「・・何て言うか、思ってたより良い一目惚れしたみたいです、私。」
そこまで話した後ネェルは「えへへ」と微笑んだ。
これまでに見た彼女の元気なものではない優しいその笑顔に、
また俺はドキドキさせられていた。
「・・あ、また照れました。
褒めても照れてからかっても照れて。
全く、忙しい人ですね・・橘さんは。」
「うるさいよ、さっさと寝ろ。」
うるさいので、そう言って布団を被せてやる。
布団の中からは「おやすみなさーい」と聞こえてきた。
それに、俺も「おやすみ」と返して部屋を出る。

俺はソファに寝転がりつつ明日からの事を考えていた。
きっと何をするにもあいつはついてくるんだろう。
「・・それでも良いかな。」
素直にそう思えるのは、きっと俺もネェルの事が少なからず好きだからだろう。
まあ、あいつのように直接言えはしないが。
「きっと、楽しいだろうな・・。」
そう呟き、明日に思いを馳せながら俺は目を閉じた。




14/06/11 21:50更新 / GARU
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■作者メッセージ
グダグダ日常を垂れ流す。
要するに、いくらでもネタが突っ込めるってことだ!
・・そうなるのかな。

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