連載小説
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第1話 時間切れ
ゆらゆらと揺れる大きな船の一室、そこには海図を広げ、ぐるぐると回っているコンパスを眺めている、立派な海賊の帽子を被った一人の男がいた。

風貌は無精髭をはやしながらもまだ青年を抜けて間もない感じで、どこか間抜けそうな雰囲気を持っていた。

彼はキャプテン・ジャン・スパロウと言い、海賊船《ブラックドール号》の船長である。しかし船長といっても乗組員による反乱が起きたため、一時期船を失い乗組員を奪われるという大失態を犯したことがあった。

それでも、彼はとある事情で教団に捕まった際に知り合った一人の青年と共に反乱の首謀者を打ち倒し、船を取り返したのである。

彼はその青年に別れを告げ、そのまま再び海賊の船長として旅を続けているのである。

「ふぅ・・・しっかし、ここんところ港が見つかってないねぇ・・・ってあれ、酒がねぇや。誰だ俺の酒を飲んだの・・・あっ、俺だ」

ジャンは海図とイカレたコンパスを見続けて疲れた目を押さえ、ビンに入っていた酒を飲もうとしたが、もうすでに空となっており、彼はため息を尽きながら新しい酒を求め船倉へと向かった。




皆がすでに乗組員全員が寝静まった夜、ジャンはランタンに火を灯し暗い船倉を漁っていた。

「えーっと、酒はどこかなぁ・・・やっぱここ汚ぇなぁ、明日掃除させっか・・・うわっ、これ中身が漏れてやがる」

ジャンは悪態をつきながらも酒を探す。その時である。


「時間切れだ、ジャン」

「っ!?」

突然船倉に自分とは別の声が聞こえ、ジャンは驚きながらも腰に差しているカトラスに手を添え、声が聞こえた方へランタンを向ける。

すると、なにか濡れたものが歩いているような音を出しながら声の主が正体を現した。

鱗やヒレをはやし、不気味な雰囲気を出しながらも誰もが振り返るであろう美貌、教団では人を喰らう邪悪な存在とされている魔物の一種、水に棲むネレイスという魔物であった。

しかしジャンはそのネレイスにどこか面影があるのを感じ、じっと眺めているとはっとした。

「お前、マリー・・・マリー・ターナーか?」

そのネレイスはかつて自分の仲間であり、反乱を起こされた際に最後まで自分を守ろうとしたマリー・ターナーという元人間の女性であった。

「元気そうだな」

「・・・・・これ夢か?」

「・・・いや・・・」

「だろうな」

「・・・ブラックドールを取り戻したか・・・」

「・・・ある男が手を貸してくれたおかげだ。あんたの息子」

「・・・ビリーが?」

ジャンとマリーはそのまま近くの樽に座り、互いに酒瓶を開けそれをラッパ飲みしていく。

「結局ビリーも、海賊になったか・・・」

「いや、あいつはただ想い人のために俺に助力しただけさ。今頃その女と幸せな結婚生活を送ってる頃さ」

「そうか・・・」

「しっかしお前まるっきり変わったな・・・まさか魔物になっちまったとはな」

「いろいろあったんだ・・・あの反乱の日から、お前と同じようにいろいろとな」

「なるほどねぇ。んで、ヒレと鱗をはやしてわざわざ俺に会いに来た理由は?・・・あぁ、言っとくが魔物になっても相手がいないからって理由なら即刻海にリリースしてやるから安心しろ」

「・・・あいもかわらず、軽口は達者だな。やつの遣いだ」

おちゃらけた言葉と雰囲気のジャンに流されようとはせず、マリーは真剣な雰囲気で重々しく彼を睨んだ。

「デイビー・ジョーンズ」

「っ!・・・あぁ・・・あぁそういうことか」

デイビー・ジョーンズの名を聞き、ジャンは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに納得したかのように頷く。

「海の魔物の女王に脅されて手下になったか・・・」

「私の意志だ・・・」

「・・・」

マリーの言葉にジャンは少しゾクっと悪寒を感じながらもあえてとぼけてみせる。

「あの反乱の時はすまなかった・・・だが私は、お前の味方だった・・・。それが人間としての破滅を招いた・・・私は大砲につながれ海の底に沈められた・・・呪われた金貨の魔力で海神の魔力は効かず、海の重みで身動きができなかった。だが金貨の呪いで死ぬことも出来ず、この苦しみから解放されるならなんでもする、そう思った・・・どんな取引でもすると」

「・・・人ってのは最後の審判が恐ろしくてたまらないんだよな」

「お前もやつと取引したろ」

ジャンがおちゃらけながらも酒を飲み視線をそらそうとすると、マリーはそれを遮るように彼の目の前に立ちふさがる。

「ブラックドールを海の底から引き揚げてもらい、船長をやってきた・・・」

「いやぁそれはーーー」

「ジャン!!」

マリーの言葉に言い返そうとする前にマリーは強い声で彼に有無を言わせず詰め寄る。

「どう言い訳したって無駄だ・・・お前は私よりも重い契約をした・・・百年間、百年奴の船で働く私と違い、お前は奴と永遠に添い遂げなければならない」

「・・・いや、でもデイビー・ジョーンズの船は幽霊船でしょ?」

「いや人生の墓場行きだ!!」

「・・・っ!?」

「あいつの恐ろしい怪物に見つかり、ブラックドール諸共奈落へ引きずりこまれ、死んで逃れることすらできなくなるぞ!」

「・・・あ、あいついつ頃送り込んでくる気かな・・・その怖い怪物・・・・」

「・・・・さっきも言ったろジャン・・・時間切れだ」

マリーはジャンの左手をとるともう一方の手で彼の手を包み込んだ。何かを手渡しするかのような動作をし、やがて手を離すとマリーは背を向け歩き出した。

「・・・今にも、怪物はやってくる・・・手の紋章を目指して・・・《淫紋》を」

「っ!?」

壁を通り抜けるようにマリーの姿が消えると、ジャンの手掌にハートと小悪魔の羽が組み合わさった黒い紋章が浮かび上がったのであった。






「甲板へ集合っ!!!なにやってんだ急げ!!!さっさと動け!!!」

ジャンは一気に甲板へ駆け上がり眠っている船員を叩き起こす。船員たちは何事かと思い目をこすりながらジャンの言うとおり甲板へと走った。

「帆をはれ!!風に乗れ!!針路をひけ!!なにやってんださっさとやれっ!!!悪魔が追ってくると思ってめいいっぱいやれ!!!」

「ジャンの、どっち行きゃいいっ!!?」

慌てているジャンに声をかけたのはヒゲと髪に白色がかかった男性、昔からジャンを信頼し常に彼のそばにいた航海士のジャズビー・キブスという男だった。

ジャンはギブスに声をかけられびくっしながら曖昧な指示を出した。

「うわっ!?り、陸へ急げ!!」

「どの港へっ!?」

「港とは言ってない!陸だ、どこかの陸へーーー」

「きーーっ!!」

「うわぁっ!!?」

すると突然、ジャンの頭をなにかが通り過ぎ、彼がかぶっていた帽子を奪い去る。その正体は服を着た小猿であった。

「ききーーっ!!」

「きーっ!」

小猿の威嚇にジャンも威嚇で返すが、小猿は対して気にせずジャンから奪った帽子を海へ投げ捨てた。

「ああっ、ジャンの帽子が!!船を戻せ!!!」

「ダメだ、ほっとけ!!!」

ジャンがかぶっているのは彼のお気に入りの帽子であることを知っているギブスは帽子が捨てられるのを見てすぐに船を戻すよう指示するが、ジャンはダメだと言い放った。

「急げ!帽子はほっといてすぐに出発しろ!!」

「・・・持ち場に戻れ!!行け!!」

ジャンの指示に従い、ギブスは船員達に持ち場に戻るよう指示すると、階段の裏に隠れるジャンに近づいた。

「ジャン、どうしたってんだ。なにが追ってくる?」

「しーっ・・・なにも?」

ギブスの質問に白を切るジャンであった。




一方、しばらく時間が経過し夜明けの時刻になり、捨てられ海を漂っていたジャンの帽子をある船乗りが拾った。

「・・・どうだ、似合ってるだろ、まるで船長みたいだろ?」

船乗りは仲間の前で帽子をかぶり、自慢するように敬礼してみせると、仲間の男が船乗りの帽子に手をのばした。

「・・・よこせ」

「やだよ、俺が見つけたんだぞ!」

「いいからよこせって!」

「あっ、なんで人のもの取るんだよ!!」

仲間の男は帽子を奪い、かぶると嬉しそうにしながら船乗りの男に自慢し始めた。

「あぁ、見ろ船長だぞ!」

「返せよ!」

二人は帽子のことで言い争いを始めるが、そんな彼らの乗っている小さい船に、海の中から大きな影が近づいていた。

そして、なにか唸るような音が船の周りで聞こえ二人は奇妙に思い周りを見回した。すると今度はなにかにぶち当たったかのように船が大きく揺れる。

「うわぁっ!?」

「ひっ!?ほ、ほら返すよこれ!!」

仲間の男は不気味な感じを覚え、かぶっていた帽子を船乗りの男へ押し付けた。

「いらねぇ俺んじゃねぇ!こいつは俺んじゃねぇ!!」

船乗りの男も帽子に原因があると錯覚し、恐怖にかられながら帽子を払う。すると、船は揺れると同時になにかの声が聞こえ始めた。

くすくすくすくすっ・・・・


「「ひぃっ!?」」

女の笑うような声が聞こえて二人はさらに恐怖に震えながら周りを見回し始める。そして、ミシミシと何かが折れるような音が聞こえ、そしてーーーー


バギィッ!!ザバァーーーーンッ!!

船は真っ二つに割れ、海に引きずりこまれるように沈んだのであった。





14/03/29 02:12更新 / ニア
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