連載小説
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第七話:武闘大会【準決勝戦】
 謁見の間かと思ってしまう程の広さを持った来賓質に着いてからの数時間、正に悪夢だった……。
 ルーンさんとクスィーさんの2人は僕との決着が着かなかった事が余程悔しかったのか、先程迄の威厳はドコへやらと思える程消沈してしまい、ルーンさんに至っては齢を重ねた独特の喋り方が無くなり、、見た目通りの童女としか思えぬ位に幼児退行してしまい、駄々を捏ね出したので、同僚のクスィーさんに宥められてしまっていた程だ。
 僕は僕で、あの【ヴァンパイア】――便宜上【ローズ】っと名乗っていたっけ――によって霧散させられた氣が余りにも多過ぎたせいで、指先を動かす事すら出来ず、暫くの間【ヴァンパイア】に食べさせられたりして、本当に恥ずかしい思いをした……。
 しかも、肝心のあの2人の主であり、【ブリュンヒルデ】国の女王でもあるマリエルさんは優雅にお茶を飲んでいるまま我関せずを貫き通すしで、思い出すと頭が痛くなる。
 もう後先考えず、無理矢理抜け出して自分に宛がわれているが、未だに一度も使用していない、城の敷地内に存在する選手専用の宿泊施設に向かった。
 タダ、1つだけ良い点があるとすれば、空間転移で【コロッセオ】から連れて来られた先が結界空間内で、それの強制顕現先が城内であったため、ここ数日の寝ずの連戦と能力の複合開放でズタズタな身体をそれ程動かさなくても寝床に移動出来るのは助かった。
 日が傾き、茜色に染まる庭園を、通り過ぎる城内の使用人に挨拶しながら施設に向かって歩いていたが、後十数メートルで外壁同様石造りの選手専用の宿泊施設に着くという所で、僕は足を止めた。

「――漸く姿を現す気になりましたか……」

 数メートル離れた背後に何かが現れる気配を感じたが、振り向かずに声だけを掛ける。
「当初こそ、【危険な存在】として排除すべきと考えていたが、ここ数日のキミの行動を監視していて、少々思う所ができたからな」
 想像していた通り、自らの発する言葉全てに責任を持ち、重く識者独特の中庸であるが、決してブレる事のない一本の意思が通っている響きが返って来た。
 ゆっくり振り返ると、僕の制空権外ギリギリの所に、長身のその身に黒を纏い、シルクハットが良く似合う単眼鏡の髭を蓄えた壮年の男性が悠然と立っていた。
 杖を突いてはいるが、立ち姿勢からして、あれは足が悪いからではないだろう。
 大陸の上流貴族紳士というのを書物で見た事があるが、それはこの目の前の男の様な存在を云うのだろうな。
 全てが嫌味なく纏まっており、男の僕からしても格好良いと感じる程だが、だからこそ、より一層の警戒が必要となる。
 何せ目の前のこの男は、この国に於いて純粋な武力なら2番手であるオルクさんですら、手も足も出せずに負けてしまった程の実力者なのだから、いつどんな攻撃をしてこようが対応できるようにしなければならない。
「……待ちたまえ。私はキミとここで刃を交えるために現れた訳ではない」
 足を肩幅に開きつつ右から回り込む様に振り返り、右半身の形で留まっていたので、例え武術の心得があろうが解らぬ位静かに上半身を動かさずに重心を落としたが、一瞬で見抜かれてしまった。
「……剣の心得があるのですね?」
「嗜む程度だがね」
「ご冗談を」
 お互いに軽く笑い合う。

 ――鞘走り。

 ぶつかり合う刀と剣。
 刃鳴散らし、夜の帳を照らす。
 一つ合うごとに斬鉄するが、男が腕を振るうと、その袖から剣が現れ、次から次へと新たな獲物を手にし、一向に戦力を削ぐ事が出来ない。
 もう何本目か解らないが、斬鉄した所で、男が後ろに飛び退き、一旦距離を取って黒外套を翻すと、肉厚で幅広な両手剣がその手に握られており、回転した勢いそのまま開いた分の距離を詰めて来たが、先程迄と変わらず、真正面から両手剣へ刃を走らせる。
 けれども、幅広であったため、氣は合ったが、中程まで刃が進んだ所で止まり、それに合わせて僕の動きも一瞬だけ止まってしまうと、それを機とみたか、前に出ている僕の右足に合わせる形で男も右足を前に出し、その足を中心に身体ごと内側に回す形で鍔迫り合いへと持ち込まれた。
「決して安い物ではないのだから、こうも斬鉄されては困ってしまうよ」
「隠器術ですから、問題ないですよ」
「私のは違う」
「………………っ?! 【空間転送】?!」
 僕は鍔迫り合いの状態であったが、体軸をそのままに身体を左右に回転させる要領で刀を無理矢理引き、大剣を中程から一気に切り裂くと同時に後ろに飛び退いて、相手と距離を取る。

「【魔法使い】!!」

 今の状態では一瞬にして勝敗が期してしまうと判断した僕が眼帯を取ると、相手も新たに手にした剣を交差させて地面へと突き刺し、何かの呪文を詠唱し出した。
 僕を中心に荒れ狂う突風が発生して全身を包み込み、人間の小さな器ではとてもではないが入り切らない程の膨大な氣が発生する。
 魔法使いの男に視線を向けると、背後に長身である男よりもかなり大きな魔法陣が現れ、淡い光を発しながらゆっくりと回転していた。

 ――殺気!!

 今の状態の僕ですらも押し潰せる程の気分の悪くなる殺意を受け、本能的にその場から飛び上がり、避けるとほぼ同時に、男が指を差すと背後の魔法陣から凄まじい速さで何かが現れ、僕が一瞬先まで立っていた場所を消滅させた。
 手入れをされた生垣や砕かれた石畳、大量の土とともに空を舞っていた僕の目に映ったそれは、男の背後の大きな魔法陣から現れた巨大な剣であった。
 男と目が合う。
 不適に笑った男は、指を僕に向けて来た。
 巻き起こる突風。
 それが先程迄僕が目にしていた地面を抉った剣だと解った時には、既に避け切れない距離まで来てしまっていたので、僕は手にしている刀を振るって【宝剣・神威】を呼び起こし、来るべき衝撃へ構える。
 最早巨大な壁としか認識出来ない程の大剣を視覚に捕らえた僕は、自分の落下と向かってくる大剣の速度が合わさった衝撃では、例え【神威】でも耐え切れないと判断し、僕の身体を分断するべく突撃してくる大剣の刃が袴の裾に触れた刹那、【神威】を持てる力の限りに振るい、大剣の刃の側面へ当てるが、そこからは切り裂くためではなく、当てた部分を支点に身体を大剣の軌道外へ移動させる。
 思惑通りに軌道外へ逸れたのは良いが、余りの質量と速度に負けてしまい、当てた刀から伝わる大剣の力に身体を回転させられてしまった。
 錐揉み回転しながら地面へと落下していく僕だが、手足を伸ばして何とか体制を整え、足から地面へ着地し、衝撃を和らげるために大きく曲げた足を、今度は思いっきり伸ばして、男へと肉薄する。
 しかし、男へ後数メートルの所で僕の周りに大小様々な魔法陣が現れ、そこから肌を刺す様な殺気が感じられる。

 ――殺(や)られる!!

 そう判断した僕は最高速に達していた身体を足首から足先を直角に曲げて滑りながらも速度を一気に落とし、その場から後ろへ飛び退く。
 案の定、僕が飛び退いた途端、魔法陣から多種多様な剣が現れ、僕が居なくなった空間を切り裂いた。
 けれども、どうやら僕は未だ甘かった様で、完璧に避け切ったと思っていたが、いつの間にか再度魔法陣に囲まれてしまい、最早形振りを構っていられないので、魔法陣と魔法陣の小さな隙間へ飛び込む様にして身体を捻じ込み、刃の嵐から抜けたが、腰の鞘に刃の一つが当たってしまい、空高く舞い上がって男の手元に落ちた。
「そ、それに触れるな!!」
 叫びつつ、例え魔法陣に囲まれようが構わず突貫した僕の数歩先に、突然、男の背後にあったあの大型魔法陣が現れたが、構わず進み、僕の視界を遮る様に呼び出された巨大な大剣が姿を見せたが、今度は立ち止まる事も避ける事もせず、身体を回転させて遠心力をつけ、更にそれにより氣を刀へと移動し、厚さ数十センチはある金属製の壁だろうが豆腐の様に斬れる勢いと威力を持って大剣へ逆袈裟に斬り付ける。
 金属同士の擦れる独特な音は一切せず、何の抵抗もなく刀は大剣へ入り込み、一気に切り裂いた。
 鈍い音を立ててズレル大剣だが、更に身体を回転させて胴後ろ回し蹴りを放ち、粉々に砕く。
 反動によって地へ軸足が減り込み、蹴り足の方も悲鳴を上げるが、壊れるとほぼ同時に足を再生させ、蹴り足が地に着いた所で陥没させる程力を込めて男へと駆け出す。
 身体中を剣により串刺しにされるが、構わず駆け抜けて男の目の前にたどり着き、未だ塞がらぬ傷から流れる血も気にせず、魔法使いの手元から鞘を奪い返すべく刀を振り上げた所で僕は動きを止めてしまった。
 鞘の鯉口がこちらに向いており、男自体も眼を伏せていた。
「すまないな……私の早合点だったらしい。今回のは貸しにしてくれて構わない」
「僕の鞘に【語り掛けた】な?!」
 無言で男が頷く。
「相手を知るには、それが最も手早い手段だからな」
「………………名前を聞いておこうか……」
「アイゼン――アイゼン=グスタフだ。キミは、一磨君だな?」
「えぇ、新城 兵頭 一磨です」
 魔法使いの名を確認した僕は刀をゆっくりと下ろして男――アイゼンの手から乱暴に鞘を奪い返し、腰に差して刀を納めた。続けて左目を閉じて袖の中から眼帯を取り出して封をする。
 余りの虚脱感に膝から崩れそうになるが、武士として余程の事態でない限りその様な姿を人の前に見せる訳にはいかない僕は、呼吸を無理矢理整えて遠ざかる意識を留めた。
「それと、この場は私が対応しておこう」
 アイゼンが詠唱のために地面へと交差させて突き刺した剣の間に杖を突くと、突かれた所を基点に光の筋が地を走り出して幾何学的紋様を刻みながら円陣を描き、僕達が破壊してしまった箇所を完全に覆う程大きくなると、淡い光を放つだけであった魔法陣が一気に光を放ち、余りの眩しさに瞼を閉じてしまった一瞬の内に、唯の瓦礫と化してしまっていた庭園が、元の豪勢な姿を取り戻していた。
 石畳の様な無機物だけならこの早さでの修復に納得いくが、植物の様な有機物も含めてこの早さとは、恐れ入る。この魔法使い、やはり只者ではないな。
 魔法使いとしての技量に関心していると、アイゼンは踵を返した。
「決勝戦、楽しみにしている」
「お互いに未だ準決勝がありますよ?」
 アイゼンは軽く肩を竦めた。
「今回の参加者の中で、私を除いた場合、キミを打ち倒せる者はいない」
「それを聞くと、貴方なら僕を打ち倒せると聞こえますね」
 僕が挑発的に声を掛けると、アイゼンは肩越しに此方へ視線を向けて口の端を持ち上げた。
「【始原の魔法使い】――【金氣のアイゼン】を甘く見ないで欲しいものだ」
「っ?!」
「その反応を見ると、この名がどの様な存在か、知っているようだな」
「名前だけですがね……真逆、生ける伝説にこの様な形で会うとは思いませんでしたよ」
「それは私もだ。よもやこの様な形であの【狐】と【ヴァンパイア】の【狗】と会うとは思わなかったよ」
 ………………うん? 何かオカシイぞ?
 僕は御前様の【狗】ではあるが、【ヴァンパイア】の【狗】ではない。
 確かに勝手に【門】を作られたため、繋がってはいるが、それは非常に微弱だし、正直な所、この程度で【向こう側】から【此方側】へ力を引っ張ってくる事は出来ない。
 僕が思考の深みに嵌っている内にアイゼンはドコかに行ってしまったらしく、気付いた頃には既に一切の痕跡を残さず姿を消していた。
 僕もいつまでもこの様な場所で物思いに耽っている訳にもいかないので、腰を抜かして地面にへたり込んでしまっている何人かの使用人に愛想笑いをして足早にその場を後にした。
 選手専用の宿泊施設に着いた僕は、受付で簡単な手続きを済まして、通された部屋の明かりを灯して、手短に注意事項と説明を受け、使用人が部屋を後にした途端今迄感じた事のない疲労感と睡魔が襲ってきたため、衣服を脱ぐ事も湯に浸かる事もせず、寝台に身体を預けた。
 流石大陸と云うべきか、ここの所呪具の使用率が上がってしまっており、しかも何度かは呪具の平行励起を行ったせいで呪具からの侵食が早まってしまっている。
 うつ伏せになりながら右手を顔の近くに持ってきて、何度か軽く握る。
 呪具を眠らせれば、未だ【人間の感覚】だが、どれか一つでも発動してしまえば、たちどころにこの感覚は消え失せ、脳と脊髄以外の部位であれば、確実に死ぬであろう身体的損傷を受けても、冗談の様に元の状態へと修復してしまう。
 ルーンさんにあれだけ強く言葉を放ったが、ここまで侵食が進んでしまっていては、最早【人間】と呼ぶには遠過ぎる、か……。
 寝返りを打ち、うつ伏せから仰向けになって、深呼吸一つ。
 顔を横に向けて、寝台近くにある台に視線を向けて腕を伸ばすが、上に乗っかっている硝子の湯のみには届かない。
 しかし、ゆっくりを手を握ると、湯飲みは鈍い音を立てて粉々に砕け、中のお茶を床に迄広げた。
 閉じた時と同じ様にゆっくりと手を開き、今度は素早く何度か握って手の感覚を確かめる。
 ――大丈夫だ……未だ、この身体は僕の思う通りに動いてくれる……。
 この大陸への旅路は、御前様からの勅令を全うするためのものであり、もう一度、生きて祖国の地を踏めるとは思っていないが、勅令を全うする迄の間は動いてもらわなければならないからこそ、休める時には休み、定期的に身体の調子を見る必要がある。
 ……そう、本来なら身体の点検をしたい所なのだが、如何せんここの所のほぼ不眠不休の連戦と呪具の開放で、もうこれ以上動く事をしたくない。
 壁に掛けてあるランプの方に手を伸ばし、指を小さく曲げると、ランプの中の火は消えて、夜の闇が室内に迄訪れた。
 窓の外に目を向けると、城下町には酒場や夜の娯楽施設の明かりが疎らにあるだけで、それ以外は自然の暖かな月と星の瞬きだけがあり、瞳を閉じると直ぐに訪れた眠気に身体を任せる事にした。



「――なぁ、パット、さっきのアレ、どう思う?」
 俺は夜風に当たりながら安物の酒を口にして、ふと、室内付けの椅子に腰掛けて読書に勤しんでいる相棒に先程の激闘の感想を求めた。
「どう思うも何も、あの2人にとってはアレでも挨拶みたいなもんなんだよ? 悪いけど、天地が引っ繰り返らない限り、キッドに勝てる見込みなんてないよ」
「ホント、悪い事をズカズカと云ってくれるな、オマエは」
「ボクは事実を述べたまでだよ」
 それよりも――読んでいた本をテーブルに置き、立ち上がったパットが、窓の縁に肘を掛け、椅子に腰掛けながら酒を口にしている俺の隣に、自慢のロングブーツの音を立てながら移動して来た。
「そろそろ寝なくて良いの? 明日の相手はその出鱈目な2人の片方なんだよ?」
「そうなんだけどよ〜、なかなか寝付けないから、こうして美味くもない酒を呑んでいるって訳なんだよ」
 普段なら直ぐに小馬鹿にした様な内容の言葉が返って来る筈が、何故かないので不思議に思ったが、そこになって漸く、自分が云ってしまった内容に気付き、急いで否定しようとしたが、時既に遅し。
 いつの間にかパットはロンググローブとブーツを脱いでおり、俺の胸に枝垂れ掛かるように太腿の上に跨って来た。ヘソが見えてしまう程の最低限の箇所しか隠す機能を持っていないホットパンツ越しに伝わる熱、上気したように赤く艶を持った頬と唇に一瞬目を奪われ、流されそうになってしまうが、急いで視線を外して平静を装う。
 熱病に魘されているかと思われる程暑い吐息を耳に受け、背筋がむず痒い。
「ねぇ、キッド、ボク最近ずっとお預けでさ、そろそろ欲しいんだ」
「最近って云っても、未だ一週間も経っていないだろうが……」
「な、何てヒドイ事を云うんだ! ボク達【魔物】は、キミ達【人間】と違って、基本的に食べ物はタダの嗜好品になってしまっていて、【人間】の男の【精】以外じゃ、この空腹感を満たせないんだよ?!」
「んな事云っても、オマエ最初………………から抵抗なかったな、そう言えば……【アルプ】ってよ、【インキュバス】が突然変異をしたものなのに、何でかね〜」
「そりゃ〜、相手がキッドなら、抵抗なんてする訳ないじゃん。むしろ、幸せな気分で一杯になったよ」
 嬉しい事を言ってくれるね〜。
 こっちまで恥ずかしくなっちまうじゃねぇか。
 ……イヤ、まぁ、ツッコミ所が満載なのは、この際無視だ。
「あっ、今キッド照れてるんでしょ? ほれほれ、こっち向け向け」
 両手で顔を挟まれ、俺の腕の半分位の細さしかない腕の何処にそんな力があるというのか、抵抗していたら首から変な音が響いてきたので、諦めてパットに顔を向けると、いらぬ争い等を避けるため、普段は魔力で隠している後頭部から側頭部を伝って前方へ向かって生えている捻れた黒色の角と、腰の辺りから生えている羽に臀部の尻尾までその姿を現していた。
 角や羽等を隠す事に使用している幻術の分の魔力を【魅惑の瞳(チャーム・アイ)】へ移譲させ、それに当てられてしまった俺は、いつの間にかパットの服の中に手を入れ、若干汗ばみ、吸い付くような肌へと指を這わせていた。
 こ、このままじゃマズい……一旦離れなくては……。
 顔は両手で挟まれてしまっていて、視線を逸らす事が出来ず、かと云って身体を動かそうにも太腿を跨ぐ形で乗っかられているので、立つ事も出来ない状態で、そうこうしているウチに、男の本能を直接刺激された俺の左手は腰に、右手は服の中をゆっくりと胸へと移動して、遠慮がちではあるが、確かな膨らみの縁をなぞりながら、徐々に中心部へと進み、服の上からでも解る程主張している先端を軽くノックした。
「ゃぁんっ! ……も、もうぅ〜、キッドも本当はぁ〜、その気のくせにぃ〜」
「オマエが……【魅惑の瞳】を使う……から、だろう……」
 パットは力無く俺の胸に凭れかかり、耳元に口を近付けた。
「だぁってぇ〜、ボクゥ〜、凄くお腹が減ってるんだもぉ〜ん」
 言葉と共に熱い息が掛かり、背筋を何かが這い回る様な痒みを覚える。
「オ、オマエそう云って、この前は俺が寝込む程吸い取っちまっただろうが……」
「だ・か・ら・今回はちゃんと気を付けるからぁ〜、大丈夫だよぉ〜」
「………………ダメだ……」
「む、むう〜……それならぁ〜、せめて【食事】だけはさせてよぉ〜」
 最早我慢の限界なのか、惚けたような顔はこちらに向けたまま、右手が俺の股へと音もなく近付き、ダークブラウンのブーツカットジーンズのジッパーを下ろして来た。
「オ、オイッ! ダメだと云っているだろう?!」
「やぁ〜だぁ〜、ボク、もう限界だよぉ〜」
 どうやら冗談抜きでこれ以上はダメらしく、瞳に溜めた涙が零れて、ジッパーを下ろしたその手を中に突っ込み、ヒヤリと冷たい手が俺の陰茎を掴んで来た。
 うっ……――思わず漏れてしまった声を合意の合図を思ったのか、パットは俺の静止を無視して、身体を擦り付ける様に下がると、既にジーンズの外へと取り出された逸物に息が掛かる程顔を近付けて来た。
 逸物に湿った息が掛かり、背筋を羽根で撫でられる様な云い表し難い感覚が襲って来る。
「えへへぇ〜、キッドのココ、何度見ても惚れ惚れしちゃうよぉ〜」
「……俺のよりも大きいのは沢山あるだろうが……」
「んっふっふっふぅ〜、解ってないなぁ、キッドは。大きさ、硬さ、形……全部を総合して、最もバランスが良いって事だよぉ〜。ボクが未だ男の頃に、大きいだけなら、何度か見たけど、所詮はそれまでだったしねぇ〜。痛いだけとか、気持ち悪いだけで、もう論外だね」
「………………パット、本番無しの口だけなら、良いぞ……」
 えっ?!――俺からの突然の提案が予想外だったのか、一瞬だけ目を丸くしたまま固まってしまったパットだったが、直ぐにこっちまで恥ずかしくなるような、場違いに明るく眩しい笑顔を向けてきた。
「ありがとう、キッド! 大好きだよ! ――ん”ん”ん”っ!!」
「あっ、コううぅぅぅっ……!」
 云うが早いか、それなりに自信を持っている俺の分身を何の戸惑いも見せずに、その小さな口一杯に頬張り、更に喉奥迄飲み込んだ。
 流石【下の口】に対する【上の口】と呼ばれるだけあり、竿全体を包みこむ生暖かく、滑りに満ちた口内は、程良い締め付けと、喉奥に引き込まれる亀頭への強烈な吸込みを受け、思わず腰が浮いてしまう。
 喉奥を小突いてしまい、パットが小さく嘔吐いたので、腰を引こうとしたが、いつの間にか腰に手を回されていて、ガッチリとホールドされていた。
 頭部を前に突き出し、更に奥へと導かれ、吸い込みと締め付けが激しくなり、腰が動いてしまいそうになるが、パットに抑えつけられていてそれも叶わず、只々快楽を甘受するだけとなり、今にも爆発してしまいそうだ。
「パ、パット……このままだとヤバい、から……少しゆっくりとしてくれ……」
「ふぉふぁふぉ、しふぃふぁふふぇふぃふぃふぉ」
 言葉になってはいないが、何を云わんとしているか解るが、声を出そうとした時の振動を愚息に受け、本当に言葉の通りになってしまいそうだ。
 こんなご時世だし、何年も師匠と放浪の旅をしていたから、パットが初めてという訳じゃなく、もう何度もしているのに、この快楽は反則だ……【教会】が悪と決め付けて退けさせようとしている意味が何となく解るってもんだ。
 それなりに経験している俺ですらこうなんだから、教義でガチガチに固めているアイツらだった場合、何もかものを投げ出してしまう程だろうな。
 ……それはそれで楽しそうだが、そろそろ俺も本格的にヤバくなってきたぞ……。
 せり上がってくる射精感に耐え切れないと判断した俺は、パットの頭に手を添えて前後に振り、さっきの数倍に跳ね上がった快楽に声が漏れてしまうが、構わず動かして最後まで持っていく。
 喉奥を何度も突かれ、嘔吐く暇すらもなく、目元に涙を浮かべつつも、頬染めてその苦しみすらも快楽に変えて惚けてしまう【魔物】の性質に背筋を冷たい汗が伝うが、それら全てを含めて俺はパットを受け入れた。
 腰も使い、奥を突いた所で、限界が訪れ、一度大きく跳ねると同時に欲望を吐き出し事を合図に、何度も跳ねてパットの喉へ精液を叩き付ける。
 久し振りであったからか、漸く射精が止まったので、パットの口から陰茎を引き抜こうと頭を持ち上げようとしたが、未だ満足していないのか、動かずに咥え込んでいるので、どうしたものか、っと疑問に思ったのも束の間、頬を凹まし、淫靡な音を立てる程の吸い込みをいきなり開始してきた。
「うっはああぁあぁぁぁ………………」
 気を抜いていた所にされた事もあり、情けない声と共に、再度何度か射精してしまった。
 何度跳ねても、もうこれ以上は出ないって所まで絞りとると、最後に一度強く吸い込み、尿道に残っていたのまで回収した所で漸くパットは顔を上げた。
「ご馳走さまでした」
「さ、さいですか……」
 さてと――そう云うと、パットは立ち上がり、ホットパンツに手を掛けて下着ごと下ろそうとしたので、急いで静止させた。
「ヲイ、何でそこで服を脱ぎ出す?」
「えっ? だって、これから一番楽しい所でしょ??」
「……俺の云った事、覚えているか?」
「今日はガンガン中だ――イタッ!!」
 思わず何でも許してしまいたくなる様な笑顔と共に、頭痛が痛いと云ってしまいたくなる内容を口に出そうとしたので、手加減抜きで脳天に拳骨を落とした。
「俺は、今日は、本番なしの、口だけなら、良いって云ったんだ!」
「えっ? だから、下の――お、おうけ〜、落ち着こうか、キッド……股間のモノならいつでも大歓迎だけど、そっちの暴れん坊はちょ〜っと洒落にならないからさ……」
 これ以上は何を云っても自分の意見を押し通そうとするだろう事が容易に想像出来たので、こちらもそれに応えるべく、ホルスターに差していた銃を手に持ち銃口を向けた。
「これ以上されたら、俺も洒落にならん。解ったのなら、もう今日は寝るぞ」
「っ?! 一緒に――」
「襲いかかってこないのなら、良いぞ」
 もういろいろとメンドクサクなった俺は、適当に答え、ベッドに横になると、空かさずパットも飛び込み、腕にしがみついてきた。
「にゃはははぁ〜、やっぱりここは落ち着くわ〜」
「そうかい、そりゃ結構なこった」
 ほれ寝ろ、やれ寝ろ、さっさと寝ろ――っとパットの頭を雑に撫でたので、何か抗議を云ってくるよりも先に指を鳴らし、部屋のランプを消して夜の帳を落とした。
 途端にパットは静かになり、俺の腕への圧迫感が強くなった。

 ……やっぱり、何年経ってもダメなモノはダメ、か……。

 今度は壊れ物に触れる様、優しく頭を撫でると、腕の圧迫感が和らいだ。
 何度かそうしていると、いつの間にか寝てしまったのか、規則正しい吐息が聞こえてきたので、撫でる手を止めて俺も本格的に寝る準備に入った。
 明日当たるアイツが腰に差していたあの剣は【カタナ】と呼ばれる【ジパング】独自の剣と聞いた事がある。
 通常の剣では【斬る】と【突く】はそれぞれ特化したものしかないが、あの【カタナ】と呼ばれる剣は、その両方を高い水準で兼ね備え、更に装飾品によっては【家】を特定出来るらしい。
 そして、アイツが差していた【カタナ】の柄と刃の堺にある輪っか状の装飾品は、俺とパットが探しているあの化物と【同じ形と模様】をしていた……偶然かもしれないが、何かしらの繋がりはある筈だ。
 大きな街に出れば何かしらの情報を得られると単純な考えで飛び出したが、明日の勝敗次第では、思わぬ収穫を得られるかもしれない。
 けれども、明日当たるアイツは、正直、出来る事なら戦いたくない部類の相手だ。
 何せ、軽く見積もっても、このクラスの国ですら消滅させれる程の力を秘めた呪具を3つ、【直接】身体に埋め込み、その上、これは勘になっちまうが、それ迄の呪具全てが可愛く見えちまう何かをアイツはその身体に封印している感じがする。
 アイツが力を発動する度にチラつく、その内奥深くに存在する超常なるモノの気配……薄気味悪いを通り越し、吐き気すら催す圧倒的な雰囲気に、ちょっとでも感の鋭い奴なら、自然と会う事を避けている状態だ。
 あんなのに敢えて関わろうとするのは、余程の自信家か、バカかの二択だな。
 そして、俺程度の実力で関わろうとしているんだから、俺はバカの方だな……。
 でも、それでも、俺は――。

 ふっ――っと俺の右手に柔らかく手を添えられた。

「――キッド、震えてるよ」
「……武者震いだ」
「そう……」
「起きて、いたのか?」
「ううん、今起きたばっかり」
「そうか……」
 お互いにそれ以上語らず、瞼を閉じていると、添えられた手をギュッ――っと強く握られた。
「キッド、ボクとキミは、文字通り【一心同体】だよ。キミが死ぬ時が、ボクの死ぬ時であり、ボクの死ぬ時が、キミの死ぬ時だ。この制約があるからこそ、キミもボクも短期間でここまでの力を得られたんだよ。この【制約に依る能力の爆発的向上】は明日の対戦相手にも云える事だけど、ボク達とアイツだと決定的に違う所があって、それがある限り、キッドは負けない……ううん、負けられないんだ」
 それはね――手を離され、頭をゆっくりと抱き締められた。
 鼻孔を柔らかな香りに擽られ、強張ってしまっていた身体が緩む。
「アイツの場合は、【一方的】だけど、ボクとキッドの場合は【共有】なんだ。命は勿論、力だってその範疇さ。キッド一人じゃ届かなくても、ボクの力を使えば良い。そうすれば、アイツに届くし、もしかしたら、超えられるかもしれない。それなのに負けたら、キッドの一番嫌う【格好悪い奴】になっちゃうだろう?」
 違う?――月明かりの中、先程迄俺の性を貪る事しか頭になかった【魔物】とは思えない慈愛に満ちた微笑みを携えたパットに俺も頬を緩ませて応える。
「当たり前だ。パット、オマエが居る限り、俺は誰よりも強くて、誰よりも格好良くいられんだからな。負ける訳がない」
「そうそう、その調子」
 余り膨らみはないが、それなりに主張している胸に抱き抱えられた。
「――愛してるよ、キッド」
「俺もだ、パット」



「これより、準決勝戦を開始します! 両選手は闘技場へ!」
 自分が呼ばれたのを合図に、雲1つ無い晴天の下に存在する、勝ち抜き戦や前回戦迄の4つに分けられていたのを1つにした大きさを有する闘技場に足を運ぶ。
 控え室から闘技場へと続く通路を抜けて姿を現すと、もう何度目になるか解らない、地を揺るがす、最早只の叫び声となった声援を受け、石畳の誘導路を進み、石造りの短い階段を上り、闘技場へと足を乗せる。
 丁度相手も闘技場に姿を見せたので、立ち位置へとゆっくりと進みながら対戦相手を観察する。
 裾に行くと若干幅広になっている焦茶色で麻製と思われる直垂よりも肌に密着する形の物を穿き、履き物は硬い皮を使用した足の甲から足首、物によっては脛の辺り迄ある具足の様な物を履いている。
 上は下に穿いている物と同じ様な素材の短い羽織りの様な物を、シャツと呼ばれる上着の上に羽織っている。
 そして、頭部に両端を護謨に似た物でで繋いだ大型の眼鏡の様な物を装着している。
 多分あれは目を守る物であると思うが、それ意外にも何かしらの意味があるのだろう。でなければ、戦いに於いて、重要な感覚の1つである視覚に何かを挟む等という命に関わる行為をする筈がない。
 瞳は色素の薄い青で、鼻が高いのは大陸の人種特有だが、髪の毛が僕と同じく黒いのは久し振りに見た。
 それに彫りも若干薄く、何処と無く故郷の【ジパング】人を思わせる顔の作り。もしかしたら、彼は昔大陸に渡った【ジパング】人と何らかの繋がりがあるのかもしれないな。
 一通り調べてみたが、今迄見てきた大陸の人と余り変わらないが、2つだけ奇妙な事がある。
 1つはこれと云った武器を身に付けていない服装なのと、もう1つは、腰に差している金属製の筒状の様な物だ。
 前者は、まぁ、乱波の者ならそれ位の事は造作も無いので、余り気にはしないが、後者の物がどうも引っ掛かる。
 形状的には短筒に似ているが、回転式の機構が見られるし、もし短筒にしたとしても、かなりの小型の部類入る。
 体軸は通っているが、状態が左右に流れる足運びからして、近接戦闘を得意とする様には見受けら得れないので、あの腰に差している物を獲物だと仮定すると、飛び道具関連、もしくは【魔術】を得意とする者となる。
 だとすると、如何に自分の間合いに引き込めるかが勝負の分かれ目になるな。
 相手と約5間程離れている立ち位置に着いたので歩みを止めて対峙する。
「――なぁ、シンジョウだっけ? オマエ?」
「え、えぇ、そうですが……何か?」
 突然の声掛けに驚き、少々間抜けな返答をしてしまった。
「俺はキドランドゥ=シルファって云うんだが……まぁ、長いし呼び難いから、キッドって呼んでくれ。んでな、ちょっと確認と取引をしたいんだが……良いか?」
 キッドと名乗り、一方的に取引を持ち掛けて来たため、今一つ意図が読めないが、もしかすると何かしらの有力な情報得られるかもしれないので、応える事にした。
「内容次第ですね」
「まっ、そりゃそうだな………………でだ、早速話を進めさせてもらうが、俺はオマエのカタナに付けているその輪っか状の装飾品と【全く同じ形】をした物を付けているカタナを扱う奴の情報を持っている」
 鯉口を切り、いつでも抜刀できる状態へと構える。
「おっ、反応あり、だな」
「えぇ、まぁ、非常に興味の有る内容でしたので、気を引き締めて聞いたほうが良いと思いましてね」
「んじゃ、話が早い。オマエが勝ったら、俺の知ってるアイツの情報を全部教えるが、俺が勝ったら、オマエが知ってるアイツに関する情報を全部よこす、でどうだ?」
「………………是非もない……」
 ゆっくりと刀を引き抜き、刃紋一つ無い、只斬る事のみを目的とし、特化させた刀身を顕にさせる。
 僕が戦闘態勢に入ったのを確認すると、キッドと名乗った青年も左腰に差してた金属製の筒状の物を引き抜きつつ、左手で頭部の大型眼鏡の様な物を目に掛けた。
 そして、回転機構が組み込まれた短筒の射出口をこちら向けてきた。
「さて、勝負といこうか」

「――準決勝戦、始め!!」

 話が纏まった所で、丁度良く開始の合図がきたので、膝を曲げて体勢を低くしつつ、一気に駆け出す。
 キッドが指を軽く曲げると、短筒の回転機構が回り、撃鉄が動いて破裂音と共に射出口から弾丸が放た――違う?!
 咄嗟に刀を振るって高速で飛来してきた光弾を2つに分けるが、僕の両サイドを通過した光弾は地面に触れると、直撃すれば【魔物】ですら消し飛ばせる程の爆発が起こり、圧縮された空気が僕の背中を押してきた。
「……只の短筒ではありませんね?……」
「タンヅツ? ……よく解らないが、俺のこれは大型だが、拳銃って呼ばれるもんだ。本来は弾をこのリボルバーに込めて弾丸を放つ所なんだけど、俺はこれをマジックワンド代わりに使って、弾じゃなくて魔力を込め、魔術を放つんだ」
「まじっくわんど? ………………あぁ〜、杖の代わりですか。確か魔術師の方はその発露に使用する物が己の心象内に合う物である程威力が増すと聞いた事があります」
「ほぉ〜、アンタにそれを教えた奴は、なかなか魔法に詳しいな。魔法ってのは、メンタルに左右されるから、自分のイメージに合う物程威力や効果が飛躍的に上がるんだ。ただ、まぁ、それよりも――」
 短筒の射出口を再び僕に向けてきた。
「亜音速で飛ぶ俺の光弾を叩き切るアンタのその力量の方が俺は怖いな」
 いつ光弾が飛来しても対応出来るよう、振り抜いた残心を解き、腰だめに構える。
「射出口の向き、手首の角度、腕の筋の強張方、視線の先――如何に優れた銃士でも、標的に射出口を向けなければ当てる事は不可能なので、後は筋の動きから放たれる時を予測すれば、対応出来ないものではありません」
「簡単に云ってくれるが、その理屈通りに出来れば苦労しないってもんだぜ」
「武士を自負するのなら、これ位出来て当然です。大陸からの技術によって鉄砲が主流となった昨今の戦場では、これ位出来なくては生き残る事は不可能ですからね」
 挑発的に答え相手の出方を伺う。
「成る程な……その理屈で行くと、オマエはその鉄砲が主流の戦場を幾つも生き抜いて来た猛者って訳だな」
 キッドの拳銃と呼んでいる短筒の回転機構――りぼるばー部に装填されている【氣】が淡い靄となって立ち上る。
 言動から粗暴な学の足らない気の短い男かと思ったが、魔術師だけあり、あの一合と先のやりとりだけで僕の力量を見極め、本気になった様だ。
 そうなると、次にあの拳銃から放たれる魔術は先の比ではなくなるし、叩き斬られる事を前提とした場合、何かしらの対応をしている筈だから、今後放たれる光弾は避けるに越した事はないな。
 ならば――。
 僕は刀を鞘に収め、相手から自分の獲物が身体の影になって見えぬ様、右半身の構えを取った。
「うん? 真逆と思うが、降参でもしれくれるのか?」
「それこそ、真逆、ですよ」
 闘技場が大きくなったため、相手との距離は約5間。
 あの【氣】を装填された拳銃が通常の短筒と同じか解らないが、短筒の様な銃身が短い飛び道具が最も得意とし、僕ら武士が一足では届かない距離。
 摺り足で近寄るが、キッドはその分後ろに退き、斜め前に出て円を描く様に近寄ろとすると、今度は同じように螺旋状に動き、必ず距離を一定に保とうとする。
 ふむ、どうやらこのキッドという青年は、近接戦闘を得意とする相手ともそれなりの経験を積んでいるようだ。
 如何なる戦闘行為に関しても【距離】は非常に重要な要素となるが、事飛び道具に至っては、これが最も顕著になる獲物だ。
 近過ぎれば近接戦闘に於いて一日の長がある武術家に分があり、遠過ぎれば狙いが定まり難い上に威力も非常に弱いものとなってしまう。
 そして、この距離は僕からは遠く、相手には必殺の間合い――っという訳か……。
 金属どうしがぶつかりあう独特な音と同時に光弾が高速で飛来してきたが、視線をそのままに首を軽く傾げる事で避ける。
「……目を瞑らなきゃ視線もズレやしねぇ……これだから【ジパング】の騎士である【サムライ】は質が悪い……」
「互いに必殺の一撃を持ち、気を抜いた瞬間に命を狩られる対峙中に、一瞬でも相手を視界から失うのは致命的ですから、ね!」
 云い終えると同時に飛び出し、キッドとの距離を一気に詰めるが、同じ位の速さで後ろに飛び退いて距離を保ちつつ、射出口がこちらに向いて来たので、照準が僕に定まる瞬間に右斜め前に飛び出して射線上から身体を外す。
 僕を通過するよりも早く、光弾が当たらないと判断したキッドは、直ぐ様照準を僕に合わせて来たが、今度は左斜め前に移動して避ける。
 照準が合わさっても引き金を絞らない間は真っ直ぐに進み、人差し指が動いて撃鉄がある程度の所迄下がった所で射線上から身体を外す。
 放たれた光弾は、亜音速だけあり、球ではなく線の様に見えて僕の直ぐ近くを通過し、観客を守るための防御障壁に触れて爆散する。
 光弾を放たれる瞬間に左右に不規則に移動して避けながら徐々に距離を詰める。
「クッ! 流石場馴れしているだけありやがる!!」

 ――可笑しい……。

 言葉では焦っているが行動が伴っていない。
 それに僕の動きに合わせられる程の速さで動きながら、一切振れずに照準を合わせられる腕を持っているからなのか、一番的が大きい身体でなくて足を狙って来る。そのため、簡単に避けられる上に、その避けた光弾も闘技場に着弾して爆散するけど、爆発の規模が障壁時程でない。
 僕の動きを阻害するつもりなら、むしろ、爆散する規模を大きくして、足元を吹き飛ばして隙を作るか、圧縮された空気の壁で圧し潰して体勢を崩させる方が定石の筈だ。
 ここは一旦相手の出方をもう一度――。

「バンッ」

 僕が動きを若干緩めて身構えた所で、キッドが拳銃を持っていない左手の人差し指と親指を伸ばして銃の様な形を取ると、僕に向けて手の銃を撃ってきた。
 無論、魔術師なので何か飛来してくるのかと思ったが、何の【氣】の動きもなく、只の挑発と考えた瞬間、僕の周りにあった光弾によって空けられた闘技場の穴から何かが高速で飛来してきた。
 瞬時に避けるためには飛び上がるしかなく、飛び道具を持っている相手にそれは致命的だと判断した僕は、足を開き、濃口を切りつつ鞘を寝かせ、腰のキレと上半身の開きを利用して飛来して来た何かを空を断つ速さで斬り付ける。
 しかし、切断された何かの分断された方が、勢い良く膨らみ、破裂したので、左腕で咄嗟に顔を庇ったが、飛散した何かは腕や身体に張り付くだけで、特にこれといった攻撃性を持っている訳ではなかったが、それらが突然紐状になり、他の紐状のに触れるとそこから枝葉を伸ばす様に網目状に広がり、僕の身体を覆ってきた。

 ――これは拙い!!

 刀を当てて零距離から一気に斬り裂くが、粘性が高い上に動かせる範囲も狭いため右腕が少し動かせる程度までしか斬れず、もう一度と刀を当てた所で、金属特有の鈍く甲高い音が耳に届いた。
 ゆっくりと顔をそちらに向けるとキッドが手にしている大型の拳銃の射出口がこちらを向いていた。
「アンタの様な自分の命すらも天秤に掛ける輩を諦めされる手段を俺は持っていない……悪いが腕か足の一本はもらうぜ」
 そして、指が曲げられ、撃鉄が動いて回転機構が回り、これまでと違い、破裂音と共に中心部に弾丸が込められた光弾が放たれる。
 だが、僕のこの身体は御前様からの預かり物だ。
 例え一部であろうとも、くれてやるつもりはない。
 飛来する光弾に集中し真芯を見極める。
 最小限の動きで右腕を肩の高さまで上げて、刀を両肩と平行構える。
 短く息を吐いて丹田へ気【氣】を落とし、身体が上半身が弛緩した所で膝を締め、股関節を開き、腰を回して、例え拘束されていようとも制限出来ない体軸を利用して円運動をおこし、足元から上半身へと螺旋状に徐々に大きくなった力を肩を通して刀へと伝え、光弾を穿つ。
 凄まじい衝撃が刀の先端から腕に響く確かな手応え。
 だが――。



 破壊する事に特化した指向性魔術コーディングを施した強装弾(ホットロード)による只威力のみを追求した一撃。
 おかげで手は痺れるし、腕は震え、肩は拳銃からの想像を絶する衝撃で悲鳴をあげる始末で、何一つとして良い事はないが、面制圧を得意とする魔術を一点突破に特化したおかげで、直撃すれば力を開放した【ドラゴン】ですら一撃で屠れる威力だ。
 未だに噴煙が舞う中、震える手で中折れ式の回転式弾倉から空になった薬莢を弾き出し、弾倉の具合を簡単に確認して連続しての使用に支障がない事が解ったので、使うとは思わないが、念の為に強装弾を装填して、銃を元に戻し魔力も込めた。
「俺が出来る最大の破壊力を持った魔術と連続して使用した場合、銃が自壊してしまう虎の子出鱈目弾の組み合わせ――これで何ともなかったら、流石の俺でも泣くぞ……」
 頬を風が撫で、徐々にだが噴煙を吹き消す。
「………………あ〜、やっぱり俺泣いても良いか?」
「ふぅ〜……何故そうなるか解りませんが……男児たるもの、泣いて良いのは、親が亡くなった……時だけですよ……くっ……」
 タダ、まぁ、1つだけ未だ自信を持てるのは、俺の一撃を真っ向から相手をした右腕を中心に致命的なダメージを受けている所で、特に右腕は原型を留めない程に滅茶苦茶になっている……が、あのカタナは何で出来ているんだ?
 俺からの全力を真っ向勝負で傷一つなく、それを操っていた方の腕が滅茶苦茶って……逆を云えば、真芯を打ち抜いたからこそ、衝撃の全てがカタナを通過して腕にいったって事だが、それでも最初のインパクトで砕けない所で最早出鱈目としか云い用がない。
 だが、幾ら武器が強力でも、骨が砕けて飛びだし、曲がっちゃいけない方向に何度も曲がってしまっているあの状態じゃ使えないし、あそこまで酷い状態じゃ例え【禁呪眼】を開放した所で、復元は無理だろう。
 もし今この瞬間に戦える状態まで回復させられるとしたら、それは【魔物】の中でも上級に位置する【ヴァンパイア】や【ドラゴン】のそれも【長寿者(エルダー)】、【古代種(エンシェント)】クラスでないと不可能だ。
 流石に俺の拘束制御術式では自分の最大攻撃に耐えられずに消し飛んだが、これだけのダメージの上に肩で息をしている程だ。今この瞬間に戦える状態になるのは絶望的だと判断した俺は、カズマに照準を合わせながら言葉を投げ掛ける。
「その腕とダメージじゃ、もう戦うのは無理だ。ここで棄権してくれると、これ以上攻撃を加えなくて済んで心が楽になるんだが、どうかな?」
「それは……僕もこれ以上痛い思いをしなくて済む、何とも魅力的な提案ですが……非常に残念な事に僕も諦める訳にはいかないので、続きといきましょうか……」
 シンジョウの左腕がゆっくりと上がり、眼帯へ移動しだしたので、咄嗟に銃を持ち上げて撃ち抜くが、装填されているのが強装弾である事を引き金を絞り切る瞬間に思い出したので、慌てて足場を固めて吹っ飛ばされない様に構えた。
 手の中で何かが爆発した様な衝撃を受け、腕から肩にかけて骨と筋肉の両方が悲鳴を上げた。
 大量の発射火炎ガスと共に魔力コーディングを施した弾丸が音速を超えてシンジョウに襲いかかる。
 後少しで眼帯に手が届き、外す段階であったが、弾丸が肘の辺りに触れた途端、骨と肉を巻き込み、腕であったものを挽肉にしながら突き進み、内部にめり込んだ所で魔術が発動して爆発を巻き起こす。
 爆炎がカズマの左腕を中心に身体を飲み込む。
「ま、拙い! オーバーキ――」

 ――轟っ!!!

 突風と共に爆炎が一瞬にして吸い込まれる様にして治まり、シンジョウが姿を現した。
 俺の最大攻撃を2回受けて、最早原型を留めていなかった両腕や、肉が削げ、一部は骨まで見えていた全身も冗談の様に綺麗に元に戻っており、左目に直接埋め込まれている【禁呪眼】から溢れ出る余剰魔力が焔の様に揺らめく。
「いやはや、流石に今のは危なかった……右腕は砕かれるし、左腕は吹き飛ばされるしで、かなり厳しい状況でしたが、威力が有り過ぎたおかげで、逆に眼帯も吹き飛ばされて【禁呪眼】が開放出来ましたよ」
 飄々とした口調と言葉とは裏腹に、俺程度の実力では触れただけで一瞬にして消し炭に出来る程の出鱈目な魔力を身に纏い、収まり切らない一部が放電や突風の自然現象へ変換されて周囲の環境を変えだす。
 元々俺ら【人間】が使う【魔法】や【魔術】は超常なる存在の力を借りて何かしらの超自然的現象を発生させるものであり、【魔力】はその変換させるための謂わばエネルギー材料だ。
 それ故に、何かしらの【魔法】や【魔術】に変換されなかった【魔力】は、純粋なエネルギーであるので、この世の【法則】に則り、内在されているエネルギー量に見合う【この世界の現象】に強制変換される。
 んで、変換された先が自然現象の中でも想像を絶するエネルギーを内包する【放電】や【突風】ね……やってらんね〜。
 それに、コイツの今迄の戦いを見ていたが、一部の【魔法】以外は全て【無詠唱】で行使している所や、中には明らかに【行使課程が現代魔術と一線を画すモノ】、【結果のみが顕現したモノ】があったから、【魔物】の中でも極一部の超上級クラスと同等の能力を持っているって事だろう。
 心身操作術だって、俺が今迄戦った事のある奴の中でも最上位だし、ホント、勝てる要素が見当たらねぇ……。
 だが――。

「俺も諦める訳にはいかないから、続きといかせてもらうぜ」
「………………相手に痛い思いをさせる際に必要なものは?」
「ん? ……んなの、自分も痛い思いをする覚悟だろ」

「正解」
「っ?!!」

 十メートルは開いていたであろう距離をいつの間にか詰めていて、突然目の前から声が聞こえた俺は、カズマが何かを薙いだので、その軌道から身体を守る形で銃の下部を置くと凄まじい衝撃を受け、余りの重さに腕ごと後方へ弾き飛ばされ、鈍い音が肩から響いてきた。

「ほぉ、その拳銃はなかなか良い素材を使っていますね」

 遅れてやってくる激痛に肩が外れた事を確信したが、一撃で仕留められなかった場合、続く攻撃をするのがセロリーなので、俺は慌てて左手にしている指輪を起動させて魔力障壁を展開――。

「その程度では無理ですよ」

 ――一閃。
 そう……正に光の線が通過したとしか認識出来ない程の速さで何かが俺の腕を通過した。
 埋め込まれている魔力増強、制御用の宝石が砕けている所から、指輪の起動は間に合ったが、障壁の限度を超える負荷があの光の線に込められていて、突破されたのか……。
 スローモーションの様に前腕の半ば程に赤い筋が浮かび上がり、腕の周囲を回り切ると滴る程の赤い液体を流しながら、筋を中心に腕の前後が【ズレ】た。
 脳髄に直接叩き込まれる激痛に奥歯が軋む程噛み締めて耐え、左腕を右手側に移動して肩が外れているので、余り力めないが傷口周辺を圧迫して出血を抑える。
 左腕に気を取られていると、大腿部を風が通り過ぎ、パックリと開いた。
 太い血管を避けて筋のみを斬られたからなのか、腕程の出血はないが、力が待ったく入らず、膝を着いた。
 痛みが強過ぎると神経がやられて全身が痙攣するとは聞いていたが、真逆自分が経験する事になるとはな……。
 カタナの背を顎の下に当てられ、震える頭をゆっくりと上げさせられる。
 出血が多過ぎるせいで、霞む視線の先に圧倒的存在感を背後に少年が悲しそうな顔をして立っていた。
 あの背後に揺らめく幾つもある影は何だろうか?
 それにこの魂ごと押し潰されそうになる絶対的な存在感……あの少年の内奥深く、その深淵に居るアレは一体……。
「ここで棄権してくれると、僕としてはこれ以上の良心の呵責に悩まされなくて済むので、どうでしょうか?」
「今度は……俺の番、かよ……非常に、残念だが………………俺は、オマエ、みたいな……秘密道具を、持って、いないから……な……」
「理解が早くて助かります」
 カタナを引いて収めたのを確認した俺は最後に一言だけ伝えた。
「腕の、良い……医療魔術者、を、頼む……」
「非常に腕の良い方に心当たりがありますから、任せて下さい」
 自嘲気味に軽く笑った所で俺は意識を手放した。
11/08/15 22:20更新 / 黒猫
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■作者メッセージ
お久しぶりです、黒猫です。

せめて2ヶ月に1回位のペースでコンスタントに
投下し続ける予定でしたが、
リアルが繁忙期にはいてしまい、
若干期間が空いてしまいました……。

今回は若干そっち系を入れてみたのですが、
どうも……こう、なかなかくるように
上手くいきませんね……。

では、今回はこの辺りで失礼します。

今回も当作品を読んでいただきまして、
ありがとうございます。

今後とも、よろしくお願いいたします。

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