連載小説
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第六話:武闘大会【休憩編】
 ルーンさんの【空間転移】により連れて来られた先は、古今東西の様々な調度品が所狭しと並べられており、煩雑さの中にも何処か調律の取れた非常に表現し難い独特な雰囲気を醸し出している部屋であった。
 余りの整頓されていない状況に眩暈の様なものを感じつつもそこかしこに鎮座している調度品を眺めていると、捕まれている腕を引っ張られたので、それに従い付いて行った先には、何故かその一カ所だけ調度品が一切なく、ポッカリと空いた空間に、丸形の大きめなテーブルが有り、椅子に腰掛けながら優雅に茶をしているクスィーさんが居た。
 そのまま椅子に座るように促されたので、素直に従うと、椅子に腰掛けた途端、何処からともなくティーセットと呼ばれるお茶の器具が空中を漂って僕の前まで移動してきて、お皿、カップ、スプーンの順に静かにお茶の準備を完了させた。
「ご苦労だったな」
 労いの言葉と共にクスィーさんにお茶を煎れてもらったので、軽く会釈をして口を付ける。
 う〜ん、大陸のお茶は嫌いじゃないが、香りが若干キツイので、やっぱり【ジパング】の方が好きだな。
「――じゃなくて、お二人共寛ぎ過ぎですよ」
「常に気を張っていると、疲れてしまうぞ」
「いや、まぁ、そうですけど……」
「それにじゃ、何かあったとしても、ワシ等には優秀な部下がおるので、大体は片付けてくれる。将というのは、イザという時以外はドーンと構えていて、下の者に余裕を見せてなければ駄目じゃ」
 自分の分のお茶の器具を持って来て、既に寛ぎ状態になってしまっているルーンさんの言葉を受け、一理あると思った上に、何かを云ったとしてもこれ以上先に進まないと感じた僕は、大人しくお茶を楽しむ事にした。
「………………さて、それじゃ、依頼したモノをくれんかのぅ?」
 時計の針の音すらせず、お茶の器具である陶磁器独特の乾いた音だけが響く静寂を破ったルーンさんの言葉を受け、漸く先に進める安堵と共に袖の中から、先の戦いで男を【密封】した水晶玉を取り出し、手渡した。
 水晶玉を受け取ると、ルーンさんは、ふむふむ――っと空に翳したり、顔近付けたりして、頷きながら眺め、何かを確信したのか一度だけ大きく頷くと、視線を向けてきた。
「見事な術式じゃな」
 水晶玉をクスィーさんへと投げ渡す。
「ここまで緻密で精度の高いモノだと、ワシでも解除するのは至難の業じゃが――」
 僕の眼前を横切った水晶玉は、クスィーさんに親指で弾かれ上空へと跳ね上がった。
 厭な予感がし、水晶玉を目で追っていると、スフィーさんが紅茶のカップを置くと同時に、座っている彼女の胸の高さに来た水晶玉を何かが高速で薙いだ。
「世の中には【力業】という素晴らしい言葉があるのでの、それを使わせてもらうわい」
 何かに薙がれた水晶玉は一瞬だけ中空で不自然な停止をするも、直ぐに落下を開始して、テーブルにぶつかって2つに割れ、そのまま床へと落ちてしまった。
 床に落ちた水晶玉から閃光が発せられたると同時に椅子から飛び上がるように腰を上げて、いつでも戦闘へ移れるよう鯉口を切った。

「そんなに構えなくても大丈夫じゃ」

 光が収束し、漸く事態を確認できた僕は、ルーンさんが何故あんな気の抜けた事を言っていたのかを理解したので、柄を軽く押して刀を鞘へと納め、臨戦態勢を解除した。
「【魔術式拘束制御専用造糸(スペル・スパイダー・バインド)】――ワシが編み出した、対象の拘束のみを目的とした術式じゃ」
 【名は体を表す】の言葉通り、蜘蛛の糸状の氣が【魔物】の強大な膂力を凌駕し、僕の【四肢捕縛陣】すらも純粋な力のみで破りかけたあの男を床の上に大の字に拘束し、抵抗らしい抵抗を行えぬよう、行動を制限していた。
 流石【バフォメット】と云うべきか、独自の魔術を編み出すだけでなく、威力も並みの者を遥かに越えている。
「どうじゃ? 何の抵抗も出来んじゃろ? 本来ならば素直じゃない【使い魔】の教育用に開発したのじゃが、なかなかどうして他への転用も悪くないと思っての、こうして拘束用にも利用してるって所じゃ」
 それじゃ、尋問を始めるかの――闇雲に手足を動く範囲で振り回す男に近寄った【バフォメット】は、徐に右手を持ち上げると掌が淡く光だし、それを男の頭へと叩き付けた。
 途端、男の身体が一度だけ大きく跳ねたが、直ぐに静かになり、口から空気が漏れる様な声がするだけになった。
「ふむふむ……成る程、成る程………………ははぁ〜ん、そうなるのか……オッケー、オッケー……」
 お疲れ様じゃ――一頻り頷き、何に納得したのか、大きく首を縦に振った直後、いつの間にか左手に注射器の様な物を持っており、それを男の胸に勢い良く突き刺した。
 注射器から何かを注入された男は、目を見開き、口を裂けんばかりに大きく開き、思わず耳を塞いでしまう程の叫び声をあげた。

「あ"あ"あ"あ"あ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"っ!!!!!!」

 【魔術式拘束制御専用造糸(スペル・スパイダー・バインド】で押さえ付けられているが、先程の比ではない位造糸が引き伸ばされ、流石にこれは抜けられてしまうのではないかと思ってしまった程だ。
 腕や足が叩き付けられた床にヒビが入り、叩き付けた方もその衝撃に耐えられないのか、嫌な音を響かせて形を変形させたが、直ぐに鈍い音を立てて元の形状へと戻っていた。
 一般的な女性や子供には決して見せられない凄惨な光景を前に、場違いな程優雅にお茶を飲んでいる【デュラハン】に近寄り、耳打ちした。
「あの注入した薬品は一体何ですか?」
「【奇跡の残り香(マーベル・リンガー)】の逆転写超高等術式合成薬さ」
「逆……転写……??」
 ふむ――っと紫色の女騎士が口にしていたカップをテーブルの上に置いた。
「唯の転写では元の薬品と変わらないのでな、それらの魔法としての効果相位を全て逆にし、元の人間に戻すのが目的の薬品だ」
 が――っと椅子から立ち上がり、未だに叫び声をあげ、手足を壊しては再生を繰り返している男へ視線を向けた。
「やはりと云うか、一度人間であるが人間ではないモノにされてしまったモノを戻す事は叶わなかったため、内包する膨大な魔力を利用させてもらい、少々違うモノに変換させる事にしたのだ」
 それがアレ――【デュラハン】が指を刺した先に視線を向けると、いつの間にか叫び声が止まり、身体を拘束していた造糸から開放されている男が肩で息をしていた。
「【再構成】完了じゃ」
 【バフォメット】の言葉が気になり、制空権内に居る男の氣を調べた所で、漸く合点がいった。
「あぁ……【インキュバス】にしたのですね……」
「まぁ〜のぉ〜……けれども、投与した【逆転写高等術式合成薬(コレ)】は、逆転写じゃから、事前に【奇跡の残り香(マーベル・リンガー)】が投与されていなれば駄目じゃし、余りにも末期の状態でも効果がないんじゃ」
 スフィー――っと名前を呼ばれた【デュラハン】は、未だに床の上に伸びて息を整えている男の襟首を掴むと、片手で軽々と持ち上げた。
「えっ? えぇえっ??!」
「なかなか面白い情報、ご苦労であった」
 パチン――っと【バフォメット】が指を鳴らすと、持ち上げられている男の足元に突然穴が開き、【デュラハン】は表情を一切崩さず手を離した。
 驚きの声が尾を引いて遠ざかっていき、聞こえなくなった所で穴が閉じて、先程迄の凶行なぞなかったかの如く、2人は椅子に腰を下ろしてお茶の続きへと移った。
「………………いや、そのですね……流石にこうも何の説明もなく物事を淡々と進められても、僕は困ってしまうだけです……」
「おぉ、そうであった、すまない、すまない」
 ルーンさんに笑い乍肩を叩かれ、クスィーさんが小さく椅子を引いて座るように促されたので、話を進ませるためにも従う事にした。
「アヤツの頭の中――まぁ、記憶じゃな――それを直接覘かせてもらったのじゃ。名はカール・セッター。歳は23。家族は……っと、これはいらんの………………余計な事を言っても時間の無駄なので、肝心な部分だけにするが……案の定、アヤツは何の訓練もされていない【タダの農民】じゃ」
「タダの農民……ですか……」
「そう、タダの農民じゃ」
「………………最悪ですね」
「あぁ、最悪じゃ」
 武術の心得も無く、人々の命を支え、田畑の命を育む農民が、一見しては何の変哲もない薬を投与されただけで、魔物すらも捻じ伏せる程の存在となる……。
「僕が相手をした時よりも完成されたこれが、もし教団の教義と正式な訓練を受けた【聖騎士】や【勇者】に投与された場合、想像しただけでも頭が痛くなりますね」
「全くじゃ……一度原液を投与されてしまった場合には、使い捨ての駒に成り下がってはしまうが、正に一騎当千の凶戦士が簡単に出来上がってしまうからの」
「騎士1人を失う代わりに、相手に数百からの損害を与えられるとなると、割が良いからな。もし全面戦争なんぞになった際には、【教会(アイツら)】も形振りを構わず率先して使用するのは、想像に難くない」
「成る程……だから、国の主宰でもない僕に重鎮の位である貴女方が接触してきたのですね。僕の標的である【尾噛みの蛇(アイツら)】は、【奇跡の残り香(コレ)】の主要製造元でもありますからね」
 僕からの若干の嫌味を込めた視線を【バフォメット】は頬を歪ませた笑みで受け止めた。
「良いのう、良いのう。回転が速い者は話の飲み込みが良くて助かる。な〜に、今回のコレはある意味純粋なビジネスじゃ」
 びじねす?――聞き慣れない言葉に、眉の根を寄せた。
「【ジパング】風に云うと、【商い】じゃな。それにワシらはオヌシと【誓い】を交わした。よって、このビジ……商いは、個人的ではあるが限りなく公的且つ重要なモノじゃ」
「個人的である限り、破られぬ可能性は消せませんよ?」
 それは在り得ぬ――【デュラハン】が有無を言わせぬ気迫を込めて答えた。
「クスィーの云う通りじゃ。ワシらとオヌシという個人同士ではあるが、立場上【ブリュンヒルデ】と【ムサシの国】との【誓い】であり【商い】であるからのう。これを破る事は即ち、ワシらの誇りを――曳いては【ブリュンヒルデ】の【誇り】を傷付ける事になる。その様な事をする位ならば、潔く死を選ぶのじゃ」
「随分とこの国に傾倒するのですね。貴女方2人ならば、魔界でもこの国と同程度の――否、それ以上の領土を手に入れる事も可能だ」
 主のために己が命すらも秤に掛ける事を厭わない従者――同じ従者として解らないでもないが、実力的にも部下の扱いからして求心力もあり、一国の主となっていても何ら問題なく、何よりも僕と違って一切の【楔】がない彼女達をこれ程迄執心させる理由を知りたくなり、無礼である事を承知で言葉を投げた。
「それは……わたし達との【誓い】を信じるためか?」
 クスィーさんの右手が常人では気付かぬ位さり気無く外套の裾へと近寄った。
 それに合わせ、僕も鍔へ軽く指を当てる。
「いえ、これは僕の個人的な興味のためです」
「そうか、個人的な興味か」
「はい、個人的な興味です」
「「………………」」
 一言でも間違えれば、瞬時に互いの必殺の一撃が放たれる一触即発の空気が流れるが、ルーンさんからの言葉で唐突に終わりを告げる。
「――女王陛下のためじゃ」
 ルーン?!――クスィーさんから咎める様な視線を向けられたルーンさんだが、軽く目配せしてそれに答えると、何故かクスィーさんがバツが悪そうに俯いてしまった。
「別段隠し立てするものでもなかろうじゃ。コヤツはワシらにその身の上を語ったからには、こちらもそれに答える必要がある」
 大きく息を吸い込み、吐き出しながら気持ちを切り替えたのか、言葉を続けた。
「オヌシも知っている通り、【ブリュンヒルデ】は親魔領の筆頭国家であり、教団とも真っ向から対抗できる数少ない国家じゃ。我々【魔物】にとって、人との架け橋となれる可能性が非常に高い国であり、親交を深めるべき国じゃ。そして、現国王陛下は、【魔界】帰りの元【英雄】じゃ。タダ、やはりと云うかのう、【魔界】に足を踏み入れて、無事に帰れる者は皆無で、当時の国王陛下も例外じゃなかった」
 一旦言葉を区切ると、紅茶を口にして、咽喉を潤した。
「現在もそうじゃが、当時の陛下は凄まじいの一言じゃ。1000人足らずの1個大隊で【魔界】に挑むその意思もそうじゃが、ワシら魔物にも大隊にも殆どの損害を出さずに【魔界】深奥部迄進軍してきたからのう。常人ならば立っているだけで精神に異常をきたし、真面な思考なんぞ出来ん程濃厚な魔力で満たされた地であるにも関わらず、アヤツ等は一糸乱れぬ統率された動きで拠点迄辿り着いたが、其処迄じゃった。その拠点を任されておったのが、我等が主のマリエル様じゃったからのう」
 現魔王様の御息女で在られるリリム種の御方だ――ルーンさんとクスィーさんの主であるため、かなりの存在であるとは思ったが、今一つ解らず、頭の上に疑問符を浮かべていたら、クスィーさんが補足をしてくれた。
「リリム種ですか………………え”っ?」
 余りの事実に口にしていた紅茶の器を落としそうになった。
「貴殿が驚くのも無理は無い。【リリム】種は魔王様から直接生まれる特に魔力の高い【サキュバス】種であり、その御姿は魔王様と同じく白き髪と途轍もない魔力を帯びた赤き瞳。その美貌と高き魔力は、魅了の魔法を使わずとも世の男が虜になり――」
 クスィー――このままでは主自慢が止まらず、会話が進まないと考えたルーンさんが諌める様に名を呼ぶと、クスィーさんは首を竦め、言葉を止めた。
 ……首が本当に在るのかどうかこの際気にしない事にする。
「話が逸れてしまったので、戻すとしよう……拠点に進軍した大隊であったが、マリエル様とクスィー、ワシの前では如何に優れた者であっても、人間は人間じゃ。1人、また1人と欠けていき、最終的には、陛下御1人となってしまった。マリエル様を前にしても臆せず、己が誇りを持って対峙するその御姿は、人の上に立つ者に相応しき雄雄しさを持っておった」
「そして、拠点を大破させ、マリエル様の翼に傷を負わす程の激しい攻防ではあったが、御2人の攻防に耐え切れなくなった陛下の剣が折れ、防具がその用を足さなくなったため、自らの命と引き換えに大隊員の保障をしてきたので、それを我等が飲む形で戦闘は終結した」
「それだと、今この国に陛下がいらっしゃるのが、おかしいですね」
 通常だとな――っとクスィーさんが不適な笑みを零した。
「これまで自分と対等なのは姉妹か将軍クラスだけであり、暇を持て余してた所に突然現れ、自分に傷を負わせられる程の腕を持った男……相手が【魔物】ならば、その後の展開は容易に想像がつくだろう?」
 えぇ――首を立てに振り、それに答える。
「陛下を手に入れたマリエル様は、それはそれは凄かったぞ。聞きたいか?!」
 結構です――即答すると、クスィーさんは残念そうな顔をしたが、続きを促すようにルーンさんへ視線を送った。
「捕らえられた陛下に、何故あれだけの少人数で【魔界】深奥部まで進軍するような無謀な行為をしたのか尋ねた答えで、ワシらは合点がいったし、マリエル様に至っては、願っても無い理由じゃったようじゃ」
「どの様な理由だったのですか?」
「簡単に言ってしまえば、世継ぎ問題じゃ。当時の陛下は未だ若く、武力での功績は多数あるが、外交での功績は特に無く、弟君の方が外交で多くの功績を残していたため、議会的には動かし易く、国益という面で見た場合、弟君を次期国王にと考えていたらしくてのう。けれども、弟君は弟君で、自分は国王の器でなく、兄に譲りたいと考えていた様で、その事を伝えられた陛下が誰もが反論を出来ぬ武力の功績をあげようと【魔界】に挑んだ次第だそうじゃ」
 無茶苦茶ですね――尊敬半分、呆れ半分で合いの手を入れると、ルーンさんは苦笑した。
「本当に無茶苦茶じゃ。ただのう、陛下は男の中の男じゃ。自らの我侭に付き合わせるのだから、私設軍しか使わぬ。更にその私設軍の中でも志願した者以外は連れて行かぬ、っとしてのう、流石じゃ。まぁ、それでも大隊程の人員が揃うのだから、陛下の人望がどれ程あったのか、想像に難くないの」
「確かに私設軍の中から志願者のみで大隊は凄いですね」
「うむ、我等の主のマリエル様も、だからこそ、一層に惚れ込んだのだろう。その後、外界を知りたがっていたマリエル様と自国を護りたい陛下の考えが一致して、こちらに戻ってきたという訳だ」
「【魔王】や【魔王軍】との太いパイプを作って、ですね」
「うむ、これ以上の外交的功績はないじゃろうな。これにより、陛下は晴れて次期【ブリュンヒルデ】国王となり、御父上が退役されてからは、その任を継ぎ、弟君は外交大臣となって各国を回っている、っという事じゃ」
「成る程……それにしては、女王陛下は表舞台には出ないのですね」
「マリエル様は面に立つのが苦手な上に、ここは人間の世界じゃからの。マリエル様よりも陛下が出た方が何かと便利なのじゃよ」
「難儀なものですね」
「難儀なものだな」
「難儀なものじゃ」
 一同、紅茶を啜った。

「………………って、だから、僕はここに憩いに来た訳じゃありませんよ……」

 余りにも自然な動きであったため、また流されそうになってしまったが、これ以上ここい居るのは気持ち的にも宜しくないと思い、御暇させていただく事にする。
「話は解りましたし、了解致しました。しかし、僕も今大会の選手であるため、主催国の団長の位の方々とこれ以上場を共にするのは、他の選手との差になってしまい、公平ではなくなってしまう危険性があるため、この辺りで失礼させていただきます」
「いや、失礼するのは良いが……どうやってこの部屋を出るつもりじゃ?」
「………………どういう事ですか?」
「言葉のままじゃ。この部屋はワシのプライベートルームじゃから、空間的に他と隔離してあるのでな、この窓から差し込んでいる日差しも何もかも魔法で再現しているだけじゃ。故に例え壁を破壊したとしてもこの空間自体から出る事は不可能じゃぞ?」
「そ、それは――」
「本当の事だ。わたしもこの部屋から出る際にはルーンに頼むか、特殊な方陣を組んで退出する事にしている」
「では、その方陣を――」
「「断る」」
 一瞬にして剣呑な空気になったため、席から飛び退き、2人と距離をとった。
 鯉口を切り、いつでも対応出来るように臨戦態勢を取った所で、2人も席から立ち上がり、ルーンさんが指を鳴らした。
 途端、部屋全体の空間自体が歪み、景色が一点、自然溢れる何処かの庭園の中のお茶会の様な場所から、辺り一面白一色の無機質な空間へと変化した。
 そして、クスィーさんが外套の裾に発生している青き炎の揺らめきに手を入れて引き出すと、その手に、身の丈を優に超える非常に肉厚な両刃の大剣が姿を現した。鉄塊と云っても過言ではない程装飾も何もされていない無骨な大剣だが、それ故に目的がはっきりとしており、破城槌すらも跳ね除ける頑丈さを兼ね備えているのが、一目で解る。
 しかも、大検に内包されている異様な氣が外套と同じ紫色の炎となって刃全体から滲み出ており、気の弱い者ならばそれだけで気を遣ってしまう程だ。
 ルーンさんに視線を向けた。
 こちらは地面に右手を当てると、手を中心に方陣が地を走り、淡い光を放った所で右手をゆっくり引き、それに攣られて方陣の中から巨大な鎌が姿を現した。
「随分と剣呑なモノを持ち出しましたね」
「な〜に、オヌシを手に入れるためには、コレ位しなければ駄目と思っての」
「悪いが始めから全力でいかせてもらうぞ」
 2人の身に纏う氣が一瞬にして膨張して突風という自然現象へと変換された。
「安心して良いぞ。この空間は他から完璧に隔離されておるのでな、オヌシも本気を出して大丈夫じゃぞ」
「僕と対峙するのなら、騎士団全員と大規模方陣が必要と云っていませんでしたっけ?」
「あぁ、まぁ、そうじゃが……ここは、ほら、ワシのプライベート空間――謂わば、【結界】内じゃ。オヌシも【結界】がどれ程の意味を持っているか、解っておるじゃろう?」
 何て事だ……やられた。
 依頼があったのも事実だろうけが、目的は初めから僕だった、っという訳か……。
 全く、笑えない冗談だな。
 でも、幾ら後悔した所で事態が良くなる訳でもないし、ここは腹を括るしかないか。
 僕は無言で眼帯に手を掛け、一気に引き剥がす。
 爆発的に膨れ上がった氣を意思を持って纏め上げて、白面を顔へと造り出す。
 続けて、体中を疾風が巻き付き、治まると同時に服装が変わる。
「ほぉ、それは……ジパングで云う所の【神主】の衣装か」
「えぇ、神に使いし者のみが儀式の際に着用を許されている正装です」
「差し詰め、オヌシは狐の神の使い、じゃな」
 御名答――刀を引き抜き、刀身を見せた所で手首を返して纏っている幻影を外し、刀本来の姿を見せた。
「刀身に浮かび上がる紋様――貴殿の剣もわたしと同じく【魔剣】か」
「僕のは大陸のと意味合いが若干異なりますが、本質は同じでしょう。【宝剣・神威(カムイ)】――その名の通り、超常の者である神の力を刀という形にして現世に留まらせた宝具ですが……この【宝剣】も【白面】も、勿論【禁珠眼】も僕の身体に組み込まれている数多の呪具全て、タダの【翻訳機】でしかありませんけどね」
「【翻訳機】……??」
「大陸風に云いますと――【門(ゲート)】ですね」
「っ?!!! ……クスィーッ!!」
「あぁ、解ってる! ムサシの国で狐の神の使いといえば、アレしかいない! 今迄伝説上の【魔物】かと思っていたが、本当に存在していたとはな!!」
 察しが良いのは時として残酷な事だ。
 2人は僕の力の源が何であり、どの様にしてそれを行使しているのか理解し、これから、何を相手にしなければいけないか解ったようだ。

 けれども、もう遅い。

「拘束制御術式は掛けたままだから、未だ本気じゃないけど、【因果律】を壊すのは御前様も善しとはしない故、この状態で相手をさせてもらいます」
「ふっ……面白い。わたしもルーンも【魔界】に於いても騎士団長を任されていた身だ。どれ程の化け物が貴殿のその先にいようとも、ここで諦める位なら、初めから手など出そうとは思わぬ」
「その通りじゃ。寧ろ、自分達の力がドコ迄通用するものか、試させてもらうのじゃ」
 流石は【教団】との抗争が絶えぬ国で騎士団長を務めている方達だ。
 白面によって殆ど表情が伝わらないが、口の端を上げて笑みを零すと、2人もそれに応えて笑みを作った。
「それじゃ、始めるとしようかのう」
「異論無し」
「いつでもどうぞ」
 互いの返答を合図に僕達は駆けた。



「――ん??」
「あら? どうしたの? ローズ」
 窓辺に腰掛、母親譲りの自慢の長き白髪を風に靡かせていた女――マリエルがこちらに顔を向けてきた。
 ワシが座っている椅子よりも若干高い位置に窓枠があるので、見下ろされる形になるが、ここはアヤツの部屋であるし、大目に見てやろう。
「いや、離れの空間にてそれなりに力を持った者同士の力の衝突を感じての」
「あぁ、それなら、多分、ルーン達ね。あの人達、今回の大会で異色なジパングの少年を妙に気にしていたから、自分のモノにするために決闘を申し込んだんじゃないかしら?」
「あ〜、それじゃ、何ともまぁ、莫迦な事をしているものじゃ。あの少年は玉藻と魂ごとあらゆる【門】で繋がっておるのになぁ」
「それは……ルーン達には悪いけど、ご愁傷様ね。だって、実質あの人と戦うのと同義だもの。対抗出来るとしてらローズ位じゃない?」
「もう一人おる」
「……そうね……でも、わたくしはあの人の事、好きじゃないわ。危険過ぎるもの」
「それは、ワシと玉藻にも云える事じゃぞ?」
 ふふっ――っと小さく笑みを零し、手を口に軽く当てた。
 現魔王の娘らしく、その動作のどれもがちゃんと形になっておる。普通の人間ならば、今の時点で既に虜になっておる所じゃの。
 まっ、ワシには全然じゃがな。
「ローズとあの人は、話が通じるし、人を愛しているじゃない。全然違うわ」
「そんなものか?」
「そんなものよ」
 ワシの数百分の一しか生きておらぬのに、今一つ何を考えているのか解らぬので、眉根を寄せつつ、テーブルの上に置いていたワインを手に取り、口をつけた。
「貴女がそれを口にすると、本当に生き血を啜っているみたいね。初めてワインを見た者が生き血と勘違いしたのも頷けるわ」
「本物はこんな安物じゃない。そもそも、ワシが血を啜ったのは、今も昔もタダ1人だけじゃ」
「へぇ、ローズって孤高の【ヴァンパイア】って感じだけど、本当にそうなのね。一部の貴族【ヴァンパイア】みたく、僕を多量に従えて国を築くタイプじゃないのね」
 無論じゃ――空になったワイングラスをテーブルに置き、未だ開けたばかりで並々と残っているワインを注ぐ。
「群れるのは、防衛手段として一つの知恵でもあるが、弱き者の証拠でもある。杭も山査子も、似非【教団】のホーリー・シンボルの何も効かぬワシには、正直、群れるだけ無駄じゃからな。それに、国を持てば民を護らなければならぬ。民はワシに比べ、遥かに脆弱じゃ。自ら枷を着けるなんぞ、愚者のする事じゃ」
「でも、ローズはその枷を着ける事にした――のよね?」
 たった1つだけじゃがな――注いだワインを一気に飲み干す。
「でも、その1つが余りにも大き過ぎたのね……」
 うむ……――再びワインを並々と注ぐが、グラスを手にした所で動きを止めた。
「当時でもう既に千年から生きていたが、ワシも玉藻も未だ若過ぎたのじゃ。気付いた時には既に遅し――忌々しい【主神】によって、あの者は生きたまま【魂】と【肉体】に引き裂かれた上、それぞれ7つと9つに分けられてしまったのじゃ!」
 手に持っていたワイングラスが音を立てて割れてしまった。
「ワシら【魔物】ですら、非魔道的過ぎて廃止した重罪の処刑方法である【魂魄剥離】を生きたまま行い、バラしたのじゃ! 引き裂くだけじゃなく、バラしたのじゃぞ?! 想像を絶する痛みに身体が塩となり、消え去ってしまってもオカシク無い程の責め苦を受けさせたのじゃ!!」
 砕けたグラスの破片が手の中に未だあるが、感情が高まってしまっているワシは気にせず、握り込んだ手に力が入ってしまった。
 刺さった硝子片から血が滴り豪勢な真紅の絨毯を更に紅く染める。
「………………怒り心頭なのは解るけど、顔が不適切よ?」
 おっと、つい最近最後の仕込が完了して、漸く……漸くあの者を戻せる算段が着いたのが顔に出てしまっていたか。
「ふっ……忌々しい【主神】、アヤツもなかなかどうして賢しくてのう、【魂】をタダ7つに分けただけでなく、それぞれを【7階層の地獄】に封印して永遠の責め苦を与えて消滅させようと考えていた様だが、残念じゃったな。ワシと玉藻にアレだけの啖呵を切るだけあり、終わる事の無い責め苦をワシが迎えに行く迄耐え切ったのじゃ」
「――えっ?! そ、それって、もしかして――っ??」
 口の端を上げて牙を見せつつ、静かに頷いた。

「全員ブチ殺してやった」

 ワシの表情が余程だったのか、マリエルが慌てて視線を外し、窓の外へと向けた。
「【主神】に組するモノ、あの者の【魂】の封印の人柱、一切合財、有象無象の区別無く全て、その血肉、魂の一片も残さず消滅させてやった」
 クックックッ――咽喉の奥から笑いが込み上げて来た。
「伊達や酔狂で数千年の間、修練を積んでいた訳ではない。【主神】直々に任命したモノだけあり、少々骨があったが、高が数百年程度の小僧や小娘がワシに敵うものかね。全員、あの者が味わった責め苦を受けさせて遣ったが、数日と経たずに消滅しよった。中には【魂】と【肉体】の引き裂きの段階で消滅する輩がいた程で、全く情け無い」
 溜め息を零しつつ、肩を竦めた。
「それで、貴女の溜飲は少しは下がったのかしら?」
 少しはの――風で髪が頬を撫でてこそばゆくなり、掻き揚げた。
「まぁ、今となっては、そんな事どうでも良い。こうやって――」
 グラスを握っていた手を軽くふるって硝子片を振り払い、血と傷を無かった事にした所で自然と下腹部へと手が移動して、笑みが零れた。
「あの者の【魂】を取り戻せたのだからのぅ……」
「………………ローズもそんな柔らかい笑みができるのね……」
「ん? ワシはそんな顔をしておったのか?」
「えぇ……そ、それよりも、貴女もなの??」
「いや、ワシのは違う。ココにあるのは【魂】だけじゃ」
 マリエルの頭上に疑問符が浮かんだので、下腹部を撫でつつ、ワシは苦笑して説明した。
「7つに分けられた【魂】は、そのままでは消滅してしまう危険性があるのでの、ワシの【魂】を依り代にして【反魂】させ、ココに【封入】しておる。ココならば【魂】の定着も良い上に、後に行う術にも都合が良い」
 後に行う術?――自らが知らぬ術が次から次へと現れ、興味津々なのか上体を乗り出す形で訊いて来た。
「そうじゃ、今の【肉体】の保有者と【房中術】にて互いの【内丹】を循環させ、【魂】の【和合】を行えば、術は完成して、あの者が蘇る」
「【魂】の【入れ替え】ではなく、【合わせる】の?」
 うむ――頷き、指を一つ鳴らして絨毯に散らばった硝子片を中に浮かせ、中空を指で一回しすると、バラバラになったパズルのピース宜しく、破片が次々と合わさり、繋ぎ目一つ無い元のグラスとなってテーブルの上へと鎮座した。
 ワシはワインボトルを冷やしているボトルクーラーから大き目の氷を2つ取り出してグラスへと入れた。
「この通り、同じモノでも状態が違えば、相反するものとなり、器に無理に全てを入れようとすると、器を壊してしまう危険がある」
「そうね」
 それじゃ――グラスから氷を取り出して、ボトルクーラーへ戻して、変わりに小さめのシャンパンボトルとビールボトルを両手に持ち、グラスへと同時に注ぐ。
「この様に性質は違えど、同じ状態にして似通ったモノならば、綺麗に合わさり、更に――」
 注ぐのを止めて、グラスを手に取り一口。
 うむ、我ながら美味くいったものじゃ。
「新たな素晴らしきモノを生み出す」
「ふ〜ん、成る程ねぇ〜……でも、本当は、愛する人の【肉体】に宿ってる【魂】だからこそ、合わせる事を選んだ、って所かしら?」
 口に含んだブラックベルベットを噴出してしまった。
「図星ね」
「き、気にしたら、負けじゃ」
「ふふっ、いつもドコか達観した所があるのに、こ〜いう事には乙女になるのね」
 喧しい――と手を振り払う動作で薄く魔力を撒布し、噴出してしまったブラックベルベットを分解して、濡れてしまったテーブルや絨毯を元に戻す。

「――ふむ、どうやら、あの3人もそろそろ決着がつくみたいじゃの」

 瞳を開けたまま、先の戦闘にて一磨に施した【門】を通して3人の決闘の行く末も覗いていたら、一磨の一撃が【バフォメット】達の武器を破壊し、更に結界へヒビを入れた。
 もう2、3撃加えられれば、覆せぬ事実に結界が耐え切れなくなり、空間ごと崩れ去るだろうが、少々無理をし過ぎたせいなのか、このまま空間ごと結界が破壊された場合、ドコに顕現されるか解らなくなってしまうな。
 もし闘技場になんぞに顕現された場合、面倒になる事は必須。
 手を打たねばならぬな……。
「――時に、マリエル」
「何かしら?」
「あの3人じゃが、そろそろ決着がつきそうじゃ」
「あら、そう……結果は?」
 ワシは肩を竦めた。
 それもそうよね――っとマリエルは遠くを見詰めた。
「それとな、あの【バフォメット】達、相当無茶をしているようでの、一磨との攻防で結界と空間の強制顕現先の座標が壊れてしまっているのに気付いておらぬ。このまま結界ごと空間が崩壊した場合、ドコに吐き出されるか解らぬ状況じゃ」
「それは一大事ね。ルーン達はわたし直属の騎士団長でもあったから、もし一般市民の所にでも顕現してしまった場合、酷い事になるわ」
「故に少々手を加えようと思っているのじゃが、ココを利用しても良いかの?」
 ココを?――マリエルが怪訝な顔をした。
「うむ、この部屋全体に結界を敷き、別空間にして他に被害がいかぬようにする」
「別の所に出来ないの?」
「ワシがその場に居らねばならぬから、無理じゃ」
 拒否権は?――額に手を当て、溜め息を零した。
 考えている暇はない――両の掌を上に向け、肩を竦めた。
「なら、早くしてちょうだい」
 理解が早くて助かる――指を鳴らすと、それを発条として、ワシの足元を中心に光の線が円状に床を走り、壁や天井にまで特殊な紋様を刻みながら進む。魔方陣が部屋全体に展開され、淡く光を放った所で、一気に光が強くなり、収束すると、もうそこは見た目こそ先程まで居た豪勢な部屋であるが、空間的に全く違う場所となった。
「相変わらず、貴女の魔法技術は恐れ入るわ。数秒で結界と空間作成を同時に行うなんて、お母様でも事前に方陣を組んでおかないと無理だもの」
「ふん、コレ位簡単なものじゃ。悔しい事じゃが、玉藻はコレと同じ事を大陸規模で行える。その気になればあのこむす――オヌシの母が企てている【世界の書き換え】も造作無く行えるじゃろうな」
「でも、貴女達はお母様からの協力要請を断わった」
「アヤツのだけじゃなく、先代やもう数得るのも億劫な位昔から、ワシらは断わり続けておる。ワシらはこの不安定故に、とても美しい世界が好きなんじゃ――っと、話はこの辺りで終わりじゃ。来るぞ」
 身構えておけ――それだけ伝え、互いに身体の周りに薄い結界を何重にも亘って展開させる。
 対物理、対魔術、耐熱、耐寒等々――それぞれに対応した結界を薄い膜状に幾重にも亘って展開させるため、魔物の中でもワシら高位の存在は、熱砂の砂漠地帯や極寒の地ですら、快適に過ごす事が出来るし、常時展開しているため、【偶然】による事故死すら在り得ぬ事象となる。
 空間全体を揺らす程の衝撃が訪れ、景色の一部に皹が入り、続く衝撃で更に亀裂が広がる。
 再び訪れた衝撃で、耐え切れなくなった空間が亀裂を中心に眩い光とともに崩壊し、無機質な白一色の空間へと変貌しつつ、光の中から3つの影が現れた。
 影は空中で交差すると、1つはワシの隣、もう2つはマリエルの隣に降り立った。

「――結界が崩壊する寸前迄強制排出先の座標が壊れてしまっているのに気付きませんでしたが、貴女が覗いている事が解ったので気にしない事にしました……助かりました」

「気にするな」
 ワシの隣に降り立った影――一磨に軽く応えた。
「けれども――」
 続く言葉に顔を向けると、白面を着けた一磨と視線が交差した。
「僕の身体に勝手に【門】を作るのは止めていただきたいですね。 貴女の力迄流されるのは、身体が保ちません」
「飲み込めば良いじゃないか」
「高が十数年の修練でそんな事をしたら、どんな竹箆返しを受けるか想像すらしたくありませんよ」
「ほぉ、玉藻の力は飲み込めたのに、ワシのは無理と云うのか?」
 一磨の瞳が一瞬だけ大きくなり、肩が震えたが、直ぐに平静を装った。
「――成る程、貴女がどんな存在か、何となくですが、解りました」
「では、ワシをどうするというのかの?」
 挑発的に口の端を上げて牙を見せるが、一磨は居たって冷静にもう2つの影の方へと顔を向けた。
「何もしません。貴女が僕の想像通りの存在であった場合、手を加える相手ではありません」
「玉藻からワシの事を聞いておるのにか?」
 聞いているからですよ――短く答えて右手に持っている刀を振るった。
「昔はどうであるか解りませんが、今は違う……ならば、僕が手を加える必要はありません………………っと云うよりか、何かをした所で、貴女程の存在には、意味がありませんから」
 自嘲気味に小さく笑うと、2つの影――【バフォメット】と【デュラハン】へ駆けた。
 向こうも一通り話が済んだのか、動き出した一磨に合わせ、走り出した。
 2人が手にしていた砕けている大剣と大鎌であったが、砕けた部分が紫色の炎に包まれ、炎を払うように振るうと、一瞬にして刃が元に戻り、【デュラハン】がもう一度大きく振るうと、刃全体に纏っていた炎が地を走り、一磨へと襲い掛かる。
 触れた者を全て包み込み、骨すらも消し炭と化す程の灼熱であるが、一磨は大きく踏み込んだ一撃で地を隆起させて炎を防ぎ、隆起させた反動を利用して飛び上がる。
「空中はいかんじゃろ、空中は!」
 【バフォメット】はそう叫ぶと、発条となっている大鎌を振るい、軌跡に沿って現れた方陣から無数の光線が放たれるが、左手を前に突き出し、その袖から流れるように飛び出した護符が面上に広がって障壁となり防ぐ。
 全てを防ぎ、無傷で地に降り立った一磨は、衝撃を受け流すために大きく折り曲げた膝を一気に伸ばして【バフォメット】へと疾駆する。

 ………………ふむ、こうも互いに決定的な一撃に欠けると、先に進まず歯痒いのう。

 実力的に拮抗している者同士の場合、相手の生死に関わる一撃を避けていると、どちらかに致命的な隙が生まれない限り、他方に天秤が傾く事は無い。
 更にあの【バフォメット】と【デュラハン】は、ワシやマリエル程でないにしても、それなりの実力があるため、自然と【結界】を纏っているし、一磨にしても玉藻と【門】で繋がっているから、決して【偶然】による隙は生まれない。
 だとすると――。
 マリエルに視線を向けると、面倒臭そうに手をひらひらさせてきた。
 あぁ〜……仕方ない、ワシが動くとするかの……。
 溜め息1つ。
 椅子から腰を上げると同時に疾歩にて低い姿勢のまま一気に3人へ近付き、先ずは刀を上段に構えて袈裟斬りの姿勢へと入った一磨の背後に位置取り、腰部から丹田へと衝撃を徹し、内包している魔力を霧散させる。
 体軸を崩された一磨は、自重を支える事すら出来なくなり、膝から崩れ落ち、白面が剥がれて服装も元の胴着と袴に戻った。
 制空権内であるため、目で確認せずとも一磨がもう立ち上がれない事を理解しているワシは、身体を回転させながら一磨を擦り抜け、【バフォメット】と【デュラハン】の間に移動し、重心を落とし込むと同時に両の手を左右に伸ばして2人の丹田を打ち抜く。
 一磨と違い、突然の魔力の消失と全身の虚脱感が何故起こったのか理解出来ない2人は、魔力によって形成されていたため、刃が消失してしまった大剣と大鎌の柄を握り締め、再度刃を形成させようとしたが叶わず、有りっ丈の敵意を乗せた視線をワシに送りつつ、地に伏せた。
 3人が完璧に動けなくなった所で残心を解いて、呼吸を1つ。
「――マリエル、これで良いか?」
「ご苦労様」
 足踏み1つ。
 白一色の空間の至る所に皹が入り、硝子の様に崩れ去ると、ワシとマリエルが居た豪勢な部屋が現れた。
 床に唸りながら転がっている【バフォメット】と【デュラハン】の襟首を掴み、マリエルに投げ渡すと、目前まで近寄った所で、2人の周囲の空気がゴム膜の様に伸びて飛んでいる勢いを吸収し、ゆっくりとその場に身体が地に着いた。
「も、申し訳御座いません、マリエル様……」
「面目無いのじゃ……」
「気にしなくて良いわ」

「……せ、制空権内に入ってきたというのに、全く対応できませんでしたよ……さ、流石です……」
 足腰には未だ力が入らないのか、腕に力を込めて何とか上半身を起こしながら、一磨は苦笑してきた。
「な〜に、年季の違いじゃ」
 ワシはシニカルに笑い返した。
「さて、今回の件はこの辺りにして、お茶にでもしましょう」
 窓辺に腰掛続けていたマリエルが重い腰を上げて歩き出したので、従者の2人も慌てて立ち上がろうとするが、何度も倒れそうになっており、何とも滑稽な組み合わせじゃ。
 ワシも隣で地に腰を下ろしている一磨の襟首を掴んで持ち上げ、そのまま歩き出した。
「あ、あのぉ〜、流石にこれは恥ずかしいです……」
「でも、歩けぬじゃろ?」
「そ、そうですが……」
「なら、諦めるのじゃ」
 もう何を云っても無駄と諦めたのか、項垂れて静かになった一磨を片手に応接間へと向かった。
13/11/17 14:05更新 / 黒猫
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■作者メッセージ
 お久し振りです、黒猫です。

 一ヶ月以上経ってしまいましたが、以前の様に半年近くとかにならずに済みました……。

 このままコンスタントに上げれるように努力していこうと思います。

 では、今回はこの辺りで失礼します。

 今回も読んでいただき、ありがとうございました。
 今後ともよろしくお願いいたします。


 ……魅力的な魔物娘もかなり増えていますし、何かこのシリーズ以外にもできたら良いな〜、っと考えている今日この頃でした。

 需要とかが一番気になる所ですが……。

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