第3章:世代交代 BACK NEXT

中央教会を後にしたエルとユリアは
中央教会があるエリス城下町を観光することもせず
足早に帰還途中のエル軍に合流した。
ちょうどエル軍は山岳を越える前の小休止に入っていたところだった。

「マティルダ、今帰った。」
「ただ今戻りました。」
「あ!おかえりなさいませエル様!それにユリア様も!
ずいぶん早かったですね。」

帰還したエルとユリアをマティルダが迎える。

「てっきりエリスを観光してから帰ってくると思ってました。」
「エリスは過去に何度も行ったことがあるから、
特に観光する気分にはならなかったな。
それよりも半年の間ともに戦ってきた
マティルダや兵士たちと本国に凱旋したいから
こうして一日で軍に戻ってきたわけだ。」
「きゃーエル様!嬉しいこと言ってくれますね!」

マティルダはただでさえ全身真っ赤なのに顔まで赤くして
喜色満面の表情を浮かべる。

「さ、そろそろ軍を発進させろ。
あまり休みすぎるとあとでかえってつらいぞ。」
「了解しました!」

マティルダはいそいそと進軍旗を掲げ、
軍楽隊が休憩終了の合図を鳴らす。

すると数秒もしないうちに一番前の軍から
徐々に隊列を整えて進軍していく。
その一糸乱れぬ行軍はエル軍がいかに
厳しい訓練を積んできたのかがうかがえる。

エルは、さらにもう一つ合図を行う。
すると、エル軍は行軍陣形を徐々に細長くしていった。
これから山越えをするにあたって、
幅の狭い陣形にすることにより
スムーズに行軍できるようにするためであった。
かつてのこの地域なら、山に山賊や魔物が横行し
ある程度の警戒陣形で進むことを余儀なくされたが
今ではその危険もほぼなくなったため
行軍に特化した陣形を取れるのだ。

こうしてエル軍は何事もなく国境の山岳を超え
同盟国の領土を通り抜け、
一路本国の首都…ロンドネルを目指す。





レーメイアを出発してから一週間。
半年にわたる遠征を終えたエル軍は
首都ロンドネルに帰還を果たした。

大通りを凱旋する兵士たちに
沿道に詰めかけた市民たちが喝采を送る。
2・3年は帰ってこれないと思われた大遠征を
わずかな損害で戻ってきたのである。
市民たち、特に兵士の家族の喜びは
とても大きいものであった。

「みなさん、とても嬉しそうな顔をしていますね。」
エルの後ろをついていくユリアがマティルダにそう話す。
「ええ、私も幼少のころは軍人だった父が帰ってくるのが
何よりもうれしくて、凱旋の時には真っ先に家を飛び出して
この大通りに父を迎えに来てましたから
ここに集まった市民の気持ちはよくわかります。」
「それに、ここにいる彼らの笑顔を見ていると
私も頑張ってよかったと心の底から思います。」
「あ、ユリア様もそう思いますか!
この凱旋の時の彼らの笑顔が、つらい訓練の日々の中でも
私たち軍人に活力を与えてくれるんです。」
「ふふふ…、私もそろそろ軍人エンジェル
って言われちゃいますかね?」
「それはまたすごい称号ですね…」

幸せを届けるはずのエンジェルが人殺し専門家になるというのはかなりの皮肉である。

「でも、ユリア様は戦っている私たちを惜しみなく援護してくれますし、
傷ついた人は敵味方を問わず癒しの手を差し伸べておられます。
私たちからしてみれば、エンジェルどころか神様みたいな存在です。
けっして軍人になってきたとは思っていませんよ。」
「いえいえ、むしろ私が出来るのはそれくらいですから。」

二人はとめどない会話を交わしながら、城に入っていく。





凱旋を終えた兵士は、城の大広場に整列した。
最後に領主からの労いをもらうためである。

壇上に上がった領主の男性は、年齢が30代を半ば過ぎたとみられる
青銅色の髪に無精髭を生やし、それでいてどこか隙のない風格を持っていた。

「勇敢なる兵士諸君よ、半年にわたる大遠征ご苦労だった。
諸君の活躍は後方の我々も良く聞き及んでいる次第だ。
その功績をねぎらい、私から盛大なる讃辞を…
と、言いたいところだが、こんなおっさんの顔よりも
早く帰って家族の顔を見たいだろう。」
領主の冗談に、所々からクスクスと笑い声が漏れる。
「よって以上にて遠征軍は解散とする!
今日は早目に家に帰ってゆっくり休むむもよし、
家族や友人に武勇伝を話すもよし、
これから三日間は非常事態が起きない限りは休暇だ!」
そう言い終わると、兵士たちは一斉に喝采を上げた。
いそいそと支給された装備品を兵舎に返す兵士たち。



「やれやれ、ようやく肩の荷が下りたな。」

そう呟くエルのもとに、マティルダをはじめとする
エルの直属軍が詰めかけた。
ユリアの姿も見える。
「ん?どうしたお前たち。もう連絡事項もないぞ。」
怪訝な顔をするエルに対して…

「みんな!エル様を胴上げするわよ!」
『おーっ!!』
言い終わるや否や、マティルダと兵士たちは
エルの体のあっちこっちをつかんで
掛け声とともに放りあげる。

「ま、待てマティルダ!こう言うのはやられる方も
それ相応の準備が…って、うおぅ!?」
「わっしょい!わっしょい!」
『わっしょい!わっしょい!』

何回も放りあげられるエルを、
ユリアはただニコニコしながら見つめる。

「あらあら、エルさんはよほど部下に慕われてるのですね。
うらやましい限りです。」
「…うらやましい、ですか。
ならユリアさんにもやって差し上げましょう!」
「へ?」

いつの間にか胴上げから解放されたエルが
目を光らせる。

「それ!ユリアさんも、俺にやった時に負けないくらい
力いっぱい持ち上げて差し上げろ!」
「わー!ちょっとちょっと!私は別にやってほしいとは…」
「問答無用!せーのっ!」
「にゃ〜〜っ!?」

ユリアもまた容赦なく放りあげられた。

十数回に及ぶ胴上げの後、解放されたユリアは
「つ、次はマティルダさんの番ですね…」
「え!?」


この光景を見た他の師団の兵士たちも
真似するかのように自分の軍の師団長の
胴上げを開始した。

「ジョゼ様!もう少しダイエットしてください!」
「バカヤロウ!鎧を着けたまま持ち上げようとするからだ!」


こうしてエル軍は解散した。
その後将軍たちは、戦果報告の後に
戦勝記念の宴会を開いた。

「いぃぃやっっっほぉぉう!!!
俺最高!お前最高!そしてエル様最高!!」
早速ソラトが騒ぐ。
「勝った後に飲む酒はまた格別!!
これだから軍人はやめられんな!!」
ジョゼが大声を上げる。
「今夜はとことん飲むわよ!」
マティルダが高らかに宣言する。

「おうおう!お前らよく頑張った!感動した!
今日は無礼講だ!好きなだけ飲んで食って騒げ!」
「ケルゼン様…あまりこいつらを煽らないでやってください。」

エルは領主…ケルゼンを一応たしなめるものの
騒いでいる三人を全く咎めない。

「ま、そんなこと言わずにさ、エルもどんどんのみなよ。」
そう言ってエルに果実酒を差し出したのは、
茶髪にやや童顔、そしてエルのように全身を黒で統一した魔道服を着用した男性。
彼の名はファーリル。
エルとは幼いころから共に成長し、ともに士官学校で学んだ
親友中の親友である。
軍を率いて前線に立つエルを
兵站の面で支援するのが彼の役目であるが、
時には彼も軍を率いて前線に立つこともある。

「ケルゼン様や僕だって遠征軍が不便しないように
後方支援を整えてたし、何より大半の将軍が出陣したから
仕事の量も半端じゃなかったし…」
「それはまたご苦労だったな…」

留守番も楽ではないのだ。

「ところで、この果実酒なかなかうまいが、どこで仕入れたんだ?」
「あ、これはね、リノアンがおととしから育てていた
城内菜園のイチゴを熟成さてたものなんだ。」
「あそこのイチゴなのか、これ。」

大量になったイチゴを摘まもうとする兵士たちを
容赦なく追っ払うリノアンの姿を思い起こす。

「うちの軍はお酒が好きな人が多いからね。
どうせだったらこっちの方が喜ばれるでしょ。」
「それは言えてるな。」

すでに大瓶が三つほどその辺に転がっている。
そして当のリノアンも、普段の沈着冷静な表情はどこへやら。
杯を片手にひたすら笑っている。
普通に飲んでいるのはノクロスくらいである。

ちなみにユリアはエンジェルなのでお酒は飲まない…
はずだったが…

「このイチゴ酒とっても美味しいですね!」
「いよっ!天使様!いい飲みっぷり!」
「おいこらお前ら。ユリアさんにあまり飲ませるなよ。」
「いやー、天使様は最初てっきりお堅い方と思ってましたが、
なかなかどうして親しみやすい方じゃないですか!」
「あら、私だって怒る時は怒りますし、泣くときは泣きますよ。」
「あ、そうだユリア様!どうせなら一緒に歌を歌いましょう!」
「それは楽しそうですね!しかし、私は聖歌以外は
あまりよく知らないのですが。」
「だいじょーぶです!わたしたちがおしえてあげます!」

マティルダとリノアンがユリアの手をとって
一緒にロンドネルで人気の歌や民謡を歌う。
その日はみんなで遅くまで飲み続けた。



次の日、将軍たちは何事もなかったかのように目覚めたが、
ユリアだけは二日酔いで客間から出られないでいたという…









それから数日間が経過した。
二日酔いから立ち直ったユリアにケルゼンが謝罪したのち、
ロンドネルを観光することになった。
エルやマティルダ、ファーリルらと共に
大通りの商業区域を一通り見て回り、
ロンドネルが誇る大図書館や美術館を見学。
さらに住宅街を巡って市民と触れ合い
果ては兵舎や各種ギルドにも顔を出した。

ユリアはこの街が大層気に入ったのか、
ケルゼンにロンドネルに無期限滞在したいと願い出た。

ケルゼンは喜んで迎えたものの、適当な居住地が見当たらず、
かといっていつまでも客間を占拠するわけにはいかなかったので、
最終的に、エルの家に住まわせてもらうことになった。
そして現在、エルにユリアにマティルダは将校たちの居住区がある地域へ向かう。


「いいですねー、ユリア様は。エル様と屋根一つ下で一緒なんですよね。
私だって、エル様と一緒に生活したいです。」
「お前は自分の家と家族がいるんだからいいだろ。
さて、実に半年ぶりの我が家だ。」
「エルさんは家に帰ってなかったのですか?」
「ええ、帰ってきた次の日から報告書を書くために
ずっと執務室で寝泊まりしていました。」
「その上わざわざ街を案内していただいたのですね…
あまり無理なさらないでくださいね。」
「んー。まあ、いつものことですし。」

そうこうしているうちに、少し広めの屋敷につく。

「あ!にいさん!おかえり!」

家の中から、何かが勢いよく飛び出す。
エルはそれを軽くかわす。

「もー!なんで避けるの!?」
「条件反射だ。」

いきなり飛びついてきたのはエルに似た顔立ちで、
しかし髪の毛は肩辺りまでのかわいらしい少女であった。

「この女の子は?」
「エル様のお妹様です。いま十六歳くらいだったような…」
「お妹様…なんですよね?」
「初めまして!私、妹のフィーネルハイトっていいます!
長いからフィーネって呼んでくださいね!」

そういってフィーネは元気に自己紹介を始める。

「エルさんよりも、男っぽく感じるのは私だけでしょうか。」
「奇遇ですね、私も前からそう思っていました。」
「ほっとけ。」

別にフィーネ自体はボーイッシュというわけではないが。

「しかし、髪の毛の長さ以外は本当にそっくりですね。」
「そうなんですよ。フィーネさんは顔も声もエル様そっくりだし、
士官学校の成績もトップクラスで、文武両道ですし。」
「えへへ…なんだか照れるね。」
「おまけに胸の大きさまで似ているという…」
「ちょっ!なんてこと言うんですか!」
「確かに…」
「わー!見比べないでください!」
「おいおい。」

そこに、玄関からもう一人の人物が顔を出す。
現れたのは、年老いた老人。
エルよりもさらに長い白髪で、特徴的なのは

隻腕…正確にいえば左手が欠けている。

右手で杖を構えているが、
老齢にもかかわらず背筋はしっかりと伸び、
しわが目立つ顔の中でも、人を威圧しかねない
鋭い眼光を持っている。

「なにやら騒がしいと思ったら、
エル、帰ってきたのかい。」
「ただいまアル爺。今帰ったところだ。」
「あら、エルさんのおばあちゃんですか?」
「む…」
「あ、ユリアさん。実はこの人こう見えても
俺のひいひいじいさんなんです。」
「ひいひい…おじいさんなんですか!?」
「ええ、老婆のように見えますが、男性です。」
「なんといいますか…遺伝ですかね…」

唖然とするユリア。
普通どんなに中性的な男性でも、
年をとればそれ相応に
性別がはっきりすると思っていたのだが…

「それはともかく…、エル。帰ってきて早々だが、
この後冒険者ギルドに来い。
そろそろ、お前も十分腕を上げただろう。」

それだけ言うと、老人は家を出て
どこかへ向かって行った。

「帰ってきた途端にこれか。しょうがない、
荷物を置いたらとっとと行ってくるか。」
「頑張って、にいさん!今度こそ勝てるよ!」
「ええっと、どういうことですか?」

まだ混乱冷めやらぬユリアが尋ねる。

「そうですね、引っ越し作業しながら
追い追い話すとしましょう。」


エルが言うには、先ほどの老人はアルレイン(通称アル爺)という名で、
「隻腕のアル」の二つ名を持つ。
驚くことに、魔物がまだ人化する以前の時代から生きており、
若いころから魔物や敵対する軍を相手に戦闘を繰り広げていたという。
彼が片腕を失ったのはそのころである。
その後、魔王が滅ぼされると、国は冒険者を効率よく支援するために
冒険者ギルドを設立し、彼は冒険者ギルドの長官となる。
以来、彼は現在に至るまでその地位にある。
80歳頃、妻に先立たれ、その時から引退は考えているものの
彼以上の腕が立つ人物に継がせるとしたために、
現在になっても彼に勝てる者が現れず、
世代交代が滞っているのである。

「そろそろあのばあさ…いや、あの爺さんには
楽隠居してもらわないとな。」
「もっとも、あのお爺さん世代交代したら
安心しすぎて死んじゃうんじゃないかって、
もっぱらの噂だけど。」
「みなさん…いろいろ複雑な事情を抱えているんですね。」

ユリアの引っ越し作業自体は、荷物がほとんどないこともあって
掃除と部屋の模様替えが主となった。
ユリアの部屋は館の二階にある、もと祖父母が使っていた
部屋が割り当てられている。
日当たりもよく、中庭を見降ろせる場所だ。

少し休憩した後、エルはアルレインに言われた通り
冒険者ギルドに向かう。
冒険者ギルドは街の中心からやや西側に位置し、
規模もこの近辺の国の中でも比較的大きい。
さらに、ギルドは冒険者のための宿舎と
託児所まで併設しており、
冒険者ギルド周辺はいつも人が絶えない。

しかし、今日は久々にギルド長決定戦が行われると聞いて
いつも以上の人だかりが出来ていた。

「おーい、みんな!エル様が来たぞ!」

そう叫んだのはソラトだった。
ジョゼやノクロス、リノアンの姿も見える。

「お疲れ様です、エル様。」
「ノクロスか。これはまたすさまじい人だかりだな。
今からやるのは見世物じゃないんだぞ。」
「いえいえ、みんなエル様に頑張ってほしくて
こうして応援に駆け付けたのですよ。」
ノクロスは笑顔で答えた。
「…もし、煩わしいようでしたら
私が立ち退かせますが。」
「そこまでしなくていい。
ただ、くれぐれも危険な場所に上らないよう
注意しておいてくれ。」

そう言って彼はギルドの煙突に腰かけているファーリルを見る。

「やあエル。ギルド長交代戦があるって聞いたから、
早速この特等席を抑えてみたよ。
いやー、いい眺めだね。人がまるでゴミのようだ。」
「アホなこと言ってないで、危ないから降りろ。」

こう言っても降りないとは分かっているが、
一応忠告はしておく。

「さて、アル爺も待ちくたびれて寝てなければいいが。」
「わしはそこまで耄碌してはおらんぞ。」

ギルドの中庭にはいるや否や、このやりとりである。

アルレインは右手に杖の代わりに剣を携えている。
対するエルは、自身の武器である方天画戟を
準備運動がてらに軽く振り回す。

「エル様!ファイトです!」
「エルさん!私も応援していますからね!」
マティルダとユリアの声援が飛ぶ。

『エル様ー!今こそこのギルドに世代交代の実現を頼みます!』
『きゃー、エル様!負けないでー!』

外野からも気合の入った声や黄色い声援が飛び交う。

「おいおい、わしへの声援はないのか。」
「アル爺はもう不要だろう。」

そう言うと、二人は同時に武器を構える。
すると、今まで騒がしかった周囲が
急に静まりかえる。
二人の闘気はそれほど重いものだった。



先に動いたのはエルだった。

ガキィン!カ!カ!カ!カ!カ!

ほぼ瞬間移動をしたかのように一瞬で距離を詰めたエルは
容赦なく連撃をたたきこむ。
よほど動体視力と反射神経がない者でなければ
初撃でハチの巣にされていたところだろう。
だが、アルレインは連撃をすべて捌き
直後エルの前から姿を消す。
エルは振り向きながら一歩後退し…

キン!カーン!カキン!

一瞬にして背後から現れたアルレインに対し
方天画戟を流すように振り
斬撃をすべて受け止める。

この間わずか1秒余り。
初撃はお互いにとって様子見であり
ここからが本格的な打ち合いとなる。

武器相性では、リーチの長いエルの方が有利であるが
反面、懐に入られた途端に対処は難しくなる。
エルはいかに自分の有利な間合いで戦えるか、
アルレインはいかに隙を見いだせるかが鍵となるだろう。

ガキン!カン!キーン!カン!カキーン!

常軌を逸する戦いを繰り広げる両者を
誰もが固唾を何で見守る。

「すごいですね、エルさんの高祖父さま…」
「ええ、いつ見てもあれは老人の動きではないです。」
「長年冒険者ギルドの世代交代が行われなかった理由、
今なら分かる気がします。」
「そうですね…、ギルド長によると
ギルド長の若いころには
『自分よりも強い奴何人もいた』とのことですが。」
「それはいったいどんな人たちなんでしょうね…」

改めて感嘆するユリアの前では、
驚くことにアルレインが二人に分身し
左右からエルに切り込んでいる。

カッ!カキーン!キーン!カ!カ!カ!

徐々に防戦一方になっていくエル。
だが、一定地点で踏みとどまり
そこから反撃とばかりに猛烈な弾き返しを見舞う。

キーン!カッ!キーン!ガキューン!

アルレインは分身を統合し、
一度大きく間合いを開いた後
再び神速の斬撃を見舞う。

撃ち合いは百合を越えただろうか。
両者は未だに疲れを見せず、
あらん限りの技を相手に叩き込む。

そして、ついにその時は来た。
やや大ぶりな斬撃が来る予兆を見せたその瞬間、

「もらった!」

一瞬にしてアルレインとの間合いを詰め
必殺の螺旋突きを見舞う!
だが…

「――――――っ!」

ガガガガガガガッ!!

エルの攻撃は、かつて左手があったとされる場所に
展開された光の壁に阻まれたのだ。



この光景に外野は騒然とした。
「おい!今のはなんだ!?」
「知らないのか?今のは幻想防壁(イリュージョン・アイギス)
ギルド長の切り札だ!」

幻想防壁…かつて命を賭した相手を守る際、
守りたいと思う気持ちが幻影の盾となって具現した。
単発的な攻撃を完全に防ぐが、
精神の方にダメージを肩代わりさせるため
強い意志がないと、強力な攻撃は防げない。


渾身の突きをすべて防がれたエルは一瞬硬直する。
その隙を待っていたかのようにアルレインが
エルにとって不利な間合いに飛び込む。
そして一気に連撃をたたきこむ。

キン!キン!キン!キン!キン!

誰もがエルの敗北の可能性を考えた。

だが、エルはとどめの斬撃を
利き腕とは逆の腕でわざと受け止めた。
斬られた部分から血飛沫が飛ぶ。
しかし、逆にアルレインの硬直を見たエルは
最後の力を振り絞って方天画戟を下から上へ振上げる。

ガキーン!

アルレインの片手から持っていた武器が離れる。
そして、数メートル後ろの地面に突き刺さった。

「………どうです?」
「ふむ、どうやらわしの負けのようだな。」


静まり返っていた冒険者ギルドが大きな喝采に包まれた。
新たなギルド長官就任の歴史的瞬間である。

「エルさん!おめでとうございます!今傷を治しますからね!」

そう言って真っ先に駆け寄ったユリアは
治癒魔法を唱えて、骨まで達していた傷を一瞬で治す。
その顔は満面の笑顔だが、目尻に涙が浮かんでいるのが見える。

「やあ、とうとうあの化け物婆さんに勝ったようだね。」
いつの間にか煙突から中庭に降りたファーリルが声をかける。
「良かったですねエル様。これでギルド長も
楽隠居出来ますね。」
ノクロスがエルだけではなくアルレインも気遣う。
「エル様!エル様!とてもかっこよかったです!」
マティルダが興奮した面持ちでエルの手を握る。

「よーし!みんな!新ギルド長を胴上げだ!」
いつの間にか来ていたケルゼンが突然号令する。
「え、ちょっと…また!?って、うおぉぉい!」
「そーれ!わっしょい!わっしょい!」
『わっしょい!わっしょい!』

容赦なく放りあげられるエルであった。



「やれやれ、ようやくギルド長からも引退か。
長かったのう…」

約百年もの間冒険者ギルドを率いてきた老英雄は
片隅にあるベンチに腰かけていた。

「これですべてが安泰だ…
わしもそろそろ妻のもとに向かう時期かな。」

そう呟くアルレインのもとにフィーネがやってきた。

「アルお爺ちゃん!次は私と勝負よ!」
「なに?」
「にいさんはあるお爺ちゃんに勝ったけど、
私はまだ一回も勝ってないんだよ!」
「フィーネ、お前まさか…」
「だから、私もお爺ちゃんに勝つまで
死んじゃだめだよ!わかった?」
「そろそろ勘弁してくれ…」

そう言いつつも、まだまだ死ねぬかなと思った
アルレインであった。



「よーし!今夜は新ギルド長誕生を記念して
とことん飲むぞ!」
『おーっ!」
「この前あんだけ飲んだのに、また飲む気ですか!?」
「私もエルさんをお祝いしたいです!」
「そ…それはどうもありがとうございます。」

ケルゼンは飲む口実が出来るや否や
すぐさま宴会の準備を命じた。

その夜は軍人や冒険者ギルドの関係者だけでなく
町中の人がお祭り騒ぎだった。

城内ではケルゼンを筆頭に
騒ぐ将軍が目一杯騒ぎ、
歌を色々習得したユリアは
エルまで巻き込んで歌って踊ったりした。
そして、未成年であるにもかかわらず
フィーネも将軍たちに交じって
浴びるほどお酒を飲んでいた。

明日からは軍事顧問に加え冒険者ギルド長の仕事も
しなければならないエルであったが、
そんなことお構いなしに
将軍やユリアたちと遅くまで飲み明かすことにした。




なお、翌日ユリアは再び二日酔いで撃沈したことをここに追記しておく。

11/02/15 16:33 up
登場人物評

アルレイン 剣豪40Lv
武器:輝剣ロイヤルブーケ
まだ魔物が魔物娘と化す前から生き続ける、生きた伝説のような人。
実は彼が主人公の長編物語も考案しているが、予定は未定。
もし要望があればやるかもしれない。

ケルゼン  バロン30Lv
武器:魔斧ゴライアス
エルの上司にして、ロンドネル一帯を治める領主。
本人も時々前線に立って戦うことがある、武闘派リーダー。

フィーネ  士官候補生―Lv
エルの妹。他の妹キャラの例に漏れず、にいさんラブのブラコン妹。
それさえ除けば、年齢の割に能力が非常に高く、エルをこえるかもしれない。

バーソロミュ
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