第2章:ぬくもりを知った日 BACK NEXT


レーメイア攻防戦から二週間。
一時期は大幅に減った人口も、新たな移民によって回復し
地域は安定性を取り戻した。

一息ついたエルは本国からの撤収許可が出たため、
本国から出向してきた行政官と交代し
軍をまとめて撤収作業に移っていた。

「エル様、出発準備が整いました。」
マティルダが撤収準備完了を報告する。
「わかった。ようやく国に帰れるな。」

わずか半年の出来事とはいえ、彼や兵士たちも
長い間家を留守にしているのだ。
早く帰って家族に無事な姿を見せてやりたいのが心境だろう。

だがそこに、戦いが終わってすぐ中央教会に戻ったはずのユリアが顔を見せた。

「エルさん、いますか?」
「あれ?ユリア様、教会に戻ったんじゃなかったのですか?」
「ええ、一度教会ににもろもろのことの報告をと。
それと、エルさんに教会の方から召還要請がきています。」
「俺に教会が?まあ、内容は大体検討がつくが今は本国からの帰還命令を優先させてもらう。」
「あ、それに関しては問題ありません。
すでにエルさんの国の領主様から許可はもらってあります。」
「クソッタレ。連中そういう官僚的な所ばかり頭が回りやがる。」
「それに…こう言うのもなんですが、来ていただかないと
迎えに来た私も困ってしまうのですが…」

ユリアはついに反則技を持ちだした!

「わかった…さすがにユリアさんに迷惑がかかるとなれば話は別だ。
どうせ後々行かなければならないなら、早めに片付けておくのも一考だしな。」
「エル様、私もお供いたしましょうか?」
「いや、マティルダには俺の代わりに全軍の指揮を任せる。
あんなところについてきても、得るものは何もあるまい。」
「さっきから思っていますが、エンジェルであるユリア様の前で
そういったことを平気で口走るのはどうかと…」
「いいんですよマティルダさん。私たちはまだまだ未熟です故。」

気にしていないですといった風に手を振るユリア。

「そうとなれば少し遠周りになる。兵士たちは2週間くらいで本国につくだろうが、
俺は中央教会を回らなければならないから、帰るのは一週間くらい遅れるな。」
「エル様と一緒に帰れないのは少々残念ですが…」
「ご心配なく。私が転移魔法で直接教会までエルさんを運びますから。」
「ここから中央教会までの距離を転移するんですか!?
そんなに長距離では疲れますでしょう!」
「いいえ、現に今私は転移魔法でここに来ましたから平気です。」
「それだと余計に心配なのですが…
無理しないでくださいね。」

これも規格外の力を持つユリアだからこそできる芸当なので
良い魔道士は真似してはいけませんよ。


「じゃあ俺は一旦中央教会に行ってくるから、
後は頼んだぞマティルダ。」
「お任せください。」

そうした後、エルとユリアは魔法陣から転移していった。




中央教会。
それは、世界各地に数ヵ所存在する教団勢力の本拠地を指す一般名称。
そこには高位の司教や、数多くの由緒ある聖職者が集まり
各地に点在する一般の教会をまとめる役割をしている。
また、天界から降り立ったエンジェルが最初に降りるのも大半はここであり
使命を帯びたエンジェルはここから各地に散っていくのだ。

この大陸の中央教会はエリスという大都市に存在し
エリスを中心とした地域は教団の直属の領地となっている。
よって、普通の教会とは違い寄付などのほかにも
租税が入るので、圧倒的に裕福で豪華な成り立ちをしている。

もっとも、こういうような利権がからみやすい組織は
得てして腐敗しやすいのだが……


さて、中央教会についたエルを待っていたのは、
銀髪に黄金の鎧を身に付けた一人の教会騎士だった。

「貴公がエルか。遠路はるばる御苦労であった。」

いきなりおもいっきり上から目線である。

「私は教会騎士団長のタウゼント。
今回の聖戦における貴公の活躍はよく聞いている。」
「聖戦ねぇ。」
(自分は開戦初期にぼろ負けしたっていうのに、何が聖戦だ。)

表情にこそ現さないものの、
聖戦だとカッコつけて出陣したくせにちっとも勝てず
最終的にエルの本国に泣きついてきた教会騎士団が
なんで偉そうな態度をしているのだと、
エルは心の中で独り言った。

「ただ、理解しかねるのは、なぜ貴公は魔物と反逆者どもを徹底的に殲滅せず
みすみす大勢逃がしてしまったのかね?
奴らを逃がせば、懲りずにまた我々に襲いかかってくるのだぞ。」
「…我らには我らの考えがあるのだ。口出しはしないでいただきたい。」
「しかしな…、天使様からも何か一言おっしゃってください。
タウゼントはユリアにも話を振る。

「私からは特に何も申すことはありませんが。」

そう言ってにっこりほほ笑むユリアにタウゼントは絶句した。

「ま、まあいい。今は話している場合ではない。
貴公を司教様たちのもとに案内する。ついてこい。」

鎧の音を響かせて回廊を歩くタウゼントの後ろを
エルとユリアがついていく。
教会だというのに、あちらこちらには豪華な装飾が施されており
壁には聖書の一場面を描いた壁画が並び
天井からはシャンデリアが吊下がっている。
千年くらいたてば歴史的建造物としてかなり評価されるだろうが
今のエルにとっては、どこからこんなものつくる金がでてくるのか
程度にしか興味がない。が、教会にとっては
教会の権威を誇示するための努力の結晶なのだ。



一分ほど回廊を歩き、大きな扉をくぐる。
「司教様方。エルクハルト司令官をお連れいたしました。」
タウゼントが一礼する。

かなりの大きさを持つ大広間。
数段高くなっている席に5人の司教が待っていた。
どの司教も見た目高齢で、全員白い法衣に白い司祭帽をかぶっている。
そして、中央から一直線に伸びる赤い絨毯の両脇には
教会騎士たちが整列しており、
さらにその後ろには司祭や神官たちが大勢控えている。
ところどころに、ユリアとは別のエンジェルたちの姿も見られる。
普通の人であったら、厳かな雰囲気に気押されるだろうその中を
エルはユリアとともに何の躊躇もなく進む。

一応式の次第は歩きながらユリアに一通り聞いてあったので
彼は自分のすべき行動を頭に入れてある。
まずは、中央の祭壇の手前まで行き、軽い挨拶をする。

「エルクハルト、ただいま参りました。」
軽く一礼。


「うむ。此度の聖戦におけるそなたの活躍は、まことに素晴らしいものであったと聞く。」

中央に位置する司教がエルに声をかける。

「そなたのもたらした勝利のおかげで、あの地域一帯から邪悪は駆逐され
秩序ある平和が回復された。この功績はまことに大きい。」

エルからしてみれば、むしろ一時的に秩序ある平和を壊したのはこっちだろと突っ込みたかったが
やはり心の中だけにとどめておく。

「よって父なる神に代わり、当教会がそなたの功績と名誉を讃え
栄光ある褒賞と聖招討史の地位を授けるものとする。」

言い終わったのち、エルの前に神官達が褒章の品々を置いた。
そして両側から一斉に大きな拍手が巻き起こった。

拍手が終わったのち再び司教が口を開く
「そなたからは何か一言あるか?」

エルはこの時を待っていたとばかりしゃべりだす。

「称賛にあずかりまして光栄にございます。
しかし、まことに恐縮ですが、賜った地位は返上したく存じます。」

この一言に大広間はにわかに騒然とした。
せっかく賜った地位をいらないとするのは前代未聞である。

「ほう。奇特なことを申す。遠慮することはないぞ?」
「いえ、私は本国の仕事に手いっぱいで、教会の地位を活用することは叶いませぬゆえ。
せっかくではございますが、賜り品のみで結構です。」
「本当に要らないと申すか?」
「はい。私などよりも地位を生かせる人にお与えください。」
「ふむぅ、そこまで言うのであれば無理強いは出来ぬな。
わかった。今回はそなたに対する褒章のみとする。
後で変更が効かぬがそれでも良いな。」
「はっ。」

受賞が終わった後、司教5人それぞれのお褒めの言葉を延々と聞き
続いて教会騎士団から感謝の辞を受ける。
最後にエンジェル達からの祝詞があり
聖歌隊の合唱で閉会した。





エルは式典が終わった後、ユリアの案内で
彼女が教会で滞在する際に使用する部屋に向かった。
本来はエンジェルの住居区には関係者以外立ち入り禁止だが
ユリアたっての希望ということで特別に休ませてもらうことにした。
到着した部屋は教会の東端にあり、部屋からは教会の中庭が望める。
部屋の内装はかなり質素で、聖書関係が並んだ本棚と簡素なベット、
その他最低限の家具のみであり、かなりすっきりした印象を受ける。

部屋に着くなりエルは椅子に思いっきり腰掛けた。

「…しんどい!」

三日三晩連戦して疲労の一つも浮かべなかった彼でも
聞く気もない長話を延々と聞かされてはたまったものではないし、
一歩も動けなかったのが逆にとても苦痛だった。

「申し訳ありません…。良かれと思って教会の方々にも称賛してもらいたかったのですが
かえってエルさんに大変ご迷惑をおかけしたみたいで…。」
「…ええ、まったくです。」

ユリアは自分の善意が結果としてエルを苦しませてしまったことに
大変所在のなさと申し訳なさを感じていた。

レーメイアの勝利の後教会に戻ったユリアは
教団と同僚のエンジェルから聖戦の功労者として大いに称賛された。
しかしユリアにとってこの勝利をもたらしたのは自分ではなく
軍を指揮したエルにあると思っており、
エルが称賛を受けないのはエルにとって不名誉なことだと考えてしまった。
ユリアは教団の人たちやエンジェルたちに事情を説明し
誰が真に称賛の名誉にあずかるべきであるか説得した。

こうしてエルは早く国に帰りたいにもかかわらず教会に呼び出され、
気持ち程度の品と不要な地位を授けられたのだ。
だが、品物はまだしも、地位を授かるということは即ち
教団の支配下にはいるということ同義である。
そのことをエルは見抜き品物だけ受け取って地位は返上したのだ。
ユリアの行為は結果としてエルを不快にさせるだけだった。

思えば思うほど、ユリアは申し訳なさが募る。


(大切な人を…私は傷つけてしまった…
私は…神の使いとして…失格だ…)


「うっ…、ぐす…、ううぅ…」
「へ?ユリアさん?」

いつの間にか泣きだしたユリアに、エルは困惑した。
いつもの彼なら「泣きたいのはこっちだ」と悪態をつくところだが
どうしても彼女に対しては厳しい態度がとれないでいた。

「私…、私…、ひっく…、エルさんに…申し訳…なく…」
「ま、まあまあ、こんなことぐらいで…」
大げさなと続けようとしたエルはようやく気がついた。

自分のためを思って失敗した彼女は
自分のためを思って泣いているのだと。


エルは椅子から立ち上がり、対面のベットに座って泣きじゃくるユリアの傍らに腰かけた。


「うっ…、うぅぅ…ぐす…、…、…   へ?」

そしてエルはユリアの髪をあやすように撫でる。
無言ではあるが、まるで母親が娘を可愛がるように
やさしく、そして丁寧に
ひたすら髪を撫でる。

「ぁ……、あたたかい…」
髪を撫でるエルの手のひらはユリアにとって
どこか心地よかった。


ユリアは安心したのか、しばらくするとエルの胸に頭を預け寝息を立て始めた。
長距離転移魔法のせいか、はたまた長期間の戦争の疲労からか
安らかな表情で眠っている。

「やれやれ、大人しくなったかと思ったらお休みしたか…結局また手間がかかるな。」

エルは苦笑しながらユリアをそのままベットに横にして布団をかけてあげた。

「しっかしまた気持ちよさそうな寝顔してやがりますね…
なんか見てるこっちの気分まで安らぐ気がするな。」

ふと、もしかして父親や母親はこういう気持ちでわが子を見てるのかな
と思いつつも、自分も眠気が差してきた。
窓から差し込むうららかな陽気と、儀式で受けた精神的疲労が
睡魔に味方する。

「うーん。なんかこの状況は教会であってはならない状況だと思うんだが…
もうこれ以上深く考えるのもなんか面倒になってきた。寝る。」

そう言って彼もまたユリアの隣に寝転がり、やがて完全に寝てしまった。








夢を見ていた。


天使になるためのお勉強を終えた後、

遥か下の世界が良く見えるお気に入りの場所に

今日もいそいそと向かう。


いつも日課のように見続けている一人の子供を探す

あ、いたいた。

男の子とも女の子ともとれるかわいらしい顔に

流れるような金色の髪


今日は、片腕のお婆さんと武器のお稽古みたい。

両手で長い棒を持ってお婆さんに向かっていくけど

お婆さんは片手に持った短い棒で

あっさりとあの子をやっつけちゃう。


がんばれっ!がんばれっ!


お稽古が終わったら、お友達がたくさん遊びに来た。

今日は何をやるんだろう?

かくれんぼ?おにごっこ?

なんか丸い布みたいなものを持ってきた。

何に使うの?

あ、蹴っ飛ばした。

それにつられてみんなも丸い布を蹴る。

やっぱりみんな楽しそう。

私もあの中に混ざりたい。

でも、まだできない。

もっともっとたくさんお勉強して

一人前の天使にならなくちゃ!

一人前の天使になってみんなを幸せにするんだ!


そう思いながら、日が暮れて子供たちが家に帰るまで

ずっと子供たちを眺め続けた。










「う〜〜ん…、はっ!」
窓から日の出が見えるころ、エルはベットからとび起きた。
彼は周囲の状況を確認し、昨日のことを思い出す。

「結局昼寝のつもりが朝まで熟睡とは…なんたることだ。」

いつもいつも忙しいのが当たり前の彼にとって
なんだか時間をものすごく無駄にした気分だった。
だが、浪費した時間は物理的な手段ではとり返すことは不可能なので
とりあえず軽い準備運動をこなす。

「そういえば今日はやけに鮮明な夢を見たな。
しかも、俺がまだ子供の時だ。」

そう、あれはまだエルが子供の時。
今日も今日とてひいひいじいさんと武術訓練にいそしむ。
ひいひいじいさんは片腕しかないにもかかわらず
すさまじい強さで、何度打ちかかっても
十数合打ち合うのが限界である。
だが、彼の指導方法はかなり的確で
日に日に強くなってることが実感できた。

そのあとはギルドの子供たちと遊ぶ。
冒険者ギルドでは任務に向かった冒険者や傭兵、軍人などの子供を
預かる保育所みたいな機能も備えており、
任務に行った親を待つ子供とはほとんど顔見知りだった。
エルはその時からすでにいつもリーダー格に君臨している。

その日はジパングの冒険者からもらった本に書いてあった
「ケマリ」という遊びを試すべく
親友のファーリルに丸くて蹴りやすいものを作らせ、
みんなで試行錯誤した。
本に書いてある文字は自分たちでは読めないので
全てはひいひいじいちゃんだのみ。
一応遊び方はみんなで球を落とさないようにうまく蹴飛ばしあう遊び
みたいなんだが、これがなかなか難しい。
最終的にはなんだか一定の地点に球を蹴りこむ遊びになってしまったが
こっちの方がやたらと白熱するので、
「ケマリ」は二手に分かれて球を蹴りあう遊びになった。
この「ケマリ」は白熱しすぎて球が通りかかった荷馬車に当たり
大惨事になったせいで禁止令が出るまで続けられた。
だが、懐かしいことを思い出したものだ。
帰ったら訓練の合間にまたやってみるのもいいかもしれない。
ただ、戦いのプロがやるからには
死人が出る可能性もあるが…


「ん?ふあぁぁぁぁ…」
「お、お目覚めか。」

いつの間にか準備運動が本格的な筋トレに移行していたところで
ユリアが目を覚ました。

「あ、エルさん。もう起きていらしたんですね。」
「ええ、久々にぐっすり寝られました。」
「昨日はご迷惑をおかけして本当に申し訳ありませんでした。」
「いやいや、もうそのことは大丈夫ですよ。
それよりも、大分空腹になってきましたので
朝食を取りたいのですが。」
「そうですね…、まだ食堂が開く時間ではありませんが
私が朝食をごちそういたします。」
「本当ですか!それは有難い!」
半日寝ていた上に起きてトレーニングをしていたエルの腹は
定期的に警告を鳴らしていた。

「腕によりをかけて作りますからね♪」

ユリアは輝くような笑顔でエルを食堂に連れていった。

11/02/14 14:43 up

おまけ

エル「ケマリか…懐かしいな。」
フィーネ「どうしたの、にいさん?」
エル「子供の頃にやったケマリを覚えてるか。」
フィーネ「うん!あれ面白いよね!私は今でも士官学校で友達とやるよ!」
エル「おまえは懲りてなかったのか!?
ボールを肥料運搬車に直撃させて大惨事になったっていうのに!」
フィーネ「この前も学校の窓ガラスを割っちゃったけど。」
エル「やっぱやめたほうがいいぞ、それ。」
フィーネ「でも学校の銅像を砕いちゃった時よりは被害は少ないよ。」
エル「どんだけ強く蹴れば銅像砕けるんだよ…
   あと、あの銅像はアル爺だからな!身内の銅像だぞ!」
フィーネ「それはともかく、にいさん、どうぞ♪」
エル「革でできた球…これを蹴れと?」
フィーネ「にいさんが蹴ったらどんな威力になるだろう?」
エル「いいだろう……俺の本気を見せてやろうじゃないか。」
フィーネ「わくわく♪」
エル「フォイア!!」

ドゴオォン!!

エル「って何やってるんだ俺は!?どこまで飛ばしちまったんだ?」
フィーネ「たぶん大気圏越えたと思う。」



その日、魔界にあるサバト本部にて天体観測班が発表したところによると
この星に直撃するコースをとっていた彗星が突然
何かの直撃を受けたかのように
軌道を変えてこの星を離れて行ったとしたが、
本当かどうかは定かではない。

バーソロミュ
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