読切小説
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暗示に薫る罪の味
「先輩、僕に何か用ですか?」

夕日の差し込む教室。僕は先輩に呼び出された。
冬の斜陽は低く深く、教室全体を茜色に染めていた。普段過ごしている教室と言えども、こうして見ると別世界になってしまう。教室に僕と先輩しかいなければ、尚更。
ひとみ先輩。ツリ目で黒のボブカット。体型はスレンダー。以前、体型の事を話題にしたら見たこともないくらいに顔を真っ赤にして怒られてしまったこともある。先輩には悪いけれども、その様子はとても可愛らしかった。
その彼女が。茜色の教室の中、ポツンと机に腰掛けている。太陽の中の黒点のようで、そこだけ温度が低く感じられる。
いつもの勝気な様子は静まり返って、別人のようなひとみ先輩。諦めたような、決意したような。そんな様子に僕は、ーーー期待してしまわずにはいられない。

正直、僕は先輩が好きだ。
美術部で一緒になって、よく世話を焼いてくれたひとみ先輩。勝気で、不器用で、それでも優しくて……。僕はいつしか彼女に惹かれていた。
僕の一つ上の上の学年である彼女は、この冬が過ぎればこの学校を卒業してしまう。

「………。一つ、聞きたいことがあってさ……。そんなところに突っ立ってないで、こっちに来いよ」
惚けた様にひとみ先輩を見ていた僕は、その声でまだ教室にも入っていなかったことに気がつく。
あまりにも絵になっていたその様子に、汚したくないという気持ちも僕にはあったのだと思う。
「はい」
それだけ言って、僕は茜色の教室に足を踏み入れる。ひとみ先輩という一つの点に向かって。
僕の目を見ずに、ひとみ先輩は俯いたまま。本当に、……らしくない。だから、僕は思わず心配になってしまう。
「どうかしたんですか? 先輩らしくないですよ」
それでも、先輩は俯いたままで……。自嘲気味に笑う。
「らしくない、か。そうだよな。………でも、お前はあたしのことを全部知っているわけじゃない。あたしはあたしのことが嫌いだ。何でこんな風に生まれたのかとさえ思う」
「……………」
僕は先輩が生まれてくれて、出会えて良かったですよ。そんな気の利いた台詞を僕が言えるはずもなく……。
「悪ィ。お前を困らせるつもりじゃ無かったんだ」
先輩に謝らせてしまった。否定しようとする僕は、先輩の意を決したような言葉で押しとどめられる。
「お前ってさ、一つ目の女の子ってどう思う?」
「? …………どういう事ですか」
僕は先輩の質問の意図が分からず、質問を返してしまう。
「こんな事、突然聞かれても困るよなぁ……」
ひとみ先輩は、一つ、フゥと息を吐き出す。
「想像してみてくれよ。顔の半分くらいある、大きくて真っ赤な一つ目をした女の子。そいつがさ……、その目ん玉にお前を大写しにして言うんだ。“あたしと付き合ってください”ってさ。お前……、そんな奴と付き合えるか?」
最後の方は顔を赤らめた先輩。僕は、先輩の言った状況を想像してみる。
一つ目の女の子。しかもその目は顔の半分もあって、ーーー赤い。それは、今の教室のような色だろうか? 寂しげな茜色。
その様子は……。正直、ホラーだ。でも、その子はその姿で勇気を出して告白した。
報われて欲しい。でも、普通の美的感覚だったら、たいていの人はノーと答える申し出。僕だって………。
「フフっ」
先輩の笑い声。質問をしたのは先輩だと言うのに、なぜ笑い出すのだろう。
少しだけ咎めるような視線を向けてしまった僕に、先輩は続ける。
「悪ぃ、悪ぃ。……お前が、あんまりにも真剣に考えてくれているようだったから、さ。“何だよ、そんなホラー。付き合えるわけねぇだろ”、って即答する質問だろ?」
おかしな奴だな、と。先輩はさも可笑しくてたまらないとばかりに、嬉しそうにケラケラと笑う。
僕には先輩がどうしてこんな質問をしてくるのか分からない。だって、先輩の目はちゃんと二つあるのに。そんなこと、関係のない事だろう。
だけどーー。それでも。
付き合えるわけねぇだろ、って言葉には……。本当に言われて、先輩自身が悲しんだのような雰囲気があったーーー。

「で、お前はどうなんだ?」
先輩はそれこそが本題だとばかりに再び尋ねてくる。
先輩はツリ目がちの目で僕を覗き込んでくる。だから、僕はその瞳を見て正直に答える。
「付き合えないと思います」
でも、それが先輩だったなら……。だけど、僕にそれを言う勇気はない。
「……そっか、そうだよな」
先輩の目から、涙が零れおちる。それを見て、僕は慌てることしかできなかった。
「うん。そうだよな。だから、ゴメンな……。許してくれなんて言わない。それでも、あたしはーーー」

お前が好きなんだ。

そんな言葉が聞こえた気がしたけれども。それが本当だったのかは分からない。
何故なら、そこで僕の意識は途絶えたから。
真っ暗な意識の夜に落ちる直前。
教室を染める茜色のような。寂しげな色を浮かべた。大きな一つ目が。
夕日のように浮かぶ。そんな光景を、幻視したーーー。




僕は下駄箱から靴を取り出す。
辺りはすでに真っ暗だ。いつの間にか教室で眠っていたようだった。
疲れがたまっていたなんてことも、寝不足なんてことも無かったとは思うのだけど……。
椅子で長い時間眠っていたせいだろうか?
全力で全身運動をしたかのように気怠い。
それに、……体から甘ったるい匂いもする。はっきりではないけれども、何となく。嗅いでいるだけで、妙にドキドキする。
自分の体の匂いを嗅いでいた僕は、ハッと気がついて頭を振る、
こんな所を誰かに見られでもしたら、大変だ。ひとみ先輩にでも見られたら、からかわれるネタにされてしまう。

……そう言えば、今日はひとみ先輩を見なかった。
毎日顔を合わせているはずなのに、どうしてだか、今日は見かけなかった。
「まぁ、いいか。明日、会えるのだし」
僕は明日の放課後、先輩に呼び出されている。
改まって何の用事だろう? まさか、告白?
僕は淡い期待を抱いてしまう。そんなこと、あるわけがない。
だって、先輩は部長のことが好きだったはずだ。周りの部員がそう噂をしている所を聞いてしまった。
よく僕の世話を焼いてくれるけれど、それは弟に接するようなものだろう……。
それでも、僕はその期待を捨てることが出来ない。
だって、それでも僕は、ひとみ先輩のことが好きだから。
そんなことを思いながら、僕は学校を後にした。




あたしは嫌な奴だ……。
今日もこいつを呼び出して、あたしを犯させている。

「あンぅ。そこォ。……好きィ」
茜色に染まる冬の教室。お互いをお互いの体温で温める。
あたしはこいつにしがみついて、こいつを外から温めて。こいつは逞しいイチモツを私に突っ込んで、激しくあたしをナカから温めてくれる。
温めてくれているどころか、熱いくらいだ。熱く、体を蕩けさせるような罪の味……。
あたしは子宮を小突かれるたびに媚びた嬌声を上げて、こいつが注ぎ込んでくれる快楽を貪っている。
でもーーー。
何が、そこ。何が、好き、だ。
そんなのは当たり前だ。あたしが弱いところは、あたしが知っている。あたしはこいつに暗示をかけて、あたしが悦ぶように犯(ヤ)らせている。
こいつを使って、私は手の込んだオナニーをしている。そんなの、あたしの体が悦ぶに決まっている。
なんてーー、浅ましいオンナ……。
心では、こんな。こいつを弄ぶようなことをしてはいけないと分かっている。それでも、あたしの子宮が覚えてしまった、こいつの精の味を手放すことなんてできはしない。

「ヒャあぁァァァン!」
あたしは一際甲高い声を上げて、こいつの精液を受け止める。カラダの一番深いところで、一滴だって逃さないように咥え込む。
あたしは両足でこいつの腰を密着させているだけでは、不安で。触手の全てを使ってこいつの体を私に縛り付ける。
ドピュドピュ。こいつのザーメンが遠慮なく私の腹を満たしてくれる。それでも、あたしの心だけは満たされない……。
あたしのナカの熱い塊は、あたしのことを、これでもかと苛んでくる。あたしはその良心の呵責すら含めて、快楽を享受していく。
本当に浅ましい。あたしの膣はこいつのチンポの形を覚えてしまった。もう……、こいつじゃないとダメなんだ。
「ダメなんだよぅ……」
あたしは耐えられなくなって、思わず泣き出してしまう。
あたしの嫌いなあたしから。あたしの大嫌いな大きくて真っ赤な一つ目から。大粒の涙が零れ落ちる。
目が大きいと涙も人より大きい。それは、あたしの悲しみが人よりも大きいものとして定められているようで……。ますますあたしの気持ちを沈み込ませる。
こうして毎日のように、大好きな人に抱かれている。それでも、その悲しみは減ることはなく。むしろ増えてすらいる。

ーーーあたしはゲイザー。魔物娘。
魔物とは言っても、人を食ったり殺したりなんかはしない。性的に食ったり、ヤっちまったりはするけれども。
そんな魔物娘が、正体を隠して人間社会にはいたるところにいる。あたしもその一人だ。
でも、あたしは他のみんなとは違う。あたしの見た目はこんな単眼。他の魔物娘はみんな、見目麗しい魅力的な娘ばっかりだ。
あたしみたいな……、化け物なんかとは違う。なんで魔王さまは、こんな風にあたしの種族を変化させたのだろう。
こんな思いをするくらいだったら……。いっそ、あたしだけ魔物のまま。退治される対象のままにしておいてくれればよかった。
こんな……、中途半端な幸せをコソコソと漁る。コソ泥よりも浅ましく惨めな思いを味わうくらいなら。

ゲイザーは種族として、暗示をかけるという能力を持っている。暗示をかけて、こんな見た目の自分を好きにさせる。そして、本当にあたしのことを好きにさせる。種族として、間違ってはいない。でも、あたしはそれが嫌いだった。
だからこそ、今まで好きになった相手がいても、この力を使わずに尋ねてきたのだ。
”あなたは、単眼の女の子を受け入れられますか?”
期待を込めて、不安を必死で押し殺して……。たった一つの異なった答えを求めて……。
そうしてきたはずなのに、あたしは今回は耐え切れなかった。とうとう暗示を使ってしまった。
使わざるをえないほどに、こいつのことを好きになってしまった。
でも、やっぱりこいつも単眼を受け入れられる奴じゃなかったみたいだ。
だって、こいつは今、あたしを犯しているけれども。意識はなく、暴走なんてしていない。ということは、そういうことだ。
こいつは、あたしに暗示をかけられたからあたしを犯している。
決してーー、あたしが好きだからじゃない……。あたしの大きな目からは、次から次へと大粒の涙が零れていく。
止まらない。でも、いいや。こいつは見ているけれども、視てはいない。この勝手な情事は、こいつの記憶には残らない。
あたしがそういう暗示をかけたから……。

「あ」
再び零れたあたしの涙を、こいつは拭ってくれた。
そんなこと、あたしは命令していない。そんな、あたしを労ってくれるような命令をするわけがない。そんなことをしたら、余計に惨めになるだけだ。
これがこいつ。あたしが好きになったこいつ。こいつはあたしだから涙を拭ってくれたのではなくて、涙を流す相手がいたからやったのだろう。だから、あたしは嬉しいと同時に、不満でもある。
あたしは自分の大きな瞳にこいつの姿を写す。同じ美術部の後輩。最初はからかいがいのある弟くらいにしか思ってはいなかった。
それが、男として意識し始めたのはあの時から。
美術部の部長に、あたしがあの質問をした時だ。あたしと部長が何を話していたかなんて、こいつには聞こえていなかったはずだ。聞こえていたら追いかけてこなかった。……いや、こいつは追いかけてくるな。あたしはそう思う。
揺れる心を必死で押さえつけて美術室を出たあたしを。こいつは追いかけて来てくれた。
追いかけて来て、「何だよ」と突き放そうとするあたしに、「何で、そんな泣きそうになっているんですか? 部長に何か言われたんだったら、僕が部長に抗議します。ひとみ先輩は僕が守ります!」
そんな子供じみた言葉に、私は思わず吹き出してしまったのだけど。真っ直ぐに私を見てくれてた瞳に、あたしは惚れてしまった。
からかえる後輩から、こんな化け物に手を差し伸べてくれた男に変わったんだ。
コロコロ好きな相手を変えすぎと言われるかもしれないけれども、好きかも、と思っていた人が。本当のあたしに脈なしだと分かって、傷心したところに、転がり込んで来たこいつ。惚れないわけがない。
格好良くて優しい。子供のようなこいつ。こいつの純粋さをあたしは踏みにじって。暗示なんてイカれた方法で、あたしにイカれさせている。
あたしは乾いた笑みを浮かべる。笑いは乾いているのに、目元は濡れたままで。股なんて、もっとグショグショだ。
浅ましいーーー。あたしは、ホトホトそう思う。
あたしはあたしが嫌い。

嫌いで嫌いでしょうがなくて。それでも、こいつが好きで好きでしょうがなくて。そんなこいつを好きにしているあたしが嫌いで。嫌いで惨めで、ジメジメ鬱陶しくて。いっそ消えてしまえたら、とさえ思う。それも、こいつの手で。こいつが伝え聞く勇者で、その聖なる剣で邪悪な私を消し去って欲しい。それで、こいつはこんな一つ目なんかじゃない。綺麗なお姫様をお嫁さんにするのだ。いや、捕らえれているのはこいつなのだから、別の魔物娘があたしからこいつを解放するのかもしれない。ああ、ああ。こんなやくたいもない事をウダウダと考えてはみたけれど。
結論としては、あたしはあたしが嫌いで。嫌いで嫌いで嫌いで嫌いで嫌いで嫌いで嫌いで嫌いで嫌いで嫌いで嫌いで嫌いで嫌いで。

ーーーこいつにあたしを消し去って貰いたいんだ。

あたしは自分の一つ目を、こいつの二つの目と合わせる。
心の奥底まで、あたしという嫌な奴を見せつけて、こいつが心置き無くあたしを………。
「あたしを壊して」
あたしは怪しく輝く瞳で、自分の願望を告げる。
そうして、こいつはあたしに脳髄まで侵されて。あたしの望みを叶えるために、覆いかぶさって来た。




どうしてだろう? 今日は一段と気怠い。
僕は下駄箱の前でトントンと腰を叩く。心地が良い。一仕事やり終えたような達成感が無くもない。
ーーーそれでも、何故か言いようのない罪悪感がある。
もう許してと言っている女の子の言葉を聞き入れずに、ひたすら犯し抜いたような。
その子を道具のように扱って、穴という穴を犯して。それを止めようとすると、もっとと縋り付かれて。それこそが、彼女の望みであるような……。
ひとみ先輩によく似た雰囲気の一つ目の女の子。彼女が僕の精液でベトベトになっている姿。
友達に見せられた漫画でしかありえないような精液の量。そして、いろんな意味で僕にそんな趣味はなかったはずだ……。
しかし、自信が持てない。
そんな夢を。僕はここ最近見ている、ーーー気がする。
あやふやだ。あやふやだけど、どうしようもなく、僕の中に残っている。
思い出そうとすれば、性交の感触だって、匂いだって思い出せそうだ。思い出そうとしても、まるで蓋をされているようで。
霞みがかった記憶の向こうから、………思い出すことはできない。

最近、ひとみ先輩の様子がおかしい。
僕を見ると、泣きそうな顔をする。それなのに、耳は赤くて。僕が尋ねようとすると、すぐに逃げて行ってしまう。
なんなのだろう。僕は、ナニかしてしまったのだろうか?
僕は考えながら、校門を出る。
すっかり日が暮れて、冬の寒さが身にしみる。
どうして、僕はこんなにも遅くまで学校に残っていたのだろう。
ーーーそれも、わからない。

このしばらく、僕はそんな、ヨクワカラナイ日々を過ごしていた。

家に着く。僕はただいまと言って、自室に入る。そして、ズボンを下ろす。
スボンを下ろして剥き出しになったペニスをシゴく。僕のペニスは僕が触る前から既に天井に向いて、ガチガチになっていた。
これも、わからない事だ。僕の年代であれば、制欲を持て余す事は普通のことだと聞いている。僕だって、人並みには性欲がある。先輩をオカズにしてしまったことだって、……ある。今だってそうしている。それでも、最近の数も量も異常だった。
僕の体に何が起こっているのだ。こんなこと、誰かに相談することなんてできはしない。
ましてや、一つ目の女の子を犯しているイメージを持っているだなんて、口が裂けても言えはしない。

ひとみ先輩に似た女の子。僕は、二つ目の彼女を想像して、オナニーを続ける。
彼女に舐められている。ドピュ。彼女に咥えさせる。ドピュ。彼女を組み敷いて、股にペニスを突き入れる。ドピュ。
そこからは、僕が想像できる様々な体勢を取って、何度も何度も突いて、彼女のナカに吐き出していく。
何度も。ドピュ。何度も。憧れの彼女のナカに。ドピュ。何度も。僕のペニスを突き入れて。ド。何度も。ピュ。何度も。お腹が膨らむくらいに注ぎ込む。ドピ。何度も。そんなにしたら孕んでしまうのではないか。ュ。何度も。それくらい。ドピュドピュ。二つ目の彼女に。何度も。一つ目の彼女に。何度も。二つ目の彼女に。何度も。一つ目の彼女に。何度も何度も……。
射精するたびに、ひとみ先輩の目が、一つになったり二つになったり。どちらが正しいのか分からないくらいに、明滅するーーーー。
「ハッ、ハッ」
ようやく静まってくれたペニスと、ゴミ箱に放り込まれた丸めたティッシュの量に、僕は呆然とする。
僕の体も、心も、どうなってしまったのか?
怖い。僕は自分には分からない自分の変化が、とてつもなく恐ろしい。
ジキル博士とハイド氏のように、二重人格にでもなってしまったのではないか?
僕とは違う人格が出ているときのことを僕は覚えていない。だから、僕は本当に一つ目の女の子を犯しているのかもしれない。
僕の知らない僕が。僕は、本当にそんな趣味を持っていて……。
いや、よそう。そんなことはあるわけがない。そもそも、そんな女の子、存在するわけが無いのだから。
だから、これは思春期の正常な状態。成長する体と心が不安定になっているだけ。
僕はそうして、自分を納得させることにした。

でもーーー。ひとみ先輩であったのなら、一つ目だろうと、僕は好きになれると思う。
それは、ひとみ先輩に初めて尋ねられた時から変わらない。
何を尋ねられたのかは、僕には分からないけれど。そもそも尋ねられたことなんてあっただろうか。
僕は自分の吐き出したものの後始末をして、それを両親にバレないように処分する。そうして、何食わぬ顔で食卓について、お風呂に入って眠りにつく。
少しばかりの罪悪感。それが、大人になることの正常な過程なのだと信じて。




イかれてる。あたしはとっくにイかれている。壊してもらいたかったはずなのに、魔物娘であるあたしが性交で壊れることなんてなかった。
それどころか、むしろ……。もっと、もっとと。あたしの体はこいつのを貪欲に求めている。
この行為を始めてから、どれだけの日にちが経ったのだろう。太陽の出ている時間が徐々に長くなってきている。
まだまだ外は肌寒い。あたしのナカは暖かくても、心は満たされないまま。
ーーー寒い。
あぁ、ああ。喘ぎ過ぎて枯れた声が、嗚咽のようにあたしの口から溢れている。
あたしと交わり続けたこいつはとっくにインキュバスになっている。今日だって、もう何回出してもらったか分からない。
あたしのナカで、こいつの肉棒はガチガチで。チュクチュクととあたしの子宮にキスしてくれる。
浅ましくも、あたしはそれが嬉しい。
…………。もうすぐ、春……、だ。
あたしはこの学校を卒業する。あたしはそのまま、こいつからも卒業するつもりでいる。
こいつがインキュバスになるまで、交わっても、こいつは唯の一度も、暴走してくれることはなかった。
あたしは最後の一押しをしなかった。単眼のあたしを好きになれ。という暗示をかけなかった。それだけはなけなしの、小っぽけなプライドが許してはくれなかった。暗示で、こうやって何度もあたしを犯させているというのに……。
それだけはできなかった。したくはなかった。
卒業式の日、それで最後にしよう。そこで、あたしはこいつに、あたしのことを忘れろ。という、最後の暗示をかけることにする。
その後、あたしがどうなるか、どうするかなんて、知ったことでは無い。
決まっている。あたしは、もうこいつなしではいられない。だから、こいつと離れて仕舞えば、それはもうあたしではないのだ。
あたしには関係ない。
今はただ。この拭い去れない罪の味にだけ、浸っていればいい………。




シたい。シたい。シたい。
僕はどうしようもなく、先輩としたくてたまらない。
普通に歩いている振動だけでペニスが勃起してしまう。僕の体はどうしてしまったのだろう?
僕の中から性欲溢れ出して、すぐにでも理性という堤防を打ち破ってしまいそうだ。その性欲の濁流が向かうのは僕の憧れの人、ひとみ先輩。
そんな恐ろしいこと出来るわけがない。彼女が僕を避けていてくれて助かった。もしかしたら、所構わず押し倒してしまうかもしれない。
そして、人目も憚らずに、彼女のナカに溜まりに溜まった欲望を、再び、解き放つ。

ーーー再び? そんなわけはない。僕はひとみ先輩とセックスなんてしたことはない。
僕の妄想の中だけ。本当に見たかどうかも、定かではない映像の中でだけ。
僕はもうそろそろヤバイのかもしれない。ひとみ先輩に限ったことではあるのだけど、何が本当で、何が妄想なのかが、もう分からない。苦しい。苦しい。ひとみ先輩のことを考えると、胸が苦しくなる。同時に、パンツの中で、ペニスが痛いくらいに膨れ上がる。どうして? こんなの。僕が彼女の体だけを求めているみたいじゃないか。
僕は彼女自身が好きなのに。もう。彼女が一つ目だろうが、二つ目だろうが。三つ目だったところで構いはしない。
僕は彼女が好きだ。好きで好きでたまらない。

もうすぐ……。先輩は卒業してしまう。
告白、しよう。
告白して、先輩がこの学校を卒業しても繋がっていたい。
………でも、僕は先輩に避けられている。
先輩を呼び出したところで、来てくれるかどうかなんてわからない。
それでも、僕は先輩にこの想いを伝えたい。




は、ははははは。
キモチイイ。キモチガイイ。泣きそうになるほど、気持ちがいい。
実際にあたしは泣いている。真っ赤な一つの瞳を、白目まで真っ赤に染めて、泣いている。悲しく泣いて、淫らに鳴いて。こいつに抱かれている。
向かい合って突かれるのが好き。犬のように四つん這いになって、後ろから突かれるのが好ましい。こいつの上の跨って、ロデオでマワされるように腰を振るのがタマラナイ。潮だけじゃなくて、尿まで漏らして。こいつはあたしでベタベタ。あたしはこいつの白濁でベタベタ。
ああ、タマラナイ。たまらない。あたしは淫らに顔を蕩けさせて。あたしは涙で顔をグシャグシャにして、こいつに抱かれている。
単眼から流れる大きな涙は見飽きた。あたしはこいつのように、小さな涙を零したい。
もう、これを失ってしまうのであれば、こいつにあたしを好きになれって、暗示をかけたってーーー。

愚者(グシャ)ァ。
しまった強く殴りすぎた。あたしはチラと脳裏をよぎった欲望を叩き潰すように。自分の頬を殴りつけた。
あんまりにも勢いが強くて、頭がクラクラする。目の前がチカチカする。
「痛っテェ……」
口の中に血の味がする。ヌルリとした。錆びた鉄の味。浅ましいあたしへの、罰の味。歯が当たって、唇が切れた。
あたしはその口で、こいつにキスをする。あたしの唾液と血を口の中に送り込む。
ゴクリ。こいつが喉を鳴らして、あたしの罪を嚥下する。その様子を見て、浅ましいあたしの下腹部で。ドロリと濁った熱が蠢く。
「救えネェ。は、ははは」
あたしはこいつに跨ったまま、腰を振る。もっと深く、こいつをあたしの奥の奥まで咥えこむために。全体重をかけて、こいつをあたしの奥に差し込ませる。それにたまらなかったのは、あたしだけじゃない。その刺激で、こいつはあたしの子宮に容赦なく精液を吐き出していく。
その甘美な感触。無数の蟻が胎内で這いずるような、罪の苦味があたしの内側にこれでもかと刻み込まれる。
あたしは弓なりに仰け反って、白い咽頭(のど)を無防備に晒す。このまま、ここに口を押し当てて噛み破って欲しい。
あたしの触手たちも、快楽のせいで、その全部がピィーンと伸びきっている。先端にある目を快楽に歪ませながら。自分がイッている時の目。それがいくつもあたしの一番大きな目に見られている。
気持ちが悪い。キモチガイイ。キモチガワルイ。気持ちが良い。この絶頂のまま、昇天したい。退治されたい。
あたしはガクガクと全身をわななかせている。一思いにヤッちまって欲しい。
でも、その願いをこいつは叶えてくれない。その代わりに、何度も何度も犯(や)っちまってくれる。
………。そういや、こいつは今日、少しだけ様子が違っていた。
いつもだったら、あたしが暗示をかけると、すぐに襲いかかってくるのに。今日は、1テンポ遅れた。
何かを決意して、口を開こうとしていた。でも、開きかけている口をあたしは自分の口で塞いだ。そうして、至近距離からこの単眼で暗示をかけてやった。言葉なんて、かけられたくない。
あたしは、もう、ただこいつと交わっていたいだけだ。




先輩に会えない。会いたい。会っている気がする。いや、会ってはいない。
シたい。シたい。シたい。
その薄い胸に、僕のペニスを擦り付けたい。その口に僕のペニスを咥えこませて、大きな単眼で上目遣いに見つめて欲しい。その股に僕のペニスをねじ込んで、孕むまで精液を注ぎ込みたい。
違う。違わない。先輩は二つ目だ。いいや、先輩は一つ目だ。そんなことどうでもいい。ただシたい。
違う。僕は先輩の体だけが目当てなんじゃない。
体も心も全てが欲しい。僕は先輩の全てを自分のものにしたい。
先輩、先輩、先輩。目を閉じても、開いていても、先輩の瞳が見える。
夕日のような寂しげな茜色。違う。先輩の瞳の色は黒だ。
だけど、僕にはその色が印象的に残っている。




キモチガイイ。キモチガワルイ。キモチガイイ。キモチガイイ。
キモチガワルイ。キモチガイイ。キモチガイイ。キモチガワルイ。
茜色の教室にあたしの嬌声が響いている。あたしがドロドロにされる匂いがする。あたしが突かれている音が溶けていく。
あたしの涙も、汗も、唾液も、愛液も。みんなみんな。茜色に溶けていく。燃えている。
夕日の断末魔にくべられていく。もっと寂しげに。もっと切なげに。夕日を見送れと言っているように。
あたしたちの性交を見ているのは夕日だけ。夕日の茜色だけ。
あたしは泣きながら、こいつと一緒に全身を茜色に染めている。
教室には誰も来ない。来るはずがない。こいつと心置き無く交わるために、人避けの呪いをしてある。

キモチガワルイ。アサマシイ。ミジメダ。
キモチガイイ。ダレカニトメテモライタイ。トメテモライタクナイ。
このまま、夕日が、あたしたちの刻を茜色で、跡形もなく燃やし尽くしてくれればいいのに。




先輩、好きです。どうして、僕は先輩に会えないのですか?
僕のことが嫌いなんでしょうか?
どうして、先輩はいつも泣いているのですか?




そんな目で見ないで欲しい。そんな労わるような、慈しむような目で見ないで欲しい。
あたしなんて、お前を弄んだだけ。自分の欲望を満たすために暗示をかけただけ。
だから、そんな目を向けてもらう資格なんてない。もっと憎々しげに、蔑むように。あたしを滅茶苦茶にして欲しい。




どうしたら、先輩に触れられますか?




どうして、そんな目をあたしに向けるんだ……。
あたしにはもう、耐えきれない。卒業式なんていわず、もういっそーー。







先輩に呼び出された。
この状況はとても見覚えがある気がする。
どうしても、僕がたどり着けなかった光景。
斜陽の差し込む教室は、寂しげな茜色に染まっている。
そこに一つ。ポツン。黒い深く沈んだシミのように、先輩が佇んでいた。
黒いボブカットに、スレンダーな体形。僕の好きな先輩。求めずにはいられない先輩。
僕のペニスは彼女の姿を見て、パンツの中ではち切れんばかりに膨れ上がる。ヤメテクレ。やっと、先輩と話をすることが出来るんだ。お前の出番じゃない。
まるで僕のものじゃないように、硬くなるソレ。僕は先輩と話したいのだ。決して、いつものように、泣いている先輩を犯したいわけじゃない。
いつものように? 僕はまた何を言っているんだ?
僕は茜色の教室に足を踏み入れる。先輩と僕だけの教室。クラスのみんなが座って授業を受けている日常の教室。
それが、今は異世界だ。ひどく非日常の世界。非日常の象徴であるような先輩に向かって、僕は足を進める。
まるで、誘蛾灯に誘われる羽虫のように。フラフラと。白昼夢の中で羽化した虫が、飛んでいく。
僕は先輩の前に立つ。

「先輩、僕に何か用ですか?」
違う。用があるのは僕の方だ。本当は僕が先輩を呼び出したかった。呼び出して、先輩に告白して。拒絶されても御構い無しで、組み敷いて、股座(またぐら)で滾るモノをーーー。
ヤメテクレ。やめてください。お願いですから。どうしても、そちらに持っていこうとする僕の思考に、僕は懇願する。
まるでパブロフの犬のように。僕のペニスからは先走り液が出ているだろう。もう、わかる。これくらい、痛いくらいに勃起していれば、出ていないわけがない。
僕の様子を見ていたのかはわからないけれど、先輩は俯いたまま。
「………ゴメンな。お前をそんな風にしちまって」
そう言って、僕のベルトに手をかける。
「せ、先輩!?」
慌てる僕に御構い無しに。先輩は慣れた手つきで、僕のベルトをカチャカチャと緩める。そして、パンツごとズボンを下ろす。
ブルン。僕のペニスが先輩の前に晒される。自分のモノながら、信じられないほどに怒張したモノ。外気に晒されて、先輩の黒い二つ目に見つめられて、ピクピクと脈打っている。ひとみ先輩が息を飲んだ気配がした。僕もその光景に生唾を飲み込む。
グロテスクな肉棒を、先輩がツリ目がちの目を淫靡に歪ませながら見つめている。
普段、生徒たちが授業を受ける教室で見る、この光景はいたく背徳感を覚えさせられる。先輩は肩で息をしているくせに、僕のペニスに息を吹きかけないように気をつけている。ちょっとでも刺激を与えれば、暴発してしまうことを知っているから。
先輩は真上を向いた僕のペニスをそのまま口で咥えこむ。
「うぁっ!」
僕はたまらず、先輩の口内に思いっきり射精してしまう。遠慮もなく。慣れた、当然の行為として。
先輩は容赦なく喉に注ぎ込まれる僕のザーメンを。一滴も逃すまいとばかりに、飲み込んでいく。その勢いでむせることもなく。嚥下もせずに、喉を素通りさせていく。
僕は荒い息を吐きながら、放尿しているような量と勢いで射精していく。このまま、先輩の頭を掴んで、前後に揺さぶりたい。そんな衝動に駆られるけれども、僕は歯を食いしばってこの快楽に耐えている。先輩はそんな僕を上目遣いで見つめてきている。
先輩の二つの目が、一つに重なって見える。黒い二つの瞳が顔の真ん中でくっついて、寂しげな夕日のような瞳があるように見える。
そんな幻影が、現実の先輩に重なって、明滅する。どっちが本当で、どっちが妄想なのだろう……。
ようやく、勢いがおさまってきた僕のペニスに先輩の舌が這う。どうして……、こんなにも僕の弱い部分を知っているのか。
ジョッ、ジョッ。ザーメンの残り汁が、先輩の喉奥に飛ぶ感覚がする。先輩はそれを、淫らに嬉しそうに……。泣きそうな顔をして受け止めている。
精液を吐き出しても、僕のペニスは一向に衰えることはない。
亀頭と、先輩の艶やかな唇の間に、白くネバついた橋がかかる。先輩は口の中で僕の精液を転がしている。転がして、口をパカっと開けて、見せつけてくる。先輩の口を汚した白濁を。これがお前の本性だとばかりに、見せつけてくる。そうして、先輩はそれを飲み込む。
飲み込んで、頬を夕日よりも赤く染めて、ホゥと息をつく。
見たことのない先輩の姿に、僕は……。

先輩が机に腰掛ける。腰掛けて、股を開く。
思わず僕は息を飲む。先輩のショーツはグショグショだ。クロッチの部分は張り付いて、先輩の女の子の形がありありとわかる。真ん中に入った一筋の線を僕のペニスで押し開けてくれと、主張している。
「来て、……くれよ。お前のそいつを、あたしのおまんこに思いっきり突き入れてくれよ」
先輩の口から、聞いたことのない淫語が出る。先輩は、濡れたショーツをズラしてその下を露わにした。
抑えるものが無くなって。先輩の愛液が机を濡らしていく。早く僕のペニスを咥えこみたいと、ヒクヒク淫唇が動いている。
僕のペニスはそれに応えてピクピクと動く。
ヒクヒク、ピクピク。ヒクヒク、ピクピク。
二人にしかわからない言葉で話しているようだ。
先輩はおまんこを広げて、ピンク色をさらけ出す。
「ぅあっ」
ナカを外気に触れさせたせいで、先輩は可愛らしい声を漏らして震えた。そのツリ目がちの目を淫らに蕩けさせて、視線で早くクレと懇願してくる。
僕は我慢できずに先輩のナカに、ペニスを突っ込む。
………しまった。先輩のナカが気持ちよすぎて、入れた途端に出してしまった。一度目と変わらない量の精液が、先輩の膣奥に注ぎ込まれる。
急いでヌこうとする僕の腰には先輩の足が回されて。僕は引き抜くこともできずに、より深くにザーメンを流し込む。
こんなにも注ぎ込んでしまったら、赤ちゃんができてしまうのではないか?
先輩に僕の子を孕ませる。その、ひどく淫靡な響きは、余計に僕の射精を促してくる。
そうして、残らず僕は先輩の子宮に、僕の欲望の証を刻みつけた。それでも、僕のペニスが萎える様子は一向にない。
困惑する僕の耳元で、先輩の声がする。いつしか先輩は僕の背中に手を回して、体全体で密着していた。
「ありがとう。これで、最後にするから。今まで、ゴメン……、な」
嗚咽交じりの声。もしかして、先輩は泣いている?
「な、何を言っているんですか、先輩。それに、何で泣いて……。もしかして、痛かったんですか?」
「泣いてないよ。バーカ。あたしがそんな簡単に泣く女だと思うなよ。痛くなんかも、……ないし。あぁ、やっぱりお前は優しいなぁ」
先輩のケラケラと笑う声が、すごく近くに聞こえる。でも、どうしても遠くから響いているように思えてしまう。
先輩はここにいて、僕に抱きついているけれども。遠くに行こうとしているように、聞こえてしまう。
僕は急に不安になって、先輩を強く抱きしめる。
「おいおい。お前って実は甘えん坊だったのかよ? あたしのナカじゃ、まだまだ逞しいのに……」
「そうですよ。だから、先輩とずっと一緒にいたいんです。先輩、好きです。どうしようもなく。好きです。順序は逆になってしまいましたが、僕と付き合って下さい」
「…………ゴメン。ダメなんだ。もう遅いんだ。あたしはその言葉を聞くまで我慢が出来なかったんだ。だから、これで………」
さよならだ。先輩は確かにそう言った。
「さよなら、って。先輩はもうすぐ卒業なだけでしょう? 卒業しても先輩はまだいますよね。僕は先輩と離れたくはないです」
だから、そんな、消えるみたいに言わないで下さい。僕は唇を噛み締めて、先輩を抱きしめる腕に力を込める。
「あはは。痛いって。今までどれだけ、暗示をかけてもこんな力は出さなかったのに……。それだけ、あたしに本気になってはくれなかった。こんな、あたしには……」
「僕は本気ですよ。本気で先輩が好きです。僕じゃあ、ダメ、なんですか?」
「嬉しい。嬉しいよ。それこそ、本気で。でも、ダメ、何だ。お前がダメなんじゃなくて、あたしがダメなんだ。お前みたいなイイ男に、あたしなんかが釣り合うわけがない」
「あたしなんか、って。………先輩は、イイ女ですよ」
僕は精一杯の気取った台詞を吐いてみる。
「いいや、そんなことはない。あたしは酷く惨めで、浅ましい。最低な奴だ」
先輩の押し殺した声に、僕は言葉を返すことが出来ない。ここで迂闊な言葉を返したら、先輩はガラス細工のように、コナゴナになってしまうのではないかという予感がした。
「お前のその気持ちな。あたしの暗示によって植えつけられたものなんだ」
先輩が急に突拍子のないことを言い出した。でも、それは本当のことだと、僕はわかった。同時に、とてもムカついた。
「あたしは、人間じゃないって言ったら、信じるか?」
先輩の声は霞の向こうから聞こえるようで。湿っていた。
「ゲイザーっていう。とても醜くて、気持ちの悪い種族なんだ。更に気持ちが悪いことに、暗示なんてものが使えてさ。相手が醜い自分たちを好きになるように、操作することが出来るんだ」
霞の向こうで、先輩の言う醜い生き物の輪郭が線を結ぶ。
顔の半分もある大きな一つ目。真っ赤で、夕日のように寂しげな茜色。
その肌は血の気がなく見えて、白い。体のいたるところに、ゼリーのような黒くプヨプヨとしたものが張り付いて、大事なところを隠している。
髪の中からは何本も触手が伸びて、その先端では大きな目がギョロギョロと蠢いている。
ホラーだ。僕はそいつと何度も交わっていたのだと言う。先輩が、どのように僕が先輩をアイシタのかを教えてくれた。
シンジラレナイ。僕がそれを先輩にしただなんて、先輩が僕にそれをさせていただなんて。
僕の体は魔物娘である先輩と何度も交わることで、人間を辞めてもいるらしい。インキュバス。異常な性欲と、異常な性力は、そのせいらしい。それは納得だ。この異常な体は、人間を辞めたせい。ヒドイ。僕は知らない間に、先輩という化け物によって、同じような化け物にされていた。
「ごめん。……ごめんなぁ」
黙ったままの僕の耳元で、先輩の謝罪の声がする。
それが、ヒトの意志を無視する非道な行為だと先輩は知っていた。知っていたけれども、僕への想いを止めることが出来なかった。自分に自信を持てなかった先輩は、したくはなかった方法に頼らざるを得なかった。
正直、先輩には幻滅だ……。
「だから、もうこれで。終わりにする。あたしなんていう化け物から、お前を解放してやる」
ヒドくて、人でなしの先輩は、勝手にそんなことを言っている。本当に勝手だ。
ひとみ先輩は僕の背中に回していた手を離して、僕の上半身をソッと起こさせる。
僕と先輩は顔を見合わせる。そこにいるのは、僕が幻視した一つ目の化け物。確かに、こんな見た目では自分に自信が持てないのも分からなくはない。僕だって、突然見てしまったら、怖気付くだろう。
先輩の夕日のような瞳が、寂しげな色を浮かべてジッと覗き込んでくる。

ーーーバイバイ。先輩の寂しげな声が茜色の教室に溶ける。溶けて消えていく。
先輩はそのまま、消えていきそうだ。僕の意識に、夕日色の寂寥を残して、僕の意識は夜に沈むーーー。




ガンッ。
痛い。ヒリヒリする。何だ、何が起こった?
あたしは急に、自分に襲いかかってきた痛みに目を白黒させる。
どうして? あたしはこいつにあたしを忘れるように暗示をかけた。
思いっきり、キツく。あたしの全能力をかけて。力み過ぎたのか?
あたしに暗示をかけられて、意識を失うハズのこいつが。オデコとオデコをくっつけて、あたしのことを至近距離で睨みつけてきている。
あたしはこいつに頭突きされた。それは信じられないことで、こいつは見たことのないくらい怖い顔をしている。………この顔をあたしは求めていたハズだ。
何をしたんだ。何をしてくれたんだ。お前のような化け物を好きになるはずがないだろう。
そう言って、詰って、放り捨ててくれることを望んでいた。
でも、それは私が一番して欲しくなかったことだ。見たくはなかったことだ。
だから、あたしを忘れるように暗示をかけて、あたしは消えさろうとしていたんだ。
ーーーそれなのに。
あたしは渾身の力を込めて、こいつに暗示をかける。こんな至近距離ならば、外すことはない。
真っ正面から、こいつとあたしは見つめ合う。こんなにも真っ直ぐに至近距離で見つめ合う。思わず照れてしまう。
あたしが望んでいたことでもある。でも、こいつの顔はそんなロマンチックなものとは程遠い。
ゴメン、あたしが悪かった。だから、そんな目で見ないでくれ。
あたしは、暗示をかける。でも、こいつに効いたそぶりはない。
イヤだ、イヤだ。そんな目で見ないでくれ。あたしのことをスッパリと忘れてくれ。
イヤだ。イヤだ。あたしのことを忘れないで欲しい。こんな醜くて、浅ましい女でも、こいつには忘れて欲しくない。
ここに至っても、まだ、あたしはこいつに愛してもらいたいと思ってしまっている。
ここにきて、初めてあたしは正面からあたしの気持ちに向き合うことになってしまった。
あたしは目をあらん限りに見開いて、こいつに暗示をかける。

あたしを忘れろ。忘れろ。忘れろ。
忘れないで。忘れないで。忘れないで。お願いします。
愛してください。愛してください。愛しています。お願いします。

いつしかあたしは泣いていた。至近距離で、泣いているところをこいつに見られている。
恥ずかしい。今まで散々恥ずかしいことをしてきたのに。顔を真っ赤にして。そのまま泣いている。
あたしの大嫌いな大粒の涙。大きな単眼から溢れる、大粒の涙。
「ぅ、……ぅえっ。何で、……何で効かないんだよぉ。あたしのことなんか、忘れちまえよぉ」
あたしは子供のように泣きじゃくる。そっぽを向いて、顔を隠したい。逃げ出したい。
でも、こんなに顔と顔を近づけてちゃ、手で顔を覆うことすら出来やしない。
あたしは羞恥に苛まれて、泣き続ける。

「やっぱり、泣いてるじゃないですか。こんなに悲しそうに。どうして、教えてくれなかったんですか?」
「ふぇ?」
こいつはそんなことを言いながらあたしを抱きしめてくれた。キツく、キツく。痛いくらいに。まるで、あたしの悲しみを一つも零さないとしているように。
「先輩は酷いです。正直、幻滅しました」
耳元で、こいつはそんなことを言ってくる。あたしは声もなく泣く。
「それに、こんな化け物で、僕まで人間を辞めさせて。勝手です」
とうとう言われてしまった。あたしのことを化け物って。こいつにはだけは言われたくなかったこと。
「それで、これで最後って、僕に先輩のことを忘れさせて消えようだなんて、最低です」
あれ。こいつ、もしかして、泣いている? あたしは気づいた。
あたしを抱きしめているこいつの体は震えていて。嗚咽も聞こえる。
「僕は先輩のことを忘れたくないです」
絞り出すようなその声に、あたしは声を詰まらせる。
「僕のこの気持ちは、ずっと前からのものです。決して、先輩に暗示をかけられたからじゃないです」
本当に? でもーーー。
「でも、あたしに暗示をかけられて、お前は暴走しなかったじゃないか……。暴走せずに、意識のない状態であたしを犯していた」
犯していた、という言葉に、こいつの体が強張った。何を今更。今、お前はあたしのナカにチンポを突っ込んだままだというのに。
……ああ、そうか。そういうことか。あたしは気がついた。そうして、頬が急激に熱くなっていくのを感じた。
あたしが使っていた暗示は、単眼が好きなやつなら、暴走するというものだ。あたし個人を好きなやつを暴走させる類のものじゃない。
こいつは、あたしが好きなんだ。決して、単眼が好きなわけじゃない。そこまで考えて、あたしの顔は今度は冷める。
「お前は別に単眼が好きなわけじゃないだろ?」
「はい。正直なことを言えば、突然見たら恐ろしく感じてしまうかもしれません」
やっぱり。それは分かりきったこと。普通の反応。今まで、何度も聞いてきて、嫌という程身にしみている。
だけど、こいつはあたしを抱きしめる力を緩めない。
「でも、それが先輩だったら、恐ろしくなんてありません。一つ目だろうが、二つ目だろうが、そんなことは関係ない。僕は先輩が好きなんです。ひとみが好きなんです」
何だよ。何なんだよ。この気持ちは。あたしはーー、あたしだって。お前が好きなんだ。
「お前、今更何を言っているんだ。さっき、あたしに幻滅したって言ったじゃないか。あたしのこと、化け物だって言ったじゃないか」
素直じゃないあたしの口からはそんな言葉が出る。それに答える声が耳元でする。
「ええ、言いました。大好きな先輩から、好きだと思われていて僕が嬉しくないわけがない。その気持ちは、先輩が暗示なんて方法を取ったところで変わらない。先輩が化け物だったって、僕の気持ちは変わらない。僕を好きだって思ったくせに、僕を信じてくれなかったことに幻滅したんです」
「馬鹿ヤロォ。信じられるわけないだろう。お前なんかに、あたしが今までどんな思いで生きてきたかなんて、分かりっこない……」
「ええ、分かりません。僕は先輩のことをほとんど知りません。だから、教えてください」
そう言って、こいつはあたしの後ろ頭に手を当てて、頭と頭をすり寄せる。その優しい手つきに、あたしは叫ぶ。
あたしもこいつに抱きついて、喚く。
「似……ッ、似合わないこと言ってんじゃねぇよ! …こ、……後悔ーー、する、ゾッ! あ、あたしは……ァ、化け物、ッーーなんだからな!」
「構わないですよ。化け物と言うんだったら、僕だってもう、ソレですよ。先輩のせいで……。それに、今の僕は、もう。二つ目の先輩よりも、一つ目の今の先輩が。ゲイザーであるひとみ先輩が好きですから」
あたしはその言葉を聞いて泣く。泣いてしまう。こいつに全て聞かれているのに、わんわん泣いてしまう。
こんな気持ちの悪くて、醜くて、浅ましい、あたしのことを好きと言ってくれた。好きと言ってくれた!
嬉し涙で頬を濡らすことなんて、ありえないと思っていた。あたしの大きな目から、暖かい涙が溢れている。
この大きな涙は大きな悲しみの証。だけど、嬉しいときには普通のヒトよりも、よっぽど暖かい。
あ、はは。らしくねぇ。こんなことを思うだなんて、あたしらしくない。
「お、おい。ちょっと待ってくれ。こんな顔、見ないでくれ」
こいつは体を起こして、あたしの顔をマジマジと見てくる。恥ずかしい。泣いてばっかりのあたしなんて、見られたくない。
「……やっと、ちゃんと顔を見られた。やっぱり、可愛いですよ先輩。この目は朝日の色みたいで、綺麗です」
「へ? ヤァぁ……」
今まで言われたことのない、可愛いと綺麗、という言葉のダブルパンチ。その上、優しく頬を撫でられる。
「あはは、先輩、顔、真っ赤です。可愛い」
「や、……だから、そんなこと言うなよぉ。それに、見るなってェ……」
クラクラしてきているあたしを畳み掛けるようなこいつの言葉。調子にのるな。そう思うが、嬉しくて、その言葉を言えない。
ついばむようなキス。ダメだ。もうあたしの顔がどうなっているかだなんて、想像もしたくない。きっと、この上なく、幸せそうで、嬉しそうで、蕩けた顔をしているだろう。こいつのニヤついた顔を見れば、分かってしまう。
「〜〜〜〜〜〜””」
頬にキス。それが徐々に降りていく。魔物娘の正体を現したあたしは、黒いゼリー状のもので体の大事な部分を隠している。
それを、一つ一つ口で剥がされていく。
ぺりぺりという感触の一つ一つで、あたしの体に電流が走る。気持ちよくて、これだけでどうにかなってしまいそう。
剥かれた乳首に舌が這う。コリコリと転がされて、こねくり回される。
「ふァ、……あ…、あ」
自分でも、ビックリするほどの、…………可愛らしい、〜〜〜〜””。声が出る。
今まで、散々こいつにやられた行為であるはずなのに、この恥ずかしさと、気持ちの良さはなんなのだろう。
「先輩、可愛いですよ」
「だから、そんなこと言うなって、言っているだろ……。調子にィ……、のるなッ」
あたしは上の愛撫だけで一向に腰を振ってくれないもどかしさもあって、ついにその言葉を口にする。口にして、ギュウゥッと膣を締め付けてやる。
だけど、そんなことをするんじゃなかった。あたしは直ぐに後悔する。
こいつはあたしの中に、射精した。何度も、されたはずなのに。何度も刻み付けられたはずなのに。
初めて、味わうような。その真っ白な快楽の奔流は、あたしの理性を押し流した。
「ヒャアあァァァァァン♡♡♡」
あられもない声を上げてあたしは果てる。こいつの前で。理性のあるこいつの目の前で、だらしのない表情を浮かべる。
「ひっ、……ヒッ」
「大丈夫ですか?」
引きつけを起こしたように痙攣するあたしをこいつは気遣ってくれる。
大丈夫なわけあるもんか。気持ちよすぎて、幸せすぎて、死んでしまいそうだ。
「ァっ」
こいつのチンポがあたしのナカでまた膨れ上がってくる。
「すいません。先輩。先輩の可愛らしい姿を見てたら、我慢が出来なくて……」
ワザとだ。もう、ワザとに決まっている。こいつ、優しいけれども、本当はSなんじゃないだろうか?
でも、ずっと壊してもらいたいと願っていたあたしは紛れもなくMだ。これから、可愛い、好きだ、綺麗だ。なんて言われて、辱められて、弄ばれるんだ。現に今だって、そうしてきていやがる。嫌じゃない。大好きだ。
もっと、もっと。あたしを滅茶苦茶に犯して欲しい。こいつのことしか考えられないくらい。あたしが自分のことを嫌いになる暇がないくらいに。
「大丈夫ですよ。僕は先輩の望み通りにして上げます」
あたし、今、口には出していなかったよな?
訝しげな顔を浮かべるあたしに、こいつは得意そうな顔で言ってくる。
「僕、思い出しました。先輩が、僕に暗示をかけている間のこと。その時に、先輩が何を言っていたかを」
あたし……、何を言っていた? 何を口走ってしまっていた?
もしかして、秘めた願望とか、どのように犯して欲しいとか、言っちゃってたか?
マズイマズイ。その全てをされたら、本当に壊れてしまう。気持ちよくて、幸せで、ブッ壊れてしまう。

でも、ま。いいか。これはあたしの罪滅ぼし。………ご褒美でしかない。
だから、あたしは満面の笑みを浮かべて言ってやる。
「本当だな? これからもずっとずっとあたしを愛してくれるんだな?」
「もちろん。僕は先輩のことが好きですから」
こいつはそう言って、あたしにキスをしてくれる。深く強く。それだけでイッてしまいそうになるキス。
もう真っ暗になった教室で、あたしたちは何度も何度も交じり合った。
交じり合って、グチョグチョに溶けてしまうかと思うほどに。
あたしたちは一晩中、教室で交じり合った。もうどっちがどっちかわからない。




夜が明ける。もうすぐ、春がやってくる。
ずっと、寒かった冬が終わって、春がやってくる。
だけど、ここはもう。夏のように熱い。
あたしのやったことは決して消えはしない罪。
でも、こいつから卒業できないための鎖を首に巻かれていると思うと、ゾクゾクして愛おしい。
ここまで、あたし、変態じゃなかったと思うんだけど……。こいつのせいだ。こいつが悪いんだ。
あたしのことを好きだなんて、可愛い、綺麗だなんて、一晩中囁かれたから。あたしはおかしくなったんだ。
犯されて、おかしくされて、とても可笑しい。
あたしはこいつの寝顔を見て、微笑んでしまう。
醜くて、気持ちの悪い顔で精一杯できる、可愛らしい笑顔で。

…………。
そうして、迎えた朝日の色は。
ーーーとても力強くて、美しかった。
16/12/29 13:06更新 / ルピナス

■作者メッセージ
単眼が好きです。でも、ゲイザーはもっと好きです。

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