読切小説
[TOP]
雪風と相棒


私の名前はスノウ。こんな名前だがリザードマン種の戦士だ。
出身の部族では気候を表す名前をつけられる事が多い。
私が雪の名前を称しているのは、産まれた時に雪が降っていたからだそうだ。
今は武者修行と称した目的の無い旅をして、冒険者として活動をしている。
旅の目的地は無い。今は魔都に行き付き、そして当分此処で過ごしていくのだろう。
定着しても良い、とすら思えた。いや、思っている。


私の相棒の名前はクリフ。腕は良いがケチな盗賊だ。


いや。ケチ程度では語弊が生じてしまうな。

自信過剰で傲慢で皮肉屋でお金に汚いくせに散財癖があって短気で向こう見ず。
直情的でバクチ好きで意地っ張りなのに臆病で怖がりの小心者でいつも逃げ腰。
口が軽くて一言多くて癇に障るようなことを平然と述べて出来の悪い嘘までつく。
怠け者でだらしなくて抜けていて鈍感で素直じゃなくてバカでアホウで頓珍漢だ。


だけど、お人好しだ。


風のように飄々としていて、いつも気楽で楽しそうで生き生きとしている。
結んだ約束は絶対に守るし、身内と決めた人にはとことん甘くておせっかい。
誰も気が付かないような些細な気遣いをして誰かを支えながら、それを驕らない。
そんな生き方が自然体なのだろう。あれほど性格が悪いのに暗さは微塵も感じない。

それが盗賊のクリフという男だ。


私は、そんな男の隣に居ることが好きだ。

 
ずっと一人で居た私が、初めて誰かの近くに居たいと思えたのだ。
私に執着心というものがあったのかと初めて思った。自分とは程遠い感情だったからだ。
私は何にも執着しなかった。


* * *


宛ても無い旅を続け、目的も無く自らを鍛え、淡々と心身を磨き上げる。
この生き方は嫌いではなかった。むしろ今でもこの生き方は正しいとすら思える。
そういう意味では私は戦士ですらなかった。完成された武器そのものになりたかった。

武器。私はあれらを美しく感じる。

武人としての性なのだろうか。戦い、殺める道具でありながら、そこに美しさを覚える。
研ぎ澄まされた刀。無骨で重苦しい槌。多種多様な用法をまとめ上げた鉾斧。
機械仕掛けの弩。農具から生まれた連接棍。粗末ですらある斧。取り回しを考えた小盾。
それらは忌避すら覚えそうな殺し合いの道具にすぎない。そこに精神性などはない。
だが、惹かれる。

それらの意思をもって作り上げられた道具の在りかたに私は惹かれた。

武器は、これから廃れて行くか、もしくはもっと効率の良いものになっていくのだろう。
いや、人の世が続くのであれば、簡単に相手を殺傷できる道具が出来上がっていくはずだ。
これらの、今存在している道具は、いつかなくなっていくのだろう。
優れたものが生き残るのは当然だ。実用性であれ感情であれ、理由があれば残り続けるだろう。
だが、私は直感で、これらは残らないだろうと信じている。
いずれはばらばらに崩され屑として買いたたかれるか、雨風に晒され錆び落ちるか。
はたまた何時かの歴史として寂しく残っていくだけのような、そんな今を生きる道具たち。


それらが使わなくなるであろうことは、私が私であり続ける限り、間違いないだろうと、思う。

この道具で"人を傷つけたくない"のだ。


本能なのだろうか。ただ、武器を使う者・武芸を振るうものとしては、欠陥そのものである。
そしてその本能を持つものは、この世に大勢存在して、増え続けているのだ。
武器は廃れて行く。それはこれが続く限り間違いないだろう。
出来れば廃れた先に残るものが優れたものか美術品になるかは知ったことではない。
だが、一人の戦士として思うことは効率の良いただの機械が現れないことを祈るのみだ。




武器に心などはない。一部の例外を除き、モノに心は宿らない。
だが、その武器に誰かの思いが込められないわけではない。

大事にされ、丁寧に扱われ、頼りにされ、信じられ、誇りとなり、心身を育む。

それが戦い、殺傷を求められた武器の、もう一つの形なのだと思う。
戦いを美化したいのだ、闘争心に正当性を持たせたいのだ、と謗る者が居るのかもしれない。
断じて違うと言い切ることはできない。だが、それを決めつけられるのは筋違いだ。

誰にも褒められることが無くても、誰にも認められることが無くても。
武器を振るい、武芸を研ぎ澄ませ、武術の研鑽を重ね、武人としての魂を練り上げる。
私はその先に美しさを感じる。そう考えてみれば私というものは極めて単純な女だ。

私は、美しくありたいのだ。

だから私の旅に目的も目標も無い。私はそれ以外に執着はしない。
私が留まることで研鑽しうることになり得ないという理由で旅を続けているだけだ。
武芸を競い合いたい気持ちで居たわけではないため誰かに闘いを挑むということはしなかった。
強い弱いに拘ったことが無い。誰が強かろうが関係ない。興味もないし、これからも持たない。
強いの逆は弱いではない。私にとって、強いの逆は"脆い"だ。意味が正しいかはわからないが。
私は脆くなるつもりは無い。粘り強く。鋭く。堅牢で。滑らかで。折れることが無いものになる。
こんな考えだから、私は競争というものにそもそも向いていないのだろう。
良くも悪くも、自分の事しか考えていなかったのだから。


* * *


クリフに出会ったのは邪な薬を蔓延らせようとしている集団を討伐した時だ。
旅の資金を稼ぐという名目もあり、出資者が居た闘いではあった。
だが私が戦った理由は、人を誑かさんとする犯罪組織が気にくわなかっただけだ。
そしてその出資者は私のもとにもう一人の人間を送り込んできた。
それがクリフだった。
始めに出会ったときの印象は、極めて悪かった記憶がある。
自らを研鑽もせず、へらへらと笑いながら私を利用しようとしているだけの男。
軽蔑の眼差しすら向けたものだ。私は奴を無視して一人で闘いを挑んだものだ。
大した集団ではなく、有象無象と呼べる連中しか居ない他愛のない闘いだった。
だが、私は未熟であり、油断もあった。
決死の覚悟を持ち私に突撃してきた者が居たのだ。
"傷つけたくない"私は、その突撃をうまくさばくことが出来ずに負傷を負ってしまった。
ここぞとばかりに反撃に出る犯罪者共。急速に戦いの"流れ"が悪くなるのを私は感じていた。
自らの実力を驕っていたわけではない。しかし、敵を甘く見すぎていたことも確かだ。
格下と呼べる相手達であったが勢いづいた連中の攻勢は休まることは無かった。

だが。そこに一石が投じられた。本当に、ただの石の投擲である。

たった一石。

だが完璧な一瞬に投げられたそれは敵集団の勢いを完全に殺した。
なにせ、その場にいる誰もが、その一石で一人を倒す瞬間を見せつけられたのだ。
あれほどまでの完璧な印地は見たことが無い。
狙いは鋭く、威力は高く、最適な機会で投げられ、適切な相手を倒し、戦況を一変させる。
私は味方が居たことを初めて思い出し、そして誰がやったのかを思い出した。
へらへらと笑っていたあの盗賊。
私はその顔を、まともに覚えていなかった。
軽蔑の目で見ていたその男がこの戦いの中でどのような行動をしていたのかわからない。
どのような投げ方でこの一撃を繰り出したのか、その瞬間を見ていない。
そもそも。戦いのさなか感覚が研ぎ澄まされている私に一切気づかれなかった。
そのことすら気が付いたのは、戦いが終わってからだった。


たった一撃しか仕事をしなかった男はこの戦いを私の手柄にした。
そもそも彼の目的は、犯罪組織の帳簿等、裏の繋がりを探り出すことだった。
私を完全に囮にして静かに動き回っていたのだ、闘いの手柄には興味が無かったのだろう。
だが、私はこの戦いで得た報酬は最低でも等分でなければ気が済まなかった。
あの一撃が無ければ私は惨めな敗北を晒していただろう。
それでいて、彼がそれを誇らなかった。活躍していたのは私だとずっと言っていた。
何故彼がそれを誇らなかったのかを、その時の別れ際に聞き出してみた。


「あ?盗賊が戦いで活躍してどうすんだ。俺の美学としてはNGだ」


その言葉は、私に鈍く突き刺さった。
この男にも自分の歩む道があり、自分が美しいと思ったものがある。
ただそれだけの事。私はそれを全く理解していなかったのだ。
この男が信じたもの、素晴らしいと感じたもの、頼りにするもの、誇るもの。
それが、私と違う道を歩んでいるだけで、私はそれを無駄だと切り捨てていた。
美学。つまり自分が美しい、いや、格好が良いと信じた道を彼も歩んでいるのだ。
それに気が付かなかった私のなんと愚かしいことか。
いや、気が付かなかっただけではここまで心に刺さらなかっただろう。
見ようとせず、決めつけていたのだ。
私はこの男が美しさの欠片もない男だと思い込んでいたのだ。
他者の在り方を認めることが出来ないことの、なんと醜いことか。
だからなのだろうか。

私は、自分が一番理解できなかったこの男を理解しようとし始めていた。


「また次の仕事で会おう、クリフ」


* * *


それから何度も共に仕事を熟し、クリフという男を知り、さらに謎が深まっていった。
単純明快にて複雑怪奇。
誇り高い魂を持ちながらそれを犬にでも食わせてしまえと平然と言う。
自信が泥水を被ることを厭わないくせに、しかし自らが汚れることを忌避する。
誰かを傷つけるようなことを平然としながら、痛めつけることは断固として拒否する。
ああいえばこういう。実に捉えどころがない男だった。
昨日の俺が居て、明日の俺が居て、今日の俺が居る。とでも言わんばかりの変わりようだ。
クリフは、弱い。軟弱だとすら言えるだろう。しかしそこに"脆さ"は感じない。
風のように奔り、髪の如く強靭で、渓流のように激しく、布のように柔らかで、煙のように消える。
この男は"流れ"そのものなのだろう。

学べば学ぶほど、私には真似が出来そうにない。
いや、私と常に平行線のように近くを歩んでいる気はするのだ。
だが、どれほど進んでも交わることが無い、そんな世界をこの男は歩んでいる。

だからなのだろうか。

私はクリフに惹かれ、そして今、隣を歩んでいる。
この男の近くに居ると、毎日が飽きることが無く、忙しく、楽しみで満ちている。
私の研鑽はクリフに影響を与え、またクリフの進歩は私を奮い立たせる。
競争相手のようで、しかし敵ではなく、だが何もかも任せてしまいたいと思う相手でもない。
私の誇りは、クリフに全て任せてしまいたいと思う軟弱さを持たない。
そしてクリフの気高さは、私に依存することを決して望んでいないのだ。

この距離は、心地よい。

獣のように欲望に身を任せてしまえという誘惑が無いわけではない。
私の中にも、一人の女として彼に全てを任せてしまいたいという想いはある。
狂おしいほどの気持ちで彼の全てを奪ってしまえという激情は存在する。

だけど、それに負けたら、"この距離は"無くなってしまう。そしてそれは"もったいない"。

私は、そしてクリフも、この距離感を楽しんでいきたいのだ。
居心地の良さと気軽さと、互いの領域を犯さぬ間の取り方、そして互いを高めあう関係。
私はこれを愛だと、一人で勝手に思っていて、そしてこんな形の愛もいいじゃないかと思う。


私は、クリフの相棒だ。


私が華々しく闘い、クリフが影を走り、私が戦場を駆け、クリフが闇夜に忍び、共に飛ぶ。
そんな、表と裏のような語らない関係を、私はとても好んでいる。
だから、私は今はそれ以上の関係を望んでいないし、クリフもそれ以上を望んでいないだろう。


だが。何分惹かれたのは私だけではない。どっちが先に相棒をやめることになるかな。
よもや私がクリフの真似事をするとは。稀代の盗賊が心を奪われていてどうするね。
此処に至っては私もお前もわかりやすいからな、何時でもいいぞ。私はゆっくり待たせてもらう。
私はお前と当分気軽に酒を飲める関係を楽しんでいたいんだ。





しかしお酒を飲んだ時は全く自制が利かないのはどうしたものか。
互いに酒癖が悪すぎるのは自重しなければならないが、当人が良く覚えていないから善しとする。
お前がむぼーびすぎるのがわるいんだ。そうだ。そうしておこう。

さあて、今日は一緒に酒を飲む日だ。

酒を飲む日はいろいろと忘れて、いろいろと美味しくいただこう。
16/03/24 00:03更新 / うぃすきー

■作者メッセージ
お互いの距離感が好きで今の関係を続けている、という二人です。

TOP | 感想 | RSS | メール登録

まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33