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第39話「国を統べる器A」
「ジャック=ロウだ。お会いできて光栄だよ、コレール=イーラ」

「あぁ、どうも……」

ロウと固い握手を交わすコレールの横で、クリスはフォークスに困惑の視線を向けていた。

「フォークス。どうしてこんなところに……?」

「割りの良い仕事を見つけたもんでね。今はこの御大臣様の用心棒をしているってわけだ」

「彼はとても優秀な人材だ。この間など、丸一日かかるはずの配達物を20秒で届けてくれたんだ」

ロウは微笑みを浮かべながらそう言うと、執務用の机の前に静かに腰を下ろす。

「君たちの噂は私の耳にも届いているよ。『魂の宝玉』とやらに関わっているようだね。財務大臣の私にとっては専門外の領域だから、あまり首を突っ込まないようにしているが」

「あぁ、そのことなんだが……」

コレールはロウに対して、自分たちが置かれている状況について説明を始めた。

魂の宝玉が秘める強大な力。それを最大限発揮するための道具である、「砂の王冠」の所在が不明であること。賢者の森のエルフに王冠と宝玉の破壊を頼まれていること。そして、リネス=アイルレットが管理している宝玉を譲ってほしいと考えているのだが、本人の許しが得られないため困っているということ。

全ての事情を聞き終えたロウの反応は、あまり芳しいものではなかった。

「事情は理解できた。だがあの男を説得するとなると、少々骨が折れるだろうね」

ロウは首に下げた大きめのサイズのロザリオを触りながら話を続ける。

「正直言って私の方で力になれることは無いだろう。だが、何かしらの解決策はあると信じてるよ。私は自分の力を信じて、諦めなかったおかげで、今の地位を手に入れた訳だからね」

「そうか……時間を作ってくれてありがとう。クリス。部屋に戻ろう」

そう言ってコレールは部屋から出ようとしたが、クリスの方はロウの顔を見つめたまま動こうとしなかった。

「ロウさん……貴方の言っている『自分の力』っていうのは、得体のしれない怪人に魂を売って、大勢の罪のない人間を死に追いやった力のことなの?」

「おいよせクリス……」

コレールが腕を掴んで彼女をつれて行こうとしたが、以外にもそれをジェスチャーで制したのはロウの方だった。

「フレイアさんから、貴方が反乱奴隷のリーダーだったって聞いたわ。当時のステンド王国には既に魔王軍が奴隷解放に向けて根回しをしていたのに……魂の宝玉に関して力になれないっていうなら、せめて何故魔物娘ではなく、Mr.スマイリーの方を選んだのか教えて」

ロウは静かに椅子から立ち上がると、無言で祭服の袖をめくりあげて、その下にあるものをクリスに見せつけた。

「106番。それが当時の私の呼び名だった」

浅黒い皮膚に生々しく残った、「106」という数字の形の火傷跡を目の当たりにして、流石にクリスも黙り込むことしかできない。

「『大勢の罪のない人間を死に追いやった』と言っていたな、ケット・シーのお嬢さん。辺境で穏やかな暮らしをしていた私たちにこのような仕打ちをすることを黙認していたのは、一体どこの誰だと思う?」

クリスはロウの言葉に対して反論しようとしたが、その前にコレールの逞しい腕が彼女の喉元を押さえてそのまま出口へと向かっていった。

「気分を害してしまって申し訳ない。クリスには私の方からよく言い聞かせておくよ。それじゃあ、そろそろ失礼する」

二人に続いてアラークがひっそりと部屋から出ていくのを見届けたロウは、小さくため息をついて椅子に腰かけた。その体勢のまま目線だけを隣のフォークスに向ける。

「今日にするか? フォークス」

「ええ。準備はすべて整っています」

そう囁くフォークスの瞳には、薄暗い情念が煉獄の炎の如く燃え盛っていた。

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「クリス! 気持ちはわかるけど、あの場でロウのことを責めたてるような言い方は悪手だったんじゃないか? もしもあいつが私たちに悪い印象を抱いて、アイルレットに余計な入れ知恵でもしたら――って、そんな顔するなよ……」

コレールは自分たちにあてがわれた部屋に戻ると、クリスの態度に対して苦言を呈し始めたが、彼女のやるせない怒りと深い悲しみが入り混じった表情を目にして少し萎んでしまった。

「前と比べて随分大人しく……いや、打算的になったんじゃないの、コレール?」

「……それは……そうだな。クァラ族の一件の後、私にもいろいろ思うところがあったんだ。だから、人間のやらかした行動に、いちいち感情的にならないように、自分でも努力している」

「……そう」

クリスはコレールの言葉に顔を背けると、微かに震える声を発した。

「前は感情的になるのは大体貴方の方で、私はそれを落ち着かせる役目だった。だけど……もしかしたら、昔のコレールの方が、私は好きだったかもしれない」

純白のしなやかな毛で覆われた尻尾は力なく垂れ下がり、寂しげに目を伏せる。

「……ごめんなさい。悪いのは私の方よね。少し表で頭を冷やしてくる」

「……クリス……」

酷く落ち込んだクリスに気を取られていたせいで、コレールはもう一人の仲間の様子がおかしいことに気が付かなかった。

実際、アラークはロウの部屋を訪ねてからクリスが反省をしにでかけるまで、一言も喋らずに深刻な表情で考え事をしていたのだ。

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BGM:ピンクパンサーのテーマ

一方その頃、ドミノとパルムは二人で一世一代の不法侵入作戦を試みていた。

「(分かってるよなパル? 見つかっちまったら一貫の終わりだ。俺が見張りをするから、30秒でことを済ませろ)」

パルムは無言で静かに頷くと、懐から奇妙な形の金属器具を取り出した。

用心深いアイルレットが例え自身の仕事部屋に防犯用の魔法をかけていたとしても、ドワーフの細工にエルフの魔術を仕込んだ魔道具による侵入は、想定していないだろうという算段だ。

果たして、20秒程でパルムの手元からカチッという小気味の良い金属音が響いた。

「よし。ゆっくりと扉を開けて……」

早速室内に侵入しようとするドミノをジェスチャーで制止するパルム。

「(中に誰かいる)」

「(馬鹿な! 今日は休日だぞ!)」

ドミノは信じられないという表情でパルムと共に、扉の隙間から漏れ出る音に耳をそばだてた。

「(まっ、待てアイリーン……! それは本当にまずい……本当に……やめっ……!)」

「(何が『男に欲情などしない』ですか……! こんなに固くして、今にもはち切れそうになってる……! せめて溜め込んでるものを吐き出してから仕事してください……!)」

ドミノとパルムは口をあんぐりと開けてお互いに顔を見合わせた。

「(せ……先輩! これって……!)」

「(いや待てパル早まるなこれは何かの間違いだ昨日の子……アイリーンって名前だった? あいつが男だったってことと誰もその事を俺に教えてくれなかったことはまぁ脇においとくとしてまだアイルレットの奴が男の子に強引にされて欲情する異常性欲者だと決まった訳じゃないしそもそも男が男に欲情するなんてあり得んしこれはそうきっとマッサージか何かしてる時の声だそうだそれが一番無難な解釈だうん間違いない)」

小声で物凄い早口に捲し立てた後、口を閉じたドミノは数秒の間の後にポツリと呟いた。

「すまん、落ちつくのは俺の方だな」



「(それで、どうするの先輩?)」

「(ゆっくり扉を開けるんだ……ゆっくりと……あいつらに気づかれないように……)」

パルムは音を立てないよう慎重にドアノブを捻っていく。

「(その調子だ……そう……ゆっくり……ゆっくり……ゆっ)デァークッシ!!!」

ドミノが鼻から脳味噌が飛び出しそうなほどのくしゃみをしたおかげで、パルムは盛大な音を立てながらアイルレットの仕事部屋の中に倒れ込む。

「やべぇ見つかった!! 逃げるぞパル!! ほら立って――立って……」

ドミノが顔を上げると、虚無そのものといった様子の表情をしたアイルレットと、目があってしまった。

そのアイルレットの膝にはアイリーンが、後ろから抱き抱えられる形で座っており、その小さな白い手にはいきり立った「モノ」がしっかりと握られている。

「あっ……」

気の抜けた声と同時に腰をびくんとひくつかせる。しばらくすると、気まずい雰囲気の漂う空間に栗の花の臭いが立ち込め始めた。

「待て……これには訳があるんだ!」

「「どこにだ!!」」

誤魔化そうとするアイルレットに、ドミノとパルムは二人同時に突っ込みを入れるのだった。




「アイルレット様に非はありません! 私の意思で行ったことです! 休日まで働かなくてはならない彼に、未熟な私でもせめてストレスの解消くらいは役に立とうと思って……!」

「分かった! 分かったから顔を近づけるな! おっさんのアレが顔に付いてるんだよ!(畜生この腕力……パルムの言う通りマジで男じゃねえか……!)」

鯖折りになりかねない勢いでドミノの体に抱き付き、懇願するアイリーン。そんな彼の後ろでアイルレットはと言うと、この世の終わりみたいな表情で頭を抱えている。

「……でも、ウィルザードじゃ基本的にどの領国でも未成年との淫行は禁止されてるぜ?」

「君の言う通りだティッツアーノ。そのことを知って私を強請るための証拠を得るためにここまで来たのだろう? だが私は保身のために国を一つ滅ぼせるほどの魔力を秘めた宝玉を売り渡したりはしない。つまり、当分の間私は牢獄で暮らすことになるということだ」

「おい待て! 勝手に話を進めるな……ていうかあの状況は予想外だったに決まってんだろ!」

覚悟を決めて、足早に部屋を出て行こうとするリネスの服の裾を、慌てて掴んで引き留める。

「迫られたのはあんたの方だし、このことの是非は一旦脇に置くことにしようぜ。ただそれより気になるのは……確か、男でも条件によっては淫魔化するって話を聞いたことがあるんだけど……」

「『アルプ』化のことなら当然私もわきまえている。だからこそアイリーンとはプラトニックな関係を維持することに努めて――」

「二人とも、ちょっと待ってください!」

自分の体のことを自分抜きで話し合うドミノとリネスの姿を見て、憤慨した様子のアイリーンが口を挟む。

「確かに私はリネス様の助手として魔物娘の研究をしていますが……その精神はあくまで偉大なる主神様の信仰の元にあります! 魔物娘のことを知識として詳しく知っていても、肉体まで魔の深淵へと沈むようなことは……決してあり得ません!」

メリッ!

バサッ!

ビョコン!

「言ってる傍から角やら翼やら尻尾やらが生えてんじゃねえか! とっくに魔の深淵とやらのお仲間だよ!!」

舌の根も乾かぬうちに肉体をアルプへと変貌させてしまった少年を前にして、流石のドミノもツッコミに回らざるを得なかった。

「あっ、その、これは……いやちょっと待った。 ……リネス様……あなたは以前魔物娘の性行プロセスに興味があるとおっしゃっていましたよね……どうせなら今ここで体験してみるというのも悪くはないのでは……♥(ワキワキ」

「いや、そんなことを君の前で話した覚えはないし……その手の動きは何なんだ……!」

目をぎらつかせながら迫りくるアイリーンの姿に、本能で貞操の危機を覚えるリネス。
咄嗟にドミノたちに助けを求めることを思いついて視線を向けるも、二人はとっくに部屋を後にしていた。

「待て無理だ! 待て待て優しくしてアッ―――!!」




「……あほくさ。みんなのところに戻るぞパル」

魔物担当大臣の、大人のオスにしては情けなさすぎる悲鳴を背中で聞きつつ、ドミノは後ろ手に部屋のドアを閉める。

「それで、この後はどうするの先輩?」

「どうするっつってもな……アイリーンは結局魔物娘になっちまったし、この件を交渉材料に出来たとして、ボスは絶対良い顔しねぇよな……」

ドミノはそう言うとパルムの背中を優しく叩いた。

「それよりも悪かったな。よくよく考えてみたら、子供のお前にあんなおぞましい光景を見せちまったのは俺の責任だ。それこそボスに叱られちまう」

「いや……別に……」

「……?」

パルムの微妙な反応に引っ掛かるものを感じたドミノは、その場で足を止める。

「……そう言えばお前……昨日の夜ベッドにいない時間帯があったよな……」

パルムは無言で歩みの速度を増していく。

「……待ちやがれこのマセガキ! ボスとよろしくやってたなこん畜生!!」

こうして、顔を真っ赤にして掴みかかろうとするドミノとパルムのおいかけっこが、ホワイトパレスの廊下で始まるのであった。



「あっ、くそっ、それはずるいぞ!」

角を曲がったところでエミリアと出くわしたパルムは、咄嗟に彼女の背後に回って追ってくるドミノの盾にする。

「ドミノさん……なにパルムさんをいじめてるんですか……!」

「いやそうじゃなくて……それより、カエデから何か面白い話を聞けたんなら、教えてくれ」

――――――――――

エミリア曰く、カエデは自分もそうとはいえ、勇者である自分が余所者の魔物娘と二人きりで話すことには難色を示したらしい。それでも取引ではなく純粋に友人としてお話がしたいという旨を主張したところ、あっさり部屋の中に入れてくれたそうだ。

カエデが言うには、自分には友人が一人もいないとのことだった。そもそもの出自が「『ホワイトパレスの悲劇』の犠牲者の墓地から這い出てきたところを、アイルレットに保護されたアンデッド」というのもあるが、その生真面目すぎる性格が、他の子供たちにとって取っ付きづらいものだったことが原因だろうと話していたらしい。それでもフレイアから勇者として鍛えられ始めてからは少しずつ市民たちにも受け入れられていき、アイルレットの様な魔物娘への造詣が深い大人たちに見守られている現状は、十分に幸せだということだった。

更にカエデは、聖ホリオ三世が大司教に選ばれた経緯もエミリアに話していた。

彼はステンド国の建国当時の頃から、その愚鈍さ故に他の司祭にも馬鹿にされる様な存在だった。

だがその愚鈍さが、当時強制労働を強いられた奴隷たちからは好印象となっていたという。仕事をサボる奴隷を叱責しようとしても難なく言いくるめられ、貯蔵庫の鍵を閉め忘れては葡萄酒を拝借されるという有り様であり、奴隷たちの反乱の際には恥も外聞もなく泣きわめいて命乞いをする姿に、怒れる奴隷たちも流石に彼を手にかける気にはなれなかったようだった。

その後は消去法同然の成り行きで神聖ステンド国の代表である「大司教」となり、お飾り同然の扱いとはいえ優秀な大臣たちの働きのお陰で、治世を謳歌しているということである。

「分からねえもんだな。真面目に『仕事』をこなしていた連中は反乱奴隷に殺されて、あの無能なおっさんが生き残って国のトップに君臨してるって訳か」

「無能だなんて言わないでください! 少なくともカエデさんはあの方を尊敬していると言ってました」

ぷぅと頬を膨らませるエミリアを宥めているうちに、三人は客人用の部屋の扉前に到着した。

「おいみんな。こっちは色々とややこしいことが起きたから一旦状況を整理――いや、また後にしようか」

コレールたちがいる部屋の異様な空気を察したドミノは、直ぐ様話し合いを先延ばしにすることに決めた。

コレールは貯蔵庫から拝借してきたであろうワインを瓶のままあおっており、クリスはそれを咎める素振りすら見せず、ぞっとするような無表情で魔道書のページを捲っている。

いつもは場の雰囲気を落ち着かせる役割を受け持っていたアラークはというと、よりによって「殺しに使う方の」剣の手入れを幽鬼か何かのような雰囲気を纏いながら行っていた。

「(え……何この空気……こいつら財務大臣の所で何をしてきたの……)」

結局、このような雰囲気は丸一日中続き、魂の宝玉の件は全く進展を見せずに、就寝の時間を迎えることとなる。


そしてその夜、事件は起きたのだった。

――第40話に続く。
19/12/30 22:28更新 / SHAR!P
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■作者メッセージ
正直リネスとアイリーンのシーンはかなり試行錯誤を重ねました。当初のプロットではがっつり「致していた」のですが、現実での社会問題を踏まえると「いくらフィクションとはいえ不謹慎過ぎないか……」という考えにとらわれてしまって、結局今のような形に落ち着いたというところです。そのせいでリネスの情けなさが余計に際立つことになってしまいましたが。

ちなみにドミノはセックスに関しては、かなり保守的な考えの持ち主です。同性間の性交渉にやたらと否定的なのはそのためです。

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