連載小説
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第一章、後の歴史家の語る“正史”
さて、我らが国家“ネルディラント公国”を語る上で書かすことが出来ない戦役がある。
『ネルディ―バーバル戦役』と呼ばれるその戦いは、人の国家であるネルディラントと魔物の国家である“バーバルクルス”の間で起こったある意味で一般的な戦争であった。二国は拮抗した戦力を持っていたため、長期化。戦火に巻き込まれた一般人(魔物を含む)は一万人とも三万人とも言われている。戦死した兵は両軍併せて八千人。負傷兵を併せると一万二千人にも上る。当時の二国の人口平均が十万人だったことを考えるとその被害はすさまじいものだっただろう。
ところで、この戦死した兵士八千人のうちの四分の一の被害が、たった一人の魔物によって引き起こされたと聞いて信じる者はいるだろうか。
例えば、これが人側の被害だけであったり、竜種が相手であったなら納得する者もいよう。だが、これは双方併せての数であり、なおかつ、この被害者に竜種が混じっているとなれば話は変わってくる。
もちろんこの数は一度の戦闘で失われたものではないし、“黒騎士”が正気であった当時の戦歴も含まれてはいる。しかしながら、終戦の英雄たる存在でありながら、歴史に悪名のみを残すのは忍びない。故に、私は黒騎士がいかなる存在であるかをここに記すことにした。最後にこの格言を持って前書きとする。

『英雄は死を持って名を残し真の英雄たる』

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黒騎士が産まれたのはネルディラントの片田舎だったと言われているが、私の調査の結果、ネルディラントとバーバルクルスの境界付近、ややバーバルクルス寄りだったようだ。となれば、黒騎士が“デュラハン”であったことは真実なのであろう。
辺境ともなれば人と魔物の共生もそこまで珍しいものではない。とは言え魔物が人を家畜扱いで“飼育”していることもしばしばだが。
その交流の結果かは分からないが、黒騎士はネルディラント側の村に手伝いとして派遣されていたようだ。その最中、『ネルディ―バーバル戦役』が勃発。黒騎士を村に帰すのが困難になり、村長が養女として育てたと記録されている。
そこからどういう心変わりがあったのかは定かではないが、黒騎士は人間を装いネルディラント軍に志願、次々と戦果を上げ、『公国の戦乙女』と呼ばれるほどになる。
品行方正才色兼備、目指すべき騎士の指針とまで言われた黒騎士。当時は聖騎士にのみ与えられる白色鋼を用いた鎧を身に纏っていたという(これは騎士が清廉潔白である証でもあった)。
それまで人の味方であった黒騎士の様子がおかしくなり始めたのは戦争中期、竜種を筆頭とする“終焉の火種”との戦闘後だった。帰還した当時の様子は
「デュラハンに死を宣告されたよう」
だったと言われている。その後、目に見えて精彩を欠くようになった黒騎士は上層部から捨て駒のように扱われ、連日戦場に立つようになった。
黒騎士が完全に壊れた原因は未だに判明していないが、その場に居合わせた唯一の生存者は、
「人間だと思っていた隊長の首もとから黒く濃い魔力の煙が吹きだし、聖騎士の鎧さえも黒く染めた」
と語った。一説には終焉の火種の隊長であった竜種の仕業とも言われているが、兎も角それが世に知られる黒騎士の誕生であった。

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『公国の戦乙女』が『世界の敵』と化して数ヶ月は両軍にとって悪夢だったであろう。戦場に突然現れ、小隊同士の戦いであれば一人で殲滅したという話も残っている。特に近くに町がある場所での戦闘によく現れたそうだ。黒騎士は兵士でない者は決して襲わなかったという。たとえ堕ちたとしても、黒騎士は『公国の戦乙女』たる存在だったのだ。
双方の被害が千を越えた辺りでようやく両軍は黒騎士討伐のために停戦をした。しかし、次の戦いに備えて戦力を出し渋ったため、被害は拡大。果ては黒騎士の名を聞くだけで逃げ出す者も出た。ここに来て両軍は漸く本格的に休戦、黒騎士の対処に専念することとなる。
二国間で黒騎士討伐大隊が結成され、大規模な山狩りなども行われたが神出鬼没な黒騎士は小隊ごとに殲滅、遂には全部隊を殺害し切った。
これ以上被害を出さないために、両軍は同盟を結成、互いに最高戦力たる竜種部隊と聖騎士団を持ち寄り対黒騎士最終決戦を始める。

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「敵は黒騎士一人。我らはバーバルクルス最強のドラゴン部隊とネルディラント最強の聖騎士団。我らならば神さえ殺せる、そう自負していたよ」
ネルディ―バーバル戦役の生き残りであるドラゴンの一人、ニーズ・ヴァレンティは私が黒騎士についてを本に書くと伝えると、快く取材を受けてくれた。ただし、嘘偽りを書きはしないという条件であった。
「奴と向かい合ったとき、我がどうなったと思う?…………失禁したよ。最強のドラゴン種たる我が、たかだかデュラハン一人に対してだ」
ヴァレンティは忌々しげに、しかし、どこか懐かしそうに、そしてなによりその声を恐怖に震わせながら私に話してくれた。
「同じドラゴンからも、我らが女王からも感じたことのない、心臓を貫かれ、皮膚を剥がされ、生きたまま解体されるような、兎に角、言葉で表せないほどの恐怖だ。……はっきり感じたよ。ああ、我はここで奴に殺されるのだ、とな」
当時既に齢五百を超えていたというヴァレンティの告白に、私は耳を疑った。しかし、その言葉に籠もった実感と今なお黒騎士に怯えるその姿に偽りはないと確信した。
「殺意を向けられたと言うより、そう言う存在に出会ったとしか思えなかった。比較的殿に近かった我がこうなったのだ。もし最前線にいた者が生きていたとしても、精神障害か何かで使い物にならなくなっていただろうな。
――戦いの内容?残念だがまともに記憶出来るものではなかったぞ。殺しに来る黒騎士、背を向け糞尿精液を垂れ流しながら逃げまどう我ら。…………笑うなら笑え。アレを前にして正気でいられるのは神か狂人か、同種の存在ぐらいだ」
絶望という言葉すら生ぬるい一方的な“狩り場”で、それではなぜヴァレンティは生き残れたのか。ある意味当然であろう疑問に、ヴァレンティは不機嫌ながらも答えてくれた。
「初めは我も理解できなかった。後数ミリで届く刃が我の目の前で地に落ちたのだから。落ち着けばなんて事はない、単なる“魔力切れ”だった。
後々調べてみれば恐ろしいことが分かったよ。奴が最後に魔力補給をしたのは終焉の火種との初戦闘前。つまり、奴はろくに魔力補給もせずに千五百近い敵を葬ってきたわけだ。デュラハンという種族の特性として魔力を浪費し辛いことは分かっていたが、アレは異常だ」
そこまで言うと、ヴァレンティは少し迷う素振りを見せた後、興味深いことを教えてくれた。
「貴様は黒騎士の経歴も調べているのだろう?『リュモル』とは何か分かるか?
――いや、それがだな。黒騎士の思念が消える直前に奴が呟いたのだが」
『リュモル』。黒騎士誕生の鍵を握るであろうこの言葉。しかし、調査の間にそれらしき物、もしくはそれらしき人物についての情報はなかった。
本著はあくまでも歴史書であり黒騎士の考察本ではないので、これ以上深く調べることはなかったが、もしかの騎士に興味を引かれた者にはその生家があったとされる“ソールの園”に行くことを勧めると共に本章の区切りとする。

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11/11/05 22:35更新 / ganota_Mk2
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■作者メッセージ
第一章は『歴史としての真実』です。

次回、第二章は『騎士団員の知る真実』らしいです。

気長にお待ちください。

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