連載小説
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旅42 少女の記憶と父と子と
「父ちゃん!ご飯出来たよー!!」
「おお、了解」

これは、あの『事故』が起こる前日の夕方の記憶だ…
アタイはいつものように夕飯の準備を終えて、家の庭先で素振りをしている父ちゃんを呼びに行った。

「刀を使いこなす父ちゃんってカッコいいな〜!やっぱ父ちゃんが刀を振るう姿は様になってる!」
「そうか。桜に褒められると父ちゃん嬉しいぞ!」
「わっ!?やめろよ父ちゃん!もう頭撫でられて喜ぶような歳じゃないってば!」
「ははっ、そう言いながらも嬉しそうにしてるじゃないか」
「こ、これは…恥ずかしいだけだよ!」

父ちゃんは武士で、下手な妖怪たちよりも強い。そんな父ちゃんの仕事は雇われ護衛みたいなものだ。
それはおえらいさんから町民まで、仕事量や相手の財産から考えて相応な報酬を貰って、賊や野生動物や妖怪から雇い主を護る仕事だ。
もちろん客は選ばないから、時にはぬれおなごや一尾の稲荷などあまり武力を持たない妖怪の護衛も引き受けていたりした。
まあ最後に妖怪が父ちゃんに色仕掛けをしようとしたら逆に父ちゃんに殺されそうになるからって話が広がってるからあまり妖怪のお客さんはいないけどね。
でもそれは父ちゃんはアタイの母ちゃんを今でも愛しているからで…というか襲ってくるほうが悪いと思うけどね。

「もう…そんな事言うなら父ちゃんの好物のきんぴらの量減らすけど?」
「おっと、それは困る。ごめんな桜!」
「まったく……ほら、ご飯にしよっ!」

次の日は父ちゃんに仕事が入っていたので、夕飯は父ちゃんの好きなごぼう・にんじん・れんこん・そして大根の皮が入ったきんぴらを作った。
それを言ったら父ちゃんは凄く嬉しそうな顔をして喜んでいた。


「ほら!父ちゃんの大好物、アタイ特製のきんぴらだよ!」
「おお、相変わらず美味そうだ」
「そりゃあ毎日父ちゃんの為に料理してるからね。特にきんぴらは父ちゃんの好物だから沢山練習したからね」
「桜は父ちゃん想いのいい娘だなぁ……」
「そんなべた褒めされても困惑するからやめてほしいんだけど…」

素振りを終えた父ちゃんとアタイは仲良く2人で夕飯を食べ始める。
ちなみに2人しか居ないのは…アタイには母ちゃんがいないからだ。
母ちゃんはアタイを産んですぐに死んでしまっていたから、アタイは顔すら知らないのだ。
だからアタイにとって家族と言えば父ちゃんだけなのだ。

「さてと、じゃあ食べるか」
「そうだね。いただきます」
「いただきます」

この日の夕飯は白米に豚汁、鮎の塩焼きに父ちゃんの大好物のきんぴらだ。
それと父ちゃんだけきゅうりと白菜の漬物もある。

「おや?桜、何故桜の分の漬物は無いんだ?」
「え、そ、それは父ちゃん用だよ!親だけの特権だよあはは……」
「……野菜嫌いをなんとかしないとなぁ……」
「うーだって野菜美味しくないもん……」

父ちゃんだけ漬物があるのは…アタイが野菜嫌いだからだ。
全く食べられないわけじゃないけど、噛んだ時の食感、そして根本的な味がなんか嫌だから出来るだけ食べたくない。

「ジパング人なら肉ばかり食べてないで野菜を食え、野菜を」
「いいじゃんかジパング人でもお肉美味しく思うんだもん!!」
「はぁ〜…野菜嫌いは桜のほぼ唯一と言える欠点だからなぁ……もう13歳なんだから好き嫌いはなくしなさい」
「うぅ…これでも結構頑張ってるほうだと思うけどなぁ…」

お肉は野菜と違って食べ応え抜群、力も付く、そして何より美味しい。
だからアタイはお肉中心の方がいいんだけど…父ちゃんの小言が飛んでくるからなかなか出来ない。

「このきんぴらは野菜でも美味しく食べられるんだけどなぁ…」
「正確には根菜ではあるが…まあそれはそれで不思議だが……」

それでも、父ちゃんの大好物であるきんぴらはアタイも大好きだった。
何故かきんぴらだとにんじんもれんこんも大根の皮も美味しく食べられる……父ちゃんの大好物は、アタイの大好物でもあったのだ。


「ねえ父ちゃん、明日はどこに行くんだい?」
「えっとな……ここから少し遠いが、まあ朝から馬を使えば夕方には辿り着くような距離にある祇臣って町だ」
「祇臣か〜…どんな町なんだろうな……」

ある程度食が進み、父ちゃんに白米のおかわりを盛り付けた後に明日向かう場所を聞いてみた。
何故アタイがそんな事を聞くのかと言うと……父ちゃんの仕事は内容次第で数日から数週間掛かる事が多いので、アタイも毎回仕事に付いて行っていたのだ。
今ならまあ留守番出来ない事も無いが、それでも何日も一人で家にいるのは寂しいし、父ちゃんと一緒にいろんな所を周るのは楽しいから出来るだけ付いて行っていた。
もちろん護衛の仕事で、相手がかなりヤバい人物だったりしたら連れて行ってもらえない事もあったけど…それでも父ちゃんは大体連れて行ってくれた。
時にはジパング内とはいえかなり遠い場所まで行く事もあるので、アタイは毎度旅行…いや、大冒険に出掛ける様な気持ちになってワクワクしていた。

「そういえば準備は終えてるのか?」
「アタイは父ちゃんと違ってそんなに準備するもの無いからね。せいぜい着替えと非常食ぐらいだし。あの御守りの鈴は肌身離さず持ってるしね」
「んー…女の子ならもっと身だしなみ整える物とか…」
「大荷物でも動き辛いだけだしね。そういう父ちゃんは準備したの?」
「完璧に済ませてある。夕飯を食べたら後は風呂に入り寝るだけだ」

もちろん今回もアタイは父ちゃんに付いて行くので、その為の準備は済ませてあった。
あとする事といえば、明日の朝食の準備ぐらいだろう。


「ふぅ……ごちそうさま」
「ごちそうさま」

そしてしばらくして、アタイ達は夕飯を食べ終えた。

「ねえ父ちゃん…唐突に明日の事と全く関係の無い話をしてもいい?」
「もちろん。どうかしたのか?」

さっき父ちゃんは後はもうお風呂に入って寝るだけだと言っていたし、そのまま少し話をしようと思った。

「ねえ父ちゃん…母ちゃんってどんな人だったの?」
「ん?母ちゃんか…そうだなぁ……」

だからアタイは、父ちゃんに母ちゃんの話を聞いてみた。
別に今まで聞いた事がないってわけじゃないけど…この日の昼に近所に住む同じ歳の子達と親の自慢話になって、アタイだけ父ちゃんの話しか出来なかったのもあって、改めて聞いてみたかった。

「外見の話をすると…口元以外は桜にそっくりだったな」
「アタイ口元は父ちゃんに似てるもんね」
「ああ、それに時折見せる凛とした表情が美しかった…父ちゃんが母ちゃんに惚れた大きな理由の一つだ」
「へぇ……アタイも見てみたかったな…」

顔はアタイとそっくりだって話だから、アタイの中の母ちゃん像はアタイ自身の顔を大人っぽくしたものだ。
それと父ちゃんが惚れた凛とした表情…口元以外は似てるっていう話だし、水面に映る自分の顔で試してみた事もあったけど……結局今でも良くわからないままだ。

「そして内面は…御淑やかの一言に尽きるな」
「はは、アタイとは真逆だね」
「ううむ……桜は父ちゃんとしか暮らしてないからなぁ……でも元気である事は良い事だぞ」

そして母ちゃんはアタイと違って御淑やかな人だったらしい。
アタイはこの村中を駆け回ったり、男子達と混ざってチャンバラしたりと御淑やかとは真逆だから、外見はそっくりと言われてもイマイチよくわからないのだ。

「ま、アタイの事はいいからさ、もっと母ちゃんの話をしてよ」
「んーそうだなぁ……そうそう、これは言った事無かったかな……桜の名前だが、これは母ちゃんが桜を産む前から決めていた名前だぞ」
「え、そうなの?」

更なる母ちゃんの話を父ちゃんから聞き出そうとして促してみたら、なんとアタイの名前は母ちゃんが付けてくれたものだって教えてくれた。
今まで名前についてとかそういう事を言ってくれた事は無かったし、母ちゃんはアタイを産んですぐ死んだと聞いていたから、桜という名前を付けてくれたのは父ちゃんだってこの時まで思っていた。
そういえば…アタイの名前、桜って言うのは……

「って事は……父ちゃん、アタイの名前ってもしかしてそのままこの木から採ったの?」

アタイが指差した先にあるのは……毎年庭先のピンク色の花が咲く木…サクラの木だ。
サクラが花をつける度に思っていた事を、丁度いいやと思ってアタイは父ちゃんに聞いてみた。

「ああそうだ。母ちゃんはあのサクラの木を見て桜と名前を決めたんだ」
「やっぱりかー……」

どうやらそのとおりらしい。

「アタイにこんな綺麗な名前はもったいないよ…自分で言うのもなんだけど、アタイお転婆だしさ」
「何を言うか。桜は十分綺麗だ。それこそサクラに負けない程にな」
「うーん……父ちゃん基本的にアタイを褒めるからそう言われてもなぁ……」
「んなっ!?」

サクラと言えば…春に綺麗な花を咲かす木だ。
お転婆で男勝りなアタイにはもったいない……それは今でもそう思っている。
何を思ってアタイにそんな名前を付けたのか……母ちゃんは死んでしまっているので、その理由はわからないままだ。


「さてと、明日は朝早いんだよね?じゃあ今から明日の朝ご飯の下拵えしないと」
「ああ……ところで桜、明日は本当に付いてくるのか?」
「もちろん!」

もう少し父ちゃんと母ちゃんの話をしていたかったけど、明日は朝早いし、まだ夕飯の片付けも終えてないのでここで話を切る事にしたアタシ。
そしたら父ちゃんが本当に付いてくるのかと確認してきた……
もちろん寂しさもあるし、行った事無い場所なので付いて行く気なのだが…父ちゃんは珍しく渋っていた。

「どうかしたの?」
「いや…今回は護衛の依頼なんだがな……祇臣に向かう途中の山で怪物が出る可能性があると言うから少し不安でな…」

どうやら今回は行き先までの道中で怪物……そう、ウシオニが出るからと渋っていた父ちゃん。

「大丈夫!だってアタイは父ちゃんの娘だから!!」
「その根拠は何処から出てくるのか…まあそういうならいいが、無茶はするなよ?」
「もちろん!」

この時のアタイは襲ってきたウシオニだって払い除けれる…そう思っていた。
なぜならば、アタイは喧嘩が強かったから。
今まで父ちゃんと一緒に護衛に行った時に、剣術の先生や空手をしている男性、はたまたアカオニや刑部狸に剣術や武術、格闘術を教えてもらったりしていたので、そこいらの妖怪よりかはずっと強かったからだ。

まあ、この時やっぱ行かないって言っていたらアタイはウシオニになる事も、記憶喪失になる事も無かった……けど、それ以上に不幸な事になっていたかもしれなかった。

「そんな事言うなら、アタイだって父ちゃんに一言だけ言っておきたい事あるし」
「お?なんだ?」
「えっと……無茶はしないでね父ちゃん……」
「……ああ、もちろんだ。危なくなったら依頼人とも一緒に逃げるぞ」
「だね!」

そしてこれが…アタイが人間として迎えた最後の夜だった……



……………………



「この先の町が父ちゃんに仕事を依頼した人がいる町なんだね…どんな町かアタイわくわくしてるよ!」
「いいけどあまり暴れるなよ?振り落とされるぞ」
「わかってるって!」

そして、あの『事故』が起きた日の昼過ぎ。
アタイと父ちゃんは馬に乗って祇臣を目指し、あとちょっとで辿り着くというところまで来ていた。
ただこの時いた山はウシオニが出る山だったし、それに少し道を踏み外してしまうと崖に落ちてしまい、何より曇り空で視界が悪かったので慎重になっていた。

ただ、この場合は慎重になってゆっくりと進んでいたせいで事故が起きてしまった……いや、巻き込まれてしまったわけであるが。

「それでも楽しみなものは楽しみなんだよ!」
「はは、そうか。まああと数刻で着くはずだから楽しみにしてな」
「うん!ふんふふ〜ん♪」

この時のアタイは、まだ見ぬ町に期待を膨らませて落ち着いていなかった。
それでご機嫌に鼻歌を演奏しながら周りをキョロキョロと見ていたのだが……

「ふっふふ〜ん♪」



ガラガラ……



「……あれ?」
「ん?どうした?」
「いや……なんか今石が上からいっぱい転がってきたような……!?」

山肌が見えるほうを見た時、山の上部から小さな石が沢山転がってきたのが見えた。
何事かと思って、ふと山の上を見ると……

「なっ!?」

山の上から巨大な何か……そう…ウシオニが、丁度アタイ達がいる場所に降ってきていたのだ。

「危ない父ちゃん!!」
「わっ!?」

だからアタイは、事態に気付いていない父ちゃんを咄嗟に馬の上から突き飛ばして……

「イテテ…急に何するんださく……え?」
「くっ間に合わ……ぐああっ!!」

アタイも避けようとしたけど間に合わず……上から降ってきたウシオニさんの巨体が直撃して吹き飛び……
それどころか、運の悪い事にそのまま崖下に落ちていくウシオニの足の爪が……アタイの着物の帯に引っ掛かり……



「さ、さくらああああああああああああああああああっ!!」
「父ちゃあああああぁぁぁぁぁぁ……!!」



アタイはそのままウシオニと一緒に、崖下に落ちていった。
アタイも父ちゃんも叫んでいるけど…段々とその声も遠くなり……

標高の高い山をかなり速く一気に落ちた事によって、アタイは落ちている最中に気を失った……



……………………



ザアァァァァァ……


「い……痛……い……」

アタイがウシオニと一緒に落ちてからどれぐらい経ったかわからないけど、アタイに降り注ぐ雨の冷たさに気絶から回復した。
しかし、気絶から回復したアタイが最初に感じたのは、全身を襲う痛みだった。

「あ……っ!!」

ぼやけた視界の中でアタイが見たものは……身体中に出来た擦り傷や切り傷の痕に、あらぬ方向に曲がっている足、そして……自分の身体から滲み出ている血に、雨で出来た水溜まりに映る青ざめた自身の顔だった。

「ひっく……ぃ、いやだ……アタイ……うぅ……死に……たくない……」

それらを認識した瞬間……自分はもう死んでしまう、自分はもう助からないんだって思って、涙が溢れてきた。

「いやだ……誰か……ひぐっ……助けてぇ……」

泣きながら、そして上手く出ない声を必死に絞り出しながら、アタイは助けを求めた。
それはたとえ近くに人がいたとしても、決して聞こえない程の声の大きさだったけど……それでもアタイは死にたくないという思いで必死に助けを求めていた。


「う……くそ…あの退魔師め……人の話しくらい聞きやがれってんだ……アタシは何もしてねえっつーのに崖から落としやがって……弥雲壊滅させたのはアタシの母さんだってのに…てかそれも町の人間に攫われたガキだった頃のアタシを助ける為にやり過ぎただけだってのに……ん?」

その思いが神様か魔王様かはわからないけど、誰かに届いたようだ……アタイの近くにいた、アタイを巻き込んで山の上から落ちたウシオニが目を覚ましたのだ。

「おい…おい小娘!大丈夫か!?」
「ぁぅ……ひっぐ……助けて……」

そしてボロボロになって倒れているアタイを発見して、近寄ってきたのだ。

「凄い怪我……頭や腹から血が出てるじゃねえか……ってもしかしてアタシのせいか!?」
「助けて……ひくっ……たすけてよぉ……」

ウシオニがアタイの事を自分が巻き込んだと気付き青ざめていたが、アタイは助かりたい一心でそう呟きつづけていた。

「くそ……すまない……急いで近くの町まで運んで診てもらう…だから少し辛いかもしれないけど移動するぞ!!」
「あ……ああ………」

しかしすぐに落ち着いて、アタイを近くの町に運ぼうとアタイを優しく持ち上げて……

「応急処置にもならないけど……とりあえずアタシの糸で止血して、骨が折れてる場所も固定しないと……」

自身から出した糸をアタイの身体に巻き付け、軽く止血を済ませて……

「……よし、これで弥雲に…………駄目だ……弥雲と祇臣にアタシは行けないじゃないか……」

2,3歩動き始めたところで、ウシオニは動きを止めてしまった。

「どう……したの……?」
「いや……ゴメン……アタシが近くの町に行っても受け入れてもらえないんだ……だから多分お前も……」
「そ……んな……」

どうして止まったのかと思い理由を聞いたら、その時のアタイには理解できない理由だったから、再び絶望感に包まれてしまった。
今なら実際に体験したからわかるけど、この山の近くにある町はウシオニの怖さを目の当たりにしている…だからたとえ行ったとしても受け入れてもらえなかった可能性が高かっただろう。


「じゃあ……アタイ……死ぬの?」
「……いや、まだだ!まだ一つだけ方法がある!!」

もはや助かる見込みは無い…その事実と、雨以外の理由で段々と寒くなっていく自分の身体を感じて、再び泣きそうになったアタイに、ウシオニは最後の希望をアタイに与えた。

「お前に……アタシの血を浴びせて妖怪に……ウシオニにすればまだ……」
「アタイを……妖怪に……?」

それは、アタイを妖怪に…ウシオニにすれば、生きていられる事が出来るという事だった。

「でも…それはお前を人で居られなくするって事だし……それにウシオニになるから…場所によっては忌み嫌われるかもしれない……だから……」
「いいよ……それで死ななくていいんでしょ?」
「え……今なんて……」
「だから…アタイをウシオニに変えてもいいよ……それで生きて居られるんだったら……嬉しいよ……」

このウシオニもついさっき何もしていないのに退魔師に襲われて、実際アタイも何もしていないのに怖がられた。
そんなウシオニにするのは抵抗があったようだったが、アタイはどんな形であれ生きたかった。

生きて…また父ちゃんに会いたかった。

だからアタイは、ウシオニになる事を即承諾した。

「本当にいいんだね……」
「うん……」

もはや喋る体力すら失われていく中、アタイは力を振り絞って首を縦に振った。


「それじゃあ…覚悟は良いな?」
「……」

いつの間にか雨も止み、そっとなるべく濡れていない地面に降ろされたアタイ……

「いくよ……ぐっ!!」


ブシャッ!!


近くに落ちていたのか、おそらくウシオニと対峙していた退魔師の物であろう刀を自分の腹に突き刺し、アタイの身体にウシオニの血が降り注いだ。
しばらくは生温かい血を全身に浴びせられているのを感じていただけだったが……



ドクンッ!!

「ぐっ!が、があああああっ!!」

突然大きく鼓動が鳴ったと思ったら、身体中が熱を発し始めた。
構造の急激な変化に身体がついて来れて無いのか、ミシミシと音を立てている。

「はぁ……これで多分大丈夫だ……あとはウシオニの回復力に頼れば……」
「どこにいるウシオニ!!この近くにいるのはわかってるんだ!出てこい!!」
「チッ……あいつめ…もう来やがったか!!」

アタイの身体が変化し始めたと同時に、女の人の声が聞こえてきた。
ウシオニの様子を見た感じでは、おそらく例の退魔師だろう。

「悪いな、アタシはここから離れるよ…あとはまあ……頑張れよ!」
「う…ぐうっ!!」
「クソッ!もう来やがったか!!殺されてたまるか!!」

ウシオニは一言アタイを励ました後、まだ傷も塞がっていないのに大きな声を上げながら走り去っていった。
おそらくだけど、ウシオニになりつつあるアタイを巻き込まない為にわざと声を上げて退魔師をこっちに気付かせないようにしたのだろう。


「あり………がとう………」


去っていくウシオニに……アタイはお礼の言葉を呟いた。
それはきっと聞こえていなかったとは思うけど……どうしても言いたかった。


「……」


そしてアタイは……頭から角が生える感覚や自身の皮膚が緑色に変化し体毛が生えていく様子、それと下半身が膨らんでいる感覚を感じながらも、弱っていた身体での急激な変化に頭が追いつかなく気絶して……



……………………



「そして……目を覚ましたアタイは、大怪我と魔物化のせいか全ての記憶を失っていた……そこから先は寂しい1年を過ごして、アメリ達に出会ったってわけだ……」
「そうなのか……」
「…………」

全てを思い出したアタイは、自分がどうしてウシオニになったかというのをユウロと父ちゃんに話した。

「じゃあスズ、お前がこの男の娘の桜だって事か?」
「ああ……アタイはたしかに猪善父ちゃんの娘の桜だ……」

ユウロも父ちゃんも、アタイの話を静かに聞いていたが……話し終わった後ユウロはアタイに確認してきて、父ちゃんは黙ったままだった。


「……だ……」
「えっ?」


いや、黙っていたのではなく……小声で何かを言っていた。
それは……その言葉は……




「嘘だ……嘘だ嘘だ!!貴様が私の娘なものか!!桜はウシオニではない!!」
「っ!!」




アタイの話を全く信じず、アタイを否定する言葉であった。

「な…何言ってるんだ父ちゃん!アタイはさくr」
「黙れえ!!娘の名を騙るなあ!!」

全くもって聞いてくれない父ちゃん……
きっとアタイが人間じゃなく、恨んでいたウシオニになっているのを信じたくないのだろう……

「嘘なんかついてない!母ちゃんの名前だってわかる!母ちゃんの名前は香澄(カスミ)だろ!?」
「なっ!?そ、そうだが……じゃあ……ほ、本当に桜……なのか?」
「だからそう言ってるじゃんか!」

それでも、今まで父ちゃんが絶対に他の人に言った事無いだろう母ちゃんの名前を言ったら、信じてくれたみたいだ。

「そんな……桜が……桜が…………!!」
「ん?」

しかし、アタイが実の娘だって理解した父ちゃんの様子がおかしい……
自意識過剰でなくてもアタイが生きてて喜んでくれたっていいと思うのに……頭を抱えて、わなわなと震えていた。
そしてしばらくして……



「み、認めてたまるか…桜がウシオニになったなんて認めん!!」
「えっ……!?」
「私の娘の桜は人間だ!!貴様のような妖怪では……ウシオニでは無い!!」



父ちゃんは地面に突き刺さっていた刀を握り直し……刃先をアタイに向けて、そう言ってきた。

「貴様は桜では無い!!妖怪になった桜はもう死んだのと同じだ!!桜の亡霊め、私の手で葬り去ってくれる!!」
「な、なんで……なんでだよ父ちゃん!?」
「黙れ!!ウシオニが桜の声で父ちゃんだなんて呼ぶなああああああ!!」



そして父ちゃんは……頭上からアタイに斬りかかり…………





「ふざけんなああああああああああああああああっ!!」
「ぐああっ!?」





ショックで動けなかったアタイの頭に刃先が届く前に、アタイと父ちゃんの間に入ったユウロが、父ちゃんを思いっきり殴り飛ばした。


「さっきから聞いてれば……何なんだテメエは!!」
「ぐっ、がっ!!」
「桜は人間じゃない?妖怪になった桜は死んだのと同じ?ふざけた事言ってんじゃねえよ!!」

地面に倒れ込んだ父ちゃんの上に乗り、胸倉を左手で掴み掛かり、右手で父ちゃんの顔面を殴りつけながら叫ぶユウロ……
その顔は……今まで見た事無い程の怒りで歪んでいた。

「どんな姿になろうと……大事な娘には変わりねえんじゃねえのか!」
「がっ、ぐっ、ぶっ!」
「人間だろうが、ウシオニだろうが、スズはスズ……桜は、桜だろうが!!」
「ごはっ、があっ!!」



茫然としているアタイを他所に、ユウロは父ちゃんを殴り続ける……



「テメエの桜に対する愛情は、人間じゃなくなった程度で消えるようなショボイものなのか!!」
「ちがぶっ!!」
「違わねえじゃねえか!!テメエは今実の娘を斬り殺そうとしたんだぞ!!」



何度も何度も、父ちゃんの顔が腫れてきてもユウロは殴り続ける……



「テメエのその行動で、どれだけ子供が傷付くのか考えた事もねえだろ!!」
「ぐ……う……」
「そういう身勝手な親の行動がな、子供には一番辛いんだよボケがっ!!」
「う……うぅ……」



父ちゃんが気を失いそうになっても、ひたすらに殴り続けるユウロ……



「本当に自分の娘が大切なら、どんな姿になろうが受け入れてやれよ!!」
「……」
「折角生きていた娘を、自分で殺そうとしてんじゃn」
「もうやめてくれユウロ!!」



そんなユウロの腕をアタイは後ろから掴んで、殴るのをやめさせた。

「お願いだからやめてくれ……見ていて辛い……」
「でもさあスズ、こいつはお前を……実の娘であるお前を殺そうと……」
「それでも……アタイの大切な父ちゃんには……変わりないんだよ……!!」

アタイはもう、父ちゃんが殴られ続けるのも、ユウロが父ちゃんを殴り続けるのも見ていたくなかった。

「だから頼む……もうやめて……」
「はぁ……はぁ……くそっ!」

なんとか父ちゃんを殴るのはやめてくれたが、それでも怒りが治まらないのか、地面に向けて一発思いっきり殴ったユウロ。
ここまで怒っているユウロを見たのは初めてだ……何か気に食わなかった事でもあったのだろうか?

「っ…………」
「よいしょっと……」

父ちゃんは既に気絶していて、ユウロが左手を離した事でぐったりと地面に寝転がっていた。
そんな父ちゃんを、アタイは自分の蜘蛛の背中部分に乗せた。


「おーい二人とも大丈夫……そうね」
「はぁ……凄いなお前達……こんな強い相手を倒すなんて……」

父ちゃんを背中に乗せ終わったところに、ようやくレシェルさんとレイルさんが到着した。

「あの……父ちゃんをルヘキサに連れて行ってもいい?」
「もちろん最初から自警団の檻にぶち込んで色々と聞き出すつもり……って父ちゃん!?」
「はい……この男は…猪善はアタイの父ちゃんです……」
「……事情は歩きながら聞くわ。気絶している今のうちに連れて行くわよ」

そのままアタイ達は、レシェルさん達と一緒にルヘキサの自警団本部まで戻ったのだった。



====================



「ふんふふ〜ん♪……あ、おかえりスズ!ユウロは無事だった?」
「ただいまサマリ。ユウロは無事だよ」

本部に戻った後、父ちゃんは檻の中に入れられた。
その中でレシェルさんの妹でレイルさんの奥さんであるダークエンジェルのアフェルさんが、父ちゃんの怪我…ユウロが殴って腫れさせた顔を治している。
まあそうは言っても、今の父ちゃんは捕虜だ。
だから身を拘束され、さらにアフェルさん、レシェルさん、そしてユウロの3人で監視されている状態でいる。

「それでどうしたの?厨房に来るなんて……」
「いや……ちょっとね……きんぴらを作ろうと思って……」
「きんぴら?」

そしてアタイは、本部内にある厨房を借りる事にした。

「うん…父ちゃんの大好物、作りたくってね……」
「父ちゃ……ってまさかスズ!?」
「うん、記憶戻ったよ」

なぜなら、父ちゃんにアタイの作ったきんぴらを食べてもらいたいからだ。

「それで本名は何ていうの?それに父ちゃんって誰?」
「アタイの名前は桜。父ちゃんって言うのは、アタイ達が捕まえた教団の侍兵の事」
「へぇ……そんな事もあるもんだね……あと、良い名前だね」
「うん……」

あの様子じゃ食べてくれるかわからないけど……それでも作って食べてほしかったのだ。

「それでス……サクラ、きんぴら作るんだっけ?」
「うん……あと皆はスズで良いよ。今になって本名で呼ばれるのも変な感じだし、折角アメリが付けてくれた名前だしね」
「わかった。じゃあスズ、私も作るの手伝おうか?」
「いや、いいよ。アタイ一人で作りたい」
「ん。じゃあ包丁はそこの棚の中に入ってるから。まな板はあそこにあるのは誰も使ってないから多分使っていいよ」
「わかった。ありがとう」

サマリが手伝おうかと言ってきたが、このきんぴらは自分一人で作りたかったので断った。
ただ作るのは本当に久しぶりだから、ちゃんと作れるかは少し自身が無い。

「それじゃあやるか……」

それでも、アタイは思いだした記憶を頼りにきんぴらを作り始めた。
父ちゃんに食べてもらいたい……ただそれだけを思いながら……



………



……








「……ふぅ……完成っと!」

なんとか作り終えたきんぴらは……記憶を失う前に作ったものと変わらない味だった。
そう、アタイが好きで……父ちゃんの大好物のきんぴらだ。

「こっちも完成っと!」
「……なんか沢山作ってるな……」
「ああ、これはこの本部に住みこんでる団員さんと、保護されてるプロメ達の分だよ」
「へぇ……ん?」

その横でサマリも作っていたチャーハンを完成させて、数十人分に分けていた。
あと…今保護されているプロメ達って言ってたけど……

「知り合い?」
「うん。私が魔物化した時に一緒に旅してたワーウルフ。さっき保護されてる人の部屋を掃除しに行った時に部屋にいたんだよ。そういえばワーウルフの夫婦を保護したって言ってたけど、まさか知り合いとは思わなかったよ」
「なるほどね……そういえば今までの旅の話をしてる時にその名前聞いた事あったなぁ……」

どこかで聞いた事ある名前だと思ったら、アタイに遇うより前に一緒に旅していたワーウルフらしい。
後で会いに行ってみようかな……って今はそれどころじゃないか。

「じゃあアタイは父ちゃんにきんぴら持ってくね」
「うん……食べてもらえるといいね」
「ああ……そうだね……」

アタイは予定通り父ちゃんにアタイ特製のきんぴらを持って行く事にした。



「……食べてくれるかなぁ……」
「あ、スズお姉ちゃん!ただいまー!!」
「ん?おおアメリ、おかえり!」

牢屋は地下に、厨房は2階にあるので、アタイは父ちゃんの所に持って行く為に一回に降りたところで、丁度変な剣を持ったドッペルゲンガーの夫婦と見回りから帰ってきたアメリと遭遇した。

「なんかスズお姉ちゃんたちつよい人つかまえたってみんな言ってるけどホント?」
「ああ……ついでにいうとアタイの父ちゃんだった」
「へぇ〜……あれ?スズお姉ちゃん自分のお父さんのことわかるの?」
「うん。記憶戻ったからね。アタイの本当の名前は桜。あ、でもアタイの呼び方はスズで良いよ」
「え!?そうなの!?よかったねスズお姉ちゃん!!」

アメリが元気よくアタイに近付いてきたので、とりあえず記憶が戻った事を伝えた。

「あ、そういえばトロンお姉ちゃんってどこにいるかわかる?」
「いや…団長室にいないの?」
「うん。ルコニお姉ちゃんがいじょうなしってほうこくしに行こうとしたけどいなかったんだって」
「ふーん……アタイはずっと厨房にいたからわからないや」
「ん〜……じゃあさがしに行ってくる!行こうルコニお姉ちゃん、ニオブお兄ちゃん!」
「そうだな…んじゃあまずは本部の中で探すとするか」

そしてどこかに行ってしまったらしいトロンさんを、ルコニと呼んでいたドッペルゲンガーとニオブと呼んでいた男性と共にアメリは探しに行ってしまった。
なんだかアメリと会った事で元気と勇気を貰えた気がする……

「よし、それじゃあ父ちゃんに会いに行きますか!」

アタイは覚悟を決め、父ちゃんがいる牢屋まで足を進めた……



………



……








「あの〜……入ってもいいですか?」
「あ、サクラさんでしたね。顔の腫れは治療しておきましたのでどうぞ」
「あ、はい。ありがとうございます」

父ちゃんが閉じ込められている牢屋の入口に辿り着いたアタイは、入っていいかを中にいる人に聞いてみた。
そしたらレシェルさんより少し幼い感じのダークエンジェル……おそらく妹のアフェルさんだろう……が出てきて、中に入れてくれた。

「あ……父ちゃん……」
「……」

中の様子は……ベッドの上で手足を拘束された父ちゃんと、その父ちゃんを黙って睨んでいるユウロ、そして何かしらのメモの準備をしてるレシェルさんがいた。
父ちゃんはジッとこちらを睨んだまま、何も言ってこない……

「あのさ、父ちゃん……何も言わなくていいから、とりあえずこれ食べてよ……」
「……」
「ほら……父ちゃんの大好物、アタイ特製のきんぴらだよ……」
「……」

アタイは少しだけ怯んだけど、作ったきんぴらを父ちゃんの口元に運んだ。
最初は容器ごと渡すつもりだったけど、手が拘束されてるからアタイが箸で運んで食べさせる事にした。


「変な物は何も入って無いから……お願いだ……」
「…………」


口元に運んだが、なかなか食べようとしてくれない父ちゃん……


「お願いだから食べてよ父ちゃん……」
「………………」


先程父ちゃんに言われた言葉がアタイの中に響いてきて……段々泣きそうになってきた……


「ねえ……父ちゃんってば……」
「…………ちっ!」


腕も震えだしたが、そのまま口元で待機させていたら、父ちゃんは大きく舌打ちした後……

「はむっ!!」
「あ」

ガバッと口を開けて、険しい表情のままアタイの作ったきんぴらを食べてくれた。


「……」
「……」


無言のまま咀嚼を続ける父ちゃん……
でも……その表情は徐々に和らいでいき……


「……ごくんっ……」
「……」


噛み終わって飲み込んだ後、顔を俯けたせいで表情が見えなくなったけど……身体が気持ち震え始めて……




「……くそ……桜が作ったきんぴらと何も変わらないじゃないか……」




涙らしき液体を自分の服の上に流しながら……そう口にした父ちゃん。

「だから言ってるじゃんか……アタイは桜だって……」
「ああ……ああっ……」
「たとえウシオニになろうが、記憶が無くなろうが、アタイは父ちゃんの娘の桜なんだよ……」
「そうだな……そう…なんだな……」


そんな父ちゃんの様子を見ていたら、アタイまで涙が溢れて来て……


「父ちゃん……ただいまっ!」
「ああ……おかえり桜……そしてゴメンなぁ……」
「いいよ父ちゃん……わかってくれたからいい……」
「桜……もう……父ちゃんの前から居なくならないでくれぇ……」
「うん……うん……!」


アタイ達は涙を流しながら……お互い抱きしめあって、存在を確かめあった。



アタイはもう二度と父ちゃんの事を忘れないように、大きくなった手でしっかりと抱きしめた……



もう二度と離さないように力強く……暖かい手でアタイは父ちゃんに抱きしめられていた……




………



……








「父ちゃん……なんでこんな所にいたんだ?」
「ああ……それはな……」

お互い再開を噛みしめあった後、落ち着いてからいろいろと父ちゃんから聞き出す事にした。
アタイが聞かなくてもどの道後々でレシェルさんに聞き取りされると言うので、アタイが引き受けたのだ。
ちなみに大人しくなったので、監視付きのままではあるが拘束が外された父ちゃん……といっても、腕に付けられていた縄は抱きしめあった直前にレシェルさんが気を利かせて素早く切り取っていたが。

「母ちゃんに続いて桜まで失ったのが悲しくて……もうジパングには居たく無かったんだ……」
「それで大陸に来て、妖怪を恨んでいた父ちゃんは教団に入ったって事?」
「ああ、その通りだ……私は教団に入り、多くの妖怪たちをこの手で…………」
「言うのが辛いなら言わなくていいよ父ちゃん……」

どうやら父ちゃんはアタイがウシオニに殺されたと思った後、大陸に逃げて教団の兵士になったらしい。
父ちゃんは強いから入った途端大活躍だっただろう……
でも、それはつまり、なんの罪の無い魔物に手を掛けていたという事だ。
魔物は悪ではないと改めて認識した父ちゃんには、とても辛い事だろう……

「まったく……調子が良すぎるんだよ」
「ユウロ!そういう事言うな!!」
「へいへい……でもな、あんたが魔物に手を掛けたという事実はな、スズが帰ってきても変わらないって事を忘れるなよ」
「ああ、わかっている……」

未だに父ちゃんの事を許しきれてないユウロが、父ちゃんにはキツい事をズバリと言ってきた。
あまり父ちゃんを責めてほしくないが……ユウロが言っている事も一理あるどころじゃない。

「ちょっといいですか猪善さん……」

と、ここでずっと黙っていたアフェルさんが父ちゃんに話しかけてきて……

「あなたが魔物を殺めた事実、これが消える事はありません」
「ああ……後悔しているし、反省もしている……罪を償いたいが…到底償い切れるとは思っていない……」
「その通り、到底償い切れるものでは無いです。ですので罪滅ぼしとかではなく単純に、これからはその殺めた魔物より多くの魔物を助けてやって下さい」
「……え?」
「わたしもあなたと同じ……エンジェル時代に魔物を沢山殺しました……しかも、見当違いな復讐心というのもあなたと同じです……」
「そういえばそうだったわね。あんた私が魔物に殺されたと思って村一つ壊滅させてたもんね……」
「そう……なのですか?」
「はい……この事は決して忘れてはならない事実で、たとえどんな事をしようが償い切れるものではありません……ですが、だからと言って自暴自棄に陥ったり、懺悔を繰り返して居たり、ましてや自らの命を捨てたりするのは亡くなった方やその人達の大切な人達に失礼です」
「では……どうすれば……」
「それは自分で考えて下さい……自分がその人達に見せる事が出来る、最善の生き方を……」

自分の事を交えながら……父ちゃんにアドバイスをしてくれた。

「ああ……わかった……では、大した償いになっているとは思えないが……まずは私の知るドデカルアの情報を伝えよう……」
「よしきた!ユウロ君もメモするの手伝って!」
「わかりました」

そして父ちゃんは、自分が所属していた教団の情報を言ってくれる事になった。
拷問してでも聞き出すつもりだったらしいけど、自ら話してくれるなら父ちゃんも無駄に傷付かないで良いだろう。



「まずはそうだな…そちらも薄々感付いてるとは思うが、奴らはルヘキサに戦争を、しかも奇襲の形で仕掛けるつもりだ」
「やっぱりか……それって何時頃かわかる?」
「すまないが日付まではわからん…前日になったら知らせるから日々準備だけしておけと命令が出ていただけだからな」
「そう……それは困ったわね……」

どうやらドデカルアの連中は、ここで噂になっていたとおり戦争を仕掛けてくるつもりらしい。
しかも奇襲、さらに父ちゃんみたいに捕まった場合を想定してか日付までは知らされていないときた……

「一旦あなたを帰して情報を集めてもらおうとも思ったけど……バレた時のリスクが高いし……」
「私はそれでもいいが……」
「駄目だよ父ちゃん!もしバレたら父ちゃん一人で教団兵全員と闘わなきゃいけなくなるし…そんなのいくら父ちゃんでも絶対無理だよ!!」
「流石に娘さんが悲しむのにそんな事出来ないわよ。まあ娘さんだけじゃなさそうだけど……」
「ん?まあ……そうか……桜を悲しませるわけにもいかないか……」

父ちゃんをスパイとして教団に帰す……たしかに疑われる事無く情報を集められそうではあるけど、万が一バレでもしたら父ちゃんの命は無いだろう。
折角会えたのにそんなのは嫌だから……少し乗り気だった父ちゃんに駄目だと言ってやめてもらった。

「先に仕掛けるってのは駄目なんですか?」
「ユウロ君、それだけは絶対駄目なの。それこそ教団の連中が言う通り『魔物は人間を襲う』って事になって、無関係の人達にも恐怖を植え付ける事になる」
「そうしたらルヘキサ自体も危うくなってしまいます……ですので、訳も無くこちらから攻める事は出来ないのです」
「そうか……ん〜じゃあ受け身になるしかねえのか……」

例え襲ってくるのがわかっていても、訳も無くこちらから仕掛ける事は出来ない……
かといって相手が仕掛けてくるのを待っていても、魔物と言えど人数差があるので守りに徹してたら不利だろうし……いったいどうすれば……

「……ん?訳も無くこちらから攻められないって事は……訳があればこっちからも攻められるの?」
「ええ、まあ……確証があって、なおかつ攻めなければならないような理由があればですが……」

訳も無くって言ったからなんとなく聞いてみたけど……どうやら理由さえあればこちらからも攻められるらしい……

「ねえ父ちゃん……何か……人質みたいなものとかってないの?」
「そういう事を聞きだして戦争を吹っ掛けるってのもどうかと思うが……そうだなぁ……」

だからそれらしい何かが無いかと、アタイは父ちゃんに聞いてみた。

「人体実験を行っている……ってのは理由になるか?」
『……へっ!?』

そしたら、アタイのそんな態度に呆れながらも、とんでも無い事を言い始めた。

「ちょっと…人体実験って何よ?」
「『人間に魔物の魔力を定着させる』実験…たしかそう聞いていた」
「人間に……ってそれ魔物化じゃないのか?」
「いや……たしかに被験者は女性で人間だが、人間の状態のまま魔物の魔力を定着させるものだ」
「そ、そんな事が……」

どうやら人を人のままで魔力を定着させる実験をしてるらしいが……

「でもそれって何か利点あるのか?」
「理論上は人間のまま魔界に侵攻可能。それだけではなく相手は自分と同じ魔物だと思い込むので不意打ちが可能……ってとこかしらね」
「そうだ…それに魔物の魔力があればある程度強力な魔術も使えるし、身体も頑丈になるので一般人でも兵士として戦えるのだ」
「へぇ……もしかしてもうそれで戦力になってるとか……」
「いや…最近始まった計画だから、まだ最終調整手前ぐらいだ」
「なるほどね……じゃあその辺はまだ考慮しなくて大丈夫か……もしくはそれが上手くいってから攻めてくるかってところか……」

アタイはそれの利点がわからなかったが、いろいろとあるらしい。
教団もいろいろと考えているんだな……
なんて思ってたら……

「……待った」

何かが気になったらしく、突然ユウロが口を開いて……

「猪善さん、今何て言った?」

父ちゃんに確認してみたところ……

「……『一般人でも兵士として戦える』と言ったのだ……」
「おい……って事はその魔物の魔力を定着させる実験を受けてるのは教団兵や勇者じゃなくて……」
「ああ……ドデカルアに住む貧困層や軽犯罪者……それに、ルヘキサから連れ去った者達だ」
「なっ!?」

とんでもない事実が突き付けられた。

「ちょっと待って下さい。ルヘキサから連れ去った人を使うのは百歩どころか百億歩ぐらい譲ってまだわかるとしますが……自分達の領に住む人達まで使うのですか!?」
「ああ……金で釣ってな……それに失敗して魔物化した場合、殺してもさほど問題無いという考えでな……」
「ふざけないで……あそこの連中は何考えてるのよ……」
「そこは私もずっと疑念を抱いていたが……司教曰く主神様の御告げだと……」
「馬鹿言わないで下さい。流石の主神でも魔物を倒すために人を犠牲にするような事は絶対に言いません」
「あそこの司教共はいけすかない奴とは思ってたけど……そこまでか……」
「……ふざけやがって……!!」

同じ人間すら人間と見ていない行為……アタイは自分の中で怒りが芽生えているのを感じた。

「なあレシェルさん……これって理由になるか?」
「そうね……ドデカルアの住民だけなら難しかったけど、ルヘキサに住む人達も攫われて使われてるなら理由になるわ……それは絶対なんでしょね?」
「ああ、間違いない。先月は4人も攫ってやったと嬉しそうに語る屑がいたし、実際に見掛けている」
「4人……間違いないわ。先月行方不明になった女性の人数と一致している……魔物化して男を探すためにこの街を黙って離れたとしてもこの街を離れる前に誰かに告げていく場合が多いからもしやとは思ってたけど、まさかそうだったとはね……」
「しかし……どうやって4人も、誰にも気付かれずに誘拐したのでしょうか?」
「内部に奴らの仲間が潜んでいるか、もしくは相手に誘拐の達人がいるか……どちらにせよ報告されるまで気付けなかったのは痛いわね……」

これならこちらから仕掛けられる理由になる……なら……

「じゃあ……その人達を助け出すためにも……そこの教団に乗りこまないと!」
「そうね……本当は巻き込みたくないけど、このままじゃ圧倒的戦力差があるからあなた達にも手伝ってもらうかもしれないわ……」
「俺は最初からそのつもりだ。そんな行為許せるかってんだ」
「アタイだって許せない!」


こちらから仕掛けて……その人達を助け出す!
もちろん、アタイ達も協力して…そんなふざけた教団を潰す!!



「まあとりあえず団長と相談してからだから……このままでいてもらうけど、親子で積もる話をしてなさい」
「ありがとう……あ、でもトロンさんいないらしいですよ?」
「え、そうなの?」

まあまずはトロンさんと相談しないといけないという事でレシェルさん達が牢屋から出ていこうとしたところで、そういえばさっきアメリがトロンさんいないって言ってたのを思い出したのでその事を伝えた。

「あーそういえばわたしが呼ばれてここに来たとき、団長さんは不審者の対応に行くと言って街の門に向かってましたよ」
「え、そうなの?というか不審者って?」
「あーどうも『ウチはただの商人や!!依頼主のところに行くのにこの街通った方が楽やから通り抜けたいだけや!!』って変な喋り方をする人間女性がいるらしくて……」
「それ只の商人じゃないの?」
「いえ……ところが荷物の中が変な物や武器が中心、それに……微妙に魔物の魔力を感じるらしいですし、一部の荷物は見せたがらないので……」
「んー……人間女性で魔物の魔力か……さっきの話からすれば、十分に怪しいわね……でもまだ成功はしていないらしいから違うわよね……」

どうやら街に入ろうとする商人を装う不審者がいるらしい……
この時期に近付く人間女性はたしかに怪しいし……荷物を隠したがるのはなおさら怪しいけど……

「なあユウロ……喋り方といい、商人といい、どこかで聞いた覚えは無いか?」
「あ、スズもそう思うか……いやでもまさかな……まだ早いだろ」
「でもたしか本人が言ってたじゃないか。大陸の方に仕事があったら回してもらうって……」
「そういえばそうだな……」

どうにも二人の会話に出てくる商人の特徴に当てはまる人物が一人脳裏に浮かぶ……
ユウロにも確認してみたけど、やっぱり同じ人物を思い浮かべているらしい。

「俺ちょっと確認してくるわ。スズはまあここで二人で積もる話でもしてな」
「おう、まかせた」

という事で、ユウロもレシェルさんやアフェルさんと一緒に、その人物かどうかを確かめる為に出て行った。
そう、今この部屋にいるのはアタイと父ちゃんだけだった。

「……ねえ父ちゃん……なんとなく今までの会話で察してるかもしれないけど、実はアタイ旅してたんだ」
「ああ、あの少年や他にも何人かでだろ。ユウロ君だっけ?あの子が教えてくれたよ」
「そうか……じゃあアタイが皆と旅してきた話、まだ余ってるきんぴら食べながら聞いてよ!」
「ああ、聞かせてくれ。桜がウシオニになってからした体験を父ちゃんにな」
「うん!じゃあまずはアタイが皆と出会ったところから……」

だからアタイは、父ちゃんと二人きりで話をし始めた。
アタイがした旅を、父ちゃんに教える為に……


今までの1年を埋めるように、そしてウシオニになったアタイが、元気に過ごしていた事を教える為に……



=======[エルビ視点]=======



「……ん〜……」
「ん?どうかしましたかエルビ様?」
「いや……これは司祭達に言ったほうが良いかなって……」
「えっと……何がです?」

見回りの途中で見掛けたとある事と、今この現状を考えて、ボクはある決断をしたほうが良いと思い始めた。

「ルヘキサの連中が攻めてくるかもしれないから守りを固めたほうが良いってさ」
「……へ?」
「いやさ、あの頑固親父帰ってこないじゃんか。だからさっき見たのは気のせいじゃなかったんだなと思って……」
「さっきって……何か見たのですか?」
「あの頑固親父がルヘキサの連中に連れられて行くところだよ。半分は何度も見掛けた事あるから間違いないよ」
「なっ!?イヨシさんが連れ去られただって!?」

ボク一人だったし、見間違いかと思ったから気にしなかったけど…あの頑固親父がルヘキサの連中に気絶させられた状態で運ばれているのを見掛けた。

「何かの間違いでは?あの方もなかなかの実力者で、そう簡単にはやられないと思いますが……」
「ルヘキサにいないはずのウシオニがいた。あとは…ジパングでボク達に抵抗してきた木刀使いの元勇者、あいつも一緒だった」
「なんですと!?何故それを早く言わないのですか!?」
「だから気のせいかと思ってたんだよ。ここに戻ってきたのもつい最近だし、ウシオニでも加入したのかと思っただけだし」

これが気のせいで無いとなると…戦争を仕掛ける側であるこちらが準備してる間に攻め込まれる可能性が出てきた。

「ですが……イヨシさんがそう簡単に口を割るとは……」
「いや……相手は魔物だ。自白させようと思えばいくらでも手段はあるさ。それにもしもだけど、そのウシオニが殺されたって言っていた娘だったら?」
「なっ!?いやでもたしかに可能性はありますね……たとえ魔物になろうとも娘だったらそちらに付くかも……」
「だろ?それでここでやってる実験の事を話されたらどうなるか、チモンならわかるだろ?」
「そうですね……ルヘキサの住民を攫ってまでやっているわけですし、その人達を取り返すというのを理由に攻め込んでくるかも……」
「そういう事」

こういう事になりかねないからルヘキサから誘拐してくるのは良くないって言ったのに……あの司教達ボクがまだ子供だからって話聞かない馬鹿だから嫌いなんだよな……

「まあその事をとやかく言ってても仕方ないし、さっさと報告行くか……」
「あの……ちょっといいですか?」
「ん?何さ?」

面倒だけどこのまま対策無しで攻め込まれてはあっという間に壊滅するだろう。
なので嫌だけど仕方なく司教達に報告しに行こうとしたら、チモンが呼びとめて……

「なんかエルビ様…この前ミノタウロスを倒した時から様子がおかしい気がするのですが……」
「あ?」
「あ、いえ、なんでもありません……」

人が気にしている事をズバリと聞いてきたので、ちょっとイライラしてたところで余計イライラしてきた。

たしかに、この前のあのミノタウロスの顔やミノタウロスが言っていた言葉が妙に頭に残っていて鬱陶しく思っている。
あんな戯言自体は何度も聞いた事あるし、その都度頭の中から消していたけど……何故かあいつが言った言葉だけは忘れられなかった。
その事でボクはこのところ悩んでいる……それを指摘されたらイラッともするだろう。

「まあ支障は無いよ。ボクは魔物の言う事なんか聞く気ないしね」
「そうですか……」

魔物は人間を愛している……そんな事はわかりきっている。


それに……魔物は自分が愛した人間にとっての大切な存在を、忘れ去らせる事が出来るのも知っている……


「はぁ……言いたかったのはそれだけ?」
「えっと……はい……」
「じゃあいいや。チモンもついてきて。あいつらボクだけだとまた話聞かないかもしれないからね」
「了解です」

今この悩みの事を考えても仕方ないので、ボクは司教達に報告しに向かった……



=======[ユウロ視点]=======



「ねえユウロお兄ちゃん……その話本当?」
「ああ……やっぱアメリちゃんもそう思う?」
「うん。そんな気がする」
「だよなぁ……」

俺はトロンさんを探していたアメリちゃんと合流して、街の門まで走っていた。
レシェルさん達が言っていた事をアメリちゃんに伝えたら、やっぱりアメリちゃんも俺達と同じ人物を思い浮かべた。

「やっぱそうなのかな……っと、着いたようだ」
「あ、トロンお姉ちゃんだ」

走れば速いもので、20分もしないうちに門まで辿り着いた。
たしかにそこにトロンさんがいて、誰かと口論しているようだった。

「信じられるか!どうせ貴様も教団の者だろ?」
「だからちゃうわ!!なんでウチがわざわざそんな事せなあかんねん!!ドラゴンやからって調子乗るんやないでゴラァ!!」
「あっ?我と闘うというのか?ドラゴン嘗めるなよ?」
「そっちこそ商人嘗めるな!侵攻してきたって濡れ衣かぶせられたまま黙ってる程大人しくないで!!」

その誰かの声は……やっぱり聞き覚えのあるものだった。

「あのートロンさん。そいつは大丈夫ですよ」
「ん?なんだこの忙しい時に……」
「あ、ユウロ!!それにアメリちゃんも!!丁度ええとこにおったな!!ウチの無実を証明してくれ!!なっ!!」
「ん?お前等知り合いか?」
「まあ……あ、そいつは本当に商人ですし大丈夫ですよ。反魔物領でも商売出来るようにって人間に化けてるだけの魔物ですし」
「な……そうなのか?」
「だから言っとるやろ!ウチは教団の人間やないって!!」
「う、そうか……すまんかった……」
「まったく……なんで街を抜けるのにこんなに疲れなあかんのや……」

その女性は……その人間に化けている女性は……

「久しぶりだねカリンお姉ちゃん!!」
「おう!久しぶり!!皆元気にしとったか?」


ジパングで一緒に旅をしていた、『刑部狸』のカリンだった。
12/11/24 22:02更新 / マイクロミー
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■作者メッセージ
という事で今回はスズがウシオニになった理由、そして親子再開のお話でした。
ちょっとサマリとアメリの出番が少なかったですが……アメリはともかく、サマリはルヘキサの間サマリ視点でなければこんな感じになってしまいます。
何人いるかわからないけどサマリファンの皆さんごめんなさい。

そして色々と懐かしい面々も集まってきました。
プロメやカリン、それにルコニも次回できちんと出ますし、今回も出なかったホルミさんも出てきます。

という事で次回はなんちゃって戦争の準備、そしてそれぞれの想いを胸に……の予定。

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