連載小説
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黒ミサの実情
転校初日の放課後――

凱と瑞姫はエルノールとの約束通り、学園長室に来ていた。
学園長が出迎えながら告げる。

「うむ。二人ともよう来てくれた。御両親には既にわしから連絡しておいた。今夜は遅くなるが、わしが引率するから心配は無い、とな」

学園長であるエルノール直々の連絡、そして彼女自らが同行するとなれば、文句を言う親はそういない……筈だが……。

「改めて自己紹介しよう。わしが風星学園の学園長兼サバト支部長、エルノールじゃ。お主達の名は知っておるから、名乗る必要は無いぞ」
「それで、今夜のサバトと言うのは?」

エルノールに凱が問い掛けると、彼女は待ってましたとばかりに返答を始める。
数時間前にもたらされた事態を表に出さないようにしながら…。

「この部屋にある隠し通路を使って、10分ほど歩いた所に繋がっておる支部で開くんじゃ」
「それは地下にある…と言う事なんですか?」
「率直に言えばその通りじゃ。この町は魔物娘に理解はあるんじゃが、どうもサバトだけは理解の無い連中から睨まれてるでのう…」

瑞姫の質問に、やや溜息交じりに応えるエルノール。
それでも彼女は言葉を続ける。

「じゃが、わしは学園長になった事も、支部長になった事も全く後悔しておらん。お主らがわしらの黒ミサを見て、感銘してもらえたら幸いなんじゃがな…っと、そろそろ出ねば準備に間に合わなくなりそうじゃ。二人とも早速で悪いが、わしの後をついてくるんじゃ」

二人を促しながら、エルノールはいそいそと通路の扉を開き、入って行ってしまう。
慌てて後を追う凱と瑞姫ではあったが中は意外にも明るく、しかも一本道であった為、エルノールを見失う事は無かった。

「ほれ、早く来んか。遅れるぞ」

エルノールの催促に、二人はやや駆け足気味に後をついて行く。
そうしてほぼ10分後、突然開けた空間が三人の目の前に映る。

驚く凱と瑞姫に、エルノールは振り返りながらの笑顔で伝える。

「ようこそサバトへ。此処が風星支部じゃ」

二人がこれまで抱いていたサバトのイメージとはまるで違う、むしろ明るくほのぼのとした雰囲気がそこにはあった。
帽子をかぶった小さな少女だったり、まるっきり幼女としか思えない外見ながら重そうな鈍器を持っている者、手足が魔物そのものな少女だったり……。
瑞姫のような身長を持った者がほとんどいないのだ。

そして男も殆どいない。それは何故かと言うと――

「来る前にも言うたが、この人間界のサバトはこうして地下での活動をさせられておる。昨今は未成年絡みの犯罪が多いでのう、サバトがそれを助長してるなどと言いがかりをつけられとるんじゃ。こうして地下活動をさせられてるのは、何も此処だけでは無いんじゃがな…」

エルノールは溜息をつきながら説明する。
彼女の言う通り、昨今は未成年が絡む犯罪、特に性犯罪が増加傾向にあり、警察と民衆の反応も過剰極まりない。
攻撃材料を欲しているかのようであり、同時にサバトを理解する気が欠片も無い、と言う皮肉な現実が横たわっているのだ。

「全く、何が『幼体の姿をした魔物との交流は未成年に関わる犯罪を助長する。よって、特に厳しく制限する』じゃ。口先だけの無能な政治家共が、舐め腐りおって……!」

呪詛の如き独り言がエルノールの口から飛び出す。
それは当然ながら二人の耳に入り、瑞姫は驚くが、凱は至って平静だ。
そんな凱の様子にエルノールは問いかける。

「何じゃ、龍堂用務員。驚かんのか?」
「ええ、学園長の言う通りですから。政治家共もそうですけど、警察も評論家もジャーナリストも、口先だけは達者な癖にやってる事はガキの使い以下ですから。その癖、犯罪者には砂糖を吐き出す程甘い」

冷酷に切り返す凱の口ぶりに、エルノールは少し沈黙し、再び話し出す。

「……すまんのう、愚痴を聞かせてしもうて。さて、黒ミサの準備にかかろうかのう」
「何の準備が足りないんですか?」

凱と瑞姫にとって魔物娘のサバトがどんなものであるか分かる筈も無いし、何を準備するのかも分かりようが無い。
エルノールは悔しげな表情で遂に告白する。

「お菓子やケーキが予定より足らんのじゃ。警察が得意先に介入して、うちとの取引を止めおってな。材料を買うだけで限界じゃ……」

たかがそれだけで、と思う者も多い事だろう。
まともにサバトの活動が出来ない以上、何らかの形で盛り上げなければならない。
この支部の場合、その為に必要なのが甘い物だったのだ。

彼女の言葉に凱は答えた。

「出来るか分かりませんが、やってみましょう。学園長、材料を大至急仕入れて下さい!」
「な…っ! そなたは自分の言っている事が分かっておるのか?!」
「学園長、大丈夫です! お兄さんは……料理やお菓子作りが得意なんです」
「何と!? それはまことか?!」
「父子家庭だったので。特に料理関連は自分の仕事でしたから、その内に菓子作りも出来るようになってました」

エルノールの驚きはむしろ当然だろう。
料理や菓子作りが得意な男はそうそう身近にいるものでは無い。
ましてや、彼女が自ら招いた者がそうであるのなら、尚の事だ。
義妹の証言もまた、エルノールに決断を迫るものがあった。

「うむむぅ……、こうなれば背に腹は代えられぬか……。おーい! 至急、お菓子やケーキの材料を仕入れてくるんじゃ!」
「エルノール様!? でも、お菓子を作れる子は殆どいませんが……」
「今夜の来賓が手伝ってくれる! 急げ! 時間が無い!」
「は、はい!!」

エルノールは信者達に、菓子の材料を仕入れるよう急がせ、30分程で必要な材料は揃える事が出来た。
問題は此処からであったのだが…。

「これなら……、えーっと……、これとこれ、んで、これ……か」

凱は咄嗟に材料を見回しつつ、作れそうなお菓子をメモ帳から引っ張っていた。

「それは何じゃ! びっしりと書かれておるが?!」
「お菓子のレシピを書いたメモ帳です。万が一の為に何時も携帯してます。別で料理のもありますけど」
「初めて見た……」

瑞姫とエルノールは、凱の持つメモ帳に驚愕する。
その中にはびっしりと文字が記され、分量までもが書かれているのだ。

「クッキー数種、チーズケーキ二種、苺のケーキ、フルーツ入りのゼリーが丁度良さそうですね」
「手の空いてる者は、この者の指示に従え! お菓子作りを我々でするぞ!」

エルノールの呼びかけで集まったのは10人程。
魔女やファミリア、ドワーフ、ゴブリンといった、サバトに所属する所謂「貧乳」の魔物娘達だ。

そこから先は凱の手順に習いながらの菓子作りとなっていく。

特にべイクドチーズケーキとレアチーズケーキを完成させた時の彼女達の眼は輝いていた。
他にもクッキーはバタークッキーやチョコクッキー、バークッキー、オートミールクッキーが大量に焼き上がり、参加者の目を楽しませる。
苺のケーキがスポンジケーキからどんどん形が作られていく様子に、周囲は感嘆するばかり。
ゼリーは果物のお陰で色とりどりに仕上がり、固まるまで冷蔵庫で厳重に冷やされる事になった。

途中、つまみ食いしようとする者もいたが、それらはエルノールによるきつい仕置きを平等に受ける破目になったのは、ちょっとした余談だ。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

やがてサバトの黒ミサが始まる時間となり、黒ミサはほんわかとした雰囲気の中で開始された。

凱は残った菓子作りを引き受け、手伝いに来てくれた者達をサバトへ戻した。
瑞姫も手伝おうとするがエルノールに呼ばれ、渋々サバトの方へ参加している。

エルノールが率いるサバト支部の正式名は【サバト風星支部】と言う。
単に長である彼女が風星学園の学園長をしている事に由来しているからなのだが。

本来、魔物娘達のサバトはまず始めに信者達(構成員と呼ぶ時もある)が街頭に出て、あの手この手で黒ミサへの勧誘を行う。
次に勧誘を受けてやって来た人間の男女に対し、快楽と幼体に塗れた徹底的なサバトの思想の教育・調教を行う。
その次に行うのは信者達による「おにいちゃん」選び、すなわち夫選びだ。
これに並行して人間の女性には魔物化が行われ、魔女と化す。

だが、ごく稀にバフォメットの素質を発現する者もいる。
サバト内でバフォメットとなった者は王魔界は魔王城にある「サバト魔界本部」の長・バフォさま(本作では便宜上「初代」)の預かりとなる。
魔界本部預かりとなった新米バフォメットは、バフォさまから直々に思想教育を受け、力の使い方を身に付けるのだ。
それが終わると、次は各地の支部長の弟子となってサバトの何たるかを現場で学んでいく事になる。

これを修了してようやく一人立ちとなり、やがては新しい場所で支部長として一からスタートするのだ。

ただ、少数ではあるが支部を作らず、各地を遍歴して己の力と技を磨く者もいるのだが。

また、ここでの黒ミサは魔物娘と言うだけあって、夫と一心不乱に交わる淫らな宴だ。
だが、風星支部を筆頭に現在の人間界のサバトでは政府や警察、公安によって規制と罰則の対象にされている。
故に新規の魔女を獲得出来ても、おにいちゃんを滅多に迎えられないのが現状だった。

しかも風星支部は一際特殊な事情を抱えている。

実は主たる構成員のほぼ全員が親に捨てられたり、身売りさせられたり、死なれる等して身寄りを無くしたり、生きる為に罪を犯す等して孤児院や女子少年院に入っていた少女達なのだ。

構成員を増やす為に仕方が無かったとは言え、エルノールは可能な限りで孤児院や女子少年院などの施設に入れられていた少女達を引き取り、同意の上で魔物(主に魔女)とし、教育を受けられる場を与えていた。

そんな境遇の少女達をエルノールは「家族」として迎え入れ、風星学園に編入させたりなどして育てていたのである。
魔女達の中には瑞姫より年下の者も多く存在している。

言ってみれば孤児院のような役目も果たしている、と言う事でもある。

その為、黒ミサと言っても和やかで日々の情報交換をしながらのティーパーティーという趣となってしまっているのが実情だ。
だが、風星支部では菓子作りをした事が無い者達が殆どで、黒ミサの際には業者に発注していた。
そこに警察が介入し、業者を脅した事で菓子の供給を止められた所に凱が現われたのである。

エルノールにとって、まさに救いの手だった。

「おねえちゃん、学園の生徒なの?」

瑞姫の方にも実年齢の幼い魔女達が話しかける。
制服姿である事から、瑞姫が風星の生徒である事は一目瞭然である。
魔女達は瑞姫の年齢にそぐわないと言わんばかりの慎ましい胸に共感を抱いたと言うのだろうか。

親しげに話しかけてくる魔女達の姿に瑞姫は思わず微笑み、返答する。

「うん、そうよ。学園長、いいえ支部長がわたし達を学園に呼んでくれたの」
「おねえちゃんも仲間になってくれると嬉しいなぁー」

魔女の一人の言葉に、瑞姫の心は揺らぎ出す。

「もう少し考える時間を頂戴ね。わたしもお兄さんも、今日はここに招待されただけだから」
「うーん、早めに返事してね?」
「これ、この娘は今日の来賓じゃ。そんなに急かすでない」
「はーい」

やがてゼリーも完成し、全員に行き渡る。
けれど、のんびりとした癒しの時間はあっという間に終わりを迎え、風星支部の黒ミサは解散となるのであった――。

凱と瑞姫は来賓と言う事でエルノールに連れられ、いち早く会場を後にする。

「わしの所の黒ミサはどうじゃったかな?」
「妹が出来たような気分……です」

黒ミサと言う名の宴が終わり、学園への途上、瑞姫は照れながら、ぎこちない返答をした。

「そうか、お主はそう感じたか……。じゃが、わしらの黒ミサは本当はああいうものでは無いんじゃ」

エルノールは一度言葉を区切り、再び話し出す。

「幼女と男が激しく、淫らに交わり合う。それが本来の「我ら」のサバトじゃ。じゃが、おにいちゃんを新たに得るのが難しい現状では、あれが精一杯なんじゃ…」
「そうですか……。その割りには本当に幼い歳の者がいたようですが?」
「わしの支部は親に死なれたり、捨てられたり、身売りをさせられたり、生きる為に罪を犯す等して孤児院や女子少年院に入っておった者が殆どじゃ。この支部を立ち上げる時に派遣された魔女は三人しかおらぬ。言ってみればここは孤児院も同然じゃ。構成員を増やす為だったとは言え、あの者達も元気に育っておる。望む者は学園の生徒にもしておるんじゃ」

サバトの実情を聞かされ、凱はそれ以上の追求を止めた。
そこから学園長室まで、三人とも無言のままとなってしまう。

学園長室に着いた時には夜の10時を回っていた。
瑞姫にとっては家にいなければならない時間である。

「遅くまで感謝するぞ。今、タクシーを呼ぶでな、もう少し待ってくれ」

その数分後にタクシーはやって来た。

「では、明日からの学園生活を存分に過ごすが良いぞ。サバトについての返事は時間が空いた時で良い」

エルノールと別れた二人はタクシーに乗ってそのまま帰宅し、あっという間に眠りに就いてしまった。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

その日の深夜。
エルノールは学園長室で今回の黒ミサの報告書を書いていた。
その最中、学園長室に備え付けてある大鏡が突如、唸りを上げる。

大鏡に向かって呪文を唱え、詠唱が終わると、こげ茶色の毛色を持つバフォメットの姿が映し出される。

『エルノールよ、今宵の黒ミサは如何であったかのう?』
「は、初代様。偶然ではありましたが、例の二人を招待する事に成功致しました」
『おお、それはお手柄じゃな。して、二人の反応はどうじゃ?』
「《義妹(いもうと)》の方は《サバト(我々)》に好印象を持ってくれたようです。問題は《義兄(あに)》の方かと」

初代様と呼ばれた漆黒のバフォメット。
彼女こそがサバト魔界本部の長にして、サバトを創始したバフォメット本人だ。
初代は少し沈黙した後に言葉を紡ぐ。

『そう言えば、そなたには言うて無かったのう。あの男は黒宝玉の持ち主じゃ』
「何と! それはまことで御座いますか!?」

エルノールの驚愕を余所に、初代は続ける。

『正確にはあの男の父親が持っておった。形見として譲ったようじゃな』
「では……」
『やり方は任せる。二人を必ずサバトに引き入れよ!』
「ははっ! 必ずや!」
『それに……、男の方は鍛え上げれば、今よりも高い武を持てる。娘の方も良き素質を持っておるぞ。高位の魔物へと変わる素質をな』
「初代様はそれほど、あの二人を買っておられるのですか?」
『黒宝玉が無ければ、目に止まらなかったじゃろうな。とんだ掘り出し物と言うべきかのう。いずれにしても、あの二人が我らサバトの力となる事は間違い無い。くれぐれも対応を誤るで無いぞ』

エルノールに緊張と戦慄が走る。
初代ことバフォさまから直々の命が下されたのだから――!

「はっ! 肝に銘じまする!」
『期待しておるぞ』

その言葉を最後に初代の姿が大鏡から消える。

「大役を引き受ける事になるとはのう…。じゃが、あの方が目をかけた者達である以上はやらねば」

凱と瑞姫が風星学園に初めてやって来た時に心の中で呟いた「あの方」――。
その正体こそ、初代(=バフォさま)だったのだ。

彼女の真の目的を知らされたエルノールに、新たなプレッシャーが襲い来る。
聞かされた以上、失敗は許されない。
何より、サバトに好意的になってくれた瑞姫をみすみす見逃す訳にもいかないし、凱も凱で黒宝玉確保の為には欠かせない。
だが――

「急いては事を仕損じる。急がば回れ、じゃな」

大事な生徒と用務員を余計なプレッシャーのせいで離れさせる訳に行かない、というのがエルノールの心情だった。
彼女が取れる方法は彼らといつも通りに接し、サバトのへの心証を良くする事のみ。

「さて、寝るかのう」

何とエルノールは学園長室の自分の座る椅子の背を倒し、布団を掛けて寝てしまったのである。

翌日――

凱にとっては用務員生活、瑞姫にとっては学園生活の本格的なスタートとなった。
病状を心配しながらの気の抜けない日々が始まり、弁当を作りながら用務員としての仕事をこなしていく凱の姿は、やがて特別クラスの話題として密かに上り始める。

食堂スタッフからの評判は上々で、弁当のレシピを訊いてくる者もいた程である。
瑞姫が凱と弁当を食べたがる事が、これらに拍車をかけていた。

これが口々に広まり、やがて凱が用務員の仕事だけでは済まなくなる身となるのは、もう少し先の事である――
19/01/01 15:21更新 / rakshasa
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■作者メッセージ
サバトルートとなる為に新たに書き起こした回となります。

サバトに関して独自の解釈も含んでおりますので、お気に召さない方がおりましたら申し訳ありません。

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