連載小説
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・書簡
 ――当方の疲労によるアクシデントで一時任務を中断せざるを得なくなったが、現地に伝わる「動物療法」なる治療を試みた結果、現在は完全に回復。予後もすこぶる良好である。
 現地に今のところ危険な兆候はなく治安も保たれている。これといって大きな事件も発生していない。
 しかし、以前我々にもたらされた情報の真相については未だ詳細がつかめておらず、各地で起きている異変の手がかりがつかめる可能性も考えると、すぐさまこの調査を終わらせることは不適当と判断する。
 引き続き任務を続行するために、現地での滞在の許可を要請する。
  ――審問官 オルバス



 都の教会に集まった教区の指導者たちは、遠方へ派遣した審問官から送られてきたこの報告を持て余していた。
 指示を下した本人たちですら、田舎町の調査のことなどすでに忘れかけていたのだが、会議に出席していたうちの一人がたまたま思いだして話題にあげたので、そういえばあの男が帰還してきたという話を聞かないな、と皆で一抹の不安を覚えていた。するとちょうどその時、皆で噂をしていた当人からの書簡が、彼らの元に舞い込んできたのだ。
 
「替え玉が送ってきたんじゃないのか」
「しかしサインは確かに彼のものだぞ」
「あんたにわかるのかよ」
「なんだと」
「よしなさい、みっともないったら」

 「疲労によるアクシデント」という言葉も不穏な印象を抱かせるし、そもそも“動物療法”なる言葉の意味が分からない。いったいどんな治療をおこなったというのか――。
 皆で憶測をめぐらせるうちに、この審問官は、何らかの理由で正気を失いかけているのではないかという結論に向かいつつあった。もしそれが本当なら、この「報告」とやらも迂闊に信用することができない。
 だが、今の時点ではこの手紙以外に判断材料がないわけだし、魔術的方法で向こうの様子を知ろうにも、正体不明の干渉がかかっていてそれすら不可能だ。そもそも、そんなことができるなら最初から人に様子を見に行かせる必要もなかったわけで……。
 結局、行き着く結論は一つしかなかった。
 ――また、誰か送り出さないといけないのか。
 その場にいた者たちはお互いに顔を見あわせると、一斉にため息を吐き出した。





 一旦解散した教区の指導者たちは、方々の伝手を頼ってヤードの町へ派遣できそうな人間を何とか探しだそうとした。
 無理に無理を通してようやく一人見つけ出すと、すぐさまその人物を任務へと送り出すために、指導者たちは間を置かず再び前回と同じ教会に集った。

「新しい審問官の任命をおこないます。――入って来てください」

 まとめ役の司教が扉にむかって呼びかけると、両開きのドアが勢いよく押し開かれ、僧侶姿の若い男が中に入ってきた。
 その男は、石造りの床にカツカツとやかましい音を響かせながら、指導者たちが席に座るテーブルへとやってくる。そして目の前まで来ると、ビシィ、と体をこわばらせて直立不動の姿勢をとった。まるで柱にでも擬態しているかのようで、不自然な恰好だ。
 
「ヤードの町へ行っていただきます。任務の内容は手紙でお伝えした通りです。できますか」

 司教に呼びかけられた若い僧侶は、誰かに背後から胸と喉を全力で引っ張られているのかというほど、コッチコチの直立不動を保ちながら、大胆にも上役たちの前で激しい気炎を吐きはじめた。

「御主の神託に従い、魔族誅滅の務めを給わることまさに恐悦至極っ! ブラザーオルバスと共に、必ずや天界の正義をかの地にもたらし、たとい地獄の業火へ投げ込まれることになろうとも、縊り殺した悪魔の死体を手土産に、必ずやこの地に舞い戻ってくる所存でありますっ!!」

 何とも大仰なことである。その場にいた者たちは呆れかえるしかなかった。
 
「……本当に彼で大丈夫なのか」
「誰だ、あいつを呼び出したのは」
「仕方なかろう。すぐ転びそうな奴よりかはマシだ」
「むしろあっちに転んでくれたほうが――」
「滅多なことを言うもんじゃないよっ」

 各々、胸に抱いた不安を隠しきれず、隣の席同士でささやきを交わす。たしかに犬は飼い主に忠実なほうがありがたいに決まっているが、こちらがけしかけもしないうちから脊髄反射で吠えまくる奴は扱いに困るし迷惑だ。
 そんな彼らの心情をどこまで察しているやら、若者は口元を引き結び、顎を硬直させ、最初の位置から決して微動だにせずじっと指示を待っている。

「現在、ヤードの町はどのような状況下にあるか、詳しく分かっておりません。確実な情報を手に入れる必要があります。必ず任務を果たして帰還するように」

 司教が淡々とした口調で告げたとたん、直立不動男は突然ボロボロ涙を流しだした。何がそんなに感動的なのか。身に余る光栄とでも言いたいのだろうか。異様な光景にざわめきが起こる。
 そしてこの男、極め付けには思い切り胸を張りだすと――、

「御主の名に於いてっっ!!!!」

 ステンドグラスがビリビリいうほどばかでかい声で宣誓を言い放った。
 皆が耳をふさいだり頭を抱えたりするなか、司教が行ってもよいという合図を送ると、そいつはまた靴音をカツカツいわせながら部屋の外へと出て行った。
 こんな人間しかよそに派遣できないこと自体、指導者たちにとっては情けなくて憂鬱になる話なのだが、しばらくの後送られてきた二通の書簡には、さらに彼らを憂鬱にさせることが書かれてあった。


 新たに派遣されてきた同志を迎え入れ、共同で任務を開始するも、意思疎通に問題があり、たびたび調査の遅滞を招く。
 さらに彼は、地元住民とも事あるたびに衝突を繰り返すため、無用な問題を引き起こし、ひいては当方の現地における活動の障害となっている。
 率直に言って、彼はこの任務に不適格である。
 以上の理由によりこの男を任務から外す予定だったが、警告を聞かず独断で行動を続けたうえ、精神に著しい不調をきたし周囲に危害を加えはじめたため、緊急措置をとって現地で療養にうつらせることにした。
 以後、町の調査については成果がまとまり次第こちらから報告するので、追加の派遣は不要である
  ――審問官 オルバス



 去りし日を無事に過ごせたことを御主に感謝いたします。
 今日、私が敢えて筆を執りましたのは、他でもなく、教区の代表である皆様がたに、いくつかお伝えしておきたいことがあったからです。

 都から訪ねて来られた若い僧侶の身に起こった、今度の出来事につきましては、私どもも本当に心を痛めております。私でさえそうなのですから、都で兄弟の帰りを待ちわびていた皆様がたの心情は察するに余りあります。
 彼は、我々の町のしきたりが相当気に入らなかったようで、事件が起こったのもそれが原因でした。
 私たちの町には小さいながら牧場があり、豚を育てるための小屋もそこにあります。ただ、その豚小屋はいちど事故があって以来、部外者が勝手に入ってはならない決まりとなっておりました。ですが、彼は何を思ったのか、周囲の制止も聞かず無理やり豚小屋の中へと押し入ったのです。
 小屋から出てきた彼は完全に発狂しており、周囲の者を追い回しながら、おかしなことをわめきちらすようになってしまいました。我々の言葉も通じないようですし、このまま山道を帰すことは危険だと考え、こちらの教会でしばらくあずかることに致しました。
 現在はこの土地に伝わる特別な療養をおこない安静にさせております。以前にもオルバス審問官が同じ治療法で病を克服しておりますから、この若者も、きっと無事に回復してくれると信じております。

 ヤードの町についてですが、平穏そのもので、特にここ数十年は、野蛮な争いや破滅的な災厄にも遭遇しておりません。魔物に乗っ取られているという噂も、恐らくどこかの心無い人間が流した戯言でしょう。どうかご安心召されますように。
 ただ、人が少ないこの町の教会にお心を配られ、親愛なる兄弟――オルバスを、こちらに留め置かれるようお計らいくださったことは、非常に喜ばしく、感謝の至りでございます。いざというときにも彼が町にいてくれれば心強い限りです。

 最後に、誠に恐縮なのですが、町の住人らが編んだ羊毛の膝掛をそちらにお送り致します。恐らくこの手紙が着くよりも、幾ばくか遅れてそちらに届くことになるかと思われますが、これで少しでも皆様がたの心労を和らげることができればと願っております。

 世にあまねく主の栄光があらんことを。
  ――ヤード教会司祭 ガボン

18/07/06 00:31更新 / 祈祷誓詞マンダム
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■作者メッセージ
『魔物娘図鑑』ができたのも、このような多くの尊い犠牲があったからこそである(大嘘)

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