連載小説
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第六話 飛ばされてI can fly?
―上空3000メートル―

叩きつける風、頬を切り裂くような冷気…

蒼い空、澄みきった空気の中を一人のハーピーが目的地に急いでいた。

ハーピーの長距離急行便の配達員である彼女は、同期の中でも唯一長距離急行便の配達員に抜擢されたエリートである。

そんな彼女に嫉妬した同期のハーピー達は冷たく、常に孤独の中に居た。

しかし彼女は寂しくは無かった。

風の音しか聞こえない紺碧の空間、この中にいる時だけは彼女は正に天空の支配者であった。

ここはハーピーの中でも一部しか立ち入れない神聖な空域。

シルク「キィヤアアアアアア!!」

配達鳥「なんか居たぁ!?」











テイラ「何を泣き叫んでるんだ〜!?」
前回砂嵐に巻き込まれた亭拉とシルクは絶賛落下中である。

シルク「私達の現状ですー!どう考えても私達は落っこちて死にますー!!砂嵐の頑張りすぎですー!!!」
テイラ「慌てるなー!たかが自由落下の一つ、【上級聖騎士(パラディン)】が乗り越えてやーる!!」
そう言うとローブに目一杯風を受け、必死に落下の勢いを殺す。

シルク「バカなことは言わないで下さいー!」
テイラ「やってみなければわからーん!」
幸いローブのお陰で身を裂く冷気からは身を護る事ができている。

シルク「本気ですかー!?」
テイラ「ハーピー便ほど急ぎ過ぎてもなければー、現状に絶望もしちゃいなーい!」
徐に足を地面に向け、仁王立ちの体制をとる。

シルク「自由落下は、物理法則ですよー!」

テイラ「『歩くキャンプ地』はー!伊達じゃー!!なーい!!!」
『歩くキャンプ地』の中にある紐を一気に引っ張りる。

カチリと言う音と共に『歩くキャンプ地』が『ローブ形態』から『テント形態』に変わる。

ボフンッと言う音と共に『歩くキャンプ地』は内部に風をたっぷりと含み、まるでパラシュートのように落下速度を下げて行く。
このまま行けば無事着陸出来るだろう。

着地点が何処になるかわからないが…

――――――――――――――――――――――――――――――――

尚、一部始終を見ていたハーピーの配達員は目的地に到着後事のあらましを説明する。
しかし何が起こったのか本人にも理解できなかったため、説明は支離滅裂なものになり、彼女の取り乱す姿と最後には泣き出した様子に普段とのギャップを感じた同僚達は彼女を受け入れそれ以降友好な関係を築いたのはまた別のお話。
――――――――――――――――――――――――――――――――

なんとか着陸に成功し近くの集落にたどり着いた亭拉とシルク。

『歩くキャンプ地』をたたみ、周囲を見渡す。

ワンちゃん「きゃぅうううううん!!///」

天井を踏み破り、絶賛ハッスル中のワーウルフ夫妻の半壊した寝室に居たことに気付く。

テイラ「なるほど、ココは『親魔物領』のようだな。」
顔を真っ赤にし、体をシーツで隠しながらも怒りを露にするワーウルフさんから壁をブチ抜き逃げるように立ち去る。(壊した家は『破壊の否定』で修復済み)

シルク「テイラ様の魔法って私も全く知らない魔法ですね、他にも色々使えるんですか?」
今見た光景を頭からぬぐい去るために、逃げながら破壊された建物を修復した亭拉の魔法についてほんのり頬を染めたシルクが問う。

テイラ「俺が使えるのは大きく分けて二つだけだ、まぁもう一つもその内見せる機会もあるだろう。」
そう言って亭拉達は集落の散策を始める。

情報収集と言えば『酒場』だが、何故かこの集落では酒場が存在しないようなので『カフェ』に向かうことにする。

オヤジ「あー、そりゃこの町には『サバト』が有るせいだな。」
町の事を訪ねると聞き慣れない単語が出てきたので『知識の検索』にかける。

【サバト】
『幼い少女の背徳と魅力』を知り、『魔物らしく快楽に忠実であれ』と言う教義を持ち、教義を広め信者を増やすべく「永遠の若さ」や「高い魔力」を得られるとして人間の女性を誘惑し、自身の魔力を分け与え「魔女」へと変えてしまう。
また、サバトに入信した別種族の魔物達もバフォメットの力により幼い姿へと変えられ、それ以上老いることもなくなるという。
民明書房館 「健康クロスの魔物娘図鑑」より一部抜粋

テイラ「バックベ○ードさまこいつらです」
シルク「?」

オヤジ「この『道を逸れた町カンバス』は交易路から離れてる上に録な特産品もなかったからな…」
オヤジの話をまとめるとこうだ。

1,商人、旅人が立ち寄らない立地条件
2,痩せた土地の上に特産物無し
3,人生オワタと思ったところにバフォメット登場
4,バフォメット曰く『この神に見放されたが如く痩せた土地は魔界の植物を育てるのに最適である』と、魔界の植物栽培を始める
5,サバト設立、魔法道具や魔法薬を求めるマニアのお陰でソコソコ町が賑わう
6,サバトのお陰で利益がヤバイ←今ココ

どっちかと言うと『道を踏み外した町』の方が正しいだろうと思った亭拉だったが、何とか言葉を飲み込むことに成功した。

オヤジ「そんなわけでこの町のサバトは宿屋とギルドも兼ねるほどでかくなっちまってね、俺も昔は酒場のオヤジをやってたんだが今じゃ魔女達の好みに合わせて各種スイーツを取り揃えたカフェのオーナーさ。」
そう言ってオヤ…オーナーはメニューを差し出してくる。
パフェ、ワッフル、ケーキにパイ、いかにも女の子が好きそうなラインナップになっている。

一般人なら胸焼けしそうな位甘いコーヒー(特濃M○x c○ffee)を飲み干しカフェを出ると、件のサバトに足を向ける。

テイラ「甘党じゃなければ即死だった。(胃袋的な意味で)」

……
………

シルク「もしかして入信なさるおつもりですか?」
割りと本気で心配しているシルクに亭拉は彼女の頭にポスッと手を乗せ、そんなわけ無いだろうと言いながら腰につけていた金貨袋を手渡す。

テイラ「さっきカフェで会計をしたら中身の殆んどが『銅貨』だった、これじゃ宿にも泊まれない。」
(第四話のラスト参照)
そんな事を言いながら歩いていると唐突に呼び止められる。

???「そこの大男、貴方に折り入って頼みがある!!」
力強いが何処と無く誠実さも感じられる声だった。
振り替えるとそこには大剣を担いだ一人のリザードマンが居た。
リザードマンと言えば『生粋の戦士』で相手が戦士であれば腕試しと称して勝負を仕掛けてくるらしい。

蜥蜴娘「ん?」
大男と思った相手が振り向くとローブのフードの中に頭が二つ有ることに気付く。
目の前に居るのが何なのかわからないといった顔をしていたので取り合えず二人用ローブを脱ぐ亭拉。

蜥蜴娘「なんだ、夫婦二人連れだったのか」
テイラ「旅人と、」
シルク「道案内です。」
後の事を考えて取り合えず訂正しておく。

蜥蜴娘「そ、そうか。」
予想外の中身に少々狼狽えたが本題を切り出す。

蜥蜴娘「私の名前は『スエード』、見ての通りリザードマンだ。」
胸に手を当て自己紹介するとビシッと亭拉を指差し、
スエード「魔物娘を背負って砂漠を渡ってくるとは中々の体力だ、是非私と手合わせ願いたい!」
面倒な事に巻き込まれたなぁ、とローブをシルクに預け渋々軍用スコップを組み立てる。

テイラ「拒否権は、無いんだろうなぁ?」
スエード「私の将来の為にどうあっても勝負してもらうぞ!」
初めこそ誠意が有ったものの勝負を前に興奮してきたのかリザードマン特有の強引さが現れてきた。

スエード「そんなもので闘うつもりなのか?」
は大剣で軍用スコップを指す。

テイラ「ナイフ使いが大剣使いに勝つことも有る、要は使い方さ。」
そしてゆっくりと軍用スコップを構える。

スエード「悪いが手加減はできないぞっ!!」
大きく踏み込み振り上げた大剣を
脳天に降り下ろす。

テイラ「よっと。」
ガイーンッと大剣をスコップで振り払う。

テイラ「むっ!」
スコップの大剣を受けた部分に深い切り込みが入っている。

スエード「中々ヤるようだがそんな武器ではこの『ドワーフが鍛えた大剣』は止められないぞ!ハアッ!」
亭拉の首を狙い横凪ぎに剣を振るう。
ダメ元でスコップで受けてみる。
スカーンッ

スコップの刃が斜め上に向かって切り裂かれ、そのお陰で剣の軌道が逸れ首への直撃は避ける事ができた。

テイラ「『損傷の否定』!」
スコップが傷付いた事を否定し新品の状態まで巻き戻す。

スエード「その武器は再生するのか!?だが何度再生したところで!」
今度は反対側から横凪ぎに剣を振るう。
体勢を立て直すためにもバックステップ一旦距離をとる、

テイラ「『知識検索』『金属』『高強度』…」
スエード「何をブツブツ言っている!!」
が風を切り裂き突進しながら剣を切り上げてくる。

テイラ「『変質魔法』『アイアン・ミリタリースコップ→オリハルコン・ミリタリースコップ』」
キィーン
すんだ音と共に大剣を受け止める。
今度は傷一つ付いていない。

スエード「『オリハルコン』、だと…?」
亭拉の口にした言葉を信じられないといった感じで一度大剣を引き、距離をとる。

テイラ「第二の魔法『変質魔法』、指定した物を別の指定した物に『変質』させることができる。」
スコップをクルクルと回しながら一歩一歩近づき中段に構える。

テイラ「こいつを使えばオモチャの剣も伝説の武器に早変わりってやつさ!」
スコップの正面を向け、蝿叩きを振るように力一杯叩きつける。
亭拉のドラゴンを軽く凌駕するパワーで振り下ろされたスコップは衝撃波を生み大量の砂ぼこりと共にスエードを包み込む。
思わず両手で顔を覆ったスエードの一瞬の隙をつき、亭拉は一気に距離をつめ鳩尾に軽〜く押し当てるように(亭拉基準)蹴りをいれる。

メリィッ!
スエード「グフッ!」
相手が魔物娘でなければ胴体が両断されそうな勢いでめり込んだ足に顔をしかめ体勢を崩す。

テイラ「そろそろ降参してくれないかな?」
蹴った本人もやり過ぎたと思う一撃だったので降参を促してみる。

スエード「こ、これしき…」
思わず膝を着きそうになるがなんとかこらえ大剣を構え直す。

スエード「私の目的のためにも貴方を乗り越えさせていただく、五体満足で帰せなくても悪く思わないでくれ。」
今までも十分に殺しに来ていたように見えたがさらに上が有るらしい。

スエード「ハァッ!」
一足跳びで距離を詰めつつ突きを繰り出す。
テイラ「まだやんのかよ!!」
スコップの窪んだ面で受けようとするが…

ペキョン!

スエードが大剣を持った手首を捻ると刃が蛇のようにうねりスコップを避けて亭拉を襲う。

テイラ「がっ。」
亭拉の左肩を刃が掠め、頑丈なはずの冒険者の服を切り裂く。

スエード「手応えが有ったと思ったが、巧く避けたようだな。」
実際は当たっていた、しかしドラゴン以上に頑丈な体の亭拉には傷一つついていなかった。
スエード「だがそう何度もかわせ無いぞ!」
それに気付かず今度は連続で突きを繰り出してくる。

無数に繰り出される突きを後退しつつなんとかかわしていく亭拉。
しかし不規則にうねる突きは徐々に亭拉(の服)を切り裂き始める。

テイラ「あー、鬱陶しい!!」
その内一発をスコップで叩き落とすとがら空きになった上半身にスエードの突きが迫る。

スエード「もらったぁ!!」
ガキィーン!










テイラ「ふはまへは(つかまえた)」
スエード「なに!?」
正確に顔面をとらえた大剣の切先に噛みつき受け止める。
そのまま体を捻りスエードの手から大剣を奪い取るとスコップを脇にはさみ片手で剣を振って見せる。

テイラ「なるほど、刃を地面と垂直にした時と強い力で振ったときだけ曲がらずに剣として使えるのか、面白いな。」
ピュンピュンと軽い音をたてて剣を振って見せる亭拉に呆然とするスエード。

テイラ「ほらよっ」
軽々と放り投げられた大剣は空中で半回転し柄をスエードに向けて飛んでくる。
スエードが慌てて剣を受けとるとそれを見届けた亭拉はシルクを迎えにいく。

シルク「今まで何かを縫ってる所と料理をしている所しか見てきませんでしたが、テイラ様って本当に勇し(モゴモガ)」
テイラ「余計なことに時間を取られたんだ、サバトに急ぐぞ。」
危うく親魔物領で勇者の名を口にしかけたシルクの口を押さえるとサバトに向かって歩き始める。

スエード「待ってくれ、今の勝負は私の敗けだ。」
慌てて亭拉の進路を塞ぐスエード。

テイラ「嫁にしてくれってんなら却下だぞ。」
取り合えずダメ元で断ってみる。
スエード「そういう訳じゃない、私には心に決めた相手が居る。」
どうやら婿探しの魔物娘とは違うらしい。

スエード「いきなり勝負を仕掛け自分に怪我をさせようとした相手だぞ、それを放っておいてどうするつもりだ?それに…」
スエードは周りを気にしつつ声の音量を下げ、
スエード「お前は…勇者なんだろう?」
やっぱり聞かれていたか、と顔をしかめる亭拉。

テイラ「ただの手合わせだろう?気にするほどのことでもない。」
そう言うと自身の服に『損傷の否定』をかけ破れたところを修理する。
テイラ「それにサバトで何かしらのクエストをこなさないと今日の宿代も無いんだよ…」
ばつが悪そうに頭を掻きつつスエードから目をそらす。

スエード「ここのサバトのクエスト受付は午前中だけだぞ?」
この一言に亭拉は今日一番のダメージを受けたのであった。

13/02/05 15:04更新 / 慈恩堂
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■作者メッセージ
どうも慈恩堂です。

いやぁ、バトルシーンは強敵でしたね。
改めてバトル物のSS作者の方を尊敬いたします。
ただでさえ進行の遅い旅の中、早々に訪れた旅費の危機。
いったい二人はどう切り抜けるのか、そしてスエードとの関係は?
さして気にならない疑問を残しつつ物語は次回に続きます。
(予定ではこの話四話の次だっのに…)

登場人物

スエード
リザードマンの大剣使い
愛する人を打ち負かすために修行の旅をしている
ドワーフの鍛えた大剣を使い変幻自在の攻撃を繰り出すも、基本スペックの違いから亭拉に敗北する
趣味は剣の修行、掃除、生け花

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