連載小説
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執事と吸血鬼―前編―
臓物が腹から零れ落ちる。

――アア、ナンテキレイナゾウフナンダ――

鎧ごと肉が断ち切られ、血飛沫が障子や襖を、畳を染めていく。

――アア、ナンテウツクシイフンスイナンダ――

妹の悲鳴が聞こえる。

――アア、ナンテココチヨイネイロナンダ――

妹の柔肌に敵が槍衾を繰り出し、華奢な体つきの妹の身体は持ち上げられ、槍に支えられた身体は苦しみで呻く声と共に四肢がブラブラと動く。

――アア、ナンテコッケイデウツクシインダ。ミロ、アノサマ。マルデテンニョノマイノヨウデハナイカ――

畳が吸いきれなかった血が流れて来る。

――アア、ナンテキレイナチダマリダ。アレデミズアビスレバドレホドニココチイイダロウ――

そこまで思って、私は自分がどれだけ邪悪でおぞましい存在かを理解した――






ジパングの漆黒の闇夜を煌々と照らす落城した城があった。

その城は、かつて栄華を誇ったであろう豪華絢爛な装飾がされており、炎によって燃え落ちながらもそれすら城の豪華さを周囲に示す華となっているほどのものだった。

そんな城の天守閣に、切り刻まれて果てた城主、腹に槍衾を突き立てられ、苦悶の表情で死んだ姫と彼等を守ろうとして死んだ臣達、そして敵兵の死体の前で慟哭する少年がいた。

「小僧、何故泣いている? こいつ等は自分で勝手に戦争をして自分で勝手に死んだのだ。それに、元を正せばお前の妹の我侭から始まった戦なんだろう? ならばお前がこんなクズ共の為に泣く必要等ないだろう?」

そこにはそんな少年に語りかける一人の女の姿があった。

女の手は血で真っ赤に染まり、女の白磁のように白い肌を際立たせるアクセントになっていた。

「やれやれ。あんまり綺麗に燃え落ちるから気になって来てみれば、こんな小僧一人に大人数人で囲んで嬲ろうとはな。さすが、下等な人間の考える事だ」

女は自分を殺そうと取り囲んでいた鎧武者数十人をただの手刀だけで易々と皆殺しにした事から、妖怪の類だという事はこの少年にも分かった。

「で? 何故お前はそんなに泣く? 名誉の討死とやらをしたかったのか? 生き恥晒した事が悔しいのか? 家族を殺された事が悲しいのか? それとも、死ぬのが怖いからか? ああ、それとも私が恐ろしいからか?」

女の問いに少年は涙でグチャグチャになった顔で答えた。

「私は・・私の醜さを嘆いているのだ。私はなんと邪悪なのだ。ははは、父上はどうしようもない暗君だったが・・父上は畜生とでも交わって私を産んだのか? 私は、私はなんという畜生だ。死が、こんなに『美しい』と感じるなんて・・・この『美しい』光景を見る為にもっと死が見たい、死でこの世を塗り潰したい・・・なんて」

少年の答えを聞いた女は一瞬呆気に取られた顔をしたが、やがてそれは面白い玩具を見つけた子供のような笑みに変わった。

「小僧。お前、面白いな。これからどうするのだ?」

「こんな畜生など生きていても意味がない。私はここで自刃する」

「なら私にその命を寄越せ」

「馬鹿な。私など、地獄の悪鬼に裁かれ、責め苛まれて然るべきだ」

女の誘いを突っぱねた少年を見て更に女の笑みは喜悦の様を見せていく。

「決めた。お前を私の下僕にする。地獄の悪鬼とやらにくれてやるにはお前は惜しい。私とてお前達から鬼と呼ばれる身だ。この鬼にお前を寄越せ」

「貴女は鬼ではないだろう? 角も生えていなければ金棒も持っていない。この近辺にも赤鬼や青鬼はいるが、貴女のような鬼など見た事がない」

「そうとも。私は大陸の鬼だ。血を啜り宵闇を闊歩する種族。ヴァンパイアだ。ジパング風に言うなら吸血鬼。鬼にお前の罪を裁かせると言うなら私が裁いてやる。私に従え、下僕」


女性の誘いに少年は―――――――




「お姫(ひい)様、もう夕方ですよ。そろそろお起きになっては如何で御座いますか?」

私はいつもの日課通り、お姫様を起こしにお姫様の寝室に入り、起こさないようにその寝顔を覗き込みながら声を掛けた。

ああ、なんと美しい肌なのだろう。白磁のような肌はまるで死人のようで、その安らかな寝顔は死者のそれに等しいほど美しい。

「ん〜・・・・かぁさま〜、もうちょっと寝てるのぉ〜」



私の主人であるヴァンパイア、エアナ・リーデン様は寝惚けているのか誰に起こされているのか分かっていないらしい。とても可愛らしい甘えた声を上げた。

その人を蕩かしてしまうほど甘い声を聞いた途端に私にあの日感じたあの邪悪な思いが脳を、神経を侵す。

―――■■■■■■■■■■■■■。■■■■■■■■■■■■。■■■■■■■、■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■。■■■■■■■■■■■、■■■■■■■■■■■。■■■■■■■、■■■■■■■■■■■、■■■■■■■■■■■■■■■■、■■■■■■■■■■■■■、■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■―――

「あ・・・」

私は自分の手がお姫様の細首をもう少しで絞められる所で正気に戻った。

また、私は・・やってしまった。

やはり私は真性の屑だ。大恩ある御館様の姫に手を出そうとするなど・・いや、そもそも人の「死」が見たいなど・・・私は本当に畜生以下のようだ。

私は深呼吸をしてさっきの興奮を落ち着かせ、未だ起きる気配の無いお姫様に努めて冷静な声で今度は揺さぶりながら起こした。

「お姫様。御館様なら二年前に旦那様と隣国の館に移られたではないですか。この屋敷の主はお姫様なのですから、しっかりなさってください」

「んん〜・・・あ、にいさまだぁ〜」

兄様、そうお姫様は私を呼ばれていた。ああ、そんな風に呼ばないで下さい。私には貴女にそんな呼ばれ方をされる資格などないのです。

だから私はお姫様に私が人だと思われないよう、努めて機械的な無機質な声色でお姫様に自分が何かを伝える。

「お姫様。私は貴方様の小姓に御座います。そのような尊称はこの身に勿体のう御座います」

「ん〜、にいさま〜♪」

お姫様はまだ寝惚けているらしい。私に抱きついて顔を擦りつけ始めた。

ああ、何て愛らしい。今この瞬間に■■■■■■どんな顔をして■■のだろう。それを見たくて仕方が無い。

・・・・まただ。また、私は・・・・・

私はこれ以上お姫様が私を狂わせないように、私が狂わないように、お姫様を少し手荒に起こす事にした。

「お姫様・・・申し訳御座いません。少し手荒な真似をさせて頂きます」

私はお姫様を起こすため、お姫様の白磁の様に白い頬を申し訳程度に叩いた。

「んっ・・・・にいさ・・・あ・・・・ジュウロウっ!? 何故お前がここにいる!? というか済まない。これは・・その・・・」

お姫様はすぐに起きてくださった。そしてその寝起きの蕩けた顔、私に摺りついていた事に対する羞恥、全てが可愛らしく、愛しく感じる。

―――アア、■■■■■■■■■■―――

「お姫様が今日は中々起きて来られませんので無礼は承知で御起しさせて頂きました。さ、服をお着替えになって下さい。本日の予定は朝食を取られてから御政務、その後昼食はリンダル様にお誘いがあった旧サウディ伯爵邸で、となっております。以上です。それでは、私は朝食の準備に参りますのでお早く。」

私は寝惚けて抱きついてしまった事を恥ずかしがり、真っ赤になって弁解しようとするお姫様を他所に淡々と今日の予定を言い、一礼して下がろうする。

そうしないと今すぐにでも・・■■■■■■■。

―――アア、■■■■■■■■■■―――

「〜〜〜〜〜〜っ!! ジュウロウっ!! お前は・・お前は私を何と思ってる!! 私があんなに恥ずかしかったのに・・お前は・・お前という奴は・・・!!」

お姫様はさっきの恥ずかしさが一気に怒りに変わったらしい。そのお美しく、可愛らしいお顔を怒りに歪めて睨んできた。

ああ、お姫様。その怒った顔すらなんと美しく愛しいのでしょう。

―――アア、■■■■■、■■■■■―――

そのようなお顔、私のような畜生以下の存在に見せる必要などないのです。

―――アア、■■■■■■■■■■―――

だから私はお姫様に私がお姫様のお怒りを頂戴するに値しない存在だと改めて解ってもらう為に、敢えてお姫様が聞きたくないであろう、お怒りになってしまうであろう言葉を告げる。

「お姫様。私は執事、小姓に御座います。私はお姫様のありとあらゆる障害を取り去る物、生活を快適にする物。小姓はいわば主人の所有物、道具なのです。道具に擦り寄られたからといって、ここにはお姫様しかおられないのに何を恥ずかしがられるのです?」

「っ!!」

ドガァッ

「グッ・・・」

お姫様は私の言葉がやはり気に入らなかったらしい。最早怒りを通り越した憎悪のようなものを感じさせる形相で私に力任せで練った魔力の塊を叩きつけてきた。

「兄様は・・・兄様は・・また・・・・そのような・・・」

さすがになんの受身も取れずに壁に叩きつけられたからか体中が痛い。息が出来ない。しかし、私はそんな事に構わずお姫様の間違いを正す。

「お姫・・・様・・・私は、貴女の兄君ではありません。ただの・・・小姓という道具です」

お姫様の顔がどんどん怒りと悲しみとで歪んでいく。

―――アア、■■■■■■■■■■―――

ああ、私はお姫様にこんな表情をさせたくないのに・・・

―――アア、■■■■■■■■■■―――

「お気に召さなかったのでしたら申し訳御座いませんでした。罰は如何様にでも・・」

「ええい、そんな事もういい!! 着替えるから出て行け!!」

私はお姫様に出て行けと言われて一礼して外に出た。



「エアナちゃん、またジュウロウちゃんにキツく当たったみたいだね。大丈夫?」

私がお姫様の部屋から出てくると、外で待っていた屋敷にただ一人いるメイド、ホルスタウロスのミニーが心配そうに声を掛けてくれた。

「ええ、大丈夫です。お姫様は何一つ間違っておられません。ただ一点を除いて、ですが。とにかく、お姫様は至らぬ私にそれ相応の罰をお与えになっただけに過ぎません」

「でも最近エアナちゃん酷いよ。ジュウロウちゃん、最近ずっとエアナちゃんに酷い事されてるでしょ?」

ミニーは私とお姫様に何があったか聞かされていない。私も言わないし、お姫様もミニーに何も言っていないらしい。お姫様はミニーを信頼し、頼ってはいるが私との事を相談出来ていないらしい。

「それは私に至らぬ所があったからです。お姫様の判断は絶対です。そんな事より、本日はお姫様は御政務を終わらせ次第、旧サウディ伯爵邸でお食事をされに出られます。支度をお願いします」

私はミニーの心配をさらりと受け流し、用件だけ告げるとすぐに厨房に入り、手近にあった肉切り包丁で自分の左腕に傷をつけ、流れ出た血をお姫様専用のワイングラスに並々と注ぎ、それを銀盆の上に乗せて食堂へ運んで行った。



「遅いぞ」

既に食堂で待っていたお姫様は不機嫌を通り越して一般人ならその場で卒倒してしまうような怒気を放っていた。

「申し訳御座いません」

私はそんな怒気など気にも留めず淡々と詫び、努めて無表情・無感情・機械的にワイングラスをお姫様の前に置く。

「っ!! 兄様は、私を馬鹿にするのか!? 私は兄様に怒っているんだぞ!? なのに何故そんなに冷静なのだ!? 兄様は私を・・私を何だと思っている!?」

お姫様はそんな私の素振りにまたも激昂し、ついに掴み掛かって来られた。

ああ、お姫様。貴女はどうして何も解ってくれないのです。私など貴女が気に留める必要すらない塵芥なのです。

「お姫様。ただの道具風情にお怒りになるとは、はしたないですよ? 淑女がそのように物に当たるものではありません。それに、私は道具です。お姫様の兄上ではございません」

私はお怒りになっているお姫様に極々当たり前の礼儀だけを説いてその場を終わらせようとした。

「〜〜〜〜〜〜っ!! 兄様は・・兄様は・・・・・・・もういい」

お姫様は私の冷静な態度についに怒りが振り切れ、気が萎えてしまったらしい。手を離され、椅子に座って黙してしまわれた。

「では、お姫様。私はこれで」





―ジュウロウ―

「ふぅ」

食堂を出て私はつい溜息をついてしまった。

何時からだろう。お姫様とこんなにもギクシャク・・というよりは険悪な事態になってしまったのは・・・。

あれはお姫様がちょうど人でいう所の16の頃だったか。

私はあの頃御館様に拾われて丁度10年という時で、お姫様は私の事を畏れ多くも『お兄様』と呼んでおられた。

私もあの頃は妹が・・落城のあの日、私の目の前で犯され嬲られ、その柔肌に槍衾を受け、最後まで苦しみの断末魔を上げ続けた妹が戻って来てくれたようで・・懐かしくて悲しくて、お姫様が微笑まれた時などは安らぎすら覚えたというのに、疎ましくて憎くて仕方が無かった。。

私は、あの日私自身の邪悪さに気づいてしまった。

あの日私が抱くべきだった思いは妹を守れず生き恥を晒している自身への怒りと妹を殺した敵兵への恨み、憎しみ、そう言ったものである筈だった。

だが、私があの時思った事は喜悦だった。

私は、私は妹が犯され、死に瀕している姿を見て心底愉快に思った。

その姿を見て美しいと思ってしまった。

紅い紅い血が、腸があんなにも美しい。死に瀕する声の耽美な音色。

素晴らしい。もっと聴かせてくれ、愛しい妹よ。

お前が苦しむ声は何と素晴らしい。天上の音色だ。

だからどうかもっと苦しんで死んでくれ。もっともっと地獄を見て死んでくれ。お前の苦痛に歪む顔は如何なる絵画よりも美しい。お前の腸は如何なる女性よりも美しい。さぁ、もっと苦しんでくれ。腹の槍がもう一寸深く刺さればどんな声を上げてくれる? 死ぬ瞬間にどんな顔を見せてくれる?

そんな事ばかりを思い、その思いに気づいてなおその思いを止められない、止められなかった。

こんな私は邪悪で度し難い悪なのだ。私の本質は悪だ。それも、一欠片の善も有さない邪悪だ。それが周囲にバレないように必死で善人の、常識人の皮を被っているだけに過ぎない。

故にこそ、お姫様が私に微笑まれる度に私は安らぎを覚えたというのに苦しかった。

ああ、何故お姫様に微笑まれるだけでこんなに心が安らぐのだ。こんなに愛しいと想うのだ。それと共に、どうして、どうして■■■■と願ってしまうのだ、と。

私の邪悪さはどうやらお姫様は全く理解されておられなかったが、御館様も旦那様も承知しており、その邪悪さを楽しんでおられた。

御館様は「お前は見ていて楽しい」と言われ、私が苦悩する姿を楽しんでおられるようで、私は御館様の珍しい玩具を見て面白がる子供のような邪気の無い悪意によって罰を受けていると思えた。

旦那様は私のこの嗜好を人として当然嫌ってはいたが、「君のその邪悪さは私にとってはむしろありがたいものさ。ヘルガは君が来て以来新しい玩具を探しに出て行かず僕の元に居てくれるからね。それに、君が言う邪悪さはサムライとやらには向かないかも知れないが、執事になら向くだろう。その邪悪さは、執事という仕事にはうってつけさ。毒を以って毒を制すってね」と言って嫌いながらもどこか喜んでおられるようだった。

そんな旦那様や御館様が今まで住まれていたこのお屋敷をお姫様に引き渡され、隣国に移られてからほんの半年ほど経った頃、我が国の外交官の交渉のおかげで何とかこの国を脅かす反魔物国家の大国と停戦協定が結ばれる事となり、その課程でその大国の王子と我が国の王女との婚姻を以って停戦宣言を発表するという流れになった。

つまりは政略結婚であり、人質だ。

だが、あいにくと我が国の王家には王女がおらず、貴族のうちから出す事となってしまった。

誰もが行きたがらない中、お姫様はその生贄に立候補なされた。

魔物は自身の欲望のみに忠実であり、人の価値観や倫理等一足飛びに飛び越える事が出来るため、本来なら人が悩むべき問題に魔物であるお姫様が関わるなど異常な話だ。

しかし、お姫様は『貴族の義務だ。これを果たさずして何が貴族だ。私は、私の誇りにかけて、この停戦協定を無事結ばせて見せる』と仰られた。

これは本当に異常だ。魔物の価値観を無視している。

最初は私もヴァンパイアという種族の気高さから言われているのだと思っていたが、どうやらそういったものではなく、『貴族としての義務』であるという事だった。

魔物は人が思い悩むしがらみ、風習、倫理といった自らの想いを縛る価値観を持たない。

ならこれは一体どういう事なのだろうか?

お姫様も私と同じように、何かが欠落されているのだろうか。

思えばお姫様は旦那様や御館様の交わりを見ては興奮や羨望とは違う、羞恥や拒絶といった意味合いで赤面されていたようにも思える。

だがそれは私の勝手な思い込みだ。

それよりも大事なのはこの状況を生み出した出来事だ。

お姫様はその国に嫁ぐと決まった日の夜、私に告白為された。今でも覚えている。お姫様の部屋に呼ばれ、気恥ずかしさと気位の高さから来る恥ずかしさと、己の気持ちを伝える恥ずかしさであのお美しい白肌を真紅に染め抜いて私風情に愛を語らってくれたのだ。

だが私は、その愛を受け入れる訳にはいかない。

その愛を受け入れた途端、私はまたあの邪悪な感情を抱き、お姫様が苦しむ姿が見たいと思ってしまうだろう。お姫様が、■■瞬間までの全てを愛でてしまう。大恩ある御館様の御息女と恋仲になるなど許されぬ以前に、私はあのお美しく純真で高潔なお姫様を私の邪悪な思いで染めたくないのだ。

それにあり得ない事だが、もし万が一私とお姫様が恋仲になったとしても問題がある事は変わらない。

私達が恋仲になったとあっては相手国が黙ってはいないだろう。

もう相手方にもお姫様の詳細が伝えられている。

今更人質を替えたとあってはあらぬ疑いをかけられ、それを口実に攻め込んでくるのは目に見えていた。

さらに悪い事に、相手はこちらより圧倒的な軍事力を誇る軍事国家であると共に、魔法や剣以外に如何なる製法で作り出したかは分からないが、鉄の塊を打ち出す兵器を開発していた。

それは鎧など易々と貫き、我が国の軍に甚大な被害を齎した。

その兵器から打ち出される鉄弾は魔法障壁で弾く事が出来るものの、弓矢と違い、いつ飛んでくるか視認出来ない事に加えて大型の鉄弾だと魔法障壁ごと術者を砕くほどの威力なので、こちらは圧倒的に不利だ。

幸い今は王都に『凶獣』と恐れられる傭兵が率いる傭兵団『悪意の獣達』が王都に滞在している事、そしてその傭兵団の隊長、『凶獣』の妻が戦闘に特化した特異なリリムである事、そしてそこいらの小国より戦闘力のある私兵を有する武器商人ギルド最大の派閥である『黒死猫商会』の本隊が王都前にキャラバンを張っているために、混戦となり両陣営と我が国を一気に敵に回して戦う事になる可能性があるため、それを嫌った敵軍が勝手に王都攻略を断念し、主戦場を平野に変更してくれたため何とかなっている。

しかし、これが王都にまで攻め込んでこられてはどうにもならない。

ここは妖怪達が心安く住まう国だ。聞けばここ以外では妖怪はまだまだ人々に受け入れられていないと聞く。

その証拠に反魔物を掲げて我が国のような親魔物国家を攻める国がある。

ジパング出身の私としては理解しがたいが、この地では妖怪は悪だという教えが蔓延しているらしい。

我が国の周囲はほとんどが反魔物を掲げており、そのため国から追われてきた魔物の夫婦や、暮らしにくい反魔物国家の国を捨ててこの国に移住してきたという魔物も多い。

そんな彼等の安息の地となっているこの国を戦乱に陥れる事など出来る筈が無い。

そんな事になれば・・私は喜びで狂ってしまう。

だって死が国中に充満するのだ。そこかしこで斬り殺された者、焼き殺された者、首を刎ねられた者、串刺しにされた者、鉄弾で砕かれた者、それらの悲鳴と苦しみの呻き声、怨嗟の声、死の間際の慟哭が満ちるのだ。

そんな光景が、地獄がこの世に沸き立つのだ。きっとそれは素晴らしいだろう。そして、それを見て泣くお姫様はなおの事美しいだろう。

そんなモノを見てしまえば私は必ず狂う。

しかし、私にはあの大国を相手に戦う事の出来る力はあるはずなのだ。

それが私が落城する城の蔵から持ち出して来て自室に保管している刀。その銘を「夜刀神・首討」という。

この刀は旧魔王時代、竜に国を滅ぼされた若者が竜への復讐を誓ってその胸の内の憎悪を一心に注ぎ、そこで死んだ人々の体を溶かして作った鉄を芯鉄にして打ち上げた邪刀だという。

この刀はその呪われた出自にも関わらず幾度もジパングの歴史に登場し、その度に国を救ったが、それと共に幾つもの国が滅びた。この刀は抜けば如何なる大軍であろうと悪鬼羅刹の類であろうと一瞬のうちに血の海に沈めたという。

あの落城もこの刀を使いさえすれば容易く回避出来た筈だ。

だが、この刀は最後まで蔵で眠り続けた。理由は単純明快。

皆この刀の呪詛を畏れて使いたがらなかったからだ。

この刀は抜くと対価として人の姿と自我を失い己の守りたかったものすら滅ぼしてしまうという呪詛がかかっているという。

私がこれを振るえば、その呪詛は必ずやこの国と共にお姫様に向くであろう。

何故なら・・・私はお姫様を・・愛している。そして、お姫様が愛する国を守りたいと願うその姿を愛している。私は、お姫様をこの邪悪な思いで侵したいと思うと同時に、ありとあらゆる邪悪から守りたいと思っているのだから―――

ならばこそ、お姫様の想いを受け入れず、お姫様が私に感じた慕情は幻想であったと思い、前に進まれる事を何より優先しよう。

そのために、私はお姫様に人とは思われないようにしなくてはならない。仮面を張り付けろ、感情を押し殺せ、お姫様の影でお姫様の進む道の障害物を切り捨てる黒子であれ。

でなければ、もう自分を保てないから―――
12/01/30 02:14更新 / 没落教団兵A
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■作者メッセージ
今書いている妹馬鹿一代があまりにハッピーなラブコメ過ぎてフラグ立ち過ぎ、書いてて羨ましい!! ってなって来たので心の安定を保つために暗いお話書こう!! と思ったらもう書いてました。それもメインをそっちのけにして。反省反省(汗)
この作品はメインと平行して書いていきますので、メインの方よりも投稿が不安定になるかと思いますが、どうぞ皆様暗い話を読みたい時に読んでくださいませ。

ああ、後序説で書いた「批判は受付けないぞ!!」みたいな文句ですが、アレは物語の中だけの設定で、架空の『貴方』に本屋の店主が言っているだけです。きちんと批判は受付けますのであしからず。

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