二人仲良く
「風邪ですね、普通の。安静にしていればすぐに直りますよ。」
「そ、そうですか。ありがとうございます。」
「そっか、良かったよ♪」
年明けの少し前のとある日。山奥料理屋“夫婦屋”には麓の村の医者が来ていた。
二日前、蒐が体調を崩し本人は大丈夫であると言ったが、津鶴葉が呼んだのだ。
「津鶴葉。安静にできるかはあなたにかかっているのですよ。自覚はあるのですか?」
「わーってるよ!あたしが居れば風邪なんてすぐ吹き飛ぶさ!なにせ、愛する妻なんだからな!」
「あなたが元気なのは良いですが、喧しい人が近くにいるだけで安静にしているとは言えませんよ。」
津鶴葉はぐぬぬと口を閉じて医者を睨む。黄色い眼光は鋭く、通常人間なら
恐怖すること必至。彼女はウシオニであるからだ。
しかし、この医者はすました顔をしている。理由としては、医者もまた大百足という魔物娘であることが大きいだろう。
「あなたは昔から自分を普通だと捉えすぎです。弁えなさい。」
「闇納!お前、自分に旦那が居ないからってあたしに当たるなよ!」
彼女、大百足の名は釁乃江 闇納(ちぬのえ あんのう)。夫婦屋がある山の麓の村で医者をやっている。
津鶴葉とは幼なじみのようなものであり、蒐を除けば唯一の理解者出もあるかもしれない。
夫婦屋のある、雪もあり来るのが億劫になるような山奥にわざわざ診察に来てくれるのもその縁があるからだろうか。
「私は当たってなどいません!貴方、ウシオニのような淫欲の塊の種族と違って繊細なんです。ゆっくりと旦那を選んでるだけです!」
「誰が淫欲の塊だって?大百足だって繊細なんじゃなくて陰湿…」
「今だって!蒐さんがこんなに辛そうなのに、喧しくして迷惑をかけているではありませんか?」
「くっ……。蒐ぅ〜闇納があたしを責めるんだよぉ。」
そう言って蒐の床に潜ろうとする津鶴葉。
「つ、津鶴葉さん!風邪!移っちゃいますから!出てください!それに最初に口を出したのは津鶴葉さんなんですからそれは責められても助けられません。」
「あ、蒐まで…」
うなだれる津鶴葉。いつも上の向いている眉の尻が下がった。
それを見たとたんにあわてる蒐。
「も、もちろん、津鶴葉さんは淫欲の塊なんかではありません。僕の愛する妻ですよ。だから落ち込まないで…」
「蒐ぅ〜!」
機嫌が一転し、ガバッと抱きしめられる蒐。物理的に苦しくはないのだが体調が優れない分、少し息苦しい。
そんな茶番をみつつ闇納はため息をつく。
「はぁ…。津鶴葉、『安静に』をもう忘れたのですか?」
「あっ…い、今離れようと思ってたろ…」
ブツブツ文句を垂れながら蒐から離れる。
もう一度深いため息をつき闇納は言う。
「蒐さん。津鶴葉に愛想が尽きたら私のところに来て下さい。蒐さんとなら夫婦になるものやぶさかではありませんので。」
少し頬を染め蒐を見る闇納。いじけていた津鶴葉がバッと闇納を見る。
「闇納!お前、流石にあたしでも怒るぞ」
迫力がウシオニのそれであり、蒐でも緊張してしまうような殺気。
しかし、それすらも受け流す闇納。
「私の顎肢で毒を打つのが早いか、貴方が私を倒すのが早いか。やってみます?」
ここで初めて笑みをこぼす闇納。
蒐はすぐさま止めに入る。
「待って下さい!決して闇納さんが悪いというわけではないのですが、僕の妻は津鶴葉さんです。それ以外有り得ないので申し訳ないのですが…」
「ほらみろ!あたしが一番なんだからな!」
一転機嫌を直す津鶴葉。
闇納は冗談なのにと言い、クスクスと笑う。からかわれるのは津鶴葉でも馴れているため何を思うわけでもない蒐。
しかしこれ以上は身体的な意味で持ちそうになかった。
それを察したのか、闇納が口を開く。
「しかし、絶対安静。私が渡した薬を飲んで1日何もしないで寝ていて下さい。もちろん、淫行などもってのほかです!」
津鶴葉に言い放つ。しかし、さっきの蒐の言葉で上機嫌な津鶴葉はものともしない。
「分かってるって♪流石にこんなに弱った旦那…弱った…。」
ペロリ
「…津鶴葉さん、舌なめずりはやめて下さい。」
「おっと♪」
闇納は最後のため息をつき、「それでは」
と一言残し夫婦屋を後にした。
………
……
…
「……あつ、蒐!」
「…んっ、はい」
寝ている蒐の顔を津鶴葉が覗き込んでいる。
「具合はどうだい?」
「ん、だいぶ良くなりました。」
「そうかい、良かったよ♪」
闇納が帰った後、すぐに薬を飲み半日程度寝ていた。
一度も起きることはなく、津鶴葉は静かにしていたことが分かる。
「さっきから少し良い香りがしていますが何か作っているんですか?野草かな?」
「おう!粥を作ってるぞ。さっき蓬(よもぎ)と仏の座、あと薺(なずな)を摘んできてな。」
嬉しそうに話す津鶴葉を見て蒐もさらに元気が出てくる。
しかし、ここであることに気づく。
「あれ?お米ってまだありましたか?」
夫婦屋の材料仕入れは蒐の役割である。風邪でも材料のことは常に気にかかっているのだ。
「まぁ、二人分は無かったな。残念ながら」
言葉とは裏腹に嬉しそうな津鶴葉。
料理に関しての機転は抜群なので蒐は信頼していた。
「前に薩摩…だったかの芋が安かったって買ってきたろ?あれを使った」
「薩摩であっていますが、あれは甘くありませんでしたか?お粥ですよね?」
フフっと笑いまぁ、見てろ!と言って台所に向かう津鶴葉。
「あっ、僕も何か…」
「いや、少しくらい妻らしくさせてくれよ。なっ♪」
布団を取って起き上がろうとする蒐を大きな手で寝かし布団を戻す。
「鍋、見てくる」
どこか違和感を覚えるやりとり、そう感じながらまた眠りにつく蒐だった。
少ししてさらに良くなった蒐は起きて食堂まで行った。
すると津鶴葉がちょうど配膳が終えていたところであった。
「大丈夫なのかい?」
「えぇ、お陰様で。」
微笑んで答える蒐。
しかし、津鶴葉は硬い笑顔でこう言う。
「体に障るといけないから食べたらまた寝るんだぞ」
はい、と返し食卓につく蒐。
食事を前に何を思い立ったか笑顔で津鶴葉を見る。
「女将さん、この美味しそうな料理の説明をお願いできますか?」
普段、客への配膳、その際の料理の説明は蒐がやっている。
少し志向を変えようとしたのだ。
よ、よぉしと少し照れながら説明を始める津鶴葉。
「えーとな…あれだ、その…漬け物はうまいぞ!」
山葵の漬け物は津鶴葉が漬けているもので今年は終わりであるらしい。
蓮根と人参、猪の煮物。猪は四日前に津鶴葉が狩ってきたものである。
流石にウシオニ、重さ60キロと蒐よりも重いモノを軽々と運んできて蒐も驚いた。
そして、粥の説明。
「薺と仏の座は歯ごたえを残したな。薩摩の芋は甘いから、塩と少しの煮物の出汁で味付けをして蓬が良い香りだ」
ここまで来ると津鶴葉の説明もしっかりとしていた。
一通り説明を終え、蒐が笑顔でお礼を言われまた照れる津鶴葉。
「でも、お酒が無いですよ?」
「酒は…いいんだ」
猿梨という果実から作る酒。津鶴葉が愛飲しているもので本人お手製である。何が無くとも毎晩食卓に並ぶのもであるが、今日は見当たらない。
二人でいただきますと合掌し、食べ始める。
蒐は漬け物で口を慣らし粥に手をつける。
「ど、どうだ?」
「…僕はお粥って味気ないものだと思っていましたが、とても美味しいです!良い塩加減ですね。」
そう言ってかきこむ蒐。
津鶴葉もホッとした様子で箸をつける。
味見をしてはいたが不安であったようだ。
「煮物も美味しいし、僕幸せです。」
幸せ、その言葉に津鶴葉は固まる。
それを見て蒐も先ほどから感じていた違和感を声にする。
「津鶴葉さん、どうかしましたか?もしかして風邪が…」
「なぁ、蒐」
蒐を遮り話す津鶴葉。
「なんですか?」
普段は至極楽観的な津鶴葉が真面目な顔をしている。
こう言うときは蒐も真面目に聞く。
「その…あたしに愛想尽かさないでくれ。」
「?」
どうゆうことですか?
素直に出た言葉。
しかし、深刻そうに続ける津鶴葉。
「あたしさ、蒐が辛そうだったからなるべく元気でいようと思って。なるべく一緒にいて気持ちを和らげようと思ってさ。でも闇納の女朗があたしと居ると休まらないって、だから静かにしてたし蒐には動かないでもらったし酒ものんでない。」
蒐は黙ったままだ。
「闇納が愛想が尽きたらとか言ってさ、あたし自身が無くなってきて。今からでもしっかりするから!妻として頑張るから!だから愛想尽かさないでくれ…頼む」
俯きがちに言葉を紡ぐ津鶴葉。
少しして蒐は口を開いた。
「津鶴葉さん」
「な、なんだ?」
「僕は…僕は津鶴葉さんを好きになったんですよ?」
少し意味が分からずに津鶴葉が蒐の顔を見ている。
「例えば、津鶴葉さんが今からその様にお淑やかな妻になったとしましょう。それでも僕は津鶴葉さんが好きです。また、闇納さんの言葉をものともせず今まで通りの津鶴葉さんでも僕は変わらずに好きです。」
何か言いたげだが、蒐を妨げないように口を閉ざしている津鶴葉。
「何がいいたいかというと、何をしようと、どうなろうとそれが津鶴葉さんである限り愛想が尽きるなんてあり得ないことです。別に病み上がりでも僕は一緒に料理をしたいですし、お酒を飲んでる津鶴葉さんが好きです。」
二人とも頬が赤くなっている。
最後に深く息を吸って蒐は続ける。
「津鶴葉さんは津鶴葉さんでいて下さい…お酒は控えめにしてほしいですけどね♪」
照れくさそうに笑い、漬け物を摘まむ。
あたしのままで良いのか、そう呟いた津鶴葉は満面の笑みだ。
「蒐!あたし幸せだな!」
「僕も幸せですね。」
小さな料理屋は二つの笑い声で包まれた。
夕餉を終え二人で洗い物をして食器を片づけている時に津鶴葉が提案する。
「蒐。年明けたら久々に麓に降りて飲もう!闇納と爺さんも誘って!」
「良いですね。なら居酒屋のおじさんにお土産で新しいお漬け物を持って行きましょう。」
「おう!何が良いかな〜」
「明日にでも材料を探しに行きましょう」
すると食器を片づけ終えた津鶴葉が蒐を抱き寄せる。
風邪が気になったが蒐も津鶴葉と寄り添いたかったので何も言わなかった。
「まだ、蒐が本調子じゃないだろ?大丈夫、待つよ。二人で行こう、な?」
「…はい。二人で行きましょう」
津鶴葉は暖かかった。
蒐はその温もりを感じつつ抱きしめ返すのであった。
「そ、そうですか。ありがとうございます。」
「そっか、良かったよ♪」
年明けの少し前のとある日。山奥料理屋“夫婦屋”には麓の村の医者が来ていた。
二日前、蒐が体調を崩し本人は大丈夫であると言ったが、津鶴葉が呼んだのだ。
「津鶴葉。安静にできるかはあなたにかかっているのですよ。自覚はあるのですか?」
「わーってるよ!あたしが居れば風邪なんてすぐ吹き飛ぶさ!なにせ、愛する妻なんだからな!」
「あなたが元気なのは良いですが、喧しい人が近くにいるだけで安静にしているとは言えませんよ。」
津鶴葉はぐぬぬと口を閉じて医者を睨む。黄色い眼光は鋭く、通常人間なら
恐怖すること必至。彼女はウシオニであるからだ。
しかし、この医者はすました顔をしている。理由としては、医者もまた大百足という魔物娘であることが大きいだろう。
「あなたは昔から自分を普通だと捉えすぎです。弁えなさい。」
「闇納!お前、自分に旦那が居ないからってあたしに当たるなよ!」
彼女、大百足の名は釁乃江 闇納(ちぬのえ あんのう)。夫婦屋がある山の麓の村で医者をやっている。
津鶴葉とは幼なじみのようなものであり、蒐を除けば唯一の理解者出もあるかもしれない。
夫婦屋のある、雪もあり来るのが億劫になるような山奥にわざわざ診察に来てくれるのもその縁があるからだろうか。
「私は当たってなどいません!貴方、ウシオニのような淫欲の塊の種族と違って繊細なんです。ゆっくりと旦那を選んでるだけです!」
「誰が淫欲の塊だって?大百足だって繊細なんじゃなくて陰湿…」
「今だって!蒐さんがこんなに辛そうなのに、喧しくして迷惑をかけているではありませんか?」
「くっ……。蒐ぅ〜闇納があたしを責めるんだよぉ。」
そう言って蒐の床に潜ろうとする津鶴葉。
「つ、津鶴葉さん!風邪!移っちゃいますから!出てください!それに最初に口を出したのは津鶴葉さんなんですからそれは責められても助けられません。」
「あ、蒐まで…」
うなだれる津鶴葉。いつも上の向いている眉の尻が下がった。
それを見たとたんにあわてる蒐。
「も、もちろん、津鶴葉さんは淫欲の塊なんかではありません。僕の愛する妻ですよ。だから落ち込まないで…」
「蒐ぅ〜!」
機嫌が一転し、ガバッと抱きしめられる蒐。物理的に苦しくはないのだが体調が優れない分、少し息苦しい。
そんな茶番をみつつ闇納はため息をつく。
「はぁ…。津鶴葉、『安静に』をもう忘れたのですか?」
「あっ…い、今離れようと思ってたろ…」
ブツブツ文句を垂れながら蒐から離れる。
もう一度深いため息をつき闇納は言う。
「蒐さん。津鶴葉に愛想が尽きたら私のところに来て下さい。蒐さんとなら夫婦になるものやぶさかではありませんので。」
少し頬を染め蒐を見る闇納。いじけていた津鶴葉がバッと闇納を見る。
「闇納!お前、流石にあたしでも怒るぞ」
迫力がウシオニのそれであり、蒐でも緊張してしまうような殺気。
しかし、それすらも受け流す闇納。
「私の顎肢で毒を打つのが早いか、貴方が私を倒すのが早いか。やってみます?」
ここで初めて笑みをこぼす闇納。
蒐はすぐさま止めに入る。
「待って下さい!決して闇納さんが悪いというわけではないのですが、僕の妻は津鶴葉さんです。それ以外有り得ないので申し訳ないのですが…」
「ほらみろ!あたしが一番なんだからな!」
一転機嫌を直す津鶴葉。
闇納は冗談なのにと言い、クスクスと笑う。からかわれるのは津鶴葉でも馴れているため何を思うわけでもない蒐。
しかしこれ以上は身体的な意味で持ちそうになかった。
それを察したのか、闇納が口を開く。
「しかし、絶対安静。私が渡した薬を飲んで1日何もしないで寝ていて下さい。もちろん、淫行などもってのほかです!」
津鶴葉に言い放つ。しかし、さっきの蒐の言葉で上機嫌な津鶴葉はものともしない。
「分かってるって♪流石にこんなに弱った旦那…弱った…。」
ペロリ
「…津鶴葉さん、舌なめずりはやめて下さい。」
「おっと♪」
闇納は最後のため息をつき、「それでは」
と一言残し夫婦屋を後にした。
………
……
…
「……あつ、蒐!」
「…んっ、はい」
寝ている蒐の顔を津鶴葉が覗き込んでいる。
「具合はどうだい?」
「ん、だいぶ良くなりました。」
「そうかい、良かったよ♪」
闇納が帰った後、すぐに薬を飲み半日程度寝ていた。
一度も起きることはなく、津鶴葉は静かにしていたことが分かる。
「さっきから少し良い香りがしていますが何か作っているんですか?野草かな?」
「おう!粥を作ってるぞ。さっき蓬(よもぎ)と仏の座、あと薺(なずな)を摘んできてな。」
嬉しそうに話す津鶴葉を見て蒐もさらに元気が出てくる。
しかし、ここであることに気づく。
「あれ?お米ってまだありましたか?」
夫婦屋の材料仕入れは蒐の役割である。風邪でも材料のことは常に気にかかっているのだ。
「まぁ、二人分は無かったな。残念ながら」
言葉とは裏腹に嬉しそうな津鶴葉。
料理に関しての機転は抜群なので蒐は信頼していた。
「前に薩摩…だったかの芋が安かったって買ってきたろ?あれを使った」
「薩摩であっていますが、あれは甘くありませんでしたか?お粥ですよね?」
フフっと笑いまぁ、見てろ!と言って台所に向かう津鶴葉。
「あっ、僕も何か…」
「いや、少しくらい妻らしくさせてくれよ。なっ♪」
布団を取って起き上がろうとする蒐を大きな手で寝かし布団を戻す。
「鍋、見てくる」
どこか違和感を覚えるやりとり、そう感じながらまた眠りにつく蒐だった。
少ししてさらに良くなった蒐は起きて食堂まで行った。
すると津鶴葉がちょうど配膳が終えていたところであった。
「大丈夫なのかい?」
「えぇ、お陰様で。」
微笑んで答える蒐。
しかし、津鶴葉は硬い笑顔でこう言う。
「体に障るといけないから食べたらまた寝るんだぞ」
はい、と返し食卓につく蒐。
食事を前に何を思い立ったか笑顔で津鶴葉を見る。
「女将さん、この美味しそうな料理の説明をお願いできますか?」
普段、客への配膳、その際の料理の説明は蒐がやっている。
少し志向を変えようとしたのだ。
よ、よぉしと少し照れながら説明を始める津鶴葉。
「えーとな…あれだ、その…漬け物はうまいぞ!」
山葵の漬け物は津鶴葉が漬けているもので今年は終わりであるらしい。
蓮根と人参、猪の煮物。猪は四日前に津鶴葉が狩ってきたものである。
流石にウシオニ、重さ60キロと蒐よりも重いモノを軽々と運んできて蒐も驚いた。
そして、粥の説明。
「薺と仏の座は歯ごたえを残したな。薩摩の芋は甘いから、塩と少しの煮物の出汁で味付けをして蓬が良い香りだ」
ここまで来ると津鶴葉の説明もしっかりとしていた。
一通り説明を終え、蒐が笑顔でお礼を言われまた照れる津鶴葉。
「でも、お酒が無いですよ?」
「酒は…いいんだ」
猿梨という果実から作る酒。津鶴葉が愛飲しているもので本人お手製である。何が無くとも毎晩食卓に並ぶのもであるが、今日は見当たらない。
二人でいただきますと合掌し、食べ始める。
蒐は漬け物で口を慣らし粥に手をつける。
「ど、どうだ?」
「…僕はお粥って味気ないものだと思っていましたが、とても美味しいです!良い塩加減ですね。」
そう言ってかきこむ蒐。
津鶴葉もホッとした様子で箸をつける。
味見をしてはいたが不安であったようだ。
「煮物も美味しいし、僕幸せです。」
幸せ、その言葉に津鶴葉は固まる。
それを見て蒐も先ほどから感じていた違和感を声にする。
「津鶴葉さん、どうかしましたか?もしかして風邪が…」
「なぁ、蒐」
蒐を遮り話す津鶴葉。
「なんですか?」
普段は至極楽観的な津鶴葉が真面目な顔をしている。
こう言うときは蒐も真面目に聞く。
「その…あたしに愛想尽かさないでくれ。」
「?」
どうゆうことですか?
素直に出た言葉。
しかし、深刻そうに続ける津鶴葉。
「あたしさ、蒐が辛そうだったからなるべく元気でいようと思って。なるべく一緒にいて気持ちを和らげようと思ってさ。でも闇納の女朗があたしと居ると休まらないって、だから静かにしてたし蒐には動かないでもらったし酒ものんでない。」
蒐は黙ったままだ。
「闇納が愛想が尽きたらとか言ってさ、あたし自身が無くなってきて。今からでもしっかりするから!妻として頑張るから!だから愛想尽かさないでくれ…頼む」
俯きがちに言葉を紡ぐ津鶴葉。
少しして蒐は口を開いた。
「津鶴葉さん」
「な、なんだ?」
「僕は…僕は津鶴葉さんを好きになったんですよ?」
少し意味が分からずに津鶴葉が蒐の顔を見ている。
「例えば、津鶴葉さんが今からその様にお淑やかな妻になったとしましょう。それでも僕は津鶴葉さんが好きです。また、闇納さんの言葉をものともせず今まで通りの津鶴葉さんでも僕は変わらずに好きです。」
何か言いたげだが、蒐を妨げないように口を閉ざしている津鶴葉。
「何がいいたいかというと、何をしようと、どうなろうとそれが津鶴葉さんである限り愛想が尽きるなんてあり得ないことです。別に病み上がりでも僕は一緒に料理をしたいですし、お酒を飲んでる津鶴葉さんが好きです。」
二人とも頬が赤くなっている。
最後に深く息を吸って蒐は続ける。
「津鶴葉さんは津鶴葉さんでいて下さい…お酒は控えめにしてほしいですけどね♪」
照れくさそうに笑い、漬け物を摘まむ。
あたしのままで良いのか、そう呟いた津鶴葉は満面の笑みだ。
「蒐!あたし幸せだな!」
「僕も幸せですね。」
小さな料理屋は二つの笑い声で包まれた。
夕餉を終え二人で洗い物をして食器を片づけている時に津鶴葉が提案する。
「蒐。年明けたら久々に麓に降りて飲もう!闇納と爺さんも誘って!」
「良いですね。なら居酒屋のおじさんにお土産で新しいお漬け物を持って行きましょう。」
「おう!何が良いかな〜」
「明日にでも材料を探しに行きましょう」
すると食器を片づけ終えた津鶴葉が蒐を抱き寄せる。
風邪が気になったが蒐も津鶴葉と寄り添いたかったので何も言わなかった。
「まだ、蒐が本調子じゃないだろ?大丈夫、待つよ。二人で行こう、な?」
「…はい。二人で行きましょう」
津鶴葉は暖かかった。
蒐はその温もりを感じつつ抱きしめ返すのであった。
17/07/01 02:45更新 / J DER
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