読切小説
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襲撃エンターテイン

あれ?雌としてこいつの子供孕めれば幸せじゃね?

藤川 歩(ふじかわ あゆむ)は、ふとそんな事を考えた。学校帰りの路の途中、幼馴染と共に雑談混じりに帰宅をしている時の事だった。

あらかじめ言っておくと、歩は生物学上れっきとした男である。名前こそ中性的だが特に顔の方は女性的という訳でもない、むしろ女性を引きつけるタイプの爽やかイケメンフェイスであると周りからは評されているほどだ。
そして、歩が視界から外さないたった1人の幼馴染も男である。こっちは若干小柄でやや中性的で、二人のどちらかといえば女に間違えられそうなのは彼の方であった。
二人の仲は、幼い頃に出会った時から今までずっと気軽なものだった。クラスで誰が可愛かっただとか昨日見た番組が面白かったとか、そんな他愛ない事ばかりを話せる男同士の付き合いならではの関係だ。今日も今日とて、このまま彼の家に遊びに行こうと話をしているところであった。

なのに、だ。突然湧いたその考えが、何よりもしっくり来ると歩は感じていた。
今も雑談を交わす目の前の男との子供が、欲しくて欲しくてたまらなくなった。

途端に、体がぼうっと熱くなった。男物の制服の下で、体がじくじくと溶けてしまっているかのような熱さだった。実際にそうなっているという、確信もあった。
自分の男としての象徴が、どんどん縮んでいく感覚があったから。
これはおそらく魔物娘の魔力が原因なんだろうな、と興味なさげに歩は思った。
体育の時間に発情したワーウルフに噛まれて同族になったり、マッドハッターの同級生に誘われてお茶会に参加し最後にはドーマウスとなって眠りこけたりする羽目になったクラスメイトを歩は何人か知っていた。(後者は正直もっと魔物について前もって勉強しておいた方が良かったのではと当時は思った)
自分に起きているこれも、魔物娘の魔力が教室にいる内に自分にまとわりついたせいだろうな、とそこまで考えたところでもう、こうなった原因への興味は完全になくした。

生まれてからこれまでの人生まで共に歩んできた相棒とでも呼ぶべき存在と唐突に別れてしまったのに、歩には一切悲しいという気持ちは湧いてこなかった。
その代わりにあるのは、安心感。
あぁ、これであいつとの子供を孕める。そんな事を、まるでそうなって当然であるかのように考えた。

そんな思考の中で、こんな事を考えるのは何故か、と少し考えた。
生憎、幼馴染にはピンチを助けてもらったなどと言った少女漫画の導入のような記憶はなかった。
ただ、喧嘩らしい喧嘩をしたような記憶も特になかった。
気がついたら、ずっと一緒にいた。ずっと隣にいてくれた。それは、歩にとっては当たり前だった。いつだって、歩の傍には彼がいた。
こんな当たり前だったら、いつまでだって続いて欲しいと思えた。今だって、そう思っている。

あぁ、だからか。
そう気づくと、自分の考えがあまりに微笑ましくて思わずにやけてしまいそうだった。

しかし、歩はそんな事を微塵も感情に出さないように努め、歩き続けた。幼馴染の話に相槌をうつ事も、一切忘れなかった。だから、幼馴染はそんな歩の変化に一切気づく事はなく自宅へと到着した。
彼はのんきに、今日は両親が仕事で誰もいないんだと歩を部屋へと誘った。

歩には、考えがあった。
せっかく二人きりなのだから、ムードを最大限に高めた上で子作りに励んでみたいと思った。
最初は自分の変化にバレないように、ちょっとだけ丸みを帯びた体をさり気なく見せる。それから、服の上から密着して、その柔らかさが錯覚じゃないと確信させる。極めつけに、熱くなったと服を脱ぐ。そうして欲情が最大限に高まった彼は、自分から淫魔の体を求めてくる。
そんなシチュエーションを、玄関で靴を脱いでいる間に思いついた。
おそらく制服の下はとっくに淫魔のものに変わっている自分なら、それができると思った。



無理だった。



招かれて幼馴染の部屋に入った瞬間、歩は強烈な匂いを嗅いだ。
それが幼馴染本人の匂いだと気づいた瞬間、歩はもう服を脱ぎだしていた。
後ろ手に部屋の入口扉を閉めることだけが、精一杯の理性だった。
新しく自分の体に生えた羽根や尻尾は服を押し出し、あっという間に歩は裸になった。
その体が淫魔になっていることなど、歩にとって確認するまでもなかった。

ふわりと翼をはためかせてジャンプすると、歩は幼馴染に一瞬で近づいて押し倒した。
それなりに乱暴に押し倒したつもりだったのに、魔物の魔力のおかげか幼馴染は痛そうにする素振りが一切なかった。

歩の目の前に、幼馴染の体があった。突然押し倒され、驚きながらもこちらを見上げる表情があった。

いよいよだった。
後はこのまま邪魔な衣服をどかしてしまえば、念願の子作りだった。
どろどろの欲望を叩きつけられて、淫魔の子供をこの肚(はら)に宿すことがすぐにできると感じた。
そう思うと、とても安心することができた。

…………………なぁ。

しかし。
もうひとつだけ、歩は安心したいことがあった。

お前の子供……孕ませて、くれないか?

それは、欲望にまかせての言葉ではなかった。
言葉の淫靡さとは裏腹に、怖がりながらも良い答えを期待する……1人の少女としての、質問だった。

幼馴染は、口をポカーンと開けていた。
歩は、当然だと思った。聞かない方が良かったかもしれないと思った。

こんなに……胸がドキドキする質問だなんて、思わなかったから。
ぎゅっと拳を胸の辺りで握りしめないと、とてもこの沈黙を耐えられる気がしなかった。

けれど、何故か聞かずにはいられなかった。
それが孕みたいという感情と同列にあった愛情(もの)だったと気づくのは、この後のことだった。

幼馴染は、突然顔を真っ赤にして横を向いた。ようやく歩の言った事を飲み込んだかのような挙動だった。
訝しむ歩に顔を合わせないまま……幼馴染は、ボソボソと呟いた。

お、俺、も……お前を、孕ませたいと思ってた……

歩の長い耳は、一言一句を聞き逃さなかった。

心が跳ねた。
体が、勝手に火照りだした。
戸惑いや不安は全て、歩の中で多幸感に消化されていった。

じゅくじゅくと、愛の蜜が下半身から溢れだした。
雌として男を受け入れる、全ての準備はもう整っていた。

け、けど……男同士だし、そんなのおかし……っ!?

その言葉は、最後まで続く事はなかった。
もう『彼女』の頭の中には、この男の子供を孕む以外の全てが消え去っていた。



歩はその日のそれから、遠慮というものを一切しなかった。


17/03/02 21:30更新 / たんがん

■作者メッセージ
そんな、小さなお話でした。

楽しんでいただけたなら幸いです。

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