読切小説
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崇高なる君主

砂塵が吹き荒れる砂漠、マントを身につけた青年が歩いていた。



衿谷林士郎、彼は極東の地日本にてこの世に生まれてからはその名前で呼ばれていた。


「暮れるな・・・」


空を眺めるとすでに太陽は傾き、星が瞬き始めていた。

砂漠は日中は恐ろしい灼熱の地獄であるが、夜になると途端に空気の凍てついた死の大地に変わる。


林士郎は手にしていた杖を握り締めながら道を急ぐ。


少なくとも一夜を過ごせる場所までたどり着けなければアウトだ、夜が明ける頃には死体が一つ砂漠に転がる羽目になる。


そうなる前になんとかしなければならないだろう。






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どこまで行っても変わらぬ景色に、林士郎は体力がじわじわと奪われていた。

時間も刻一刻と進んでおり、すなわちそれは林士郎の生存確率が低下していることも示していた。


額の冷たい汗を拭い、前を見据えたその時、砂塵の合間にちらっと柱のようなものが見えた。


「あれは・・・」


ゆっくりとその場所へと向かうにつれて、見えたものがなんなのかわかるようになってきた。



「・・・神殿だな」



それは古代の巨大な神殿だった。


いつの時代に作られたものか、石で作られた柱に崩れかけた巨大な神像、広大な御堂と、どうやら死なずに済みそうな場所である。


一息つくと、林士郎は神殿に立ち入り、名前も知らぬ古代の神に助けてもらえたことを感謝した。



神殿の床に座り込み、休んでいると林士郎はうつらうつらと眠くなってきた。








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「何?、断るだと!?」


「貴様は大いなる世界の真理が見たくないのかっ!」


「我々に協力し、君の持つ力を使えればヴァチカンを出し抜き、神の真理を見ることが出来るのだっ!」


「あの大賢者パラケルススすら到達しえなかった真理、見たくないのか?」



「お言葉ですがお歴々、私はそのようなことに興味はありません、鍛えた力も、備わった異能も人を守るためのもの、一部の人間を満たすためのものではありません」



「ならば仕方ないな・・・」


「我々の秘密を知った以上、消えてもらう」







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「・・・夢か」


気づくともう夜明けを迎え、太陽の微かな光が神殿の外から床を照らし、林士郎の顔に光を浴びせていた。


いつの間にか眠ってしまっていたらしい、ゆっくり立ち上がると、何かが足に触った。



「・・・護符か?」


稲妻のような意匠を持っているものの、長柄の矛のような形の金属で出来た小さな護符だ。




この神殿に祀られている神に関わる護符だろうか?、この先も守ってもらいたい、林士郎はそう思い護符をポケットにしまい込んだ。



「さて・・・」


神殿の外を見ると砂塵が吹き荒れ、相変わらず人の姿は見当たらない。


とにかく、今林士郎を追いかけている勢力と敵対する組織の本拠地にまで逃げることが出来ればおいそれと手出しは出来まい。


「・・・ヴァチカン、遠いな」



軽くため息をつき、林士郎は再び歩き始めた。









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小さな街、林士郎は砂漠を抜けて太陽に照らされた砂漠の中の街に入った。


周りを見ると、林士郎同様マントを身につけた巡礼者が複数人、道を歩いているのが見えた。


場所がらか、それはよくわからないがこれなら巡礼者に紛れてヴァチカンまでたどり着くことが出来るかもしれない。



「誰かっ!」


「そいつを逃すなっ!」


どこからか大声が聞こえ、林士郎は何かの影が足元に見えた。


「え?」



「そこの者っ、退けっ!」



声に振り向くと襤褸を纏った小さな少女が林士郎めがけて飛び込んできた。


「っと・・・」



「退けと言ったであろうがっ!、妾は今追われておるっ!、さっさと・・・」


「待てっ!」



道の向こうから神聖な白装束を身につけた集団が走ってきた。

「何だ?、あの紋章はヴァチカンのものに見えるが・・・」


数人の白装束が林士郎を取り囲み、少女は素早く彼の後ろに隠れた。


「そこの貴様っ!、その悪魔を寄越せっ!」


「はあ、寄越してどうするつもりで?」


ちらっと林士郎は白装束の腰を見て、拳銃とサーベルがあるのを見て警戒を強めた。


「知れたこと、逃げ出した悪魔は駆逐するのみだ」


そう告げたリーダー格の白装束はサーベルを抜いたが、その刀身には神聖な紋様が刻まれていた。


「駆逐、悪魔?」


林士郎は目を細めた。


「そいつは我々が封印していた悪魔、逃げ出した以上神が作られし聖剣でもって処断する」


「・・・そんなことを言われて私が大人しく寄越すとでも?」

林士郎は後ろに隠れている少女の手を握ると、いつの間にか手にしていたスタングレネードを放り投げた。


「・・・っ!」


凄まじい閃光に白装束ばかりか周りにいた巡礼者たちも目を瞑り、その光が消える頃には林士郎も少女も何処かへ逃げ去っていた。




「くっ!、逃げられたかっ!」



「遠くへはいっていないはずっ!、探せっ!」








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町外れの廃屋にまで逃げ、周囲に人がいないことを確認して、ようやく林士郎は一息ついた。


「うむ、神の犬どもから逃れられたな、まこと大義」


偉そうに少女は胸を張るが、外見が年齢一桁か、もしくはようやっと中等教育に進むか進まないか程度の幼子のため、あまり貫禄がない。



「悪魔、と言われていたが?」


あの白装束の紋章は冠にクロスした鍵、林士郎は嫌な予感に背中を冷たい汗が流れるのを感じた。


「うむ、どうやら妾は悪魔らしい」


すっと少女が襤褸を脱ぎ捨てたが、あまりのことにしばらく林士郎は唖然としてしまっていた。



隠れていた頭には昆虫のような触覚が生え、背中にもやはり甲虫を思わせるような透明の翅、挙句腰から臀部にかけては完全に昆虫の腹になっていた。



「妾はベルゼブブという種族の魔物らしいが、物心ついたときからヴァチカンの地下に幽閉されておった」


来た、嫌な予感が的中してしまった。


少女を追いかけていた白装束の胸元に染め抜かれていた紋章は明らかにヴァチカンの紋章だった。


とするならヴァチカンが追いかけるベルゼバブの少女を助けた以上、自分もヴァチカンに睨まれることになる。



まずい、ヴァチカンに逃げ込むためにはるばる旅をしてきたというのに、まさかそんな真似をしてしまうとは。


「なんじゃお主、顔色が悪いぞ?」


「・・・別に、私は昔からこんな感じだ」


短いやり取りをしながら林士郎は素早く頭の中でどうするのが一番良い手かを考えてみたが、いずれも不可能に近い手段だ。


「それで君はこれからどうするつもりだ?」


「うむむ、実は妾は名前以外全て忘れてしまったのじゃが、一つ覚えている場所がある」


記憶喪失、ならば彼女はもう気づいたらヴァチカンに幽閉されていたのか、そう考えると気の毒になってしまうが。


「ベル神殿じゃ、パルミラの地にあるとされる太古の神殿」

パルミラ遺跡、ここからそれほど遠くはない、ヴァチカンへは反対方向になってしまうのだが、どうせ向こうからも追われているのだ、ここは一つベルゼブブに付き合うとしよう。


林士郎は素早く思考をまとめ上げると、ベルゼバブの少女に自分のマントを羽織らせた。


「ならば私が君をパルミラまで連れて行こう、来た道を引き返すのだから、もう迷うことはないはず」


「苦労をかける、かたじけない」


そこで林士郎は一つ重大なことに気がついた。


「・・・君の名前は?」







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「エリヤ、もそっとゆっくり歩くが良い」


砂漠を歩きながら林士郎は後ろからついてくるベルゼブブに視線を送る。


ベルゼバブのベール、少女が名乗ったとき林士郎はそう聞こえたが、あまり聞きなれない発音からか、本来はベールという名前ではないのかもしれない。


事実林士郎がベールと呼ぶと、少し首を傾げたりするなどやはり本来は違う名前なのかもしれない。


砂漠に足を取られながらも林士郎は着実に歩いているが、ベールのほうはあまり歩いたことがないようで苦戦している。


背中に立派な翅があるのだから飛べばいいとも思うが、砂埃が舞う中飛べば目に砂が入ってひどいことになるようだ。


「エリヤよ、話しの途中じゃ、そなたを追う連中は?」


「どこまで話したかな?」


砂嵐が吹く中のため、互いに大声で話している。


「そなたが職を追われて事故に遭った話しまでじゃ」


そう、林士郎は数年前に勤めていた職を追われ、失意の中旅に出た際に地元の暴走族の起こしたバイク事故に巻きこまれた。


「撥ねられた衝撃で崖から落ちて海に落下、死ぬかと思ったが、こうして生きている」


気づくと海に面した場所にあったであろう岩窟の祠にいた、祠の神が自分を助けてくれたのかもしれない。


「一度死に瀕し、生存本能が刺激されたためか不思議な力が備わっていた、それに目をつけたのが幻想教団だ」


謎めいた秘密結社パヴァリア幻想教団、林士郎は彼等の接触を受けたが、まだ自分の力の正体が分かっていなかったために勧誘を断った。



「すると連中は口封じのために私の命を狙い始めた、京都を皮切りに広島、愛媛、熊本、鹿児島、沖縄、台湾、タイ、あちこちを彷徨った」



時には密航者に紛れ、時には難民に扮し、時には行商人に化け、幻想教団から逃げ続けた。


「ヴァチカンと幻想教団が水面下で敵対していると聞いたのはつい最近のこと、それでヴァチカンを目指していたが・・・」


じっと林士郎が足を止め、ベールを見つめると、ベルゼブブの少女はうっと、つまりながら視線を外した。


「それは、すまぬ、まさかそなたにそんな事情があるとは・・・」



「別に構わない、ヴァチカンまでいけても幻想教団から完全に逃げ切れるわけではないだろう、それに・・・」


砂嵐が林士郎のかぶっていたフードを吹き飛ばしたが、林士郎は足をとられていたベールの腕を掴んで引っ張り上げた。


「ともに行く仲間が出来た、それでいい」


「っ!?」


ベールはフードの奥で目を見開き、頬を染めたが、林士郎はそれに気づかずに手を引きながら砂漠を歩いて行った。


「エリヤ、そなたは・・・」


「見えてきた、あれがそうか・・・」



『称えよ、・・・・・・の、名を』


何やら林士郎の頭の中に、不思議な声が聞こえた。


「エリヤ?、どうかしたのか?」


ベールの声に、林士郎は頭を振るって気を取り直した。


「なんでもない、さあ、あれがベル神殿だ」


砂塵の中、古代より存在する巨大な神殿がその姿を現した。

太古の昔セム人が三位の神々を祀るために建造した巨大な神殿、この神殿がベールの記憶喪失の鍵なのだろうか。


「見張りがいるな」

ベル神殿の入口には先ほど見た白装束の連中が複数人おり、周囲に気を配っている。

「うむ、ヴァチカンめ、妾がここに来ると分かっておったようじゃな」


悔しそうにベールは歯噛みするが、多勢に無勢、これでは正面から挑んだ場合確実に負けてしまうだろう。


「連中のこと、恐らく入れる場所はないだろう、さてどうしたものか・・・」


「ふむ、多分手薄な場所があるぞ?」

何やらベールは鼻を鳴らしている。


「わかるのか?」


「胡散臭い神の信徒の匂いがしない場所がある、そこからならば神殿に入れるかもしれぬな」


ベールがそろそろと砂嵐に紛れながら歩き出したため、林士郎も慌てて少女の後をつけていった。









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「・・・ここじゃ」


ベールが案内した場所は確かに昔は入口だったかもしれないが、今や柱が崩れて中を伺うことが出来ないような古い回廊だった。


「なるほど、確かに人の気はないな、しかし・・・」


林士郎は近づいて軽く壁を調べてみたが、ダイナマイトでもなければ破壊できないほどのものだろう。


「・・・あまり良い手ではないが致し方ない」

林士郎の手にいつの間にか刀が握られていた。


「・・・はっ!」


彼が刀を振るうと、まるで豆腐のように岩盤は切り裂かれ、簡単な道が出来た。


「やるではないか、流石は妾に仕える神官」


「無駄口はいい、聞かれたかもしれない、急ごう」


素早く二人は新たに作られた道から、ベル神殿内部へと潜入した。




埃臭い神殿の地下、カンテラを掲げながら林士郎とベールは先へ先へと進んでいく。


途中から回廊の壁をずらりと壁画が彩り始めたため、林士郎は時として足を止めて見入ることもあった。


「これは凄い、この壁画は古代カナン人が描いたものだろうか・・・」



この区間にはほとんど誰も足を踏み入れてはいないのか、床には砂埃が積もり、二人の足跡を後ろに残していた。


「エリヤ、そなたはどうして妾を助ける気になったのじゃ?」


ベールはしげしげと壁画を見ながらそれとなくを装い呟いたが、ちらちらと視線は林士郎に向けられ、おまけに挙動不審のため、全く装えていない。


「うーん、君のような不思議な魔物に興味が湧いたのと・・・」

にっ、と林士郎はベルゼバブの少女がどきりとするのに充分過ぎる微笑みを浮かべた。


「こんな幼い少女を放って置くわけにはいかない」


ぼふっとベールは赤面してしまったが、暗がりのため幸いにして林士郎には気付かれずに済んだ。



「むう、こんな貧相な身体に欲情するとは、変態じゃな」


「んなっ!」


照れ隠しにベールはそんなことを言い放ったが、どうやら林士郎には効果絶大だったようだ。


「お主のような者を巷では『ろりこん』と言うのではないか?」


「まったく、君は・・・」


林士郎は困ったように口元を歪めて破顔したが、目の前に巨大な壁が現れたため、足を止めた。


「行き止まりか?」


近づいて叩いたり、耳をすませたりして壁を調べてみると、微かに空気が漏れる音とともに、空洞を示すような反響がした。


「この先に道があるのは確かだが、開ける手段がない」


「さっきやったみたいにぶち破れぬか?」


ベールの質問に、林士郎は首を振った。


「駄目だな、地下で下手なことをすれば天井が崩れるかもしれない」

壁に刻まれた文様をなぞっていると、中央部に不思議な窪みがあることに気がついた。


あたかも矛のような不思議な窪み、まるで鍵穴かのようだが。



「・・・試してみるかな」


林士郎は前に神殿で拾った矛の形のアクセサリーを窪みにはめ込んでみた。



「・・・むっ!」


動きはあった、ゆっくりと歯車が回るような音がして、目の前の壁がするすると開いたのだ。


壁のような扉の奥には、明らかに古代神殿には相応しくない区間があった。


金属の壁に、まるで隔離研究所を思わせるような殺風景な廊下、それが数メートル先まで続いている。


「これはなんたること・・・」


廊下の先にある金属の扉の真ん中には、六分儀を思わせる神秘的な紋章が刻まれている。


「・・・幻想教団の紋章、ここは奴等の管轄か」

林士郎が呟くとともに、ぱしゅっ、と空気が抜ける音がして、ゆっくりと扉が上下に開いた。








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奥には不思議な物体があった、否、物体と呼ぶには相応しくないかもしれない。


外見は逆さまのピラミッドに近いかもしれないが、水晶のように半透明で中が透けて見える。


中には三角形の物質があり、その中央には瞳のような光が辺りに光線を放っている。


「神の全能の瞳・・・、これは一体・・・」



「・・・そうじゃ、思い出したぞ、妾は、ベルゼバブ(蝿の王)などではない」


ぽつりとベールが呟いた瞬間、『瞳』が凄まじい光を放ち、周囲の逆さ三角形が心臓のような脈動を始めた。


「ベールっ!」


「・・・ベール?、違う、妾は遥か昔、信仰と力を忌々しい主神に奪われた至高なる者じゃ・・・」


瞬間、ガラスが砕け散るかのような音がして、逆さ三角形が消え失せ、同時にベールも神隠しにあったかのように消えた。


二つの存在が消えるその刹那、光の中で林士郎は一瞬だけベールに似た、神々しい成人女性の姿を見た気がした。





「・・・ベール」


ここにいても仕方がない、林士郎は来た道を引き返すことにして、その場を後にした。








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「っ!、酷い雨だな」


外に出た林士郎を最初に襲ったのは、凄まじい横殴りの雨だった。


砂漠に雨はあまり降らないはず、明らかに異常現象だ。


「貴様っ!」


いきなりの怒号に振り向くと、ヴァチカンの白装束が数人立っていた。


「中で何があった、答えろっ!」


数人が銃を向け、何人かは軍刀に手をかけている。


「落ち着け、私も何が起こったのか分かってはいない」


「であるならば、情報を共有してしかるべきではないかな?、林士郎くん」


不吉な声、白装束もびくりとして振り向いた。


「幻想教団・・・」



そこにいたのは林士郎を幻想教団に引き込もうとした黒服の男だった。


「久しぶりだな林士郎くん、一つ君に聞きたいことがある」


凄まじい雨と雷、黒服は瞳の奥に鋭い瞳をたたえながら林士郎に近づいた。


「あの神殿の奥で何をした?、どうしてあれが作用した?」


林士郎が答えられずにいると、黒服は一つ頷き、空を指差した。


「なら質問を変えよう、君は誰とあそこへ行った?」



「っ!、そうだ、あの悪魔がいないっ!」


白装束の一人が声を上げた。


「貴様はあの悪魔と共にいたはず、奴は何処だ?」


『偽りの悪魔、偽りの真実、そのようなものに意味なぞない』


四つ目の声、だがそれは林士郎のよく知る声だった。


「ベールっ!」


『ベール?、そのような名前に、今や意味などない』


数回空を稲妻が走り、一際風雨が激しくなった。


「っ!」


『今日よりのち、世界は新たな時代を迎えることになり、この妾・・・』


続いて雷が林士郎のすぐ目の前に堕ち、辺りが光に包まれて何も見えなくなる。





『崇高なる君主、バアル神の下でのう』


現れたのは背の高い女性だ、翡翠の瞳に金色のティアラのような冠、流れるような長い銀髪に東洋の踊り子のような扇情的な装束。


恐ろしいほどに神々しく、同時に美しい美女だった、まさに神話の中の女神と言うべき姿である。



「ベール、否、バアル神、だと?」


呆然と呟いた林士郎、ベール、否バアルはふわりと彼の前に立つと、顎に手を当てた。


『ふっ、エリヤ、お主のおかげじゃ、お主のおかげで妾はヴァチカン、幻想教団、二つの組織が封印していた神の力を取り戻せた』



ベル神殿はバアル神の神殿、そこに力を封印することで神の権威を弱めていたのか。


「お、おおバアルっ!、悍ましい、復活してしまうとは・・・」



がくがくと震える白装束、ぎろりとバアルはそちらに視線を移す。


「ヴァチカンの遠征隊、お主らへの礼はあとじゃ、妾はやるべきことがある」


手に巨大な矛を持つと、バアルはふわっと空中に浮かび上がる。


「妾は主神に復讐する、雷雨と豊穣の神を蝿の悪魔に堕としたことの落とし前をつけてくれる」


瞬間、雲が割れて光が空から差し込むとともに、バアルは空の彼方へと消えて行った。



「ベール・・・」

しばらく林士郎は考え込んでいたが、より強くなる雨に表情を険しくした。

「こうなった以上どうにも出来ない、なんとかベールを止める術を考えなければ・・・」


「・・・バアル神を止める?」


幻想教団は呆然と空を眺めながら微かに呟いた。

「バアル神は太古の『君主』、あらゆる者の上に立つ、復活した以上何人も並ぶことは出来ない」


「バアル神は荒ぶる邪神、最早止める術はないだろう・・・」


「・・・君主に、荒ぶる邪神だと?」


勝手なことを言い始める二つの勢力に林士郎は目を閉じた。


「荒ぶる邪神だと?、そうしたのは一体誰だ?、誰だって力を奪われ狭いところに押し込められたら怒るだろう」


激しい雨に轟く雷鳴、あたかも空の彼方で巨大な女神が泣き叫んでいるかのようだ。


「・・・泣いている?、ベールが・・・」


古代の君主、誰も並び立てないならば誰が泣きたい時にそばにいてやれるのか、君主だろうが王だろうが、どんなときも近くにいるのが友ではないか。




友なき孤独、林士郎は古い思い出を回想し、瞑目した。


「ベールはどこへ・・・」



「おそらく神の存在しうる時空、この世界の裏側だろう」


幻想教団の言葉は、林士郎が一人ではベールと同じ場所に行けないことを示していた。


「・・・確かに他の世界へ行く手段は限られているが不可能ではない」


「何?」


「いつか話しただろう?、世界の真理を見る方法だ」


真理、そうだ、いつだったか幻想教団の連中が林士郎を勧誘した際、話していた言葉だ。


「君に宿った力と、我等幻想教団の古からの祭礼を合わせれば別の世界へ跳べる、が・・・」

言いづらそうに幻想教団は林士郎を見つめたが、しばらく押し黙っていた。


「問題が二つ、一つは神の存在する時空まで確実に行けるかはわからない、無数にある平行世界、地図がないまま樹海を彷徨うに等しい」



「もう一つは?」


「あちらに行けるのは力を備えた人間のみ、すなわち幻想教団の人間が誰も行けない以上帰還は不可能だ」



なるほど、しかしこの手段は一番誰にとっても犠牲は少ない。


「幻想教団、これで私を口封じする必要がなくなるな」


にやりと林士郎が笑うと、白装束はサーベルを彼に向けた。


「もっていけ、この聖剣ならば君を神の時空まで導くはずだ」


「良いのか?」


林士郎の質問に白装束は頷いた。


「構わない、バアル神を邪神にしたのは我等の責任、それしか手段がないなら、それにかける」


「話しはまとまったようだな?」


林士郎は両の瞳に決意の光を宿すと、しっかりとした調子で頷いてみせた。





「・・・(今行くぞ、ベール)」









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魔界国家ラガシュ、今日も魔界都市は平和である。

「平和ねー」

メインストリートを歩く新米騎兵ワイバーンのイゼベラは雲一つない青空を見上げながらそう呟いた。


「こんなよく晴れた日はいきなり雨が降って来たりして・・・」


直後に凄まじい雷鳴とともに暗雲が立ち込め、激しい雨が降り始めた。


「ひゃあっ!」


続いてあたかもガラスが割れるかのような音がして上空にバアル神が現れた。


「聞けっ!、魔界都市の同胞たちよ、妾はバアル、古代の神である、妾に傅き、ともに忌々しき神を討たんとするものはおらぬか?」


バアルの声にメインストリートの魔物たちは互いに顔を見合わせる。


「バアル?」


「神を討つとか行ってますよ?」


「出来るのかしら?」


「さあ?、わからないわね」


「とにかくダムド将軍に・・・」


「信じられぬのも無理なきこと、なれば妾はその武威を示し、お主らの心を捉えよう」


バアルは指先から雷を放つと、地面に大穴を開けて見せた。

あまりの威力と轟音に、メインストリートにいた魔物たちは慌てふためく。

「恐れるな同胞よっ!、お主らが望めばこの力はお主らの敵にのみ向けられる」

重く、同時に麗しいその声は、一国の主足り得るカリスマ溢れたものだ。


「さて、次は・・・」


続いて手を挙げると、雨が一箇所に集まり、滝のようになって河に流れ込んだ。


「妾の力はあらゆる箇所に及ぶ、さあ、偉大なる神の前に跪くが良い」


「ベールっ!」


もう一度ガラスが割れるような音がして、今度は空中から林士郎が現れた。


「エリヤっ!、なんと、追って来たのか・・・」



柔らかい泥の上に着地すると、林士郎は声を荒げる。


「神を討つことなどさせない、君をこれ以上孤独にはさせない・・・」


「・・・孤独じゃと?、何を今さら、頂点は常に一人、知らぬわけではあるまい」


バアルの言葉は無意識に頷きたくなるような力が込められていたが、林士郎は頭を振るって意識を取り直した。


「エリヤ、妾とともに来い、お主にはその資格がある、我が第一の衛士として、共に主神を弑殺し、みなが平等に暮らせる世界を作ろうぞ?」


すっと空中で右手を差し出すバアル、だが林士郎は首を振るってみせた。



「・・・エリヤ、そうか、お主のことは気に入っていたのじゃが、我が大義を阻むつもりならば・・・」


稲妻がバアルの左手に集まる。

「死んでもらうっ!」


指先から雷が放たれ、一直線に林士郎に向かって襲いかかる。


「っ!」


「ああっ!、危ないっ!」


雷が着弾する前に、ワイバーンのイゼベラが翼で器用に林士郎を抱えて民家の屋根に飛び乗った。


「・・・むっ!」


「ふう、危ない危ない・・・」


ゆっくりとイザベルは林士郎を離すと、身に纏っていた黒いコートを脱ぎ捨てた。


「あ、ありがとう・・・」

「・・・(何じゃ?、エリヤと他の女子が仲良くしておると、胸がもやもやする)」


明らかに機嫌を損ねたようで、目を釣り上げてバアルは雷を大量に放つ。


「ちょ・・・」


これはさしものワイバーンの機動力でもかわしきることはできまい。


「案ずるなっ!」


すっと林士郎が右手をかざすと、二人を覆い隠すような巨大な盾が現れた。

鏡のような表面に、縁には古代ギリシアの神の加護を受ける聖なる碑文が刻まれている。


「アイギスっ!」


盾は見事バアルの雷を弾くと、そのまま光とともに消滅した。

「な、何じゃ、お主のその力は・・・」



「ワイバーン、死にたくないなら私に力を貸して欲しい」


今度は林士郎の右手に素晴らしい穂先を持つ槍が現れた。


「はにゃっ?!」


「頼む、一人ではベールを止めることは出来ない」


目を閉じ、頭を下げる林士郎に、イゼベラはうっすらと赤面していた。


「むう、飛竜ごときが、エリヤと馴れ馴れしくするなぞ許さぬっ!」


巨大な雷が空中を走り、林士郎のすぐ前に炸裂した。





「はあっ!」



しかし爆炎の中、巨大な飛竜に跨った林士郎が飛び出してきた。


「行くぞ、ベールっ!」


「小癪なあっ!」


ワイバーンに跨り、空中を舞う林士郎目掛けてバアルは雷を次々と放つ。

イゼベラのほうは初の戦闘に慌てふためいているが、林士郎は落ち着いて雷を弾いていく。


「仙気集中・・・」


林士郎は槍を消すと、今度はバトルメイスを召喚した。


「ぜあっ!」


気合とともにバアルの放った一撃をバトルメイスで受け止め、弾き返して女神の矛を弾いた。


「うぬっ!」


「はあっ!」


間髪入れずにバトルメイスをバアル目掛けて投じる。


しかしこれは余裕を持ってかわされてしまった。


「甘いわっ!」


「どうかなっ!?」


だがバアルが意識を逸らした一瞬の隙に、林士郎は右手にポールメイスを握っていた。


「はあっ!」


鋭い突きは狙い過たずにバアルの腹部に命中、あまりの衝撃に女神は両眼を見開く。


「がはっ・・・」


「終わりだ・・・」


そのままイゼベラの背中を蹴って飛び出すと、バアルの腹部に乗った形のまま、地面に叩きつけた。








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「勝負あったな、ベール」

ポールメイスを突きつけ、林士郎は呟いた。


「馬鹿なこのバアルが、人間に・・・」


悔しそうに歯噛みするバアルだが、ダメージは極めて大きく、立ち上がることは出来なさそうだ。


「すべての人間に宿る内なる力仙術、噂には聞いておったが、まさかこれほどとはのう・・・」


仙術、それはあらゆる人間の心に宿る仙気を用いて自然を再現する異能。

林士郎の場合は金属を産み出す金遁仙術と鉱物を操る石遁仙術の二つを使いこなしている。

死に瀕し、生存本能を刺激された結果、眠っていた力が突然開花したのだ。


「ベール、一人で何でも背負いこむ必要はない、一人なら辛くとも、二人ならまだ楽だろう?」


「・・・エリヤ」


しばらくバアルは雨が弱まりつつある空を見ていたが、やがて瞑目した。

「エリヤ、最後に聞かせてくれぬか?、何故お主は妾の誘いを蹴った?、お主が協力すれば、妾は・・・」


「え?、そうだな・・・」









「やはり私はロリコンだったらしい」



「・・・は?」


一瞬、あまりにあまりな言葉にあらゆる時間が停止した。


「バアル神の姿よりベルゼブブの姿のほうが好みだった、だからバアル神の誘いを蹴った、というのはどうだ?」


「ふっ・・・」


目を開き、バアルはゆっくり体を起こした。


「そうか、お主はロリコンじゃったか、そうか、それは、断られてしもうても、仕方がないのう・・・」


かはは、としばらくバアルは乾いた笑い声を上げていた。

いつしか雨が止み、太陽が輝き始めた。


「ならば・・・」


瞬間バアルは、小さなベルゼブブの少女、すなわちベールの姿をとった。

「こちらなら、一緒に来てくれるかのう?」


ベールの姿を見て、林士郎はにやりと破顔して見せた。


「もし君が、神へ挑むのをしばらく見合わせるならば」


「お安い御用じゃ、お主が来てくれるなら・・・」



答えを即答すると、ベールは林士郎に抱きついた。

「いつまで見合わせても苦にはならぬ」


林士郎はベールの頭を撫ぜると、こちらを見ていたワイバーンのイゼベラに視線を移した。


「助けてくれてありがとう、君がいなければ私は負けていた、礼が出来るなら何でも言ってくれ」


林士郎の言葉に、イゼベラはにっこり笑った。




「それじゃあ、ね・・・」








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バアルとの戦いから数月、ラガシュの騎兵隊の中にはワイバーンに乗り、訓練に励む林士郎の姿があった。


「・・・ふう」


休憩時間、ベンチで休んでいると、相棒のワイバーンであるイザベルがやってきた。

「どう、慣れた?」


「まあまあ、だ」

イゼベラの推挙とバアル神討滅の功績から、騎兵中尉として着任してから日々訓練ばかり、だがもう元の世界には帰れないのだ、これも悪くはない。

それに今は盟友たるベルゼブブも、相棒であるワイバーンもいる、寂しくはない、むしろ充実した日々だ。

「ね、林士郎、私君のことがさ・・・」






「イーゼーベーラ!!!」


突如としてベールが空から飛来したが、明らかに急いできたようで、顔を真っ赤にしている。



「残念じゃが、エリヤは妾の一の衛士じゃ、お主には渡さぬぞ?」

「ふん、林士郎は私の相棒、私と一緒に一流の竜騎士になるだからっ!」


ばちばちとベンチの前で火花を散らし始めた魔物二人、彼女らを止めるため林士郎は立ち上がった。



「ほらほら二人ともその辺にしておけ」


ぽんぽんと二つの頭を撫ぜ、ゆっくりと林士郎は歩き始めた。

だが彼の心には前よりも余裕があった、追われ続けた男が、やっと安住の地を見つけられたのだから。






16/06/02 09:05更新 / 水無月花鏡

■作者メッセージ
みなさまこんばんは、水無月であります。

今回はベルゼブブのお話しを書かせていただきましたが、ベルゼブブと言うよりもバアル神のお話しのような気がします。

元ネタのベルゼブブの元はバアル神らしいので、元に戻るとどうなるのかなあ?、と思いながらつい勢いでやってしまいました、申し訳ありません。

しかしリアル世界のベル神殿は実はもうこの世にないようですので、ベールちゃんはバアル神には戻れないかもしれませんね、個人的にはベル神殿は行ってみたかったので残念です。

ではでは今回はこの辺りで。

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