第18章:水上要塞カナウス 後編 BACK NEXT


突然エルによって発表されたカナウス要塞攻撃の指示に、
その場にいた師団長たちは騒然となった。
そもそも海軍の支援がなければ攻略できないと言ったのは
ほかならぬエル自身だったからだ。
将軍たちの反応も大きく分かれた。

「やりましょう司令官!一回くらい攻撃しないと相手になめられちまいますぜ!」
「我が師団なら半日くらいあれば攻撃準備は整います。是非先陣を。」

乗り気な師団長もいれば…

「司令官…現状での攻略はいささか厳しいと思われます。ご再考を。」
「海軍の到着を待ってからでも遅くはないかと思われますが。」

消極的な師団長もいる。


「静まれ諸君。今回は本格的な攻勢ではなく、敵の手ごたえを探るための攻撃だ。
現状では敵がどれだけの力量を持っているのかを図る必要があるからな。
そのためにはまず……ファーリル。言っておいたアレ、結果は出たのか?」
「もちろんさ。じゃあみんなに今から詳しく説明しよう。」

そういってファーリルは例のごちゃごちゃと計算が書かれた羊皮紙を机の上に置く。
師団長たちも興味深々に羊皮紙を覗き込むが、何がなんだかさっぱりだった。

「うへっ…なんじゃこりゃ…」
「ううん……見てるだけで頭痛くなりそう。」
ディートリヒとテアが思わずつぶやいた。
「これはね、この地域の潮の満ち引きを計算したものなんだ。」
「潮の満ち引きですか!?」
「わかるんですかそんなこと?」
レミィとサンが反応する。
「カナウス要塞までの陸路はあの砂州一本だけ。だから攻め入る経路はあそこしかないんだ。
ところがあの砂州は砂の満ち引きの関係で、日によって道幅が違うんだ。」

ファーリルの説明はこうだった。
カナウス要塞と海岸は一本の砂州でつながっているが、潮の満ち引きによって
広くなったり細くなったりするため、陸路から攻撃する場合には
攻撃開始時刻だけではなく、攻撃の日を選ぶ必要もあるという。
潮の高さは月の軌道によって左右され、日によっては太陽の位置も影響し
大体、新月や満月の頃は大潮になり、弓張月(上弦または下弦)には小潮になる。
ただラファエル海は内海なので、そこまで驚くほどの潮位の変化はないのだが
海岸の形状が緩やかなため、干潟が出来やすくなっている。

ファーリルが計算したところ、大潮の日の満潮時には砂州は完全に水没してしまうが、
小潮の日の干潮時には砂州の幅が20メートルにもなるという。
攻撃するなら当然この日を選びたい。


「干潮と満潮は大体半日置きのサイクルがあって、しかも日によってかなり違うんだ。
今月は『火竜の月』(5月後半〜6月前半くらい)だから潮位の変化が緩やかで……
ま、結論だけ言うと四日後の三の刻が一番いいんじゃないかな。」
「なるほど、よくやってくれたファーリル。」
「それであなたはここ数週間、妙なことばかりやってたのね。」

ユニースの言う妙なこととは、おそらく海岸の測量や天体観察のことだろう。
月齢の観測をするため、ファーリルの行動は夜遅くになり、
日中は日中で観測結果の計算に没頭していたらしい。
彼だけ全く日に焼けていないのはそのためだった。

「諸君、聞いての通り、砂州の幅が最も広くなる四日後の三の刻に攻城戦闘を開始する。
ただし部隊はそれほど多くは投入できない。よって攻撃部隊は有志を募ることにする。
危険は大きいだろうが、参加部隊には多大な褒美と栄誉によって報いよう。
参加する師団長は明日の夕刻までに司令部に来るように。」


ファーリルが示したデーターは十字軍の将軍たちに少なからずやる気を与えることに成功した。
なにせチャンスは一ヶ月にたったの一度か二度であり、
そのチャンスはわずか四日後まで迫っている。

十字軍陣地はにわかに慌ただしくなった。










そして、この動きはカナウス要塞にいるアロンの元にも届いた。

「かしらっ!!大変だ!奴らの陣地が急に慌ただしくなりやがりました!」
「なんだと?ちょいくら確認するか。」

頭目の一人、マゴの報告を聞いたアロンは、
要塞の一番高い塔へ赴き、そこから十字軍陣地を観察する。
そこからは陣地の大体の様子が見て取れ、
今十字軍の兵士たちがあちらこちらに動いているのが見える。

「あいつらとうとう攻撃してくる気だな。しかも丁度この時期に。」
「どうしやす、かしら?」
「奴らが喧嘩をしたいっていってやがるんだ。こっちも受けて立たねえとな!」

アロンはその場で息を思い切り吸い込み…


「頭目ども!!今すぐ集合だ!!」


と、要塞のてっぺんから大声で招集をかける。彼らしいとても豪快なやり方だ。
彼の大声は要塞全体に響き渡り、聞こえなかった者は誰もいなかった。
居眠りをしていた下っ端は驚いて飛び起き、
水分補給をしていた操舵手は口に含んでいた水を甲板にぶちまけ、
お楽しみ中だった人と魔物のカップルも行為を中断したほどだった。
ましてやすぐ隣にいたマゴはたまったものではない。
さながら耳元でドラを打ち鳴らされたような状態だ。

「あ、あいかわらず…かしらの声、でけぇ…」

呼び出された頭目たちや関係者らは全力で頭領の館に集結した。





アロンが館に戻ると、すでに三人が待機していた。
そのうち二人はフランについてきた傭兵隊長のオーガ…ベルカと副長のアマゾネス。

もう一方は、いかにも海賊といった感じの軽装の女性。
彼女は女海賊で、頭目の一人でもある。名前はライチェという。

「かっしらー!なんか呼んだかいなー?」
「おうライチェ、はえぇな。他の奴らはまだか。」
「もうすぐ来るとおもうっさ!なんたってかしらの声は無駄におっきいからねっ!」

「あー、アロン。お前…いっつもあんな呼び方してんのか?」
ベルカが苦笑いしながら訊ねてきた。
「いつもってぇわけじゃねえんだが、
すぐに集めたいときにはこれが一番手っ取り早えぇからよ!」
「まったく、何事かと思って驚いたよ。」
「あっはっはっは!悪りぃ悪りぃ!」

とは言うものの、特段反省しているわけでもなさそうだ。
海賊は航海の時によく通る声を出さないと味方に命令が届かない可能性があるので、
必然的に大声を出す習慣が身についているのである。
アロンの地声は嵐の中でもはっきりと聞こえるほどだという。

ライチェの言うとおり、しばらくもしないうちに他の人たちも駆けつけてきた。
まず入ってきたのはフランと、彼女と共に昼食をとっていたアリアとフェオルだった。


「ご、ごめん!遅れたかしら!」
「ぜぇっ…ぜぇっ…アリアさん、速すぎ…」
「間に合った……かな?」

「だ、大丈夫かお前ら?そこまで急がせるつもりはなかったんだが。」

全力疾走するリザードマン…アリアの速度で共に駆けつけてきた
フランとフェオルの人間二人は肩で息をしている。

次に入ってきたのは


「いようアロン。忙しい時に呼んでくれたじゃないか。」

赤と白を基調としたやや派手な海賊の服を身にまとった、
立派な髭が特徴的な壮年男性だ。
しかも、重要な会議だというのに両腕に美しいネレイスを抱えており、
どこからどうみても色男そのものであった。

「忙しいっておめぇ、彼女らとヨロシクやってただけじゃねーのか。」
「愛する女性たちとのスキンシップは、何よりも優先すべきことだ。そうだろ?」
「はっはっは!違いねーや!でもよ、その愛する彼女らを守るためにも
ちょっとだけこのミーティングに付き合ってくれや。」
「ふっ、安心しろ。元よりそのつもりでここに来たんだ。」

彼の名はスクワイア。イル・カナウスの副首領を務める、アロンの右腕のような男だ。
そしてアロンが斧の実力者であるのに対して、スクワイアは素晴らしい剣の腕前を持ち、
そのサーベル捌きはカナウスでは右に出る者はいないという。

「おーし、わかってんなら大丈夫だ。あと、ミーティング中は
彼女たちを部屋の外で待たせとけってのもわかってんな。」
「…なあアロン。この二人は俺の彼女の中でも特に寂しがり屋なんだ。
たまにはずっとそばに居させてやってもいいじゃないか。そうだろ?」
そして空気を読まずに同僚の前でいちゃつき―
「よっしゃ!お前を一発殴る!二人とも、しっかりおさえてろ!」(←むっちゃ笑顔)
「じょーだんだよジョーダン!真面目にやるってば!」
そしてアロンに制裁されそうになることもしばしば。


「おうおうまたやってんなスクワイアの旦那。こりねぇな、そして爆発しろ。」
「女ったらしも程々にしないと、いつか本当に殴られるかもね。そして爆発しろ。」

最後に二人の頭目が同時に入ってきた。
一方はスキンヘッドで、アロンほどではないもののかなりの長身の筋骨隆々な男。
もう一方は対照的に男性にして早や身長が低く、さわやかな青年と言った雰囲気の男。

「アルクトスとロロノワもきたか。よし、これで全員がそろった。」

予想以上に早く全員がそろったので、アロンは満足そうな顔で集まった頭目全員を見渡す。
集まった頭目は―

副首領:スクワイア
船頭長:アルクトス
水兵頭目:ライチェ
水兵頭目:マゴ
水兵頭目:ロロノワ

それとベルカ傭兵団の四人とアロンを含めて十人がこの場にいることになる。


「実はな対岸に陣取っていながら今までうんともすんとも言わなかった
ユリスの腰抜け野郎どもが、ついに攻撃の準備をし始めた。
当然奴らが喧嘩を撃ってきたなら俺たちも買ってやるのが筋ってもんだが、
生憎俺らは奴らと直接戦ったことがねぇ。そこでだ……」

アロンの視線はベルカ傭兵団の面子に向けられる。

「なあベルカ、それとアリアとフェオル。簡単で構わんから
分かる範囲で奴らの戦い方みたいなのを教えてくんないか?」
「十字軍…もといユリス人の戦い方ねぇ。負け続けた私の考えなんかあてになるかねぇ?」
「勝ったも負けたも同じ、生き残っていれば経験さ。」
「それもそうか。」

ベルカ傭兵団たちはフェオル、アリア、ベルカの順に
それぞれの思った事を述べはじめた。

「なんつーか、一番厄介なのは『エル』っつう総大将だ。
あいつは自身も凄まじいつよさなんだが、それよりもあいつがいるだけで
不思議なことに率いてる一般兵士まで急に強く果敢になるんだ。」
「それに彼女の率いる兵士たちは訓練が徹底されてるの。
常に一体複数での戦いに持ち込まれちゃうから、正直戦いにくいわ。」
「あとは兵器だね。遠距離から攻撃できる兵器をいくつも持ってるんだ。
幸いここの地形はあんまり心配することはないかもしれないが、
下手に射程に入ると痛い目にあうな。現にオーガスト原野の戦いでは
それが原因で負けてしまったから。」

彼女たちの述べた情報はやや悲観的ではある。

「んじゃさー、弱点とかはないんかいな?」

身を乗り出して訊ねてきたのはライチェだ。

「弱点ね…そう、ね。やっぱり十字軍はいくら強くても全員が人間な訳で、
逆に言えば戦術で人間の弱さを補ってるようだから……」
「将軍さえ倒せば部隊は無力化するんじゃないかな?」
「それに泳ぎが得に上手いわけでもなさそうだ。」

彼女らの指摘したとおり、ユリアやミーティアなどやや人外もいることにはいるが
十字軍はほぼ全てが人間の集団なのである。よって魔物のように、
一部の環境に特化して対応するということが出来ない。
陸の上でしか生きられないし、暑すぎても寒すぎても戦闘能力は低下する。


「なるほどな。確かにこの地では海がある分俺たちが圧倒的に有利だ。
あんだけの数の暴力も、あの砂の道一本しかないから意味がね……」

と、ふとアロンは何か思い当ったようで、一旦話が途切れる。


「そういやそろそろ小潮の日じゃねえか?なあスクワイア。」
「おっと、確かにそうだな。月がそろそろ弓の形になってきている。」
「何!?ってことは十字軍は…」
「ああ、間違いねぇ。奴らは砂の道が一番広くなる日を狙ってやがったんだ。」

海賊国家のイル・カナウスでは漁を生業としている人も大勢いるため、
自然と潮の満ち引きを始めとする、海の気候に敏感だった。
また、もともと港湾都市レーメイアで市長をしていたアリアも、
こういった海の事象に大分詳しい。


「となれば、奴らが本格的に攻撃してくるのは3、4日後だな。
砂の道が一番広くなるのは大体朝食食べてすぐの時間か、夕飯食う前の時間。
いずれにしろ場合によっちゃ10人が横に並んでも余裕で通れる時もある。」
「潮が満ちるまで耐え抜けばなんとかなるよ。」
「ではかしら、いっそのことかしらのおかみさんの得意技で……、…、……うっ」
『!!』

ロロノワが何か提案しようとしたが、急に顔が青ざめて、具合の悪そうな表情になった。
ベルカやアリアは驚いたが、良く見れば頑丈そうな体のアルクトスもまた、
今にも嘔吐しそうに口を押さえている。


「すんませんかしら……、おいらちぃと気持ち悪くなってきたようで…」
「俺もです…うっ、くそっ……酔いが………」
「酔い!?」
「いってこいいってこい。楽になったらまた戻ってこい。」
「ほいじゃ…おかしら、っぷ…」
「うぐぐ……」

そのまま二人はお互いを支え合うように部屋から出て行った。


「アロンさん、彼らは…?酔いとか言ってたけど、二日酔いかなんかか?」
「いやな…あいつらは生粋の海賊だからな。小さいころからずっと
船の上や海ん中で生活してたから、陸に上がると陸酔いするんだ…」
「お…陸酔い!?揺れてないとむしろ酔うのか!?」
「なーに心配いらねぇ!一度吐けば当分は大丈夫だ!」
「はぁ……(変わった人もいるもんだな。)」


こうしてカナウスはカナウスでマイペースに作戦会議が進行していた。










「行くぞ!!続けーっ!!」
『ヤヴォール!!』

ワーワー

四日後、朝早くから十字軍の攻撃が始まった。
エル自身が先頭に立ち、カーターがすぐ脇を固め、さらに
その後ろからはリッツ率いる帝国親衛隊やティモクレイアの魔道士部隊が続く。

天気は雲一つない快晴、赤道に近いこの地域ならではの強い日差しが朝から照りつける。
海からの風が強いものの、並みは比較的穏やか。さらに、ファーリルが試算したとおり
カナウス要塞に続く砂州はいつもよりも格段に広くなっている。
まさに攻撃にはうってつけの日であった。


「奴らが来たっさ!ゆみへー、射撃よーい!!」
『オイーッス!!』

カナウス軍もライチェの合図で迎撃の手ぐすねを引く。
500mの距離をエルを先頭にあっという間に進んでくる十字軍。
彼らの射程に入るまでに、そう時間はかからなかった。

「はなてええぇぇ!!」
『ウーーッス!!』


バヒュヒュヒュヒュヒュヒュッ!!


無数の矢が十字軍に向かって放たれる。

「来たぞ!構えっ!」

先頭を進む帝国親衛隊は黒盾を幾重にも構えて飛来する矢を防ぐ。
エルやカーターは持っている武器で自分に当たりそうな矢を片っ端から弾いた。

「リッツ、いけそうか?」
「若干負傷者が出ましたが問題ありません。我々はこのまま進みます。」
「そうか……だが、無理はするな。」

精鋭の帝国親衛隊は盾を構えたままゆっくりと前進する。
それに対抗してカナウス軍もまた近付けさせまいと、矢を連射する。

「ライチェ!火鉢を持ってきてやったぜ!これで火矢を奴らに浴びせてやれ!」
「おっ、助かるさ、かしらっ。」
「よーし、ほんでもって俺たちは石弾を喰らわせてやるか!」

ヒュンッ!!ヒュルルゥ!ヒュヒュン!

「あつっ!あちちちっ!」「きゃっ!石がっ!!」
「畜生!盾がぶっ壊れたぞ!」「構えを崩すな!的になるぞ!」

ワーワー

アロンの用意した火鉢で火矢まで撃ち始めたカナウス軍。
さらに力自慢の海賊たちが、大きな石に縄をくくりつけて作った石弾を
ハンマー投げの要領で勢いよく放ってくる。
飛距離は大体40m、中には70mも投げる猛者もいる。
この猛攻を携行盾で防ぐことはさすがに難しく、帝国親衛隊の被害が急増した。


「エル司令官!これ以上歩兵は被害が大きくて進めない!」
「あいつら、石弾を使ってきやがったか……。カーター!可動防護壁を急がせろ!」
「まかせておけ、ケツをひっぱたいてでも急がせる。」

激しい攻撃にさらされた十字軍は、可動防護壁を運びこむ。
可動防護壁とは、複数人で運ばなければならないくらいの大きな盾で、
攻城戦などで飛来物から大勢の歩兵を守る際によく使用される一般的な兵器だ。
材質は作りやすく、持ち運びがしやすい樫の木製であることが多いが、
場合によっては耐久性に優れる青銅製の盾も使われる。
ちなみに材質ではジパングの竹を束にしたものが最も優れているとか。


木製可動防護壁が最前線に到達し、敵の矢や石弾が安定して防げるようになれば
次は攻城側からも矢をうちこむ番となる。
リッツの部隊の元に、ルーシェント率いる長弓兵が合流した。

「リッツ、助けに来てやったよ。」
「ふん…またお前と組む羽目になるとはな…、だが正直有難い。
いいかルーシェント、投石してきている海賊を優先的に狙ってくれ。
あいつらがいると可動防護壁の損傷が激しい。」
「おっけー、まかせときな。」

弓兵たちは素早く位置につくと、各々長弓をめいっぱい引き絞る。

「みんなー!狙うのは石をブン投げてくるマッチョたちね!そんじゃ、放て!!」

バヒュヒュヒュヒュヒュヒュッ!!


普通の弓より扱いに熟練を要すものの、射程が圧倒的に長い長弓(ロングボウ)は、
その射程は野戦でなんと300mを誇り、攻城戦においても城壁による高低差があっても
普通の弓よりも遠くから攻撃することが出来た。ただ、射出速度は遅い。
ちなみに、長弓を常用していると胸の筋肉に左右で著しい発達の差が生じてしまう。
特に全員が女性で構成されるルーシェント配下の弓兵は
「弓を撃つために片乳を切り落としている」という不名誉な噂が付きまとっているとか…


「おうおう、あいつら人間なのにやるなぁ!ちっと不便そうだけどな。」
「かしら、まずいさ!石を投げてる奴らがどんどん負傷しちゃうっさ!」
「ご心配及びませんわ。私に任せて。」

一方で、十字軍の攻撃で被害が出始めたカナウス軍では、
アロンの妻のリューシエが危険を承知で城壁の上に立とうとしていた。

「あの…リューシエ様、このようなところに来られますと危ないのでは?」
夫と一緒に戦っているスキュラが、安全なところに戻るよう諭すが…
「大丈夫ですわ。私にはこれがありますから。」

リューシエは、手に持った深い海のような色をした球―タイダルアクアマリンに
ゆっくりと魔力を込める。

「この球より溢れ出る海水で…皆さんを守るベールを作ります……」

フワアアァァ

球から放射状に薄い海水の幕が広がる。
広がった海水の幕は城壁に並ぶカナウス軍を包み込み、
十字軍から放たれる弓矢をことごとく阻止した。
これはリューシエの特技の一つである『シェードバリア』。
タイダルアクアマリンから無尽蔵に放出される海水に魔力を加えて幕にしたものだ。
薄いながらも、生半可な攻撃では破れない強さを持っている。


「おおぅ!さっすがリューシエちゃん!これで心置きなく攻撃に専念できるよっ!」
「あ…まてライチェ。今攻撃するとだな…」
「うてーーぃ!!」

攻撃されないことに気をよくしたライチェとその部下たちは一斉に攻撃を再開したが…


ヒュ……ヒュヒュヒュ………びちゃっ

「あのですね、自分たちの攻撃も防いじゃいますから、攻撃する時だけ外に出て下さい。」
「味方の攻撃まで止めてどーすんのさっ!?」




攻城戦が続き、半刻が経った。
時間的にはそろそろ潮位が一番低くなる時間帯だ。

「エル、敵はどうやらシールどのような魔法でこちらの攻撃を防いでくるようだ。」
「だが奴らも攻撃するにはシールドの外に出るほかあるまい。そこを狙い撃ちにしろ。
思いがけず敵の抵抗が弱くなってきている。ルーシェント、後方部隊に合図を。」
「アイアイサー!」

エルの指令を受けて、ルーシェントが合図の火矢を頭上に放つ。
いよいよ本格的な作戦が開始される。

火矢の合図は、海岸で待機していたユニースに届く。


「エルからの合図があったわ!私達も出撃よ!」
「了解!」「お任せ下さい。」

彼女の率いる部隊は、合図と共に一斉に砂州へ殺到する。
ただ、大半の兵士たちは手に武器ではなく…砂が入った小麦袋や運べる大きさの丸石を持っている。

「エル司令官やカーター軍団長が敵の攻撃を引き受けてくれている!
今のうちに急いで埋め立てるんだ!」

ワーワー


十字軍の本当の狙いは攻城ではなく、砂州を埋め立てて道を広げてしまうことだった。
そのために大勢で作業しやすいように一部で敵を釘づけにして、その他の兵士たちで
一片に工事してしまおうという魂胆だ。
十字軍の兵士たちは次々に土嚢や丸石を砂州とその両側に投げ込んでゆく。
何しろ万単位の人の数である。次々と投げいれられたものがあっという間に足場を形成した。



「かしらっ!奴ら…海の道を広げてるさー!」
「ちっ、あいつらの本当の狙いはそっちかよ!この要塞が陸続きになったら
俺たちは終わりだ!アルクトスとロロノワを出撃させろ!何としてでも止めるんだ!」
「ガッテン!!」


アロンも、そうはさせまいとアルクトスとロロノワに出撃を命ずる。

二人の頭目もまた海の魔物を妻に持ち、海の中で生活することもできる。
よって、彼らは船に乗って戦う以外にも、海の中で自在に戦う術を持つのだ。

「ではロロノワ、俺は東側から回り込む。お前は西側からだ。」
「おう、わかった。アルクトス先輩も気ぃつけろよ。」

彼らは、同じく海で自在に動き回れる海賊を100人ずつと、
共に戦うネレイスやメロウ、スキュラなどを連れて砂州の左右から十字軍に近付く。
そして…


「魔物だ!海に魔物がいるぞ!作業している兵士たちを守れ!」
「慌てないで、確実に迎撃するのよ!」

作業している十字軍も彼らの存在に気が付く。
しかし、気が付いたからといってすぐに反撃できるわけではない。
何しろ相手は海の中にいる。相手から近付いてこないと手が出せない。


「攻撃だ!いくぞー!」
『ウーッス!』

カナウス軍奇襲部隊はまず、海から弓を放って十字軍をけん制する。

ピュンッピュンッヒュヒュンッ!

「矢を射かけてきたわ!盾を用意して!弓を使える兵士は反撃を!」

幸い奇襲してきた海賊の数はそれほど多くなかったため、被害は微量だったが
矢を避けるために、狭い砂州の上で兵士たちの動きが若干乱れる。
ユニースは武器を持っていない兵士を素早く下がらせ、戦闘要員を前面に配置する。
しかしながら、こちらの放つ矢はカナウス軍が海に潜ってしまうと全く無力だった。
その上、少しでも隙を見せようものなら……

ちゃぽっ    シュルル………


「うわっ!?足に何か絡みつい………ってうわあぁぁっ!?」
「どうしたの、戦友!?」
「気をつけて!足元に敵が来てるよ!海に引きずり込まれる!」

男性兵士はスキュラやマーメイドによって連れ去られ、
女性兵士はネレイスによって海の客となってしまう。

足元の海から奇襲攻撃を仕掛けた魔物娘の中には野生の魔物も大勢混じっており、
自分の彼氏を得ようと積極的に群がってくる。
この海から押し寄せる脅威に十字軍兵士たちは動揺してしまっている。

ただ、さすがに十字軍の数が多すぎると思ったのか
アルクトスとロロノワはそのまま白兵戦に移行することをためらった。

「さすがに…今切り込んでも返り討ちにあうだけかもしれんな。
俺たちの目的は奴らの工事を阻止することだ。わざわざ切り込む必要もあるまい。」

勇気と無謀は違う。熟練の海賊である彼らは、そこのところをわきまえていた。




「ああもう!じれったいわね!だけど今は落ち着かないと…!」
「まったくですねっ…、なかなか倒せません!手槍も一向に効果がありません…」

ユニースと、軽歩兵を率いるエレインは
陸とは勝手が違う海辺の戦いに大分苦戦を強いられている。
物理攻撃では海の中へ攻撃する手段は殆どないことが、主な原因だった。
そのせいで砂州の強引な拡張は遅々として進まない。
このままでは時間が経つにつれて潮が満ちてきてしまい、
作戦は不十分に終わってしまう。


「もし、ユニース軍団長。」
「どうしたのサエ?」

ここで、騎兵魔道士部隊を率いている(現在下馬して戦闘中)サエが
ユニースにとんでもない提案をしてきた。

「海に引きずり込まれて生死不明の兵士たちには申し訳ありませんが、
強力な雷魔法を放って、敵を感電させることもできるかもしれません。」
「あっ…確かにそれはかなり有効ね!」
「で、ですがユニース様!それでは生きているかもしれない味方まで…!」
エレインは味方まで巻き込むこの方法に消極的だった。
「エレイン、あなたの気持ちも痛いほど分かるけど、海に引き込まれた兵士たちは
いずれにしろもう助からないわ。」
「確かに、ユニース様のおっしゃる通りかもしれません。」
「辛い選択だけど、これ以上犠牲を増やしたくないから。サエ、お願い。」
「承知いたしました。」


ユニースの決断を受けて、サエは指揮下の部隊に普段は使わない
やや上級の雷魔法…『サンダーストーム』(超遠距離攻撃が出来る魔法)
を装備させる。

「さあみなさん。今はモッタイナイと言っている場合ではありませんよ。
高い魔道書も使わないと意味ありませんからね♪では、攻撃開始です。」

若干の詠唱時間。
その中で、師団長のサエだけは彼らよりも
さらに上級の魔法…『サンダーリレー』(命中すると近くのユニットにも拡散する魔法)
を、兵士たちの半分にも満たない時間で詠唱を終える。

「撃て(フォイア)!!」


ビシャアアアァァァッ!!バリイィン!!



「きゃああああぁぁぁっ!?」
「あばばばばばばば!?」


効果覿面。
海に降り注いだ高威力の雷魔法は海の中の敵に対し、無差別に多大なダメージを与えた。
サンダーストームの魔法は詠唱と同時に目標に正確に当てる技術も必要だが、
今回のように海の中にいる敵には大体の位置に撃つだけで被害を与えられる。
特に海水は不純物が多く混じっているので非常に電流を通しやすい。
海水浴に行く際は落雷に合わないよう注意すべき理由はこういったことがあるからだ。


「く、くそぉっ!雷魔法とは…ぬかったぜ………。大丈夫か……ミュニ」
「私は………大丈夫…、でも……ロロノワが………。」
「おいらのことは…心配、ない。でもさすがにこれ以上来たら……」

ロロノワとその妻のサハギン、ミュニも直撃は免れたものの、味方の被害は甚大だった。
感電死した海賊の数は数知れず、群がってきた海の魔物たちまで攻撃に巻き込まれ、
海面に無数の死体が浮いている光景はロロノワ達をぞっとさせた。
それがほぼ全部味方(中には海に引きずり込んだ十字軍も含む)だからなおさらだ。

「みんな、これ以上はもう危ない!退こう!」
『う……うーっす』


海からの奇襲も頓挫した。
脅威が去った十字軍は再び砂州の埋め立てと、城壁への攻撃を続行した。


「城壁まではあと20m…ってとこか。」
「ふむ、まさかここまで前進できるとは思っていなかったが、
これも兵士たちの奮闘のおかげだ。」

相変わらず最前線で指揮をとっているエルとカーターは、
ついに城門までもう少しの位置まで前進していた。
彼ら二人は可動防護壁に隠れようともせず、
飛来物をはたき落としながらの前進だった。

一応二人の実力ならばどちらか一方が突進して強引に門を破壊することもできるが、
それでは兵士たちが付いてこれないし、下手をすれば飛来物の
集中攻撃で負傷する可能性もある。


「リッツ、親衛隊の被害はどうだ。」
「まだ何とかなると思いますが、負傷兵が目立ってきました。」
「傷薬の携行量は?」
「そろそろ底をつくかと。」
「そうか、難しいな。そろそろ潮が返る時間が近づいているし…」
「城門への攻撃は厳しいだろうな。」
「ルーシェント、矢の残弾は?」
「私はもう持ってきた矢を撃ち尽くしました。他も、そろそろカツカツかな?」


攻城部隊は余裕のない戦いだったが、カナウス軍もそろそろ苦しくなっていた。
十字軍は思った以上にしぶとく、なかなか数を減らせない。
このままでは城門に到達される恐れもあった。


「連中なかなか手ごたえがあるじゃねぇか!こんな強敵初めてだぜ!」
「しぶといっさね!ちょいとばかし苦戦気味っさ!」
「だがそれはあいつらにも………うん?あれは…」

城壁の上からアロンが見たのは、アルクトス・ロロノワチームの頭上に落ちる
激しい落雷魔法だった。アロンの顔がやや青ざめた。
海であれだけ強力な電撃を喰らえばひとたまりもないことは、
当然彼も理解しているわけで……


「雷魔法…それもあんなに撃ちやがって!冗談じゃねえぞ!?」
「奴らめっ!なんてひどいことしやがるさ!」
「マゴ!急いでアルクトスとロロノワを救出して来い!」
「ガッテン!!」


幸い、アルクトスもロロノアも生きて帰ってくることが出来た。
しかし、戻ってきた海賊は半数にも満たず、大半が瀕死の重傷だった。

「う…す、すんません…かしら。へましちまいました……」
魔法の直撃を浴びたアルクトス。それでも彼は持ち前の耐久力で何とか耐えた。
「大丈夫だ、お前はまだ生きてる!ゆっくり休んでいてくれ!」
「ありがとう……ございます。」

命からがら戻ってきた部隊は、全員が病院に運ばれた。
人魚の血を摂取している彼らは、休めばいずれ自然に治癒するだろう。


「んでもって奴らはまた埋め立て再開してるっさねー。」
「ああ、まいったなこりゃ。こうなったら奥の手使うっきゃねえな。」
「奥の手?」
「リューシエ。」
「はい、なんでしょうあなた?」

アロンはシェードバリアーを張っているリューシエに
一発逆転の望みを託すことにした。

「悪ぃが……もう二度とやらんって言ってたアレを、やってほしい。」
「アレをですか。ううん、仕方ありません、今回ばかりは緊急事態ですし。」
「辛いと思うが頼んだ。」


なんとしたことか、リューシエは維持していたシェードバリアを消してしまった。
カナウス軍を守っていた海水の幕はただの海水となり、防御効果が消失した。

「か、かしら!どうして!?」
「いいかお前ら!しばらくは自力で敵の攻撃から身を守れ!
いま、リューシエが奴らにとっておきのをお見舞いするからな!」




リューシエの持つタイダルアクアマリンがより強く輝き始めた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ちなみにアロンの声はエルにも聞こえた。

「とっとき…だと?嫌な予感がするな。」
「おいエル、見ろ!奴らを覆っていたバリアーが消えたぞ!
リッツ!ルーシェント!ティモ!今の隙に片っ端から狙い撃て!」
「了解。」「アイアイサー!」「やりましょう!」
「待てカーター!今日のところはもう十分だ。いったん引くぞ。」
「ふん、それもそうだな、無理して攻めることもないしな。」
「退却だ!攻撃を終えろ!」

ワーワー


もはや色々な意味で潮時と見たエルが退却命令を出す。
彼の命令によって後方の部隊から順々に砂州から退却していく。

しかし……

砂州の上で戦っている十字軍は一度に全員が退却できず、
特に前線の部隊は後ろの部隊が退かないと、進退がままならない。
退却がスムーズになるよう訓練してはいるが、どうしても時間がかかる。

順調に退却してゆく十字軍に、今まで体験したことがない脅威が迫っていた。


「ユニース様!!」
「どうしたのエレイン?そんなに慌てて?」
「あれを!あれを見て下さい!!」
「なっ!!??」


ズザザザザザァァァァァ


後方部隊を指揮していたユニースが見たのは

自分たちに迫りくる巨大な『波』だった。


「総員!!全力で撤退しなさい!!」
「津波よ!津波が来るわ!」

ワーワー


十字軍は、開戦以来初めて大規模な混乱状態に陥った。
迫りくる大自然の脅威に兵士たちは右往左往し、列を乱して逃げ出している。
今までスムーズに退却していた秩序ある軍隊の姿は面影もなく、
味方をふんずけてでも脱出を試みる兵士たち。
百人隊長や部隊長たちは必死で部下の統率を試みるが、
成功したところはごくわずかであった。


「クソッタレ!とっておきとはこれのことか!!」
「まずいぞエル…このままだと俺たちは津波にのまれる!」
「落ち着け!少しだけなら対策はある!ティモ!」
「はっ!お任せ下さい!」

エルの命令を受けたティモクレイアは、
首にぶら下げている伝達用水晶を手に取ると、

「こちらティモ。リノアン師団長、サエ師団長、ミラリィ師団長、応答願う。」
「…リノアン応答。」「サエ、応答しました。」「ミラリィです、応答しました。」
「左右から迫る津波を氷魔法で凍らせて下さい!今すぐに!」
『ヤヴォール』

「ティモ!急げ!」
「わかってますって!―《詠唱省略》―『コキュートス【絶対零度】』!!」


ピキィィィ……


ティモクレイアを始めとする魔道士系師団長らは、
部下の魔道士たちと共に津波に向かって凍結魔法を放つ。
巨大な波を凍らせるのは難しい。全員必死だった。

「おお!!波が凍ったぞ!」
「みんな落ち着いて!今なら波は来ないわよ!」

ワーワー


魔道士たちの活躍によってなんとか大波は凍りついた……ように見えた。

ところが……一か所だけ凍結しきれていない個所があった。
波の圧力がその一点に集まり、そして……


バリン

ザバアァァァァァ!!


「し、しまった!凍結しきってないところがあった!」
「うそっ!?そんな……み、みずが!」
「わああぁぁぁぁ!?」

波を凍らせて作った氷の通路の一角で大規模な浸水が始まり、
再び十字軍は恐慌状態に陥った。
砂州で戦っていた約2000人の兵士たちと、埋め立てをしていた多数の兵士は、
たちまち海水にのまれた。



この様子は十字軍本陣からも確認されていた。
留守を預かったファーリルは、急いで飛竜兵部隊を全員集めた。

「シモン、カステヘルミ、イシュトー。急いで彼らを救出に行って来て!」
『応!!』

飛竜兵は一斉に飛び立ち、味方の救出に向かった。
急いで救出に向かわないと出来死者が出たり、追い払った海の魔物が
再び寄って来て兵士たちが連れ去られてしまうかもしれない。

「ファーリルさん、私もエルさんを助けに行ってきます!」
「お願いしますユリア様!」

ユリアもいてもたってもいられなくなり、エルの元へ飛んでいった。



その、エルのいる最前線は悲惨そのものだった。
突然の浸水で足元は非常に不安定になり、無防備そのもの。
おまけに城壁の上からはカナウス軍が矢や石弾を放ってくる。

「いけない…このままだと魔女の鍋(俎板の上の鯉と同意)だ!」
「ぺっぺっ!口の中に海水が入っちまった!しょっぺ!」
「くそっ!リッツ、無事か!?ルーシェント!」
「司令官…まずいことになった。」
「なんとかティモが魔法障壁で少しは防いでくれてますけど…」
「私だけでは防ぎきれません!」

しかも、足元の水位は上昇し続けている。
既に可動防護壁は用をなしていないため、なんとか気合で盾を構えるしかない。


ザッパーン!!


「うおっ!?」「わあっ!」

再び急激な水位の上昇。もうこうなると溺れないようにするだけで必死だ。


「くそったれ!やられっぱなしで済まされると思うなよ!!」
「おいエル!何をする気だ!」

何を思ったか、エルは浮いていた十字軍の旗を引っ掴むと、
降り注ぐ矢や石を回避しながら強引に城門の方に泳いでいく。



「かしらっ!あの女、こっちに泳いできてるさ!」
「なにもんだあいつは?」

エルは気合で20mの距離を泳ぎ、なんとか城門に到達。
カーターもなんとかエルについてきている。


「無理するなエル!お前までやられたら元も子もないぞ!」
「もうすこしだ!せめて…これだけは!………えいっ!」

ドカッ!

「何て奴だ!俺たちの城門に旗を突き刺しやがった!」
「驚きっさね!」


エルは持てる力を振り絞って、
十字軍のエムブレムが描かれている旗を城門に突き刺した。
海水に浸かってぐっしょりと濡れた旗は、なぜかとても誇らしそうに見えた。

「満足した。」
「無茶するなお前も。だが、また少し戻らないとな、飛竜兵たちが今救出に来ている。
俺たちの部隊を助けるために必死に矢の中をかいくぐってきているんだ。」
「そう……だな。」


ヒュウウゥゥン



「エルさん!!」
「あ…ユリアさん。」
「なんて無茶なことをしているんですか!私…心配しましたよ!」
「おーおー、エルがユリアさんに怒られてる。珍しいこともあるもんだ。」
「カーターさん、今はそれどころでは……」
「危ない!」

ピシッ! ピシィ!

カーターがユリアに飛んできた矢を鞭ではじいた。


「退却だな。エル、ちょっとじっとしててくれ。」
「ん?何をする気…っておおお!?」

突然エルを抱えたカーター。(しかもお姫様抱っこで!!)
そしてカーターをユリアが掴んで、二人を海水から引き上げる。
ユリアの背中には、カンパネルラ攻略の時に披露したあの大きな魔法の羽が出現していた。


「ふう、一時はどうなるかと思ったが…ユリア様、ありがとうございます。」
「いえいえ、二人ともよくご無事で。」
「ユリアさん、最後にちょっとだけよろしいですか?」
「エル、まだ何かやるつもりか?」







一方で、この光景に城壁の上にいたカナウス軍は唖然としていた。
ただでさえエンジェルが出てきて、巨大な羽をはやしたというだけでも驚きなのに、
水も滴るいい男が全身びしょびしょの美人を抱えている事態に、
全員が見入ってしまっていた。


「おい、お前らの大将はどいつだ?」
「…おう、おれがアロンだ。女性にしてはずいぶんと荒い口調だな?アマゾネスか?」
「じょ…じょせい……っと傷ついてる場合じゃない。
アロンとか言ったな。俺が十字軍総司令官のエルクハルトだ。」
「何!?お前が総司令官なのか!?」

まあ、アロンが驚くのも無理もないだろう。
どこの世界に自分から前線に突っ込んで、あまつさえ一人で城門に旗を立てようとする
女性の総司令官がいるのかと。(ここにおるぞ。)


「今日は俺たちの負けだ。だがな、これからたっぷり時間をかけてこの要塞を落とす。
今城門に突き刺した旗はこの門まで再びたどり着いたときに引き抜きに来るからな。」
「おう、いい度胸じゃねえか!!気にいった!!またいつでも攻めてこいよ!
売られたケンカはもれなく買ってやるぜ!それが俺たちカナウス海賊団だ!」
「え、エルさん…そろそろ帰りましょう。」
「そうですね。じゃ、またねっ♪」


こうして意外な形で実現した大将同士の直接対話は、3分も持たずに終わった。


先ほどのエルのパフォーマンスは、味方の囮であった。
リッツ、ルーシェント、ティモクレイア達は無事飛竜兵に救出され、
なんとか本陣に戻ってくることが出来た。
その他の将軍も、全員生存して戻って来られたのだが、
大波攻撃によって溺死した兵士は400人以上という少なくない損害を被った。
負傷者も多く、特に最前線にいた帝国親衛隊や長弓兵たちは三分の一が負傷していた。


なお、エルとカーターが本陣に戻った際、
カーターがエルをお姫様抱っこしたままだったため、兵士たちは騒然となり
特に女性兵士や将校たちはにわかに色めきたったという。


……これが、後の十字軍合同文化祭の発端になったともいわれている。





「お疲れさまでしたエルさん。」
「ええ、まったくです……。」

攻撃軍を解散させたエルは、濡れた衣類を着替えて今はユリアに髪の毛を拭いてもらっている。
疲労は感じられないが、念のためゆっくり休むことにした。

結局、土嚢や石を使って広げた砂州も大津波で部分部分が流されてしまったが、
得る物もないわけではなかった。

「次の攻撃は、また一ヶ月後でしょうか?」
「恐らくそうなるでしょうね。気の長い話ですが、また睨み合う日々が続きそうです。」
「そうですか。ですがエルさん……」

髪の毛を拭いていたユリアが、後ろからエルに体重を預けてくる。

「次に無茶をする際には、私もご一緒させて下さいね♪」
「あ、止めないんですね。」
「ふふふ、エルさんのことです。私が止めても無駄でしょうから。」
「何でもお見通しってわけですね(汗」
「ええ♪私は……いえ、何でもありません。」
「?」


みんなの役に立つよりも、エルのためだけに……
出かかった言葉をユリアは直前で呑みこんだ。
言ってしまったら…きっと…




一回目の攻城戦は十字軍の敗北に終わった。
次の攻撃はいつになるか分からない。
それまで両軍は、再びにらみ合いを続ける。


一ヶ月後、海軍が到着するその日まで……

11/11/11 15:16 up

登場人物評


リューシエ マーメイド30Lv
武器:タイダルアクアマリン
アロンの妻のマーメイド。いつも笑顔を絶やさない、優しい性格。
海水を操る術に長けていて、昔は村をいくつも水没させていたとか。

ライチェ パイレーツ19Lv
武器:レイピア
カナウス軍の女頭目。主に陸上戦闘で軍を指揮し、上陸戦を得意とする。
その陽気な性格と独特な口調から友達が多く、魔物娘ともよくつるんでいる。

マゴ  パイレーツ20Lv
武器:銀の斧
頭目の一人。頭目たちの中でも比較的穏やかな性格で、やや地味。
また、釣りの名人でもあり、得意技はマグロの一本釣り。

アルクトス ベルセレク23Lv
武器:キラーアクス
頭目の一人。筋骨隆々でスキンヘッドないかにも頭目と言った風貌。
海軍の船頭たちの隊長でもあるが、陸に上がると陸酔いする。

ロロノワ  パイレーツ16Lv
武器:エストック
頭目の一人。見た目かなりの若さだが、人魚の血の効果で実際は30歳以上。
水中からの奇襲が得意で、船の底に穴を開けることもできる。そして陸酔いする。

ミュニ  サハギン8Lv
武器:銛
ロロノワの妻のサハギンで、海水にも適応している。当然のごとく無口無表情。
水の中にいると、ダメージが少しずつ回復する体質を持つ。そして陸酔いする。



マゴ「余談だが、俺たちイル・カナウスの住民は昔っから
名前のバリエーションが少ないんだよな。
軍の中だけで『マゴ』っつう名前の奴は40人もいるし、
『アロン』っていう名前の海賊も10人そこらいるんだ。
覚えやすいがややこしいったらありゃしねぇ。

あ、こんな話なんてどうでもいい?そりゃ失礼。
モブのあっしが言うのもなんだが、次回も楽しみにまってろよ!」

バーソロミュ
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