読切小説
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己は傘
己の主人は、己をいつも持ち歩いていた。
己は主人が五つの頃に、主人の父が作った、失敗作の傘だったのだが、主人は己を気に入ったのかいつも持ち歩いた。



五年も使われた己にとって、それは嬉しいことだった。
傘など雨の日にしか使わないものだというのに、主人は己をいつも背中に差して歩いて、走って、時には転んで。
そんな主人を常に見れる己は、とても嬉しかった。



己が主人に使われて十年経った。
穴の空いた己の傘(からだ)、雨の日にこそ役には立たなかったが、晴れの日や曇りの日には穴から空を覗くのが、主人は好きだった。
日除けにもなる己が便利だと、笑われる度に言っていた。



十五年も己を持ち歩くことで、主人は『傘持ち』と呼ばれる侍になった。
未だに己を背中に差して、もうボロボロになって小さくなった己をまだ扱う主人は、本当に己を大切にしてくれている。
いつのまにか己二つでも届かなくなった主人の背は、とても暖かい。
時に、腰に差した刀を見て己は少しだけ嫉妬してしまう。
己の方が遥かに長い時間を主人と過ごしてきたのに、何故使い捨てになるような刀ごときが己と同じくらいの時間を主人とぴったりくっついているのか。



二十年。
己は最早、傘とは言い難い程に、至るところを修理されていて、最初の赤い傘紙は継ぎ接ぎだらけで、二年前に治されたばかりの骨組みは腐り始めている。
主人はそれでも己を捨てない。
刀も、十七年前に侍となってから初めて買い換えたものを使っている程だが、最早己は。
主人よ、何故己を使ってくれるのか。
……己は傘だ。
だから古くなったら棄てられて当然の存在。
だが主人は、二十年以上、己を使ってくれた。
もう、それだけで嬉しかったのに、主人は未だに馴れない手つきで、ボロボロこ己を修理する。
泣きながら――「すぐ、直すからな」と、己の開いた傘紙に涙を溢しながら。
主人の涙は、雨よりも重く、冷たかった。



二十五年。
主人がいなくなってしまった。
突然やって来た鎧の男達に連れていかれた。
己はそのままそこへ、刀と共に取り残された。
時に来る鼠や、猫に遊ばれて……鞘に守られてもいない己は、酷く醜くなった。
だが己はそれもいいと思ってしまう。
このままここで朽ち果てれば、もう思い残すことはないから……。

「……うん?」

二ヶ月が経ったとき。
……誰だ?
己が見れば、そこにいたのは、緑色の鱗が生えた蛇のような下半身をした、妖怪。
主人にでも用があったのか、生憎だが留守だ、と言っても聞こえるわけがないが。

「澄んだ妖力を感じてきたのだけど……あなた、大事にされていたのね」

そして妖怪は爪で己を摘まむと、何か呟いてまた己を置いた。
何をしたかはわからない、だが己の体に、変化が訪れていることがわかった。
骨組みの体は人の手足になった。
傘紙は己の頭に乗って、視界が主人の背中に背負われたときと同じになり、妖怪は少し驚いたが、すぐに微笑んだ。

「どう? 気持ちは?」
「……己は」
「妖力を込めたのもあるけど、本当に御主人様が好きだからなれたの。そうだなあ……唐笠おばけ?」

己の体。
確かに女になっているが。

「突然だけど、貴方の御主人様、もうすぐ奉行所で死罪になるかも」
「なっ!!」
「理由はわからないけど。早く行かないの?」
「……だが己は」
「大丈夫! 唐笠おばけだから、ほら」

そして妖怪は、己を押した。
己は自信などなかった、だが主人を失いたくはない。
己はなんとか走って、うろ覚えの道順で奉行所へと向かう。



奉行所に着くと、己は直ぐ様主人を探した。
すると奉行所の役人に必死に頭を下げる主人がいた。
だがただ顎を上に向けて、隣の刀を持つ男へと何か指示を出す。

「主人っ!!」

己は見物人を踏んで、主人の前に降り立った。
刀を持つ男は驚いて尻餅をついた、だがすぐに体勢を立て直して己へと刀を向ける。
だが己の傘が、頭の傘が目を開き、己と主人を覆った。
その瞬間に聞こえたのは、刀が鉄に弾かれるような音と、男の悲鳴だった。

「……お前、傘丸か?」
「傘丸……? ……ん? 己か?」
「そ、そう、多分な。菊の柄があったし、継ぎ接ぎの模様だったから間違いないと思ったが……」

己は傘丸と言う名前だったのか……。
二十五年と二ヶ月、知らなかったのだが。
だが主人は、己の頭を撫でてくれる。

「そうか、妖怪になったのか……。や、やはり何か恨みが……?」
「と、とんでもない!! 二十五年と二ヶ月使われたのだ、傘としては本当に感謝しているぞ己は!!」
「そ、そうか。ところで……ここからどうしたら出れる? 私はその、弁明に来たのだが。火事を起こしたと……うおっ」

気づけば。
己は主人の背中に、抱きついていた。

「……れる……」
「え?」



「己を、まだ大切にしてくれると、約束してくれるなら、恐らく、出れる……」



「……勿論だとも!」

己を背負い直して、主人は開いた傘の穴から外に出る。
周りで待機していたのであろう、火縄銃を持つ男達に頭を下げ、己と主人は奉行所から出て、家で刀を拾ってから、町を出た。
未だに、己は主人に背負われたままだ。

「さて。何処にいけばいいか」
「主人の行きたい場所ならば、己は何処にでも」
「そうか。それで、いつ降りるんだ?」
「……その刀を差している間はずっとだ」
「ははは、手厳しい」

と、頭にいつの間にか戻っていた傘の穴から、ふと青空を見てみると。
そこに、緑色の龍が珍しく飛んでおり、主人はおおと感嘆の声を漏らした。

「お前が妖怪になり、龍も見れるとは。これは後に物凄いよいことの起こる前触れだな」
「……ああ、主人」

あの龍をどこかで見たなと思いつつ、己は主人に背負われながら、これから先のことを考えたのだった。



***



そして。
唐笠おばけの傘丸は、主人と共に何処かへ消えてしまった。
だがもしも、少女のような妖怪、傘を被った妖怪を背負った侍を見かけたら。
そのときは、この話を思い出してほしい。
14/07/05 20:00更新 / 且元やさみ

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