連載小説
[TOP][目次]
第十九話 吹雪と夢に見た再会
ナンナとの会合からさらに一週間、俺たちはかなり南下して、大分クルツ領域に近づいてきていた。ガラグナ領の南端にあった町からさらに南に向かっていくと、地元の猟師しか入らない山に入る。
とはいえその地元の猟師の一家は内乱によってまだ若い息子一人しか残らず、さらにその若い息子も一年ほど前に突然姿を消したのだという。
そういうわけで今ではその山に立ち入る人間はおらず、俺たちが侵入するには都合がよかった。解除された後の罠があちこちに放置してあることを考えると、どうやら行方不明になった最後の猟師は拉致されたりしたわけではなく自分の意志でいなくなったらしい。
「この森の先にクルツがあるんですよね?」
「そうらしいです……しっかし……」
ふもとの村から半日以上歩きとおしたところに、クルツの住民のための休憩や宿泊のための施設があると昊から聞いたが、そこまで本当に半日以上歩いているのにまだつかないのはどういったことだろうか。
方角を間違えているのかもしれないと思い、椎奈様から貰ったコンパスとナンナにもらった地図を確認してみる。とはいえ、現在地がわからない以上気休めでしかないわけだが。
「……気配がします、人間の男性で、結構強いです……」
英奈さんがそんなことを言い出した。
「………どっちからです?」
「あちら……一人ですが油断ならない相手ですよ。」
英奈さんが指さした方角に向かってみると、そこには大きな、宿のような建物が建っている。そしてその門前には、細い棒を持った若い赤髪の男が座っていた。
「……ソラと同じ服、君がフブキかな?」
若い男は俺に向けて棒を向けて言った。
確かに、結構強いのがわかる、そこまででたらめじゃないけど、それでも並みの人間では一瞬で倒されるレベルの強さはあるだろう。
俺とどっちが強いのかは、残念ながら一見ではわからない。
「僕はハロルド、父さんとソラに頼まれてここで君を待ってたんだ、クルツに案内するよ、ついてきて。」
そう言って背を向けた、ハロルドと名乗った男に向けてハートが跳躍し、鉈剣を一閃していた。しかし、ハロルドには当たっていない、ハートが狙いを外したわけではなく完全に背後からの奇襲に対してハロルドは回避行動をとっていた。
「危ないなぁ…いきなり何をするんだよ。」
「怪しいんだよお前! いきなり会って本人確認も取らずに案内とか!!」
ハートはそんな風に言うが、実際のところそれは後付けの理由だろう。
ハロルドもそのことをすぐに理解できたようで、呆れた顔で「本音は?」と尋ねた。
「強い相手なら、戦わなくちゃ損だろ!」
ニカっと挑発的な笑みを見せて、ハートが剣を構える。
ハロルドは相変わらずなんだか不満そうな表情ではあるが納得している。棒術の使い手なんだろう、人の背丈ほどもある棒をハートに向け、
「サラマンダーと会うのは初めてなんだよね……力加減がわからないからとりあえずドラゴンと同じ感覚で行くけど……気絶させても怒らないでよ?」
と当たり前のように言って見せた。
「上等じゃん! 首落とされても化けて出るなよ!!」
ハートが剣を構える、ハロルドも戦闘態勢になる。
かなり威圧感は薄い、相手を圧倒するような攻撃的な意思は見えない。
しかし、何か得体のしれないものを前にしたかのような違和感がある。
ハートが無駄のない薙ぎ払いをしたその瞬間、ハロルドはハートの剣の峰に棒の先端を当てていた、そこから彼女の剣を上に流しながら、崩れた体勢のハートに向けて棒の持ち手を変えて、
どんっ!
力強く顎を突いた。
ハートは白目をむいてその場に崩れ落ちる、一瞬の早業だった。
「………なんだ今の……」
威力的に見れば俺の打撃と大差ないように見えたのに、俺の打撃ではふらつきもしなかったハートを一撃で倒して見せた、何かの技だろうか。
「あ……あ〜」
ハロルドがやっちまったとでも言いたげな顔をする、実際そんな心情なんだろう。
「ごめん、本当に倒すことになるとは思ってなかった……」
気絶した状態で地面にぶっ倒れたハートに向けて、ハロルドがそう言う。
一瞬の早業で、リバーたちには何が起きたのかわかっていないようだった。
「えっと、ほかの人たちで僕に不満がある人はいるかな? いないならとりあえず停留所に案内するよ。」
そう言ってハロルドはハートを担ぐ。
背負うんじゃなくて担いだ、肩に乗せて当たり前のように運び始める。


ハロルドに案内された停留所には、ハロルド以外の人間は一人もいなかった。
「そういえばハロルド、あんたは人間なのか?」
「うん、人間、人間の妻子がいるんだよ、これでも一児のパパなんだ。」
リバーの質問に対してハロルドは当たり前のように答える、まだ二十代入ったばかりにしか見えないが、意外に年がいっているのかもしれない。
「さてと、改めて自己紹介しようか、僕はハロルド・ラギオン。クルツ自治領人間の領主クロードの長男で、今は領主館の役人兼外界調査員だ。」
ハロルドは俺たちを椅子に座らせると、俺たちに向かって胸を張ってそう言った。
とりあえずいろいろと紹介分の中に質問したいことはあったんだが、しかしそれよりもまず俺たちも自己紹介しておくべきだと判断した。
「俺は因幡吹雪、三条昊・三条天満・平崎如月と一緒にこの世界に来た。」
「イグノー王国ヘラトナ村出身、妖狐の英奈と申します。こちらのサラマンダーはハートさん、同じヘラトナの出身です。」
「プリオン領カディナ村出身、リバー・ウッド、こっちの人間は妹のチェルシーで、そんでこっちのグリズリーが」
「リバーの恋人のベルでーす。」
俺たちはおのおの自己紹介を済ませると、もう一度ハロルドに注目する。
自己紹介も済んだので、さっそく質問に移ろう、
「人間の領主ってのはなんなんだ?」
「その名の通り、クルツ自治領の人間たちにとっての領主だね、今は僕の父さんがやってて、ラギオンの人間の誰かがクロードの名前とともに世襲する制度をとってる、魔物には魔物の領主がいて、そっちはまた本人に自己紹介してもらうよ。」
ハロルドはすらすらと俺の質問に答える。
「あのさ。」
今度口を開いたのはリバーだった。
「四十年近く前に『悪魔に魂を売った』なんて言われて、今も王国最悪の勇者の一人って言われるクロードとあんたの父さんが同じ名前なのはどういうことだ?」
やけに馴れ馴れしい口調だったが、しかしハロルドは気にした様子もなく
「外界での『堕ちた勇者』でありクルツでの『開拓者』クロードは僕のお祖父さんだよ、さっきも言った通り人間の領主はクロードの名前を世襲するから、その過程で同じ名前になったんだ。」
と答える、少なくとも嘘をついている気配はないから、嘘は言ってないとは思う。
「質問はこれくらいでいいかな?」
ハロルドがそう尋ねると、英奈さんがゆっくりと手を挙げた。
「クルツ自治領という領地がどのような過程で出来上がったのか、教えていただけませんか?」
英奈さんの質問には答えず、ハロルドは席を立つ。
どこかに歩き去ってから、一分ほどして戻ってきたかと思ったら本を一冊持ってきている、革表紙のあまり厚くないが薄くもない本を一冊。
「これを読んだらいいよ、僕が説明するよりずっとわかりやすいと思う。」
そういってその本を英奈さんに手渡す、英奈さんはその本を開いて読み始めると、まったく何も言わなくなりそのうえ尻尾をゆらゆら左右に動かし始めた。
俺はまだ本が読めないし、それはリバーやチェルシー、ベルも同じのようだ。
「ところで僕から質問いいかな? リバーとチェルシーだったよね?」
ハロルドの方から、リバーとチェルシーに向けて質問が飛ぶ。
「君たちは本当に兄妹かな? なんかちょっと違う気がするんだよね。勘だけど。」
その表現はどういう意味だろう、この二人に肉体関係があることを示した言葉なのかそれとも本当はこの二人が兄妹ではないとでも言いたいんだろうか。
「……俺とチェルシーは、従妹だ、兄妹みたいに育ったし子供のころは本当の兄妹だって思ってたけど……違うらしい。」
リバーはなんだか思い出すのも忌々しいと言いたげにそう言った。
「やっぱり……まぁどうでもいいんだけどね、どうせクルツじゃ愛し合ってるなら同性でも兄妹でも婚姻関係結べるわけだし。」
ハロルドは当たり前のようにそう言った。
「とりあえず、今日はここに泊まっていきなよ、明日僕がクルツまで連れてくから。」
そう言われて、俺たちは大人しく与えられた部屋で眠りについた。


よく朝早くに俺たちはハロルドに起こされて、そしてクルツに出立した。
荒れた山道を抜け、険しく通りづらい道を進んでいくと、やがて舗装された道のりに出る。
「ここから進んでいけばクルツだよ。」
「なるほどね、こりゃ外部にそうそう情報いかねーな。」
「確かにそうですね……むしろよくこんな土地を見つけたものです……」
感心する俺と英奈さんの後ろで、
「ぜぇ………はぁ……」「はっ………はっ……」「うう………」「きっつ……足痛い……」
ほかの四人がへばっていた。
通行するにはかなり険しい道が三十分ほど続いたし、そうでなくてもずっと登り坂だったから、かなりきつい道のりだったとは思うんだが、しかしちょっと待て。
「どうしてへばってんだ山岳型魔物二人。」
山で暮らしていたグリズリーと、火山地帯で幼少から過ごしていたサラマンダー、ともに足腰はほかの魔物や人間よりも鍛えられているだろう、それが俺がへばるより前にへばってどうする。
「うるさい……私はこんな気候じゃ調子が出ないんだ……」
「わたしはー………人里近くで暮らしてたからー」
二人そろって苦しい言い訳をしてくれる。
「迎えの手配しておくべきだったのかな?」
「甘やかさなくて結構だ。」
ハロルドの一言に俺が即座に答える。
「ならいいや」と一言言って、またハロルドは歩き出す、舗装された道の両脇には高さは低いものの岩壁があって、そのせいでなんだか道が窮屈に感じられる。
遠くに見える城壁が、クルツと外界を分けている最大の要因なんだろう、ここまでは知っていれば誰でも来ることが可能に思えるから、それでは隠している意味も薄くなってしまう。

さらに数分歩いたんだが、何気に遠い。
一直線に似たような道のりがずっと続いてるせいで、地味に距離感が狂う。

三十分弱経過。
歩きとおしてやっと城門前、ハロルドは腰のポーチから明らかにサイズに突っ込みどころのある木簡を取り出すと、門の中に入っていく、俺たちもあわてて後を追うと、そこには中庭のような空間があった。
中心に向かってなだらかに下る構造で、くぼみになっている中央には水色の液体。
「マリア、ただいま。」
ハロルドがそう言ったかと思ったら、液体が形を変えていくつもの女性の姿を形成する、形成された女性たちは二十人ほどで、顔だちや体格、そこから推察される年齢は様々だがどれも結構に美しく、そして裸。
「おかえりなさい、ハロルドさん、ということはそちらの方々が……」
「うん、ソラの友達とそのお連れさん。」
「なるほど」「美形」「けど嫁がいる」「どれ?」「まさか6P?」「有力候補は妖狐」「私はサラマンダーに一票」「じゃあ私はグリズリー」
マリアと呼ばれたスライム以外の後ろのスライムたちが、何やらおしゃべりをしている。
「クイーンスライム……分裂機能に欠陥のあるスライムの派生種ですよ。」
英奈さんが俺に向かって耳打ちをする。
分裂に欠陥っていうことは、もしかしてあのスライム全部が一つの個体っていうことなんだろうか。
ハロルドがマリアに木簡を見せると、彼女の下に人の通れそうな空洞が出来上がる。
ハロルドが潜っていったのを見て俺たちも後に続く、そうしてもう一度城門を抜けると、その先には広大な盆地の中に畑に牧場に精錬所らしき建物に、そしてたくさんの大小入り混じった建物という、それはファンタジーの世界に良くありそうな街の光景だった。
「ここが、クルツ自治領。ついてきて、君の友達のところに案内するよ。」
そう言ってハロルドはまた歩き出す、今度は町の中心にほど近い方角に向かっていく。
数分歩いてたどり着いたのは大きなレンガ造りの建物。
せわしなく人が動いている中で、ハロルドよりかなり老けた感じの男と歓談しているのは、間違いなく俺の友人たちだった。
一人だけ、天満だけは姿がちょっと変わった、頭に角が生えて、背中に羽と尻尾もあるしさらには体つきもなんだか最後に会った時より悩ましくなっている気がしないでもない。
けれど見間違えようがない、あれは間違いなく俺と一緒にこの世界に来た友達だ。
ハロルドがドアを開くと、すぐに俺は中に駆け込み、親友たちに向かって声をかけた。
「昊! 平崎! 天満!」
向こうも俺に気付いたらしい、赤毛の男を含めた全員が俺たちの方を見る。
とりあえず俺は昊のところまで一目散にかけていくと、そこで大きく手を振りかぶる。
昊も合わせて大きく手を振りかぶり、そして互いに同時に振る。
バチィン!
「久しぶりだな! よく生きてた!」「そっちこそ、元気そうで何より!」
昊と大きくハイタッチをした俺は、そのあとに続いて平崎、天満の順に握手して、そのあと昊にもう一回向き直る。
「……ソラ、挨拶が終わったなら場所を移すぞ。」
昊たちと話していた赤毛の男が、機嫌悪そうにそう言った。

人間の領主クロードだという赤毛の男の案内によって俺たちは病院らしき建物についた。
クロードに導かれるまま、病室の一つに入ると、そこにはもともと白いだろう顔がほんのり赤く染まった金髪の女の子と、青い髪の女の人がそれぞれベッドの上にいた。
「えっと?」
「金髪の女の子がお姫様、アリアンロッド・フォン・ローディアナ姫。青い髪の女の人はその護衛騎士リィレ・マクワイアさん。」
昊がすらすらと俺が聞く前に答える。
「じゃ、報告会を始めようか。」


それからおよそ一時間後。
大体の事情を把握できた俺たちは、次にこれからの話に移る。
ローディアナ王国の現在の政権は貴族議会の手元にある、これを姫様率いる軍が貴族議会を倒してもう一度王家、いや正確には姫様の手に取り戻す。
そうしたら今度は王国の改革、魔物が敵でないことを国中に触れ回り、そして今までに貴族がやりたい放題してきた不正を暴く。
とはいえ、結構なことになると思う。
「まず宣戦布告なんですけど……いつどんな方法で行いましょうか。」
「今から一か月後に建国記念日がある、その日ではだめか?」
部屋の端の方で成り行きを見守っていたはずのクロードが訊ねる。
「ではそれで、ソラさん、拡声魔法は使えますか?」
「いえ……けどやり方さえわかればたぶんいけます……」
姫様の質問に対して昊が落ち着いて答える。
少し緊張しているようだが、しかしこいつなら大丈夫だろう。
「では決定ですね、一か月もあれば私やリィレも問題なく戦えるようになりますし、それまで皆さんはおのおの準備を整えていてください。」
姫様の凛とした声が、俺たちの未来を物語っているような気がした。

11/09/19 20:45更新 / なるつき
戻る 次へ

■作者メッセージ
これにて前編となる「異世界ワープ〜集合」までは終了

ここから新章突入となります


ちっと急いでしまったせいでここはおざなりですが お許しください。

TOP | 感想 | RSS | メール登録

まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33