読切小説
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白百合の奥にて
 湿った風が吹き、周囲の木の葉がざぁざぁと音を立てる。いつもなら安心感を覚えるはずの木々のざわめきが、しかし今は自分を追い立てる何者かの息遣いのように感じられた。
 俺は周囲に注意深く視線を走らせながら、額から垂れ落ちる汗を拭う。
 目に映る木々の配置も、その種類も、見たことないものばかりが自分の周りを取り囲んでいた。
 新しい狩場を見つけるために、普段よりも少しだけ森の奥へと踏み入っただけのはずだった。ほんのついさっきまで見慣れた森の景色が続いているのをこの目でちゃんととらえていた。帰り道も分かっていた。注意はちゃんと払っていたはずだった。
 それなのに、一体何が起こったというのか。俺は今、自分がどこを歩いているのか全く見当がついていなかった。
 変わった事があったとすれば、嗅いだ事の無い、花のような香りがしたという事くらいだが、しかしそんな事で全てが見覚えの無い場所に変わってしまうなどと言う事はありえないだろう。
 ぼんやりとしている間に奥深くまで踏み入っていたか、自然に出来た魔力の吹き溜まりのようなもので転移してしまったか、それとも記憶が欠落したか……。しかし理由が分かったところで、帰り道を思い出せる保証も無い。
 途方に暮れて天を仰げば、既に日は傾き、空は紅く染まり始めていた。
 腹の虫が空腹を訴える。飢えもそうだが、いつもとは雰囲気も匂いも違う森の奥で、独りで夜を迎えるというのは、ぞっとしない考えだった。
 俺はため息を吐いて、近くの巨木の根元に腰を下ろす。渇きを癒すべく皮の水筒を一口煽ると、ちょうどそれが最後の一口だった。


 都の煩雑な人間関係に嫌気が差し、この森で猟師を始めて何年になるだろうか。
 その何年も通い詰めた森で子供のように迷子になってしまうとは、情けないという感情を通り越して困惑さえしてしまう。
 しかし、考えてみればこの森の深部は危険なのだと誰かが言っていたような覚えもあった。
 あれは、獲物を里に売りに行った時の事だったか。肉屋か薬屋の主人に随分と感謝された事があった。里の人間は災いを恐れて森の奥には滅多に近づかないから、狩りをしてくれる俺のような人間には本当に助けられている、と。
 神聖な神の領域だったか、魔王に呪われた地だったか、はっきりとは覚えていないが、ともかく里の人間達はこの森の深部は災いを呼び寄せる地として信じているようだった。
 どうやら、それは迷信では無かったらしい。
 別に、俺とてただ冷やかしで入ったわけでは無かった。俺には信心は無いが、わざわざ禁忌とされる場所に自ら飛び込んでいく好奇心もまた持ち合わせてはいなかった。
 危険を承知で森の奥に向かったのは、単純に食うに困り始めていたからだ。
 最近、森の獲物の数が減っていた。理由は分からなかったが、森の中で動物の姿を見る事自体が稀になり始めていた。
 猟師は動物を狩ってなんぼの仕事だ。その動物たちが狩場から居なくなったら、食料も調達できなければ、里で必要なものを買うための金も得られなくなる。
 狩りを生業として身を立てている自分としては死活問題だった。
 それでもしばらくは様子を見ていた。動物たちは一時的に姿を消しただけで、すぐにまた戻って来るかもしれないと。
 だが、そのうち食料や金の備蓄も無くなり、俺は動かざるを得なくなってしまって、そして……。
 


 腹の虫が鳴り、はっと我に返る。
 短時間だが眠ってしまっていたらしい。森の奥地は誰も踏み入らないだけあり、植物が密集していて移動するだけでも一苦労だ。おまけにろくに食べていない。疲れも溜まるという物だろう。
 立ち上がろうとして、ふと俺は気が付く。
 甘い匂い。
 花のような、砂糖菓子のような、それでいて癖の無い爽やかな匂い。
 空腹が刺激されたのか、一瞬くらりと眩暈がして木に手を着く。
 森の奥地に入った時にもこんな匂いがしていた。場所の見覚えが無くなった時だ。
 その時は果樹か何かがあるのだろうとしか思わなかったが、しかし考えてみれば、普通の果樹がこんなに甘い匂いを発するわけがない。
 匂いの元は、一体何なのだろうか。
 果樹では無いだろうと想像はついてしまうが、しかしもし果樹だとすれば、とりあえずは飢えと渇きは凌げる。
 気が付いた時には、俺は既に歩き出していた。
 草をかき分け、木の根を乗り越え、匂いの元へと進んでゆくと、小さな物音が聞こえ始める。
 湿ったものを擦るような音や、何かの息遣いのような音。かすかな音が、木の葉の向こうで響いている。
 俺は自然と獲物を狙う時のように息を殺していた。
 気配を殺し、音を立てずに近づき、そして木の葉の間からそっと向こうを覗き見る。
 俺は思わず声を上げそうになり、慌てて口を抑えた。
 そこには、明らかに異常なものが鎮座していた。
 真っ白な百合の花。大きく花弁を開き美しく咲き誇るそれは、遠目に見れば何の異常もなく見えたかもしれない。だが、その花は周囲の植物は木々と比べても、明らかに巨大すぎた。
 その大きさは人間が一人、いや、二人は余裕ですっぽり収まってしまう程だ。現に、人間の女性らしい影が二人分花の中に見えていた。
「はん……。あっ」
「んんっ。ちゅぅっ」
 異常なものは他にもあった。花の中の女性二人が、熱烈に口づけを交わし合っていたのだ。
 夢中になって唇を重ね、舌を絡め合わせている。蜜にまみれた手の平で互いの乳房を撫で回し、脚の付け根を互いの身体に擦りつけている。
 全く、わけが分からなかった。なぜ花の中に女性が居るのかも理解出来なければ、その女性達が同性にも関わらず愛し合うような真似をしている理由も分からなかった。何一つ意味が分からなかった。
 けれど、身体は一つの反応を示していた。
 痛みだ。
 股間に痛みを感じた。見下ろしてみれば、愚息が起き上がってズボンを必死で押し上げようとしていた。
 一瞬の動揺。しかし狩場では、それが全ての失敗に繋がる。
 体勢が崩れ、小枝が揺れる。がさりと音が立ち、空気が固まった。


「誰? そこにいるの」
「いるのは分かっているんですよ。見ていたんでしょう?」
 視線が集まっているのが分かる。だが、向こうからこちらの姿は見えていないはずだった。
「男の人……。狩人さんかな? 隠れていないでこっちにおいでよ?」
「お腹空いているんでしょう? 私達と一緒に美味しいものを食べましょう。ごちそうしますよ」
 息を殺してやり過ごすべきか。迷っていた俺だったが、身体の方は理性よりも正直だった。ごちそうと聞いた途端、腹の虫が返事をしてしまっていた。
 可愛らしい、女性二人分の笑い声が響く。
 隠れていても、もう仕方あるまい。俺は立ち上がり、二人の方へと姿を現した。
「へぇ、そんな顔してたんだ。思っていたより、優しそう」
「それにまだ誰の手もついていないみたいですね。間に合って良かったわ。ねぇ、こっちにいらして?」
 甘い匂いがする。花のようにも、果実のようにも、お菓子のようにも感じられる、不思議とひきつけられる匂い。
 俺の足は、いつしかふらふらと彼女達へと向かっていた。
「もっと近くに来て。ほら、こっち」
「可愛い顔……。もっとよく見せてください」
 百合の中から手招きする彼女達。二人とも、人里は愚か城下町でさえ滅多にお目に掛かれない程の美人だった。
 花の蜜を弾く肌理細やかで艶やかな肌。夜明けを思わせる薄紫色の軽くウェーブのかかった長髪。アメジストにも負けない煌めきを放つ濃紫色の双眸。
 二人の容姿はよく似ており、どちらも美しかった。けれど、その表情も体つきも全く同じと言うわけでは無いようだった。
 片方は目はぱっちりとしていて活発そうな印象だ。髪の毛も頭の高いところで結わえていて、動くたびにポニーテールがひょこひょこと揺れている。
 その体つきもスレンダーで、女性らしい丸みを帯びながらも、無駄の無い芸術品のような体型をしていた。
 そしてもう片方は、切れ長の目をした妖艶な雰囲気の女性だった。長い髪も肩のあたりで纏めて垂らしていて、全体的に大人びた印象があった。
 こちらの体つきは生々しく、雄の性欲を直に刺激するような色香があった。胸は豊かで、思わず谷間に顔を埋めたくなるほどで、その肉付きのいい腰付きも、本能的に腰を打ち付けたいと思ってしまう程だった。
 活発そうな彼女が手を伸ばしてきて、俺の頬に触れる。
「私はリリィ。ねぇ、一緒に美味しいものを食べて、気持ちの良くなる遊びをしましょう?」
 色っぽい彼女が微笑み、俺に向かってしなを作る。
「私はユーリ。疲れているんでしょう? 私達が慰めてあげます。身も心も、満たしてさしあげます」
 甘い匂い。……彼女達の匂いなのか。霞がかかったように、頭の中がぼうっとしてくる。
 こんな美しい女性二人と、食事を共にし、遊びに興じる。さっきまでの極限の状態から一転、まるで楽園にでも来たかのような夢のような話だった。
 夢……。いや、違う。これは。
「ま、魔物……?」
 現実を疑う事で、俺はようやく我に返った。
 目の前にあるのは人さえ飲み込めそうな百合の花で、そこに入っているのは局部を蔦や葉で隠している程度の、緑色の肌をした女達なのだ。いくら彼女らが美人だといっても、明らかに人間ではありえない。
 魔物。それは一般的に人間を襲い、喰らう物だとされている。実際に見るのは初めてだが、大きな街の教団の言っている事だからきっと間違いは無いはずだ。
 俺はその魔物の術に掛かり、誘い込まれてしまったに違いない。このままでは、彼女達に食い殺されてしまう……。
 逃げなければ。俺は咄嗟に後ずさり、そしてすぐに気付くのが遅すぎたことを悟った。
 正確には、後ずさりは出来なかった。背後を始め、俺の身体の四方には既に植物の蔦が張り巡らされていたのだ。
 そして身じろぎした瞬間、狙っていたかのように蔦が巻き付いて来て、絡め取られて宙づりにされてしまう。
「な、なんだこれは。くそ、離してくれ」
 ぶら下げられた俺を微笑みながら見上げてくる二人の女。まるで見世物にでもなった気分だ。 
「ねぇ、お兄さん。女の方から誘うのって、結構勇気がいるのよ? ……私達を放って、帰ったりなんてしないわよね?」
「うふふ。リリィは心配性ですね。彼は良識のある殿方ですもの、女性に恥をかかせるなんてことするわけ無いですよ」
「そうよね! 良かったぁ。それじゃあ食事と遊びの準備を始めるね」
「大人しくしていてくださいね。優しく、して差し上げますから。大丈夫、気持ちのいい事ですよ?」
 蔦が蠢き、俺の身体から狩猟道具を奪い取ってゆく。弓、ナイフ、矢筒、そして荷物の入った包み。
 道具を剥ぎ取ると、今度は服の中まで入り込んでくる。袖、裾、胸元から忍び込み、器用に動いて俺の衣服を脱がしにかかる。
「おい、やめっ」
 裸に剥かれるまでに時間は掛からなかった。あっという間に衣服が脱がされ、そして下着までもが奪われて、俺は中に釣られたまま全裸にされてしまった。
「……おっきい」
「素敵……」
 二人が、頬を染めながら俺の身体の一部を凝視する。俺は裸に剥かれたはずなのに逆に身体が熱くなってくるのを自覚する。特に、顔からは火が出そうな程だった。
 そんな俺の気持ちなどよそに、蔦は再び動いて俺を百合の花の中へといざなった。
 花の中に入るなり、さらに甘く濃い匂いに包み込まれる。強い匂いだが不快ではなかった。むしろ微睡みに落ちる寸前のような心地よささえ感じ始めてしまう。
 魔物の女達が微笑み、身を寄せて来ても、恐怖さえ感じない。
「ねぇ、勃起してるって事は、私達を見て興奮したって事よね。身体は、言葉よりも心よりも素直だもの」
「私達を孕ませたいんですね? 雌として征服して、貪りたいんですよね? いいんです。本能を抑える事はありません」
 俺は何も言えない。身体が反応したのは、正直に言って二人の口づけがあまりにも艶めかしく、確かに興奮したからに違いなかったからだ。
 そして心では無く身体が女を求めたのだと言われれば、肉体の反応としてはそれも否定できない。
「けど、お前達は魔物なんだろう。最期には俺を殺して食べてしまうんだ。今は誘うような事を言っていても、結局殺す前に俺を弄んで楽しんでいるだけなんだろう?」
 ささやかな抵抗のつもりだった。
 しかし女達は一瞬驚いた様な顔をしたものの、すぐに納得したといった様子で頷き、俺を安心させようとするかのように頬や肌に優しく触れてきた。
「それは教団の嘘よ。私達魔物娘は、人間を殺したりなんてしないわ。教団の方が、怖い人が多いくらいよ……。
 私達は出来ればあなたと仲良くしたいって思っているわ」
「私達が、あなたを食べようとしているように見えますか?
 自分で見たもの、感じたものを信じてください。私達も元は教団の人間だったけれど……、彼等のやり方について行けなくて、魔物になる事を選んだのです」
 元は教団の人間? 魔物になった?
「そう。窮屈で、神父が絶対だった教会から、二人で逃げ出して」
「自由に、自分らしく生きられる魔物の生を選んだ。今は毎日が自由で、幸せ。もちろん、欲しいものが全く無いわけではありませんけれど」
「嘘だ。そんな……。口では何とでも言える」
 彼女達が唇を歪めたのは、俺の言葉こそが口先だけのでまかせだと悟ったからだろうか。
「だったら教えてあげる」
「私達が人間と、いえ、あなた個人とどれだけ仲良くなりたいと思っているのか」
「言葉じゃなくて、身体に直接、ね」
 そう言うなり、二人は更に距離を詰めて寄り添って来る。
 利発そうな魔物、確かリリィと言う名前の彼女は、少し頬が赤かった。
 一体何を始めるのか。と疑問に思っている間に、彼女の美しい顔が近づいて来て、そして。
「ちゅっ」
 唇に、柔らかく湿った魔物の唇が押し当てられる。
 小さくて、柔らかくて、とろけてしまいそうな程に、とてもとても甘かった。
 人間の女としても、こうはいかないだろう。俺は不思議と、そんな事を反射的に思ってしまう。それほどに甘美な感覚だった。
 リリィの細い腕が背中に回る。長年会えなかった恋人にするかのように、熱烈な抱擁と口づけが交わされる。
「んっ。ふむぅ」
 リリィの瞳の奥が濁り始めていた。もう、口づけに夢中になっているようだった。
 とはいえ、俺も相手の事は言えなかった。俺自身も鼻息を荒くしながら、彼女の唇を自ら貪り始めていたからだ。
 頭が痺れる。警戒感が薄れてゆく。全身を解放し、柔らかく包み込んでくる女性を相手に、しかもそれがこれ以上ない程心地よいとあっては、敵意を維持し続ける事は出来なかった。
 身体から力が抜けてゆく。リリィの抱擁を、受け入れてしまう。俺の方からも腕を回しかけるのだが……。しかし、俺にはリリィだけに夢中になる事は許されなかった。
 もう一匹の魔物、ユーリの腕が、俺の腰元に艶めかしく回されていたからだ。
「リリィが唇なら、私はこっちに口づけさせてもらいますね」
 見えずとも、またぐらに熱い吐息がかかっているのが分かった。小さな笑い声が聞こえたかと思うと、俺自身のさきっちょに柔らかな感触が押し付けられる。
 その感触は俺の余った皮をめくり上げながら、あっという間に亀頭部分を包み込んでいく。熱を持ったとろけるような何かが、亀頭の裏筋を擦り上げ始める。
「ふ、むぅっ。くちゅ、ぐちゅぅ……。ずぞぞぞっ。じゅるるっ」
 艶めかしい水音が響き始める。時に激しく音を立てて男根が吸い上げられ、柔らかい感触が激しく上下する。
 口でされているのだろうか。確認の為に手を伸ばすと、やはり俺の腰元にユーリの頭が潜り込んでいた。
 髪が指に触れる。さらさらで、撫でているだけで指が気持ちいい。
 ユーリはそんな俺の手を取り、いずこかへと誘う。見えない視界の向こうで俺の手の平が掴み取ったのは、柔らかく形を変えつつ手の平に吸い付く、すべすべしていて丸みを帯びた何かだった。
 先端に少し硬めの突起があり、指でつまむと、ユーリの身体がびくんと跳ねた。
「んんんっ」
 位置的にも、感触としても、俺が今手にしている物はユーリの乳房に違いない。しかし唇の時も思った事ではあったが、彼女達に触れた時の感触や感動は、おおよそ恐ろしい魔物に感じるべきそれとは全く正反対のものだった。
 嫌悪感や恐れと言うものが全く抱けない。それどころか、触れているだけで胸が高鳴り、もっと広く、深く、彼女達と肌を重ねて触れ合いたいとさえ思ってしまう。
 初めて会ったにも関わらず、何年も会えなかった恋人と肌を重ねているような、強い安心感と激しい昂揚感ばかりが湧きあがる。
 リリィが俺のもう片方の手を取り、自分の乳房へと押し付ける。
 大きさではユーリに少し及ばないものの、滑らかな肌の触り心地や弾力はユーリのそれよりも上回っているようにさえ感じられる。
 のぼせる程に甘い匂いが立ち込める。両の手の平に別々の乳房が押し付けられ、唇は甘い蜜の滴る唇に貪られ、男根にはねっとりと舌が絡み付き、女のたおやかな腕が背中を、太腿を這い回る。
 もはや何がどうなっているのか、何をされているのかもよく分からない。ただ身体の全てが快楽に震え、身体の奥から感じたことも無い程の熱が込み上げて来る。
 堪えようとするたびに熱は高まり、勢いは増してゆく。それを嗅ぎ取りでもしたのか、女二人の愛撫は更に勢いを増した。
 上下の舌は更に激しく俺の粘膜に絡み付き、四本の腕がしっかりと俺の身体に回される。
 二人と、目があった。子種を求める雌の目。四つの瞳には、俺の姿しか映されて居なくて……。
 その瞬間。胸の中で何かが暴れ出した。それはあっけない程簡単に俺の理性を食い破り、そして。
「っ! くぅっ!」
 激しい快楽と共に、俺は果てた。
「んっ。うぶ、じゅるるっ」
 何日ぶりの射精だろうか。脈動が激しすぎて、全身が心臓にでもなったかのようだった。
 脈動の度に大きな感覚が全身を走り抜け、気が遠くなる。結果的に魔物の口に射精するような形になってしまったが、快楽が強すぎて気にする余裕も無かった。
 激しい脈動が収まると、俺の身体はようやく解放された。
「気持ち良かった? いっぱい出た? ユーリ、見せて?」
 ユーリは立ち上がると、息遣いだけで笑って、口の中を開いて見せた。
 青臭い精液の匂いが立ち昇る。美しい女の口の中は、自らが放った白濁液でいっぱいになっていた。
 申し訳無いと少し思う反面、卑猥な程に性的で背徳的な光景に、再び身体の中の雄が反応してしまう。
「凄い。少し黄色っぽくなってるくらいに、濃い……。ねぇユーリ、私にもちょうだい」
 ユーリはこくりと頷く。一体彼女達は何を言っているのだろうか。疑問に思った直後に、さらに驚くべき光景が目の前に広がった。


「ん、ちゅっ。んん」
 小さな唇二つが近づき、重なり合う。わずかに開いた割れ目から白濁にまみれた舌がのぞき、もう片方の唇の中へと忍び込む。
 もう一つの舌が負けじと顔をのぞかせると、まるで白濁を奪い合おうとするかのような激しい絡み合いが始まった。
 口の端からこぼれ落ちそうになるたび、いずれかの舌がそれをすくい取り、ずるずると音を立てて啜り上げる。
 興奮に熱を帯びた吐息と、ぴちゃぴちゃ、じゅるじゅると言う粘ついた音が響き渡る。
 ひとしきり口づけを交わし合うと、二人は頬を朱に染めながら顔を離した。
 ぺろりと唇を舐めとり、ワインでも味わうかのように口の中の物を舌で転がしている。
 お互いの顔を見て、それから俺の方を見上げ、二人そろって音を立てて口の中の物を飲み干す。
「ふぅー。美味しかったぁ。あなたの精液、凄かったわ。こんな感覚、生まれて初めて」
「私もです。おちんちんの匂いも味も濃くて、しゃぶってただけでも凄くどきどきしてしまいました」
 右から、左から、魔物の雌がしなだれかかってくる。俺の胸元へと押し付けられて、美しい乳房が潰れ、肉感的な乳房が形を変える。雄を求める真ん丸の瞳が、雄を誘い込む流し目が、俺だけに向けられる。
「ちょっと、待ってくれよ。お前達は一体……」
 遊びにしたって、これはやり過ぎだろう。獲物の精液を飲むなど、おふざけどころか屈辱的な事のはずだ。にもかかわらず、今度は交尾の相手をしろとでも言いたげではないか。これから食い殺す相手にそんな事をするはずがあるだろうか。
 ……それとも本当に、俺の錯覚では無く、恋人になりたいという感情を身体に伝えて来たとでも言うのだろうか。
「だから、仲良くしたいって言ったじゃない」
「もっと仲良くしてさしあげたいのです。種族を超えて、男と女として。……いけませんか?」
 首筋に左右から唇が押し当てられ、胸元に向かって舌が這ってゆく。
 細い指が俺の髪を、頬を撫で、太腿を、男根を撫でまわしてゆく。
「あ、くぁ……」
「すぐに分かってくれなくてもいいよ。時間を掛けて、何度でも身体に伝えるから」
「言葉や心は嘘を吐きますが、身体は嘘をつけませんから。……次は、私達の本気を伝えます。リリィ」
 上品に笑うユーリの視線を受け、リリィが再び頬を染める。
「いいの? 私が先で。キスだって、私が」
「ええ、きっとあなたの方が強い気持ちを伝えられるはずです。それに、私達は一心同体。ちゃんとキスの感動も感覚も伝わって来ていますよ」
 リリィは唇に触れながら、恥ずかしそうに目を伏せる。
「そう、ね。舐めてる感じも、何となく伝わってたし」
「初めての感動はリリィに譲ります。その代わり、強い快楽と精液の味は」
「うん。ユーリに譲る。だから」
 リリィが、真剣な表情でこちらを見上げてくる。わずかに高揚しながらも、不安の入り混じる初心な少女のような表情で。


 一体何が始まるというのだろうか。本気とは何なのだろうか。二人の間で交わされた会話でさえ理解できていなかった俺には、皆目見当がつかなかった。
 リリィは俺の目の前で蜜の中から身体を持ち上げ、大きな花弁の一つに腰を下ろす。
 そして、膝を持ち上げ足を広げて、女性の一番大切なそこを、捧げるように見せてくる。
 リリィの視線が、自分の身体と俺の顔の間で彷徨う。目じりに少しずつ涙を溜めていきながら、彼女の指が動く。
 蜜を湛え、ぐっしょり濡れた秘肉の亀裂が、指に押し広げられて、にちゃ、と音を立てながら花を咲かせる。
「狩人さん。私の初めて、もらって? あなたの、好きにしてもらっていいから。だから、お願い」
 飛び切り甘い匂いがして。
 唇に柔らかな感触が蘇った。
 舌に流れ込む甘い水を夢中で啜りながら、俺は柔らかな女体に手の平を這わせていた。
「あ、んっ。んんん」
 考えるより先に身体が動いていた。俺は躊躇いも無く彼女に口づけし、舌を絡ませ合いながら、彼女の乳房を、尻を、太ももを撫でまわしていた。
 リリィの腕が、脚が、俺の背中と腰に絡み付く。二人分の荒い鼻息が混じり合う。涙で濡れた瞳が、もっと欲しいと訴えてくる。
「うふふ。焦り過ぎですよ。……落ち着いて、ほら、一番大事なのは、ここ」
 女の細い指が、俺の剛直を持ち上げ、導いてゆく。
 たっぷりの蜜で溢れる、柔らかな花の入口へと。
「はじめては、やっぱり私も一緒に味わいたい……。だから、いいですよね」
 ユーリが背後から腰を密着させてくる。俺とリリィの身体を両方抱き締めるように、強く身体を押し付けてくる。
 当然、俺の身体はリリィの身体にのしかかる形となる。押し当てられていた俺自身が、ずぶずぶとリリィの中に飲み込まれてゆく。
 リリィは抵抗する事も無く、素直に俺を受け入れてくれた。愛しいものにそうするように手足に力を込め、身体の中の柔肉までもが、もう離さないとばかりに強く締め付けてくる。
「ぷは、あ、ああぁっ。入ってくる。おっきくて、熱いのが」
 俺自身が、リリィの閉じている膣を押し広げていく。粘液でぬるぬるになっている彼女と擦れると、ただそれだけで身体が強張ってしまいそうだ。
 リリィがびくんと身体を震わせる。俺を見ているようで、遠くを見ているような彼女の瞳から涙が零れる。
 俺はその雫を舐めとりながら、彼女の身体を強く抱き締めた。
「痛かったか?」
「ううん。痛くは、無い。なんか、すごいの。どきどきして、熱くて、身体が満たされるような。こんなの、初め、あああっ」
 一番奥にたどり着き、中心同士が擦れ合う。熱い吐息が耳元をくすぐり、彼女の指が強く身体にしがみついてくる。
「うふふ。どうですか? リリィの、誰も受け入れたことの無い膣を押し広げて、子宮を暴き立てた感想は」
 身体がかぁっと熱くなる。もう、相手が魔物かどうかなど関係無かった。人外の存在であろうが、今のこの行いがリリィに取ってどんな意味を持っていたかは、彼女の表情や態度を見ていれば分かるという物だ。
「俺なんかの為に、良かったのか……」
「本気を伝えるって、言ったでしょ?」
「少しは信じてもらえましたか?」
 玉の汗を浮かばせながら、リリィは笑う。
 俺は何と言っていいのか分からない。ただそれだけの為に処女を捧げたというのだろうか。ゆきずりの俺に。信じる信じない以上に、罪悪感を抱かずにはいられなかった。
「ねぇ、動いて? 一緒に気持ち良くなろうよ」
「余計な事を考えているんでしたら、それは違いますよ。遠慮はいりません。うふふ、私も手伝ってあげますね」
 ユーリの指が俺の髪を優しく掻き回し、そして後ろに振り向かせる。
「む、ぐっ?」
 唇を押し付けられて、半ば強引に、何かを流し込まれる。味も匂いも舌には感じ取れないのに、脳裏で甘い花の香りが弾ける。身体が、熱くなる。飢餓感と性欲が、思考を塗り潰してゆく。
 腰を引き、突き入れる。
「あっ。あっ。すご……」
「そう、そうです。心のおもむくまま、私達を味わって下さい」
 奥を擦るごとに、彼女の深いところから粘液が溢れ出してくる。腰を振るたび繋がっている部分から蜜が溢れ出して、卑猥な音を立てた。
「魔物はこんなに濡れるんだな。ベッドだったら、使い物にならなくなるくらいにぐしょぐしょじゃないか」
「ふふ。魔物だから、では無く、リリィだからですよ。……本当、凄く淫らで、素敵な音」
「あ、ん。やだ……。恥ずかしい、のに。……だめ、奥、止められない」
 顔を隠そうとするリリィの腕を、強引に掴んで花弁に押し付け、困惑と快楽と恥辱に頬を染めるその顔を間近で眺める。
「凄く気持ちいいよ、リリィ。ありがとう」
 涙目で顔を背けられてしまったが、視線は不安げに時折こちらを伺う。その姿が堪らなくそそられる。俺は彼女の髪に顔を埋め、髪飾りの花にも口づけし、舌を這わせた。
「あ、うあぁ……」
 リリィの身体が強く震える。もうすぐ絶頂なのかもしれない。
 俺は彼女の、指が沈み込む程に柔らかな尻を思い切り掴み、最後の追い込みをかける。
 腰の速度を上げ、さらに奥まで、抉るように突き入れる。
「あ、あ、あ! ダメダメ、そんなに、激し……。すぐ、に、や」
 粘液が掻き回される音と、肉が弾ける音だけが聞こえる。甘く淫らな匂いに包まれ、頭の中にいっぱいになる。
「もう、いっちゃ、う。ねぇ、キスして? おね、がい」
 口づけし、舌を絡ませる。
 リリィの身体が痙攣し、俺の身体に回された四肢に力が込められ、爪が立てられる。彼女の中心が強く俺を締め上げ、引きずり込んでくる。
 五感全てでリリィを感じる。リリィの味、リリィの匂い、リリィの顔、リリィの肌、リリィの声、リリィの、リリィの……。身体の全てがリリィでいっぱいになり、溢れ始める。
 自分では、もう制御できない。
 身体が跳ねる。欲望の奔流が、彼女の中心に向かって放出される。
「リリィ。あ、あああっ」
 動けなかった。リリィに身体を抱き締められている事もあったが、射精の感覚が大きすぎて、動こうとするたびに身体が跳ねてしまう。
「奥に、凄くいっぱい出てる。……あ、溢れ、あっ」
 割れ目から白濁が溢れ出し、リリィの太ももに白い線を引いてゆく。
 最後まで流れ落ちる前にそれを受け止めたのは、ユーリの指だった。そのまま接合部まで拭い取ってゆき、溢れ出たものを口に運ぶ。
「精液とリリィの味がします。羨ましい程に、美味しい味」
 指を舌で舐めとりながら、艶然と笑うユーリ。その瞳は情欲の色に染まり、俺を誘う。吸い込まれるような深い色の瞳に、飲み込まれそうになる。
「ありがと、狩人さん。気持ち良かったよ。……次は、ユーリの番」
 小さく微笑み、俺から身体を離すリリィ。温もりが離れてゆく寂しさがある物の、しかしそれと同時に次への期待で俺の胸は高鳴っていた。


 俺の身体は、一体どうなってしまっているのだろうか。連続して射精しているにも関わらず、疲れや倦怠は一切ない。おまけに回を重ねるごとに気持ち良さと、射精の量も増えているなんて。
 人間の身体では考えられない。明らかに普通では無い……。
 けれど俺の疑念は、長くは続かなかった。
「激しかったね。私はちょっと休むよ。……ユーリも気持ち良くしてあげてね。はい、元気になるおまじない」
 リリィは唇を押し付け、ユーリがしたように何かを流し込んできた。味も匂いも無い、しかし意識に直接何かを注ぎ込まれるような感覚。脳裏で美しい花が咲き乱れ、黄金色の蜜が溢れる。
「狩人さん。今度は私を、犯してください」
 振り向けば、花弁に手を着き四つん這いになったユーリがこちらを上目づかいで見上げていた。
 期待に上気した頬。リリィのそれとは違い、ユーリには一切の不安や迷いの色は無かった。さかりの付いた雌のように、雄が欲しくてたまらないといった様子だ。
 熟れた身体が、収穫を待っている。
 俺は後ろから抱きしめながら、まずはその豊かな乳房を鷲掴みにする。荒々しく揉みしだき、その柔らかさを手の平いっぱいで堪能する。
「あん。荒っぽいのですね。でもそのくらいの方が、私は好きかも」
 後頭部に手を回され、唇を引き寄せられる。お互い貪るように唇を押し付け合い、舌を絡ませ合う。
 歯の付け根を、唇の裏を嘗め回し、お互いの舌を擦り合って唾液を出させ合い、啜り合う。
 ユーリの手が俺の一物を掴み、扱き始める。負けじと彼女の足の付け根に指を這わし、手の平を押し付ける。
 手の平全体で陰核に刺激を与えつつ、彼女の穴を探り、指で具合を確かめる。こちらも既に準備万端と言った様子で、入れているのが指にもかかわらず、引き抜くのが大変な程だった。
「ん。ぷはぁっ。指では切なくなるばかりです。早く、入れてください。あなたのものにしてください」
 濡れた瞳で懇願しながら、ユーリは自ら、自分の入口へと俺を導く。
「激しく、壊れるくらいに突いてください。めちゃくちゃにして……?」
 下腹部から湧き上がる衝動のまま、俺は一気に腰を突き入れる。
「ああああっ」
 身体を震わせ、抵抗しようとするかのようなユーリを花弁に力付くで抑えつけ、リリィにした時のように、いや、それ以上に夢中になって激しく腰を振る。
 ユーリの中はリリィ程きつくは無い物の、その絡み付いてくる感触はリリィ以上だった。引き抜くたびにぞくぞくする感触が走り抜けるが、俺は歯を食いしばってひたすらに抽挿を繰り返した。
「あ、あ、あああぁ! すごい、です。あたまのなか、まっしろで、きもちいぃ、しか」
「くっ。ユーリも、絡み付いて来て、凄い」
 ユーリの目じりから涙が零れ落ち、その口の端からもよだれが垂れ落ちる。自分でも抑えが利かない程に強い感覚を覚えているらしい。
 もがくように花弁を引っ掻く手元が、これ以上ない程に官能的だった。だが。
 俺は一度最奥まで突き込んで、動きを止める。
 荒い呼吸を繰り返しながら、ユーリの身体の上に身を重ねる。
 連続して交合しているせいだろう。平常時ならばすぐに射精してしまうような激しい快楽にもかかわらず、未だに射精にまで至れず、腰を振る事にも疲れを感じて来てしまった。
 ユーリの髪の中に鼻先を埋めて、彼女の髪と、汗の匂いを鼻腔いっぱいに吸い込む。首筋を舌で舐めて、甘噛みする。
 彼女の匂いや味を堪能しているうちに、自身が力を取り戻して行くのが分かった。熱がさらに燃え盛る。休んでいる事が勿体無い。
「ふふ。さらに大きくなりましたね」
 顔を上げると、ユーリがこちらに流し目を送っていた。
「すごく、いいですよ。……もっと、欲しいです。もっと激しく、もっと奥まで、……掻き回して?」
 涙とよだれでぐしゃぐしゃになっているにも関わらず、その表情にはまだまだ余裕が伺えた。その瞳も、こんなものでは無いわよね? と言っているかのようだ。
 一瞬、ぞっとする。ユーリの底はどこにあるのだろうか。自分はそこに触れられるのか。自分はただ、この女に搾り取られるだけなのでは無いのか。
 魔物。そう、まさに魔物の性欲の前では、自分は良いように搾り取られるだけなのでは……。
「激しくしているだけじゃ、ユーリは満足してくれないよ」
 胸の上に、もう一人の女の腕が回される。背中に温もりが、柔らかな二つの感触が押し付けられる。
「ユーリのイかせ方、私が教えてあげる。私達は、お互いの事なら何でも知っているから」
 回復したリリィが、悪戯っぽく笑いながら抱きついて来ていた。
「ちょっと、リリィ?」
「まずはここ。ここを優しくほぐして、こうよ」
 リリィの指が俺の下腹部辺りをまさぐる。
 いや、俺の、では無かった。正確にはユーリのお尻の割れ目の、繋がっている部分の少し上、お尻の穴のところだった。そこを親指でこねくり回し、そしてゆっくりと指を入れてゆく。
「あ、だめです、そこは弱、っっ!」
 声にならない声を上げながら、ユーリが弓なりに仰け反る。膣の締め付けも強まり、不意に与えられた衝撃に俺は冷や汗をかいてしまった。
「ほら、気持ちいい。気持ちいい」
「やめ、て、くだ、さい。リリィ。そこは、弱いから、まぐわいを、味わえなくなって、しまいます」
「じゃあ、お尻に入れればいいのか?」
 ユーリの表情が目に見えて引き攣った。しかしその表情は、今までの物とは明らかに異なっており、恐怖でさえも感じているようだった。
「抜かないで。やめて、お願いです。私だって、初めては膣に欲しいの。そのあとはいくらでも、お尻でも口でも、どこでも好きにしていいですから。でも最初は……」
 最初? リリィだけでなく、ユーリも処女だったというのだろうか。あまりにも艶然とし、娼婦のような佇まいに、てっきり何人もの男を手玉に取り搾り取って来た魔物だと思い込んでしまっていたのだが……。
 しかし、処女じゃ無かったと思っていたなどと言ったら、それこそ失礼だ。俺は、とんでもない事をしてしまったのかもしれない。
『ユーリの事、何人もの男を相手にしてると思ってたでしょ』
 突然リリィから耳打ちされ、俺はどきりと身を竦ませる。
『意外でしょ? 実は二人とも初めてだったんだぁ。えへへ。
 気にしなくていいよ。私達は好きな人と出来れば、それでいいんだから。そんなわけだから、膣で良くしてあげて?』
「あ、ああ」
 けれど、どうやって満足させてやればいいのか。もともと経験の少ない俺には、どうしていいのか分からなくなってしまう。
『ユーリは、期待に応えたがる女の子なの。雄は雌を屈服させて、征服したいものなんだって思い込んでる。だからあんな態度を取っているのよ。
 けどユーリが本当に求めてるのは、優しくされる事とか、ゆっくりしたまぐわいなの。しっかり抱きしめられて、ゆっくりお互いの身体を知って、満たされたいの』
「私が先導するから、それに合わせて腰を動かして」
「分かった」
 リリィが少しずつ身体を引いてゆく。それに合わせ、俺もユーリの中から少しずつ自分を引き抜いてゆく。
 嫌がる様に絡み付く膣肉を振りほどき、襞の一枚一枚を亀頭で感じる程の速度で、少しずつ抜いてゆく。
「っ! ――っ!」
 言葉にならない声を上げながら、しかし確実にユーリは感じているようだった。さっきのような激しい反応は無い物の、頬は真っ赤に染まり、体温も上がっているようだ。
「今度は、ゆっくり入れてゆく」
 言われるまま、俺はじっくりと腰を落としてゆく。
 柔肉を押しのけ、ユーリの中の形を確かめるように動かしてゆく。
「熱い。熱くて、硬い。狩人さんの形が、刻み付けられてしまいます……」
 全てが収まりきるが、俺は更に奥に手を伸ばすために腰を捩じり込む。そして身体を伸ばして、彼女の耳元にそっと囁く。
「ありがとうユーリ。とっても気持ちいいよ」
「そんな……。お礼を言われる事は、ありません。私達は元からこうしたくて」
「好きだよ。愛している」
 髪を撫でて、髪飾りを指で弄ぶ。まるでそこが性感帯であるかのように、ユーリは激しく身を震わせた。
「大丈夫。一緒に気持ち良くなろう」
 安心させるようにぎゅうっと抱き締めると、彼女の身体がさらに熱を帯びたようだった。
「……はい」
 感極まったような声で答えて、ユーリは俺の手に手を重ねてくれた。
 抱き締めたまま、俺は再び腰を動かし始める。少しずつ引いてゆき、そしてまたじっくりと突き入れてゆく。
 回を重ねるごとにユーリの吐息の熱は増してゆき、膣肉の絡み付きも締め付けも強まっていった。
 もっとユーリをゆっくり味わいたい。一緒に快楽の高みに昇りつめたい。しかし欲望とは裏腹に、唐突に限界が見えてしまう。
 腰元までそれがせり上がってくる。ユーリは本当に絶頂を迎えてくれたのか気がかりではあったが、もはやそんな事を確かめる余裕も無くなってしまう。
 情けなかった。だが、激しい快楽が込み上げるのは、自分自身の力ではどうしようも出来なかった。
「ユーリっ。出るっ」
「そのまま出して。私も、イクっ」
 目の前が真っ白になる。
 まるで全身が心臓に、いや、射精する一物なったかのように、身体中が脈動する。全身に快楽が駆け抜け、身体が射精の為だけにあるような感覚すら覚える。
 あまりの強烈さに、俺はユーリの首元に歯を立ててしまう。
 ユーリの味がして、ユーリの匂いがして、柔らかな女体に前から後ろから包まれて。
 止まらない激しい射精の中。俺の意識は真っ白な閃光から、温かい闇の中へと沈んでいった。


 その魔物は、名前をリリラウネと言う。
 植物型の魔物であるアルラウネの突然変異種であり。一つの大きな百合の花に、二人の女性を生やす魔物娘だ。
 彼女達は森の奥に潜み、獲物である人間の男性が来るのを待つ。
 通りがかった男性を甘い匂いで誘い込み、理性をとろけさせて、自分達の繁殖のための永遠の伴侶にしてしまう。
 だが、彼女達。リリィとユーリとの出会いは、決して偶然では無かった。
 事の始まりは数か月前。リリィとユーリが仲間達の集落を離れて、森の浅い場所を、伴侶を求めて彷徨っていた時に始まる。
 その時に、彼女達は見つけたのだった。自分達が求めていた、理想の連れ合いを。
 自ら人里を離れ、自然の側に身を置く人間。寡黙ながらも優しそうな顔をしているのも、琴線に触れるものがあった。そして獲物を狙う真剣な表情に、リリィもユーリも心を打ち抜かれてしまったのだった。
 彼が欲しくて堪らなくなった二人は、しばらくどうやって彼を手に入れるべきかと悩みに悩んだ。
 森の奥は魔物の領域ではあったが、その周囲は人間の、しかも魔物との触れ合いの少ない区域だったのだ。
 今すぐに彼を追いかけ抱きしめたい二人ではあったが、そんな事をして恐れられ、逃げられてしまったら、この森自体が焼き討ちされてしまいかねない。
 結果彼女達が選択したのが、動物達を彼女達の魔力で森の奥地に連れ去るという作戦だった。
 まずは花や木の実の強い匂いを奥地から発し、昆虫、草食動物を森の奥地へと誘い込む。そうなればおのずと肉食獣も獲物を追いかけて森の奥へと移動する。
 そして最後に動物を狩る人間が、彼がやってくる。と言うわけだった。
 作戦には時間がかかった。彼女達は恋焦がれながら、彼に抱かれる日を夢見ながら、幾つもの夜を越え、彼を待ち続けた。
 身体の疼きを抑えられずお互いを慰めた日もあった。作戦など止め、森の事も忘れて走り出したい衝動に駆られた日もあった。
 けれど二人は懸命に、お互いに抑えあって、我慢し続けた。
 そして今日この日、その願いが果たされたのだった。


 そこは楽園だった。
 美しい花が咲き乱れる花園。その花々は一様にして大きく、花の中に見目麗しいうら若き女性を秘めていた。
 花々の間を、きらきらとした鱗粉を散らしながら妖精が飛び回る。蜂や、蝶のような身体を持った美しい女性が、花の中の女性と談笑している。
 この全てが魔物なのだという。いや、魔物では無い。サキュバスの魔王の影響下に置かれ、繁殖の為に人間の男性を必要とする、通称魔物娘、だったか。
 その為、ちゃんとよく見てみると楽園とはかけ離れた光景もところどころに目につく。花の中で人目もはばからず肌を重ねている男女も居るし、ホーネットやモスマンと性的な空中戦をしているカップルもそこらじゅうに目につく。
 男女の喘ぎ声や肌を打ち付けあう音も、控えめながらも絶える事が無い。
 まさに、森の奥の魔界だ。
 最初は人間の男とアルラウネとハニービーが始め、今では大きなコミュニティになったというこの魔物娘の隠れ里の風景から、先程出会ったばかりで愛を交わし合った可愛い二人組に視線を戻しながら、俺はため息を吐いた。
「そう言うわけだったんだな」
 意識を取り戻した俺を待っていたのは、この楽園のような魔界の光景と、そして二人の口から語られた森の異変の種明かしだった。
 つまり、森の奥地は昔から魔界となっており、動物たちが減っていたのは全て俺一人を誘い込むための罠だったというわけだ。
 リリィとユーリは大人しく俺の様子を伺っている。先ほどまでの余裕のある態度はどこへやら、今の魔物娘の二人組は、まるで告白の返事を待つ少女のようだ。
「ごめんなさい。でも、本気で好きになっちゃったの。あなたの為なら何だって出来る。命だってかけられるわ」
「あなたが欲しくて堪らなかったんです。好きな人と一つになれないなら、魔物娘として生きている意味が無いから……」
 目を伏せしおらしい態度を取りながらも、しかし二人はしっかりと俺の腕を掴んで離してはくれない。左右から腕を絡められ、指もしっかり絡み取られ、握りしめられている。
 逃げる事は出来ないだろう。……その気があるかどうかは別として。
 自分でも不思議だが、あの交わりの際、俺は本気で彼女達を恋人か何かのように思い込んでしまった。
 そしてその感覚は、今もあとを引いていた。別れなど、考えられなかった。
 けれど、自分がしてやられたのだ。ちょっと意地悪してやりたい気持ちもあり……。
「俺が、こんなところは御免だ。帰らせてくれって言ったら……。
 ……いや、冗談だから。だからリリィ泣かないでくれ。ユーリもその獲物を見るような目は止めてくれ」
 ちょっとした悪戯のつもりが、二人にとっては効果があり過ぎたらしく、俺は狼狽してしまう。
「帰るなら。地の果てまでついてく。教団に見つかって殺されたって構わないもん」
「むしろ、帰る気にもなれないくらい私達の良さを教えて差し上げます。私達無しではいられない身体に……」
「だから冗談だって。帰らないよ。どこにも行かない。二人のそばに居る」
 二人の顔が、同時にぱっと明るくなる。まさに花が咲いたように。
「本当に?」
「でも、いいのですか?」
「俺も教団の教えが苦手で逃げてきた口だしな。人の多いところには必ず奴らが居るから、森の中まで逃げて来たけど、別にあそこにこだわりは無いんだ。
 美人二人と気楽に暮らせるなら、これ以上の事も無いよ。飯はちょっと心配だけど」
「それなら心配ないわよ。木の実もいっぱいあるし」
「魔物娘の商人も来るから、趣向品も手に入りますし。不自由はさせません」
 魔界は人里より大分暮らしやすいらしい。むしろ、本当に楽園のようだ。
 ここで俺は、ふと疑問に思った事を聞いてみる事にした。
「そうなんだ。でも、どうしてそんなに良くしてくれるんだ? さっきの話だって、話さなくたって俺を快楽漬けにでもすれば食料も子種も手に入っただろう?」
 サキュバスの影響下にあるからなのか、彼女達は繁殖だけでなく、生命を維持する食料としても人間の精を必要とするらしい。
 けれどそれだけならば人を好きになる必要は無いはずだ。人間だって家畜に恋をしたりはしない。
 この質問に、二人はお互いを見つめ合って考える。けれど、その時間は長くは続かなかった。
「魔王様が人間に恋してるから、と言うのも理由の一つだとは思うけど。それだけじゃないと思うんだ。私達は、多分逆なんだって考えてる」
「逆?」
「好きな人の精液だから栄養になるし、子供も出来るんです。興味の無い人とは、そういう事は絶対に嫌。あなた以外の人間の男は、雄とは思えません」
「そう言う物なのか」
「私達の伴侶になりえるのは、世界であなただけって事だよ?」
「どんな強い勇者より、大金持ちより、権力者より、あなたが世界で一番なんです。あなただけが、私達の……」
 二人は頬を染めて、俺に身をゆだねてくる。
 俺は二人をしっかりと抱き止めながら、まだ実感は湧かないまでも、これは凄く幸せな事なのかもしれない、と思い始める。男としてこれ以上の幸せは無いのかもしれない、と。
 そう考えると、何だか急に照れくさくなってきてしまう。自分に心底惚れ込み、他の男になど目もくれない嫁が、同時に二人も出来てしまったのだから。
「その。二人とも、これからよろしくな」
「ありがとう。よろしくね、愛しい旦那様!」
「はい。身も心も尽くします。旦那様」
 二人に真っ直ぐに見上げられると、照れくさくてまともに視線を下ろせない。
 俺は咳払いし、はぐらかすようにして言った。
「そう言えば、まだ名前言ってなかったよな。俺の名前は……」
 リリィとユーリはくすくすと笑ってから、何度も何度も俺の名前を呼んだ。嬉しそうに、愛しそうに。
 何だかこそばゆく、けれどとても嬉しかった。なぜこんな気持ちになるのか、考えてみれば、人から名前を呼ばれたのなど久方ぶりの事なのだった。
 これから何度も名前を呼んでくれる事だろう。けれど俺は、きっとこの時の事を忘れる事は無いだろう。
 風が吹き、森の木の葉がさらさらと音を立てる。初めて来た場所のはずなのに、不安は全く感じなかった。隣に伴侶が二人も居てくれる、二人の息遣いが近くに感じる、ただそれだけなのに、これ以上ない程に心の中が温かかった。
 俺は二人を抱き締め、花弁の一つへと押し倒す。
 唯一気掛かりな事があるとすれば、毎回先にどちらから抱けばいいか迷う事だろうか。我ながら、贅沢な悩みな事だ。


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 おまけ:出来損ないの魔物の話。


 それは、出来損ないの魔物だった。
 とあるアルラウネが産んだ種の一つから芽吹いたそれは、アルラウネから芽生えたにも関わらず、真っ白な百合の花の身体を持っていた。
 だが、そんな事は些細な事でしかなかった。それの身体には、もっと決定的な欠落があったのだ。
 それの身体には、本来魔物が必ず備えている部分、魔物の本体とも言える部分が欠けていた。
 その花の中には何も無かった。アルラウネから生まれたにも関わらず、女性の身体を持っていなかったのだ。
 森の奥、魔物の隠れ里で生を受けたそれは、最初はただの大きな百合の花としか思われていなかった……。


 彼女は身寄りのない孤児だった。
 家族は戦争でバラバラにされ、気が付いたときには彼女は街の中で一人で彷徨っていた。
 戦争直後の情勢で、子供が一人で食料を調達する術など無い。彼女は常に空腹に苛まれ、そしてついには倒れてしまった。
 そんな彼女を拾ったのは、教団の教会だった。
 その街は、戦争の影響で彼女の他にも親を失ったたくさんの子供達があふれていた。教会はそんな子供達を一手に引き取って面倒を見ていたのだった。
 食料の配給は少なく、腹いっぱいに食べられる事はほとんど無かった。けれど、ひもじい思いをするほどの事も無かった。
 けれど、その事が彼女にとって幸福な事だったのかは、また別の問題だった。
 彼女が育ち、少女へと成長すると、夜な夜な神父から呼び出しがかかるようになった。
 子供達の寝静まった深夜、呼び出された執務室で行われたのは、神の意思の名の下に行われる辱めだった。
 衣服を、下着を脱がされ、肌を触られる。
 神の名の下に行われる行為に対し、少女は抵抗する事が出来なかった。
 彼女は毎夜、目を瞑り、黙って耐えた。祈る相手は誰もいなかった。彼女にとって神とは、戦争を起こし、家族を奪い、否応なく身体を観賞し、肌を撫でまわすものでしか無かったからだ。
 そんな日々が続いたある日、神父は彼女の肩を叩いてこう言った。
「今日は神の祝福を与える」
 人並みの性の知識を持っていた彼女は、ついにこの日が来てしまったと絶望した。
 好きでも無い相手に身体を捧げたくは無かった。けれどどうしたらいいのか、彼女には分からなかった。
 ただ時間だけが過ぎ去り、ついにはその時が来てしまった。
 彼女は、怯えながらも執務室に行くしかなかった。震える手で服のボタンを外し、神の代行者を名乗る男の前で肌を晒す事しか出来なかった。
 寝台の上に座らされ、脚を開くように言われ。
 涙は出なかった。ただ全身が凍えそうな程寒かった。彼女は、ただひたすらに耐えた。
 彼女は覚悟を決めて、目を瞑った。何も見たく無かった。聞きたく無かった。
 やがて衣擦れの音が聞こえ、男の獣のような息遣いが近づき……。しかし、そこまでだった。
「大丈夫ですか? リリィ」
 恐る恐る目を開けると、そこに居たのは見習いシスターのユーリだった。なぜ彼女がここに居たのか、リリィには分からなかったが、しかし全裸の神父が倒れているところを見るとリリィの貞操を守ってくれたのはどうやらこのユーリのようだった。
「ごめんなさい。もう見ていられなくて、思わず……。さぁ、逃げましょう。服を着て」
「逃げるって、どうして? それに、どこに」
「どこか、教会の手の届かないところまでです。私達は神の代行者を襲ってしまったのですから……」
 リリィは立ち上がる事を一瞬ためらったが、しかしユーリの瞳の真摯な光を見て、彼女の手の平を握りしめたのだった。


 二人は人目を忍んで、森へと逃げ込んだ。
 その道すがら、ユーリは何度もリリィに謝った。けれどリリィには、なぜ彼女がそんなに謝るのか分からなかった。
 自分を守ってくれたのにどうして謝るのか。理由を尋ねると、予想もしなかった答えが返ってきた。
「あなたには、あのまま彼を受け入れて衣食住に不自由しない生活を選ぶことも出来ました。それなのに私は、自分の正義感の為にそれを奪ってしまった」
「でもユーリさんは私の大事なものを守ってくれた。女の子の、大事なものを。だから、ありがとう。
 あのままあの人を受け入れたら、きっと何度も求められて、私はきっと……」
 考えるだけでぞっとし、リリィは自分の身体を抱き締める。
「……私も、中央で同じような目に遭ったのです。抵抗したのですが、そうしたら私が神父を誘惑したのだと逆に悪者にされて、それでこの街へ飛ばされて来たのです」
「似たもの同士って事?」
「そうですね」
 疲れを覚えながらも、二人は微笑みを交わし合う。いつしか二人の間に、奇妙な友情のようなものが芽生え始めていた。


 そして力尽きるまで走ってたどり着いたのが、森の奥の魔物達の楽園だった。
 遠巻きに魔物達の様子を見ながら、彼女達は迷っていた。
 神の敵になったのならば、いっそのこと同じ神の敵である魔物達の仲間になってしまおうか。それとも、魔物にも背を向けてひたすらに逃避の道を進むべきか。
 声が聞こえだしたのは、そばにあった大きな百合の花の夜露で渇きを癒していたそんな時だった。
『辛い事があったのね。だったらいっそ、魔物になってしまえばいいじゃない』
「だ、誰? どこにいるの?」
『魔物娘達はみんな自由に生きているわよ? 不自由なルールに縛られる事も無い。誰かとの結婚を強制される事も無い。恋に身分の差も無いの。ご飯だってみんなで分け合うから、飢える事だってないわ。当然待遇の為に嫌な相手に身体を許す必要だってない。
 ……まぁ、恋人は分けあえないけど、ね』
「あなたは何なのですか、どこから私達を見て……。それにどうしてその事を」
『森に入ってからそう言う話をしていたでしょう?』
 リリィとユーリは顔を見合わせ、身を寄せ合う。
『そんなに怖がらないで。私は貴方達の目の前にある百合の花。魔物娘から生まれて、けれど魔物娘になりそこなった哀れな花』
 二人は目を見開いて百合の花を見やる。しかし当然、花はぴくりとも動かない。
『そんなに驚かないで。私には、結局何も出来ないから。
 本当は花の中に女の子がある身体に生まれてくるはずだったんだけど、私の中身は空っぽだったの。だから魔物娘になりたい女の子に、自分から入ってもらうしかない。
 安心して。私の中に貴方達が入ってくれれば、貴方達を魔物娘にして、私も完成されるけど、でもこのままでは何もできないから』
 自分では何もできない無力な花。百合の花は自分でそう言っている。
 魔物を恐れている相手ならば火をつけて燃やされてしまうかもしれないにも関わらず、しかしそれでも花は二人に話し掛けてきた。
「自分じゃ自分の事をどうしようも出来ない魔物、か。これも何かの縁かしら」
「一人助けるのも、そこに一匹増えても大差はありませんし」
 リリィもユーリもどこか吹っ切れたようなさっぱりとした表情になっていた。
「私は、いいよ。人間として生きていてもあまり楽しく無かったし、魔物になってみるのも面白いかも」
「私も同じです。どこに行っても女として見られる。女の二人旅ではそう言う危険も多いでしょうし、それならばいっそ、魔物になってしまうのもいい」
「向こうの魔物さん達もみんな楽しそうだし」
「教会よりは居心地が良さそうですしね」
『本当にいいの! ありがとう!』
「一応確認なんだけど、あなたの心に支配されるって事は無いわよね?」
「私達は私達のままで居られるのですか?」
『大丈夫。二人は二人のままだよ。私のこの言葉は、人間に分かるように訳されているだけで、今の私に意思らしい意思は無いから。二人の中に溶け込んで、二人が私になってくれる、そんな感じだから』
 リリィとユーリは顔を見合わせ、頷き合う。
 そして衣服を脱いで裸になり、迷うことなく百合の花弁の中へと身体を滑り込ませた。
「何だか、温かくて気持ちがいい。それに、いい匂い」
「肌が、敏感になるような……。変な、感じです」
「ユーリ」
「リリィ」
 少女二人は自然とお互いの身体に手を伸ばし、抱き締めあう。
 なぜだか湧きあがる快楽に困惑しながらも、しかし互いの身体に触れずにはいられなかった。
 口づけを交わし合い、お互いの秘部にまで手を伸ばし始める少女たちを隠すように花弁が閉じられてゆき……。
 そして、朝日が昇る頃には、新しい魔物娘が誕生していた。


 それから時が流れ……。
 リリィとユーリは白い大きな百合の花の中から、一人の男の事を見つめていた。
 男の視線の先に居るのは大きな鹿だった。彼は音も立てずに弓を構えると、真剣な表情で狙いをつけ、風の音に合わせるように矢を放った。
 と、間を置かずに、遠くからどさりと何かの倒れる音が聞こえて来る。眉間を矢で射ぬかれた大鹿だった。
「ユーリ。私、初めて男の人に抱かれてもいいって思ったかも」
「ええリリィ。私もあの人になら全てをゆだねてもいいって、今ちょっと思ってしまいました」
 二人は顔を見合わせ、にやりと笑う。
「それじゃあ、あの人にしよう。ううん、あの人しかいないね」
「えぇ、運命の人です。必ず射止めましょう」
 リリィとユーリは微笑みを交わすと、情熱的な視線を男の方へと送る。
 すると気配を察したのか、彼の方からも二人の方へと視線を送ってきた。
「あっ」
「目が合いました」
 当然、男はそこに魔物が居るなどとは気が付いていない。いずれ二人とつがいになる事など、夢にも思っていない。
 けれどそのしばらく後、二人は念願の恋人を手に入れる事に成功するのだった。

 出来損ないの魔物は、こうして二人合わせて一匹の魔物娘として完成し、ついには愛しい夫を手に入れて、話の幕を閉じる。
 あとに続くは幸せな魔物の夫婦の話だが、それはそれで、また別の話……。
14/07/19 20:03更新 / 玉虫色

■作者メッセージ
はじめましての方ははじめまして。お久しぶりの方はお久しぶりです。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
最近はあまりSSを書く時間が取れず、気が付いたらカレンダーの日付だけが進んでいる今日この頃です。
長い話は無理でも短い話なら書けるかと思い、ゆきずりの魔物と男の話を書こうと思ったのですが、気が付けば過去話とかも思い浮かんで、その結果がこの文字数とおまけです。

何だか中途半端になってしまった部分も多いですが、楽しんで頂けたら幸いです。

(しかしリリラウネって、アルラウネ一匹だけでも幸せなのに、一つの花に二人分入ってるなんて幸せも二倍ですよねぇ……)

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