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第三話(後編)
「む、掃除中だったか。失礼したかな?」

 その時、通路の奥の方から低い声が聞こえてきた。ミラと銀髪のサキュバスが雑談を中断し、声のする方へ眼をやると、そこには全身を鎧で固めた人型の物体が立っていた。それはミラと同じくらいの背丈であり、武器の類は一つも携えていなかった。
 そしてそれを目にしたミラは思わず息をのんだ。
 
「奴はなんなんだ」
「あの人も魔物娘っすよ」

 唖然としたまま呟くミラに、銀髪のサキュバスが補足を加える。彼女を横目で見ながらミラが再び口を開く。
 
「……首が外れているが」
「そういう魔物娘なんすよ」
「生首を抱えているんだが?」
「そういう魔物娘なんです」

 ミラの言う通り、その鎧姿の物体は、自分自身の首を小脇に抱えていた。その凛々しい顔だちをした女性の生首は血色がよく、胴と外れているにも関わらず生気に溢れていた。
 実際、その生首は滑らかに眼球を動かし、感情と活力のこもった眼差しをミラに向けてきていた。
 
「そこにいるのは人間か? 例の捕虜、というやつか」

 あまつさえ、生首が口を開いて言葉を発する。確固たる理性を持った、生者の放つ言葉そのものであった。
 
「首が落ちてるのに生きてられるのか」
「だから、そういう魔物娘なんですって」

 信じられないものを見るかのような眼差しを向けたまま言葉を放つミラに、銀髪のサキュバスが疲れた顔で説明する。そんな二人の元に、件の生首を抱えた魔物娘が悠々とした足取りで歩み寄って来る。近づいてくる異形を前にミラは表情を硬くしたが、鎧の魔物はそれを前にして気分を害するような素振りは見せなかった。
 
「やはり人間は私を怖がるものなのか……何がいけないのだ?」

 顔や態度には出さなかったが、やはり気にしてはいたようだった。そして眼前に立ちはだかる彼女の発言を聞いたミラは「まず首を元の位置に戻せ」と思ったが、それを声に出すことはしなかった。この状況下で藪蛇だけは避けたかった。
 
「もしかして騎士様、こちらの方にお会いするのは初めてっすか?」

 そこに銀髪のサキュバスが割り込んでくる。地獄に仏とはまさにこのこと。ミラはすぐに件のサキュバスに顔を向け、大きく頷いた。
 そしてそれを見たサキュバスも「なるほど」と頷き返した。次に彼女は鎧の魔物を手で指し示し、それの紹介に入った。
 
「こちらはデュラハンのグレイ様。ヴァイス様の右腕的存在で、超強いお方なんですよ」

 そう言うサキュバスは、どこか誇らしげだった。しかし称賛交じりに紹介されたデュラハンはそれを鼻にかけることはせず、自然な動きで生首を抱えていない方の手をミラに差し出した。

「グレイだ。よろしく」

 言葉少なに握手を求める。立場がどうあれ、ここで相手の手を払いのけるのは、騎士としてあるまじき振舞いだ。
 
「……ミラだ。ここにはその、捕虜として来ている。こちらからもよろしく」

 歯切れの悪い口調でミラが己の名を名乗り、グレイからの握手に応じる。人間と魔物娘が手を握り合い、固い握手を交わす。
 まさか自分が魔物とこんなことをするとはな。ミラは今の己の行いを俯瞰視点から見つめ、自嘲気味にそう思った。
 
「捕虜か。あの国の連中からすれば、あなた達は体のいい生贄なのだろうがな」

 そこにグレイの言葉が聞こえてくる。彼女の台詞からは怒りが感じられた。
 なぜ怒る? ミラが疑問に思う。何故魔物はそうも自分達に――人間に肩入れするのか?
 胸の内に湧き上がったそれらを言葉にし、相手にぶつける。
 
「不当に扱われた者を気遣うのは当然のことだろう」

 グレイは即答した。迷いのない、潔い回答だった。ミラは目を点にした。
 
「私達は、人間と仲良くなりたいんですよ」

 サキュバスも追撃をかけてくる。ミラの頭の中は一層混乱した。こいつらは何を言っているんだ。
 しかし目の前の魔物達は、嘘を言っているようには見えなかった。二人とも真剣な表情をこちらに向けており、決してこちらを弄んでいるようには見えなかった。
 
「……本当にそう思っているのか?」

 慎重な態度で、ミラが二人に尋ねる。勿論だ。デュラハンが即答する。
 
「困っている人間がいたら、私は喜んで一肌脱ごう。弱きを助け、強きを挫く。それが騎士というものだ」
「本気で言っているのか」
「当然だ。つい先程そうしてきたばかりだからな」

 訝るミラに対し、グレイが胸を張る。首を傾げるミラに、今度はサキュバスが彼女の疑問を氷解させていく。
 
「グレイ様、ちょっと人間の身代わりになってたんですよ」
「どういうことだ」
「そのまんまの意味です。人間の代わりに人間達のところに向かっていたんです」
「?」

 ミラはまだ釈然としていないようだった。顔の上半分が仮面で隠れていたので表情は窺えなかったが、彼女が釈然としていないのは気配で察することが出来た。なのでグレイが自分の口から、ここに戻ってくるまでの間に自分がしてきたことを彼女に説明することになった。
 
「我々に伝書を持ってきた伝令役の代わりに、私がヴァイス様の返書を持ってあなた達の国へ向かったのだ。伝令役のフリをしてな」
「どうしてそんなことを?」
「そのまま遣いの者を返してしまっては、あの国の連中に殺されてしまう。ヴァイス様はそう判断されて、それを回避するために私を向かわせたのだ」

 あの国の連中――特に王族連中は、魔物と関わることを極端に嫌う。そして少しでも魔物と関わったことのある者達もまた、その憎悪の範疇に納めてしまう。ヴァイスは今自分と対立している者達がどういう性質の面々なのかを、よく理解していた。
 そして、そんな者共のひしめく場所に、「魔物達と関わりを持った」遣いの者をあっさり返したらどうなるか。ヴァイスはそれが悲惨な結果を招くことを十分予測していた。
 故に彼女はそれを回避するため、一計を案じたのであった。
 
「伝令役をこちらの城に留め、代わって私が赴くことにしたのだ。私なら首を刎ねられても問題はないからな」
「……我が国の遣いを、助けるために?」
「見殺しにしてしまうのも寝覚めが悪いからな。当然の行いだ」

 最初にそれを提案したのは、他ならぬヴァイスその人だった。そして彼女の両脇でそれを聞いたグレイともう一人の側近も、二つ返事でその計画に賛同したのであった。そしてその話は当然城内にいる全ての魔物娘にも伝わり、それを聞いた全員がヴァイスの計画を支持した。
 伝令役の驚きようと言ったらなかったぞ。グレイはその時の光景を思い出しながら、愉快そうに笑ってみせた。そうして往時を思い出してひとしきり笑った後、グレイが説明を再開する。
 
「後は簡単だ。レモンから……ああ、レモンと言うのは、私と同じくヴァイス様の側近を務めているバフォメットの名前だ。とにかくそのレモンから呪符を受け取り、その力で我が見た目と気配を伝令役そのものに変える。そしてヴァイス様の返書を持って、伝令役に代わって私が人間の国まで向かう」
 
 そこで返書を渡し、こちらに帰還する。それで作戦終了である。グレイはそこまで言って、一旦口を噤んだ。次の瞬間、彼女は苛立たしげに顔をしかめ、「まさか本当に殺されるとは思わなかったがな」と呟いた。
 
「どういうことだ」
「返書を向こうに渡した直後、その場で首を刎ねられたのだ。彼奴ら、自分達の身の安全を守るためなら、どんなことだって喜んでやる連中なのだな。ちょっと魔物と関わったというだけで、己の配下を躊躇いも無く殺すとは」

 ミラの言葉に対してそう答えるグレイの生首には、怒りの色がありありと浮かんでいた。ヴァイス様の懸念は当たっていたのだ、顔を歪めたまま、グレイはそうも漏らした。
 
「命を懸けて虎穴に飛び込んだ己の配下を、ああも易々と切り捨ててみせるとは。見下げ果てた連中だ……!」

 グレイは己の憤怒を隠そうともしなかった。全身からドス黒い魔力を放ち、眉間に深々と皺を刻み、双眸を真っ赤に輝かせる。しかし彼女はすぐにミラの存在に気づき、慌てて怒気を引っ込めて平静を取り繕った。
 
「と、とにかく、私はそこで首を刎ねられてしまったのだ。しかし見ての通り、私はデュラハン……首と胴が離れても問題ない存在だからな。特にダメージは無かったわけだ。ロクに死体の検分もせず、道端に放り捨てていったのも、私にとってはプラスだった」

 後は腹をすかせた狼なり野盗なりに「処理」を任せようと思ったのだろう。件の国の連中は、そうして殺した「遣いの者の死体」を、道から外れたところにある野原に放り捨てたのであった。
 
「私にとっては渡りに船と言った展開だった。彼奴らが離れたのを見計らって、自分の首を回収し、かの国の斥候に見つからぬよう細心の注意を払って、こうして城に帰ってきた。そういう次第だ」
「なるほど」
 
 ミラが納得する。その後ミラは「検分も焼却もしなかったのは何故だ?」と尋ねた。
 
「手が汚れるからしたくなかったのだろう」

 グレイはそう返答した。サキュバスが「うわあ」と呆れた声を出す。ミラは顔色一つ変えなかった。
 デュラハンが続けて言う。
 
「魔物を手厚く葬る義理は無い。そうも考えていたのではないかな。杜撰な連中だ」
「酷い話っすね」

 サキュバスがため息交じりに呟く。ミラは真顔のままだった。彼らならそれくらいやってもおかしくはない。代わりにミラは心の中で、そんなことを思った。
 自分にも心当たりがある。
 
「まあそう言うことで、我々の作戦は無事成功したというわけだ。伝令役の男も無事生存。私も首を落とされただけで五体満足。死傷者を一人も出すことなく、ヴァイス様の御意思を先方に渡すことが出来た。上々の仕上がりだな」

 そんなミラの目の前で、グレイが誇らしげに口を開く。普通は首を落とされたら死ぬんだがな。意識をそちらに戻したミラはすぐにそんなことを考えたが、例によって言葉にはしなかった。
 そこでサキュバスが声をかける。
 
「ところで、グレイ様はどうしてこちらに? グレイ様の私室は反対側の通路の方にありますよね?」

 ヴァイスに報告を済ませた後に自室で休息を取るつもりなら、こちら側に来る必要はない。サキュバスは言外にそう告げていた。一方のグレイは澄ました表情を崩すことなく、真っ向からそれに答えた。
 
「ちょっとな。我が働きの報酬をいただきに来たのだ」
「報酬?」

 サキュバスと仮面の騎士が揃って首を捻る。彼女らの背後にあった扉の一つが音を立てて開かれたのは、その直後だった。
 
「グレイ様、もうお帰りになられたのですか……?」

 ドアの開閉音に合わせて、気弱そうな男の声が聞こえてくる。ミラとサキュバスが声の方へ目を向けると、そこにはラフな革の服を着こんだ一人の男が立っていた。背丈はグレイと同程度で、顔色は緊張と不安で青ざめ、背骨は曲がって綺麗に丸まっていた。
 見るからに頼りなさそうな、ちっぽけな男だった。
 
「彼は何者だ?」

 ミラが疑問を口にする。サキュバスがそれに答える。
 
「あの人が例の遣いの者っすよ。伝書を持ってきてくれた人間っす」
「ああ」

 あれがそうか。ミラはすぐに納得した。遣いの者もまたミラの存在に気づき、気づくと同時に慌てて頭を下げてきた。
 
「あなたが例の、引き渡されてきたお方ですね! お疲れ様です!」

 その男はミラの素性を知らないようだった。ただ馬鹿正直に頭を下げてくるのみだった。

「お、おう。お疲れ……?」

 こちらもこちらで、男の素性など知る由もなかった。どう反応していいか分からなかったので、ミラも適当に相槌を打った。すると反応がもらえて安心したのか、男は幾分か表情を和らげ、再度頭を下げた。
 誰かはわからないが、悪い奴ではないようだ。ミラは少しほっとした。
 
「おお、そこにいたか」
 
 その時だった。その遣いの者に向かって、グレイが一目散に歩き出した。彼しか眼中に入っていないかのように、ミラとサキュバスを無視し、大股で廊下を進んでいった。
 デュラハンに気づいた男が背筋を伸ばす。その男の眼前まで到達したところで、グレイが歩みを止める。
 
「私は責務を果たした。次は貴方の番だ」

 グレイが静かに告げる。額から脂汗を大量に流しつつ、男が頷いて答える。
 
「こ、こういうことをするのは、自分は初めてなのですが……精一杯、頑張らせていただきます……!」

 勇気と覚悟に満ちた、渾身の返事だった。身なりは頼りなさげだったが、その心には一本芯が通っているようだった。
 そしてその覚悟――半分ヤケクソな気持ちも入っていたが――は、デュラハンにもしっかり伝わっていた。
 
「素晴らしい。その意気や良しだ」
 
 グレイが満足げに頷く。次いで彼の肩にそっと手を置く。
 
「安心してくれ。私も異性とこういうことをするのは初めてなんだ」

 そしてあっさり暴露する。男は思わず息を飲み、そこにグレイが追い打ちをかける。
 
「だから、その、優しく頼む」

 グレイの生首が頬を赤らめる。男もそれに呼応するかのように、顔を茹蛸のように真っ赤に染める。
 デュラハンが遣いの者の肩から手を離し、それを静かに差し出す。男が恐る恐る手を伸ばし、差し出された手を握り返す。
 
「俺からも、よろしく……」

 消え入りそうなほどか細い声で、男が答える。グレイも無言で首を縦に振る。やがて互いに視線が重なり、二人して反射的に目を逸らす。その後揃ってはにかんだ笑みを見せ、改めて視線を絡ませ、繋いだ手をさらに強く握り合う。
 二人の間に甘く切ない空気が漂い始める。二人を包む空気の纏う糖度が、秒単位で増していく。
 
「こ、こちらへ」
 
 そしてついに男が意を決し、それまで自分の使っていた部屋にデュラハンを招き入れる。
 
「……はい」
 
 グレイがそれに応える。自分の生首を小脇に抱えたまま、遣いの者に割り当てられた部屋へ入っていく。次いで男が室内に戻り、ゆっくりとドアが閉じられていく。
 後には沈黙が残った。
 
 
 
 
 目の前で何が起こっているのか、ミラはさっぱりわからなかった。眼前の光景を前にして、ミラの頭は混乱するばかりだった。
 否、それは体の良い誤魔化しでしかない。これからあの二人の間で何が始まるのか、ミラは本当はわかっていた――あんな光景を見せられれば、この後何が始まるのかくらい自分だってわかる。
 それを理解したくなかっただけだった。まさか、人間と魔物が――。
 
「あれで晴れて、グレイ様も処女卒業ってわけですね」

 サキュバスの発言がミラの思考を打ち切る。ミラは咄嗟に彼女の方を向き、震える声でサキュバスに詰問する。
 
「お前はなんとも思わないのか? 魔物と人間が、その、これから」
「セックスすることについて?」
「――そ、そうだ」

 恥ずかしさから言葉を濁すミラに対して、サキュバスがしれっと言ってのける。初心なミラは顔を羞恥で真っ赤にして、ただ頷くしかなかった。
 デュラハンと遣いの人間の入った部屋から、甘い匂いを漂わせる魔力の残滓が漏れ出してくる。
 そこに銀髪のサキュバスが言葉を重ねる。
 
「素晴らしいことじゃないですか。今ここで、新しい愛が芽生えようとしているんですよ? 例え初体験が身代わりの対価から来るものだったとしても、そこから本当の愛に発展するかもしれないんですよ。なんでそれを嫌な目で見る必要があるんです?」

 サキュバスは堂々とした態度でそう言ってのけた。それどころか、ミラに疑いの眼差しすら向けてきた。等価交換から始まる恋があってもいいではないか。サキュバスは本気でそう思っていた。
 ミラは視線を外し、顔を逸らした。そして気まずい表情を浮かべながら、言葉を選ぶように慎重に発言した。
 
「いや、だって、やっぱりおかしいだろう。人間と人間でないもの同士で、そんな……」
「おかしくないっすよ。そこに愛があるなら、全て許されるんです」

 真顔でサキュバスが断言する。ミラは何も言えず、口ごもるしかなかった。
 そのミラの肩に、サキュバスが優しく手を載せる。突然のソフトタッチにミラが体を強張らせる。
 ミラの目の前でサキュバスが呟く。
 
「それが王様と臣下であってもね」

 仮面の下、ミラの双眸が大きく見開かれる。サキュバスがすぐに肩から手を離し、距離を取ってミラに追い打ちをかける。
 
「あの王子様のこと、好きなんですよね?」

 直後、ミラがサキュバスを睨みつける。その反応を見たサキュバスはクスクス笑い、全身から怒気を放つミラを恐れることなく直視しながら言葉を続ける。
 
「サキュバスはこういうことには鼻が利くんです。だからここにいるサキュバス全員、あなたの欲望にはとっくの昔に気づいてるんですよ」
「馬鹿な……」
「嘘じゃないっすよ。今まで誰もあなたや王様にちょっかいをかけてこなかったのは、それが理由なんですから。咲く気配を見せる恋の花を摘み取るなんて、そんな惨いこと出来ませんからね」

 そこまで言って、サキュバスが途端に顔から笑みを消す。真面目くさった表情をミラに向け、真剣な口調で彼女に「宣告」する。
 
「あなたが自分の感情を伏せている理由、それは私にはわかりません。でもここでは、わざわざそれを隠す必要はないんです。ここにあなたを縛るものは何もない。あなたの愛を阻むものも何もない」
「……」
「それにあなたの告白を軽蔑する者もいません。むしろ全員で祝福することでしょう。ここでは誰が誰を愛そうと自由なんです」

 それは聞く人によっては、人間を堕落に誘う悪魔の囁きに思えた。しかしこのサキュバスは、本気でミラ――恋に悩む一人の乙女の背を押そうと思っていた。他人のプライベートな領域に土足で踏み込んだことに対する負い目はなく、何故そんな素敵な想いを隠していたのかと不満すら抱いていた。
 自分は今正しいことをしている。サキュバスの心は揺るぎないものと化していた。
 
「想っているだけじゃ駄目っす。ちゃんと言葉で言って、態度で示さないと。じゃないと、あなたの気持ちは王子様に一生届きませんよ」

 銀髪のサキュバスが力強く言い放つ。ミラはそれまで肩を怒らせ、気を張り詰めて彼女の言葉を聞いていた。
 しかしそこまで耳にしたところで、ミラはため息と共に体から力を抜いた。
 
「……今更嘘をついても無駄か」
「無駄です。私達は全部知ってますから」
「いつから気づいてた? その……私の気持ちに」
「最初からですね。お二人を一目見た瞬間、ピンときました」
「そうか。やはり魔物とは恐ろしいな」

 何かを諦めるように、ミラが再びため息をつく。それを見たサキュバスが目を輝かせる。
 
「じゃあ、思い切って告白するんですね?」
「いや、無理だ」

 しかしサキュバスの期待を、ミラが正面から否定する。
 サキュバスの顔が一瞬で曇る。
 
「なんでですか!」

 自然とサキュバスの声が荒くなる。非難めいたその言葉に、ミラは渋い声を返すだけだった。
 
「こればかりは、駄目だ。私はあの方にふさわしくない」
「そんなことは――!」
「見てくれ」

 反論しようとするサキュバスを制し、ミラが己の仮面に手をかける。カチリ、と金具の外れる音と共に、仮面が顔から離れていく。
 騎士ミラの素顔が白日の下に晒される。それを見たサキュバスは、思わず息をのんだ。
 
「……酷いだろう?」

 ミラの顔面の上半分、仮面で隠されていた部分は、醜く焼け爛れていた。水分を失った皮膚は委縮して皺だらけになり、汚らしい赤茶色に染まっていた。眉と睫毛は丸ごと消え去り、青色の瞳を持つ眼球が生々しく浮き上がっていた。
 美と艶、女の尊厳を全て奪い去った火傷の痕。それがミラの顔の大半を埋め尽くしていた。
 
「昔、色々あってな。こんな顔で、王子の寵愛を戴けるはずがない」

 ミラが小声で嘯く。その声は震えていた。サキュバスは何も言わず、じっとミラの素顔を見つめていた。
 やがてミラが仮面をつけ直す。金具の噛みあう音が響き、再び仮面が汚く醜い部分を隠していく。
 
「だから私は、今のままでいいんだ」

 そしてそれだけ言って、ミラはサキュバスの横を通り過ぎていった。そのまま広間に通じる扉を開け、静かに通路から姿を消していく。
 その間、サキュバスは何もアクションを起こさなかった。ミラが通路から退出するまで、その場から動くことはなかった。
 
「……強情なんだから」

 ミラが消えた後、ようやくサキュバスが口を開く。その顔には憐憫の色がありありと浮かんでいた。
 
「それだけじゃないでしょうに」

 ミラはサキュバスの嗅覚を甘く見ていた。
 魔物娘に隠し事は通用しないのである。
17/07/10 20:18更新 / 黒尻尾
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