読切小説
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ハロウ・ホロウ
 10月31日。もはや日本でも恒例となってしまったお祭りの日、ハロウィンである。
 もとはケルト人とやらの収穫祭とか悪霊を祓う祭事とかだったらしいけど詳しくは知らない。
 少なくとも日本じゃあ厳粛なものではないし、俺にとってはとにかく騒ぎたいだけの人がどんちゃん騒ぎをするための祭りという印象しかない。
 それが悪いかどうかは微妙だ。俺自身は参加するつもりはないが当人たちが誰にも迷惑かけず楽しんでいるなら好きにすればいいと思う。ネットでは色々マイナスな面を取り上げた意見もあるが、確かにあるのだが、結局のところ楽しんだもの勝ちだ。
 それにこの時期はネットで可愛いハロウィン絵がアップされまくるので、目の保養にもなる。
 最近三期に突入した「のじゃロリ魔法少女バフォちゃん」のバフォちゃんのジャックオーランタンコスも、色々な絵師さんたちにアップされていて、もう画像フォルダがパンパンである。皆いい仕事する。
 仕事以外では普段外を出歩かない俺でも楽しめているのだから、俺にとっても悪い日じゃない。
 なので、ハロウィン当日の俺は独りアパートの一室でネットサーフィンを続けているのである。おっ、このバフォちゃんのパンプキンドレスコスいいな。切り込みから僅かに見えるかぼちゃパンツのパンチラ。この絵師さんはわかってらっしゃる。
「保存保存っと……ん?」
 ちょうど画像をバフォちゃん専用フォルダに入れたときだった。
 呼び鈴がピンポーンと鳴った。
 こんな時間に誰だ? 友達が来る予定はなかったはずだし、もう九時過ぎているんだが。
 無視しようかと思ったらさらに鳴った。ピンポーン。ピンポーン。ピンポピンポーン。
 これは出ないといつまでも鳴らしまくるパターンだ。
 仕方ない。さっさと出て用件聞いて終わらせよう。
「はいはい、いま出ますよっと」
 サンダルを履いて鍵を開ける。チェーンはしてない。まぁ俺の家に押し込み強盗する輩はいないだろう。
 と思っていたのだが。
「どわっ!?」
 ドアを開けた瞬間、隙間に腕が侵入してきたかと思うと一気にドアを開け放たれてしまった。
 突然のことに俺は思わず仰け反って尻もちをついてしまう。
 尻の痛みに涙目になる俺を尻目に、ドアを無理矢理開けた人物が一歩玄関に入り込んできた。
 そして、俺の頭上である言葉を振り下ろした。
「トリックオアトリート」
 ある種、押し込み強盗と似たような定型句だった。
「……えーと、誰ですか?」
 知り合いではなかった。
 俺の前に現れた、長い腰ほどまである黒髪を垂らす女性。両腕をまっすぐ前に突き出し、手はだらんと地に向いている。
 彼女は中国の某ホラー映画に出てきそうな道士服を着ていた。頭にはどんぶり帽だとかキョンシー帽とか呼ばれるものを被っている。
 普通は黒だったり濃い赤だったりするその服の色は、かぼちゃ色に染まって妙にアンバランスな風体だった。
 それにズボンは全然腰回りを隠していないし、道士服の前掛け部分が際どい所を隠しているだけで、太ももやら横腹が露出している。
 ノ、ノーパンじゃないか……。
 そんな彼女の姿をがっつり網膜に焼き付けていると、女性は小首を傾げた。
 やばい、ついガン見してしまって……。
 帽子の額部分に張られた札が傾き、彼女の顔が下から良く見えるようになる。
「……」
 俺は息が止まったかと思った。
 尋常じゃないくらい可愛かった。肌の色は仮装するためか生気を全く感じられないほどに、全身青ざめているのに、それを補って余りある。いや、逆にその儚さに際立たせられているかのような、生者には一生獲得できない美貌を彼女は備えていた。
 俺よりは年下だろうけど、しかし子供ではない歳に見える人がハロウィン当日とは言え、断りもなく玄関に侵入してきた。
 なのに、そんなことも忘れて俺は女性に見惚れてしまっていた。
「大丈夫ですか?」
 腰を曲げて腕は伸ばしたまま、俺を見下ろしてくる彼女。
 地に向いていた手がくるりと天井に向いた。手を差し伸べてくれたのだと気づいて俺はその手を取り立ち上がる。
「ッ! ……?」
 その手を借りて立ち上がると一瞬、痛みのような甘い痺れが掌に走ったが、傷は何もついてなかった。多分、彼女の蛍光色のピンク色の付け爪が触れたのだろう。
「あ、ありがとう」
「いえ、申し訳ないです。驚かせてしまいました」
 何も書かれていない奇妙な札の端から見える彼女の顔はまるっきり無表情。まるで何を考えているのかはさっぱり窺えないが、とりあえず強盗の類ではないことはわかった。
「えっと、トリックオアトリート?」
「はい、トリックオアトリートです」
「近くでハロウィンイベントやってるの?」
「はい。私みたいな女の子がいっぱい町を回ってます」
「へぇ」
 元より参加するつもりも、町の行事ごとも関心なかったから知らなかった。
 都心でならわかるけどこんな辺鄙なところでもこんな時間にやるんだな。
「お菓子だったね。なんかあったかな」
 いつの間にかお菓子あげる側になったんだな、俺。あげる相手ももうもらうような歳には見えないけど、失礼だから心の中に留めておこう。
「君ってキョンシー?」
「! わかるんですか?」
 ごそごそと戸棚から何かないか探しながら尋ねると、玄関の方で彼女の少し驚いた空気を感じた。
「服見たらわかるって、かなり際どいけど。だけど凝ってるね」
 化粧で全身青肌にまでして、単なるコスプレ服とは思えないほど完成度の高いものまで用意して、その張り切り様がよくわかる。
 ここまで頑張られるとお菓子の一つや二つはあげたくなるというものだ。
「はい。頑張りました。今日は一世一代の運命の日なので」
 でもそこまで張り切る日かとも思う。お菓子もらうためだけに。
「ハロウィン仕様にするために一から縫い直しでしたから。トレードマークは太極図をかぼちゃオバケマークにしたことです」
 一から縫い直しって全部自作か。普段からレイヤーさんとかやってる人なのかな。着こなしもばっちりだし。
 あ、ゼリーあった。これでいいかな。
「ああ、確かに。可愛いね」
 デフォルメされたかぼちゃオバケのマークが前掛けの先に描かれている。つい太ももに目が行って気づかなかった。いや、いまもついつい行ってしまうけど。青ざめた肌が逆に色っぽい。
「えーっと、はい、これ」
 とりあえず戸棚になったゼリーの袋詰め。イチゴやらメロンやソーダなどの小さなゼリーが入ったものだ。
 それを伸ばしきった手に持たせてあげる。キョンシーのコスプレしてるのはわかるけど、ずっと手を伸ばしっぱなしで疲れないのだろうか。
「ありがとうございます」
 きちんとお礼を言ってくれて、頭も下げたが、彼女はまだ何か言いたげだった。
「どうしたの?」
 仕方なく尋ねると、
「これだけですか?」
 おおう? なかなか貪欲な娘ですな。
 ゼリー程度で余の空腹は満たせぬと。
 じゃあカップ麺……はさすがに駄目だな。
「うーん、ごめん。お菓子はもうないんだよ」
 普段お菓子を入れている戸棚はすっかり空っぽだった。カップ麺も残りわずかだし買い出しに行かないといけない。この間の休みの時に行っておけばよかった。ハロウィンに参加する予定なんてまるでなかったから、まさか訪問されると思っていなかったからお菓子なんて用意していなかった。
「ごめんね、ゼリーで我慢してくれると」
「そうですか」
 俺は彼女がしゅんと落ち込むと思ったのだが違った。彼女は無表情だったが、仄かな昏い笑みを浮かべた、そんな気がした。
「では、悪戯をしないといけませんね」
 靴を脱いだかと思うと、ぴょんと小さく跳ねる。前方へ。俺の家へまさにキョンシーの如く一歩踏み入れたのだ。
「ちょ、ちょっと!?」
 悪戯!? 悪戯って何!? お水ぶっかけとかそういう? そういうのならいいけどもしかして……!?
 ちらりと、飛び跳ねる度に煽情的に揺れる太ももが、蛍光灯の光に反射して艶めかしい青の輝きを放つ。
 そ、ソウイウ悪戯したり!?
 いやいやいやいやいやいや!! さすがに二次元に影響されすぎだ俺! んな美味しい話、もとい怖い話がこの世にあるわけない!
 俺はキョンシー美少女に追い詰められるように部屋の窓へと追いやられる。別に相手は女性、しかも不法侵入者、いざとなればやり返せると思うけど不思議と凄みというか、自分よりも圧倒的上位にいるような感じがして抗えない。
 彼女がゆとりある長い袖に包まれた腕を軽く振るった。
 暗器!? そんなアニメに影響されたにわか知識を頭に過ぎらせて、俺はさすがに恐怖を感じてしまう。
 殺られる!
 そう思わず目を閉じた。
「………………」
 はれ? 何も、起きない?
 おそるおそる目を開けると、眼前で何かがふるりふるりと揺れていた。細長い毛のような。毛、筆?
 視線を泳がせてよく見ると、その筆の横にはさっきまで彼女の額に張られていた札もある。彼女の美貌が札に遮られず、露になっている。恐怖心はどこへやら。見惚れてしまった俺はすっかり逃げることなんて忘れてしまっていた。
「悪戯の代わりに、お願いがあります」
「お、お願い?」
 緩んでしまった顔をなるだけ引き締めて、俺は尋ねる。
「はい。ここに文字を書いて欲しいのです」
 文字。この札に? 俺が?
「心配はいりません。書く文字は決まっているのでこの通りに書いて頂ければ」
 彼女は器用に袖の中から紙を取り出した。そこにはまるで蛇がうねったかのような珍妙な文字が描かれている。異国の文字なのだろうか。見ながらでも難しそうだ。
「俺が書かないと駄目なの?」
「はい。私では意味がありません」
「そうなんだ。よくわからないけど、それで悪戯されずに済むんならいいよ」
 部屋中水浸しにされたり荒らされたりしたら堪らないし。いい娘っぽいけど、無茶しそうだからやりかねない。
「筆、難しいな」
 テーブルに新聞紙を敷いて札を置き、血のように赤い絵の具に濡れた筆を札につけようとするけど、力加減が上手くいかず変にうねってしまう。
「お手伝いします」
「ッ!?」
 背後から抱き付かれた! 手に手が添えられて、お、おお、おっぱ、おっぱいが背中にッ!?
 手が氷のように冷たいのにそんなことがどうでもよくなるくらいヤバイ! 柔らかい! でも固い! 固いのに柔らかい感触が背中に広がってうわあああああああああッ!?
「ありがとうございました。とても丁寧に書けていましたよ」
「あ、ありがとうございました」
「何故あなたがお礼を?」
 おっぱい最高だったからです。
 悪戯代わりの書き込みも終わり、彼女は札を帽子の額に貼った。関節は固いが曲がらないということはないらしい。いや、逆か。どうも本当に関節が固いように見えてしまう。
 さて、これでもう彼女は用がなくなったはずなのだが。
 俺の斜め前に腰かけ、伸ばした腕をテーブルに乗せたまま動こうとしなかった。
 そこが定位置であるかのように、当然であるかのように足はテーブル下にいれている。いまだキョンシーになり切っているのか、関節伸ばしまくりだった。全然曲げようとしない。
「えーっと、あの、その」
 帰らないんですか? と尋ねようとする声を彼女が遮る。
「そういえば名前を名乗っていませんでした。私、世木紗枝(よぎ・さえ)と申します」
 すぐに帰るもんだと思っていたから自己紹介していなかったな、そういえば。
 まぁ、何かの縁だし俺もしておこう。それに。
「世木、奇遇だね。俺も世木って言うんだ。世木信也(よぎ・しんや)」
 とんだ偶然もあったもんだ。表札はしてないし。苗字が同じだからあえて狙って、ということもないだろう。
「旧姓は薬利(くずり)でした」
 突然のカミングアウトにいささかの引っ掛かりを覚えたが、俺は普通に会話を続ける。続けてしまう。
「へぇ。苗字変わったんだ」
「はい。先ほど変わりました」
 ん……んんっ?
 冷たい氷が一筋、首元から背中へ伝った気がした。
「それは、どういう?」
「この札にあなたの名前が書かれた瞬間、私たちは夫婦となりました。なので私の性も当然あなたと同じになるんです」
「は、はい?」
 じっとりとした、暗い昏い、底なし沼のような濁った瞳が札の端から俺を見据えていた。
 そして、初めて見せた。釣り上がる、狂気を滲ませた笑みを。
 ぞわりと悪寒が背筋を駆けのぼる。
「夫婦って俺、そんなつもり」
 怖い。なんだよ、これ、すごい怖い。冗談じゃなく本気で言っているこの娘のことが、すごく怖い。
「誓ってくれたじゃないですか、あなたの血の絵の具で」
「血の絵の具?」
 紗枝さんは人差し指を地に向ける。その指先から赤い水滴がテーブルに滴った。
 さっき、俺の手を掴んでくれた手。チクッとした痛み。まさか。
「私の血と信也さんの血を混ぜたお互いの愛を誓う絵の具。それでこの札に名前が書かれた瞬間、私は貴方の妻となったんです。それはもう、何人にも不履行にできない、血の契約。あなたは私の夫となったんです」
「そ、そんな勝手な話俺は呑んでッ!」
「断る、ということですか?」
「あ、当たり前だ! 勝手に決められて納得できるわけないだろッ!」
「トリックオアトリート」
 昂る俺を制するように、紗枝さんは呟く。
「お菓子はありますか? あったら私が満足できるほど出してくれれば退くことを考えますよ」
 そんなものない。ないってわかって、この娘は。
「ないみたいですね。では悪戯を。お菓子がないのであれば犯さないと」
 その細腕に似合わぬ腕力でテーブルを持ち上げ、隅へと寄せる。そして立ち上がり、俺を見下ろした。蛍光灯の影になった彼女の顔は、こんな状況でも美貌に満ち満ちていた。しかしそれは、狙った獲物を喰らうために洗練された魔性の美貌。一度惑わされてしまえば、もう逃れられない。
「……あ、あれ?」
 そう。いまの俺みたいに。
「身体が、動かない」
 突然だった。身体が痺れて動かなくなり、座ったまま上半身を倒して仰向けに倒れてしまう。
「なんでっ、なんで」
 口は動く。目も動く。指先は多少動く。腰もわずかに。だけど他が痺れて動かせない。なんだよこれっ!
「私の毒です。この指先には人を仮死状態にする猛毒が含まれているんです。調節すればこの通り。注入したのは血を採取したときに、ね。ふふ、安心してください。夫となっていただくのに殺したりなんて絶対にしません。ただちょっとの間痺れてもらうだけです。それでも多少は動けますし、快感を味わうこともできます。いいえ、普通の時以上に」
「い、意味がわからねぇよ! 離せっ! 離してくれ! た、助けて誰か!」
 しかし近いはずの隣から反応はない。まるで外界と断絶されてしまったかのように誰も助けに来ない。
「そんな、誰か……ッ!?」
 そして、頭がパニックになる中、俺はある一つのことに気づいた。気づいてしまった。
「ど、どうして、あんたは世木って最初に名乗ったんだ? 俺まだ名乗ってなかったのに」
 表札だって。
「夫としたい方の名前くらい、知っておかねば妻とはなりえません」
 俺を恐怖のどん底に陥れる、最悪の笑み。
 最初から、一番最初からこの娘は俺が目的でここにっ!?
 ハロウィンも全部嘘っぱちで、こうするために!?
「さぁ、たっぷりと教えて差し上げます。あなたの妻はこの世でも、あの世でもあなたにとって最上なのであると。その身体に、たぁっぷりと、ね……」
 人間ではないナニカの腕が、俺へと伸びた。

「な、何をする気なんだ」
「好きでしょう? 男の人なんだから。エッチなこと、ですよ」
 立ち上がった紗枝さんは艶めかしく舌なめずりをする。エッチなこと。さっき少しばかり考えてしまったエッチな悪戯ってことか?
「でもお互いまだまだ緊張していますから。まずはほぐさないと……ね」
「っ!?」
 いきなり俺の顔の上に跨ったかと思うと、そのまま腰を下ろしてきた。
 固そうな関節を無理矢理曲げ、俺の顔面にその股を下ろしてくる。
 外から見た通り、パンツを穿いていない。まるで秘部を隠していない。ちょっと薄く黒いヘアーがクリトリスのある箇所の上に生えていた。オマンコの形は。
「むぐぅっ」
 きっちりと視認する前にオマンコが俺の顔面に押し付けられる。画像でしか見たことのないいわゆる顔面騎乗。こんな目に合うなんて生まれて初めてだ。
 だけど素直に喜べない。こんなことをしている相手が訳もわからないイカれた女なんだ。それでも女性特有の性感を煽るフェロモンの香りが俺を興奮へと強制的に興奮へと導いてくる。
 それに何故か、妙に甘ったるい匂いがする。むせかえるほどに甘くきつい匂い。
 ああ、くそっ、興奮と恐怖が綯い交ぜになってわけがわからない。でもこれ、なんだ。冷たい。肌に触れているのに熱がまるでない。まるで、死人みたいな。
「むぐぐっうごむごっ」
 冷たい桃尻をぐりぐりと顔面に押し付けられる。冷たいけど柔らかい。むっちりと弾力があるが、それでいて吸い付くように沈む。極上の尻。肌は絹のような触り心地でいつまでも触れていたくなるほど。でも息ができない。なんとかして息を吸わないと。
「はぁあぁぁ、そんな、口をオマンコにつけてもらったまま息を吸われると、んんっ、気持ちよくなっちゃいます。もう、信也さんは悦ばせ上手なんですね」
 そんなつもりは、うわっ、なんかどろりとした液体みたいなものが口の中に。
 なんだ、甘苦い? ちょっと生臭さがあるけど、癖になる味。
「どうですか? 私のオマンコ汁の媚毒は。今日のために溜めて来たんですよ? とぉっても、キクでしょう?」
「うぐぅっ!?」
 なんだこれ、身体が熱くなって。まるで血液が沸騰したみたいにっ、巡るっ!
 股間が特に熱い。パンツとズボンがはち切れそうなくらいになっているのがわかる。
「さぁもっと飲んでください。私の愛液を。気をやるくらいにこの爪でオナニーして、たっぷり媚毒をオマンコに染み込ませてきたんですから。あっ、ご安心を膜は破ってません。初めてはあなたに捧げたいですから」
 普通なら喜びすぎて小躍りしたくなるところだが、今日ばかりは違う。
 いまさらわかった。この娘は……人間じゃない。人の形はしているけど、別の何かだ。
「さぁもっと舌を這わせて……そう、いいです、割れ目に這わせて差し込んで、んんっ、掻き出してください、私の蜜を! 飲んで! 私のエッチな毒の蜜を!」
 わかってるのに、わかったのに、抑えられない。このぴったりと閉じたオマンコに舌を挿し入れて、溢れ出る愛液を飲み下すのをやめられない。
 美味しい。美味しい。美味しい。
 毒。まさに毒だ。中毒になる。これがないと生きていけなくなるくらい美味しい、麻薬のような蜜だ。
「あはぁ、緊張もほぐれてきて、ふふっ、こちらも元気元気になってきましたね。さぁ、こんばんは。トリックオアトリート」
 部屋着のズボンを降ろされ、俺のペニスが外気に晒される。見なくてもわかるくらい勃起している。こんなこと、どんなエロ画像を見ても起きなかった。
 目の前の紗枝のオマンコを舐めしゃぶっているのが一番の興奮材料だ。
「ああ、なんて美味しそうなお菓子。ふふ、お菓子をくれたのに悪戯して欲しいんですか? ふふ、では悪戯してあげます。あーんむっ」
 どろどろの冷たさがペニスを包み込んだ。
 嫌な冷たさじゃない。微睡を誘うような心地の良いい冷たさ。甘い痺れを起こさせ、屈服してしまいたいと泣き漏らしてしまう冷たさだ。
 現に今、ただ咥えられ、舌で竿を撫でられているだけなのに、亀頭から先走り汁を小便のように漏らしているのがわかる。
 我慢が効かない。
「じゅっぷじゅっぷじゅぶぶぶじゅるるるるじゅっぷじゅるぶ」
 そこから突然変わる激しい上下運動。部屋中を満たすけたたましい水音は興奮を促進する材料にしかならず、俺のペニスはますます硬く反り上がってしまう。
 ノックする硬いもの。紗枝さんの喉奥。根本まで咥えられるペニス。収縮する喉奥と頬肉に俺のペニスは、手でやるのとは比べ物にならないほどの快楽を与えられる。
 激しい運動で酸素供給が出来ず、俺は喘いで紗枝さんのオマンコを啜ることしかできなかった。不思議と、紗枝さんのオマンコから溢れる汁を飲み下していくと空気を吸わなくても平気だった。
 平気になっていっていた。
 自分の身体が変質しているのがわかる。
 それを受け入れ始めている自分がいる。
 おかしい。なんだよ、これ。おかしいだろ。
 怖かったのに。あんなに恐怖を感じていたのに。いまは。
 もっとシテ欲しいと思っている自分がいる。
 くそっ、気持ちよすぎる。こんなのもう駄目だ。出る!
「ふふっ、カリッ」
「――ッ!?」
 ペニスに硬く尖ったものが刺された瞬間、雷のような痺れがペニスを貫いた。
 腰が上げられ、俺は久方ぶりの空気を吸うこととなる。息は若干荒いが苦しくない。条件反射として行っているだけの運動だった。
「はぁはぁ。なんで、イケ、ない」
「ふふっ、一番搾りはこっちに出していただかないと」
 青白い股の中心に、むわっと雌の匂いを撒き散らす湯気を立ち上らせるオマンコがあった。くぱくぱと生き物みたいに陰唇は蠢き、媚毒の涎を俺の顔に滴らせている。
「ふふっ、これで私の牙の毒に侵されたオチンポは、私のオマンコの毒で中和しないとイケなくなりました」
 くちゅくちゅと俺の目の前で、オマンコの入り口を指で卑猥に弄り回す。俺を昂らせてくる淫靡なオナニー。
「さぁほぐれました。私のオマンコも信也さんにしゃぶられて準備万端です」
「うぁ……君は一体、人間じゃ、ない?」
 その疑問に、紗枝さんは俺を見下ろしながらくすりと笑う。最初の無表情なんてすっかりほぐれたのか、あどけない笑みを浮かべるようになっていた。その瞳に宿る闇は、どこまでも深く、俺を呑み込んでしまいそうなほどに暗かったが。
「はい。私は人ではありません。元人間でしたがいまは死者。キョンシーという種族です」
「死者……!」
 やっぱりそうなんだ。普段なら笑い飛ばしてしまうが、これほどまざまざと色々な事象を見せられては信じざるを得ない。そして、俺にもう逃れる術などないということも。
 紗枝さんは俺の腰あたりまで移動するとゆっくりと腰を下ろしていく。関節は幾分か柔らかくなっていて、ぎこちなかった膝も柔軟に曲げていた。
 そして、どろりとした透明の蜜を垂らすオマンコが、俺のペニスへと照準を合わせる。
 粘性のある毒の蜜がまぶされて、俺のペニスはビクンと跳ね飛んでしまう。ペニスの奥が熱くなる。これをもっと浴びれば、抑え込まれた精の衝動を解き放てるのだと確信した。
 しかし、これだけでこんなに気持ちいいのに、もしも挿入なんてしたらどうなるのか。
 あの気持ちのいい死者の媚肉に包まれ、ドロドロの粘液に侵される。そんな状態で精を放ってしまったら俺はどうなる。
「っ……」
 もう、戻れないに決まっている。死者の身体に溺れる、同じ死者になり果てるに違いない。
 腰が焦らすように振られる。舌なめずりしている。いつ喰らってやろうかと、獲物をいたぶっている。
「さ、紗枝さん……」
「うふふ、トリックオアトリート」
「え?」
 突然、腰の動きを止めて紗枝さんはそんなことを言った。
「もしも信也さんがここでやめたいと仰るのであれば、やめましょう」
「は?」
「驚いてますね? でもとても簡単な話です。あなたのことを諦める、と言っているのです。まだ怖いんでしょう? 自分が変わり切ってしまうのが」
 紗枝さんはピンク色に発光する爪で、俺の胸を刺す。すると、甘く痺れていた俺の身体は自由を取り戻した。
 動ける。逃げられる。
「さぁお嫌でしたらお逃げください」
「なんで」
 ここまでしておいて。
「なんででしょうかね? なんでだと、思います?」
 くすりと笑う。
 だがなんだっていい。逃れるチャンス。約束を違える可能性は否めないけど、このままじっとしていも何も変わらない。ここから抜け出して。
 紗枝さんのオマンコからペニスを離し、て……。
「ふふ」
 本当に、いいのか? 離れて俺は本当に良いのか?
 目の前に極上のモノが口を開けて待っているんだぞ。一生の人生を謳歌してもなお得られないような、未知の快楽がそこに待っているんだぞ。
「ごくっ」
 絶対に気持ちいい。口であれだけだった。飲むだけで美味しかった。それをペニスで味わったら、どれほどのものか。
 だけど、駄目だ。逃げないと。俺は人間をやめたくない。人のまま人生の終わりを迎えたい。この蓄えられた精液を放てなくたって……。
「……」
 ああ。
 だから逃げるんだ。紗枝さんの腰を掴んで、亀頭をオマンコの入り口に添えて。
 死者の世界に逃げるんだ。
 気持ちよくいっぱい射精するんだ!
 一気に腕を下ろし、腰を突き上げた。
「んほぉおおっ!?」
「ッッ!!」
 あ、あ、あぁ、なにこれぇ、すごい……すごいぃ……。
 終わった。終わった終わった。ははは俺、もう人間でいられない。でもそれでいい。人間じゃなくたっていい。
 だってこんなにも気持ちいいんだから!!
「あはっ、あははははっ!! んひぃっ、すっごぉい! 処女なのにっ! ぶちって思い切り破られたのにっ! 気持ちいい! とってもいいのぉおお! ずんずんって私のオマンコ突いてくるのがいいのおおおおぉっ!」
「気持ちいいっ、紗枝さんのオマンコぎゅうぎゅうっ締め付けて、冷たいのにドロドロ柔らかい肉に包まれてぐちょぐちょに揉まれて絡みついてきてすごいっ!」
「あっ、あっ、あぁっ! ヒダヒダいっぱいゴリゴリって削ってくるぅ! 私のオマンコ、硬いオチンポが貫いてきてぇ! いいいひいいぃっ!」
 長い髪を狂ったように振って、俺の腰の突き上げに合わせて腰をグラインドしてくる。バチュンバチュンと肉を弾きぶつかり合う音に否応なしに性感が高められていく。
「ッぁ!?」
 両手の十本の爪が俺の胸肌を引っ掻いた。瞬間、ペニスはさらに怒張し、快楽が増す。毒。爪の猛毒。俺を快楽で餌付けした魔性の媚毒。
 俺は彼女の腕を取り、その爪を舐めしゃぶった。腰を振りながら、紗枝はそれを悦び俺の意を汲んで口の中をいっぱい引っ掻いてくれる。痛みはない。それどころか気持ちがいい。
「ぐぅぅみゅううっ! んはああぁあ! いひぃっ! あんっ、あんっ! わらしの子宮ずんずん突いれぇ!」
 ペニスの根元から鈴口までを貪欲に扱いて貪る魔性のグラインドをしながら、紗枝は俺にしなだれかかる。
 そしてそのまま俺の口を涎の滴らせた唇で貪った。
「んじゅるる、ぐちゅぶるりゅちつつる」
 舌がもはや別の生き物みたいに蛇の如く縦横無尽に俺の口内を犯す。しかもその涎には媚毒がたっぷりと含まれているのがわかった。それを俺の舌、歯、頬肉、喉奥にこれでもかと塗りたくっていく。猛毒を滴らせる歯で舌を甘噛みしてくる。
 気が狂う。でもそれでいい。それがいい。俺は彼女の背に腕を回し離れないよう固く抱いた。
 応えるように俺を犯す舌の動きと、腰振りと膣肉の蠢きが激しくなる。
 吸い取ろうとしている。俺の最後の人間性を。人を辞めたくないと思っている最後の欠片を。
 死者が生者を喰らうように、俺の全てを貪り自分のものとしようとしている。
 征服される。侵略される。支配される。
 俺の全てが紗枝のモノとなる。
「……」
 それが堪らないほどの快感だった。
 だから、俺は差し出した。
 自ら、自身の全てを紗枝に、白濁の汁として捧げた。
「んんんんっんんむっんんんんんんんんんんんんんんっんんんんんんんんんんんんん!!」
 快楽にくぐもった嬌声が俺たち二人の唇の隙間から溢れ出る。
 どぷどぷと精液で紗枝の子宮を満たしていくのがわかる。それを悦んでくれているのがわかる。俺も嬉しい。紗枝を悦ばせてあげられているのだから。
 全身を貫く快楽の稲妻に、俺の意識は白く微睡んで、消えた。
 ああ。あはは。
 人間やめられてよかった。

 それから俺たちは夫婦となった。
 彼女は別世界からやってきた魔物娘という、ネットの二次絵でもある人外娘とやららしい。詳しいことは知らないが、ハロウィンのこの時期は向こうの世界と繋がりやすくなっているそうで、何人もやってきたそうだ。
 そう、この町で今回行われたハロウィンとは、魔物娘が夫を見つけるためのある種の婚活だったそうだ。そういえば、女の子が町を回ってる、としか最初から言ってなかったな。
 そして俺も仲良く魔物の仲間入り。実感はあまりないけど、死ななくなった。不老にもなったらしい。嫁である紗枝の性質と同じになったとのこと。
 まぁどうだっていい。紗枝と一生快楽を貪っていられるなら、もう他のことはどうでもいい。
「んあっ、あはっ、んんんっ、あんっあんっ!」
「ふぅっふぅっ! くっ!」
 いまも対面座位で絶賛交わり中である。行為を初めて何度射精したか覚えていない。
 紗枝の腕と脚は俺の首と背に回り、かっちりと固定されている。いわゆる「だいしゅきホールド」。ずっと憧れだった体勢だ。
 キョンシーはセックスしないと身体が固くなるらしいが、あえて柔らかくならない魔法をかけた。これでどうあがいても俺たちは離れられない。ずっと腰振ってセックスしまくりだ。疲れたら挿入状態で眠る。起きたらまたセックスする。最近はこの繰り返し。まるで飽きない。
 俺も死肉を喰らう死者の如く、貪欲で冒涜的な死者へと変わった。
 幾度とないペニスとオマンコの摩擦で熱を持った媚肉を喰らっていないと満足できない身体となったのだ。
「紗枝、もっと、紗枝のオマンコ食べさせてくれ」
「はい、食べてください、私のオマンコ! 私も信也のオチンポいっぱい食べてぐちゅぐちゅにしてあげますからッ!!」
「っ! 出る! 出すぞ、膣内に!」
「出して! 出してぇ! 私の爛れた肉マンコ、信也の精液で潤して! 子宮にたっぷりと種付けして孕ませてぇ!!」
 俺は精を放つ。
 何度目かわからない射精に、紗枝の腹は妊婦の如く膨らんでいた。
 彼女を本物の妊婦にするため、俺は射精しながら再び腰振りを開始した。
 死者同士の背徳の交わりは、決して終わらない。

[了]
17/10/31 21:31更新 / ヤンデレラ

■作者メッセージ
ハッピーハロウィン。
たまにはね、季節に合った作品を書いて見たかったんです。連載の方ばかりでしたしね。
しかし最初はトリックオアトリートによる悪戯ックスをするつもりが、ホラーヤンデレチックなものに変貌していた。なんてこったい。
まぁこういうキョンシーさんもいるということで一つ。
それでは。

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