読切小説
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魔王軍による『救世主』に関する考察
「フラン様。お忙しい中失礼します」
 ウチが魔王軍のグッズ販売の売り上げを計算しとると部下のアルラウネのハニーが話しかけて来おった。
「何や?」
「はい。実は魔物研究部から相談したいことがあると使者が来ているのですが…」
 ハニーはなぜか歯切れ悪そうにしとる。一体なんやっちゅーねん。
「後にしてくれへんか?今手が放せへんのや」
「それはわかってるんですが、使者がよりにもよってヴァイオレット様なので門前払いするわけにもいかなくて…」
 ハニーの言葉にウチは思わず耳を疑ってもうた。
「はあ?何でわざわざヴァイオレットが来とるんや?」 
「わかりません。それだけ重要な用件と言うことではないでしょうか?」
 はあ。通さへんと色々面倒やし、何よりメリル姉さんの雷が落ちるやろうしなあ。
「…とりあえず入ってもらえや」
「…わかりました」
 ハニーは部屋を出てヴァイオレットを呼びに行きおった。

 とりあえず待っている間に状況を整理しとこか。ヴァイオレットはウチの妹で魔王第八女のリリムや。当然ヴィオラの姉のウチもリリムで、これでも魔王第六女や。って誰がこれでもやねん!…自分でツッコミ入れてもむなしいだけやな。
 とりあえず話を戻すで。ヴァイオレットは魔王軍魔物研究部の責任者で、しかもリリムや。そんなヴァイオレットがわざわざ来るってことは相当重要な話やっちゅーことや。…まあ単にウチ相手に予算交渉するのがめんどくさいからかもしれへんけどな。

 そんなことを考えてる間にヴァイオレットが入って来おった。
「久しぶりですねフランお姉様。儲かってまっか?」
「ぼちぼちでんな。…で、一体何の用があって来たんや?」
 ウチの言葉にヴァイオレットは珍しく真顔になりおった。
「…実は魔物研究部の研究費を増やしてもらいたいのですが」
「…理由次第やな」
 ウチの言葉にヴァイオレットはわざとらしく肩をすくめおった。
「相変わらずケチですねえ。少しは妹への情とかないんですか?」
「ウチが預かっとんのは魔王軍の経費や。それを妹やからってひいきとかできるわけないやろ。あんたかてそんなことわかっとるやろうが」
 ウチがそう言うとヴァイオレットは苦笑しおった。

「実は『救世主』に関して調べたいことがあるんです」
 ヴァイオレットが言うとる『救世主』は魔物に男が産めるようにする生物兵器の一種や。この『救世主』の一番注目すべき点はそのコストパフォーマンスや。一人完成したらセックスすれば楽に増やせるとか効率よすぎやろ。しかもそれを他国に高値で売りつけとるらしいわ。ホンマえげつない商売しよるで。
「…フランお姉様にだけは言われたくないでしょうね」
「せやな。…で、なんでわざわざこっちで救世主のことを調べなあかんの?そんなモン向こうに任せといたらすむ話やろ?」
 ウチの言葉にヴァイオレットは首を振りおった。
「残念ながらこちらで調べるしかないような物なんです。というか向こうに調べられたら困ると言った方が正しいかもしれません」
 そう言ってヴァイオレットは映像記録用の魔具を取り出しおった。
「まあ実際に見てもらった方が早いでしょうね」

 ウチは思わず目を疑ってしもうた。映像に映っとったのは手足にトゲがついて、触覚が長いホーネットやった。この特徴はもしかして−−−
「見ての通りエメラルドゴキブリバチをベースにした魔物です」
 ヴァイオレットは神妙な口調でふざけたことを抜かしおった。
「知らんわ!何やねんそのけったいな名前のハチは」
「ゴキブリに毒を注射して」
「言わんでええ!」
 ウチの言葉にヴァイオレットは溜息を吐きおった。誰のせいやと思っとるねん。
「見ての通りデビルバグとホーネットが混ざり合ったような姿をしています。同じようにデビルバグの特徴がベルゼブブ、アラクネと言った昆虫型の魔物と『救世主』の間に生まれた魔物に出ています」
「それって昆虫型だけなんか?」
 ウチがそう言うとヴァイオレットは頷きおった。
「はい。おそらく『救世主』をデビルバグで繁殖させたから同じ昆虫型の魔物と交わった時に混ざりあったんでしょう。異世界のボールでモンスターを捕まえるゲームの中のタマゴグループのようなものですね」
「知らんがな。…けど何でデビルバグの特徴が出とるんや?『救世主』がデビルバグから生まれとるんはわかるんやけど」

「それについては一応仮説は立ててみたので今から説明します」
 そう言ってヴァイオレットが指を鳴らすと、人間の男と女の立体映像が現れおった。
「まず初めに人間の性別がどのように決まるか説明します。人間の性別は性染色体という物によって決まります。性染色体にはXとYがあり、XXだと女性、XYなら男性に生まれることになります」
 ヴァイオレットがそう言うと男の映像の上にXY、女の映像の上にXXの文字が現れおった。
「女性はX染色体を持つ卵子、男性はXかYどちらかの染色体を持つ精子を作り出します。そしてセックスによって受精することで男女どちらに生まれるか決まると言うわけです。もちろん魔物とのセックスでも同じことが起こっているはずです。となると何かおかしいことに気付きませんか?」
「…Y染色体とやらは一体どこに行ったんかっちゅーことやろ?」
 ウチの言葉にヴァイオレットは頷きおった。
「その通り。Y染色体を持つ精子も存在しているはずなのに男が生まれることはありません。つまりY染色体は魔物の卵子と受精しないか、もしくはX染色体に変化させられるということになります。これは魔物を形作る遺伝子にそのような性質を持つものがあるからでしょう」
 ヴァイオレットがそう言うとデビルバグの立体映像が現れおった。
「デビルバグと『救世主』の場合を考えてみます。ここではY染色体に影響を与える遺伝子をDとします。『救世主』はセックスすることでD遺伝子の働きを抑制する効果を持つと考えられます。この変化した遺伝子を仮にdとします。デビルバグから『救世主』が生まれる確率はおよそ4分の1だったので、Dを持つ卵子とdを持つ卵子があるということです。ついでに人間の女性は生まれなかったのでdは人間のX染色体をデビルバグの物に変えるというこになるでしょう。さらにこのデビルバグから生まれた全てのデビルバグと普通の男性の間に男性が生まれたことから考えるとデビルバグの遺伝子型はDdddと言うことになり、Ddの遺伝子かddの遺伝子を持つ卵子ができることになります」
 ヴァイオレットはえらいマシンガントークで説明しおった。
「そうすると次の『救世主』のX染色体はddの遺伝子を持つわけです。では次に本題に入ることにしましょう」
 ヴァイオレットがそう言うとホーネットの立体映像が現れおった。
「次の『救世主』も魔物の染色体を作り変えることができます。この場合はホーネットなので遺伝子をHとhに言い換えてみますね。ホーネットもHh、hhの卵子を生み出します」
 ヴァイオレットはそこでいったん言葉を切りおった。
「hhにはX染色体をHhに作り換える作用があります。そしてddにも同じ作用があります。ではもしhhとddがそれぞれの染色体を作り換えようとしたらどうなるでしょうか?」
「…両方の特徴を持つ魔物が生まれるっちゅーわけやな」
 ウチの言葉にヴァイオレットは肩をすくめおった。
「仮説の上ではですけどね。一応便宜上遺伝子で説明してはみましたけど何で移動したり他の遺伝子に働きかけるかは全く不明ですし。それにdやhの遺伝子についても謎が残ります。遺伝子自体が変化しているのか、それとも他の遺伝子を変えているのかわかりませんし、固体によって差が出るものなのかどう9かもわかりません。とにかくまだ研究する必要があると言うことです」 
 ヴァイオレットがそう言って指を鳴らすと立体映像が消えおった。

「とにかくその研究のために予算を増やしてもらいたいっちゅーことやな?でもその遺伝子について調べるメリットは何なんや?」
 ウチの言葉にヴァイオレットのメガネが光りおった。
「まず遺伝子がどうなるかわかれば長所を掛け合わせたり、短所を補うような魔物を生み出せるのも可能です。それに『救世主』と魔物の遺伝子型次第では違う型の魔物に特徴を移すことができるかもしれません。そうなると魔物が人間を誘惑できる手段が増やせます」
 ずいぶん平和的な発想やな。一昔前ならもっと危険な研究につながっとったかもしれんで。
「逆に言うと『救世主』の遺伝子型が分かれば魔物の生態系のような物が壊れる心配がなくなります。例えば巨乳のゴブリンを安定して生み出せたらホブゴブリンの希少性がなくなりますし、ロリじゃないバフォメット何か本末転倒ですからね。それに錬金術課の研究の必要性をなくしてしまう危険もあります。これから先魔物図鑑にキメラ的な魔物が載る可能性は高いですからフランお姉様が予算を大幅カットしたせいで出せないなんてことになったら作者様が困ります」
 そんなメタな話してええんかいな。そりゃありえん話やないけども。
「後『救世主』や『救世主』から生まれた魔物の遺伝子型が分かる魔具でも開発した方がいいかもしれませんね。今はまだデビルバグの血を引く魔物だけですが魔物化の研究としてラージマウスの血を引く『救世主』も生まれているみたいですし、世代が進むと混ざり過ぎてわけがわからなくなる可能性もありますしね。技術課との共同研究で作ることを考えてみてもいいですね」
 ヴァイオレットはそこで言葉を切ってウチをキラキラした目で見つめてきおった。

「…まあ研究しても損はなさそうやな。ムダ遣いしないってゆうんなら可能な限り予算は出すで」
「本当ですか?!さすがフランお姉様。お金を使い方をよく心得てますね」
 ホンマ調子ええなヴァイオレットは。
「まあこれでも財務課長やからな。で、話はこれで終わりかいな?」
「はい。お忙しい中ありがとうございました」
 ヴァイオレットはペコリと頭を下げおった。
「気にせんでええよ。ウチもそれなりにメリットのある話を聞けたさかい」
「そう言ってもらえると助かります。それでは失礼しますね」
 ヴァイオレットはそうゆうて部屋を出ていきおった。
「しかし予算だすゆうても何が必要なのかようわからへんな。最悪無駄遣い狸に融資してもらう必要がありそうや」
 とりあえず懐からソロバンを取り出して計算することにした。特に意味はあらへんけどな。
「…そういや無駄遣い狸が『救世主』を取引しとる国に入り込んどるんやったっけ。とりあえず侵略の進み具合を見てどないするか決めなあかんな」
 ウチはそこでソロバンを弾くのを止めた。
「ま、とりあえずグッズ販売の売り上げを確かめるか」
 ウチは売り上げを計算しながらこれからどうやって儲けるか考えることにした。

          おわり
12/02/23 19:36更新 / グリンデルバルド

■作者メッセージ
今年初の更新です。今までお待たせしてすみません。関西弁で一人称を書くのは難しかったです。ちゃんとできてるのか不安ですけど、そこはフランが刑部狸の口調をマネしてるだけだと言うことにしておいてくださると幸いです。

…うろ覚えの遺伝の知識で書いてはみましたがうまく説明できたのか正直不安です。

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