ジェルソミーナはため息をついた。もうこれで何度目になるかわからない。
　理由はこれからの仕事だった。人間の町で働かなくてはならない。
　ジェルソミーナはオークだ。魔王領の文官をしている。
　最近親魔物国になった国があった。そこに派遣されるのだ。
　仕事は、派遣された国との情報交換、ならびに現地での情報収集だった。
　ジェルソミーナは、自分の仕事に意義があることはわかっている。だが、それでも気が重かった。
　人間には、オークをさげすんでいるものが多い。汚いメスブタ呼ばわりするものが多い。若い女であるジェルソミーナには、不愉快なことだった。
　ジェルソミーナは、自分の服を見下ろした。魔王領で働く文官の服だ。今回の仕事のために、新しく仕立てた。体も毎日洗っている。風呂に入れないときは、湯でぬらした布で丁寧に体を拭いた。香水もつけている。
　だが、それでも人間は不潔というかもしれない。一度不潔と思い込んだら、たとえ清潔でも不潔とみなす。そのことは十分ありえた。
　仕事だから仕方がない。ジェルソミーナは、ため息をつきながら自分を納得させた。

　ジェルソミーナが派遣された町は、その国でも屈指の大きさの市だ。その国でも、特に開けているところだ。
　市の庁舎に着くと、ジェルソミーナは一人の男を紹介された。
　はじめは熊かと思った。それほど大きな男だった。
　オークは大柄である。ジェルソミーナも、他の魔物娘に比べると大柄だ。だが、そのジェルソミーナが見上げなくてはならないほど男は大柄だった。
　「俺は、ジャン・ベルモントだ。騎士としてこの市の警護をしている。ジャンと呼んでくれ」
　ジェルソミーナは、動揺を抑えながら挨拶を返した。
　「ジェルソミーナ・フェリーニです。書記官を務めています」
　声を震わせないように言った。
　「あんたのことはジェルソミーナと呼んでもいいか？」
　ジャンは野太い声で言った。
　ジェルソミーナは、正直なところ馴れ馴れしく『ジェルソミーナ』と呼んで欲しくなかった。だが、それを言えば外交的にまずいと思った。
　「はい、ジェルソミーナとお呼び下さい。ジャン殿」
　ジャンでいいって、そう男は笑いながら言った。

　ジェルソミーナは、この町に呆れた。魔王領とは、生活が違いすぎる。
　不潔すぎた。
　ジェルソミーナは、市の職員が住む宿舎に泊まることになった。そこには風呂がなかった。風呂に入りたければ、風呂屋へ行かなくてはならない。
　風呂がないことには何とか我慢できる。我慢できないのは、便所がないことだ。
　では、どう用を足しているかといえば、つぼの中にするのだ。しかも市の職員は平気で、窓からつぼの中の汚物を捨てている。建物の周りは、汚臭で満ちていた。ジェルソミーナには、信じがたかった。
　市の職員が異常なのかといえばそうでもない。ジェルソミーナは、市内を歩いてそれを思い知った。市の者は平然と、窓から街路へ汚物を捨てていた。一度など、危うく汚物を頭からかぶるところだった。
　人間とはこれほどまで不潔なのか？この市の者だけ不潔なのか？
　ジェルソミーナは混乱し、考えがまとまらなかった。
　「どうした、変な顔をして」
　隣を歩いていたジャンが、能天気な態度でそう言った。ジャンは、ジェルソミーナの応対を命じられていた。そして護衛を勤めている。
　「なぜこの市の人は、窓から汚物を捨てているんです！それ以前に、なぜ便所がないんですか！」
　ジェルソミーナは、思わず責め立てるように言ってしまった。
　それに対し、ジャンは不思議そうな顔で答えた。
　「なぜって、それが当たり前だろ」
　何を言い出すんだといわんばかりの態度だ。
　「便所なんてもの、あるところはめったにない。城でも便所がないところもある」
　ジェルソミーナには、信じがたいことだった。
　「でも、せめて窓から汚物を捨てなくてもいいじゃありませんか！」
　ジェルソミーナは、叫びそうになった。
　「そうは言っても、窓から捨てるのなんて当たり前だからな」
　ジャンは、なんでもないといった調子で答えた。そしてニヤニヤ笑い出した。
　「昔、頭からつぼの中のクソを浴びせられた王様だっていたそうだぞ」
　ジェルソミーナは、呆れるほかなかった。
　ジャンは、笑いながら言った。
　「今日は、晴れていてよかったな。雨が降った後は道いっぱいに、小便交じりの水にクソがぷかぷか浮いてるぞ」
　ジェルソミーナは、鳥肌が立った。雨が降った後は、決して外に出ないようにしようと誓った。
　それにしても、とジェルソミーナは思った。
　何がオークは汚いブタだ、人間のほうが不潔じゃないか。
　ジェルソミーナは、こんな汚い連中にだけは不潔呼ばわりされたくなかった。
　汚いといえば、隣を歩いているジャンだ。
　無精ひげを生やし、汚れた服を着ている。服は、元はなかなかいいものだったらしい。だが汚れているため、見苦しくなっている。
　おまけにジャンからは、臭いにおいがした。
　近くに寄りたくはなかった。だが、この国と友好を保つためには、我慢するしかなかった。
　「風呂屋に行きたいんですが、どこにあるんですか？」
　ジェルソミーナは言った。この町にいると自分まで汚れた感じになる。早く体を洗い流したかった。
　「だったら一緒に行こう。俺もそろそろ入りたい」
　ジャンは言った。そしてこともなげに続けた。
　「半月風呂に入ってないからな」
　ジェルソミーナは愕然として、ジャンを見た。
　「半月入ってない？」
　ジェルソミーナは、自分が聞き間違えたのかと思った。
　「まあ、４、５日あとに入ろうと思ったけど、今日入るとするよ」
　ジャンは平然と言った。
　「半月入ってないといいましたよね？」
　ジェルソミーナは繰り返した。
　「そうだけど」
　なんでもないことのようにジャンは答えた。
　ジェルソミーナは何もいう気がなくなった。言っても仕方ないような気がした。
　「おもしろいものをやっているぞ」
　ぼんやりと歩くジェルソミーナに、ジャンは楽しげにいった。
　ジェルソミーナは、ジャンの指差すほうを見た。
　一人の娘が、ひざまずかされていた。そして首と手を変な形の器具で固定されていた。
　「ありゃ、『がみがみ女のバイオリン』だ。口うるさい女をああやってさらし者にしているんだ。」
　確かに器具は、バイオリンの形に見えなくもない。ジェルソミーナは、珍しそうに見た。
　ジャンは、くつくつと笑い出した。
　「ああやってひざまずいて顔の前に両手を出していると、何かをやってるふうに見えないか？」
　「何かって？」
　ジェルソミーナは、娘をじっと見た。手は、顔と言うよりは口の前に出しているように見える。そしてやっと、ジャンの言う意味がわかった。
　フェラチオをしているように見えるのだ。
　ジェルソミーナは、顔が熱くなるのを感じた。
　そんなジェルソミーナを見て、ジャンはげらげら笑った。

　風呂屋に着くと、ジャンはジェルソミーナと一緒に入ろうとした。
　「何でついてくるんですか？」
　ジェルソミーナは不思議に思って言った。
　「何でって、俺も風呂に入るからだ」
　ジャンは、当たり前のように言った。
　「男湯に行かないんですか？」
　ジェルソミーナの質問に、ジャンは変なことを聞かれたといわんばかりに答えた。
　「男湯ってなんだ？男も女も一緒に入るもんだろ。」
　ジェルソミーナは、首を振りながら思った。
　まあ、魔王領でも男女ともに入る入浴施設は多い。別に私も、男と一緒に風呂に入ってもかまわない。
　ジェルソミーナは、ジャンと一緒に入った。風呂の中には、男女合わせて10人くらいいた。いずれの人も、男女一緒にいることを気に留めていないようだった。
　ジェルソミーナは体を洗った。洗いながら周りの人を見た。そしてひとつの事を発見した。
　男だけでなく、女も腋毛をそっていない。
　風呂にいる女達は、みな堂々と腋毛を生やしていた。気に留めている様子はない。
　魔物娘は、たいてい腋毛をそっている。一部の特殊な趣味の夫や恋人がいる魔物娘だけが、腋毛を生やしている。ジェルソミーナも当然、腋毛をそっている。
　文化が違うんだなと、ジェルソミーナは苦笑しながら思った。
　だが、次の光景を見たとき、ジェルソミーナは目を見張った。
　複数の男と女が乱交をはじめていた。
　赤毛の女は、毛むくじゃらの男のペニスを咥えていた。
　金髪の女が、筋肉質の男のペニスを胸でしごいていた。
　黒髪の女が、ずんぐりとした男に四つんばいにされて責め立てられていた。
　「あ〜あ、はじめやがった」
　ジャンは、しょがねえなといった調子でぼやいた。
　「こういうことは、よくあるんですか？」
　ジェルソミーナは、まぐわいを見つめながら言った。
　「まあな」
　ジャンは、苦笑しながら言った。
　まあ、人前でセックスをすることは、魔王領でもよくあることだ。魔物娘の中には、人に見せ付けながらやることを喜ぶ者も多い。
　ジェルソミーナは、心を静めながら考えた。だが、次のジャンの言葉で落ち着きを失った。
「こんな詩もあるぞ。
　子のない妻は風呂屋へ行け。
　夫から授からなかったものが授かるであろう」
　ジェルソミーナは、激しくかぶりを振った。
　魔物娘が、夫以外のものから子を授かるなど普通ない。
　魔物娘は、それほど夫との関係を重視する。
　文化の違いは受け入れなくてはならない、だが。
　ジェルソミーナは、歯軋りを抑えながら思った。
　断じて受け入れられないことはある。
　そんなジェルソミーナの様子を、ジャンは不思議そうに見ていた。

　ジェルソミーナは、悪臭漂う町を歩きながら考えていた。
　この町の衛生を変えなくてはならない。このままでは病気がはやる。
　魔王領と同じ衛生設備を整えなくてはならない。便所、風呂、下水道。これらを整えなくてはならない。
　何よりも、この町の人間達の衛生観念を変えなくてはならない。
　体を洗うこと、服を洗うこと、まず道に汚物を撒き散らすことをやめさせること。
　魔王領の権力と財力があればできるはずだ。
　そのためには、まずこの町の実態を正確に報告することだ。そして過去の資料に当たって、この町の不潔な衛生状態により病気がはやったことを証明しなくてはならない。
　考えごとをしていたため、ジェルソミーナは騒ぎに気づくことが遅れた。人々の騒ぎ声で前を見ると、一頭の牛が自分めがけて突っ込んでくるのが見えた。暴れ牛だ。
　ジェルソミーナは硬直した。ただ、牛が突っ込んでくるのを見つめるだけだった。
　ジャンは、ジェルソミーナの前へ出た。腰を落として身構えた。
　牛とジャンがぶつかり合った。
　ジャンは、牛の角をつかんでいた。牛の動きを止めていた。
　ジャンの大きな体からは、たくましい筋肉が盛り上がっていた。
　力の均衡は破れた。ジャンは、牛を捻り倒した。ジャンは、牛の首に腕をかけ押さえ込んだ。その状態で、ジャンは牛の頭をくり返しなぐった。
　牛は、口から泡を吹いておとなしくなった。
　ジェルソミーナは、呆然としてジャンと牛を見ていた。
　「大丈夫か？」
　ジャンは落ち着いた態度でたずねた。
　ジェルソミーナは、バカみたいに何度もうなずいた。
　「よかった」
　ジャンは笑った。ジェルソミーナには、英雄の笑顔に見えた。

　ジェルソミーナが、ジャンに恋愛感情を持ったのはこのときからだった。
　ジェルソミーナは、ジャンを見続けた。
　ジャンは、仕事熱心だった。ぞんざいに見えて、きちんと仕事をしていた。町の安全に目を配っていた。そしてジェルソミーナの警護を、決して怠らずにやっていた。
　ジャンはたくましかった。そのたくましさは、仕事のときに特に現れていた。
　立派な騎士だった。いや戦士といったほうがよいかもしれない。
　ジェルソミーナには、ジャンが魅力的に感じられた。最初は、不潔な熊みたいな男だと思っていた。だが、今は違った。
　不潔なことには違いないが、それをしのぐ魅力があるように感じた。
　恋愛に疎いジェルソミーナだったが、自分がジャンに恋していることはわかった。
　ジャンに愛されたいと思った。
　だが、ジャンは自分をどう思うだろうか？それを考えると、ジェルソミーナは気が沈んだ。
　人間は、オークをさげすむ。ジャンも自分をさげすんでいるのではないか。仕事だから仕方なく、自分のそばにいるのではないか？
　ジェルソミーナは、自分に割り当てられた部屋で歩き回りながら思った。頭を抱えながら歩き回った。
　このまま悩んでいていも仕方ないな。
　ジェルソミーナは、歩き回るのをやめた。
　魔物娘らしく、ジャンにぶち当たろう。拒否されてもそれでいい。なんだったらジャンに襲い掛かろう。もちろん自分はひねり倒されるだろう。それはそれできっぱりとあきらめられる。
　ジェルソミーナは、行動に移ることにした。
　だが、ジャンが先手を打った。
　ジャンは、ジェルソミーナに会いにきた。正面からジェルソミーナを見て言った。
　「俺は単純な男だ。回りくどいことは言わねえし、やらねえ。」
　ジャンは、ひと呼吸おいて言った。
　「俺はお前が好きだ」
　ジェルソミーナは、パクパク口を開け閉めした。
　無様だと自分でもわかっていたが、やめられなかった。
　そしてやっと言った。
　「私も単純な女です。単純に答えます」
　ジェルソミーナは息を吸い、そして吐いた。
　「私もあなたが好きです」
　二入は率直過ぎる告白をやりあった。

　二人は、ベットの前に立っていた。
　口付けを交し合った。
　口が臭いな、とジェルソミーナは思った。
　まあ、初めからわかっていたことか。苦笑しながら思った。
　ジャンは、ジェルソミーナの服を脱がしていった。いや、剥ぎ取ると言ったほうがよかった。
　裸にしたジェルソミーナの胸に、ジャンは舌を這わせた。胸を舌でこそぎ取るような激しいなめ方だった。
　そしてジャンは、腋に舌を移した。右の腋を強く激しくなめ回した。
　ジェルソミーナは、耐えられずにあえいだ。もっと弱くなめてくれといった。
　だが、ジャンはさらに舌に力を入れた。そして言った。
　臭いがあんまりしないな。もっと臭ったほうがいい。
　おかしなことを言わないでください、とジェルソミーナはささやくように言った。
　あまり風呂に入るな、臭いを楽しみたい。ジャンは嬲るように言った。
　ジャンは抗議するジェルソミーナを無視して、舌を体の下へと這わせていった。
　股に顔をうずめた。そして音を立てて臭いをかいだ。
　ジェルソミーナは、小さく悲鳴を上げた。
　ジャンは笑うと、ヴァギナに舌を這わせた。そしてしつこいくらいなめ回した。
　ジェルソミーナが濡れそぼると、ジャンはベットに押し倒した。そしてゆっくりと、自分のペニスを中へと推し進めていった。
　中をほぐすように進めた。そして次第に動きを早くしていった。
　ジャンは、あえぐジェルソミーナに覆いかぶさった。そして左の腋をなめ回した。
　出すぞ、とジャンは言った。
　中で出して、とジェルソミーナは荒い息をつきながら言った。
　ジャンは、精をジェルソミーナの中で放った。大量の精だった。子宮が押し流されるのではないかと、ジェルソミーナは感じた。
　二人はそれで終わりにしなかった。くり返しくり返し激しく交わった。

　ジャンとジェルソミーナは、婚約した。
　ジェルソミーナは、婚約前に魔王領に請願をしていた。このままこの国に駐在したいと。
　理由として、この国の衛生状態のひどさとその改善を挙げた。調査し、改善策を立て、魔王領に報告と提案をする必要があると。
　ジェルソミーナの請願は了承された。
　もっともジェルソミーナの本当の理由は、魔王領の役人達にばれていた。ジェルソミーナを生暖かく見ていた。
　人間達も、二人の婚約を好意的に見ていた。両国の関係を良好にするために都合がよいと考えていた。
　二人の婚約はうまく運んだ。
　ただ、うまく行かないこともあった。
　二人の衛生感の違いである。
　今日も二人のどたばたしたやり取りが行われていた。

　「今日こそ風呂へ入りなさい！これで10日も入っていないじゃない！」
　ジェルソミーナの要求を、ジャンは笑いながら流した。
　「あんまり風呂に入ると、体が弱くなる。垢があるほうが病気にならないんだ」
　ジェルソミーナにとっては、たまったものではなかった。ジャンは、ジェルソミーナに洗ってないペニスをしゃぶらせるのだ。あまりの臭さに気絶しそうになったことは、一度や二度ではない。
　「そんなの迷信です！体を洗わなければ病気になります！それに臭いんです！」
　ジェルソミーナは、必死に風呂に入るように要求した。いくら好きな人の体でも、臭すぎるのは我慢できない。
　「そう言うなって。風呂に入らないから腋からいい臭いがする」
　ジェルソミーナの衛生感を陵辱するようなことを、ジャンは言った。
　そしてジャンは服を脱いだ。ジェルソミーナをすばやく捕まえ、押さえ込んだ。ジェルソミーナの顔を、自分の腋に挟んだ。腋毛が顔を覆った。
　ジェルソミーナは、声にならない悲鳴を上げた。
　生まれてくる子供は清潔に育てよう。真っ当な衛生感を持たせよう。
　ジェルソミーナは、鼻を突き刺し脳を犯すような刺激臭の中、そう思った。そして強烈過ぎる臭いの中で、意識を失った。